スペインにほとんど何もしてやれなかった。
せっかく来たのに、少し話しただけで終わってしまった。
でも、彼を泣き叫ぶほど……苦手な相手に縋り付かせるほど追い詰めていた恐怖を、苦しみを、少しでも分かちあえたのならば。
彼が抱え込んでいたものを、受け止めてあげられたのならば。
「これで良かったんかな」
眠るスペインの頭をぽんぽんたたいてやると、スペインは安心したように相好を崩した。
スペインはよく能天気に明るく笑うが、こういうふにゃりとした笑顔はレアかもしれない。
――――たまに甘やかしてやるのもええなぁ。
弟につられて、我知らずポルトガルも口元を緩めていた。
昔戦ったり大喧嘩したり複雑な事情があり、二人は決して仲がいいとも言えない関係だけれど、それでも兄弟だからか、いつも心のどこかではお互いのことを大切に思っている。
「頑張りぃや。くたばったら許さんで」
おやすみ、スペイン。また会おう。
いつも俺は隣におるから。
敵対せん限りは、お前のこと応援したんで。
ポルトガルは踵を返し、一切振り返らず、帝国時代を彷彿とさせる力強い歩みで外へ出ていった。
扉が閉められ、再び部屋は静寂に包まれる。
*
30日。
拠点の一室で男が書類を睨みつつ朝食をとっていると、部屋の外から「ちょっと、待ったってください!」とかなんとか騒がしい声が聞こえてきた。
その後10秒も経たず、扉が勢いよく開かれる。
「buenos días」
現れたのは、焦げ茶のくせ毛の青年だった。
彼は遠慮もせず、ずかずか部屋に入ってきて男と対峙した。
「お久しぶりですね、閣下」
恭しいのは口調だけのようだ。
堂々とした態度の青年に見下ろされ、男は眉を僅かに顰める。
ここで今まで遠慮していたもうひとりの青年が耐えかねたようで、「失礼します!」と素早く礼をして部屋に駆け込み、大慌てで青年を引っ張って男の正面からどかせた。
「申し訳ございません、総司令官。止めたのですが、きかなくて……すぐ戻らせますので」
「――――いや、いい。君は退室してくれ。彼と少し話がしたい」
男が微笑んで返すと彼は戸惑った様子だったが、すぐに命令に従った。
男とくせ毛の青年は二人きりになる。
双方が沈黙すること数十秒。静寂を破ったのは男だった。