行こうよ、あやかし商店街!

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1:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/24(日) 09:28 ID:3uI

プロローグ


神隠し___それにあった子供は一体どこに行くのであろうか?

その質問に、僕はこう答える。

あやかし商店街だよ。

そう言ったら、君たちは笑うかもしれないね。でも、本当のことなんだから、しょうがないと思う!

だから、そのことを証明するため、あるお話を書いた。
このお話を読んでくれたらきっと分かってくれるだろう。
このお話は、いじめられっ子の女の子のお話。
君たちは創作だと言うかも知れないけど、いやいや、何を言ってるのか。
これは本当にあった話だよ。

……あ、ちょっとちょっとお客さん!
怪しいって思わないでよ!
店から出てくなら何か買ってからにしてよ!
ちょ、ちょっとお客さぁあぁん!?

__あ、ダメだよ!そっちのドアから出て行ったら!






ムクロですが、何か?(*´∀`)
……え、あぁ、はい。グロはないですよ。残念ですか?

わちゃわちゃしていて、時にはシリアスになるお話ですよ。
安心して下さいな。基本ほのぼのですよ。

25:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/29(金) 20:14 ID:3uI

「やっほー、留美子〜」

巫女が手土産を持ってやって来た。
手土産……と呼ぶには、少し人権的問題があるので、こう呼び改めることとする。

巫女が天狗を引きずってやって来た。

これなら違和感がないだろう。
巫女は気絶していると思われる天狗の天女の腕を掴み、引きずってきた。
それを巫女はこう呼んだ。

「はい、焼き鳥の材料持って来たよ〜」

人権など皆無だった。
天女は気を取り戻したのか、手足を動かしてジタバタと騒ぎだした。

「うええ!?だ、誰か助けて下さい!このままじゃあ、おばあ様と同じ運命を辿ることに……い、いやあああああ!!死にたくないですよおおおお!!」
「いきが良いわね!さ、食べよう食べよう!」
「天狗の神様ー、どうかお慈悲をー!!この哀れな女の天狗を助けて下されー!!」

留美子はぷいっとそっぽを向いて、宿題を再開した。
道のりを求める計算は、やっぱり苦手だ。ここは高校生の旦那に助けを求めなければ___

「ちょっと留美子〜」
「うわーん、留美子さん助けて下さいよお!!」

いや、私関係無いし。
留美子は苦手な問題をスッ飛ばし、宿題を終えて、近くにあったお菓子を口の中に放り込んだ。
甘さが舌に染みて、痺れに似た感覚が舌の上を走る。

「美味しい〜」
「それよりも美味しい、焼き鳥はどう?」

留美子はそれを無視してまたひとつ、お菓子を食べた。

最近、留美子は巫女に冷たい。
それについて、巫女が悩み、考えた末に、とある結論に至った。
それは、『酒を一緒に飲めば大丈夫』だった。
留美子も巫女も未成年なのだが、そのことについて忘れてるのだろうか。
まさか、無理矢理酒を飲ませて、酔ったところで何かするつもりだろうか。
ちなみに、このカラス___いや、天狗は焼き鳥にして、酒のつまみにしるらしかった。

留美子はじっと巫女を見た。巫女と目が会うと、目をそらす。
その顔は、どこかにやけている。
そこに巫女は気づかないまま、失敗か、と肩を落とした。

「神様神様神様神様神様神様神様」

天女は呪いの呪文のように助けを求めている。
巫女はそれが煩くなったのか、天女を放した。天女は一目散に逃げ、空に羽ばたいていった。

それを見届け、巫女は留美子に向き直った。
その目からは、強い意思が感じとれる。

「ねえ、留美子」
「何?」

そっけなく返す留美子に、怒鳴りそうになりながらも、巫女はあくまで落ち着いて言う。

「どうして、最近私に冷たいの?」

留美子がキヒッと笑い声をあげた。
あまりに留美子らしくない笑い声に、巫女は目を見開いた。
声は大きくなっていき、そして、高くなって鼻にかかるような声になっていった。

留美子の姿が、モザイクがかかったように判別つかなくなり、それが薄れたと思ったら、留美子とは違う、まったく別の人物になっていた。

「キャハハハハハアアッ!!なぁにぃ、妖怪の世界で一番強いと聞くから、どんなやつかと思っていれば、ただのお馬鹿じゃなぁいぃ?」

留美子と背丈は同じくらいだが、雰囲気は凶悪な妖怪……いや、それ以上のものだ。
放つ妖気に似たものは、いわゆる魔力というやつだろうか。魔力なら、巫女にもあるが、巫女のそれとは比べものにならないほど強力だ!

目の前の少女は、キャヒヒヒと笑って、どこからか出した紅茶を飲んだ。
中身を飲み干したのか、ティーカップが消えた。

「はぁい、こんにちはぁ。貴女は初めましてよね?……初めまして。マリアっていうのよ。よろしくね?」

スカートの裾を軽くつまみ、頭を垂れる。右足は少し後ろに引いている。
巫女ははじめて恐ろしいと思った。
こんな少女に、自分は怯えている。それを知った巫女は、より目の前の少女が恐ろしくなった。

そこに、のんきな店番さんが、店の奥からやって来た。

26:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/29(金) 20:42 ID:3uI

店番さんは、特に少女__魔女マリアに驚くこともなく、やぁと手をあげた。それに、マリアが同じように手をあげる。

その光景を見た巫女は、もしかして、と思った。

実はこの前、店番さんと話をしたとき、このような話を聞いたのだ。
曰く、昔の知り合いが最近訪ねてきたのだと。そこでまた来週会う約束をしたとか。
確か、その来週が、現在から見れば、今週だったとも言っていたか……。

まさか、その知り合いというのが、この少女なのだろうか?
巫女はまじまじと二人を見た。

確かに、親しげに話す光景はまさしく知り合い、いや友人だ。
けれどまさか、店番さんに、こんな大物の知り合いがいたとは……彼のことは、もうからかえなさそうだ。
___と、巫女は思った。

実際のところ、店番さんは妖怪の世界と人間の世界を繋ぐことのできる、力の強い妖怪と人間のハーフなのだが___巫女は知らないのか、覚えていないのか、とりあえず、巫女は店番さんを下に見ていたというのは分かった。

「なんてことない、ただの人間じゃないの」
「いやいや、彼女、魔法使いだからね?」
「でも、エリーと同じくらいじゃない。中途半端の魔女と同じって……悪魔と契約しないだけで、こんなに変わるものなのねえ」

エリー、というのは、マリアが作り出した、中途半端な魔女である。
中途半端と、巫女のことを言っているのだろうか……?

チラッと巫女を見る目は、明らかに挑発している。
売られた喧嘩は買う、それが巫女である。巫女はボキボキと指を鳴らした。

「ちょっと、二人とも、僕の店で喧嘩しないでよね。人間の世界最強と、妖怪の世界最強同士で争わないでよ」

その言葉に、巫女は目を細める。

「へぇ〜!貴女、人間の世界最強なのね?」
「ええ、そうよ。少し前には悪魔を倒したわ。貴女は何かあって?」
「あら、この世界では、もう私を倒そうとするものがいなくてね……そういう争い事はしていないの」
「そうなの?なんて可哀想」
「貴女こそ、なんて可哀想なの」
「その口、閉じることは容易いことなのよ?」
「そお?じゃあ閉じてみれば?」

ちょっと待ってよ、と店番さんが止めに入る。
すると、二人は笑顔らしからぬ黒いオーラを纏って、なぁにと店番さんを見た。
店番は怯むことなく、あのね、と言った。

「なぜマリアがここにいるんだい?」

それに、マリアが鼻で笑った。
愚問だと言うように。

胸をそらして、生意気そうにマリアは答えた。

「この子が妖怪の世界最強って聞いたから、少し前から魔法で潜り込んでいたの。わざわざ留美子という子に話をつけてね。条件として、宿題を代わりにやることになったけど、結構楽しかったわ」

ちなみに、外見だけでなく、中身だって完璧に演じてたわよ?
そう言うマリアに、巫女は怒りを覚える。

騙されていた私が言うのもあれだけれど、あれが留美子?留美子はもっといい子で素直で可愛げがあるわよ!

巫女は強くマリアを睨みつける。

「なに、なんなの?マリアに何か?」
「何か……じゃ、ないわよ、この___」

それを遮るように、別の声が店内に響いた。

「魔力を辿ってみれば、こんなところに!帰るわよ、マリア!」

その声に一番驚いたのは、誰でもない、呼ばれたマリアである。
声の主は、人間の世界に通じるドアの前に立っている、マリアと同じくらいの少女であった。
その少女の本名はエリー。マリアが生み出した、あの中途半端な魔女である。

「エ、エリー!?」
「今日はマリアがご飯を作る番でしょう!?……ってあら、皆様、すみません、うちのマリアが___」
「エリー!!」
「はいはい、分かったから、さっさと帰るわよ」

改めて、みなに礼をすると、そのエリーはマリアを引きずって駄菓子屋を出ていった。
巫女はしばらく呆然としていたが、頭がスッキリすると、笑い出した。

「なにやってんのかな、私!」

店番さんが、何が、と聞く。
それに巫女が笑ったまま答えた。

「強い相手がようやく出たのに、全然戦っていないじゃない!」

この女、何を目指しているのだろう。
それは、神さえも知らぬことなり___

27:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/29(金) 21:10 ID:3uI

___もう疲れたでしょう。さあ、いつもの場所にお行きなさいな。あなたは何も心配しなくていい。
あなたはまだ子供なのだから、何も知らなくていい。
暗い世の中から目を背けたら、ほら、いつもの明かりが見えるでしょう?
さあ、行きましょうね___



体育館裏で、小鳥のように小さな泣き声がする。

その体育館の裏には、留美子がいた。

留美子は泣いていた。ただただ泣いていた。
彼女の周りには、細い糸の束がたくさん落ちている。___それは髪の毛だ。
誰の?___それは留美子のだ。
なんで?___いじめの一貫で、髪を切られたのだ。

留美子の髪は、長さも量もバラバラに切られていて、それ以上に、手足についた傷が痛々しかった。
血は溢れ、緩やかな川を作って、最後には滝となって地面に落ちていった。

足には青アザがたくさんできており、まるでカビが生えているようだった。
もちろん、カビのようだと、留美子をいじめる子供たちは笑った。

留美子は自身の髪の毛だったものたちを見て、今度は声をあげて泣いた。
髪の毛が、風に運ばれて、留美子から離れていった。

近くに放られていたランドセルには、猫の引っ掻き傷のようなものが大量についていた。
その傷は、留美子がいじめっ子たちに引っ張られないよう、頑張ってしがみついた後だった。
たくさんの傷を作って、でも結局は引っ張られ、3メートルくらい引きずられた。
土ぼこりまみれのランドセル。傷を作ったランドセル。そのランドセル以上に土ぼこりまみれで、傷を作っている留美子。
今の留美子には、思考というものが無かった。

何も思えず、何も感じられなかったのだ。
ただただ泣くだけで、その意味すら理解しない___いや、理解できない。
助けてとも言えないで、ただ泣き叫んでいる彼女。
彼女をいじめたものたちは、さぞ楽しかっただろう。

いじめれらばいじめるほど、反応が面白くなり、髪を切れば、今まで見た、どのアニメの悲劇のヒロインよりも絶望した顔をしていた。
次あれをしたら、どうなるんだろう、という好奇心と、子供故の残酷な無邪気さと、遊び心が混じりに混じって生み出されたのが、この結末だった。

どれほど泣いたときだろうか。
5時半を知らせる音楽が、町中に響きわたった。
聞けば聞くほど虚しく、寂しくなる曲は、子供たちに家に帰りなさいと歌う。
けど、留美子は家に帰らなかった。
無心でランドセルを背負い、まるでそうプログラムされたロボットのように、いつもの駄菓子屋に向かって走っていった。

夕暮れ、太陽が山に沈む。いや、帰るのか。

不格好な髪型をした、走り行く子供の姿を見て、大人たちは笑った。
なぁに、あの子、どうしたの?___と。
それは好奇心。その好奇心は、留美子の再起不能な心に、またひとつひとつと傷をつけた。

駄菓子屋のドアを開いて、留美子は中に入った。
中には、いつもの店番さんと、旦那と、巫女がいる。
三人は、留美子を見ると、顔をひきつらせ、出ようとした声を必死に飲み込んだ。

留美子の心と同じく再起不能な頭には、優しい声が響いていた。


___ほら、ここにいれば大丈夫。もう安心。あんな世界、捨てましょう。

28:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/30(土) 15:09 ID:3uI

『うわあ、こいつ泣いてるう』
『見てみて!ベロに砂ついてる!』
『砂食べてるぅ、きもーぉ』



水の中にいるみたいに、音や声が歪んで聞こえた。視界も、まるで水の中にいるみたいだった。
それでも、目の前にいる人たちが、誰だか分かった。
その人たちを認識すると、動くことのなかった心と頭は、ようやく動き出した。

押し寄せてくる波は、負の感情ばかり。
いじめられている時の恐怖、絶望、怒り、悲しみ、惨めさが、濃い青色の波となり、心を飲み込んだ。
その場にうずくまる。
息が苦しくなって、ケホケホと咳き込むと、砂が少しと、数本の短い髪の毛が出てきた。

次に押し寄せてきたのは気持ち悪さ。
いじめっ子たちに蹴られたからか、胃が暴れだし、胃液を吐いた。
口の中に酸っぱさが残り、黄色い液体が、床に広がった。
それでもまだ気持ち悪くて、胃が口から外に出ようとしているようだった。

「留美子、ちゃん……?」

どうしたの、と店番さんの声がする。
留美子は顔をあげ、三人の顔を見た。
心配、なんてものじゃない。
顔が歪んでいて、旦那にいたっては泣きそうだった。泣きたいのは留美子なのに。……いや、もう泣いているか。
巫女は『昔のこと』を思い出したのか、一歩一歩また一歩と下がって、頭を抱えている。
店番さんは、普段寄せない眉を寄せて、唇を震わせている。その唇を押さえるように下唇を噛んでは、歯形を残している。

留美子は何を思ったか謝った。

__ごめんなさい。

ごめんなさい、ごめんなさい、私が悪いんです、ごめんなさい、ごめんなさい、許して下さい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……___

留美子の呪文のような「ごめんなさい」は、巫女を可笑しくさせた。
巫女は喉がはち切れそうな悲鳴をあげた。

「やめてよおおおぅ!!ヒギィ、ア、アアアア、ィャァアアアアアアアアッ!!!!」

暴れる巫女を、旦那が羽交い締めにして、押さえ込む。

「やめてよ放してよおうッ!!!!あっち行ってよおおうッ!!!!」
「落ち着けよ、巫女ッ!!なんでそんなに___」
「化け物おおお、お前ら全員化け物だあああ!!人の顔した化け物めえええええッ!!」

巫女の目には、数人の人間が見えていた。
ニタニタと笑いながら、手をこちらに向けて、髪の毛を掴み、そして引っ張りあげる。腹を蹴られ、カッターを足に向けられる。
それは、巫女が人間で、小学生だったときにあった、本当の出来事だった。
それを、巫女は幻覚で見ている。
巫女の精神が、留美子の謝罪とその様子に触発され、過去を呼び起こしたのだ。

人間は化け物。そう叫んで、巫女は気を失った。
巫女の全体重が、旦那の胸に寄りかかる。旦那は巫女をお姫様抱っこして、隅にある畳まで運び、そこに寝かせた。

巫女の顔は真っ青だった。
旦那と店番さんが、初めて巫女と会ったときと、同じ顔をしている。
思えば、初めて留美子と会ったときも、その顔とまったく同じだったから、あんなに留美子を気にかけたのかもしれない。

巫女がかつて酷いいじめにあったように、その妹の留美子もまた、いじめにあっている。
巫女があやかし商店街に来たように、留美子もまた、同じ理由からあやかし商店街に来た。

まさか……___!!

旦那は、うずくまる留美子を見た。
留美子は絶えず謝罪をしていて、その背中を店番さんが擦っている。
旦那の背中に、何か冷たいものが伝う。


___あんな世界に、帰らなくていいのよ。

……どうして?

___貴女を酷い目にあわせたじゃない。ここは安全だから、ずっとここにいればいいわ。

……そうだよね……。やっぱり、そうなんだよね……。

___ええ、そうよ。ほら見なさいな。貴女の周りの人は、どこの世界に属する人?

……妖怪の世界。旦那は違うけど。

___じゃあ、旦那も妖怪の世界に属させましょう。……さあ、これでいいかしら?

……うん。

___それじゃあ、ようこそ、妖怪の世界へ。

29:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/30(土) 20:58 ID:3uI

留美子の謝罪がふと止まり、自分が吐いた胃液の中に倒れる。
ビシャリと胃液が飛び散り、辺りに静寂がおとずれる。

空気が重い。旦那は首を掻いた。

「……どうしようかね」

少し考えて、旦那が言う。

「とりあえず、サトリ姉妹を呼ぶか」
「うん、それが最善だね」

留美子を店番さんに任せて、旦那はサトリ姉妹の店に向かった。

外に出ると、いくつもの音が溢れていて、いつものあやかし商店街なのだと分かる。
いつも通りでないのは、駄菓子屋の中だけなのである。

いたずらをしでかしたのか、子供の妖怪が、その親の妖怪に追いかけられ、そして捕まる。
それを、通行人たちが微笑ましく見る。
が、しかし。その通行人の中には、それを横目に走り去っていくものもいる。それが、旦那だ。

旦那は『石屋』と書かれたのれんをくぐり、店内を見回した。
店内には棚がいくつか設けてあり、棚の中には色とりどりの天然石が置いてあった。
石たちは夕日をうけて、オレンジ色に反射する。

石から目をそらし、姉妹を探す。けれどいない。
旦那はできるだけ元気よく、サトリ姉妹を呼んだ。

「おーい、里美、聡子〜」

すると店の奥から、おろしたての可愛らしい着物を着た里美が出てきた。
旦那を見ると、あれまと口を開けた。

「珍しいこと。旦那さんがうちに来るなんて」

ああ、そうですか、と旦那は思った。
珍しいとかそんなのどうでもいい。
さっさと留美子たちのところに戻らないと……。

「実は、頼み事があってな」
「頼み事?……それなら、力を使った方が簡単よね」
「ああ。できれば、力をずっと解放してもらってる方が助かるんだが……」

里美の目が虚ろになる。
力を解放した証拠だ。

旦那の心を読んだ里美は、顔を歪めると最悪ね、と言った。

「ちょっと待ってて。聡子を呼んでくる」

着物が乱れるというのにドタバタと走りだし、すぐに聡子を連れてきた。
聡子の目も虚ろであり、事情を理解しているのか、怒りで震えている。
少しつついただけで、怒りが爆発しそうだ。

旦那が何かを言う前に、聡子は店から出ていき、駄菓子屋を目指した。

「おい、聡子!」
「早く行こう、旦那さん」

里美も走り出す。旦那も少し遅れて、店を出た。

通行人はまだいたが、ほとんどの店は店じまいを始めているところだった。

駄菓子屋に駆け込むと、旦那は目を動かした。
隅の畳の上に、巫女と留美子が二人並んで寝ているのを見ると、ホッと胸を撫で下ろした。
また騒いでいるかも、と思っていたのだ。

二人はどうやら穏やかに寝ているようで、カウンターの奥に座っている店番さんは、表情が柔らかかった。
店番さんの目が旦那と、サトリ姉妹を捉える。

「よく来たね」

歓迎の言葉を無視して、聡子は留美子のそばに駆け寄る。
小柄な体を揺すり、留美子留美子と呼び掛ける。当然、返事はない。

「どうして……」

聡子は留美子の心の底を読んだのか、そう呟くと、怒りを爆発させた。

「なんで留美子がいじめられるの!?」

誰も答えることはできない。
聡子が何を思っているのかを読み取った里美も、同じように怒りを爆発させた。
聡子が見た『いじめ』の記録を、聡子を通して里美も見たのだ。

「そうよ、どうして留美子ちゃんと巫女さんが、あんな酷いことを!?」

これが、人間というものなの!?
聡子に対してを除けば、あまり叫ばない里美が、叫んで言う。
里美は人間の世界に通じるドアに走っていった。
そして、そのドアノブをガチャガチャと鳴かせながら回す。

ドアは開かなかった。当たり前だ。妖怪の世界の住人は、人間の世界に行けないようになっているのだから。

「なんで開かないの!?」

ドアを強く蹴った。

「助けたいだけなのにッ!!」
「おい、里美!」

旦那が声で制止しようとするが、里美は無視して、また強くドアを蹴った。

「あだ名をまだ貰ってないから!?一人前じゃないから!?」

蹴っても蹴っても壊れないドア。
足に血が滲むほど強く蹴り続けていた里美は、とうとう限界をむかえ、その場に尻餅をついた。

「復讐するだけなのにッ!!」

__そう叫んで。

30:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/30(土) 21:15 ID:3uI

泣き出した里美を、旦那は宥める。
里美は人間め、人間め、と言う。人間である旦那は複雑な心境に陥った。

里美の気持ちは分かる。
留美子と巫女がああなったのも、全ては人間のせいだ。
しかし、その人間というものは限られている。
妖怪たちに善し悪しのものがいるように、人間にも善し悪しのものがいる。全員の人間が、あんなに酷い人間というわけではない。

宥めるのは無駄だと分かったのか、旦那は人間の世界に通じるドアに手をかけた。
妖怪はこのドアを開けることができない。なら、人間である自分が開き、妖怪を外に出すことは……?
___……そう思ったのだ。

ドアノブを握り、ゆっくりと回す。
そして、ドアをおす。が、しかし、そこでありえないことが起こった。

ドアが開かないのだ。

人間の世界に属する旦那が、このドアを開けられないわけがない。
里美が蹴ったから、壊れたのだろうか?
もう一度、けれど今度は強くドアを押してみる。だが、一向に開く気配はない。

「おい店番野郎!」

旦那は行き場のない焦りを店番さんにぶつけた。

「なんだこれ、開かねぇぞ!?」

店番さんは、目を見開いた。

この世界と人間の世界を繋ぐことのできるものは、この店番さんだけである。
だから、このドアが開かないのは店番さんが関係している。そう旦那は思っていた。

だがしかし、店番さんは関係なかった。なぜドアが開かないのかなんて、店番さんにも分からなかった。

「そんなの、知らないよ!!」
「んだとテメェ、投げ出すつもりかよ!?」
「違うんだ!!僕にだって分からない!!……何がどうなっているんだ?こんなの可笑しい。人間の世界に属する君が、このドアを開けれないなんて……」

そこまで言って、店番さんは気づく。

そう、みんな自分の属する世界のドアしか開けられない。
その例外は神隠し一歩手前の子供と、店番さんだけ。
となれば、まさか旦那はもう、神隠しに合ってしまっている___!?

「ちょっと待ってよ、旦那!まさか君、帰りたくないなんて、思ってないだろうね!?」

旦那はハァ!?と声をあげた。

「んなわけねぇだろッ!!今日の晩御飯は大好きなクリームコロッケなんだ!帰りてぇわ、ったくよぉ!!」

帰りたいらしい、何がなんでも。
じゃあ、どうして開かない?___店番さんは考えた。

属する世界が変わったのか?いや、しかし、この場合は神隠しに合わない限り、属する世界が変わることはないはずだ。
それに、そんなことができるのなんて、神様くらいだろうし……まさか、神様が?いや、そんなわけないか。
きっと、なんらかの事故なんだ。そう、事故。事故に決まっている。

このとき、誰も気づいてはいなかったが、店内には、旦那、店番さん、留美子、巫女、里美、聡子の計六人以外に、もう一人、人がいた。
その人は優雅に紅茶を飲みながら、心の中で笑っていた。

31:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/04/30(土) 21:46 ID:3uI

みんなバカよねぇ、そう思って紅茶を飲む。苦味が口の中に広がるが、それがまたいい。

誰に気づかれることもなく、優雅に紅茶を飲んでいたのは、人間の世界に属する魔女マリアだった。
店番さんの古くからの知り合いであり、人間の世界最強と言われる魔女である。

寝ている巫女の顔を見て、ニヤリと笑う。

貴女も落ちぶれてるようじゃなぁいぃ?そんなんで、妖怪最強?笑えるわね。

クスクスクス……と、声をたてると、一斉に12この目がマリアを捉えた。
マリアは空中に浮かんでおり、そのこともあって、人々を驚かせた。

「マリア、どうして君が……!?」

店番さんが聞く。マリアは鼻で笑う。

「ちょっと面白そうだったから、来てみたのよ。……残念ね、ドアが開かないなんて」

クスッと笑って、床に着地する。
マリアに初めて会ったサトリ姉妹と旦那は、何者なのか分からず、店番さんの顔を見た。
店番さんは、知り合いだよ、と答える。

マリアは旦那を見て、笑った。

「なに、その顔?笑えるわね。今の貴方の顔は、まるで殺される前の悪魔と同じ顔だわ」

それに機嫌を悪くしたのか、旦那は舌打ちをする。
それを特に気に止めることもなく、マリアは紅茶を飲み干し、ティーカップを消した。

この前巫女にしたように、制服のスカートの裾をつまんで、ぺこりと頭を下げる。右足は後ろにひいて。

「マリアって言うの。ここの店主の知り合い。悪魔と契約して、人間の世界最強となった魔女よ。よろしくね?」

不気味な弧を描く唇が、一瞬恐ろしいほど赤く見えた。

マリアの心を読んだサトリ姉妹は、ぶるりと震えた。
この女、関わったらダメだ……!!

恐ろしい。この女にこそ、恐ろしいという言葉が似合う。
マリアなんて、嘘っぱちだ。マリアというよりも___

「あら、サトリじゃないの」

マリアの目が、近くにいた聡子に向く。
聡子はヒッと後ろに一歩下がった。

「怖がらないで。今回、マリアは助けに来たのよ」

そう言うと、マリアは指を鳴らした。
すると、巫女と留美子の睫毛が震えて、二人の目が開いた。

留美子が起き上がり、辺りを見回す。

「あ、私、なんでここに___」
「留美子ぉ!!」

聡子が留美子に抱きつく。
留美子は駄菓子屋に自分で来たことすら忘れているようだった。そこにいきなり聡子が抱きつくものだから、心臓が飛び出るほど驚いた。

留美子は聡子を引き剥がし、見知らぬマリアを見て、誰、と聞いた。

「なぁに、また自己紹介しなきゃいけないのかしら?」
「彼女はマリア。僕の知り合いの魔女だよ、留美子ちゃん」

めんどくさそうに言うマリアに代わって、店番さんが紹介する。
留美子はどうも、と頭をさげた。

「うわ、頭痛……」

その隣で、巫女が頭を押さえて上半身を起こす。
巫女は目を動かし、留美子を見ると、ちゃんと覚えているのか、また叫びそうになった。
頭を押さえていた手を口に持ってきて、叫びそうになるのを堪える。

昔の記憶が溢れ、巫女の精神を侵す。
駆け寄ってきた旦那が、その背中を擦り、宥めた。

「ありがと、旦那」

旦那の頬が、照れ恥ずかしいのか、赤く染まる。

「いや、別にい___」
「ちょっと甘ったるい〜。やめなさいよ、そういうの〜」

マリアが旦那の言葉を遮った。
その声に反応して、巫女がマリアを見ると、マリアは手を振った。
巫女はたちまち笑顔になり、久しぶり、と言った。

「なんで、貴女がここにいるの?」

巫女が聞くと、マリアは思い出したように手を叩いた。
忘れていたのか。助けにきたと言っておいて。
留美子と巫女以外のものたちの心がひとつになった瞬間だった。

32:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/05/01(日) 14:32 ID:3uI

「助けに来てあげたのよ。貴女と留美子が可笑しくなって、しかも、旦那っていうやつが帰れなくなったらしいから」

留美子は、あれ、と思った。
自分が可笑しくなった?特にそんなことはなかったと思うが……__と、悩む留美子は、その時の記憶を無くしている。
よほどショックだったのか、放課後のいじめに関することについては、何も覚えていない。

対して、巫女は覚えていた。
寝て精神を落ち着かせたからか、さきほど旦那が宥めてくれたからか、今発狂することはない。

マリアは歩いて、人間の世界に繋がるドアの前に来た。
そのドアを指差し、皆を見る。

「このドアは、人間の世界に属するものにしか開けない。分かるわよね?」

個人差はあるものの、皆すぐに頷く。

「そうよ、そのドアは妖怪の世界に属するものは開けれない。だから、私は開けれなかった……!」

里美は下唇を強く噛み、血が滴り落ちた。
巫女と留美子が起き、幸か不幸か、留美子は一部の記憶を無くしていた。
里美はそれについては良かったと胸を撫で下ろしたが、いじめをした人間たちへの憎しみや怒りは消えない。
未だ里美の心には、黒いものが渦巻いていた。

それに気づいていたマリアは、里美が開けたくても開けれなかったドアを、簡単に開けて、言った。

「あなたたちも知っている通り、人間の世界に属するものでないと、ドアは開けられないわ。なら、属する世界を変えればいいじゃない」

マリアは旦那に目を移した。

「属する世界を変えるのは、とても簡単よ。貴方はいつもそうしていたんだから」
「……は?」

口をポカンと開け、マヌケ顔をしている旦那の体に、床から突如として生えた蔦が絡まった。

その蔦はマリアが魔法で出したものである。
呼吸をするのと同じくらい、簡単な魔法だ。

「ほら、こうやってね」

蔦が、旦那を人間の世界に放り投げる。
旦那はドンッという音をあげて、外の地面に落ちる。
簡単に人間の世界に帰れた旦那は、驚きで辺りを見回した。

「な、なんで、俺……」

いきなり駄菓子屋から飛び出てきた男子高校生を見て、通行人Aのお爺さんが心臓を押さえている。
可哀想に。驚いて心臓が飛び出そうになったのだろう。

「こんなの、魔女マリア様にかかれば、人間を妖怪に変えるくらい簡単だわ。マリアはそれを逆にしてやってのけただけなんですもの!」

キャハハハハハハハアアッ!!
マリアは高笑いをした。
その笑いを遮って、さきほどのマリアの言葉に巫女が指摘した。

「逆のことをしたって言ったわよね?それってつまり、貴女は属する世界を変えられるってことよね?」

マリアは頷いた。

「ええ、そうよ。というか、旦那と、そこにいる留美子はいつもそれをしていたわよ?必ず元の世界に戻れると無意識の領域で思っていたからね」
「……それって、つまり?」

今度は店番さんが聞く。
マリアは旦那を駄菓子屋の中に再び蔦を使って投げ入れ、答えた。

「だから、“絶対に行ける”と思ってなきゃ、ドアは開けれないのよ。旦那がどうして開けれなかったかっていうと、その思いを、誰かが操作したからよ

33:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/05/01(日) 20:38 ID:3uI

「絶対に……」

店番さんが復唱すると、マリアは頷いた。

「そうよ。絶対に行けると思っていないといけないの。揺らがぬ思いを持っていなければ開かないのよ。……これを理解しているのは、この中では巫女だけかしらね?」

マリアが巫女を見る。巫女は少し考えたふりをして、そうね、と言った。

「これは、魔術に似ている。魔術も、心の底から信じていないと使えない。これは、基本中の基本だわね。思い込む、って感じかしら」
「ええ、そう。旦那はその揺らがぬ思いを誰かに干渉され、多少は揺らいでしまったってわけ。マリアたちが念って呼ぶものが、揺らいで形を壊してしまったのよ」

『念』というものは、この世を構成する成分の一部である。
何かを思い、考えることによって『念』が生まれ、その『念』を生み出したものたちに何らかの力を与える。
例えば怨霊。
これは怨みの『念』が、怨んで死んだものに力を与え、この世をさまよわせ、目的を果たさせようとすることによって生まれるものだ。
念は色んな性質、力を持って、世界を構築する。
最近本が出版されるようになった「引き寄せの法則」も同じ。これも念の力によるものだ。

このような『念』を利用して、魔法使いや魔女は魔法を使い、妖怪や人間が、自分たちの属する世界に通じるドアを開けることができる。
だから、マリアと巫女は理解できたのだ。

このことを説明すると、留美子以外は理解したようで、なるほどと手を打った。
留美子は一人悩み、ついには「信じるものは救われる」という結論に至った。
あながち間違いではない。

「でも、それに干渉……操作することなんて、できるんですか?」

里美がマリアに聞く。
マリアは考えた。

確かに、干渉や操作はできるだろう。
なんて言ったって、念については魔女や魔法使いたちが何よりも詳しいし、自分は先ほど干渉をして、旦那を外に放ったのだ。
がしかし、マリアは何千年も生きて、その月日全てを魔法に費やした魔女であったからこそ、できたのだ。
そんじょそこらの魔女や魔法使いができるわけがない。
……あ、いや、魔女はマリアしか存在しないんだったか。最近は悪魔と契約しようとするものがいないから。

クックックッとマリアは笑った。

つまり、あれだ。
干渉や操作のできるのは、魔法使いだけ。その魔法使いたちではおそらく力と経験が足りない。
なら、考えられるのは、神様だけ。
全知全能の神様なら、容易いことだろう。

「マリアは最強の魔女だからできるけど、この世にマリア以外に干渉できるやつがいるとは思えないわね。だから、マリア以外にできるやつはこの世ではない、どこかにいるものだけ」

つまり!!

自分の中で完結させた想定を声高らかに言う。

「神様がやったのよ!!」

ポカンと口を開ける一同。
いち早く気を取り戻した聡子が、でも、と言う。

「そう言っておいて、マリアがやったって可能性は___」

ポキリ、という聞いてるだけなら心地のよい音がして、聡子の足があり得ない方向に曲がる。
聡子は倒れ、声にならない悲鳴をあげた。

「このマリアを敬称無しで呼んでいいのは、マリアが心許したものたちだけだ!!貴様のような愚か者の妖怪が、敬称無しで呼んでいい存在ではない!!身の程をわきまえろ、サトリめがッ!!」

何千年という月日を感じさせる威圧感と、マリアの底知れぬ闇をたたえた瞳に、聡子は呂律の回らぬ口で謝罪をした。
ごめんなさい、許してください、もうしません___

マリアは表情を固くしたまま、魔法で聡子の折れた足を元に治した。
聡子は泣いてまた謝罪する。それにようやくマリアが表情を和らげ、ごめん、と謝った。

「マリアも悪いわ、こんなことして。……ああ、またエリーに怒られちゃうわ」

でも。

「今度敬称を忘れたら、貴女はマリアの使い魔となり、一生を苦痛で過ごすでしょう。覚えておきなさい」

静まり返った店内に、マリアの声が響きわたる。
少しして、ごくり、と誰かが唾を飲み込む音がした。

34:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/05/02(月) 20:07 ID:3uI

「さて、と。で、これからどうするの?」

店番さんが、そう言って皆を見る。
気を取り直した聡子が、手をあげて言う。

「その、念っていうのを操作したのが誰か知りたい。ほっておいたら、また同じことが起きるかもしれないし」

口々にそうだね、念のためにね念だけに、と皆が呟いた。

けれど、その操作をした人物は誰かという問いに、マリアは『神様』だと答えた。
そんなことありえるのだろうか?
神様などいるだろうか?
そもそも、なぜ操作を行ったのだろうか?___……巫女は考え込んだ。
その間に、話は進んでいく。

「神様ですよね?なら、神社に行けばいいんじゃ?」
「里美はまだまだね。神社にいるような神様じゃなくて、天の上にいるような神様のことを言っているのよ?神様にだって、階級や種類というものが___」
「マリア、様、えっと、世界によって神様って変わる……ん、ですかっ?」
「あ、それ私も知りたい!……です!」
「淑女はそう慌てないのよ、聡子、留美子。……まあ確かに、神様にもいろいろいるって聞いたら、そう疑問を持つのは当たり前よね。いいわ。その疑問に答えてあげるわよ」

偉そうにいうマリアに、店番さんがうへぇーと声をあげる。

「無い胸をそってるー」

店番さんの上に、何か鈍器めいたものが落ちた気がしたが、気のせいであろう。
マリアは気にせず話続ける。

「世界が変われば信仰も変わる。だから、世界によって神様は変わるわよ。確か、妖怪の世界の神様は女だったかしら。執着心が強くて、子供を愛する女神だったわね」
「……子供ぉ!?」

子供、という単語に、旦那が反応する。

「なに?子供がどうかしたの、旦那」
「いや、なに、じゃないだろ、店番さん!子供だぞ!?子供!」

さて、少し思い出してもらいたい。
妖怪の世界の仕組みを。

妖怪の世界は、子供に『甘い』のだ。
子供は奢られて当たり前___留美子は、団子を無料で食べ、旦那がそれを奢った。
ここにいたいと言うのなら、帰りたくないと思うのなら、その通りになってしまう___そしてもとの世界に帰れなくなり、神隠しにあう。

妖怪の世界の女神が、子供を愛するあまりに、ありえないほど甘くなってしまったというのなら?
そして、執着心が強すぎて、その子供を手放したくないと思い、そこに引き留めようとするのなら?
そのために、『念』に干渉し、操作を行ったというのなら?

それを旦那は皆を見回して言った。

きっと、女神は俺を帰したくなくなったんだ!
___旦那は自分の手で自分を抱いて震えた。
が、旦那より震えているものが一人いた。

留美子だ。

留美子は目をキョロキョロと動かし、誰かが少し動いただけでも小さく悲鳴をあげた。
留美子の可笑しい様子に、ずっと考え込んでいた巫女が気づく。

「どうしたの、留美子」

うあ、と声をあげて、留美子は巫女を見た。
巫女はキョトンとして、留美子を見ている。

留美子はあのね、と言って、周りを見た。
未だに、俺を帰したくないんだ、だって俺すっげぇ可愛い子供だから、と言っている旦那に、みんな笑って、こちらに気づいていない。
留美子は、あのね、と声を張り上げた。
みんなの目が、こちらを向く。

留美子は口の中にたまった、ねばねばとした唾液を飲み込んだ。

「私、その女神さまとお話したかもしれない!」

ドアも窓も、何も開いていないはずなのに、どこからか風が迷い込んできた。
その風は徐々に色をつけ、目に見えるようになると、人のような___基本は人なのだろうが、頭に動物の耳らしきものが生え、背中でたくさんの触手らしきものがうごめいている___姿になった。
それは実体を持ち、留美子たちの前に現れた。

顔は美しいのに、それ以外は実に気味悪く、美しくなかった。
心の読めるサトリ姉妹の聡子と里美は、そのものの正体に、すぐ気づいた。

___女神さま。

心の中で二人はそう呟くと、里美は心を読む力を抑え込み、聡子は一歩退いた。
心を読んだから分かる。

目の前にいるこの女神は、厄介な『人間』なのだと。

35:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/05/02(月) 23:15 ID:3uI

全体的には醜い姿をした女神が、振り袖で口を隠し、笑った。
女神の背に生えてうごめく触手たちも、どこか楽しそうに踊っている。

言葉を失った面々は、ただ茫然と女神を見ることしかできなかった。

「ふふふ。わたしの子が、わたしを呼んだようだから、来てみたの」

留美子の頬に、潰れた指を当てた。可笑しい形の手で撫でる。
留美子は唾を飲み込むことさえもできず、恐怖に震えていた。

目の前の女神が怖い。
でも、でもそれ以上に、今溢れてくる記憶が恐ろしい!

留美子の頭には、失われていたはずの記憶がよみがえっていた。

放課後のいじめ__……数メートル引きずられ、髪を切られ、殴られて、蹴られて、罵られて。
何も感じなくなるほど泣いて、そして声を聞いた。優しい声。まるで絵本を読んでくれるお母さんのような、優しい声。
その声は、留美子に語りかけてきた。
そして、もとの世界に帰らなくていいと言い、留美子がそれに答えれば、旦那の属する世界を変えると言っていたか。

留美子は覚えのある記憶と、旦那の属する世界を……旦那の持っていた『念』を操作させてしまったことによる責任感、そして女神への恐怖感が混ざりあって、混乱していた。

女神は笑いながら、可愛いわねぇと言う。
子供を愛してやまない彼女は、目の前にいる留美子を、まるで自分の子のように思えていた。
いや、実際のところ、自分の子だと思っているのかもしれない。
昔々、とうの昔に失った、自分の子に留美子がとてもよく似ているから。

「何を固くなっているの。笑顔でいなきゃ、幸せはやってこないでしょ?」

頭に生えた、獣の耳がピクリと動く。
留美子の目には、薄い水の膜が張っていた。
女神の姿に、久しぶりの恐怖を味わったマリアは気を取り戻すと、留美子と自分の場所を魔法で入れ替えた。
一瞬にして、留美子とマリアの場所が変わる。

女神はすっと手を引いた。

「お久しぶりね、女神さま。と言っても、あのときは声を聞いただけだから、会った、とは言わないんでしょうね」

女神の顔が歪む。
ギリッと音をたてて、歯を食い縛る。

「マリア……っ」
「あら、覚えてくれていたの。マリアは貴女のことを、覚えていたくなかったのだけれどね。声に比べて、姿はずいぶんと醜いのねぇ?」

アッヒャヒャヒャ……ッ!
女神とマリアから離れるように、皆は一歩と退いた。
気の弱いものにいたっては、一歩まででなく、五歩も退いている。

「貴女は神にさえも、そのような態度をとるのね?バカらしいわ」
「あ〜ら、そうお?畏敬の念を込めてほしかった?……残念だったわね。マリアは不老不死の魔女よ。神様と敵対したようなもの。なんでそのマリアが、神様なんかに頭を垂れねばならないの?いえ、違うわよね……?」

マリアはどこからか杖を出し、杖の先を女神に向けて言った。

「貴女はもともと神様なんかじゃなかったわよね。ここ数百年で、ようやく神様になれた、かっわいそうな怨霊。様々な怨みの念を吸収していった、元人間。そうでしょう、『女神』さまぁ?」

聡子はその力故に、女神の今の心、そしてその心に映る影を見てしまった。
その影はとても濃くて、聡子は胸が苦しくなった。
酸素が足りなくなったのか、頭がやけに痛い。

「そうですか。でも、わたしはそう言われても、何も動じませんわ。わたしは、呼ばれたから来ただけ」
「誰に呼ばれたってぇ?ほら、言ってやりなさいな、留美子。貴女はこの女なんて知らない。そうでしょう?」
「何を言うのです。この子は、わたしの大事な子。惑わさないでくれないかしらね?」
「惑わすぅ?大事な子ぉ?」
「そうです」
「そのために、他人の念を操作するなんて……あーあ、留美子も旦那も可哀想ねぇ……」

留美子と旦那は訳もわからず冷や汗を流す。本能は正しいのだ。だから、別に変なことではない。

「なんですって?なにが可哀想ですって?」
「他人の属する世界を変えるほどまで、念を操作するなんて、なんて愚かなのかしら。本人の意思関係無しにすることは、このマリアでもしないわよ」

つまりね、貴女は所詮、自己中の怨霊あがりってことなのよ。

留美子は近くにいた店番さんの服の裾を握った。
その手は震えている。

36:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/05/02(月) 23:57 ID:3uI

「つまりね、貴女は所詮、自己中の怨霊あがりってことなのよ」

女神の背中に生えた触手たちが伸びて、マリアを締め上げる。
マリアはそれを気にせず、触手に炎を放った。
ゴオオゥという音がして、触手を火が舐める。触手を伝って、炎が女神の体に到達する。
女神はその炎を神の力で消し、マリアを睨んだ。女神の背中には、また新たな触手が生え、うごめいている。

「マ、マリア、さん……」

留美子がマリアの名前を呼ぶ。
その目は助けて、あいつを倒して、と言っている。
店番さんは、留美子の震える手を握りしめ、大丈夫、と呟いた。
そして、のんきな声で言う。

「危ないことするなら、外でやってくれないかな〜?」
「無理ね」

マリアが即答する。

「でも、すぐ終わるから大丈夫よ」
「いやいや、大丈夫って言われてもねぇ……」

女神の着物の中から、火の玉が飛び出してくる。その火の玉を魔法で出した水で消すと、マリアは魔導書を出し、そこに載っている呪文を唱えた。
女神を囲むように、突如現れた護符が浮かぶ。サソリの魔法陣が女神の足下に現れ、光を放った。女神が膝をついた。

「言いなさい。貴女はなぜ、旦那の念を操作したの。そして、留美子に何を話したの」

魔導書をしまい、女神に問う。
女神に生えていた触手が薄れ、消える。頭に生えていた獣の耳も消える。
潰れていた指は治り、異形だったものたちが元の姿に戻っていく。

元に戻った女神の姿は、とても美しい女の姿だった。

「さあ、言いなさい。言わなければ、このサトリたちに貴女の心の中、洗いざらい話してもらうわよ」
「ええ!?」
「わ、私達ですか!?」

驚くサトリ姉妹を無視して、マリアはなお語りかける。

「言いなさい、ほら」

ようやく口を開く女神。
目を何回かぱちくりさえ、不安そうにしている。
意を決したのか、口を閉じ、息を深く吸って、再び口を開いた。

「わたしは、その子が欲しくて仕方がなかった」

留美子を指差した。

「でも、その子は」

次に旦那を指差す。

「この子も必要だというから、仕方なく、本当に仕方なく、属する世界を変えるために、念に干渉し、操作したのよ」

手を下ろして、留美子を見た。
その目は優しい。

「その子は、わたしの大事な子。願いを叶えてあげないと、可哀想でしょう?」
「でも、どうして留美子なの?」
「留美子?何を言うの。その子はそういう名前じゃないわ。真佐子よ、真佐子」
「真佐子?……それって、妖怪の世界での名前?あだ名ってやつかしら?」

マリアが店番さんを見る。店番さんは、あだ名についてよく分かっていないらしいマリアに教えてあげた。

「ここで言うあだ名っていうものは、妖怪の世界の立派な住人だということを認められた証なんだ。または、一人前っていう証。つまり、あだ名を貰ったってことは、妖怪の世界に歓迎されたってこと。旦那だって、僕だって、巫女さんだってそうさ」

けど。

「あだ名を受け入れると、元の世界には戻れないよ」
「……なるほどね」
「名前は、縛り付けるものだから」

すると、女神が笑い出した。

37:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/05/03(火) 18:10 ID:3uI

最初は声を抑えるような笑い方だったのが、だんだんと大きくなり、最後には耳を塞ぎたくなるほどの、高い声で女神は笑った。

「んだよ、うっせぇな!」

旦那が口を悪くしながら、女神を睨んだ。女神はそれを見て、より高い声で笑った。

「魔女風情が、神であるわたしを魔法陣で捕らえる……?」

魔法陣が描かれた床に、ひびがはいる。すると魔法陣の光が消え、ついには魔法陣自体も煙のように消えた。
マリアの顔が、焦りで歪む。
その焦りを消すように笑っているが、無理して笑っているようにしか見えない。

「なんてバカげた白昼夢!」

女神が立ち上がる。
女神の体が、まるで紙に滲んでいく絵の具のように周りに広がりはじめ、目の前の景色を闇で染め上げた。
女神は真っ黒な闇となり、その闇の中央には、血走った目が一つ浮かんでいる。
女神というと、綺麗な女性を想像する。それを最初から裏切ったこの『女神』は、よく人間が想像する化け物へと姿を変えた。

闇から大きな声が聞こえる。
低くしゃがれた声だ。女とも、男ともつかぬ声が発せられる。

「おお、真佐子や。わたしのところに来なさいな。誰もいじめないし、誰も貴女を独りにさせない」

……闇が喋っている。
本当にあの女神なのか?
いや、むしろ、この姿の方がしっくりくるかもしれないな。
旦那はそう思うと、ふっと息をついた。

先ほどの店番さんとマリアの会話を思い出す。
__あだ名を受け入れると、元の世界に戻れないよ。
つまり、俺は神隠し一歩手前だったってわけか。
……そういえば、テストで自分の名前を書くときに、何回か旦那って書きそうになったっけ。
俺、あと少しで自分の名前さえも忘れるところだったんだな……。

自分の名前を思い出す。両親が頑張って考えて、辞書を引きながら漢字の意味を調べて、よくやくつけてもらった名前。

「……おや。なんでまあ、こうも嫌なことが続くのでしょうね」

血走った目が、旦那を捉える。
旦那はニヤッと笑った。

「俺は何も怖くないぜ。お前の都合のいい人間になるかっての」
「ほお、そうですか。でもどうでしょう。貴方の思い人は、自分が人間だったころの名前を思い出せないようですが」
「……はっ!?」

旦那が巫女を見る。巫女は頭をかきむしりながら、違う、そうじゃない、と言っている。しかも、巫女は留美子を見るたび、泣きそうになっている。
もしかしたら、留美子が自分の妹なのだと分かったのかもしれない。
留美子は店番さんの服の裾を握りながら、頭に流れこんでくるいじめの記憶に耐えている。

『うわ、こっち見たよ!』

その一言から、自分がいじめられているのだと分かって、次に友達だと思っていた子たちがいじめの主犯者なのだと知って、何日もの夜、枕を涙で濡らした。
その主犯者の子たちに、今日の放課後、今までにないいじめをされて、とうとう耐えれなくなって。
耐えきれなくて、お姉ちゃん、助けてと言ったら、またバカにされて。

ああ、どうしよう。また耐えきれなくなってる……!

「おねぇちゃあん……」

泣く留美子に、闇が、女神だったものが近づく。

「可哀想な真佐子。ほら、貴女のお姉ちゃんはそこにいる」

巫女の方に、闇が広がる。
巫女はそれに気づいても、その場を動けず、違う、私の名前は、と言っている。
マリアが蔦を使って、巫女を闇から遠ざけなければ、どうなっていたことか……。

「お姉ちゃんも、一緒に連れていってあげようね」
「だめ、そんなの、だめ」
「ダメじゃないのよ。こっちには、貴女を突き放す人なんていない。ほら、こっちに来なさい」
「……でも」

留美子が惑わされつつある。

「留美子ちゃんッ!!」

留美子に叫ぶ里美。里美の目は虚ろだ。力を解放している。

「ぜっっったいに、そっち行っちゃダメ!そっちには、真っ暗な闇しかないでしょッ!?私には分かる!そいつは、貴女を、昔亡くした娘の代わりにしようとしているのッ!!」

闇が叫ぶ。駄菓子屋がギシギシと音を鳴らし、床の一部は剥げてしまった。
闇の叫びは悲鳴とも怒号とも取れるような、どちらにしろ、負の感情を含んでいた。

「死んでなどいない!娘はそこにいる!真佐子、こっちに来なさい、真佐子!」

38:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/05/03(火) 18:35 ID:3uI

闇が大きくなる。すると、闇の向こうに、何かが見えた。
……あれは、人だ!
人を確認した巫女は、まさかと思って目を凝らし、よく闇の中を見た。

そこには、たくさんの子供がいるではないか!その子供のほとんどが、小学生くらいの女の子。
たまに男の子や、自分と同じくらいの子も見られる。が、圧倒的に女子小学生が多い。
まさかとは思うが、この女神、いや闇は、自分の子供だと思い込んで、たくさんの子供たちを神隠しにあわせているのか!?
そして、自分もそろそろあの中に入らされそうになっていたのか!?
今、私が大丈夫だとしても、留美子が危ない!
……ようやく分かった、あの子が私の妹だと。なのに、その喜びを味わう前にこんなことになった。
しかも、私は全然自分の名前を思い出せない。

なんだったっけ。美咲だっけ?
……ううん、違う違う。もうちょっと古風な感じ。けど、そこまで古いってわけじゃなくて。
えっと、えっと………!

「真佐子、真佐子や!」
「ち、違うっ!わ、わわ、わたっ、私は、留美子だもん!」

震える声で反論する留美子を見ると、巫女は自分が情けなくなる。
巫女は自分を落ち着かせ、名前を思いだそうとする。
あの闇の中にいる子たちは、きっと自分の名前を忘れてしまっている。そうなりたくない。
そんな惨めな人間にはなりたくない。
だって、私は妖怪の世界最強の魔法使いだもの。私は、『あだ名』が巫女の___ああ、本名が思い出せない!

こうなったら、反則技を、と巫女は思って、留美子に語りかける。
自分の名前は、留美子の姉の名前はなんだったか聞くためだ。
反則中の反則ではあるが、これも『自分』という人間……いや、魔法使いを保つための、大事な防衛なのだ。正当防衛。だから、罪はない。
___酷い逃げ道ではあるが。

「ねぇ、留美子!貴女のお姉ちゃんの名前は、なんて名前!?」

突然言われて、留美子は飛び上がるほど驚く。
けど、まさか、と思って顔を綻ばせる。

ようやく、思い出してくれたっ!?

留美子は嬉しくなって、姉の名前を何度も言う。その響きは、とっても綺麗で、自分がこの名前だったら良かったのにと思ったほどだ。

「美佐子だよ、美佐子!美佐子っていうの、お姉ちゃんは。美佐子、美佐子なんだよ!」

巫女の体に、名前が染みていく。
昔の嫌な記憶も、楽しかった記憶も、全てその名前に染みて、『美佐子』がよみがえる。

そうだ、私は___

巫女は、体が軽くなるのを感じた。
昔やっていたアニメに出てくる、結構強いキャラクターが言っていたセリフを思い出す。
そのセリフを言ったキャラクターは、かっこよく戦っていた。
だから、巫女も___いいや、美佐子もそれを言う。

「体が軽い。こんなの、初めて!」

魔法がどんどん出てくる。今までにないくらい絶好調だ。
端から見ていた旦那は、魔法を使う美佐子に、ついつい見惚れてしまう。
キラキラしていて、楽しそうだ。

駄菓子屋のことなんか、どうでもよくなるくらい、たくさん魔法を使う美佐子を見て、マリアはそうよね、と呟く。

「店のことなんか気にしてたら、強力な魔法なんて、使えないわ!」

炎に蔦に水に光に爆発に……たくさんの魔法を使って、マリアと美佐子は勝てると確信していた。
勝てる、という確信のもと、その性質を持った『念』が生まれる。
それを感じとったのは、何も二人だけではなかった。

聡子と里美は、力を出しあって、闇が、女神がトラウマとしているものを呼び覚ます。
攻撃を受け、トラウマを再び見せられ。闇と化した女神は何を思っただろうか。

真佐子!真佐子!……違う、わたしの子の名前は……___

闇が縮まり、両手におさまる程度のボールと、同じくらいの大きさになった。
赤黒いそれは、怨霊あがりの女神の魂だった。

39:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/05/03(火) 19:13 ID:3uI

荒れた店内を魂は移動して、留美子の手の中にやってきた。
留美子がそれを両手で包むように持つと、魂から留美子の脳へと、記憶が流れてきた。

激痛が頭に走る。そして、記憶が目の前に視覚化された。

それは昔の……侍がまだいたころの、今でいう商店街のような場所だった。
そこで、子供が馬に引きずられていた。
手足を縛られ、馬に繋がれ道を引きずられている子供は、着物を見るに女の子らしかった。
けれど、女の命とも言われる髪は赤黒く、髪とも判別できないようなものになっていた。
顔も、目や鼻、口などがなく、顔だと判別できないものになっている。
引きずられて、肉が取れたのだ。
生きているわけがなかった。

馬が走るのをやめた。
役人だと思われる男たちが、子供を馬から放し、子供をこちらに放り投げてきた。
目線が、子供を捉えた。
はだけたぼろぼろの着物、肉がとれた体。全てを鮮明に捉える。
するといきなり、留美子のすぐ近くから、大きな悲鳴が聞こえた。
いや、近くではない。
これは女神の記憶である。だから、これも全て女神の目線。女神が悲鳴をあげたのである。
女神の動きにあわせて、留美子の目線も動く。
女神が子供を抱き上げ、その子の名前を叫んだ。

「八重、八重、返事をおし、八重やッ!!」

役人たちが、女神に言う。
その子は罪を犯して死んだのだと。しょうがないと。これは罰なのだと。死んでも、地獄に行き、なおも罰を受けていると。
慰みも何もない。女神は泣き崩れて、子供の名前を呼んだ。

八重、八重、わたしだよ、八重。どうして何も言わないの、八重、八重ッ!!

子供を抱えて、立ち上がれば、周りの人間たちが悲鳴をあげた。
恐ろしい化け物を見るかのような目で、女神を見る。中に、好奇心の混じった子供の視線がある。
女神は泣きながら、家に走って行った。

しかし、家に帰ると、父が倒れていた。その隣で、夫も倒れている。
二人とも、血溜まりに倒れていた。
目を瞬かせても、その光景は変わらない。

「おとっちゃん、お前さん、ねぇ、ねぇ、どうしたの、ねぇッ!?」

家の奥から、たくさんの役人たちが出てきた。

「ああああああ、ねえ、お前さん、どうして血を流しているの、ああ、あああッ!!!!」

子供を抱えながら泣き叫ぶ女神を捕らえて、そのままどこかへ連れ去った。

留美子は、殺されるのだと分かった。だから、見たくなくて、目を瞑った。けれど、瞑っても瞑っても、目の前は暗くならない。
映像は続いているのだ。

大きな屋敷の前に来た。庭には、たくさんの生首が掛けてある。
__処刑場だ。
血生臭さは、社会科見学でいった、なにかの肉の加工場も、こんな臭いでいっぱいだった、と留美子は思った。

「どうして、どうしてわたしがッ!!」

冷たい土の上に座らされ、女神は目の前に立つ処刑人に叫んだ。

「うるさいぞ、この罪人めッ!!……盗み、人殺し、騙し、肉欲の罪で、貴様を処刑する!」

抱いていた子供を、取り上げられ、まるでゴミのように放り投げられた。
人にするとは思えないそれに、女神も留美子も、同じように叫んだ。

「この人殺しいいいいいッ!!!!」

処刑人が鼻で笑う。

「人殺しはお前だろうが!」
「わたしは人殺しをしていないッ!!それは濡れ衣だッ!!」
「うるさいぞ、女。これはお前ら家族の罪なのだ。地獄で家族共に罪を償ってこい!!」

白い布で目隠しをされた。布は女神の涙でぐっしょりと濡れた。

頭を無理矢理下げられ、女神の長い髪は切られる。
そして、首に何か冷たいものが当たる。
それが何かを気づいた女神は、何を思ったかこう言った。

「いいわ、いいでしょう。わたしは死ぬ。だがそれでいい。貴様らを、呪い殺してやる!!貴様らの家族、そして親しきものたちも呪う!!そのあとは、神にでもなって、地獄に行っても呪ってやろうぞッ!!」

気でも狂ったか……と、処刑人の声がする。
女神はひとしきり笑うと、首に当たる風を感じながら、こう言った。

「八重、迎えに行くからね」

ピリッとした、痛みが少し襲っただけで、あとは特に何もない。
目の前は真っ暗闇になり、体が水の上に浮かんでいるような感覚がある。

__女神は死んだのだ。

40:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/05/03(火) 19:46 ID:3uI

留美子の視界が、暗転する。
気づくと、荒れた駄菓子屋の中にいて、心配そうに巫女が、いや、美佐子が顔を覗き込んでいた。

「大丈夫、留美子?」

留美子は手の中にある、赤黒い魂を見た。
さきほどのを見て、留美子はその魂が酷く悲しいものであることが分かっていた。
だから、涙を流してしまった。
美佐子が、ええっ、と驚く。

「留美子、え、どうしたの、留美子!?」
「べ、別になんでもないよ、お姉ちゃん!……あ、違う、巫女さん!」

留美子は首を振った。
違うのだ。思い出したかもしれないが、けど、思い出していない可能性だってある。
そんな易々とお姉ちゃん、なんて呼んではいけない。

けれど、巫女は思い出している。
留美子は、自分の妹だと。六年もたつのだから、見た目も中身も違っていて、気づくのに時間がかかったが、それでも気づけた。
名前が同じなのだから、すぐ気づくはずだが……やはり、妹がバカなら、姉もバカなのだろう。

「違うよ、美佐子だよ、私は」

笑う美佐子を見て、留美子は目を見開いた。
……やっぱり、お姉ちゃんだったんだ。
手の中にある魂が震えた。
魂はふっと消え、マリアの手の中に一瞬にして移動していた。
マリアが魔法を使ったのだ。二人の邪魔をしないように……というわけでなく、自分の都合で。

隣にいた旦那が、魂を睨む。

「ったくよ。なんで俺を巻き込んだんだよ」
「こら、よしなさいな。魂が震えているじゃない」
「それは君のせいだと思うけどねぇ〜」
「店番、貴方を殺してやってもいいのよ?」
「それはごめんだね」

店番さんが笑いながら言った。マリアは鼻で笑うと、魂を見た。
赤黒い魂が、少しずつ薄くなっていく。消えようとしているのだ。
怨霊は天界にいけない。消滅するのみだ。

「神がいなくなると、この世界も危うくなるわね」

でも、と言った。

「この世界はマリアの世界にするわ。魔女の世界にするの。夢がまたひとつ叶うわねぇ?イッヒャヒャヒャヒャアアッ」

魂がまた震える。怒りに震えているのだろうか。

「ねぇ、どうだった?この世界はぁ。いい世界だったかしら、貴女が生きていた世界よりも。ああ、喋れないんだっけ?……ちょっとサトリィ!」

里美と聡子がマリアのもとにやって来る。
聡子はマリアが何かを言う前に、魂の心を読み、それを教える。

「いい世界だったって。けど、最後の攻撃と、わたしたちが見せたトラウマはもう嫌だ、最後は家族を見る方がいいって思ってる」
「……そうなの。じゃあいいわ。最後に見せてあげるわよ、その家族を」

魂が消える寸前、マリアは魔法をかけた。
魂は今までにないくらい、ぶるりと震えると消えた。

聡子は顔をひきつらせ、うわあ、と呟いた。
マリア先ほどまで魂があった自分の手を見て、一人笑っていた。

さすがは魔女と言うべきか。
マリアが魂に見せたものは、確かに家族の姿だった。だがしかし、酷い姿をした家族の姿であった。
娘は馬に引きずられ、肉が剥げた姿。
夫と父は血溜まりの中に倒れている姿。

魔女はどこまで残酷なのだろうか。
聡子は散歩後ろに下がった。

「一段落したね、良かった良かった」

店番さんが、店内を見回す。

「で、魔女っ子さんたち。これ、直してくれるよね?」

41:のん◆Qg age:2016/05/03(火) 21:39 ID:ai.

はじめまして。このお話はまだ途中までしか拝見しておりませんが、私にとって読んでいると自然と笑顔になれる小説です。文章も分かりやすくて言葉遣いも個人的にとても好きです。影ながら応援させていただきます(*^^*)頑張ってください!
上から目線だと思われたらすみません(__)

42:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/05/03(火) 21:44 ID:3uI

>>41
上から目線?いえいえ、全然上から目線じゃありませんよ!
それに、途中まででも、充分嬉しいですよ!
具体的に言ってくれて、ありがとうございます!
頑張ります!頑張って完結させます!
感想ありがとうございます!!(*´∀`)

43:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/05/04(水) 11:49 ID:3uI

「あれまぁ、綺麗になったねぇ」

日曜日の昼下がり。駄菓子屋にやってきた団子屋のミツさんは、店内を見回しながらそう言った。
留美子が挨拶をすれば、ミツさんは挨拶を返してくれた。しかも、懐からべっこう飴を出して、留美子の手に握らせてくれた。

留美子がキャッキャッと喜んでいると、店の奥から店番さんがやって来た。

「あれ、ミツさんじゃないですか」
「ああ、店番さん、良かったじゃないかぃ!店も綺麗になっててさぁあ!」

いいねぇ、わたしんとこも改装しようかねぇ、と簡単にミツさんは言うが、これほど駄菓子屋が綺麗になるまでに、様々な苦労があった。

マリアや美佐子の魔法のおかげで、店内の床は剥げてしまい、地面が見えてしまっていた。
壁もまたそうで、店番さんは何日も何日も、やってくる冷たい風に泣きながら寝ていた。いや、寝れなかった。
商品のお菓子は棚と一緒に炭になってしまったし……。

それらを全て直したのは、店番さんと旦那だった。
どちらもそういった技術は皆無だったのだが、何日もやってれば慣れるもので、二週間たつと、見れる程度にはなっていた。
それからまた四週間……約一ヶ月立つと、それはもう、元の店内よりも綺麗な店内になった。
そして、そこからお菓子を発注して、新しく作った棚に並べて……。

そういえば、一昨日、旦那がやって来て、技術のテスト用紙を見せながら店番さんとこのような会話をしていた。

__見ろよ、高校生とは思えませんって書いてある!
__本当だ。凄いね、旦那!
__だろぉ!?120点とかありえねぇって!
__ある意味マリアと巫女……あ、違うね。美佐子さんのおかげだ。
__そうだな。
__で、いつ美佐子さんに告白するんだい?

旦那は耳と頬を赤く染めながら、帰って行った。懐かしい。一昨日のこととは思えないほど懐かしく感じる。

店番さんが懐かしいと思っていると、留美子がねぇ、と声をかけてきた。

「どうしたんだい、留美子ちゃん」
「これ、ミツさんがくれるって!」

留美子がべっこう飴を店番さんに渡す。
店番さんはべっこう飴を受け取ると、包み紙を開いて、飴を口の中に放り込んだ。
胸が焼けるほどの甘さが、口の中に広がる。けれど、甘いものが大好きで駄菓子屋をしている店番さんは、特に気にすることもなく飴を転がした。
唾液が甘い。

「ありらとうごらいます、ミツさん」
「舐めたまま喋るのは宜しくないねぇ、店番さんやぃ」
「宜しくないね、店番さんや」

ミツさんを真似て、留美子が言う。
それはとても微笑ましく、店番さんは自分が叱られているとは自覚せず、小さく笑った。
__その店番さんの頭に、痛みが走る!

「いったあ!」

突如頭に走った痛みに嘆いていると、店番さんの横に、カランと音をたてて金盥が落ちた。

ミツさんはおんや、と声をあげる。
店番さんの隣の金盥の隣に、人間の世界の学校の制服を着た少女が現れる。
最近、妖怪の世界の管理者になった魔女マリアだった。

マリアは頬についた髪を払うと、ミツさんと留美子に向かって手をふった。

「マリアさん!久しぶりですね!」
「久しぶりね、留美子、それとミツ」
「久しぶりです、マリア様」

管理者となったマリアは、以前よりもこの駄菓子屋に来るようになった。
また妖怪の世界にも来るようになり、自分で魔法教室なるものも作りあげてしまった。
彼女の夢は魔法使いを多く生産し、最強の魔女である自分に都合のいい世界を作ることらしい。
そのために、今着々と準備を進めている。

マリアは店番さんをチラリと見ると、鼻で笑った。
未だ頭をおさえ嘆く店番さんは、至極マヌケであった。

「今日はちょっと開拓使を派遣しに来たのよ。妖怪の世界は、開拓しがいがあるものね」
「開拓ですかぃ?」
「そう、開拓よ、ミツ。妖怪の世界は些か原始的過ぎるわ。貝塚が未だに増え続けているし。だから、開拓するの」

店番さんが、また面倒なことを……と呟くが、マリアはそれを無視した。
人にとって面倒なことでも、マリアにとって楽しいものならば、構わない。
マリアは自己中心的だった。

44:ムクロ氏@太ももを影からこっそり見守り隊:2016/05/04(水) 17:33 ID:3uI

その日の留美子はご機嫌だった。
学校が終われば、留美子はいつも通り、決して速いとは言えない走りで駄菓子屋にへと向かった。

ご機嫌な留美子はご機嫌過ぎて、留美子の後をつけるものが三人いることに気づいていないようだ。
その三人は留美子をいじめるものたちである。
ご機嫌な留美子を絶望させてやろうと思い、後をつけているのだ。

留美子がある商店街に入っていく。三人は、あれ、と思った。

「どういうこと、留美子の家はこっちじゃないでしょ」

フリフリの洋服を着た、山田が言う。

「知らないよ。でも最近、あいつ帰るの遅いらしいよ」

山田の言葉に、眼鏡をかけた佐藤が応える。

「あ、変な店に入っていったよ」

話し合う二人に、ピンクのランドセルの斎藤が言った。

駄菓子屋に入っていった留美子を追って、三人も駄菓子屋に近づく。
駄菓子屋についている窓から、そっと中を見た。

「見てよ。留美子が高校生と喋ってる」

息を潜める、店内を見る三人。斎藤が言った通り、留美子は男子高校生と喋っている。
思春期の女子小学生三人組は、彼氏じゃないの、と言い合った。
残念ながら、その男子高校生には他に思い人がいるのだが……。

男子高校生と、店のものらしき人と、留美子が喋っている。そこに、どこから入ってきたのか、女の人もやって来た。
三人が気づかないうちに、ドアから入って行ったのだろうか。

「何話してんだろ」

斎藤が誰にともなく呟くと、それに佐藤が応えた。

「さあね」

短い応えだ。
山田はじぃと店内を見、そして、そうだ、と声をあげた。
すぐさま佐藤と斎藤に注意されるが、それを軽く流し、山田は未だ睨んでくる二人に提案した。

「あの中に入ろうよ」

たまたま見つけて入ったってことにしちゃえば、全然大丈夫だって!
二人はすぐに賛成し、三人はドアの前に移動した。

お化け屋敷に入るときのようにワクワクする。
山田がドアノブに手をかけた。

留美子はあたしたちを見てどう思うんだろう。どんな顔をするだろう。
すっごい楽しみ!
___子供故の残酷さだった。

ドアを開けると、ギイィッと木の軋む音がした。
店内にいた、四人の顔が三人組の方に向く。
留美子の目が見開かれるのが分かる。それを見て、三人組はいやらしい笑みを浮かべる。
わざとらしげに、斎藤が言った。

「あれ、留美子じゃん!」

それに佐藤が乗っかる。

「ほんとだ、ほんとだ、留美子じゃん!適当に来たところに留美子がいるとか、凄い偶然だよねぇっ!」

留美子が涙目になり、震え出す。そして、あたしたちから逃げるように退く。
___そう山田は思っていたのだが。
現実には留美子は目を見開いただけで、特に怯えた様子もなかった。

「えっ」

三人の声が合わさる。
すると、留美子が女性の手を引いて、こちらにやって来た。三人組は一歩退いた。

「これから、ちょっとお姉ちゃんと散歩に行くの。どけてくれる?」

お姉ちゃん、と言われて女の人は顔を真っ赤に染めた。
三人組は、留美子と女の人を通すために、その場から避けた。
留美子が嬉しそうに言う。

「ほら、お姉ちゃん行こうよ。怖くないって」
「いやだって、念を使えば行けるとしても、少し怖くて」
「行けると信じてはいるの?」
「まあね。でも少しこわ__ひ、引っ張らないでってば、うわっ!」

留美子と女の人が外に出る。
女の人は何十秒か固まると、とたんに跳び跳ねて、やったあと声をあげた。
そしてスキップで遠ざかっていく。
留美子はそれを追いかける前に、三人組の方に振り返って言った。

「私、いじめなんかに負けないよ」

いつもの泣きそうな顔ではない。自信に満ち溢れ、そして威圧感がある。

待ってよお姉ちゃん、と留美子が走る。
三人組はそれとは反対方向に駆け出した。
恐怖が体を動かしている。どうして、こんなに怖いんだろう。
山田はねばねばした唾液を飲み込んだ。

45:ムクロ氏@太もも大神:2016/05/08(日) 11:42 ID:3uI

旅人が野宿するには最適な野原。
周りにこれといって大きな森もなく___小さい森はあったが___狂暴な動物も出ないことから、この野原は旅をしている妖怪たちに重宝されていた。
今日もまた、その野原に旅の一団が通りかかった。

「最近じゃあ、故郷に帰ってねぇなぁ」
「あんたの故郷ってどこじゃ?」
「あやかし商店街だから、すぐ近くだあ」

懐かしい故郷の話をしながら、一団は野原を横切った。
今日は久しぶりに宿屋に泊まるから、野原は必要ないようだ。
そうして話ながら、野原を抜け、小さな森に入って行こうとしたそのとき、突然後ろで雷の音がなり響いた。

雷でも落ちたか、と一団が後ろの野原を見れば、そこには巨大な塗り壁らしきものが!

「な、なんだぁ!?塗り壁かぁ!?」
「いやちげぇ。ありゃあ、きっと狸か狐の仕業だべ!」

妖怪たちは恐怖を感じながらも、その『巨大なもの』に近づいていった。
赤信号みんなで渡れば怖くない、と言ったところか……あ、違うか。
そもそも、この世界に信号はないだろうし。

「これ、あれに似てるねぇ」

『巨大なもの』を触りながら、一人の妖怪が言った。

「あれって、なんでぇえ?」

それに、他の妖怪が聞き返す。
『巨大なもの』を触っていた妖怪はそれに応えた。

「南の港周辺の、洋館ってやつにさ、似てるんだよ、触り心地が」
「ああ、確かヴァンパイアたちが住んでたなあ」

ここからずっと南にある港。数ヵ月ほど前そこに行ったとき、一団はある洋館に泊めてもらった。
その港を管理しているという、西から来たヴァンパイア一族の洋館だ。
この辺では見たことのないもので洋館はできており、とても頑丈で、冷たい
雰囲気を持っていた。……ヴァンパイアたちは暖かかったが。

「んじゃあ、なに。これはヴァンパイアのものかい」

『巨大なもの』を指差しながら言う。
すると、上空から声が降ってきた。

「ちょっと、何をしているの」

一団が上を見ると、そこには一人の少女が浮かんでいた。
西の方で見るような服を着て、手には分厚い本を持っている。逆光でよく見えないが、色白らしかった。
少女は一団の前に降りてくると、退けて下さい、と言った。

「な、なんでぇ、お前は」
「魔法使いかぃ?」

少女はそれに首をふって言った。

「中途半端な人工魔女です」

じんこう?__と、一団は首をかしげる。
当たり前だ。この世界に『人工』という言葉はないのだから。
じゃあこの少女は人間の世界のものなのか、というと、まさしくそうである。
この世界の管理者となったマリアが連れてきた、魔女たちの一人。それがこの少女だ。
少女はマリアに一番気に入られていて、名前はエリーという。

「この度、開拓使としてここにやって来ました。このビルは開拓使の本部です。今から中の構造、窓、扉を作るので、少し退けてくれませんか。でないと、あなたたちの体が溶けてしまう可能性があるので」

一団たちが理解できない単語など色々あったが、聞いたら退きたくなる「体が溶ける」という言葉があったので、顔を真っ青にして十メートルくらい退いた。
一番の臆病者は、五十メートルも退いている。

少女__エリーは、手に持った魔導書を見ながら、舌がどうかしているんじゃないか、と思ってしまうような呪文を呟いた。
すると、ビルが雷に撃たれたように光り、爆発音をあげた。ビルの壁の一部が溶けていき、溶けた場所にガラスが張られる。
特に多く溶けたところには、重厚な扉が作られた。

妖怪の一団は目を丸くした。五十メートルまで退いた臆病者も、近くに寄って来て、扉やガラスを見た。

「すみません、この後もやることがあるので、旅を続けてもらえますか?あと、森の前にいる妖怪たちも帰らせてください」

見れば、森の前にはたくさんの妖怪が並んでいて、ビルを口をパカッとあけて見ていた。
マヌケな姿の妖怪たちのところに一団は走っていき、全力でもとの場所に帰らせた。
一団も、逃げるように妖怪たちについていった。

エリーは、驚かせ過ぎちゃったかな、とうなじを掻いた。

「エリーが敬語を使うなんて、怖いわぁ!」

後ろに現れたマリアの顔を見ることなく、エリーはビルに魔法をかけ続けた。
マリアが何やらべったりとしてくるが、気にせず作業を続けた。

46:ムクロ氏@太もも大神:2016/05/08(日) 13:51 ID:3uI

「結構発展してきた……のかしら?」

マリアは紅茶を飲みこんで、折った煎餅を口に入れた。
紅茶に煎餅……西と東の文化が、口の中で混ざりあう。少し微妙な気がしたが、マリアは気にしないようにして、折って小さくなった煎餅を、また口の中に入れた。

目の前で同じように煎餅を折って食べる留美子は、そうだね、と頷いた。
留美子の近くにはランドセルの代わりにリュックが置いてある。
今日は土曜日。午前中から留美子はこの駄菓子屋に来ていた。

「確かに発展してきたかも。今じゃ自転車が大流行してるしね」
「自転車だけじゃないよ」

店の奥から、紅茶とほうじ茶二杯をお盆に乗せた店番さんがやって来た。
紅茶をマリアが、ほうじ茶を留美子がもらい、余ったもうひとつのほうじ茶を、畳の上に正座した店番さんが飲んだ。

「自転車だけじゃなくて、もっと都市部の方に行けば、車だってあるんだ」
「都市部?都市部なんてあるの?」

留美子は自分が知っている妖怪の世界を思い浮かべた。
確か、森や野原、集落ばかりで、都市部と呼べるような大きな街はなかったはずだ。

それにマリアが、それね、と紅茶を早くも飲み干して言った。

「都市部っていうのは、開拓使本部がある、元々野原だった場所。留美子も知ってるはずよ。まだもう少し暑かったときに、そこに皆でピクニックしに行ったじゃない」

それを聞くと、留美子は納得した。

発展させるための組織が、マリアの生み出した魔女たちによって結成されているのは知っている。
そして、そのリーダー的存在であるエリーという少女が、広く続く野原に、組織の本部としてビルを作ったことも知っている。
そのビルは、日本で言う国会議事堂。その周りが発展していくのは必然だ。

『ビル=国会議事堂→東京=都市部』という公式が留美子のちゃちな頭に出来上がっていた。

「車、走ってるんだ……」
「と言っても数台だよ。試験に合格する妖怪が少なすぎるし、まず、そんなもの必要ないって言う妖怪が多すぎる」
「楽だよ、車」
「運転する側は大変らしいわよ。……紅茶おかわり」

はいはい、とマリアから可愛らしいティーカップを受け取り、再び店番さんは店の奥に消えた。

マリアは何枚かの煎餅をせっせと折る。
それを見ながら、留美子は珍しく、非常に珍しく、まともなことを言った。

「でも、発展し過ぎたら、環境悪くならない?人間の世界では、地球温暖化って騒がれてるし」

煎餅を折る手を休め、マリアは留美子の顔を見た。
珍しく真面目なその顔に、マリアは驚いたが、それを顔に出さず応えた。

「大丈夫よ。魔法を使ってるから」
「でも、魔力が……」
「大丈夫と言ったら大丈夫よ。環境とか温暖化とか、魔法でちょちょいのちょいよ。魔法は基本、念で自然を操ってるんだから」

魔法とは便利だ。
留美子はそう思って、残り一口のほうじ茶を飲んだ。

駄菓子屋の外でチリンチリンと、自転車のベルを鳴らす音が聞こえる。
風鈴よりも聞くようになったその音に、留美子は寂しいような、嬉しいような、よく分からない感情になった。

47:ムクロ氏@太もも大神:2016/05/08(日) 15:59 ID:3uI

季節が変われば、人間も妖怪も関係無しに成長する。
気づけば季節は春になっていた。
夏は川に、秋は森に、冬はあやかし商店街内で、留美子は仲間たちと楽しく過ごした。
けれど、それは妖怪の世界でのこと。
人間の世界では、留美子はいじめに耐えて耐えて、そして今日____



「ねぇねぇ、あの人達、どの子の親類?」
「美形揃いねー。あ、あの制服って……」
「あの高校のよね?」
「そうよ!やっぱりそうだわ!頭良いのね〜。誰かのお兄さんとその友達?」
「親戚でしょ〜」


今日は素晴らしい門出の日であり、親は涙し、子供の成長に喜びや寂しさを感じる日である。
子供も友と慣れ親しんだ学舎との別れを惜しみ泣く。そしてその涙を越えて、次の世界へと踏み出す。
誰もが通る道、儀式___今日は、留美子の通う小学校の卒業式だった。

留美子は両親の目に涙を浮かばせて家を出た。
学校に着くと、いじめっこたちに色々と暴言を吐かれた。けど、それももう終わり。今日で終わりなのだ。
それに、留美子は心が強く、いじめなぞには屈しない人間となっている。
留美子は惨めな自分に別れを告げるこの卒業式を、心待ちにしていた。

心待ちにしていたのだが……___
少し、いや凄く、恥ずかしい。

ゆったりとした音楽に合わせるように、卒業生もゆっくりと赤いカーペットの上を歩く。
その時間はとても苦痛だった。

卒業式会場に入った瞬間、目に飛び込んで来たのは、異色の集団。
この場にそぐわない若さを持った集団は、留美子が歩き出すと、泣きだしたり、喜びの声をあげたり……。
近くにいた親御さんたちの、あのグョッとした顔と言ったら……!

留美子は顔を真っ赤にして、下を向いた。

「留美子、顔を上げなさいよ〜」

誰のせいだ、誰の!
感動の卒業式が、音を立てて崩れた気がした。


卒業式に来ていた異色の集団は、あやかし商店街にいるはずの仲間たち。
旦那と店番さん、美佐子にマリアにサトリ姉妹。
特に美佐子とサトリ姉妹は、普段着ない洋服を着ていた。

嬉しいのだが、恥ずかしい。
留美子は未だ聞こえる、顔を上げなさい、というマリアの言葉に涙を浮かべた。

48:ムクロ氏@太もも大神:2016/05/08(日) 16:30 ID:3uI

卒業証書授与。
出席番号順で名前を呼ばれて、壇上に上る。

留美子は恥ずかしさにも慣れ、気づけばいつも通りのすました表情に戻っていた。
そろそろ留美子の名前が呼ばれる。
留美子は特に高鳴ってもいない胸に、深呼吸をして空気を入れた。

__この卒業証書は、惨めな自分への卒業証書だ。

留美子は壇上に上って卒業証書を受けとる、いじめっこの斎藤を睨んだ。

あいつは元々私の友達だった。けど、そんなの見せかけで、ただのお遊びだった。
友達になるなんて、『いじめ』というお遊びの一貫に過ぎなかった。
けど、その遊びはいち抜けるね。
私は、もういじめられる可哀想な子なんかじゃない!

留美子の名が呼ばれる。

名前を呼んだ担任もまた、私をいじめた。見て見ぬフリをして、挙げ句の果てに、朝のホームルームでこう言った。

__みんな仲の良いこのクラスも、今日で終わりです。

留美子はこの日のためだけに綺麗にされたイスから立ち上がった。
歩き出すと、隣に座るいじめっこの一人である佐藤が、足を掛けてきた。
飛び出た足を踏み、留美子は壇上に続く階段の前に立った。

殺気染みたものを感じるが、それを無視して階段を上る。
たった三段の木の階段を、噛み締めるようにゆっくりゆっくりと上っていった。

壇上に立つ。目の前に白髪が残り少ない校長先生がいる。
名前を改めて呼んでもらって、卒業おめでとう、と言われる。

留美子はそれを受けとる時、走馬灯に似たものを見た。

いじめられた記憶。それはそれは酷かった。
何メートルも引きずられたこともあった。
給食に、ゴミを入れられたりしたこともあった。
日常的に暴力をふるわれた。
泣くだけの毎日だった。
家に帰って、何度カッターを握りしめたことか……!

けど、辛い記憶のあとは楽しい記憶だった。
あやかし商店街での日々。
髪飾り屋の照る坊主や、団子屋のミツさん、石屋のサトリ姉妹に天狗の天女。
巫女と呼ばれる美佐子と、店番さん、旦那にマリア。
他にもたくさんの妖怪がいる。
みんな留美子を甘やかし、楽しませ、いじめでついた傷を癒してくれた。

色んな事件だってあった。
元々妖怪の世界を管理していた元怨霊の女神。その女神が暴走した。
彼女の記憶を見たとき、留美子は辛くて仕方がなかった。そして、その彼女が消えたときも____。


右手を出し、卒業証書を掴む。


__けど全部、いい思い出。

最近になって、妖怪の世界は近代化していった。
となると、学校ができるだろう。その学校では、これと同じような卒業式が行われるかもしれない。
そしたら、妖怪の生徒たちは、今の留美子のような、晴々しい気持ちを抱くに違いない。


左手も出して、卒業証書を掴む。


夢みたいだった。あやかし商店街なんて。
楽しかった。嬉しかった。
あんな素晴らしい人たちに出会えて、本当に嬉しくて嬉しくて仕方がなくて、毎晩寝るのが怖かった。
朝起きたら、あやかし商店街なんてありません、って誰かに言われるのが怖かった。


そして一歩下がり、頭を下げる。
下げたら、電気の明かりで光っている床が、暗くなった。
涙が滲んで、特に高鳴ってもいなかった胸が、苦しくなる。


私、あやかし商店街の人たちに出会えて、本当に良かった……!


頭をあげるのに時間がかかる。
それがいかにマヌケに見えたとしても、別にいい。
留美子は今、惨めな自分から卒業したのだから。

49:ムクロ氏@太もも大神:2016/05/08(日) 17:10 ID:3uI

涙の卒業式を終えて、慣れ親しむこともなかった教室に戻ってくると、そこにはたくさんの親御さんたちと、妖怪たちが教室の後ろに立っていた。
もちろん、その『妖怪たち』というのは、先ほどの卒業式にもいたいつものメンバーである。
留美子は涙を拭いて、席についた。
幸運なのかは分からないが、留美子の席は黒板近くにあった。

担任教師がゴホンと咳払いをする。

「えー、皆さん。今日まで六年間、お疲れ様でした」

せんせー、という泣き声がたくさん上がる。担任はそれに応えるように鼻をすすった。

「このクラスは、楽しいクラスでしたか。わたしは、とても楽しいクラスでした……」

留美子は唇を噛んだ。
楽しい?何が?このクラスが?このクラスが楽しい?先生も?
それってつまり、やっぱり、先生もいじめ楽しかったってこと?
留美子はハッとし、その気持ちを抑えようとスカートを握りしめた。

この日にしか着ることのない、フリフリした、どこかのアイドルみたいな洋服。
服がしわくちゃになっても、留美子は気にすることなかった。気持ちを抑えられれば、それで十分。
けど、その辛い思いをキャッチしたものがいた。

___サトリ妖怪の聡子だ。

聡子は担任をじろりと睨むと、大きく咳払いをした。
視線が聡子に集まるが、聡子はそれを気にせず、ぼそりと呟いた。

「いじめてたくせに」

聡子が立っていた近くの席に座る生徒が、興奮して我を忘れていたからか、聡子の呟きを聞くと大声で叫んだ。

聡子はこれを待っていた、とでも言うようにニヤリと笑った。

「んなわけないじゃん!いじめなんてしてないし!」

視線を前に戻し始めていた生徒たちも、ええっと反応してその生徒を見た。
その生徒は佐藤だった。留美子をいじめていた子供だ。

佐藤はみんなの視線に気づくと、ハッと我に返った。

「えっと〜……」

弁解しようとしても遅かった。
親たちが騒ぎ出す。口々に、いじめ、という単語を発している。
これにヤバイと感じた担任は、佐藤と代わるように弁解した。

「いえいえ、い、いじめなんて、なにも、ないですよ!!」

取り乱し、言い訳をし始める担任を、誰が信じようか。

留美子は聡子を見やった。
聡子はそっぽを向いて、留美子の顔を見ない。
留美子は感謝するべきか、そうでないか迷った。
ここでいじめのことを告白すれば、いじめたやつらに復讐できる。
でも、それでは自分が惨めな人間だったと告白するようなもの。
留美子の頭の中は真っ白になった。

教室内はいじめという単語に埋めつくされた。
担任も、留美子を除く生徒も、皆取り乱している。
その中で、マリアが一歩を踏み出した。
マリアに視線が集まる。

留美子はマリアを見た。マリアも留美子を見た。
留美子の母親が、娘を案じてか留美子と名を呼んだ。

マリアの口が開く。

「それで、貴女はどうしたいの」

留美子は目を瞬かせた。

「貴女、卒業できたと思ってる?」

頷くと、マリアは嫌悪という感情で顔を染めた。
留美子はいけないことを言っただろうか、と首をかしげた。

「留美子、貴女は愚か者だわ。紙切れ一枚、貰っただけで自分から卒業できたと思ってるの?……頭が弱すぎるのよ、この甘ったれッ!!!!」

教室が、魔女の威圧がいっぱいになる。
シンと静まり返った教室には、マリアの怒号が響きわたった。

50:ムクロ氏@太もも大神:2016/05/08(日) 17:36 ID:3uI

「惨めな自分と卒業なんか出来やしない! 今まさに、何も言えないでいるお前は、ただの惨めな人間だ!
そうやって生きていくつもりかッ!?お前はその程度の人間かッ!?
このマリアが認めた人間が、こんな甘ったれた人間の小娘だったとは、見る目が落ちたってことかねぇッ!!
ええ、どうなんだ。何か応えてみろ、人間の小娘えッ!!!!」

留美子はマリアを凝視した。
あのマリアが、自分を叱ってくれている。あのマリアが、叱っている……!
マリアは怒ることはあったにせよ、『叱る』ことはしなかった。
そして、留美子は親に『叱られた』ことがなかった。もちろん、両親以外の大人にもだ。

留美子は『叱られて』、ようやく自分という人間が分かった。

自分で勝手に満足して、現実と向き合わない。自分の感情を『複雑』と称しては、本当に抱いてた感情から逃げて、本音を言わない。
__自分は、自己満足してばかりの人間だったのだ。

自己満足で卒業?……ああ、確かに怒るよね。マリアさんも叱っちゃうはずだ。

留美子は眉と目尻を下げて、自嘲した。

「私、バカだよね、やっぱり」

マリアはそれを聞くと、そうよ、と優しい声で言った。
マリアは振り向いて、妖怪たちを見た。

「あなたたち、何をしてるの」

妖怪たちはマリアの言葉に体の緊張を解した。
店番さんが先頭をきって、留美子のもとに向かってくる。
聡子が近くに来ると、留美子はありがとうと、小さな声で言った。聡子はそれだけで嬉しいのか、頬を桃色に染めてそっぽを向いた。

「それで、どうすればいいのですか、マリアさん」

里美がマリアに聞く。
マリアはすぐに応えた。

「あの汚れきった人間たちから、留美子を守りなさい。きっと何かしてくるわよ」

旦那は腕捲りをして、気合いを入れた。
店番さんはいつも通り、のんきに微笑んでいる。
サトリ姉妹は力を解放した。
美佐子は、いつでも魔術が使えるように念を作りあげている。

マリアは留美子の手を引いて、立ち上がらせた。

「さあ留美子。貴女もそろそろ卒業しなさい」

留美子は目を両親に向けた。
二人とも、何が何だかわからない、という顔をして留美子を見ている。
留美子は久しぶりにちゃんと見た両親の姿に、涙が込み上げてきた。

私が知らない間に、二人はあんなに老けてたんだ。

そんなに老けるまで、私のために働いていた。私は幸せものだ。
ありがとうございました、お父さん、お母さん。
ようやく卒業できるよ。

深呼吸をして、留美子はクラスメイトたちを見回した。
親に弁解しに行っていた担任は、いつもとは違う留美子を見て、脳内の言い訳リストに、たくさんの言葉を付け足した。責任から逃れるために。

仲間たちが、留美子の背中を押した気がした。
留美子は表情を固くして、声を出した。
普段大声を出さない留美子が叫ぶ。
クラスメイトたちと担任は、責任という名の化け物がやって来たのだと悟った。

人を呪わば穴二つ。
じゃあ、人をいじめれば___?

「……私はッ!!」

私は……___!!
留美子はねばねばになった唾を飲み込んだ。

51:ムクロ氏@太もも大神:2016/05/08(日) 18:13 ID:3uI

「私は、このクラスの人達と先生に、いじめられていましたッ!!」

それは違う、と口を開きかけた担任は、首が絞められるを感じた。
苦しくなり、咳をすれば、その感覚はなくなった。
担任は視線を感じ、辺りを見回すと、高校生くらいの女がこちらを睨んでいるのが分かった。
まさかな……と思いつつも、担任は冷や汗をかき、どんどん増えていく親たちの視線に怯えた。

「私が友達だと思ってた子たちは、友達のふりをしていただけで、それもいじめの一貫で………私は、暴力だってふるわれてましたッ!!他にも暴言は当たり前!!酷いときは、髪の毛を切られることもありましたッ!!」

溢れる涙を拭っても、新しい涙は溢れてくる。
留美子は涙を拭うことは無駄なのだと分かり、拭う手を下ろした。

髪の毛を切られた、という発言に親たちは「ありえない」と言った。
特に、留美子の母親は嘘よ、と叫んだ。

「どうして留美子が、留美子がなんでッ……嘘よ嘘よ嘘よおおお……ッ!!」

留美子がいじめられていたと信じたくない。その思いが溢れていた。
その周りにいた他の親も、自分の子供が酷いいじめをしていたということを信じたくなくて、嘘だと泣き崩れる人も現れるほどだった。

「校庭を引きずられたときもありました。他にも、たくさん……。私は、ずっとずっといじめられていて、それで、先生も助けてくれなくて!!」

挙げ句の果てには!!

「先生は今日、仲良いクラスって言って、このクラスは楽しかったと言ってッ!!」

留美子は歪んだ顔をした担任を見た。
担任はビクリと肩を震わせ、一歩後ろに下がった。

「それって、いじめが楽しかったってことですか、先生ええッ!!??」

留美子の口を塞ごうと、担任が走ってくる。
それを、店番さんが足をかけ、そして担任が前のめりに倒れてガラ空きになった背中に、旦那が腰を下ろした。
同じように、店番さんも旦那の隣に腰を下ろす。ブイサインをマリアに送る。
マリアは微笑みを店番さんに向けた。
店番さんと旦那も、同じように微笑む。
その二人の下で、担任は暴れた。

「俺は担任だ!教師だ!そんなことしない!いじめなど、決して……ッ!!」
「そんなの嘘だよッ!!!!私は何度も先生に助けを求めたけど、全然助けてくれなかったッ!!!!」

留美子は倒れている担任を睨み、だから、と声をあげた。

「だから私も貴方を助けないッ!!そのまま苦しみを味わってればいいッ!!」

マリアが笑い声を必死で抑えている。
マリアにとって、この状況は非常に嬉しいものだった。
もちろん、留美子の成長が見れたこともあるが、このような汚い人間が泣きそうになっているのは見てて楽しい。面白い。

マリアはキヒッと笑い声を漏らした。

「じゃあなんだ!!俺がお前を助けて、なんになる!?もっと酷いいじめになる可能性もあったんだぞ、えぇッ!?」
「酷いいじめになったとしても、手をさしのべることもしないで、笑って見てるような人間なんて、先生になっちゃいけないッ!!!!教師という役職への冒涜だッ!!!!ねぇ、人の不幸は蜜の味なんですか、先生!!!!私の不幸は美味しかったですかッ!!!???」

担任の唖然とした表情を見ると、留美子は次にクラスメイトたちを見た。
クラスメイトたちは、こちらを見た留美子に震え上がって、卒業式で流した涙とは、まったく違う、別の涙を流した。

「あなたたちもどうです!?私の不幸、美味しかったですかッ!?」

留美子の辛い日々。それらを美味しいって言うのなら………___!!
留美子は近くの席の女の子の顔を見た。女の子はヒッと声をあげる。

「そうやって、泣けば解決できるの!?ねぇ、じゃあ今まで私が流した涙で、あなたたちは何か解決してくれたのおッ!?」

女の子が声をあげて泣く。

留美子は他のクラスメイトに、再び顔を向けた。

52:ムクロ氏@太もも大神:2016/05/08(日) 18:44 ID:3uI

「私の不幸が美味しかったのなら、あなたたちは、人でなしだッ!!いつまで人間の皮を被ってるんだ、この化け物おッ!!!!」

ダンッと音をたてて、いじめっこの佐藤が立ち上がる。

「うるさいんだよ、さっきからッ!!!!いじめられるあんたも悪いんだよッ!!!!このバァアアァカッ!!!!」

すぐに帰れるように机の横にかけてあったランドセルを掴みとると、それを留美子に向かって投げた。
それを読み取っていた聡子は、飛んできたランドセルを掴むと、それを投げ返した。
ランドセルが、佐藤の顔面に当たる。

「そうやって暴力で、力で解決しようとしてるから、お前らは最低なんだ!!私は、お前ら大っ嫌いだ!!」

近くの席の山田が、先ほどまで座っていた椅子を持ち上げて、それを留美子に落とした。
さすがにそれに反応できなかった妖怪たちは、息を飲んだ。
椅子が、留美子の肩に当たり、留美子はその衝撃で倒れる。

留美子を見下ろしながら、山田が静かな声で言った。

「いいよ、別に。最低でも嫌いでも」

山田の両親は自分たちの娘のその姿に震えた。とても、自分たちの娘だとは思えなかった。

こんな恐ろしい子を、私達が……ッ!?

母親は目眩を起こしてふらついた。

「調子のんじゃないよ、グズったれ。黙ってよ、うるさいから。せっかくの卒業の日を無駄にしてくれちゃってさ。あんたの卒業?ハッ、勝手にやってればぁ?」

留美子は、自分に乗っかる椅子を退かして、立ち上がった。
椅子が派手な音を立てた。

「可哀想な人。そんなんだと、いつまでも卒業できないね」
「卒業したけど?あんたと違ってね」
「自己満足っていうんだよ、それ」
「……死んじゃえば」
「ごめんね、私死なないから」

美佐子が、留美子の肩に手をおくと、肩の痛みが消える。
耳元で、美佐子が応援する言葉を言う。
留美子は姉の言葉に励まされ、山田だげてなく、この教室にいる人間たちに言った。

「私はいじめられていました。自分を可哀想な人間だと思って、いじめを解決するための行動を起こしませんでした」

だから、私は惨めで愚かで最低な人間のままだった。
山田がうっせぇ、と言うが、それを無視して、留美子は言う。

「でも、今は解決しようとしてる。巻き込んでしまったのは、確かに悪い。けれど、これは責任なんです。責任を取る日が来たんです」

山田から数歩離れて、留美子はみんなに頭を下げた。
腰を折って、綺麗に整えられた髪を前に下げ、全てを終わらす。

「この日、この時に、こんなことをしてしまってごめんなさい。そして、ちゃんと責任を取ってください」

最初に動いたのは誰だったか分からないが、クラスメイトたちが留美子のもとにやって来て、頭を下げて謝った。

みんな泣いていて、そして留美子も泣いていた。
担任も謝罪する。
号泣しながらの謝罪は、留美子の心に響き、留美子は本当にごめんなさい、と呟いた。

パチパチパチ、と拍手が聞こえる。
見れば、妖怪たちが拍手をしている。
マリアは近くで拍手をする里美に泣きついた。
本当は怖かった、そう言って。

「卒業おめでとう、留美子」

妖怪たちが、そう言った。
留美子はそれに、涙笑いで応える。

「ありがとう、みんな」



騒ぎを聞き付けてか、多くの他クラスの生徒や他の教師が教室の外に集まってきている。
留美子の卒業式は、終了だ。

53:ムクロ氏@太もも大神:2016/05/08(日) 21:50 ID:3uI

__春というものは、何度巡ってきても飽きないものだ。



僕は物語を綴った筆をクルクルと回した。けどすぐに、筆はポトリと手から落ちる。
僕はもともと、ペン回しなんて器用なものできないから、しょうがないね。

筆を机の中に無造作にしまい、出来上がった自作の本をカウンターに持っていく。
駄菓子の種類が増えた、僕の店。誰もいない、いつも通りの店内だ。
でも、本を捲ると、その『いつも通り』がやけに『非日常』に思えてしまう。

綴った物語から、はや25年。
僕もいい年になった。最近来なくなった旦那も、美佐子さんも、僕と同じくらいのいい年齢だ。

時がたつのは早い。
あの全盛期だった頃を忘れぬよう、すっかり一人前になったサトリ姉妹の力を借りながらこの本を完結させてみたものの、どうも虚しさが溢れてくる。

忘れないよう、とは言ったものの、忘れた方が良かったのかもね、と僕は笑った。

「こんな虚しい思いをするなら、忘れた方がいいに決まってるさ」

この呟きを、誰も拾ってはくれない。
僕はため息をついて、店の隅にある、三畳の畳の上に腰を下ろした。
畳の上には、古い木のテーブルがある。
よくみんなでテーブルを囲んで、お茶を飲んだものだ。

懐かしんでいると、ギイィッと出入り口であるドアが開いた。
開いたドアの隙間から、物語当時の留美子と同じくらいの少女が顔を覗かせている。
僕はカウンターに行き、その子に手招きをした。

少女がとてとてと、運動が苦手な人間だと分かるような足どりでこちらにやって来た。

「いらっしゃい。君は何をしにここに来たん___」
「神隠しにあうってホント?」

僕の言葉を遮って、何を言うかと思えばそれか……。
僕は少し考えてから、少女の問に答えた。

「神隠しね、神隠し……そうだね、会うかもしれないね。そして、神隠しに会った子供はどこに行くのであろうか、という問いにこう答えるよ。
あやかし商店街だよ!ってね」
「あやかし商店街ぃ?」

聞き返す小さなお客さんに、僕はそうだよと頷く。

「でも、君たち人間はそう言ったら笑うかもしれないね。でも、本当のことなんだから、しょうがないと思う!」

久しぶりに、楽しいかも。

僕は自作の本を少女の目の前に置いた。
ドンッと音が、その本は分厚めなのだと証明してくれる。
少女はそれを不思議そうに見やった。
これ何、という目だ。

「だから、そのことを証明するために、あるお話を書いたんだ。これは、あるいじめらっこの女の子のお話。
君たち人間は創作だろうって言うかもしれないけど、いやいや、何を言ってるのか。これは本当にあったお話だよ」

表紙を捲ると、少女はうわあ、と声をあげて一歩ずつ、ゆっくりと後退したかと思うと、踵を返して、走って行ってしまった!

「あ、ちょっとちょっとお客さん!怪しいと思わないでよ!店から出てくなら何か買ってからしてよ!ちょっとお客さぁあぁあぁん!?」

少女は、2つあるドアのうち、自分が入ってきたドアではない方を開けてしまった。
僕はヤバイと思い、カウンターから出てその子を追った。

「ダメだよ!そっちのドアから出ていったら!」

ドアノブを回し、ドアを開けると、そこには少女と、少女を驚いたように見つめる美佐子さんの姿があった。

「あ、えと……」

少女が挙動不審になっている。
その少女を見て、美佐子さんは大声をあげた。

「あんた、留美子のところの……!!」
「み、美佐子おばさん、久しぶりです……」

僕はとても良い予感を覚えた。
また、あの静かな駄菓子屋が賑やかになる予感。しかも、昔の面々も一緒に賑やかに騒ぐ予感。

僕はとりあえず、少女に言った。

「ようこそ、あやかし商店街へ!」

54:ムクロ氏@太もも大神:2016/05/08(日) 22:01 ID:3uI

〜あとがき〜

やったー!完結だー!グロなしほのぼのとか三人称とか苦手過ぎるー!
とにかく完結したー!

ここまで読んで下さった方々、どうもありがとうございました!
今回のお話は、基本ほのぼの、たまにシリアスな内容で、しかも、前作に登場したマリアも乱入してのお話でしたが、皆様、ついて来れましたか!?
ついて来れなかったのなら、私の力量不足です。多分善処します。

……ところで。
話は変わりますが、どうやら私はグロなし、しかも一人称でないと疲れてしまう性質のようです(あ、性質と書いて「たち」です)。
ですので、次の作品を書くとなれば、多分、グロあり疑心暗鬼ありグログロありの一人称になると思われます!
その時は、どうか苦情など書かずに、そっとブラウザバックして下さい。
ムクロ氏という名を、セピア色に染め上げちゃって下さい(消してもいいですよ?)

まあ、なるべく、そうならないようにしたいんですがね!!
……とは言っても、無理な気が……いえ、なんでもありませんよ、大丈夫です。
そう!なんでもないんですよ!
だから、こんなあとがき忘れちゃって下さい。私の発言なんて忘れちゃって下さい。



それでは、私の発言を忘れた方々、さようならさようなら〜。
また次の作品でお会いいたしましょう〜(スマイル)


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