ー熱中症ー
「ねえ、西片。『熱中症』ってゆっくり言ってみて」
夏休みの日の図書館で。
隣に座る高木さんが、いきなりそんなことを言ってきた。……何で一緒に図書館にいるのかは触れないでほしい。
「急だね、いいよ。ねーちーゆーうーしーよーう……どう?」
別に言って損する訳でもないし、俺は高木さんの指示に従った。
「んー、ちょっと違うなあ」
だけど、何故か高木さんは満足してなかったようだった。
「逆に、どうすればいいんだよ!」
俺は、思わず声を荒らげる。
「そうだなあ。熱中症の『ねっ』と『ちゅう』と『しょう』を分けて言ってみて」
すると、高木さんは面白がるような表情で答えた。
……明らかに俺をからかおうとしているのは分かるけど、ここでやめたら何か負けた気がする。
「ねーつ、ちゆう、しよう」
「まだまだ。小さい『つ』と『ゆ』はそのまま発音して」
そ、そのまま発音する……?
高木さんの言っている意味が全くわからない。
「じゃあ、私がお手本見せようか」
「あ、うん」
お手本……何か馬鹿にされてるみたいでちょっと悔しい。
俺はそう思いつつも、高木さんの行動を待つ。
「ねっー、ちゅー、しよー」
「……はっ!?」
高木さんが唇を細めて言う。
……この為だったのか! やっぱり、高木さんは俺をからかおうとしてたのか!
「西片、言ってみて」
「い、言うかよ!」
言ったところでどうせいじられるだけ。俺の今日の腕立て伏せの回数が増えてしまう……。
前言撤回、損しかない。
「えー、言わないの?」
「当たり前だろ!」
ニヤニヤしている高木さんにそう返す。
「ふーん、しょうがないなぁ」
すると、高木さんは残念な顔をして言った。
よ、良かった。これで俺は安心して夏休みの課題に取り掛かれ……
「じゃあ、この勝負は私の勝ちね」
……ない!
「な、なんでだよ! そもそも、これなんの勝負!?」
俺は、高木さんに大声でそう尋ねる。
「なんでもいいじゃん。ほら、言わないと西片の負けだよ〜?」
くそっ、高木さんめ……!
「分かったよ、言うよ!
……ねっー、ちゅー、しよー」
ああ、恥ずかしい……。
「あはははは!! 西片さいこー!」
高木さんはと言うと、大爆笑していた。
俺がこんなに恥ずかしいのに、高木さんは……
と、とりあえずこれで俺の負けは無くなった! 高木さんに何してもらおうかな。
「あ、言うの遅かったから西片の負けね。ジュース奢って」
「ええっ!?」
ホントに、高木さんは……!!
そしてこの後、図書館の人に怒られた。全部高木さんのせいなのに……。
「西片ごめんね〜……ププッ」
「笑わないでよ!」
今日の腕立ての回数は……110回。
なんで、夏休みに入ってまでこんなことにならなくちゃいけないんだ!
「いつか絶対高木さんを辱めてやる……」
「さあ、出来るかな?」
今に見てろよ、高木さん……