『SuKaI』
ブレイク直前と言われる3人組のアイドル。
センターで輝くセイ、アンニュイで美しいカナデ、リーダーで万能なイズミ。
彼らの眩しい世界とは程遠い高校生、千里には悩みがあった。
友達がいない、なんて悩み。
しかし、ひょんなことから彼女には友達ができる。
その友達にはある秘密があって…。
_____私の、親友になってください。
もう、世界は変わりはじめた。
「思い出したんだね、俺のこと。
安心してよ、俺を嫌いなのは分かってる。
だけど、分かんないんでしょ?
俺が嫌いか、好きか。」
低くて、甘いテノールの声。
子供の頃は、この声よりも全然高かったのに。
…今も昔も、奏の声とは違うんだけどね。奏は、透き通った声だから。
透き通っているのに、ドキッとする甘さを持った声。
そんな事を考えていたら、目の前にゆっくりと影が出来ていた。
「千里は、いつか俺から離れるって分かってた。あの時の気持ちも、きっとそんなに重たいものじゃなかった。」
私の心を見透かされてるような、そんな気がして背筋がゾクッとした。
ふわり、ふわりと近づくのは、奏とは違った香水の香りと、彼。
「千里にずっと好きでいてほしい。
…そう思っていた矢先、お父さんからアイドルの話を持ちかけられた。
この世界で輝ければ、千里は離れないって…、思った。
だからせめて、1番のアイドルになるまで俺を覚えてて欲しいって、我が儘を考えた。」
そして彼は、胸まで伸びた私の髪の毛を優しく撫でた。まるで、壊れ物を扱うように。
彼の瞳は、画面越しで見るよりもっと優しかった。
「だから千里を傷付けた。そうしたら、千里は俺をトラウマにする。
それに加えて、優しい千里はそれまでの俺だって忘れないでいてくれる。
矛盾が生まれて、もっともっと俺を考えてくれる…、そうでしょ?」
私の髪を撫でる手が、止まった。
そして、ゆっくり手を下ろす彼。
無意識に、私は彼に目線を合わせていた。
彼の指は、まっすぐ私の唇へと伸びていく。私の下唇にゆっくりと、指を這わせた。
そして、ツーッと唇の上で指を滑らせる。少しくすぐったくて、恥ずかしい。
「俺はいつだって千里を考えてた。
千里が俺を選ぶなら…、
俺は、今すぐこの世界から消えたって構わない。」
あぁ、いつか見た涙の瞳。
奏も、世那も。似ているようで、ちっとも似ていない。
また、さっきと同じように手を下ろすと、笑った。
笑って、言った。
「…手遅れでも、別に良いよ。」
…彼の笑顔は、あまりに怖かった。
優しさという名の、狂気に満ち溢れているようだった。
「…ぁ、あ、え、と….。コンサート、頑張って…ね。」
少し震えながらも、急いで楽屋を飛び出した。
怖かった、ものすごく。
せい君は、いなかった。怖い世那しか、いなかった。
_____もう、会いたくてたまらない。
「かな、で。奏…。」
「…ん、今日だけ特別。『俺』だから。」
いつもは女の子の彼が、特別に奏のままで…抱き締めてくれた。
タイミングを見計らっていたのか、偶然だったのか、何も分からない。
だけど、飛び出して無我夢中に走り続けた先に、彼はいた。
裏口に近い、二人掛けの椅子。
帽子に、マスクの完全変装な彼だけど、いつもより無防備な気がした。
「…千里、ごめんな。」
何への「ごめん」かは分からない。
だけど、どうだっていい。
ただ、溢れてくる涙を受け止めてくれる彼に、愛しさも溢れてしまった。
本当は世那に抱かないといけない感情。
「…もう、そろそろ準備しないと」
そう言って彼がその場を去ったのは、何分か、何十分たった後かは分からない。
彼が離れても尚残る温もりに、思わず、微笑みがこぼれた。
コンサート会場内へ入ると、物凄い熱気に包まれていた。
まだ始まっていないというのに、ファンの皆はそれほどまで彼らに会うのが楽しみだったってこと。
___SuKaI!SuKaI!
SuKaIコールが始まった。
ちなみに、コンサートに来るからと調べてきたSuKaIの内容にこのコールもあった。
スカイへのコール、通称「スコール」と呼ばれているらしい。
熱帯辺りの突発的な大雨を指す言葉でもあるけど、それと同じように、熱気に包まれる熱い場所で、SuKaIが出てくるまで鳴りやまないコールってところからそう名付けられたんだって。
単純に、SuKaIのスとコールを合わせただけなんだろうけどね。
スコールの中、急に大きいモニターが光った。三色に。
…セイの赤、イズミの青、カナデの黄色…。
「お姫様、お迎えにきたよ」
甘い甘い、台詞を落としたのはセイ。
歓声が耳をつんざくようにしてうるさいけれど、彼のオーラは本物だった。
まばゆい光の中から飛び出した3人は、一瞬にしてここにいる全ての人間の体温を急上昇させる。
「君に会うために、やってきた」
優しくて、心の落ち着くイズミの声。
それでも、どうしても私は、
…カナデの声が、一番好き。
「俺だけ、見ててよ」
透き通った、それでいて脳裏に響く程よい低さ。
彼の声は、全てを魅了するから。
一言で、ドキドキが止まらないくらいに。
『届けたい 聴かせたい 今すぐ
振り向かせたいから 』
変わる変わる、彼らの音色。
明るい曲だったり、しっとりとした切ない曲だったり、たくさんで。
今流れ出す曲は、何処かで聴いたことのある曲…みたい。
脳裏に深く刻まれた音。
カナデが響かせる、麗しい声。
『僕が知りたいなんて 言うの?』
たった一言。
以前、テレビで聞いたフレーズ。
こんな曲だったんだ、と、あの時はしっかり聞けなかったから新鮮に感じた。
それと同時に、やっぱり気づいてしまった。
こんな言葉でも、彼が奏でるから好きになる。
あくまで噂だけれど、彼には親がいない。そして、セイのお父さんに拾われ、あの世界に入った。
それからも沢山の苦しみの中で生きてきた彼の、たった1つの願い。
”俺を見て…”
彼の時折見せる涙色の瞳や、無愛想の理由。
彼の願いはここにあるんだと感じた。
「…奏が、好き……。」
ただの同情なんかじゃない。
それに、一緒にいた時間は少ししか無かったけど。
それでも私は、彼の心からの笑顔を信じたかった。
眩しい光の中で、闇を背負うカナデ。
どうしても、君を助けたいです…。
時間が過ぎるのは、やっぱり早くて。
もう、この時間が終わってしまう。
「今日、みんなに会えて幸せでした。
俺らが輝くにはみんながいることが絶対条件なんです。
だから、みんなはSuKaIの存在理由。
絶対に逃がしませんから。
ずっと愛してます、また会いましょう!」
セイの最後の挨拶。
少し笑いながら、冗談ぽく逃がさないと言った彼に…あの怖さを感じた。
でも、私に言ってるわけではないんだから、きっとただの挨拶なはず。
きっと、そう。
その後のサインボールを投げるイベントでは、ファンの人達はみんな夢中になってボールを取ろうと頑張っていた。
周りの熱気にどうしていいか分からなくなったその時、更に熱さはヒートアップしてしまった。
理由は…、目の前を通るセイ。
「セイー!ボール投げてーッ!」
「こっち見てー!!」
ファンの悲鳴に近い叫びを聞きながら、王子様のような笑顔をして私の…目の前にきた、セイ。
「はい、どうぞ。」
ボール、投げるはずなのに。
手渡しで渡されてしまった。
私は少し笑って、震える手でそのボールを貰った。