「ねえ、ご飯食べに行かない?近頃娯楽もくそもないけれど、いいところを知っているの。」
あきれた。椎子は少し拍子抜けをして、表情がゆるんだ。ねぇ、真理子、あなたそんなこと言うためだけにあんなよくわからない登場をしたの。
「うん、いいよ。私も気をまぎらせたいし。」
椎子はできる限りいやみな言い方にならないよう努めた。しかし、少し無駄だったかもしれない。壁への憎悪と外へのあこがれは、隠し通せるほど軽いものではないのだ。ああ、はやく、外に出たいなぁ。
「…じゃあ、決まりね!イタリアンなの。すっごい美味しいんだから!」
日輪のような笑顔を曇天に咲かせながら、真理子は椎子に手を差し伸べる。椎子もそれに応える。
ふたりは親友どうしなのだ。絶対に交わらない壁の名前を冠しながら、対等に、そして親密に交わり合う二人の関係はどこか皮肉っぽくて、どこか詩的だった。
外に出られない日々なんて嫌だけれど、真理子と一緒に過ごすこの日々は大事にしたい。
椎子は真理子の手の温度を確かめるように繋いでいた手をぎゅっ、と強くにぎる。うん、あたたかい。
真理子もにぱり、と笑い、椎子の手をより強く握り返した。