短編

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1:緑茶:2015/12/01(火) 10:30 ID:nJc

【断捨離】

「ティッシュをどうぞー」
ティッシュ配りのアルバイトを始めてもうすぐ一年になる。もう二十四になる俺だが、不況により職に就けずアルバイト生活をしていた。
人通りの多いこの場所でもティシュを貰ってくれるのはごく僅か。今日のノルマが達成できないこともよくある。残して戻ると給料が減るので出来るだけ配ってしまいたい。
「おーい。どうだ、配りきれたか?」
この人は先輩で、残ったティシュをゴミ箱に捨て、誤魔化すということをしている
「今日もダメでしたね。こんなに人がいるのに」
「仕方ない、またあのゴミ箱に捨てるか。お前も来るよな?」
「…はい。」
しかし俺には捨てることができない。何故なら…
「捨てるぞ」
ガサガサ
『…て…ない…』
「よーし、戻るぞ」
「うっす。」
『…てない…す…』
俺はある特殊な力を持っている。
『捨てないで!』
物の声が聞こえるのだ。

2:緑茶:2015/12/01(火) 12:15 ID:nJc

正確には捨てられる物の声だけが聞こえる。
小6の夏、部屋の掃除をしている時に始めて聞こえた。
昔から大切にしていた人形を捨てようと思い袋に入れようとしたとき
『待って!捨てないで!』
びっくりして人形を投げてしまった。捨てないで、確かにそう聞こえたので捨てられなくなり部屋に置いておくことにした。すると、声は聞こえなくなりいつのまにかその出来事は忘れていった。
しかし、最近になりまた聞こえるようになった。しかも頻繁に。誰かが紙くずを捨てる、壊れたおもちゃを捨てる、生ゴミを出す。その度にたくさんの声が聞こえてしまう。しかもすべてが悲しく訴えるような声なのでなかなか物を捨てられないのだ。

「先輩、このティッシュもらって良いですか?」
「はあ?またかお前。そんなにティッシュ何に使うんだよ。」
「もったいないじゃないですか。」
「お前も物好きだな。先に帰ってるぞ」
こんな感じで拾えるものは拾って家に置くようになっていた。そのせいで家にものを置けなくなり部屋の中はゴミ屋敷になっていた。

3:緑茶:2015/12/01(火) 21:29 ID:nJc

そんな俺にはこの仕事はかなり堪えている。渡したそばから捨てる人もいるからだ。それ以外でもポイ捨てなどで様々な声が聞こえるのだ。
なら仕事を変えれば?と思うかもしれないが就職活動に恐怖感があることや、給料はよくないがやっと手に入れたこの職を手放す気はなかった。

4:緑茶:2015/12/03(木) 20:05 ID:nJc

それから少し経った頃、俺に変化があった。「昇格、ですか?」
「うん、最近君の働きが良いと聞いてね。
どうかな?」
「もちろんです!精一杯努めさせていただきます。」
俺が普段から真面目に仕事をこなしていたことを本部の人たちはしっかり見ていてくれたようで、俺はティッシュ配りのアルバイトから本部(ティッシュ配りの依頼主)の方で働けるようになった。給料は跳ね上がり今までより生活は豊かになった。
一番の変化は街でティッシュ配りをしていた時の悩みが減ったこと、物の声を聞く機会が減ったのだ。このおかげで熱心に仕事に打ち込めた。

5:緑茶:2015/12/03(木) 22:57 ID:nJc

本部で働くようになってから、もうすぐ半年が経つ。俺はアルバイト生活に戻らないため必死に働いていた。そのおかげで、同僚の中でもトップの業績を上げていた。相変わらず物の声は聞こえているが、そんなことが気にならないほど俺は今を楽しんでいた。
そして、今の部屋から俺は引越しをすることに決めた。心機一転、また仕事に打ち込むためだ。目をつけていた少し古い一軒家を購入した。勿論、ローンを組んでの購入だったが俺は自分の家を持てたことがとても嬉しかった。

6:緑茶:2015/12/03(木) 23:13 ID:nJc

引っ越し当日。引っ越し業者に頼むのも勿体無いので同僚に手伝ってもらい荷物の運搬をしていた。
「おい、これはどこに置くんだ?」
「それは、その棚の横に頼む。」
「しかし、お前が家を買うとは思ってなかったよ。」
「俺が一番驚いてるよ。人間やっぱり正直に生きていたら良いこともあるもんだな。」
そんな会話をしていると同僚たちが沢山の荷物を運んできた。
「これはどこに置くんだー」
「ん?それ、どこにあったんだ?」
しかしその荷物は自分の整理したものではなった。少し古いダンボールが俺の背を超えるほど積み上げられた。
「奥の部屋にあったけど。」
「なんだこれ。」
不思議に思い、ダンボールを一つ開けてみた。
中身は大量のポケットティッシュだった。数えられないほどの量のポケットティッシュ。
「そういえば」
俺はあまりの忙しさに忘れていた。このダンボール達の中身は、俺が声を聞いて持ち帰ってきた物だった。

7:緑茶:2015/12/04(金) 11:38 ID:nJc

同僚が箱の中を覗き込む。
「うわ、なんだよこれ。ティッシュ?
こんなに沢山どうしたんだ。」
「前の職場で残ったティッシュを捨てる先輩がいたんだけど、もったいなくて俺が持って帰ってたんだよ。最近はそんなことなかったからな。忘れていたよ。」
そう言って俺は箱をとじた。
「ふーん。悪い先輩だな。
で、これどうすんだ?」
俺は少し考えた。元はと言えば一度ゴミになったものばかり。いつまでも俺が持っている必要はないはずだ。そう考えた。
「うん、捨てといてくれ。もういらないものだよ。」
すると、一つのダンボールが落ちてきて、1人の同僚の頭に落ちた。
「おい!大丈夫か?」
俺たちは急いでそいつに駆け寄った。
「びっくりした、かなり軽かったから大丈夫だ。」
良かった。引っ越し早々事故なんて洒落にならないからな。
「しかしなんでこのダンボール落ちてきたんだ?」
「高く積みすぎたんじゃないか。」
俺は同僚たちの会話を聞きながら落ちてきた荷物を確認した。

8:緑茶:2015/12/04(金) 11:53 ID:nJc

積み上げられたダンボールの中でもかなり古いものだった。一体いつからあったのだろうか。不思議に思いながら箱を開けた。
中には古い人形が入っていた。髪の長い白い顔をした可愛らしい人形。俺はこの人形に見覚えがあった。小6の夏、初めて物の声を聞いた時のあの人形だった。
しかし、部屋に置いていただろうか。実家の俺の部屋に置いてきたと思っていたが、気のせいだったのだろうか。
「なんだその人形。なんか不気味だな。」
不気味。そう言われると確かにそうだ。寝ている時に動き出しそうな感じだ。
「俺の子供の時に貰った人形だよ。」
「それは捨てるのか?」
俺はまた考えたが、この人形に思い出もあまりないので捨てることにした。
「あぁ、捨てるよ。」
俺がそう言った瞬間。
『捨てないで。』
久しく聞かなかったあの悲しい声でそう言ったのを俺は聞いた。


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