父親の転勤で、高校二年生のゴールデンウィーク後という中途半端な時期の転校に、私は多少のストレスを感じていた。ここ、桜川女学院への編入も、別に私は好きで試験を受けたわけではない。ただ、特に入りたい高校がなく、自宅から一番近いところを選んだからだった。成績も悪い方ではないため、編入試験もそれなりに余裕だった。しかし、環境の変化にはなかなか慣れなかった。 だけど、学校生活はあまり変化しないだろう。せいぜい生徒が女子しかいないくらいだ。
ホームルームが終わり、授業の準備をすると、私の前に複数の壁ができた。徐に私はそれを見上げる。
「小泉さんって編入試験受けて入ってきたんでしょ?頭良いんだね!」
そう言って笑顔を浮かべたのは、群青色のポニーテールが特徴的な人だった。陶器のような白い肌とほどよい色合いの赤い唇に、大抵の男子なら惹かれるだろう。可愛いというよりは美人系に近い彼女だが、やや吊り上がった目が彼女にキツい印象を与えている。
「私、二宮江奈っていうの。よろしくね!」
二宮さんは握手を交わそうと手を差し出すが、私はそれに応えることはしなかった。私の無愛想な反応に苛立ちを感じたのか、二宮さんは眉をぴくりと動かした。
こういうの、めんどくさい。
「こ、小泉さんも緊張してるんでしょ!ね?江奈」
「そうだよ!良かったら、後で学校案内しよっか?」
そこでやっと私は、二宮さんの左右にいる二人の女子の存在に気付いた。二人とも可愛い部類ではあるが、二宮さんほどには及ばない。なるほど。取り巻きってやつか。明らかに不機嫌になっている二宮さんのご機嫌を取ろうと、必死になっているのがバレバレだ。そんな二人は『空気読めよ』と言わんばかりか、私に冷ややかな視線を送っている。
「大丈夫。前に学校見学に行って、あらかた校舎は見たから」
「じゃあ、部活見学にでも……」
「部活はする気ないから」
二宮さんの誘いをきっぱり断ると、私は席から立ち上がり教室から出た。二宮さん達が鬼のような形相で私を見ていたことは、容易に想像出来る。そのせいか、教室を出る時に少しばかり寒気がした。
「小泉さん!」
後ろから名前を呼ばれ、反射的に振り向く。そこいたのは、杉崎さんだった。まためんどくさいのがきた。
「……何」
自分の声が自然と低くなる。しかし、そんな私に彼女は挑むような表情で、口を開いた。
「仲良くする気ないってどういうこと!?意味わかんないんだけど」
「そんなの私の勝手でしょ」
「私は小泉さんと仲良くなりたい!」
「私は仲良くしたくない」
不毛な会話だ。付き合っていられず、私は杉崎さんに背を向けた。
「ちょっと待ってよ!小泉さん!」
廊下に彼女の声が響いた。だが、ここで振り返ったらいけない。絶対に。
諦めたのだろうか、杉崎さんの声は聞こえなくなった。その諦めの良さに、私はいつものことだと自分を納得させる。その瞬間、窓から入り込んできた初夏の風が私の頬を撫でた。桃色の癖っ毛のポニーテールも同時に揺れた。