てくてくと住宅街を歩いていき、小さな公園の中を抜けていき、大きな通りに出てくる。
「……ふぅ」
久しぶりに外を歩いたからもう疲れた。手に握っていたスマホを見ると、家を出てからまだ十分しか経っていなかった。昔はここに来るまで五分も掛からなかったし、こんな程度じゃ疲れなかったのに。
「……」
見上げると、目の前には歩道橋があった。
「……」
吸い込まれるようにそれを上った。
階段を上り終え、橋の上をゆっくりと歩く。
下を覗き込むと、乗用車やトラックが忙しなく行き交っていた。
「……」
ここから落ちたら死ぬのか。
死んだら、ゆきなに会えるのか。
じゃあ、死なない理由は何?生きてる理由は何?
「もっと早くこうしてれば良かったんだ」
私は首元の高さまである柵に手を掛けた。プールから上がる時みたいに、鉄棒に上る時みたいに、ジャンプしてそこにお腹を乗せる。
「……ふー」
お腹の底まで、空気を全て吐き切った。ここから落ちた自分の姿は何となく想像出来たけど、不思議と恐怖心はなかった。
死ぬより、ゆきなに会える方が嬉しいもの。
死ぬ時の痛みより、ゆきなを失った時の方がきっと痛かったもの。
「今そっち行くから、ゆきなーー」
私は柵から手を離した。
体がふわりと宙に浮くような感覚になる。くるりと頭を下にして体が回転し、そのまま真下に落下ーー
することはなかった。
「……え?」
私の体は宙に浮いていたのだ。
「な、何で?」
頭の中が軽くパニックになる。手は完全に柵から離れている。手を振り回してそれを確認しても、体は宙に浮かんだままだった。
が、ふと、腰の辺りに何か感触があることに気が付いた。誰かに腰を掴まれて抱き抱えられているような、そんな感覚だ。
視線を腰の辺りに持っていくと、薄らと手のようなものが見えた。……きらきらと眩い光を纏った、半透明の手だった。
「???」
何が何だか分からない。幻覚を見ているの?本来なら体は車道に落ちてぐちゃぐちゃになってるはずだから、死ぬ間際で意識が混濁としてるのだろうか。
と、次の瞬間、耳元で甘い声が囁いてきた。
「あなた、生き返らせたい人が居ますね?」
「……え?」
リアルな吐息の感覚に、びくりと体が反応した。私は思わず振り返る。目の前に、半透明の桜色の唇が、これまた光を纏いながらそこに在った。
そのまま視線を上に持っていくと、今度は形の整った少し赤い細い鼻。更に上には、大きくて零れ落ちてしまいそうな、桃味の飴玉みたいなピンクの瞳が二つ。豊富な白っぽいまつ毛に包まれたそれに見詰められていた。
「だ、誰……?」
私が問うと、半透明のその人は優しい目でにこりと微笑んだ。
「私は、あなたを助けに来たの。」
「わ、私を?何で?」
吸い込まれてしまいそうな鮮やかなピンクの瞳に見詰められ、私は思わず視線を逸らした。
「私はあなたのことを助けたいの。」
「……はぁ?」
私の腰を掴んでいる細い手首を掴んだ。透けてるって言うのに簡単に触れた。
「だったら私じゃなくてゆきなを助けなさいよ。余計なことしないでよ……」
ぐぐぐと力を込めて手を離そうとする。が、物凄い力で掴まれているのかびくともしない。
「その『ゆきな』さんがあなたの生き返らせたい人ね?」
「だったら何だっての?あなたが生き返らせてくれるの?」
「ええ。」
即答だった。間髪入れずにそう言われた。
「……え?」
ドクン、と心臓が大きく脈打った。
「でも、ゆきなさんを生き返らせるのは私じゃない。ゆきなさんを生き返らせるのは、あなたよ。渋谷(しぶや)みことちゃん。」
「……え……」
ぐわん。視界が大きくブレた。
次の瞬間、目の前が真っ白になった。