True End

葉っぱ天国 > 小説 > スレ一覧 101-キーワード▼下へ
1:匿名 hoge:2017/07/13(木) 19:14

注意事項
*ホラー系が苦手な方は閲覧を控えた方が良いです
*流血シーン有りです
*感想やアドバイスがありましたら、書き込んでくれると嬉しいです
*なりすまし、暴言、荒らしは厳禁

2:匿名 hoge:2017/07/13(木) 20:29

ドアノブに手をかけドアを開けると、やや耳障りな音がした。
視界に入ったのは、グレーの壁で囲まれた無機質な部屋だった。
小さな机と向かい合う2つの椅子しかない。
窓は無く、蛍光灯だけでは少し薄暗かった。
しかし、それらよりも目に留まったのは、2つのうち1つの椅子に座っている髪を2つ結びにし、眼鏡をかけている制服姿の女子だった。
俯いている彼女の名前を俺は呼んだ。

「萩野」

俺の声に気付いたのか、彼女は、

「あ……来てくれたんだね」

と声を漏らした。
萩野はクラスメイトであり、俺の恋人でもある大切な存在だ。
彼女の目は隈ができており、髪はボサボサだった。
無理もない。
あんな事件が起きたのだから。

「大丈夫か?寝てないだろ」

「大丈夫だよ。それに、そっちも寝てないでしょ?」

苦笑いを浮かべながら、答える萩野。
その顔を見ると、胸が締め付けられた。
側にいた警察官に促され、俺はもう一方の椅子に座った。


俺と彼女は警察署にて、取り調べを受けることになった。
あの事件の関係者、または生き残りとして。
お互い別々の場所で取り調べを行っていたが、彼女からの希望で、数時間後に二人で会うことが出来た。
正確に言えば、この部屋には一人警察官がいるが。
しかし、こうしてゆっくりと話し合える時間を取ってくれた警察には、むしろ感謝をしなければならない。
それに、警察署の外には事件を聞き付けた報道陣がいるらしく、しばらくは外に出られないだろう。

「あのね……警察に二人で会うことを要求したのはね、聞きたいことがあったの」

「聞きたいこと?」

俺がそう言うと、萩野は少し申し訳なさを含んだ困り顔をしながら、口を開いた。

「私……事件のこと、あまりよく覚えてないの」

その言葉に、俺は目を見開いた。

「……本当か?」

「うん。思い出そうとするけど、霧がかかったみたいにモヤモヤしちゃって……」

きっと、事件のショックで記憶が失われてしまったのだろう。
それほど、この出来事が彼女にとって苦痛だったと思うと、こちらが辛くなってしまった。

「だから、私と同じ生存者から話を聞けば、記憶を取り戻せるかな、って思ったの」

彼女は理解したが、俺はなかなか首を縦に振ることが出来なかった。
あの出来事を話して、萩野が全てを思い出してしまったら、彼女はさらに悲しむに違いない。
酷ければ、心を壊してしまうかもしれない。
困惑する俺に、彼女は察したような顔で言った。

「私は全てを受け入れるって決めたから、正直に話して。記憶が曖昧なまま、皆の死を見届けられないの」

彼女は真っ直ぐな瞳で俺を見つめると、俺は溜め息をつき、決心したように口を開いた。

「……わかった。全部話すよ。まずあの時、俺らは夜の学校の教室にいたんだ」

3:匿名 hoge:2017/07/13(木) 21:45

「それじゃあ、始めようか」

誰かの合図とともに、タイミングよく雷が鳴った。
外は大雨で今もシトシトと音が聞こえる。
連続する雷の音で、誰かが悲鳴を上げたが、それが誰かは分からなかった。
【2年A組】と書かれたこの教室は真っ暗なのだから。
この空間に今、俺を含めた8人の人間がいること以外、誰が何をしているのかは全くと言っていいほど、分からない。
教室を暗くしようって言ったのは……ああ、大槻か。
視覚を奪われ、聴覚が敏感になった状態での【犯人探し】は最適だと、彼は言っていた。


1週間前、クラスメイトの小倉が亡くなった。
背中にナイフが刺された状態の彼が、夜道で発見されたそうだ。
普通、クラスメイトが死んだら、悲しいと思うだろう。
ましてや、彼は自分達と同じ高校生なのだから、尚更だ。
しかし、俺と他の7人は違った。
俺達は彼をいじめていたのだから。
最初は些細なことでからかったり、陰口を言う程度だったが、それはエスカレートしていき、壮絶的ないじめに発展してしまった。
俺が属するこのグループは、良くも悪くも目立っていた。
いや、グループというより、リーダー格のあの二人と言った方がいいかもしれない。
とにかく、俺達は彼をいじめ続けた。
勿論、俺はやりたくてやってたわけじゃない。
ただ、彼を庇えば、今度は自分が標的になることを恐れていただけだ。
多分いじめを楽しんでいたのは、あの二人だけだろう。
自分を守るために、彼に対する罪悪感ばかりが募っていく日々を俺は過ごしていた。
そんなある日、彼が何者かに殺されたということを知った。
クラスに、俺達8人の誰かが犯人だと噂が流れるのに時間はかからなかった。
最初は絶対違うと思った。
まず、あの二人からすれば彼は自分のストレス解消の道具であり、ある意味欠かせない存在だった。
それに、罪悪感に耐えていた俺達だって、彼のお陰で自分は標的にされずに済んでいるのだ。
彼を殺害する理由など、なかったはずだった。

4:匿名 hoge:2017/07/14(金) 06:57

「本当にこの中にいたりして……殺人犯」

大槻のこの言葉が、全ての始まりだった。
8人しかいない放課後の教室では、先程まで喋り声で溢れていたが、それで一気に止んだ。
皆の顔が強張る。

「な、何言ってんだよ。俺達には彼奴を殺す理由なんてないだろ?」

すぐに俺は反論したが、大槻は俺達の顔を見渡すと、口を開いた。

「いや、案外いたりしてね。本当はいじめをやりたくなくて罪悪感ばかりが募っていく奴が、最終的に小倉……いじめの標的の存在を恨んで殺したかもしれない。いじめを楽しんでいた奴も、ふざけ半分でナイフで脅してみたら背中に刺さってしまったって可能性もある。それか、もともと小倉に何か恨みがあっていじめでストレス解消していたけど物足りずに、殺害した……ってことも有り得る」

彼の言葉で、心臓が激しい鼓動を打った。
額から冷や汗が流れる。

「この中にいるんだろ?殺人犯」

大槻の目は獲物を探る狩人のようだった。
この緊迫した空気の中、次に口を開いたのはいじめの主犯の西尾だった。

「んなわけねぇだろ!俺達の中にいるなんて信じられるか!」

怒鳴る西尾に対し、大槻は冷静に答えた。

「まあまあ、怒るのは後にして。【犯人探し】をするのが先だよ」

その声は少し上ずっていた。
まるでこの状況を楽しんでいるかのように。 

「犯人探し?」

一人の女子が彼に訊いた。

「そう。皆から小倉に関係する話を全て話して欲しい。この中に犯人がいるとしたら、何か矛盾点が生まれたりするかもしれない。そうすれば、この中に犯人がいるかどうか、わかるからね」

再び彼は全員の顔を見渡した。
その威圧を含んだ目に、反論していた西尾が溜め息混じりの声で言った。

「……わかった。だけど、犯人探しして何になるんだよ」

その質問に、大槻は少し間を開けて話し出した。

「……いじめを繰り返さないためだよ。仮に犯人が俺達の中にいたとしたら、【いじめていた奴が死んだ】【その犯人は自分の仲間にいた】って頭の中に叩き込まれるからね。トラウマに近いよ。殺人犯が自分の近くにいたんだから。だけどそうすれば、このことを思い出さないように、いじめはやらなくなる。少なくとも、俺達は、だけど」

5:匿名 hoge:2017/07/14(金) 21:06

彼の意見は理解することが出来た。
しかし、なかなか首を縦に振る者はいない。
それに賛成してしまえば、自分達の中に犯人がいると認めたようなものなのだから、当然かもしれない。
沈黙が続いた。
その空気に耐えきれなくなったのか、自分の席の椅子に座っている江川が口を開いた。

「いいんじゃないの?」

軽い口調で彼女はそう言った。

「こうやってジメジメしてるより、犯人がいるなら犯人を探す!いないと思うなら、私は楽しく過ごしたい」

もともと楽観的な性格の彼女の発言は、反感を買われるかもしれないが、この場では淀んだ空気を浄化してくれたような感覚になった。
そんな彼女を見つめながら、大槻は微笑した。

「江川らしい考えだな。別に俺は、疑心暗鬼になれとは言ってないし、思ってもない。ただ、過去を回想することで自分のしたことの重さに気付けるかな、って思ったんだ。ぶっちゃけ俺も、今回のことは反省してるし」

「犯人探し兼反省会……ってことかぁ」

大槻の言葉に、江川が相槌を打った。

「反対の奴、いる?」

大槻が言う。
反対する者はいなかった。
反省するためにそれに参加する人もいるかもしれないけど、俺の場合引っ掛かったのだ。
犯人の正体に。

一体誰が、何のために__

6:匿名 hoge:2017/07/14(金) 22:49

「もう、何でわざわざ夜の学校でしなきゃいけないのよ。しかも、こんなに暗くするなんて」

一人の女子の声で、今までの出来事から現実に戻ってきた気分になった。
声の正体は大槻の幼馴染みで、クラスのリーダー的存在である松下里奈だった。

「だから言っただろ。視覚を奪われた方が、より聴覚が敏感になるって。そうすれば、話の辻褄が合ってなかったり、何か可笑しい点があった時、気付きやすくなる。それにいつもと違う環境にした方が面白いかな……って思ってさ。放課後ここで話すにも、最終下校時刻があるから時間は限られてしね」

暗いため、彼が今どのような表情をしているのかはわからないが、その言葉や上ずった声からして、笑っているのだろう。
本当にコイツは反省しているのだろうか?と疑いたくなるほど、大槻はこの状況を楽しんでいるように思えた。


犯人探しをすると決めた日から2日が経ち、俺達8人は夜の学校に集まった。
場所を決めたのは、大槻だった。
本人曰く「友達を7人も泊めてくれる家なんてないだろうし、ファミレスとかだと周囲に話を聞かれる可能性がある」という考えらしい。
勿論、夜の学校に忍び込むのはやってはいけないことだ。
最初は皆反対していたが、8人が入れて、周りに話を聞かれない環境が良いという考えは全員一致していたため、渋々了解した。
しかし、教室に入ると同時に俺が付けた電気を、彼は突然消したのだった。
聴覚を敏感にするためとはいえ、女子……特に怖がりな松下からはかなりこのやり方は非難された。

7:匿名 hoge:2017/07/15(土) 12:53

再び、雷が轟音を立てて鳴った。
カーテンは全て閉めきっているが、それでも白い光を放っているのがよくわかった。
雷が白い光を放つ度に、一瞬だけ教室の様子が少しわかる。
俺達は四人ずつ向かい合う形に机と椅子を移動させ、そこに座った。

「何かあったら、この懐中電灯を使って」

大槻はあらかじめ用意しておいた懐中電灯を、机の上に置いた。

「それで……最初は誰から話すの?」

準備が整ったところで、名取が早速【犯人探し】を始めようとした。

「出席番号順とか?」

名取に続き、声を発したのは萩野。

「んー……じゃあ、笠原からで」

西尾の声に、名前を呼ばれた彼女は驚いたような声を上げた。

「……え?何で私?」

「向かいに笠原がいたから、なんとなく」

西尾のその言葉で、初めて彼の向かい側の席に笠原がいるということがわかった。
笠原は溜め息混じりの声で答える。

「別にいいけど……。本当に話していいの?タブーな話とかも?」

その言葉は、大槻に投げ掛けてるのだと思っていた。
しかし意外にも、返事をしたのは西尾だった。

「ああ……構わねぇよ」

その声は、投げやりのように聞こえた。
だが、それよりも気になったのは笠原が言った【タブーな話】だった。
俺には、そのことがいまいちよくわからなかった。
彼女は何か隠しているのだろうか。
いや、西尾は彼女の【何か】を察していたような感じがした。
もしかして、二人は何か秘密を共有しているのだろうか。

聴覚を研ぎ澄ましながら話を聞いていると、様々な考えが浮かんでくる。
話してる人の声色や間の開け方、話す速さ次第でその人の気持ちがよく伝わってくるからだ。
もし、誰かが嘘をついたら、見破れる可能性だってあるかもしれない。

「それじゃあ、話すね」

俺は目を軽く閉じ、笠原の話を聞くことに集中させた。

「実は私___」

彼女がそう切り出した時、外で雷が激しく轟いた。

8:匿名 hoge:2017/07/15(土) 15:02

私の中には、常に【本音】と【建前】がいた。
その性格は昔から変わらず、高校2年生になった今もだ。

「ねぇ、今日の放課後カラオケに行こうよ!」

緑が生い茂る中庭で、いつものグループと昼食を食べていた時、このグループのリーダーともいえる人物、友村紗代里がそう言った。

「いいね!」

彼女の意見に賛成する子の声が聞こえたが、私は申し訳なさそうな顔をしながら口を開いた。

「ごめん。今日塾があるからパス」

「そっかぁ……じゃあ、知花とはまた今度行こう」

紗代里は大袈裟に溜め息をついた。
端を持つ手を止めていた私は、再びそれを動かす。

塾があるなんて嘘だった。
私は単純に行きたくなかったのだ。
別に彼女達の事は、嫌いではない。
高2になった時、仲の良い子とクラスが離れ、友達作りに悩んでいた私に真っ先に声をかけてくれたのが紗代里達だった。
お陰でクラスにはなんとか馴染めたし、何か困ったことがあると紗代里は「大丈夫?」と優しく声をかけてくれた。

しかし、私と彼女達とは何もかもが違った。
このグループには容姿が優れている、成績が優秀、運動が得意、コミュ力が高い、彼氏がいるなど、何かしらステータスを兼ね備えていた。
そして、グループのリーダーの紗代里はその全てを持っていた。
……いや、正直成績の方はあまり芳しくないらしい。
だけど、大きな瞳にふわふわのロングヘア、スタイルの良い身体には女子の私でさえ、一瞬惚れても可笑しくなかった。
そんな容姿とは裏腹に、常に面白い話や顔芸などをして皆を笑わせたり、体育では持ち前の運動能力を発揮したりしていた。
また、他校に1つ年上の彼氏がいるらしい。
そんな彼女を羨ましく思ったが、同時に自分の平凡さに悲しくなってしまった。
成績と運動は良くも悪くもなく、顔も特別可愛いってわけじゃない。
コミュ力はどちらかというと低いだろう。
恋愛に関しては、彼氏どころか恋すらしたことがない。

それだけならまだ良かった。
しかし、5月に入った頃、私は圧倒的な私と彼女達の差を思い知ることになった。
彼女達と出掛けることになり、買い物を楽しんだ後、私達は近くのファーストフード店で休憩することになった。
他愛もない話をしていると、紗代里のポテトを掴む手が止まり、彼女は眉間に皺を寄せた。
彼女の視線は、ファーストフード店の向かいにある小さなアニメイトから出てきた中学生くらいの女子二人に向いていた。

「うわぁ……アニオタじゃん」

その声には、明らかに嫌悪感が混じっていた。
心臓がどきりと鳴った。

「何あれ。気持ち悪い」

他の女子も口を揃えて、彼女達を非難した。
勿論、二人の女子はそれが聞こえてないので、何食わぬ顔で別の方へ行ったが。
しかし、私の心臓は激しく鼓動を打ち続けた。
私は恐る恐る皆に質問した。

「あのさ……皆ってもしかして、オタクが嫌いなの?」

その言葉に、紗代里は、

「あったり前じゃん。単にアニメや漫画が好きって程度ならまだしも、オタクの度合いまでいくと流石に引く」

と答えた。
心臓の鼓動がさらに速くなる。
額から嫌な汗が流れた。
私の様子に気付いたのか、紗代里が私の顔を覗き込んだ。

「どうしたの?大丈夫?」

彼女の言葉は、私には聞こえなかった。
やはり私と彼女達は、何もかもが違っていた。
何故なら、私は中学時代、自分でも認めるほどのオタクだったのだから。
受験を機に、アニメを見ることをやめたせいか、以前ほどアニメを見たいという欲はなくなっていたが、それでも時々ウォークマンでアニソンを聴いたり、好きな漫画家の新作情報などは毎月チェックしていた。

勿論、オタクを苦手とする人もいると理解はしていたが、まさか目の前にいたなんて、思ってもみなかった。
彼女達の言葉は、私の心を深く抉った。
彼女達に自分がオタクだとバレれば、即効ハブられるだろう。
幸い、高校に進学してからはアニメへの熱意が薄れたのか、それについての話題は一切出さなかったため、私に【アニメ好き】というキャラ付けはされなかった。
それに、中学時代の自分を知る人もここにはいなく、いつの間にか私は完全に普通の女子高生になっていた。

9:匿名 hoge:2017/07/15(土) 15:50

「そういえば、知花はオタクについてどう思う?」

一人の女子が、私に質問を投げ掛けてきた。

「あ……」

本当は私は元々オタクだった。
大声を出してそうアピールしたかったが、そうすれば一貫の終わりだ。
やがて私は意を決して、口を開いた。

「……私もだよ!オタクってキモいよね」

これは自分を守るためなんだ、と言い聞かせたが、私の心はズキズキと痛んだ。

「だよね」

紗代里の相槌など、聞こえなかった。

この日以来、彼女達といると一方的に居心地の悪さを感じてしまった。
しかし、このグループを抜けてしまったら、私は独りぼっちになるだろう。
一応、他のグループの人とも話したり、連絡先を交換したりはしているが、それぞれのグループの結束力は強く、他のところへ行くことは不可能に近い。
オタクとバレない限り、私には居場所があるが、精神的にはなかった。
……いや、1つだけあった。

昼食を食べ終え、教室に戻った私は自分の席に着くと、机にの横に引っ掛けてある鞄から、スマホを取り出した。
私はスマホで、【愚痴サイト】と検索した。
やがて、ハンドルネームや内容を書く画面が現れた。
ハンドルネームのところには「C.K」と打ち込み、早速内容を書く欄に文字を書き込み始めた。

あの日から2週間後、偶然にも私はこのサイトに出会った。
このサイトを利用してる人の書き込みを見ると、成績や親子関係、進路、会社の上司、中には私と同じ友人関係など、様々な愚痴が羅列していた。
最初は思いとどまったが、私は自分のイニシャルの【C.K】というハンドルネームで紗代里達への愚痴を書き込んだ。
最初は愚痴というよりは、「自分の性格を恨みたい」「何でアニメ好きになんかなったんだろう」「独りぼっちにはなりたくない」など、自分を責めるようなことを書いていたが、最近は違った。
書きたいことを全て書き終えると、誤字の確認もせずに、【投稿】を押した。

【[752]投稿日:2017/7/2(12:54) 投稿者:C.K
確かにマナーの悪いオタクだっているけど、皆が皆そうとは限らないのに、オタクに対して「消えて欲しい」「キモい」「社会の屑」は流石にないよ。あの人達の発言は、人種差別みたいなもの。酷すぎる。もし、私みたいに実はオタクって人がそれを聞いたら、傷付くだろうな……。本当、あの人達と友達やめたい】

10:匿名 hoge:2017/07/15(土) 20:50

いつしかサイトに書き込む内容は、前より激しくなっていた。
投稿した文章を読み直すと、私は無意識に溜め息が出た。
私は紗代里達のことを嫌いじゃないと思いたかっただけかもしれない。
独りぼっちになるのが怖くて、苦手な人と無理に付き合っている弱虫な自分を認めたくなかっただけだったかもしれない。
ちらりと、教室の後ろでクラスメイトと談笑している紗代里を見た。
彼女と話しているのは、松下さんだった。
紗代里と同じく、容姿端麗でコミュ力が高い彼女は、このクラスのリーダー的存在だ。
彼女は良くも悪くも目立っていた。
クラスを仕切ってくれるところは尊敬しているが、彼女に目を付けられれば、自分の居場所を奪われてしまうのだ。
あくまで噂だが、1年の頃に彼女はクラスメイトの女子を不登校にしたとも聞いている。

11:ひまり hoge:2017/07/16(日) 15:05

まあ、松下さんと関わる機会なんて滅多にないし、ぼっちってわけじゃないから、目を付けられることもないだろう。
その考えが脆くも儚く崩れていくことを、私はまだ知らなかった。

夏休みまであと1週間となったある日のことだった。
紗代里がトイレに行ってる隙に、私は自分の席に座っていつものように、愚痴サイトと検索した。
今日もストレスをサイトにぶつけようとした時、私はあることに気付いた。
昨日私が書いた愚痴に、返信が来ていたのだ。

【[908]投稿日:2017/7/14(8:32) 投稿者:V.P
>>C.K
そんなことがあったんですね……。私も好きなものを友達に好きって言えないから、困ってます。お互い頑張りましょう。】

少ない文章だが、さっきまで重かった心が急に軽くなった。
やはり、友達に自分の本音をしっかり言えない子もいるんだ、と仲間が出来たような感じがした。
私は彼女に返信をするため、再び書き込みを始めた。

【[913]投稿日:2017/7/14(10:48) 投稿者:C.K
>>V.P
ありがとうございます。V.Pさんのお陰で、少し心が軽くなりました!】

本当はV.Pさんの境遇を聞きたいが、相手が不快になるかもしれないので、それはやめた。
お礼の返信はしたので、これっきり、私とV.Pさんとは喋ることはないと思っていた。
しかし昼休みになり、再びそのサイトを検索すると、私は目を見開いた。

【[916]投稿日:2017/7/14(11:42) 投稿者:V.P
>>C.K
それなら良かったです!もしよろしければ、チャットサイトでお話ししませんか?】

もう来ないと思っていた返信が、来ていたのだ。
しかも、チャットサイトで話す……彼女は私ともっと関わろうとしている。
私は即効返信をした。

【[918]投稿日:2017/7/14(12:34) 投稿者:C.K
>>V.P
いいですね!そうしましょう!】

その文章を投稿し、トイレに行った後、私はもう一度そのサイトをチェックした。
すると期待通り、返信はあった。
彼女はチャットサイトのURLを貼ってくれていた。
それを通じて私はそのチャットサイトに繋げると、【最新】の欄にV.Pというハンドルネームと【C.Kさん待ってます〜!】というメッセージがあった。
私は【返信】という欄に、メッセージを書き込もうとしたが、

「知花、お昼食べよう!」

と、紗代里の声が聞こえてきた。
返信はいつでも出来ると自分に言い聞かせ、諦めて弁当箱を抱えながら紗代里の方へ移動した。

12:ひまり hoge:2017/07/16(日) 15:38

それから、私はそのサイトで、彼女とたくさん話をした。
彼女は現在高3で、青森在住らしい。
本当は小説や漫画が好きだが、男性アイドルやオシャレが大好きな友人達に話を合わせていると、彼女は言った。
夏休みまでの日々、私達はその日起こったことや、タイミングが良ければリアルタイムで誰が何をしているかを書き込んだ。
その内容は紗代里達に対する愚痴も含むが、教室で誰かがこんな面白いことをやっていたとか、嫌いな科目の抜き打ちテストがあったなど、普通の学校生活に関係することをたくささん書いた。

夏休みに入ると、前以上に彼女とよくチャットをした。
スマホのやりすぎで、親に注意されるほどたくさん。

【今日は家族で、旅行に行きます!楽しみだなぁ(*´∇`*)】

【海に行ったら、日焼けしました……。皮がめっちゃ剥けます。助けて下さい(涙)】

【課題が終わりません。そして眠いです。】

【暑すぎて夏バテになりそうです(´゚ω゚`)】

【今日はたくさん勉強しよう!と気合いを入れたはずが、気付けば何もせずに夕方になってました。】

何の変哲もない会話だが、私はこれが楽しかった。
思ったことを話せる人が、私はずっと欲しかったのだ。
私はV.Pさんの存在に感謝した。

青森県か……。
冬休みにでも行ってみようか。
そして、一度だけ彼女に会ってみたい。
彼女はどんな顔をしているのか、すごく気になったのだ。

しかし、その希望は新学期の朝に打ち砕かれたのだった。

13:ひまり hoge:2017/07/16(日) 19:09

休みが終わったため、階段を上る足取りは重い。
2年の教室がある2階の階段を上り終えた瞬間、私の足がぴたりと止まった。

「おはよう。笠原さん」

そこには、松下さんと西尾君がいた。
絡みのない私に挨拶をするなんて、珍しい。

「お、おはよう」

私は挨拶をした瞬間、二人が笑みを浮かべたのを見逃さなかった。
嫌な予感がした。
松下さんは私の方に歩み寄ると、静かにこう言った。

「夏休みは楽しかった?C.Kさん」

その瞬間、私はまるで時が止まったかのように、凍りついた。
額から冷や汗が流れる。
何故、そのことを彼女は知っているのだろうか。

「そうそう。私前にも言ったけど、海に行ったら日焼けしちゃって、皮がめちゃくちゃ剥けちゃったのよ。今は大丈夫だけどね」

その言葉で、私はすぐにわかった。
V.Pさんの正体は、松下さんだということを。
しかしそれなら、何故彼女のハンドルネームは【V.P】なのだろうか。
【松下里奈】なら【R.M】になるはずだ。
私の考えを見透かしたように、彼女は含み笑いで言う。

「VはVillageで【里】、PはPine treeで【松】って意味よ。あんたも馬鹿よねぇ。クラスで起こったことをリアルタイムで書き込むなんて。クラスメイトが見たら、すぐにバレるわよ」

……終わった。
全てが終わった。

14:ひまり hoge:2017/07/16(日) 22:10

呆然とする私に、さっきまで黙っていた西尾君がこう言った。

「意外だな。お前が友達の悪口をネットに書くなんて」

きっと、二人は紗代里にそのことを言うだろう。
そして、それを知った紗代里達は私をハブり、私は独りぼっちになる。
すると、自然と私がやったことはクラスに広まり、私の居場所は完全に無くなる。
完璧なシナリオが、私の頭の中で完成した。
しかし次の瞬間、彼が口にした言葉は意外なものだった。

「このことは、友村達には言わないでやるよ」

その言葉に、私は目を丸くした。
言わない……?
どういうこと?
一瞬、安堵しそうになったが、絶対何かあると直感した。

「その代わり」

西尾君のその声で、私の予感は的中したと感じた。
間を開ける彼の次の言葉を、私は固唾を呑みながら待ち構えた。

「俺らのグループに入ってくれよ」

「……え?」

再び、私は目を丸くした。
その条件はあまりにも簡単すぎて、腰が抜けそうだった。
西尾君や松下さんのグループは、私が所属する紗代里のグループ以上に優れた人達が集まるグループだった。
運動神経抜群な西尾君と誰もが振り返ってしまいそうになる美少女の松下さん、冷静な性格で明晰頭脳な大槻君、高身長で切れ長な目が特徴のイケメン系女子の名取さん。
そして、このメンバーに時々加わっているのが、私ともそこそこ仲の良い光貴だった。
彼とは男子の中では一番仲が良く、唯一名前で呼べる存在だ。
彼はよく西尾君達と一緒にいるが、いつもというわけではなく、別のグループの男子とお昼を食べたり、帰る姿を何度か目撃している。
容姿端麗で頭も良いが、何故温厚な性格の彼が西尾君や松下さんのような気の強い人達と一緒にいるのか、疑問に思ったこともあった。
それを言っちゃえば、あまり目立ちたがらない大槻君や優しい性格の名取さんもそうなるが。

15:ひまり hoge:2017/07/16(日) 23:03

「で?どうするんだ?」

西尾君の言葉で、私は今、グループに入るか入らずに居場所を失うか、選択を迫られているところだということを思い出した。
答えは決まっていた。

「うん。入る」

私の言葉を聞くと、松下さんは手を差し出した。

「よろしくね」

まるで私の答えを予想していたかのように、彼女は握手を求めてきた。
最初は戸惑ったが、私も彼女の方へ手を差し出すと、握手を交わした。
まるで、契約のように。



お昼を知らせるチャイムが鳴った。
私が四時間目の授業で使った教科書やノートを片付けようとした時、

「知花、お昼食べよう!」

いつものように、紗代里は私をお昼に誘ってきた。
私は首を縦に振ろうとした瞬間だった。

「ごめんね紗代里。知花は私達と食べるから」

突然、後ろから松下さんが声を発した。
下の名前で呼ばれたことよりも、お昼を彼女達と食べることになっていることに対しての驚きが大きかった。

「え、そうなの?」

目を丸くする紗代里。

「じゃあ、そういうことで」

松下さんは私の手を掴むと、引っ張った。

「あ……また今度食べよう!」

私は紗代里にそう言うと、松下さんが行こうとしているところへ視線を向けた。
予想はしていたが、そこには西尾君と名取さんがいた。
後ろから紗代里の声が聞こえてきたが、私はそれを無視した。

16:ひまり hoge:2017/07/17(月) 00:24

「あ、笠原さん。こっちこっち」

手招きをしてくれたのは、名取さんだった。
彼女は、抱えていたお弁当箱を机に置くように促した。

「あ、ありがとう」

名取さんは私がグループ入りすることを知っているのだろう。
しかし、彼女は私が紗代里達の悪口をネットに書いていたことなどは、知っているのだろうか。
彼女の口から聞きたかったが、聞く勇気などなく、私は黙って席に着いた時だった。

「あれ、何で笠原がここにいるんだ?」

突然、背後から誰かの声が聞こえてきた。
振り向くと、そこには右手に飲み物、左手に菓子パンを持っている光貴がいた。 
その後ろには、同じくコーラを片手に持った大槻君もいる。
二人は売店に行っていたのだろうか。
次の瞬間、私はふと気付いた。
光貴は私がグループ入りしたことを知らないと。

「あ……それは……えっと……」

どう説明すればいいかわからなかった。
【グループに入ることになった】と答えれば、その理由を聞いてくるのが、最も自然な流れだろう。
しかし、そうなれば私が紗代里達の悪口をネットに書き込んだことがバレてしまう。
仲の良い彼にそれがバレてしまうのは、避けたかった。
私が困惑していると、助け船を出してくれたのは松下さんだった。 

「あ、ごめんごめん。言うの忘れてたけど、私知花と仲良くなったんだ。グループ入れてもいいよね?」

語尾に力が込められているのは、明らかだった。
本当のことを彼に話さなかったのは、ありがたかったが。
しかし、そんな彼女に臆した様子も見せず、彼は、

「別にいいよ。笠原とは仲良いし」

と言うと、席に着いた。
彼のお陰で、心が少し軽くなったのは気のせいじゃないはずだ。
私はこれからの不安と微かな嬉しさを胸に、箸をつまんだ。

17:ひまり hoge:2017/07/18(火) 21:01

それから、私は松下さん達のグループと一緒にいることが多くなった。
お昼は毎日一緒に食べるようになったし、帰りも彼等と帰ることが日課になった。
最初は少し戸惑ったけど、名取さんや時々グループに加わる光貴は優しくしてくれたり、勉強が分からなくなった時は大槻君が丁寧に教えてくれたりした。
本人からの希望で、松下さんのことは里奈、名取さんのことは沙也と呼ぶようにもなった。
だけど、楽しかったのは最初だけだった。

西尾君と里奈が私の弱味を握っていることをいいことに、私にこき使い始めたのだ。
喉が渇けば飲み物を買いに行け、彼等の荷物が多いわけでもないのに鞄を持たせられるなど、やられることは大したことではないが、日に日にストレスが溜まった。
何度も逆らおうとしたが、きっとそうすれば私の秘密はバレてしまうだろう。
グループを抜けることなんて、もってのほかだ。

涼しい季節になった時のことだった。
9月の下旬、10月の上旬に一人ずつメンバーが増えたのだ。
一人目は萩野真帆。
比較的大人しい性格で、クラスでも地味なグループに属していた子だ。
二人目は江川莉子。
彼女は、表情豊かでパワフルな性格が特徴だ。
光貴のように特定のグループには属していないが、クラスの人気者で、先生からも慕われている。 

二人が入ってきた時、私は彼等が二人とたまたま仲が良くなったため、グループに入ってきたのだと思っていた。
特に江川さんは。
今考えると、なんて馬鹿馬鹿しい発想だと思うが。

二人が入ってからも、西尾君と里奈の私への扱いは変わらなかった。  
前より、エスカレートしてる気もした。

しかし、そろそろ限界が近付いてきたある日、転機が訪れた。
小倉君が転校してきたのだ。

18:ひまり hoge:2017/07/20(木) 20:59

「よろしくお願いします」

笑みを浮かべながら、小倉君は軽く頭を下げた。
彼は父親の転勤のため、隣の県から引っ越してきたらしい。
先生に促され、指定された席に移動していく小倉君をちらりと見る。
無造作な髪と整った顔立ちは、まるでテレビに出てるアイドルのようだった。
さっきから、周りの女子が騒がしいのもそのせいだろう。
ここまでの彼に関しては、格好いいなくらいの印象だった。
しかし、席に着こうとした瞬間、小倉君が発した一言で、私の思考は停止した。

「もしかして、お前……西尾か?」

中央の席に座っている西尾君を指しながら、彼は目を見開いて言った。
すると、さっきまで黙っていた西尾君も、目を丸くしながら口を開いた。

「え……?ていうことは、やっぱりお前……」

クラスメイトは、二人に視線を注ぐ。
話から察するに、二人は知り合いなのだろうか。 

「え!?本当か!?久しぶりだな!!」

嬉しそうな顔をする小倉君。
西尾君も、最初は驚いたような顔をしていたが、徐々に顔を綻ばせた。
今にも、二人が会話を始めようとした時、その二人に割って入ったのは沙也だった。

「はいはい。感動の再会もいいけど、これからHR始まるから後にしてね」

はーい、と返事をして席に着く二人。
私は視線を窓の外に移した。
先生は今日の授業変更や連絡などを言っているが、私の耳にそれらは入らなかった。
あの二人はどのような関係なのだろうか。
彼はどんな人なのだろうか。
そのことしか頭になかった。
第一印象は優しそうな人だったが、西尾君の知り合いともなると、不安がよぎる。
きっと、西尾君は小倉君をグループに入れるつもりだ。
もし、西尾君みたいに気が強いタイプなら、私のストレスはもっと溜まるかもしれない。
いや、情緒が不安定になっても可笑しくないだろう。
私は西尾君が彼を紹介するまで、その考えが脳内にこびりついて離れなかった。

19:ひまり hoge:2017/07/21(金) 13:03

里奈達とお昼を食べるのは完全に、日常と化していたが、今日は違った。
小倉君がグループに加わったからだ。

「小倉は、小学校の頃の友達だったんだよ」

そう言って西尾君はコーラをあおる。

「おい。【だった】だと、今は友達じゃないみたいだろ」

「悪い悪い」

不機嫌そうな顔をしながら言う小倉君と、それを適当に流す西尾君。
その二人の様子を見る限り、彼等はとても仲が良さそうだ。

「へぇ……そっかぁ。よろしくね!」

そう言って、彼に手を差し出したのは江川さんだった。
そんな彼女に対して、嬉しそうな笑顔を浮かべながら、応じる小倉君。
見たところ、悪い人ではなさそうだ。

「趣味は何?」

「テニスかな」

「得意科目は?」

「英語と古典。文系は大体得意だな」

「彼女いる?」

「いないよ」

ごく普通の質問と彼の回答を、私は右から左に聞き流す。
お弁当の中身が空になったことに気付くと、私は席から立ち上がり、自分の席に戻ろうとした。
その時だった。

「あ、そうだ。知花、麦茶買ってきて」

そう言って、里奈は私の手のひらに500円玉を置いた。
またか、と思ったが、私はそれを表情に表さなかった。

「わかった」

お弁当箱を自分の机の横に掛けてある鞄に入れると、500円玉を持って売店へ向かった。

20:ひまり hoge:2017/07/21(金) 14:40

小倉君が転校してきてから、1週間が経った。
彼はすっかりクラスに馴染み、私達のグループの一員として定着した。
しかしある日、それは崩壊へ向かった。

「笠原。これ先生に渡しといてくれ」

放課後を知らせるチャイムが鳴った時、西尾君は私に3枚のプリントを渡した。
内容からして、数学の先生に渡せばいいだろう。

「え?何か用事あるの?」

「特にねぇけど」

その言葉や偉そうな態度に、私は拳を握り締めながら、じっと彼を見た。
そんな私の様子が勘に触ったのか、西尾君は眉を寄せた。

「何だよ、その態度」

【ふざけるな】と、叫び散らしたいほど、私のストレスは溜まっていた。
これ以上、彼や里奈の言いなりになっていたら、可笑しくなりそうだった。
私は唇を噛み締めると、

「別に」

と素っ気なく彼に背を向けて、教室を出て行こうとしたその時だった。

「プリントくらい自分で出せに行けよ」

背後から声がした。
振り向くと、そこには小倉君がいた。
唖然とする私と西尾君とは反対に、いかにも機嫌が悪そうな顔をする小倉君。
彼は、私の秘密をきっと知らないから、そんなことが言えるのだろう。
沈黙が流れたが、それを破ったのは西尾君だった。

「は?別にいいだろ」

苛ついた様子を隠そうともしない声だった。

「いいわけない。お前と松下ってこの前から、笠原をこき使ってるだろ。友達……ましてや、女子にそんなことするなんて酷くないか?」

名前を呼ばれた里奈が、こちらをちらりと見る。
私は彼女から目を逸らした。

「いいや。俺のお陰で笠原だって、救われてるんだぞ」

今、西尾君が言ったのはきっと、私の秘密のことだ。
確かに、西尾君や里奈が口外しないお陰で、今もこうして教室にいられるのかもしれない。
しかし、当然そのことを知らない小倉君は、納得いかないような顔をした。

「も、もう私のことはいいから」

私は険悪な二人の空気を和らげようと声を出したが、小倉君はそれを無視した。

「だからって、こきを使うのは可笑しいだろ。笠原の気持ちも考えろよ」

「うるせぇな!事情も知らない奴に、偉そうに言われたくねぇよ!」

西尾の怒声と机を叩く音が教室に響く。
さっきまで会話していたクラスメイト達は、一斉に黙り込み、こちらの様子をちらちら見ている。 
皆の視線が自分達に注がれてることが恥ずかしくて、気分が悪くて、怖く、私はとうとう教室から勢いよく出て行ってしまった。

21:ひまり hoge:2017/07/21(金) 19:17

どれくらい走っただろう。
息を切らしながら、私は廊下の柱に寄りかかった。

「なんなの……小倉君」

ぽつりと呟いた。
その言葉には、自分を庇ってくれた嬉しさというよりは、呆れが強かった。
いくら事情を知らないとはいえ、西尾君と友達だった彼なら、西尾君の性格は熟知してるはずだ。
なのに、彼にあのような態度や言い方をした小倉君に、呆れてしまった。

「……あれ?」

私の中に、一つの違和感が芽生えた。
昔から西尾君があのような性格なら、今のように仲が悪いはずだ。
しかし、小倉君が転校してきた日は、二人ともとても仲が良さそうだった。
私は目を閉じながら、考えを巡らせる。
そこから、導き出せる答えは___

「笠原!」

「知花!」

声がした方に振り返ると、そこには小倉君と紗代里がいた。
二人とも、呼吸が荒かった。
走ってきたのだろうか。
しかしそれよりも、私は紗代里がいることに驚いた。
最近では紗代里とはほとんど話していない。
私が里奈達のグループに入ってしまったため、向こうも距離を置いていた。 
しかし、何故……?

「知花、大丈夫!?」

「あ……」

私の肩を掴みながら、真剣な顔をする紗代里。
そんな彼女の目を、私は逸らした。

「知花。なんか最近、可笑しいよ。里奈や西尾君のグループに入ったり、二人にこき使われてたり……」

「それは……」

話したかったが、私はなかなか口に出せなかった。
口に出してしまえば、自然と私が紗代里の悪口をネットに書き込んでいたことがバレてしまう。
私は俯きながら、力なく答えた。

「……何でもないの。私はただ、本当に里奈達と仲良くなっただけで、こき使われてなんかないの」

苦しすぎる言い訳だった。
当然、二人は「はい、そうですね」と納得しなかった。
すると突然、紗代里が、

「あ!ヤバい!」

と声を荒げた。

「今日塾あるんだった!遅れる!」

そういえば、紗代里は毎週火曜日は塾だったな、と思い返した。
鞄を取りに行くため、紗代里は走って教室へ行こうとした。
しかし、その前に彼女は私の顔を見ながら、

「心配事があったら絶対言ってね。知花を傷付ける奴は、誰だろうとぶん殴るから!」

そう言って、教室へ走って行った。
廊下に残されたのは、私と小倉君だけとなった。

22:ひまり hoge:2017/07/22(土) 13:11

「……本当に、何があったんだ?笠原」

真剣な眼差しで私を見つめる小倉君。
私は唇をぎゅっと噛み締めた。

この1週間で、小倉君がすごく優しくて良い人だということはわかった。
しかし、まだ会って数日しか経ってない人に事情をぺらぺら喋ることに、私は躊躇いを感じた。
彼のことを全く信じていない訳ではないが……。

「本当に何でもないの……そっとさせて」

その言葉を最後に、私は逃げるように走った。
目的地はないが、とにかく一人になれる場所を探し求めた。

この時、彼に正直に話してれば、こんな結末にはならなかったのかもしれない。
いや、もはやこれは逃れられない運命だったかもしれない。

もう、今更後悔したって遅いんだ___




「なあ、最近小倉調子乗ってないか?」

23:ひまり hoge:2017/07/22(土) 18:04

「え?」

あの日から、2週間経ったとある放課後のことだった。
小倉君を除いたいつものメンバーで教室で談笑していたが、その声は西尾君の言葉で、静まり返った。
あの日以来、西尾が小倉君に対してあまり良く思ってないことは明らかだった。
会話どころか、目すら合わせようともしない二人に、私達は見て見ぬふりをしていたが、それも限界だったようだ。

「調子乗ってる、ねぇ……まあ、最近も何も、私はもともと小倉君のこと気に食わなかったけどね」

里奈の言葉に、私は思わず目を見開いた。
里奈と小倉君は二人で話すことは少なかったが、お互いとても楽しそうに話していたのに。

「ちょっと待ってよ!里奈と小倉って仲良さそうだったよね?何で?」

私の考えを代弁してくれたのは、江川さんだった。
彼女の表情は、戸惑いに満ちている。
里奈は彼女をまるで鼻で笑うかのように、答えた。

「はぁ……馬鹿じゃないの?表では楽しそうにしてたけど、裏では小倉君のことを嫌ってたんだからね。そんなことも分からないわけ?」

「うるさいなぁ!馬鹿って言った方が馬鹿なんですけど〜」

「まあまあ、落ち着いて」

里奈と江川さんの間に割って入ったのは、沙也だった。

「大体、西尾と里奈が小倉君のことを気に食わないのは、わかったけど、何がしたいの」

沙也はそう言ったが、なんとなく全員がその答えをわかってるような気がした。
西尾君がゆっくりと口を開いた。

「何って、いじめるに決まってんだろ」

予想通りの答えに、私の額から嫌な汗が流れた。
私達に沈黙が流れたが、数秒後、それを破ったのは江川さんだった。

「……はぁ?」

彼女の表情や口調から、西尾君に対する嫌悪感が感じられた。

「何だよ」

「いくら気に食わないからって、流石にそれは無くない?幼稚かよ」

私は心から、彼女を応援した。
きっと、それは私だけではないはず。
ちらりと、萩野さんと光貴の様子を見る。
二人とも口には出してないが、江川さんに期待を込めたような視線を送っていた。

「……何よ。嫌な奴を排除して、何が悪いわけ?とにかく、私と西尾で決めたの。彼奴を徹底的に痛めつけるってね。文句ないよね?」

里奈の視線は、大槻君と沙也に向けられた。

「……別に」

「……ちょっと待ってよ。いじめなんて……」

沙也が困惑したような表情を浮かべながら、そう言った時、彼女の声は西尾君によってかき消された。

「異議ある奴」

短いが威圧されたその言葉に、声を上げる者などいなかった。
満足そうな顔をする西尾君と里奈。
反対に、暗い表情をする私達。
しかし、江川さんだけはまだ、その瞳に希望を残していたことを、私はまだ知らなかった。

24:ひまり hoge:2017/07/24(月) 20:00

「あとは皆の知ってる通り、小倉君をいじめて、その後誰かに殺された……って感じかな」


この出来事を笠原の視点で、上手く描くことが出来た。

25:ひまり hoge:2017/07/24(月) 21:14

外ではまだ、豪雨と雷が続いている。
しかし、誰もが笠原の話に神経を集中させていたため、雷の轟音で驚く者などいなかった。
全員が彼女の話を頭の中で整理しているのか、沈黙が流れる。
しかし、しばらくすると、誰かが呟くように言った。

「ちょっと待って……」

この声は江川だ。

「何か、可笑しい気がする……」

「どういうこと?」

松下は彼女に訊くと、

「話自体は特に可笑しくないんだけど、なんか……違和感がある。わからない?光貴」

と、俺に話を振った。

「別に、どこも変じゃない気がするけどなぁ」

本当に、違和感は何も感じなかった。
彼女が友村のグループに属していたことも、西尾や松下から嫌なことをされてたことも、真実だ。
笠原が友村達の悪口をネットに書き込んでいたことは、かなり意外だったが。

「でも、わざわざ自分がこのグループに入った経緯まで言う必要はなかったんじゃねぇのか?」

いつもより低い西尾の声。
自分や松下のことを俺達に明かされたのを、良く思っていないのだろう。

「確かに、それは関係ないと思う。だけど、仮に私達の中に犯人がいるとしたら、動機は予測しにくい。だから、小さなことでもいいから、皆に情報を伝えた方が犯人の意図や手掛かりを掴めるかもしれないでしょ?それに……」

「それに?」

松下が復唱する。

「これまでのことを、自分一人で抱え込むのがもう嫌だったの。もうこの機会に、後先考えずにすべてを話してしまおうと思ったの。あの時、小倉君に話した方が一番良かったのかもしれないけど」

笠原は、自嘲するような溜め息をつきながら、そう言った。

「……じゃあ、次は誰が話す?」

タイミングを見計らったのか、大槻がそう言った。
その時だった。

「なんか……息が……苦し……い」

笠原の弱々しい声が聞こえた。

「大丈夫?」

「窓開けようか?」

萩野と江川の声が聞こえる中、苦しそうに咳き込む笠原。
段々、彼女の様子が心配になってきた。

「……息が……でき……な……」

一言一言言うのも一苦労な様子の彼女の声に、俺達の不安はさらに強まった。

「ちょ、何で息が出来ないんだよ?」

「わか……ん……ない」

「もういいよ!無理して喋らなくていいから!」

「一旦、教室の電気付けるよ!」

名取の声とともに、彼女が机から立ち上がる音がした。
しばらくすると、彼女はカチッとスイッチを押したが、電気は付かなく、陰気な雰囲気を纏った教室のままだった。

「何で電気が付かないの!?」

苛々した雰囲気の彼女の声と、やけになって連続でスイッチを入れているのか、カチカチという音が聞こえた。
もしかしたら、雷のせいで停電になったのかもしれない。
すると、俺はさっき大槻が机に懐中電灯を置いていたことを思い出した。

「大丈夫だ!懐中電灯があるぞ」

俺は手探りでそれを探すと、それらしき物に手が触れた。
それを掴みスイッチを押す。
しかし、明かりが付くことはなかった。

「何で付かないんだ!?電池が切れてるのか!?」

「いや、今日替えたばかりのはずなんだけど」

持ち主の大槻が答える。
何でなんだ……。

「ちょっと!知花、大丈夫!?意識ある!?」

松下の声とともに、頬を軽く叩く音が聞こえた。
彼女の声に応じる笠原の声は、一切聞こえない。

意識不明の笠原と、付かない電気。
突然の出来事に、誰もがパニックとなった。

26:ひまり hoge:2017/07/24(月) 23:02

「そうだ。救急車……!」

萩野のその言葉に、ハッとなった。
何で、すぐにそうしようという発想に至らなかったのか、自分達を不思議に思ったが、このような非常事態ならば、仕方ないことなのかもしれない。
萩野がスマホを手にすると、電源を入れようとしたが、一向に付く様子はない。

「何で……」

力ない萩野の声。
スマホで救急車を呼べないのなら……。

「俺、公衆電話探してくる!」

確か、職員室の近くに公衆電話があったはずだ。
それを使えば、救急車を呼ぶことが出来るだろう。

「光貴!?」

江川の驚いたような声を無視して、俺は勢いよく教室の扉を開けた……はずだった。
俺の目が点になった。
目の前の扉は、いくら力を込めても開くことはなかったのだ。
もう一度、力を入れて開けようとしたが、やはりそれはびくともしない。

「どうして……」

この扉は鍵を掛けられないようになっている。
俺は目を軽く閉じた。

笠原が原因不明の呼吸困難。
明かりが付かない電気と懐中電灯。
電源が付かないスマホ。
開かない扉。

まるでこれでは、笠原を助けさせないために、誰かが仕組んだようだ。
いや、笠原をこのような状態にするのは過程の中で、本当は別の目的があるのかもしれない。
どちらにしろ、誰かが意図的に仕組んだことだと考えた方が自然だ。

「私達、閉じ込められたってこと……?」

萩野が不安そうに呟く。
そうだ。 
扉が開かないとなると、俺達はここから出られない。
完全に教室に閉じ込められてしまったようだ。

「それよりも、今は知花を助ける方が最優先だよ!」

名取の声が教室に響く。

「里奈、なんとかならない?」

名取は、松下にそう訊ねた。
松下の親は医者で、本人も多少の心得はあるらしい。
こんな状況の時、頼もしい存在だと思ったが、

「……こんな暗いところじゃ、危ないから心臓マッサージも出来ないわ」

彼女は観念したような声で、そう言った。
すると、松下は椅子に座っている笠原の胸に手を当てる。

「う、嘘……」

彼女の驚愕したような声色に、嫌な予感がした。

「どうしたんだ……?」

しばらく黙っていた西尾の声。

「……動いてない」

「え?」

「心臓が動いてない……脈も……」

力ない松下の声に、衝撃が走った。
笠原が……死んだ?
信じたくはなかったが、松下が嘘をついてるようにも感じられない。

「何かが可笑しい」

誰かがそう呟いた。
この声は、大槻だ。

「だよね……さっきまで普通に話してたのに、いきなり呼吸が出来なくなって死ぬなんて……」

「いや、そこじゃない。それに、死に至るのは別として、突然呼吸が苦しくなるのは有り得ないことじゃないしね。俺が言いたいのは、電気とかスマホとか懐中電灯が付かなかったり、扉が開かないことだよ。電気は停電、スマホは充電切れって可能性があるけど、電池を替えたばかりの懐中電灯や扉は絶対に可笑しい。まるで、誰かが笠原を助けさせない……死んでもらうために、仕組んだみたいなんだよ」

やはり俺と同じ考えの人はいたようだ。

 

27:ひまり hoge:2017/07/25(火) 19:49

「……そんなの、酷すぎるよ。何が目的でこんなこと……」

泣いているのだろうか。
萩野のその声は、涙混じりだった。
再び、大槻が声を上げる。

「そこなんだよ。誰がっていうのも気になるけど、何が目的でこんなことをしたのか、ってのが重要な気がする。ただ……」

「ただ?」

松下の声。

「それだと矛盾してるところがあるんだよ。仮に、これは誰かが意図的に仕組んだことだとする。そいつは笠原を助けさせないために色々仕掛けるとするよ?でも、よく考えてみて。笠原が死ぬことは誰も予測出来なかった。勿論、仕掛けた奴も。だったら、そいつの行動は別のことが目的だったと言った方が正しいんじゃないかな」

彼は一度溜め息をつくと、再び口を開いた。

「でも1つだけ、笠原を殺すために仕組んだって言っても、可笑しくない説もあるよ」

「何なんだよ……」

苛立ちが募ったような西尾の声。

「毒だよ」

「毒?」

俺は訝しげに訊く。

「そう。誰かが笠原に毒を仕込んだ食べ物や飲み物を体内に入れさせて、殺したって可能性がある」

俺は、犯人探しをする前後の彼女の様子を思い出す。
彼女は誰かから、飲み物や食べ物を受け取ったり、持参してるような様子はなかった。

「だとすると、一体いつ毒を摂取したんだ?」

俺は独り言のように呟く。

「わからない。でも、皆でここに集まる前に、誰かが毒を摂取させたと思う。勿論、効くのが遅くなる毒でね。まあ、これはあくまで俺の考えだけど。死因が毒死だとは限らないし、本当に突然呼吸困難になった可能性もある」

彼がそこまで言うと、沈黙が流れた。
大槻の考えを聞く限り、俺は毒殺の説が有力なような気がした。
そもそも、仮に仕組んだ奴が笠原を殺す気は全くなかったとしても、偶然いくつかの仕掛けが原因で笠原を助けることが出来なかったと考えるのは難しい。
それに、笠原を殺す以外に目的が考えられないのだ。
電気、懐中電灯、スマホが使えなく、閉じ込められた環境で一晩過ごしても、翌日になれば先生が来る。
すぐにその環境から解放されてしまうのだ。
それだと、その行動は全く無意味だ。
ならば、人を殺すために、このような状態にさせた方が正しい考えな気がする。
そうなると、誰が何故彼女を殺したのか、ということになるが。
一瞬、彼の顔が脳裏に浮かんだ。
しかし、俺はその考えをかき消すように、首をブンブンと振る。
……彼奴はもう死んだんだ。笠原を殺すなんて、有り得ない。
俺の額から嫌な汗が流れ、それをタオルで拭くと、名取が不安そうな声で言った。

「毒殺とか目的とかもいいけど、これからどうするの?私達、閉じ込められたままなんだけど……」

28:かわた◆P2 hoge:2017/07/25(火) 20:22

ひまりの小説面白い。

29:ひまり hoge:2017/07/25(火) 21:28

>>28
ありがとうございます!

30:ひまり hoge:2017/07/25(火) 22:16

彼女の言葉で、一気に今の現状を突きつけられた。
このままだと、朝までこの教室から出られないだろう。
そのこと自体は、別に苦痛ではない。
確かに、笠原の遺体とともに一晩過ごすことは、精神的に辛いかもしれないが、あくま朝までだ。
食事や水やトイレなどは我慢すればいいし、眠くなったら机に突っ伏せば眠れるだろう。
しかし、1つだけ不安がある。
萩野を除いて、俺達は今スマホを持っていないため、この現状を家族に知らせたり、助けを求めることは出来ない。
萩野のスマホも電源が付かない状態だ。
俺達は親に「友達の家に行ってくる」「塾が終わるのが遅くなる」「図書館で勉強してくる」など、何かしら言い訳を用意していたため、学校にいるなんて家族は想定していない。
このままでは、家族に心配され、最悪警察に通報されるだろう。
そうなれば、何故夜の学校にいたのか、何をしていたかのか、訊いてくる。
笠原が死んでしまったため、ただ事ではないと思われるのが当然だ。
下手に嘘をつくことは出来ない。
しかし【犯人探しをしていた】とは、とても言えない。
そうなれば、俺達が彼をいじめていたことが明かされ、この学校にいられなくなってしまうだろう。
それこそ、家族に迷惑がかかる。
俺はしばらく目を閉じながら、考えを巡らせていると、1つの結論にたどり着いた。

31:ひまり hoge:2017/07/26(水) 08:16

「……皆、力づくで扉を開けよう」

「……え?」

「な、何で?もういっそ、朝まで待てばいいじゃん」

俺の言葉に、驚いたような声を上げる萩野と江川。
無理もない。
朝までここで待機してればいいのに、わざわざ扉を開けようなんて言ったのだから。

「でもな、それだと後で大変なことになるかもしれないんだ。このままだと、家族が心配して警察に通報する可能性がある。そうなれば、きっと家族は夜の学校に8人もいた理由を訊いてくるだろうな。そしたら、俺達が……今までやったことがバレて、最悪この学校にいられなくなる。それでもいいのか?」

その言葉に、ハッとしたのか、沈黙が流れた。
すると、それを破ったのは松下だった。

「……もし訊いてきたなら、嘘をつけばいいんじゃないの?【胆試しをしてた】とか」

「いや、それは無理だ。だって、笠原が死んでるんだ。家族からも警察からも、ただ事じゃないと思われると思う。それだと、すぐに嘘を見破られるよ」

「……そうね」

力ない松下の返事。

「とにかく、今はここから出るしかないんだ」

そう言って俺は立ち上がり、手探りで扉を探した。
それらしきものに手が触れると、俺はそれを開けようと、力を込めた。
その瞬間だった。 
全身に電流のようなものが走った。

「うわあああぁぁぁ!!」

すぐさま扉から手を離すと、俺はその場に倒れた。
電流のようなものはもう感じなかったが、それでも俺はなかなか立ち上がることが出来なかった。

「光貴!?」

「大丈夫か!?」

席から立ち上がったのか、誰かが俺の身体を起こしてくれた。
それと同時に、身体も段々落ち着いてきた。

「何があったんだ?」

すぐそばで、大槻の声が聞こえてきた。
起こしてくれたのは大槻なのだろうか。

「それが……扉を開けようとしたら、突然身体が感電したみたいにビリビリして……離したら感じなくなったけど」

「……じゃあ、扉を開けようとすることすら出来ないの?」

江川の焦ったような声。
すると、誰かが席から立ち上がった音がした。

「いや、まだチャンスはあるだろ。後ろの方の扉だ」

そう言ったのは、西尾だった。
さっき俺が開こうとしたのは教室の前方の扉で、西尾は後ろの扉を開けるつもりだ。
だけど、嫌な予感しかしなかった。
西尾の足音がどんどん離れていく。

「も、もうやめなよ西尾!絶対これは誰かが仕組んでるよ!扉に触るとビリビリするなんて、可笑しいから!多分、皆をここから出さないようにしてるんだよ!だから、後ろの扉だって……」

江川がそう言いかけたその時だった。
思わず耳を塞ぎたくなるような西尾の悲鳴が、教室に響いた。

32:ひまり hoge:2017/07/27(木) 18:38

「西尾!?」

「だから言ったじゃん!」

驚いたような声を上げる松下と呆れた様子の江川。
やはり西尾も、俺と同じようなことになった。
床に尻餅をついた状態の彼を江川が起こすと、

「何なんだよ……これじゃ、無理矢理扉をこじ開けることすら出来ねぇよ……」

と悔しそうな声で西尾は言った。
これはもう、誰かが仕組んだこととしか言いようがない。
しかし、一体誰が何のために、こんなことをしたのだろうか。
笠原を恨んでいる?
いや、それなら笠原が一人の時に彼女に危害を加えるだろう。
だとすると、俺達8人に恨みを抱いているのだろうか。
頭の中で必死に物事を整理していると、重要なことに気付いた。
俺達は大事なことを忘れていたのだ。
俺は席に着くと、口を開いた。

「皆も思ったかもしれないけど、もうこれは絶対誰かが仕組んでる」

「うん。私もそう思う」

「それ以外考えらんないよ」

俺の言葉に、賛同する萩野と江川。
西尾達は反応を示さないが、否定する様子はない。

「もうここは、仕組んだ奴を見つけるしかないと思うんだ」

「でも、教室には私達以外いないんだよ?仕組んだ人はきっと廊下とか別の教室……それか、もう帰ったかもしれないし。どちらにしろ、見つけるなんて不可能だよ。私達は教室から出られないんだから」

萩野の声に、俺は間を開けて答える。

「……仕組んだ奴なら、ここにいるだろ?」

その言葉に、皆は一瞬唖然としたが、俺が言ったことをすぐに理解出来たようだ。

「ここにいる……ってまさか、俺達に中に?」

驚きを隠せない大槻の声に、俺は頷きながら答えた。

「そうだよ」

「そんなの、有り得ないわよ!何で私達の中に……大体、何でそんなこと思ったのよ」

信じられないという雰囲気の松下。

「俺だって、そんなの思いたくもなかった。だけど、俺達は1つ重要なことを見落としていたんだ」

「重要なこと?」

名取が言う。 
 
「大槻が【犯人探し】を企画した時、教室には俺達しかいなかった。だから、【犯人探し】をすることは俺達しか知らないはずだ」

「でも、誰かがこっそり聞いていた可能性もあるわよ?」

松下の意見に、俺は首を横に振りながら言った。

「でも、日にちや場所は俺達8人のLINEグループで決めたから、グループ以外の奴が、俺達が今日夜の学校にいることを知らないんだ」

そこまで言うと、大槻が口を開いた。

「へぇ……なんか段々複雑になってきたね」

「……他人事みたいに言わないでよ」

苛々した様子を隠そうともしない松下の声。

「ごめんごめん。だけどさ、俺思ったんだ。もしかしたら、小倉を殺した事件と何か関連性はないかな、って。例えば、俺達を教室に閉じ込めた奴が、小倉を殺した犯人と同一人物とか」

33:ひまり hoge:2017/07/27(木) 21:02

「同一人物……?」

真っ先に反応を示したのは、江川だった。

「そう、同一人物。大体、よく考えてみて。小倉は誰かに殺されたんだよ。自ら命を絶ったわけじゃない」

俺は時々、小倉は誰かに殺されたのではなく、自殺したと思い込むことがあった。
勿論、すぐに本当のことを思い出すが。
しかし、小倉が亡くなったことを知った時、俺は最初は自殺だと思ったので、他殺と聞いた時はすごく驚いた。
そう思ったのは、俺だけじゃないはずだ。

「殺された小倉は、もともとこのグループだった。そして、今度は俺達を狙っている。その犯人は俺達の中に……」

俺は独り言のようにぽつりと呟く。
大槻の同一犯説はまさかとは思ったが、段々納得していく自分がいた。
最初に狙われたのが小倉。
そして、その数日後に笠原が突然死し、俺達は教室に閉じ込められるという不可思議な状況に陥る。
彼と俺達の共通点は、このグループの一員であることだ。
小倉の場合は、過去形だが。
もしかしたら、犯人は小倉を含めた俺達のグループ全員を殺すつもりなのだろうか。
となると、俺達は……。

「……殺される」

同じことを考えているのか、萩野がそう呟いた。
 
「殺される?」

彼女の言葉に、素早く反応したのが名取だった。 

「うん。同一犯だとしたら……小倉君に笠原さん、そして今度は私達の中から誰かが……」

「俺も今、同じことを思ったんだ。小倉と俺達の共通点は、このグループのメンバーの一人であること。小倉は【だった】という形になるけどな」

俺がそう言うと、今度は西尾が口を開く。

「だけど、それだと犯人は何を考えてんだよ。いじめていた小倉と同じグループの俺達両方を殺すなんて……」

「狂った人間の考えてることなんてわからないわよ」

松下の呆れたような声。

「ちょっと待ってよ!皆本当に、二人を殺したのがこの中にいると思ってるの!?」

江川は慌てたような声でそう言った。

「だってなぁ……俺達が今ここにいることは、俺達しか知らないんだろ?」

「逆にグループ以外の人間が二人を殺したとも考えにくいしね」

西尾と大槻の言葉に、無言になる江川。
俺は軽く目を閉じながら、皆の意見に耳を澄ませる。
本当に、この中に……?

34:ひまり hoge:2017/07/27(木) 22:06

自分から言い出したことだが、俺は正直この中に犯人がいるなんて考えたくない。
しかし、大槻が言ったように、グループ以外の奴が殺したとも考えにくい。
疑心暗鬼にはなりたくないが、どうしてもこの中に犯人がいるという気持ちが消えない。

「もうさぁ、いっそ話し合い続けない?」

「え?」

突然の大槻の意見に、全員が目を丸くした。

「どうせこの教室から出られないのなら、俺達で探そうよ。狂った殺人犯を」

「探してどうするのよ?」

「それは見つかってからだよ。このままだと、俺達は全員死ぬかもしれない」

「死ぬって……笠原みたいに?」

俺は恐る恐るそう質問した。
もし彼女が毒死だった場合、俺達も同じように気付かないうちに、毒を摂取してる可能性がある。
そしたらもう、手遅れだ。

「わからない。まず、笠原の死因すらハッキリしてないからな」

すると、松下が溜め息混じりの声で言った。

「そうねぇ……この暗闇じゃ、仮に誰かがナイフで襲ってきても、誰だかわからない。誰かさんが言った【暗くした方が良い】ってこういう意味だったのかな」

彼女の言葉には、明らかに棘があった。
その言葉に、

「……まさか、俺を疑ってるつもり?」

と、低い声で返す大槻。

「別に、大槻だけじゃない。犯人が私達の中にいるってわかってから、私はここにいる全員を疑ってる」

松下の言葉に、俺は愕然とした。
疑うのも仕方ないかもしれないが、そんな風にはなって欲しくなかった。

「でも、犯人がこの中にいるって確定したわけじゃないでしょ?」

名取が言う。

「でも、犯人はこの中にいるとしか考えられないのよ」

「だからって疑うのは……」

「うるさいわね、沙也。もしこの中に犯人がして私が殺されたら、どうしてくれるのよ」

苛立った松下の口調に、それ以上は何も言おうとしない名取。

「……私は大槻君の意見に賛成かな」

険悪な空気の中、おずおずとそう言い出した萩野。

「萩野も、この中に犯人がいると思ってるのか?」

そう思うと、なんだか悲しくなった。
しかし、彼女は、

「全く思ってないと言ったら、嘘になるけど、私は皆を疑いたくない。でも、このままじゃ埒が明かないよ。それなら、私はこのまま一人一人が、小倉君に関する話を皆に話した方が良い気がする。どうせ、ここから出られないし」

と言った。

萩野の言葉に、反対する者はいなかった。
一人一人が話すので時間はかかるが、それが一番適切な気がしたからだ。
不謹慎かもしれないが、なんとなく俺は安心してしまった。

「……じゃあ、私から話してもいい?」

遠慮がちにそう言ったのは、意外にも名取だった。
反対する理由もないので、皆が彼女の次の言葉を待つ。
俺は笠原の時のように、目を閉じた。
そして、想像をする。
彼女がこれから話す出来事を___

35:ひまり hoge:2017/07/28(金) 18:29

私は昔からよく、「カッコいいね」とか「イケメン系女子」など、友達から言われていた。
最初はあまりよくわからなかったが、女子なのに173pもある身長や声が低めということで、そう呼ばれていることを理解した。
女子としては、正直複雑な心境だが。
そのせいか、私は高校が決まると同時に短くしていた髪を伸ばすことにした。
入学した時は、まだ肩につくくらいの長さだったが、その髪を褒めてくれたのが里奈だった。
私と里奈はすぐに仲良くなり、彼女の幼馴染みである大槻とも交流を深めることが出来た。
そして、その彼と仲の良い西尾とも。
いつしか、3人と行動することが多くなったが、私はまだこれから起こることなど、全く知らなかった。





「ねえ、沙也。最近、彼奴ウザくない?」

「え?」

里奈がそう言い出したのは、入学式から1ヶ月ほど経ったある日の放課後だった。
教室には私と里奈以外、誰もいないため、私は彼女の言葉について、普段の声で質問する。

「ウザいって……あと、彼奴って誰?」

すると、里奈は、

「江川莉子」

と、溜め息をこぼしながら言った。
江川さんは、少し空気が読めないところがあるが、天真爛漫でとてもパワフルな子だ。
そんな彼女に、一体何の不満があるのだろうか。

「江川さんがどうかしたの?」

「彼奴、調子乗ってない?でしゃばりすぎでしょ」

私はその言葉を聞いて、何故かショックを受けた。
里奈は当初、すごく気が利いて優しい子だった。
しかし、こんな風に誰かの悪口を言ってるところを見て、【そんな子だったんだな】と、呆れと悲しみが混じりあった気持ちになった。
そんな私とは正反対に、悪口を続ける里奈。

「私より成績も外見も劣っているくせに、クラスの人気者なんて、絶対可笑しいわよ。沙也もそう思うよね?」

私に同意を求める彼女の目は、言葉に表せないくらいの迫力がある。
私は思わず、鳥肌が立った。

36:ひまり hoge:2017/07/29(土) 21:19

「ちょっとさぁ……江川、シメちゃう?」

彼女は冗談のつもりで言っているようだが、私にはそう聞こえなかった。
額から嫌な汗が流れる。

「や、やめなよ。里奈……怖いよ。どうしちゃったの」

里奈は気が強いところがあったが、こんな風に誰かを嫌悪するようなところは初めて見た。
里奈はじっと私を、見据えると、

「冗談よ。てか、怖いって言われてもねぇ……これが常識だし」

と、溜め息をつきながら言った。

「常識って……」

「人間として常識よ。誰かが上に立って、その下では誰かが苦しんでいるの。スクールカーストってやつね。そして、私達四人はその上位かな」

微笑みながら話す里奈の目は、笑ってなかった。
スクールカーストというのは、何度か聞いたことがある。
しかし、中学の頃はあからさまに目立った上位や下位というのは、見たことがなかった。
私や里奈達は上位……。
確かに里奈や西尾は発言力は強いし、スペックも高い。
だが、私や大槻を含めたこのグループが、カーストの上位だということを、一度も意識したことがなかった。
そもそも、このクラスにカーストがあること自体、私は知らない。
自分の鈍感さに、呆れてしまった。

「じゃあ、江川さんはどうなの?そのカーストの上位、下位とやらは」

「江川は上位だと思う。グループは定着してないけど、人気はあるし」

自分から言っておいて、悔しそうな顔をする里奈だが、次第にその唇が吊り上がる。

「でも、ちょっとした出来事で下位に落ちることだってある。上位に行くことは難しいけど、下位に落ちるのはすごく簡単なの」

彼女の一言一言が、私に嫌な現実を突きつける。
これが里奈の思い込みであることを願うしかなかった。

37:ひまり hoge:2017/07/30(日) 13:09

そして、それから約1年が経った。
この1年間は、特に目立った問題はなかったが、初めてカーストというものを実感した気がする。
里奈のようなリーダー的な存在の人達と、比較的大人しい人達には、見えない壁がある。
そして、その壁を壊すことは不可能に近い。
壁を壊そうとすれば、皆から異端者と見なされ、蔑まれる。
文字には書かれていないルールが、教室には存在していたのだ。

「あぁ……桜餅食べてぇ」

ぽつりと隣の席から声が聞こえてきた。
そう呟いたのは、江川さんだ。
彼女は、窓の外の綺麗に咲き誇る桜を眺めていた。
彼女の声で、今は授業中だということを思い出す。
私はシャーペンを握り直して、黒板に視線を向けたが集中出来ず、江川さんをちらりと見る。
結局、彼女は里奈から標的にされることはなかった。
そのことでホッとしたのもつかの間、2年に進級しても、私達四人と江川さんは同じクラスだった。
いつ彼女が里奈から反感を買われて、嫌がらせされるかわからないと思うと、ヒヤヒヤした。
ただ、少し去年とは変わったところがある。
私達のグループに、光貴が加わったのだ。
西尾と仲良くなったのがきっかけらしい。
私は基本男子を名字で呼んでいるが、彼からは「名前で呼んで」と言われたので、光貴と呼んでいる。
ただ、江川さんみたいに色んなグループと仲が良いので、確実にこのグループに定着したわけではないが。

そこまでは、良かった。
良かったのに。
あの日……。
知花がこのグループに加わった日から、変化が訪れた。

38:ひまり hoge:2017/07/30(日) 13:50

いたって普通の光景だった。
友達とわいわい談笑しながら、教室でお昼を食べる。
端から見れば、異常ではないだろう。
しかし、今日は少し違っていた。
いつもは友村さん達と一緒にいる笠原知花が、私達のグループに混じり、お昼を食べているのだから。

「私、知花と仲良くなったんだ。グループに入れてもいいよね?」

今朝、突然言われた里奈の言葉を、思い出す。
西尾は知っていたようだが、何も知らない私と大槻は目を丸くした。
笠原さんは比較的大人しく、容姿や成績も良くも悪くもない、地味な子だ。
そんな笠原さんと里奈が仲良くなる接点など、あるのだろうか。
私は不思議で仕方なかったが、詮索はしなかった。
そうすれば、面倒な事態を引き起こすかもしれないからだ。
しかし、笠原さんに対して不思議な気持ちを抱いているのも、最初だけだった。
笠原さんは大人しい性格だが、良い人だということがわかった。
優しくて気配りが出来るし、困ったことがあれば、いつも助けてくれた。
そんな彼女ともっと関わりたいと思い、彼女に「名前で呼んで」と頼んだ。
最初は戸惑いの様子を見せていた彼女は、徐々にこのグループに馴染んでいった。

しかし、里奈と西尾が知花をパシるようになったのだ。
知花は嫌な顔一つせず、彼等の言いなりになっているが、私は彼女を助けたかった。
でも、私はそれが出来なかった。
いくら付き合いが長いとはいえ、知花を庇えば、今度は自分が標的にされかねない。
それが怖かった。
そして、そんな自分が嫌いになった。

そんなある日、二人のクラスメイトがこのグループに入った。
一人目は、萩野真帆。
知花と同じく、大人しくて地味な雰囲気の子だ。
里奈曰く、彼女とも仲良くなったため、このグループに入れたらしい。
しかし、二人目の人物には、流石に驚きを隠せなかった。
何故なら、それは里奈が嫌っていた江川さんだったのだから。
私は里奈に、何故彼女をグループに入れたのか、訊いた。
しかし、返ってきた答えは「気まぐれ」だった。
それで納得するわけがなかった。
私は江川さんにも入った理由を訊いたが、「なんか楽しそうだから」と言われた。

段々、よくわからなくなってきた。
このグループが。
この中に、嘘が混じっていることは、なんとなくわかった。
しかし、どれが嘘でどれが真実か、判別出来ない。 
私はグループを抜け出したくなるほど、このグループが嫌になった。

そんなある日、転機は突然訪れた。
小倉君が転校したきたのだ。

39:ひまり hoge:2017/07/30(日) 22:00

西尾と昔友人だった彼は、すぐに私達のグループに馴染んだ。
第一印象は優しそうな人だったが、西尾の友人と聞いて、少し不安になったこともあった。
しかし、穏やかで人を気遣える性格だということが段々わかってきた。
だから、温厚な彼が西尾と対立した時は、驚いた。
でも、それは知花を助けるためだと理解すると同時に、自分が情けなくなった。
知花と彼はあまり接点がなかったが、それでも小倉君は躊躇いなく、西尾に歯向かうような発言をした。
それに比べ、私は自分を守るために、知花を助けなかった。
それがすごく悔しい。
その思いは、小倉君への嫌がらせが始まってから、さらに強くなった。


最終下校時刻間近の教室には、誰もいなかった。
委員会で遅くなった私は、自分の机の方へ行き、帰り支度を始めた。
ちらりと、小倉君の席を見る。
里奈と西尾の彼に対するいじめは、陰湿だった。
証拠が残らないように、物を壊したり暴力は振るわないが、些細なことでからかったり、無視したりなど、精神的に苦痛を与えていた。
私は一度、里奈と西尾を止めようとしたが、手遅れだった。
溜め息をつくと、机に突っ伏す。

「あぁ……もうやだ。悔しい……悔しい!悔しい!!」

次第に大きくなっていく私の声。

「めんどくさい……」

めんどくさいというのは、本心だった。
里奈や西尾みたいな気が強い人よりも、知花や小倉君みたいな人達といた方が楽しいのかもしれない。
その事実からずっと目を背けていたが、もう限界だった。
日に日に、ストレスが溜まっていったのだ。
私も気付かないうちに。

「もう……何もかも壊したい」

そう呟いたその時だった。
後ろから、足音が聞こえたのだ。

「誰!?」

振り返ると、そこには大槻がいた。
私の存在に、驚いた様子はなく、悠然とそこに立っている。

「何でここに?」

「忘れ物」

それだけ言うと、彼は自分の机から雑誌を取り出し、それを持っていた鞄に入れた。
私には一瞥もくれず、教室から出て行こうとする彼を、私は呼び止めた。

「待って」

「ん……?」

気だるそうな返事をする大槻。
その目は【早く帰せ】と示しているように見えたが、構わず私は言った。

「大槻はどう思ってるの……?」

40:ひまり hoge:2017/07/30(日) 23:11

私はずっと疑問に思っていた。
大槻について。
彼はこの件に関しては、あまり興味がない、まるで自分には全く関係ないという様子だった。
何故、そんな態度がとれるのだろうか。
怒りや呆れという感情ではなく、純粋に気になっていた。

「どう思ってるって、何が?」

「とぼけないで」

すると、彼は溜め息をつくと、じっと私を見据えた。

「仕方ないと思ってる」

「え?」

「確かに、気に食わないって理由で嫌がらせをする二人もどうかと思うけど、小倉も小倉だね。彼奴は、純粋すぎたんだよ」

「純粋すぎた?」

「そう。西尾に歯向かえば、自分に牙が向くことを気にせずに、知花達を助けた。それは少し尊敬したけど、呆れたよ。他人のために、そこまでするなんて」

彼の言葉に、私は首を傾げた。
笠原【達】……。
知花が二人から嫌なことをされていたことは知っているが、他にもまだいるのだろうか。

「小倉君って知花以外の人も、助けたの?」

私の言葉に、頷く大槻。

「萩野と江川だよ」

二人の顔が、脳裏に浮かび上がる。
彼女達も、二人から嫌なことをされていた?
何故、3人は里奈と西尾からそんなことを?
新たに生まれてくる疑問が、私の頭の中をぐるぐると回る。
それらを全てかき消したのは、大槻の言葉だった。

「結局、自分が一番なんだよ」

「え……」

「助けたいって気持ちはあるけど、結局は自分を守るために、見て見ぬふりをする。名取はそんな感じだよな」

図星だった。
私は何も言えず俯くと、彼は再び口を開いた。

「俺は助けたいとか、そういう気持ちは薄いけど、松下が正直心配」

「二人は幼馴染みなんだよね」

「……物心ついた時からな。昔はあんな奴じゃなかったけど。多分中学の頃に色々あったんだと思う」

そこまで言うと、彼は口を閉じた。
中学……。
そういえば、里奈から中学時代の出来事は一度も、聞いたことがない。
そして、家庭のことも。

「大槻は何か知ってる?」

「知ってる。でも、知ってどうすんの。もう、松下は性格が変わったんだよ。元に戻したくても、もう出来ないんだよ……」 

その言葉には、悔いているような気持ちが含まれているような気がした。
この時、私は直感した。
私から背を向け、教室から出て行こうとする彼に、私は言った。

「大槻は……里奈のことが好きなの?」

私の言葉に、彼は一瞬足をぴたりと止めたが、静かにその場を去った。

41:ひまり hoge :2017/08/02(水) 16:45

「これくらいかな……話すことといえば」

名取はそこまで言うと、俺は彼女の話を頭の中で整理した。
俺は1年の頃は、彼等とは違うクラスだったので、その時の真偽は知らないが、特には違和感は感じない。
ただ、助けたいが結局は自分を守ってしまう、という気持ちに強く共感した。
俺もいじめたくていじめたわけではないが、結局は彼を助けることは出来なかった。
今更、そのことに後悔しても遅いが。

「そっか……」

江川のその声には、どのような感情が含まれているのだろうか。

「私の次は、誰が話す?」

間を開けて名取がそう言った。
その時だった。
ザシュッという奇妙な音が聞こえたのだ。
それと同時に、

「え……?」

と驚いたような声を漏らす名取。

「名取?どうしたんだ?」

隣の席の名取に声をかけるが、返事は返ってこない。
嫌な予感がした。
すると、俺の膝の上に重たい【何か】が落ちてきた。
ごくりと唾を飲み込むと、俺はそれに触れた。
それはサラサラとした髪の毛だった。
さらに別の場所に触れてみると、それは……人間の肌。
声を上げることも出来ずに、さらに触れると、それは服だった。
この上着やシャツ、胸元に付けてあるリボンの触り心地はまさか……うちの学校の制服?
次の瞬間、シャツの辺りから生温い液体に手が触れた。
すると、鉄のような臭いが感じられた。
額から流れる汗と込み上げてくる吐き気とは裏腹に、俺はさらにその辺りに触れる。
すると、【固い何か】に触ると同時に、人差し指と親指にちくりと痛みを感じた。
まるで、それに刺さったかように。
細心の注意を払いながら、それに触れると、それはシャツ……その人間に深々と刺さっていた。
その瞬間、俺は全てを理解すると同時に、悲鳴を上げた。

「うわあああぁぁ!!」

パニックになり、【それ】を膝から払い除けると、俺は席から立ち上がり、見えない教室の壁を目指して走った。

「どうしたんだ!?」

「光貴!?」

彼等の声など聞こえなかった。
赤い液体で濡れた俺の手が、あの生々しい感触を忘れさせない。
堪えていた吐き気が抑えられなくなり、俺はしゃがみながら壁に手を付くと、その場で吐いた。
苦しくて涙が出てくるが、吐き気が止まらない。
吐くものがなくなり、呼吸を整えると、

「名取が死んでた……」

と静かに言った。

「え!?」

驚愕したような声を上げる松下。

「ナイフで刺されてた……」

そう言うと、俺は近くにあった席の椅子に頭を置いた。
あれは彼女の死体だった。
刺さった瞬間、俺の膝の上に倒れてきたのだろう。
しかし、一体何故……。

42:ひまり hoge :2017/08/02(水) 18:09

笠原に続き、今度は名取まで……。
連続して二人が死んだのなら、笠原はきっと犯人に毒などで殺されたのだろう。
名取は毒などではなく、ナイフで刺されていた。
しかし、どうやって?
名取は席についていて、刺されたのは心臓の辺りだ。
刺すには一度立ち上がるため、床から音がするだろう。
しかし、刺される直前に床から音など全くしなかった。
それが不思議だった。
そして、凶器のナイフ。
これがこの中に犯人がいるという徹底的な証拠となった。

「やっぱり……この中に犯人がいる」

俺は独り言のように呟いた。

「何でそう言い切れんの」

苛々したような声でそう訊く江川。

「ナイフだよ。笠原なら、グループ以外の人間が、事前に毒を摂取させて殺したっていう考えも出来るけど、今回はナイフで刺されてたんだ。今、この空間には俺達しかいない。俺達以外に誰が名取を殺したっていうんだ?」

「……マジかよ」

俺の説明に、西尾が驚愕する。

「ていうか、思ったんだけどさ」

大槻が言う。

「何で二人とも、小倉について話した後に死んでるんだろうな」

「あ、それ私も思ったよ」

大槻の疑問に同意する萩野。
確かに、二人とも小倉について話した後、殺されている。

「それは偶然じゃないの?そうなると、ますます犯人の意図がわからなくなるわよ」

そう言ったのは、松下だった。
確かに、そうなると余計に犯人の目的がわからなくなるが、それは本当に偶然なのだろうか。

「でも……」

「流石にないって」

萩野が反論しようとしたが、反対する松下。

「なら、次は松下が話せば?」

そう言ったのは、大槻だった。

「な、何でよ……」

ひきつったような声を出す松下。

「偶然だと思うなら、話してよ。それで死ななかったら、その意見に納得出来るし」

「死ななかったらって……」

松下を追い詰めていく大槻。
その様子を見るに耐えなかったのか、

「もう、やめなよ!大槻!」

江川がそう言った。
しかし、大槻はそれを止めない。

「話して、って言ってるだろ。何のために、今日ここに集まったんだよ」

大槻の声には、僅かな苛立ちが感じられた。

「……嫌よ!もし大槻の予想が当たって死んだら、どうすんのよ!」

松下の叫び声。

「とにかく私は話さない!」

そう松下が言った瞬間だった。
彼女の悲鳴が、教室に響いたのだ。

43:ひまり hoge :2017/08/02(水) 22:58

「い、痛い……」

消え入りそうな声で言う松下。

「何があったの!?」

江川が言う。

「足が……痛い……」

俺は彼女の方へ歩み寄る。
声のする方へ近付くと、彼女は床に座っていることがわかった。

「ちょっとごめんな」

そう言うと、俺は彼女の足に触れた。
ふくらはぎ辺りに触れると、俺の手が止まった。
さっき、名取の時と同じように、固いものに触れていたのだ。

「ナイフが刺さってる……」

「え!?」

刺さった本人よりも、先に反応したのは萩野だった。

「抜いちゃダメだよね?」

「そうよ……浅いから良かったけどね」

松下の言葉に、俺はホッと胸を撫で下ろした。

「……でも、何で今度は怪我なんだろうな」

「もしかして……」

大槻がぽつりと呟く。

「犯人は、小倉について話して欲しいんじゃない?」

「え……?」

彼の言葉に、俺は目を見開いた。

「今、松下が話すことを拒否した瞬間、怪我をした。もしかしたら、犯人はそうさせる……皆から話を聞きたいと望んでいることを俺達に伝えたいのかもしれない。だから、話そうとしない松下を使って、こうしたのかもしれないな。殺したら話せないから、あえて浅い傷で怪我をさせたんじゃない?生かさず殺さずってところかな」

「……でも、話したら話したで、二人は殺されたんだよ?」

萩野の言葉に、

「その理由まではわからない。犯人が俺達を殺す目的がわからない限り、それを知ることは難しいと思う」

と言った。

「じゃあ、私はどのみち殺されるってこと!?」

「……さあね。でも、話した方が身のためだと思うよ」

「身のためって……」

「自分が言っただろ。【偶然】だって。だったら、自分の言ったことを信じなよ」

大槻の発言に、言葉に詰まる松下。

「……わかったわよ。話せばいいんでしょ、話せば」

彼女は、やり投げな様子でそう言う。
雷と雨は、いつの間にか止んでいた。

44:ひまり hoge :2017/08/03(木) 13:24

私には、幼馴染みがいる。
生意気で冷静な性格の彼とは、物心がついた時からの付き合いだ。
親同士も仲が良く、毎日のようにお互いの家に遊びに行った記憶がある。
小学校高学年になると、彼は可愛かった容姿が大人っぽくなり、端正な顔立ちが目立つようになった。
生意気な性格は変わらないが、心根は良い奴だし、付き合っちゃおうかな、と冗談だが思ったこともあった。
そんな彼がすごく憎くなったのは、中学からだ。
もともと私は勉強が得意なため、親は私にテストで学年一位を取れと言っていたが、結果は惜しくも毎回二位だった。
そして、いつも一位を取っていたのは彼だった。 
彼は確かに頭が良いことは知っていたが、自分を追い抜すほどの学力の持ち主だということなど、全く知らなかった。
成績にうるさい親は、私に対して失望した。
それが悲しくて悔しくて、もともと負けず嫌いな性格の私は、怒りを彼に向けた。

あの余裕そうな態度が嫌い。
私の方が努力したのに。

口には出さなかったが、私の感情は彼への憎しみでいっぱいだった。
授業中は居眠りし、放課後は友達とどこかへ遊びに行く彼が、どうして私よりも頭が良いのだろうか。
彼は私が自分を敵視してるなんて、思ってもみたいだろうと思うと、悔しくて仕方なかった。
高校は、彼と同じ学校を選んだ。
親からはもう少しハイレベルな学校に行けと言われたが、高校こそ彼に勝つために、と親の反対を押し切り、願書を出した。
無事に私達は合格。

そして、今日は高校の入学式だった。

45:ひまり hoge :2017/08/03(木) 14:21

鏡の前には、新しい制服に身を包み、ナチュラルメイクを施した自分が映っている。
茶色のブレザーに赤いリボンとチェックのスカートが目立つ制服を着ており、腰まで伸ばしていた髪を胸元辺りまで切った自分は、まるで別人だった。
高校での目標は、2つある。
1つ目は、テストで彼に勝つこと。
そしてもう1つは、スクールカーストの上位に位置することだ。

入学式が終わり、教室まで戻る間、私は同じクラスの女子をちらりと見た。
もう既に友達やグループが出来上がっている子もいるが、声をかけようかかけまいか迷っている様子の子も何人かいる。
まずは、友達作りが大事だ。
初対面の場合、その子の性格などはわかりにくいが、そのぶん容姿が優れている方が良い。 
渡り廊下にさしかかった時、一人の女子に目が留まった。
肩の辺りまで伸ばした艶のある髪と、切れ長の目、170p以上はありそうな身長が特徴的な子だ。
髪をもう少し短くしてズボンを履けば、男子にも見えそうだ。
彼女もやはり誰かに声をかけようとしているのか、仕草が落ち着かない。
私は彼女の背中を、優しく叩いた。

「ん?」

驚いたような表情をしながら、私の方を見た。

「髪、綺麗ね」

私は、彼女のサラサラな髪を指差した。
すると、彼女は顔を綻ばせながら、

「あ、ありがとう」

と言った。
低めだが色気のあるその声に、こういうのをイケメン系女子と言うのだろうか、と思った。
ほんの少ししか会話をしていないが、見たところ悪い人ではなさそうだ。

「名前、なんて言うの?」

「名取沙也」

名取沙也……か。
私は頭の中で、彼女の名前を復唱しながら覚える。

「私は松下里奈。よろしくね」

そう言うと、彼女は徐にブレザーのポケットから、スマホを取り出した。

「こちらこそよろしくね。松下さんって、LINEやってる?」

最初は少し驚いたような様子の彼女だったが、徐々に自分から話し出した。

「やってるわよ。あと、【松下さん】じゃなくて、【里奈】って呼んでね」

そう言うと、私もポケットからスマホを取り出し、お互い連絡先を交換し合った。

46:ひまり hoge :2017/08/03(木) 19:08

小学生の時は、まだ私は純粋すぎたのかもしれない。
打算的な友達作りなんて、考えてもいなかっただろう。
中1の時、私は初めてスクールカーストというものに直面した。
幸い、私はクラスの中心的なグループに所属していたため、嫌な思いをすることはなかったが、友達作りに失敗していれば、大変だったかもしれない。
中2からは常に相手の容姿やスペックなどを意識して、友達を作るようになった。
そのため、友達に対して不愉快だと思うことが多くなったが、その時はTwitterの裏垢に悪口を書いたりして、なんとか堪えた。
スクールカーストの上位中の上位にいれば、気に食わない人をハブることも可能だが、中学の時は上位の中でも、中位くらいの方に位置していたため、それは出来なかった。
だから、高校ではもっと上に行きたい。
中学では見れなかった景色を見たい。

だから、協力してよね。
___沙也。



入学式から1週間経った。
一応、沙也以外の人とも交流したり、連絡先を交換したりなどしたが、私は沙也といることが多かった。
この日も学校が終わると、二人でファストフード店に行った。
席に着くと、私はアイスコーヒーを持ちながら、口を開いた。

「ねえ、沙也。私、本当に沙也と仲良くなれて良かったよ」

突然の私の言葉に、目を丸くする沙也。

「な、何突然」

驚きながらも満更でもない顔をする彼女に、私はにんまりと微笑んだ。

「別に、深い意味はないよ?ただ単純に、そう思っただけ」

この言葉に、嘘はなかった。
沙也のスペックは予想以上だった。
入学してすぐに実施した学力テストでも上位だったし、運動神経は男子も顔負けレベルだった。
コミュ力も人並みにはあるし、スクールカーストの上位をともに目指す人材には、最適だった。
ただ、彼女には1つだけ欠けてるものがある。
それは、上位に行きたいという欲望だ。
彼女は勿論、私がカーストの上位に行きたいという思いを知らない。
こちらが勝手に、一緒に上位へ行く相手として選んだのだから、仕方ないことかもしれないが。
でも、上位に行ってもデメリットなどないはずだ。
私はもう決めたのだ。
彼女と一緒にカーストの上位を目指すと。
しかし、カーストの上位が二人だけでは寂しい。
ならば、仲間を増やしてみればどうだろうか。
そう思い、この1週間、私はカーストの上位にぴったりな人物を探していた。
そんな中、私が仲間に入れようと思ったのは、西尾君だった。
容姿は良く運動神経抜群で、明るい性格の彼なら、そのうちクラスの中心人物になるだろうと予測したからだ。
しかし、彼をグループに入れるには、1つだけ欠点があった。

「あれ、松下と名取じゃん」

後ろから名前を呼ばれ、びくりと振り返る。
すると、そこには西尾と……大槻がいた。

そう……。 
西尾は大槻と仲が良いため、彼をグループに入れる際は、必然的に大槻もグループ入りすることになるのだ。

47:ひまり hoge :2017/08/03(木) 21:02

「隣、良かったのか?」

買ってきたものをテーブルに置きながら、沙也の隣の席に座る西尾。
それと同時に、私の隣の席に着く大槻。

「どうぞどうぞ」

私はそう言うと、大槻をちらりと見た。
クラスは同じになったが、それぞれ新しい友達と一緒にいることが多いため、話すことは少なくなったけど、私はこれくらいの距離に満足している。
中学の時よりも、彼に対する憎しみは薄れているが、それでも彼に対抗している気持ちは変わらない。
大槻はスペックだけなら、完璧だった。
だが、ライバル視している彼をグループに入れることは癪だし、ほどよい距離が再び近くなるだろう。
しばらく葛藤していると、

「松下って大槻と幼馴染みなんだよな」

と、西尾が言った。

「そうだけど」

「お前らって付き合ったりしないのか?」

突然の質問に、私は目を見開いた。
確かに、昔はあくまで冗談だが、付き合ってみようかな、と思ったこともあった。
しかし、今はただの幼馴染みとしか見れなくなっていた。

「この恋愛脳が」

真顔でそう返す大槻。

「失礼だなー。でも、付き合ってることは否定してないし、もしかして……」

「断じて違うわよ」

私は西尾に冷たい視線を送りながら、そう言った。
すると、彼は苦笑しながら、

「なんかお前ら二人って冷めてるよな」

と言った。

「どういうことよ」

「なんとなく」

そう言うと、西尾は鞄からスマホを取り出した。

「松下、名取、連絡先交換しないか?」

「うわ、早速ナンパしやがった」

「違うわ!」

「でも、誤解されても仕方ないかもね。なんか西尾ってチャラそうだし」

「ひでぇよ、名取」

ポテトをつまみながら、3人の会話を聞くと、私の中にある思いが芽生え始めた。
このまま四人グループが成立してもいいかもしれない。
大槻のことはなんだか癪だが、特に問題があるわけではない。
それに、西尾は発言力もありそうなため、こちらが目指さなくても、自然とカーストの上位になれるかもしれない。
彼はかなり頼もしい存在だ。
私はポケットからスマホを取り出すと、

「いいよ。交換しよ」

と言った。

48:ひまり hoge :2017/08/03(木) 21:53

それ以来、私は四人で行動することが多くなった。
そして、私の予想通り、グループが全て出来上がる頃には、私達のグループはカーストの上位中の上位にいた。
しかし、そのことに満足したのも束の間、私に不快感を与える人物が現れた。
それは、江川莉子だ。
くじ引きで決めた5人メンバーで、公民の調べ学習をするということになり、同じ班になったのが彼女だった。



「で、どうすんの?」

同じ班の女子が、苛々したように言う。
テーマが決まれば、図書室に行って調べるという流れになっているが、私達の班はテーマがなかなか決まらず、焦っていた。
私は全員の意見に耳を傾けながらも、教科書や資料集を参考にしながらテーマを考えていく。
すると、私は名案が閃いた。

「日本の観光地や歴史をピックアップするのはどう?皆が知ってる名産品をより深く調べれば、読みやすくなるし」

「いいな!」

「それにしよ!」

私は満足そうに頷いた。
自分の意見に賛成してくれていると思うと、気分が良い。
私は図書室に行こうと、席から立ち上がったその時だった。

「えー、それじゃつまんなくない?私だったら、そんな記事すぐに飽きちゃう」

そう言ったのは、江川だった。
私は彼女の顔を凝視する。

「な、何よ……」

「だから!そんなんじゃ、つまんないって。皆もテーマが決まらないからって、松下の意見に妥協しちゃダメだよ」

妥協……?
私は他の3人を見ると、彼等は気まずそうに視線を落とした。
まさか3人は、仕方なく私の意見に賛成していたのだろうか。

「だったら、あんたは何か良い案があるの?」

「ない」

彼女の返答に、私は思わず目が点になった。

「はぁ!?」

「でも、仕方なく決めるのも嫌なんだよなぁ。ほら、どっかのアイドルさんも言ってたじゃん。妥協したら死んだようなもんだ、って」

「……」

これが、私と彼女の最悪な出会いだった。




彼女は、クラスメイトからの支持が厚かった。
クラスメイトから聞くと、サバサバとした男勝りな性格で、空気が読めないところがあるが、そこが良いらしい。
私には全く理解できなかったが。
沙也に彼女のことを愚痴るようになると、次第に彼女をハブりたいという願望が出てきたが、私はそれを抑えた。
彼女はクラスの人気者であるため、下手に嫌がらせなどをしたら、私の地位も危うくなるからだ。
それでも、上位から見る景色を堪能出来た。
そして、私は2年になっても、必ず上位になることを決意した。

49:ひまり hoge :2017/08/06(日) 14:08

階段を上り、自分の部屋のドアを開ける。
エアコンのスイッチを押し、通学鞄を乱暴に床の上に置くと、私はベッドに飛び込んだ。
目から出る液体が、シーツを濡らす。

「もうやだ……悔しい」

今日、一学期の期末テストが返された。
結果は、惜しくも2位。
またしても、負けたのだ。
大槻に。
高校こそ彼に勝つと決意はしたが、まだ一度も1位は取れていない。
もう高2だ。
卒業まであまり時間はない。
私は床に置いた鞄の中から、スマホを取り出した。
苛立ちと焦りが募るこの気持ちを吐き出さないと、発狂してしまいそうだった。
それをネットでも何でもいいから、ぶつけたい。
惨めだと思われても構わない。
とにかく、ストレスを解消したかった。
私は鼻を啜りながら、画面をスクロールしていく。
ふと、あるサイトに目が留まった。

「愚痴サイト……?」

愚痴を書き込み、それを投稿できるサイトらしい。
他の人の愚痴も閲覧出来るようになっている。
それらを閲覧すると、皆ストレス溜めてるんだな……と、どこか仲間のような感じがした。
しかし、とある人の書き込みを見た瞬間、私は目を見開いた。

【[752]投稿日:2017/7/2(12:54) 投稿者:C.K
本当、友達関係ってめんどくさい。オタクが嫌いってよく言うけど、Sみたいに悪口を教室とかで平気で言う人もどうかと思う。私がアニメが好きだなんて言ったら、どんな顔をするかな。好きなものを好き、って言えない自分も嫌になってきた。】

【C.K】【オタクが嫌い】【S】。
この3つのワードに着目すると、この愚痴を書き込んだ人物が思い浮かんだ。

「笠原知花……」

私はぽつりと、彼女の名前を呟いた。
笠原知花は比較的地味な子だが、何があったのか、クラスの人気者の友村紗代里と仲が良い。
紗代里とは、私とも何度か話したことがある。
そんな彼女は、オタクが大嫌いだ。
オタクに親でも殺されたのか、と思うくらい。
紗代里は、教室でオタクやそれ以外のことの悪口をよく言ってる。
そんな彼女を嫌っていたり、苦手とする人もいた。
笠原がそのうちの一人だとしたら……?

「ふ……ふふっ……」

自分の考えに思わず、笑みがこぼれた。
笠原がオタクかどうかは、この際どうでも良い。
問題は、紗代里のことを嫌っていることだ。
この書き込みを見たら、紗代里はきっと怒って、笠原を仲間外れにするだろう。
しかし、それをすぐに紗代里に言ったら、面白くない。
それに、笠原に対して嫌な気持ちを持っているわけでもないので、仲間外れになったところで、興味もない。
ならば、紗代里にはバラさずに、弱味を握るという形はどうだろうか?
出来れば、弱味を握られた彼女には、側にいて欲しい。
……ならば、グループに入ってもらおう。
そして、私の言う通りに動いてもらう。
少しでも違ったことをしようとすれば、弱味を翳し、再び私に尽くしてもらう。

「……最高じゃない」

自分でもわかるくらい、私の声は興奮していた。
しかし、まだ【C.K】が笠原だと確定したわけじゃない。
ならば、【C.K】という人物に近付いてみよう。
そして、【C.K】の詳しい境遇などを聞き出せば、本人だとわかるかもしれない。

【C.K】については、まだ推測だらけでわからないことがたくさんあるが、1つだけわかったことがある。
私は、遥かに楽しい玩具を手に入れることが出来るかもしれない。

50:ひまり hoge :2017/08/06(日) 16:08

「おはよう」

バレー部の朝練から帰ってきた沙也に、私は挨拶をする。

「おはよ……なんか里奈、すごい楽しそうだけど、何かあったの?」

「別に?」

訝しげに訊いてくる沙也に、私はなんてことないように返事をした。
普段と変わらない朝が、私にとってはとても楽しく感じられた。
視線を教室の前方にあるドアに移す。
すると、いつもの時刻通り、笠原はやって来た。
彼女が自分の席に着くと同時に、私はポケットからスマホを取り出した。
そして、愚痴サイトへと繋げる。
今から、私は【C.K】への返信を送るのだ。
本当は昨日返信しようと思ったが、私はそれをやめた。
笠原の様子を見たいのだ。
今から返信して、その後、笠原がスマホをいじっている途中に、明らかに驚いているような表情をしたら、私の考えは信憑性が高まるのだ。
だから笠原が朝、教室に来てから返信すると決めたのだ。
そのため、怪しまれない程度に、彼女を観察しなければならないのが面倒だが、笠原の弱味を握るためだと思えば、余裕だ。
私は昨日から考えておいた返信用の文章を、書き込んでいく。
打ち終え、読み直すと、【投稿】をタップした。

【[908]投稿日:2017/7/14(8:32) 投稿者:V.P
>>C.K
そんなことがあったんですね……。私も好きなものを友達に好きって言えないから、困ってます。お互い頑張りましょう。】

ハンドルネームは最初は、イニシャルの【R.M】にしようと思ったが、万が一のことを考え、名前の【里】と【松】から【V.P】にした。
一時間目と二時間目が始まる前はスマホをいじる様子はなかったが、三時間目が始まる前のことだった。
彼女がスマホを鞄から取り出したのだ。
私は次の授業の準備をする振りをしながら、彼女の様子をちらちらと見る。
すると、彼女はタップしていた手を止めると、目を見開いた。
その数秒後、彼女は何かを打ち込み始めた。
その指は、何かにとりつかれているんじゃないか、と思うくらい速く動いていた。
私はポケットからスマホを取り出し、愚痴サイトを検索する。
込み上げてくる期待を胸に、私は画面をスクロールする。
すると、予想通りあったのだ。
【C.K】からの返信が。

【[913]投稿日:2017/7/14(10:48) 投稿者:C.K
>>V.P
ありがとうございます。V.Pさんのお陰で、少し心が軽くなりました!】

スマホも教室の時計も、時刻は10時48分を示している。
【C.K】が返信した時間と全く同じ。
【C.K】はたった今、返信したということだ。
ちらりと、笠原の方を見る。
彼女はもう、スマホを手にしていなかった。

51:ひまり hoge :2017/08/06(日) 16:59

私の推測は、確信に変わった。
【C.K】の正体は、笠原だ。
しかし、一応まだ様子を見ることにした。
私は愚痴以外にも、彼女からは色々聞きたいことがあるため、チャットサイトへのURLを貼った。
私は、にやりと微笑んだ。
【ネットは嘘だらけ】という言葉は、本当だと改めて知った。
笠原に希望を与えた【V.P】の正体は、彼女の弱味を握ろうとしている私なのだから。

「スマホ見ながら、にやにやすんなよ。気持ち悪い」

声がした方に振り返ると、そこには西尾がいた。
彼の右手にはコーラが握られており、今は昼休みだということを思い出す。

「気持ち悪い、って失礼ね……」

そう言った時、私はハッとした。
私としては、笠原をグループに入れたい。
ならば、そのことをどうやって、3人に説明するかだ。
優しい性格の沙也には、全てを話したら、反対されそうだ。
大槻は……予測しにくいが、あまり良い顔はされないだろう。
だが、西尾はどうだろうか。
彼は一見、クラスを纏める爽やかな雰囲気の男子……に見えるが、実際はかなり腹黒い。
それは、私の想像以上だった。
自分の意見が通用しなければ脅すし、気に入らない人にはからかったりして、精神的苦痛を与えている。
そんな彼なら、私の計画に賛同してくれるはずだ。

「ねえ、西尾」

私は手招きをし、教室から出るように促した。

「何だ?」

私達は人のいない美術室前の水道場まで来ると、私は徐にポケットからスマホを取り出した。

「西尾……私ね、いいこと思いついたの」

「いいこと?」

私は愚痴サイトに繋げると、これまでの出来事を話した。
最初は戸惑った様子の彼だったが、徐々にその顔は悪意に満ちていく。

「マジかぁ……でも、いいな。面白そう」

「でね、問題は沙也と大槻にはどう説明するか、なの。西尾はどう思う?」

すると、西尾は考え込むように、腕を組んだ。

「そうだな……名取って結構、正義感強いタイプだから、話さない方が良いと思う。大槻も、彼奴は何考えてるかわからなくなる時がたまにあるから、黙っておいた方が良い」

「そうね……それなら、適当に【仲良くなったから、グループに入れることにした】って感じはどう!」

「いいな!なら、いつそれを笠原に言う?」

その質問に、私は数秒間を置くと、再び口を開いた。

「……夏休み明けはどう?どうせ学校もあと数日で終わるし。夏休み中に笠原とチャットするつもりだけど、そしたら、また新しい秘密を知ることが出来るかもしれないからね」

これらは、ただの口実に過ぎなかった。
本当の目的は、彼女を騙しているという快感に浸りたいだけだった。

「わかった。じゃあ、新学期で言おうな」

彼の言葉に、私はこくりと頷いた。

52:ひまり hoge :2017/08/06(日) 18:17

それからは、全て計画通りだった。
チャットでは、新しい秘密を知ることは出来なかったが、彼女はクラスであったことをリアルタイムで書き込んだため、完璧に【C.K】の正体が笠原だという証拠が出来た。
そして、新学期。
私達のグループに入ることを条件に、紗代里には黙っておくと知った時の笠原の表情は、私を興奮させた。
グループに入るだけで、自分の秘密は守られると安堵したのだろう。
それが、どれだけ精神を削られるかも知らずに。
彼女の教室での命は、私が握っていると思うと、気持ちが良かった。
これ以上の快楽など、絶対存在しない。
沙也と大槻にも、嘘の事情を説明すると、初めは戸惑った様子だったが、止める様子もなかった。
私と沙也は笠原のことを、知花と呼ぶようになり、彼女は徐々に私達のグループに馴染んでいった。
そして、私と西尾はタイミングを見計らい、彼女をこき使うようになった。
出来るだけそれは、沙也や大槻のいないところでしていたため、私達を止める者はいなかった。
彼女も、本当は本心では嫌だと思っているが、秘密を守るために必死に私に尽くしていると思うと、心地良かった。
こんなに良い思いをするならば、もう一人グループに誰かを入れたいと思うのが普通だろう。

そこで私が注目したのが、萩野真帆だった。
地味なグループの中でも、かなり大人しいタイプの彼女に何かとっておきの秘密はないだろうか。
相手が大人しいタイプならば、秘密は意外性があるものではないのだろうか、と考えたからだ。
最初は彼女のことを知ろうと、萩野の友人から彼女について聞いたりしたが、あまり成果はなかった。
彼女には秘密などないのだろうか……と、諦めかけていたある日だった。
何気なく、スマホをいじっていたら、とっておきの彼女の秘密を知ってしまったのだ。
すぐに西尾に相談し、私達は萩野に【その秘密】を知ったことを言うと、彼女は半泣き状態で私達に【口外しないで】と懇願してきた。
彼女の表情は、知花の時よりも遥かに私を楽しませた。
その後、萩野はグループ入りし、知花と同様、私と西尾のために尽くしてくれた。
ただ、知花とは少し違い、彼女には勉強関係を任せた。
めんどくさい課題などは全て彼女に押し付け、それを彼女は完璧にこなしてくれた。

そして、私にはさらにもう一人グループに入れたいという欲望が生まれた。
しかし、今回は弱味を【探る】のではなく、【作る】ことにしたのだ。
何故なら、私がグループに入れたいのは、江川だったからだ。

53:ひまり hoge :2017/08/06(日) 19:06

江川は2年生になっても、クラスは変わらず、今まで必死に彼女に対する苛立ちを堪えていたが、そろそろ限界がきたのだ。
ならば、彼女をグループに入れて、知花や萩野のような目に遭わせてみたらどうだろうか。
そう思うと、身体中がぞくぞくした。
今まで溜まっていた鬱憤を晴らせることが出来ると思うと、二人の時以上に気持ちが良くなるのだ。
しかし、数日間彼女について調べたり、後を追ってみたりしたが、彼女に弱味など存在しなかった。
彼女は、自分の弱味を晒け出す性格だったからだ。
点の悪いテストをまるで自慢するかのように友人に見せたり、よく昔の自分の黒歴史を平気で話している彼女に、弱味など存在しないと考えた方が正解だろう。
それなら、私は弱味を作ってみてはどうだろうか?という考えに基づき、西尾と立てた計画を実行した結果、彼女はまんまと罠に嵌まり、グループ入りを果たした。
偽りの秘密を作った私に尽くすことは、彼女にとって屈辱だろう。
しかし、そんな自分を殺してまで、彼女の【大切なもの】を守るその姿勢には、少し感心してしまった。
江川のことで満足し、私はもうグループに誰かを入れるのはやめようと思った。
しかし、私の前に余計な人物が現れたのだ。




「ったく……最近、機嫌悪すぎだろ。松下」

「うるさい、光貴。だったら、あんたが彼奴を止めなさいよ」

「はぁ?止めるも何も、俺は正直彼奴の方が言ってること、正し……何でもないから、そんなに睨まないでくれ」

そう言うと、光貴は自販機に小銭を入れた。
放課後に入り、沙也は部活でいないため、私は飲み物を買ってから帰ろうと思い、鞄を持って一階に降りると、たまたま光貴がいたので、二人で談笑することになったのだ。
光貴とは今年、同じクラスになり西尾と仲良くなったのがきっかけで、私達のグループに混ざるようになった。
ただ、他のグループの人とも仲が良いため、いない時がよくあった。
そのため、こうして二人きりで話すのは、滅多になかった。 

「でも、小倉が怒ってるところ初めて見たなぁ」

「確かにね……」

私達が今話していることは、小倉君のことだ。
彼は1週間前、このクラスに転校してきたのだ。
西尾曰く、彼とは昔の友人らしい。
私は初日から、彼の態度が気に入らなかった。
ルックスは完璧だが、あのいかにも良い子ちゃんっぽい性格が

54:ひまり hoge :2017/08/06(日) 19:26

そして、何よりも今日、知花を西尾から庇ったのが一番許せなかった。
事情を知らないから仕方ないかもしれないが、それでも私は小倉君のことが嫌いになった。

私はちらりと、ジュースをあおる光貴を見る。
彼は知花が私達にこき使われていることしか知らない。
もし、自分の恋人である萩野も私達に嫌なことをされていると知ったら、彼はどんな顔をするだろうか。
きっと、私と西尾を責めるに違いない。
もしそうなったら、私は光貴もグループから外すつもりだ。
まあ、彼は交友関係が広いため、グループにはあまり困らなそうだが。

「ねえ、光貴」

「何だ?」

「……やっぱ何でもない」

そう言うと、私はペットボトルのレモンティーを一気に飲む。
ため息を吐くと、

「めんどくさっ……」

と小さな声を漏らした。

55:ひまり hoge :2017/08/06(日) 22:29

「これくらいよ。私が話すことといえば」

松下がそう言うと、辺りに沈黙が流れたが、それを俺は破った。

「……萩野が、松下に弱味を握られていたって本当なのか?」

俺の声には、怒り、戸惑い、悲しみなど、様々な感情が含まれていた。
俺は、全く知らなかった。
萩野が嫌な思いをしていたなんて。

「も、もういいよ。光貴」

困惑したような声を上げる萩野。
しかし、彼女の声など全く俺の耳には、全く届いていなかった。

「答えろよ」

自分でも驚くくらい、その声には怒気が含まれていた。

「答えろよ!」

「ちょっと、落ち着きなよ!」

江川の制止する声。
しかし、俺は手探りで松下の席に歩み寄ると、彼女の胸ぐらを掴んだ。
その時だった。
生暖かい液体に手が触れたのだ。
それは、名取の時と同じだった。
嫌な予感がする。
額から、だらだらと冷や汗が流れた。
生臭い臭いが、気持ち悪くさせる。
俺は全てを察した。

「……どうしたの?」

萩野が言う。
しかし、俺はそれに答えなかった。
いや、正確に言うと、答えられなかった。
俺は彼女の顔らしき部分に触れてみる。 
すると、そこは生々しい液体で濡れていた。
手や制服を汚すことも気にせず、俺は彼女の腕に触れる。
そこにはいくつもの傷があった。
暗くて見ることは出来ないが、感触だけでもその痛々しさは想像を絶するものだろう。
一応、彼女の脈を測ってみたが、もう助からないと理解した。
俺は手を、足の方に移動させてみた。
すると、俺は目を見開いた。
さっき刺されたナイフがないのだ。
松下は【抜かないほうが良い】と言って、抜かなかったはずだ。
まさか、あのナイフで誰かが……。
すると、俺の中に1つ疑問が浮かんだ。
ナイフで刺されたのなら、何故彼女は悲鳴を上げなかったのだろうか。
普通、悲鳴じゃなくても何かしら声を出すだろう。
彼女の身体を調べれば調べるほど、俺は冷静になっていく自分に驚いた。

「……ねえ、光貴。どうしたの?」

2回目の萩野の声に、ようやく俺は答えた。

「……松下が死んでる」

「え!?」

素早く反応したのは、江川だった。

「死んでる……か。死因は?」

冷静にそう訊いてくる大槻。

「わからない。でも、さっき松下の足に刺さってたナイフが抜かれてる。もしかしたら、そのナイフで……」

そこまで言うと、俺は黙った。
これ以上言って、名取や松下のことを思い出したら、また吐き気が止まらなくなりそうだったからだ。

「へぇ……やっぱり死んだな」

「そんな言い方なくない!?」

大槻の言葉に対して、怒鳴る江川。

「ごめんごめん……でもさ、これだと完全に小倉のことを話した奴は死ぬって流れになるな」

彼の声から、つまらないというような気持ちが窺える。
大槻は一体、何を考えているのだろうか。

「……ごちゃごちゃうっさいよ、大槻。もういい。次は私が話すから」

「でも、死ぬかもしれないんだよ!?」

萩野の心配したような声。

「いい。それに私が話さなきゃ、他の誰かが話して、死ぬことになるんでしょ?」

その言葉に、全員が黙った。
ごくりと唾を飲み込みながら、彼女の次の言葉を待つ。
すると、彼女は徐に話し出した。
彼女と彼の出来事を___

56:ひまり hoge :2017/08/07(月) 22:17

「莉子、これからカラオケ行かない?」

放課後を知らせるチャイムが鳴った時、友人が私の席に近付きそう言ってきた。

「あー、ごめん。無理」

「莉子、最近付き合い悪いぞー?さては何?彼氏でも出来たか?」

私の髪をわしゃわしゃにしてくる友人。

「違うわ。店の手伝いだよ」

「あー、なるほど。頑張れ」

私は鞄を右手で掴むと、勢いよく教室から出た。




「ただいま!」

店の入り口から入ると、そこにはウェイトレス姿で接客をしている姉さんがいた。
お昼を過ぎたため、お客さんの数はそこそこだった。
私は彼女の方に、歩み寄る。

「ねえねえ、今日新メニューのアイデア思いついたんだけど、聞いてくれない?あと、夏休み補習引っ掛かった」

「いや、何ついでみたいに言ってんだよ!つか、また補習かよ!」

素早くツッコんでくる姉さん。
お前は某銀髪侍アニメの眼鏡くんかよ、と思うくらい姉さんはよくツッコんでくる。

「いやー、現国は出来たんだけど、数学と英語がねぇ……」

私は鞄から、テスト用紙を取り出そうとしたが、それを姉さんは真顔で制止した。

「もういいから、さっさと着替えて手伝って」

「へい」

私はカウンターの近くにある階段を上り、自分の部屋に入ると、靴下を床に投げ捨てた。
私の家は、カフェを自営している。
私が小さい頃は、両親二人で店を営業していたが、お父さんが亡くなったため、お母さんと4歳離れた姉と私で、店をやることになった。
しかし、3年前辺りからお母さんも体調が悪くなり、姉さんや私も学校があるため、店を営業出来ない状況が増えた。
そのため、金銭面でも厳しくなり、私は高校に進学するのを諦め、店の手伝いに専念しようとしたが、お母さんはそうさせなかった。
それは【中卒の子供】という抵抗からではなく、行きたい高校に行って思いきり青春をして欲しい、というお母さんからの願いだった。
お母さんはいつもそうだった。
女手一つで私と姉さんを育てるだけでも大変だったのに、いつも私達のことを第一に考えてくれた。
私は、そんなお母さんが大好きだ。
いつか、恩返しをしたいとも思っている。
それを前にお母さんに言ったら、高校生活を思いきり満喫してくれれば、それで十分だ、と言われたが。
とにかく、お母さんは私の憧れる人だ。
お母さんみたいな人になりたいと、いつも強く願っている。
だが、私には1つだけ理解出来ないことがあった。
私はウェイトレスの制服に着替えると、ぽつりと呟いた。

「……青春とは、なんぞや」

57:ひまり hoge :2017/08/08(火) 17:57

教室の窓から、風が入ってくる。
窓際の席に座る私は、窓を閉めると、外の景色をぼんやりと眺めた。
ここの教室は3階にあるため、周辺の風景がよく見渡せる。
少し前まで生い茂っていた緑は、気付けばすっかり地面に落ちていた。
ブレザーはまだ早いが、長袖やカーディガンを羽織るクラスメイトも増えている。
本格的に、秋がやって来たのだ。

「莉子、次移動だよ。行こう」

「お、おう!」

友人の声で、今が休み時間だということを思い出す。
私は机から教科書を取り出し、次にノートを探すが、見つからなかった。

「私のノートはどこじゃ……」

そう呟くと、授業道具を抱えた友人が歩み寄ってきた。

「早く行こうよ」

「ごめん。ノート探すから、先行ってて」

「わかった。遅れないでよ」

手を振って教室から出て行く友人。
私はもしかしたら、と思い、ロッカーを開けた。
すると、私の予想通り、そこにはノートが入っていた。
私はノートと一緒に、教科書と筆記用具を抱えると、教室から出た。
しかし、階段を上ろうとしたその時だった。

「おい、江川」

後ろから声を掛けられたのだ。
振り返ると、そこには西尾がいた。

「なんすか?西尾」

「先生が教室に来いだってさ」

彼の言葉に、私は口を尖らせた。

「えー、今じゃなきゃダメなの?」

「らしいぜ。話があるんだとか」

「マジか。サンキュー」

私は急いで教室まで戻ると、そこには誰もいなかった。
私物が散らばっている席もあるが、やはり人がいる気配はない。

「なんだよ。呼んだ本人が来ないって。ていうか、話って何だろ……まさか、授業料?いやいや、ちゃんとお母さんが払ってくれてるし。もしかして、私成績悪すぎて留年とか?」

ぶつぶつと独り言を呟いていたその時だった。
教室の後方の床に、茶色い財布が落ちていることに気付いた。
高そうなブランド物のその財布を拾うと、私は名前が書いてないかどうか確認したが、それらしきものは見つからない。
すると、次の授業を知らせるチャイムが鳴った。

「うわ、ヤバい!先生来ないし……」

私は考えた末、一旦財布を机に掛けてある私の鞄の中に入れることにした。
授業が終わって教室に戻った後、持ち主を聞けば良い。

「先生はもう置いてこう!来なかった奴が悪いんだし」

そう言って私は教室から出ると、全力で4階まで走った。
先生に怒られたのは言うまでもない。

58:ひまり hoge :2017/08/08(火) 19:19

授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
私は早く教室に戻り、財布の持ち主を探そうとしたその時だった。

「江川さん、授業に遅れてきた罰よ」

大量のノートを抱えた先生に、呼び止められたのだ。
授業に遅れてきたため怒られたが、タイミングを逃してしまい、結局先生に呼び出されたからとは言えなかった。

「何ですか」

そう言うと、先生が抱えていたノートを渡された。
腕にずっしりと重みがかかるが、私はなんとかそれを持ちこたえる。

「それを教室まで、持ってってちょうだい」

「ひえぇ……」

私はふらふらの状態で歩いていると、友人が私の授業道具を持ってくれたため楽になったが、教室に着くのが遅れてしまった。
次は昼休みだ。
もし持ち主が売店などに行く場合、財布がないことに気付いてとても困るだろう。
私は一刻も早く教室に着くように、歩くスピードを速め、しばらくするとやっと、教室が見えてきた。
私と友人は教室に入ると、教室内はいつも以上に騒々しかった。 
私は教卓にノートを置くと、ふとクラスメイト達の会話が聞こえてきた。

「私の財布がない!」

その言葉に、私は目を見開いた。
声の主は、名取だった。
自分の鞄の中を漁っているが、見つからなくて困っている様子だ。 
私は、彼女が財布の持ち主だと確信した。
私はすかさず、名取に声を掛けようとしたが、後ろから肩を叩かれた。

「え?」

振り返ると、そこには松下がいた。
彼女はじっと私を見つめると、

「話があるから、来て」

そう言って、私の腕を掴んだ。
突然のことに、私は目を丸くする。

「今じゃなきゃダメ?」

「ダメよ」

「何だよー。今日は呼び出されることが多いなぁ」

私が連れて来られたのは、隣の空き教室だった。
何故かそこには、西尾もいる。 
意味深な笑みを浮かべる彼に、僅かに苛立った。

「で?何なの。用件なら早く言ってよ」

そう言うと、松下はポケットからスマホを取り出した。
彼女の唇が吊り上がる。

「……流石に、これはヤバいんじゃないの?江川」

そう言って、松下は私にスマホの画面を見せつけた。
それを見た瞬間、私は驚きを隠せなかった。
そこに映っていたのは、自分の鞄に名取の財布を入れてる私だった。

「な、何でそれ……」

「まさか、クラスの人気者のあんたが、人の財布を盗むなんてね。意外だわ」

「違う!!私は授業が終わったら、持ち主を探そうと思って、鞄に入れただけ!!」

私が必死に反論すると、今度は西尾が口を開いた。

「わかってるよ。お前は、先生に呼び出されて教室に戻っただけだよな?」

にやにやと笑みを浮かべながら、彼がそう言う。

「西尾の言う通り、私は先生に呼び出されて教室に戻っただけだし。大体、私は財布を盗むなんて酷いことしない」

私は松下を睨み付けながら、はっきりそう言うと、彼女は笑い声を微かに漏らしながら、言った。

「知ってるわよ。だって、それは私と西尾が考えた嘘だもの」

彼女の言葉に、私は全てを察した。

「まさか……全部仕組んでたの!?西尾が私に声を掛けるのも、教室に財布が落ちているのも!?」

「大正解よ」

私は顔をしかめると、思いきり二人を睨んだ。

「私は授業が終わると、私達の教室の隣……つまりここに隠れていた。全員が移動したところで、私は教室に戻り、沙也の鞄から財布を取り出すと、目立つように後方の床に置いたわ。そして、再びここに戻ると、私はあんたが来るのを待ち構えた。その後、あんたは教室に来て、予想通りその財布を手にしてくれた。私はその時の写真を、ここから撮ったの。私はあんたが財布を持ってる写真を撮れればいいと思ってたんだけど、まさか鞄に入れるなんてね。一瞬、本当に盗むのかと思ったわ」

彼女の考えを聞くと、私よりも遅く松下が授業にやって来たことを思い出した。
彼女は先生に、【職員室に行ってた】と言ったが。
松下は、私の前にスマホを翳しながら言った。

「これ、皆にバラしたら、ヤバいわよね?流石に、これを見ちゃったら、誰も信じてくれないと思うわよ」

……こいつ、最低だ。

59:ひまり hoge :2017/08/08(火) 21:30

「大体、あんたら何がしたいんだよ!私を陥れて楽しいか!?ああん?」

私は松下の方に、顔を近付ける。

「私達のグループに入って欲しいからよ」

「……は?」

予想外の返答に、私は口をぽかんと開けてしまった。

「どういうこと?意味わかんないんだけど」

「お前は知らなくていいんだよ」

西尾が言う。
そんな答えに納得出来るはずなく、私は眉間に皺を寄せた。

「教えてよ!」

「嫌よ。大体、理由を知ろうが知らないが、あんたはこのグループに入ることになるんだから、知る必要なんてないしね」

「何で、そう言い切れんの?悪いけど、あんたらみたいな性悪な奴がいるグループには入りたくない」

西尾や松下のグループは、前からあまり好きではなかった。
典型的なお嬢様気質の松下とは、何度か対立したこともある。
二人の他に、財布の持ち主である名取と大槻もいる。
ただ、その二人とも少し話したことがあるが、名取は性格が良いし、大槻は時々何を考えてるかわからなくなることがあるが、根は良い人だった。
そんな二人が何で西尾や松下と仲が良いのか、疑問に思ったことも何度かあった。
しかし、それよりも私は、最近笠原と萩野がこのグループによくいることに注目していた。
あれは、ただ松下達と仲良くなったからいるのだろうか。
それとも、まさかあの二人もこのようなことをされて、グループに入ったのだろうか。
ちらりと西尾を見る。
すると、西尾は意地悪そうな笑みを浮かべながら、言った。

「へぇ……それなら写真、バラされてもいいんだな」

彼の言葉に、私は唇を強く結んだ。

「バレたら、最悪退学かもね」

松下の【退学】という言葉が、重くのしかかる。

「退学は……ダメだ。お母さんは、金銭的に苦しんでいたのに、高校に行かせてくれた。なのに、退学になったら……」

脳裏に、お母さんの顔が思い浮かぶ。
【行きたい高校に行って思いきり青春をして欲しい】というお母さんの願いを叶えるどころか、退学になったら、お母さんは悲しむに違いない。
しかも、退学した理由が盗難だ。
人としても、お母さんは私を軽蔑するかもしれない。

「……で?どうすんだよ」

西尾の声に、私は二人を睨み付けながら答えた。

「入ってやるよ。入れば、いいんだろ。入れば」

私の返答に、松下は満足そうに微笑んだ。
その顔は、私の怒りをさらに増幅させる。

「そのかわり、絶対口外しないって約束してよね」

「ああ……まあ、お前次第だけどな」

最後の言葉が気になったが、私は1秒でも早くこの教室から出たかったため、私は二人に背を向けドアに向かって歩いた。

「あ、そうだ。沙也の財布だけど、私が預かっておくから」

彼女の言葉を無視しながら、私は教室を出た。

60:ひまり hoge :2017/08/08(火) 22:24

一応、私はコミュ力には自信がある。
しかし、人に話しかけるのにこんなにも勇気がいるなんて、何年ぶりだろうか。
誰もいない放課後の教室に、一人でぽつんと席に座り、何かをしてる萩野。
そんな彼女に、いつ声を掛けようか、廊下からちらちらと教室の様子を見る私。 
端から見れば、私は不審者みたいなものだろう。

あの日から、私はあのグループと一緒にいることが多くなった。
松下と西尾にはまだ怒っているが、名取や大槻とはすぐに仲良くなれた。
そして、例の二人。
笠原とはそこそこ話す程度の仲だが、特に問題はない。
ただ、残りは萩野だった。
萩野は人見知りなのか、彼女とはなかなか上手くコミュニケーションが取れない。
そんな彼女と仲良くなりたい……本音を言えば、彼女の口から聞きたいのだ。
松下と西尾から弱味を握られてるかどうかを。
笠原とはそこそこの仲だが、話し始めて数日しか経ってないのに、そんな深い話は悪いと思ったし、多分話してくれないと思ったため、二人のことは未だにわからない。
そのため、萩野と普通にコミュニケーションを取るのがダメなら、いきなり深い話をしようという考えに至ったわけだ。
あまりにも、滅茶苦茶な作戦だと思ったが、早く聞きたかったのだ。
彼女の本当の気持ちを。
いつも愛想笑いを浮かべているが、その裏にはきっと何かが隠されている。
根拠はないが、勘ってやつだ。
教室の様子をちらりと覗くと、萩野はまだ自分の席に座って何かをしている。
私は深呼吸を数回し、意を決して教室の中に入った。

「やあやあ、こんにちは!萩野ちゃんよぉ」

驚いたような顔をしながら、私の方に振り向く萩野。
私は彼女の机に歩み寄る。

「あ……江川さん」

「何してんの?」

私は萩野の机に置いてあった数枚のプリントに、目を通す。
それは、今日出た宿題だった。
提出期限は、明日だったはず。
しかし、私は違和感を覚えた。
同じプリントが3枚もあるのだ。

「何で同じ内容のプリントが3枚もあんの?」

すると、彼女は慌てたようにそれらのプリントを、机に隠した。

「な、何でもない…!」

そう言って、彼女は椅子から立ち上がり、教室から出て行こうとした。

「ちょ、待ってよ!」

私は逃げるように走る彼女の腕を、思いきり掴んだ。

「萩野も松下と西尾に、弱味を握られてんじゃないの!?」

無意識に出たその言葉に、私は一瞬やらかしたかも、と思ったが、後悔はしなかった。

61:ひまり hoge :2017/08/12(土) 21:59

「で、どうなの?」

私はもう一度訊くが、彼女は俯くだけ。
しかし、それでも私は萩野の腕を離さなかった。

「答えてくれるまで、離さない!」

私がそう言うと、彼女は諦めたのか、視線を私に向けた。
すると、ゆっくりと口を開いた。

「……江川さんの言う通りだよ」

語尾が震えていたのは、きっと気のせいじゃない。
彼女は勇気を出して、私に打ち明けてくれたと思うと、少し嬉しかった。

「やっぱり……」

「【やっぱり】ってことは、江川さんも?」

「まあね」

私は、少し声を低くして答える。
すると、萩野は何かが吹っ切れたように、話し始めた。

「実は、私ね___」




萩野は話し終えると、今にも涙がこぼれそうな目を擦った。
私は両手を固く握り締めた。
彼女が二人に弱味を握られていることは、なんとなく予想していたので、驚かなかった。
ただ、弱味を握られるまでの経緯が、私と少し違っていたが。
しかし、この話を聞いたせいか、松下と西尾への怒りがさらに増した。
これなら、きっと笠原も萩野や私と同じ目に逢ったのだろう。
彼女の話から、私は二人の目的が少しわかった。
二人は、私達を見下して弄んでいたんだ。
人の弱味を握って、私達をとことん利用するつもりだ。
ただ、私は彼女のように二人からこき使われたことは、まだない。
彼女曰く、グループに入って数日後に、二人が【アクション】を起こしたらしい。
私の予想が正しければ、私は明日辺りに二人から嫌なことをされる可能性が高い。
私はちらりと萩野の顔を見ると、彼女の目は兎のように真っ赤だったことに気付いた。
誰にも話せなかった過去を、一気に話したのだ。
辛い記憶がよみがえって、泣きたくなるのも無理はない。

「お願い。このことを話したことは、他の人には絶対言わないで」

そう言って、頭を下げる萩野。

「言うわけないじゃん。頭上げてよ」

萩野はゆっくりと頭を上げたが、彼女の瞳には不安の色が残っていたことに気付いた。

「……私達は、これからどうすればいいの?これじゃ、反抗することすら出来ないよ」

「だね。私なんて、クラスメイトの財布を盗んだことが知られたら、退学もんだよ」

「……え!?」

「あ、勿論私はやってないよ。松下と西尾がでっち上げただけ。二人が嘘の証拠まで作り上げたから、皆に信じてもらうことは難しいと思う」

私の言葉に、ホッと息を吐く萩野。
確かに、萩野から話を聞けたはいいが、これからどうするべきか。
とりあえず、このまま二人に従ってるだけの日々なんて、絶対に嫌だ。
だが、下手に反撃でもすれば、すぐにあの写真がバラされるだろう。
私は腕を組むと、松下と西尾の席を交互に睨んだ。

「……何で私達がこんな目に逢わなきゃいけないんだよ」

62:ひまり hoge :2017/08/12(土) 23:17

私の予想通り、二人は次の日から私を明らかに利用しているようなところがあった。
荷物持ちをされたり、先生に頼まれたことを私に押し付けたりなど、内容的には大したことはないが、ストレスが溜まる一方だった。
それでも、私は耐えた。
お母さんの顔を思い浮かべれば、なんとかなったのだ。
しかし、それもほんの数日しか効かず、いつ二人に対して激怒するかわからない状態だった。
二人から解放されるための方法も思いつかないまま、私は不安定な気持ちを抱えながら日々を過ごしていた。
そんなある日、転機が訪れた。
小倉が転校してきたのだ。


初めて彼を見た時の第一印象は、優しそうな人だな、という感じだった。
穏やかな雰囲気と端正な顔立ちが特徴の彼は、絶対女子にモテるだろう。
そんな彼とお昼を食べることになった理由は、皮肉だった。
彼は西尾の友人だからだ。

「小倉は、小学校の頃の友達だったんだよ」

そう言って西尾はコーラをあおる。

「おい。【だった】だと、今は友達じゃないみたいだろ」

「悪い悪い」

不機嫌そうな顔をしながら言う小倉と、それを適当に流す西尾。
腹黒い西尾と、優しそうな雰囲気の小倉が仲が良いなんて、正直信じられなかった。 
だが、そのことを抜けば、小倉は普通に良い人そうだ。
彼はどんな人なのか、何が好きなのか、苦手なことは何か、もっと知りたい。
そんな好奇心を含めて、私は手を差し出した。

「へぇ……そっかぁ。よろしくね!」

そう言った私に、嬉しそうな笑顔を浮かべながら、応じる小倉。
その表情に、一瞬胸が高鳴ったのは、気のせいだろうか。


小倉はすぐにクラスに馴染んだ。
私達のグループといることがほとんどだが。
私の予想通り女子からモテており、本人も彼女はいないため、彼に声をかける子は多かった。
そのうち誰かと付き合うのだろうか、と思うと、妙な気持ちになるが、あまり気にしないことにした。
私に恋愛は無縁なのだから。
まず、私は恋をしたことがない。
そして、【友達としての好き】と【恋愛としての好き】の違いが、いまいちよくわからないのだ。
そのため、友達や知り合いに彼氏が出来る度に、その謎は深まるばかりだった。
しかし、恋愛なんて私とは無縁のことだと思えば、段々どうでもよくなり、私には関係ないと捉えることにした。
そうすれば、一番楽なのだから。
しかし、あの日から、可笑しくなったのだ。 

63:ひまり hoge :2017/08/13(日) 14:29

西尾の一言から、小倉への嫌がらせが始まった。
正直、彼が小倉に牙を向けるとは思っていなかった。
だが、よくよく考えてみれば、それは有り得ないことではない。
先日、西尾と小倉が喧嘩をしたのだ。
遠巻きに見ていたため、何が原因かはわからなかったが、二人が争っていることは確かだった。
腹黒い西尾のことだ。
自分を苛つかせる人を、仲間外れにしようと考えたのだろう。
小倉は、西尾のグループ以外の人とも仲が良かったが、皆自分の保身に走り、彼を助けることはしなかった。
勿論、私が彼を助ければ、私の秘密をバラされるだろう。
ならば、と私は1つの考えが思いついたのだ。
少し危険かもしれないが、もう嫌なのだ。
西尾達の勝手な意見に、振り回されるのが。
このような状態が続くのならば、絶対に変えたい。
多少、危険を冒してでも。

日が暮れる時間が早くなり、学校残っている人は僅かだった。
私は昇降口の扉から吹く冷たい風に耐えながら、下駄箱で彼を待っていた。
私は、私のクラスの下駄箱を見る。
彼の靴箱には、まだ靴が入っていた。

「よし、まだ帰ってない」

もう何度、この確認をしただろうか。
私は、彼にある話をしたくて、こうして待っているのだ。
彼はどんな顔をするだろうか。
きっと、最初は戸惑うかもしれない。
でも、絶対納得してくれると信じている。
そう思うと、顔が少し綻んだ。
その時だった。
後ろから足音が聞こえたのだ。
それは、私のクラスの下駄箱に近付いていく。
もしかしたら彼が来たのかもしれない、と思い振り返ったが、その考えはすぐにかき消された。

「あ、江川さん」

そこには、萩野がいたのだ。

64:ひまり hoge :2017/08/13(日) 17:12

「お、萩野じゃん。何してたの?」

「補習に行ってたの。江川さんは?」

「私は小倉を待ってんの」

私の言葉に、目を丸くする萩野。

「……何かあったの?」

「いや、ちょっとね……」

私は、彼女に私の考えを話そうか迷った。
彼女はどちらかというと、【こっち側】の人間だ。
しかし、下手に話して西尾達にバレたらどうしようという不安もあった。
すると、萩野は心配そうな顔を浮かべながら、

「どうしたの?何かあったなら、言って欲しいな」

と言った。
それがなんだか嬉しかった。
彼女はきっと、純粋に私が困っていると思って、相談に乗ろうとしたのだろう。
萩野なら、信用出来る。
まだ彼女と話してたら少ししか経っていないが、そんな信頼感が芽生えた。
私は思いきって、萩野に例のことを話した。
すると、彼女は少し考え込むような仕草をしながら、口を開いた。

「そっか……でも、もし西尾君や松下さんにバレたら、大変だよ?」

「だけど、このまま誰も行動しなきゃ、二人の思う壺だよ。そんなの私は絶対嫌だ。それに、これは私単独でやるつもりだし、周りに迷惑をかけることもないよ」

私はそう言うと、拳を強く握った。
すると、彼女は真っ直ぐな瞳で私を見つめた。

「私も……江川さんと一緒していいかな?」

予想外の言葉に、私は目を見開いた。

「え!?でも、もしバレたら萩野も……」

「……その時はその時だよ。とにかく、罪悪感に耐えるだけの毎日は嫌なの」

彼女の瞳に、迷いはなかった。
私は少々、戸惑ったが、彼女と一緒に実行することを決めた。
一人より二人の方が、心強い。 
それに、私の意見に賛同してくれたのが嬉しかった。

この時、私達は気付いていなかったんだ。
自分達の覚悟が足りてなかったことに___

65:ひまり hoge :2017/08/13(日) 19:44

後ろから、足音が聞こえてきた。
それは徐々に、私達の方に近付いていく。
私は振り返ると、そこには小倉がいた。
私は目を輝かせる。

「小倉!」

私は彼の名前を呼ぶと、彼は驚きを隠しきれない様子だった。

「え、江川と萩野!?」

「私、小倉のことずっと待ってたの!」

私の言葉に、さらに混乱したような表情をする小倉。
すかさず、萩野が付け加える。

「私達、小倉君に話があるの」

「話?」

小倉の瞳に、一瞬不安の色が映った。
彼は私達が、彼の味方だということを知らない。
それなら、警戒されても仕方ないだろう。
私は周囲をちらりと見るが、人がいる様子はない。
私は拳を強く握り締めながら、口を開いた。

「私、小倉の味方だから」

すると、萩野も、

「私もだよ」

と言った。
私達の言葉に、唖然とした小倉だが、しばらくすると、顔を少しだけ綻ばせた。

「……ありがとう。でも、絶対他の奴……特に西尾や松下には知られないようにしてくれ。もし知られたら、今度は……」

徐々に曇っていく小倉の表情。
私は首を横に振った。

「大丈夫、バラすつもりはない。ただね、私達は小倉の力になりたいの」

「俺の力に?」

不思議そうに訊いてくる小倉。
すると、今度は萩野が話し出した。

「うん。私達は、西尾君側にいるふりをする。そして、小倉君にこれからどんな嫌がらせをするか聞いて、私達はそれを小倉君に伝える。前もって知っておけば、大体は回避出来るでしょ?」 

萩野の言葉を聞くと、小倉は複雑な表情を浮かべた。

「ありがたいけど……俺は気持ちだけで十分だ。女子に世話になるって、なんかカッコ悪いし……」

「カッコいいもカッコ悪いもあるかよ」

私はそう言うと、唇を結んだ。

「私達は、西尾君や松下さんの都合に振り回されて、クラスメイトが傷つく姿は、もう見たくないの。小倉君だけじゃない。二人……特に、西尾君のせいで、何人ものクラスメイトが嫌な思いをしたの」

萩野の発言に、小倉は眉をひそめた。

「え?待って……西尾、そんなことしてたのか?」

彼の言葉に、私達はこくりと頷く。
すると、彼は信じられないという表情を浮かべた。

「嘘だろ……確かに、性格は変わったとは思ったけど……」

「……どういうこと?」

私は彼を見つめながら、訊く。

「昔はそんな奴じゃなかった。自分より他人を優先する良い奴だったし、どちらかというと、大人しい性格だった」

その言葉に、私は驚愕した。
西尾が良い奴?
しかも、大人しい性格?
想像も出来ない西尾の姿に、私は困惑した。

「じゃあ、何で……今みたいな感じになったの?」

「それはこっちが聞きたいよ」

萩野の質問に、首を横に振りながら答える小倉。
小倉の言った限りだと、昔二人の間に何かがあって、西尾の性格が変わった可能性は低い。
なら、二人が離ればなれになった後、西尾の周りで何かがあったのだろうか。

「ていうか、江川と萩野は西尾のことが好きじゃないのに、何で彼奴のグループにいるんだ?」

その質問に、私達の肩がびくりと動いた。

66:ひまり hoge :2017/08/13(日) 22:39

私は萩野の顔をちらりと見る。
彼女も、動揺しているのが明らかだった。
私は出会って少ししか経っていない人間に、自分の弱味を言うことを躊躇った。
確かに、小倉は良い奴だ。
ただ、どこか【バラされるんじゃないか】という不信感が、私の中にあった。 
しかし、よく考えてみれば、彼が私達を裏切る可能性は低い。
小倉がバラしても、彼自身にメリット自体はない。
それに……。

「……わかった。話すよ」

私の心を覗いたように、萩野がそう切り出した。
萩野は私の顔をちらりと見る。
私はこくりと頷いた。



私達は、正直に話した。
弱味も、経緯も包み隠さず全て。
小倉は顔をしかめた。
彼の心の中は、ごちゃごちゃになっているだろう。
驚愕、悲しみ、怒り、同情、不安……。
私が彼の立場だったら、それらの感情が湧き上がると思う。

「……なら、笠原もそういうことだったのかも」

ぽつりとこぼしたその言葉を、私は聞き逃さなかった。
勿論、萩野も。

「どういうこと?」

真っ先に萩野が問う。
しかし、なんとなく答えはわかっていた。
小倉は真剣な顔をしながら、切り出した。

「この前、西尾と喧嘩しただろ?その原因は、西尾が笠原をこき使っていたからだよ。笠原はあの後、教室から出て行って、俺はその後を追ったんだ。俺は笠原が西尾から嫌なことをされてるんじゃないかって思って、話を聞き出そうとした。だけど、笠原は何も話してくれなかったんだ」

ここでやっと、彼女がグループに入った理由がわかった。
笠原も、私達と同じ境遇に逢っていたのだ。
何が原因で弱味を握られたかは知らないが、そんなことはどうでも良かった。

「……小倉君の話を聞く限り、笠原さんも西尾君達に弱味を握られてる可能性が高いよ」

「うん。絶対そうだと思う」

萩野の言葉に、頷きながら相槌を打った。

「……西尾達は一体、何を考えてんだよ」

「多分、私達を利用して楽しんでるんだよ。人の弱味を握って、自分の思うままに動かす……これじゃ私達、まるで二人の操り人形みたいだよ」 

「ま、操り人形だって時には、意思を貫きますけどね」

私は、不敵に微笑んだ。 
私達の弱味を周囲にバラされたら、たまったもんじゃない。
しかし、それでも私達にはやれることがある。
そう思うと、前向きな気持ちになれた。

「とりあえず、私は小倉を助けたい。一人より三人の方が心強いでしょ?」

私の言葉に、彼は私から目を逸らしながら、しばらく考え込むような仕草をするが、やがて口を開いた。

「……わかった」

その瞬間、私は心の中でガッツポーズをした。

67:ひまり hoge :2017/08/14(月) 22:17

「おはよー」

「おはよう」

私は教室に着くと、近くの席の萩野に挨拶をした。
私は周囲をちらちらと見るが、特に変わった様子はない。
昨日のことは、バレてないようだ。

「江川さん」

席に着き、鞄を机の横にかけると、萩野が私の方に歩み寄ってきた。

「ん?どうしたの?」

「昨日のこと、周りにバレてる様子はないよ」

小声で、彼女が言う。

「そうだね。まあ、油断は出来ないけど」

「だね」

「あ、そうだ。またなんか、二人に課題とか押し付けられた?」

すると、彼女は私から視線を逸らしながら沈黙したが、しばらくすると小さな声で言った。

「……うん」

「じゃあ、今日の放課後手伝うよ!小倉も誘ってさ」

最後の方は小声だったが、彼女にはきちんと伝わったようだ。
しかし、彼女は首を横に振りながら答えた。

「え……でも、悪いよ」

「いいの!暇だし。それに……」

「それに?」

「……やっぱなんでもない。後で、彼奴に放課後空いてるかどうか聞いてみるわ」

そう言うと、HRを知らせるチャイムが鳴った。
全員が席に着く中、私は机に顔を伏せた。
ごめんね、萩野。
私は1つ、言ってないことがあるの。
彼女の手伝いをしたいというのは、本心だった。
ただ、もう1つ理由があった。
小倉ともっと話をしたいのだ。
それは単に私が物好きな性格だからということもある。
しかし、彼ともっと一緒にいたい、仲良くなりたいという思いもあった。
だけど、何故私はそのことを萩野に言わなかったんだろう。

「……わかんねぇ」

私は自分でも聞こえるかどうかわからないくらいの声で、そう呟いた。

68:ひまり hoge :2017/08/14(月) 23:59

「わかんねぇ!!なんだこりゃ!!」

私は、シャーペンを小さな白い丸テーブルに放り投げる。
そこには、二人に押し付けられた分の課題と、自分達の宿題が散らばっていた。
改めて見ると、酷い有り様だ。
参考書、課題のプリント、教科書やノートの数々に、紙屑や消ゴムのカス……。
それに以前に、散らかった私の部屋に二人を呼んだのが間違いだったかもしれない。
私の心を覗いたかのように、小倉が呆れたような表情を浮かべながら言った。

「お邪魔させてもらってる身で失礼かもしれないけど、この部屋酷くないか?」

「うるさいなぁ!わかってるよ」

「小倉君、いくらこの部屋が汚いからって、本当のこと言ったら失礼だよ」

「……そういう萩野が一番失礼だと思う」

私は辺りを見回す。
クレーンゲームで取ったたくさんのぬいぐるみが置いてあるベッド、本棚に入りきらなかった漫画が散乱している床、学校の教材や雑誌、CD、小物などで溢れた勉強机。
今にも、ゴキブリが出そうな部屋だ。

「やっぱり、私の家が良かったかな」

「いいよ。萩野ん家、受験生のお姉さんがいるんでしょ?邪魔しちゃ悪いからね」

私は小倉を誘って、3人で課題を片付けるついでに、勉強会をすることにした。 
最初は学校の近くにあるカフェなどでやろうと思ったが、そこだと同級生に見つかる可能性がある。
それだけは避けたかった。
私達は3人のうち誰かの家でやることにしたが、萩野の家には受験生のお姉さんがいるし、小倉のところには今、親戚が訪れているため、仕方なく私の家にした。
店の方で勉強は出来るが、今日は生憎定休日だ。
散らかった部屋を同級生……ましてや男子に見られることに抵抗はあったが、私が今回のことを企画したので、我慢することにした。
だが、実際に見られると、流石の私にも恥ずかしさというものが込み上げてきた。
すると、突然小倉が立ち上がったと思ったら、彼は大きなあくびをすると、ベッドの上にある数々のぬいぐるみに注目した。

「このぬいぐるみ触ってもいいか?」

「いいよ」

私と萩野もベッドに近寄ると、私は兎のぬいぐるみを抱き締めた。

「ぬいぐるみ可愛いよね。サンドバッグにもなるし」

「え!?ぬいぐるみ可哀想だろ!」

「冗談だよ。でも、ストレスが溜まった時、何本もの鉛筆達が犠牲になったことやら……」

私の言葉に、苦笑する二人。
私は羊のぬいぐるみを、彼の腹部に押し付けた。

「な、何だよ!」

「私の部屋を酷いって言った罰じゃ」

「それは部屋を汚くしたお前が悪いんだろ!」

正論を返され、私は何も言えなくなった。 
私は唇を尖らせると、彼を睨み付ける。  

「拗ねるなよ……」 

「うっさーい」

私は彼から目を逸らすと、再び丸テーブルがある床に、二人に背を向けながら座った。
彼からすれば、私は拗ねてるように見えてるのかもしれない。
しかし、私の本心は違った。
楽しいのだ。
彼と話すのが。
勿論、萩野とも一緒にいるのは楽しい。
しかし、彼は彼女とどこか違ったのだ。
友人といる時とは違った楽しさ。
それは何でかはわからないが、彼をこの部屋から帰したくない。
ずっとお喋りして、遊んで、勉強したい。
そんな願望が、私の中に生まれた。
勿論、不可能な願いだが。

「おーい。江川ー?」

後ろから、彼が私を呼び掛ける声がする。
私は、振り返えることはしなかった。
多分、私は意地になってるのかもしれない。
それか、私が拗ねたと思って、少し戸惑った様子の彼をからかうのが楽しかったからかもしれない。
どちらにしろ、こんな気持ちは初めてだ。

「江川、なんか反応しろよー」

そう言って、彼は私の肩を叩いた。
反射的に、私は彼の方に振り返る。
彼はしゃがんだ状態で、羊のぬいぐるみを私に渡しながら、優しい笑みを浮かべた。

「やっと反応した」

彼からぬいぐるみを受け取ると、次第に私の心臓の鼓動が速くなった。
それと同時に、熱を帯びる私の頬。
それは、彼の顔を見れば見るほど熱くなった。
まるで、自分が自分じゃなくなるみたいで、戸惑う。
私はどうすることも出来ず、再び彼に背を向けた。

「え、ちょっと江川!?」

私の様子に困ったような声を上げる小倉。
私は口パクで、こう呟いた。

『ばか野郎』

69:ひまり hoge :2017/08/16(水) 14:37

「お手洗い借りていいかな?」 

「どうぞどうぞ」

壁にかけた時計が18時を示した頃、萩野は床から立ち上がると、部屋から出て行った。
二人の課題は終わり、今度は自分達の宿題を始めたが、萩野も小倉も疲れている様子だった。
勿論、私もだが。
小倉はあくびすると、私の顔をちらりと見た。

「もう暗いし、そろそろ帰った方がいいな」

「そうだね。親が心配するかもしれないし」

私は伸びをすると、床に寝転んだ。
このまま眠りについてしまいそうだ。
私はそれを堪えながら、片付けをする彼に視線を向ける。
私は、小倉に対してどういう気持ちを抱いているのだろうか。
勿論、嫌いというわけではないが、萩野や他の友人に対する【好き】とは何かが徹底的に違うのだ。

「江川も、片付け手伝えよ」

呆れた顔をしながら、私を見る小倉。
その表情ですら、私の心臓の鼓動を速めるのには十分だった。
……なんか私、変だ。




「お邪魔しましたー」

「またいつでも来てね」

「その時は、少しは部屋綺麗にしておけよ」

「うるさーい」

私は店の玄関から、二人の姿が見えなくなるまで、彼等を見送った。
もうすぐ冬だ。
空は真っ暗だし、寒さもどんどん増してきている。
萩野は小倉が家まで送ってくれるから、心配ないだろう。
私は白い息を吐きながら、店の中に戻ると、厨房には姉さんがいることに気付いた。
私はカウンター席から、彼女に声をかける。

「おかえり。今日遅かったじゃん」

「大学の帰りに、彼氏の家に寄ったの」

そう答えると、機嫌が良いのか、鼻歌を歌いながら明日の店の準備をし始めた。

「それにしてもさぁ……莉子、あの二人誰?もしかして、男子の方は彼氏?」

「違う。友達だよ、友達」

私はカウンター席に座ると、ため息をつきながら答えた。

「なんだ。私、てっきり彼氏かと思って、裏口から入っちゃったじゃん」

「彼氏ねぇ……」

私は、ぽつりと呟くと、ある考えが浮かんだ。
もしかして、こういうのが恋なのではないか、と。
しかし、私はそれをかき消すように、首をぶんぶんと横に振った。
その様子を見た姉さんが、首を傾げる。

「何やってんの」

「別に……」

確かに、彼に対する感情は何かはわからない。
だが、それを恋と決めつけるには躊躇いがあった。
何故だかはわからないが、本能的に認めたくなかった。
すると、私の中に1つの考えが思いついた。
姉さんに恋というものは何か、聞いてみよう。
姉さんは、恋愛経験は豊富な方だ。
友人に恋愛相談をされてるところを、何度か見かけたこともある。

「……ねえ」

「ん?何?」

私は、迷いなく言った。

「恋って何?」

70:ひまり hoge :2017/08/17(木) 10:56

「は?恋?」

突然の私の質問に、目を丸くする姉さん。
私は構わず続ける。

「そう、恋。友達とは違う好きって……どういう感じ?」

最初は戸惑った様子の姉さんだったが、次第に彼女は目を輝かせた。

「はーん。さては、莉子も恋を……」

「違うわ。はよ教えろ」

私は彼女を急かすと、姉さんはにやにやと気持ち悪い笑みを浮かべながら、口を開いた。

「説明するのは難しいけど……簡単に言うと、相手に対して赤面したり、心臓がバクバクするとかだと、私は思う。とりあえず、嫌いじゃないのに、友達とは違う感情を抱いていた場合、大体は恋なんじゃないの?」

彼女の言葉に、私は何も言えなかった。
赤面、心臓がバクバクする、友達とは違う感情……。
全て当てはまっていた。
私は椅子から立ち上がると、階段を駆け上がった。
途中、姉さんの声が下から聞こえた。

「夕飯何がいい?」

「いらないっ!」

私は自分の部屋に戻ると、ベッドに倒れ込んだ。
羊のぬいぐるみが視界に入ると、顔が赤くなるのがわかる。

「意味わかんない……」

私はそう呟くと同時に、羊のぬいぐるみを抱き締めた。
私が小倉のことが好き?
でも、彼とはまだ会って少ししか経ってない。
いや、恋に時間など関係あるのだろうか。

「………やっぱり、そうなのかな」

もう、認めた方が良いのかもしれない。
ドキドキしたり、顔が赤くなったり、友達とは違う感情を抱くのは、全部……。

「私、小倉のことが好きなんだ……」

71:ひまり hoge :2017/08/17(木) 17:51

「……ん。江川さん!」

「え!?」

私はびくりと肩を動かす。
目の前には、心配そうな表情を浮かべる萩野。
周囲を見渡すと、いつの間にか放課後に入ったのか、クラスメイトはあまりいない。

「大丈夫?HRが終わってから、ずっと何もしないで席に座ってたから……」

「ごめん、ぼーっとしてただけ」

小倉のことが好きだと自覚した次の日、私は一日中上の空状態だった。
時々、小倉の方をちらりと見るが、すぐに目を逸らしてしまう。
まるで自分が自分じゃなくなるような感覚に囚われながら、一日を過ごした。
私は席から立ち上がると、鞄から財布を取り出した。

「飲み物買いに行こうと思うんだけど、萩野も行かない?」

「う、うん!」

はにかみながら頷く萩野。
なんだか彼女といると安心する。
西尾達のグループに入った時は、【最悪だ】と思っていたが、その代わり萩野と仲良くなることができた。
そのことに関しては、ラッキーだと思っている。
自販機で飲み物を買うと、近くのベンチに座った。
アイスココアを一気にあおると、私は萩野の顔をじっと見つめた。

「どうしたの?」

首を傾げる萩野。

「いや……萩野と仲良くなれて良かったなぁ、って思っただけ」

「え?」

彼女は、最初は目を丸くしたが、次第に照れたような表情を見せた。

「なんか、萩野といると心が安らぐんだよね。やっぱ、西尾や松下みたいな気の強い奴より、萩野や小倉の方が良いわ」

小倉は別の意味で……だが。

「そう?でも、私も江川さんと仲良くなれて嬉しかったよ」

ふわりと柔らかい笑みを浮かべる萩野。
思えばそうだった。
私は確かに、昔から友達は多かった。
しかし、それは広く浅くと言った方が正しかった。
とても仲の良い友達というと、思い当たる人物が思いつかず、ましてや親友なんていなかった。
こんな心から信頼できそうな人は、彼女が初めてかもしれない。

「なんか本当、西尾達のグループに入ってからは、初めてがいっぱいだなぁ……」

初めての本当の友達に、初めての恋。
理由はどうあれ、このような感情を体験出来たのは、素直に嬉しい。

「どういうこと?」

「なんでもない」

私は微笑みながら、そう答えた。

72:ひまり hoge :2017/08/17(木) 18:57

「萩野はさ……恋したことある?」

無意識に、そんな質問が口から出た。
その瞬間、彼女は顔を真っ赤に染めた。
その表情は紛れもなく、恋をしている証拠だろう。

「へえ、してるんだ。青春だなぁ」

私はからかうように、にやにやと笑みを浮かべた。
すると、彼女は首を横に振る。

「し、してないよ!」

「でも、顔が赤いよ?」

「暑いだけ!」

苦しい言い訳をする萩野に、思わず笑みがこぼれた。
同じく恋をしている子を見て、恋に対する戸惑いが少し消えた気がする。
彼女にこれ以上は詮索しないが、いつかそれが実って欲しい限りだ。

「そういう江川さんは?」

「うん、いるよ」

私は包み隠さず、そう言った。
彼女は驚いたような表情を浮かべると、

「そうなの!?告白はしないの?」

と、興味津々そうに訊いてきた。

「告白ねぇ……」

告白に関しては、あまり考えてなかった。
何しろ、恋をしたという衝撃が大きかった分、その先のことは頭になかったのだ。

「そういうのって、いつ言えばいいのかな……」 

真っ先に出た言葉は、それだった。
よく漫画やドラマなどで告白というものを見るが、そういうのは恋をしてからどれくらい経ったら、するものなのだろう。

「それは江川さん次第だよ」

「私次第?」

こくりと頷く萩野。

「本人に【好きだよ】ってアピールしてから告白するのも、好きになってすぐに告白するのも、本人次第だよ……なんか、偉そうでごめんね」

申し訳なさそうな表情をする萩野に、私は首をぶんぶんと横に振った。

「ううん!そんなことないよ。アドバイス、ありがとね」

私は彼女の両手を握りながら、笑みを浮かべた。
すると、萩野は何かを思い出したのか、突然ベンチから立ち上がった。

「ごめん!もうすぐ部活の集まりが始まるから、行くね!」

「そっか。また明日ねー」

「うん。バイバイ!」

私は萩野に手を振ると、彼女は振り返しながら、階段を駆け上がっていった。
彼女の姿が見えなくなると、私はため息をつきながら、机に顔を伏せた。

「……私次第か」

アピールしてから告白……。
そんなに私は待てないし、アピールする気もない。
ならば、すぐに告白?
勿論少し躊躇ったが、そうしたいという自分がいた。
このまま想いを抱くのではなく、正面突破したい。
しかし、一発で付き合えるとは思ってない。
彼が私を好きになっているとは考えられないからだ。
だから、返事は後日に返してもらいたい。
もしそれでもダメだったら……と考えると不安になるが、私は自分の考えを止めることが出来なかった。
私はベンチから立ち上がると、真っ先に下駄箱に向かって走った。
やがて視界に下駄箱が入ると、私は自分のクラスから彼の靴箱を探す。
彼の靴箱には、まだ靴が置いてあった。

「まだいる……!!」

私は再び走った。
目的地は、教室だ。
そこに彼がいるかもしれない。
その一心で、私は息が切れそうなのも気にせず、階段を駆け上がる。
まるで何かにとりつかれてるのではないか、と疑いたくなるほど、そのスピードは速かった。
体力が限界に近づいた時、ようやく教室の扉の前にたどり着いた。
乱れた呼吸を整え、私はそれを開けると、予想通り、彼はいた。
彼以外、誰もここにはいないため、告白にはちょうど良い場所だ。

「小倉!」

「江川?どうしたんだ?」

私は彼のところに駆け寄った。
小倉はこれから帰るつもりだったのか、鞄に教科書などを詰めているところだった。
いよいよだ、と思うと、急に不安が訪れた。
手が震える。 
心臓が今にも、はち切れそうだ。
そんな私とは反対に、微笑みながら私の言葉を待ち構える小倉。
そんな彼の表情を見ていると、少しだけ落ち着いた。

「あのさ……」

「何だ?」

私は拳をぎゅっと握り締めながら、言った。

「私、小倉のことが好きなの!!」


続きを読む 全部 次100> 最新30 ▲上へ
名前 メモ
画像お絵かき長文/一行モード自動更新