「愛してるよ、××」
目の前の彼女が、突然振り返って、言った。それはあまりに小さな声だったから、危うく聞き逃しそうになる。
言葉を理解し飲み込んだ瞬間、背筋に悪寒が、走った。辺りは雪で埋め尽くされ、いくら厚着をしていても寒さは拭いきれない。そのせいではないだろうが、確かに体の芯が震えるような、そんな心地がした。
「何を、言ってるんだ」
自分の声が、やけに震えて聞こえた。実際、そうだったのかもしれない。
彼女は短く答える。「何って、本心」
愛とは、と考える。自分らしくもなく呆れるようなことだが、そうするほかなかった。
愛とは、双方にその感情があってこそ成り立つものではないのか。一方的にそれをぶつけるのは、身勝手で、恐ろしいことのように感じる。少なくとも、言われた方にとっては。
「ふざけるな」
掠れた声を、絞り出す。それを聞いて彼女は、嘲るような、諦めるような、卑屈な笑みを浮かべた。赤い唇を歪ませ、彼女自身に向けるように。
彼女はまた、小さく口を開く。今度は、やけにはっきりとした声だった。「愛してる」
彼女はそのまま、雪の中を歩き出した。彼女がその時どんな顔をしていたかは分からない。ただ、彼女と会うことはもう二度とないだろうと、思った。それをどうとも思わない自分を、ひどく寂しく思った。
愛してる、という言葉は頭に残って、彼女の声で反芻されて、いつまでもまとわりつく。まるで呪いだ、と彼女がそうしたように、卑屈に笑ってみた。
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お題のアレ