ルカがある朝目を覚ますと、腕からきゅうりが生えているので驚いた。
「なんて病気にかかっちゃったの私!」
つついてると、痛みはない。きゅうりを握って、手を上下にゴシゴシやってみても、感覚はない。そこで、思い切って、きゅうりをとってみた。ぷきっと取れた。痛くなかった。腕には、緑色の跡がついていた。
きゅうりを見つめる。気持ち悪い。きゅうり自体、嫌いではない。しかし、自分の腕から生えていたのだ。
なんだか、すごくショックだ。
「もう、お嫁に行けない…誰が、きゅうりが生える人を好きになるもんですか。あるいは、もしかしたら、今まで聞いたことがないだけで、結構普通のことなのかもしれないわ。」
制服に着替え、下に降りると、パパはコーヒー片手に新聞、ママは皿洗いをしていた。
「お、おはよう…」
ママは言った。
「どうかしたの?」
一目で、ルカの様子がおかしいことに、気づくのだ。
「ねえ、もしきゅうりが腕から生えるとしたら、とっても便利ねえ」
と、ルカは匂わせた。
「何寝ぼけた事言ってるの」
「うああ」
やっぱり、腕からきゅうりが生えることは、異常なのだ。
「行ってきまあす」
ルカは腕にバンドエイドをつけていた。もちろん、きゅうりの跡を隠すためである。
通学の、電車の中で、スマホで「きゅうり 体から生える」と検索しても、それらしいことは何もわからなかった。
給食できゅうりが出た。食べる気にはなれなかった。
ルカは美術部で、静物画を描いていた。ふと、腕のあたりに違和感を感じ、チラと見て見ると、バンドエイドが盛り上がっていた。きゅうりが若干生えてきている。気持ち悪い、とルカは思った。
こっそりトイレに行くふりをしながら、やっぱりトイレに行き、きゅうりをえぐりとり、またバンドエイドを貼り直した。
下校中に、背中がなんだか変だと思い、まさかと思って、手を後ろに回して見ると、やっぱり、きゅうりが生えているようだった。しかし、具合の悪いことに、手の届かないところだった。ルカはコソコソ誰にも見られないようにして帰るしかなかった。
家に帰って、自分の部屋に行くと、朝収穫したはずのきゅうりがない。降りて、母に聞いて見ると、
「ああ、あれは晩御飯に出すよ」
と言った。急に、たまらない気持ちになり、
「ばか!」
と怒鳴って、冷蔵庫を開け、ボウルの中に、きゅうりを、タコの刺身と一緒に、酢であえた料理を見つけ、
それをめちゃくちゃにしたい衝動に駆られたが、そんなことをしてはまずいという自制の気持ちも働いて、
どうすればいいかわからなくなり、とうとう泣き出してしまった。
母は驚いて
「どうしたの」
と聞いてきたが、ルカはなんだか話す気分にはなれなかった。
黙って、階段を登り、自分の部屋にこもる。裸になって鏡を見ると、悲鳴をあげた。
身体中、何十箇所かで、きゅうりが生えかけていた。
ルカは泣きながら、きゅうりを全部むしり取った。肉体的には何も痛くないのに、精神的に、酷く苦痛な作業だった。
全部収穫しても、緑の跡が大量に体に残った。クリームを塗ったりして、大事に手入れしてきた、自分の皮膚が、これでもう台無しになった気がした。
自殺したい気持ちが少し芽生えた。しかし、自殺するには滑稽すぎると感じて、カッターをただ持って、まじまじと眺めるだけだった。そのうち、ニョキッとほっぺから生えた。
鍵をかけた。真っ暗にした。ベッドに横たわり、はじめて人生について考えた。
「なんで生きなきゃいけないのだろう?」
そのうち、眠ってしまった。