受験戦争 〜Exam war〜

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1:風李 蘭:2018/11/26(月) 16:41

西暦2035年。
急激な人口爆発により、食糧不足や資源の欠乏が問題となった未来の世界。
日本政府は資源を確保するべく、使えない人材を切り捨てるために"人類間引き計画"を強行。

中学高校において、国が定期的に行うようになった"生存試験"は、問題を解いて『解魔』という怪物を倒すことで点数が入る特殊な試験。
トータル点数によって生徒はランク分けされ、上位は優遇、下位は冷遇される。
そして学年下位5名は不要な人材として"殺される"。

いらない人間に与える資源はない。
冷酷非道で残虐無道な間引きが始まった。

そんな中、とある中学校に一人の問題児が転入してきた。

>>02 登場人物

2:風李 蘭:2018/11/26(月) 16:50

[国立王井学院中等部]
3-δ(3年デルタ)クラス…特定の科目のみ優秀な生徒を集めたクラス。

【虎威 康貴(とらい やすき)】♂ 15歳
何らかの目的を成し遂げるためにδクラスへ入ってきた転入生。
社会科が得意で、特に歴史が大好きな歴史バカだがその他の科目は壊滅的。
貧乏ゆえ食い意地が張っており、守銭奴。
双子の兄がいるらしい。名前の由来はトラヤヌスより。

【伊賀 理零(いが りれい)】♀ 14歳
歴史のテストは常に最下位だが理科が得意な少女。
自身の名前は0点の0からきていると自嘲している。
名前の由来はガリレオ・ガリレイから。

【赤染 萌李(あかぞめ もえり)】♀ 15歳
京都で有名な名家の子女で、京言葉を話す。
国語、特に古典が得意だが理数系が苦手。
名前の由来は赤染衛門から。

【バンジョー・バターリン】♀ 14歳
オーストラリアから留学生としてやってきた少女。
英語は学年トップレベルだがまだ日本語に不自由があり、歴史や国語が不得意。
世界的に有名な企業の会長を父に持つ。
名前の由来はバンジョー・パターソンより。

【有久 律兎(ゆうく りつと)】♂ 35歳
3-δクラスの担任。以前は最高成績者が集まるSクラスの担任だったが、ある理由から2年間教壇を降りていた過去を持つ。
担当は数学。名前の由来はユークリッド(エウクレイデス)。

【理事長 ???】
学院の理事長を務める。
普段表に出ることはなく、生徒や教師ですら対面したことがない謎多き人物。

3:風李 蘭:2018/11/26(月) 22:48

【第一話 Try康貴】

テスト返しは嫌い。
教卓を挟んだ向こう側にいる教師を、震える瞳で見上げた少女は心の奥で毒づいた。

赤い雨が降る。
ひとつ、またひとつと、彼女の心を突き刺していくように。
教卓の向こうに聳え立つ男性教師の顔は険しく、テスト用紙を受け取った彼女は怯えながら眉間に増えていく皺の数を数えていた。

「伊賀! また社会のテスト最下位だぞ」
「……はい」

丸がひとつあったと思ったら『0』だった。
ぬか喜び。
赤ペンの斜線、斜線、斜線。
紅の大洪水。
彼女は受け取った答案用紙をすぐにでもグシャリと潰すか、ビリビリと切り裂きたい衝動を寸手で抑えた。

社会の小テスト。
しかも今回の範囲は彼女が最も嫌悪している歴史で、公民や地理ならまだ──0点という惨劇は回避できたかもしれなかった。
テスト用紙を軽く握りしめた彼女はクラス中の視線を気にしつつ、重い足取りで席へ戻った。
たとえその眼球があさっての方を向いていようとも、臆病な彼女は気にせずにいられない。

「クラスメート名前すら覚えられてないのに、顔も知らないジジイの名前なんか尚更覚えられるわけないじゃん……」

3年に進級してから約1ヶ月が経っても、30人近くいるクラスメートの名前は未だうろ覚えな状態だ。
ましてや、一週間前に予告された一問一答歴史人物50人小テストなんかできやしない。
難しい漢字、似通った名前、紛らわしい事件や反乱。
これだから歴史は大嫌いだと、少女──伊賀 理零は盛大にため息を吐きだす。

理零の零は、0点の零。
彼女は自身のことをそんな風に自嘲するが、歴史はともかく理科の成績に関しては学年でも10位以内に入るレベルだ。
だが逆を言えば、歴史が彼女にとって成績の重い枷となっており、それを克服しない限り彼女は最低クラスのDクラスから抜け出せないのである。

4:風李 蘭:2018/11/26(月) 23:17

現在の日本は超学力主義。
一に学力二に学力、三に学力四に努力。
それはこの王井学院中等部だってもちろん例外ではない。
上位クラスに行けば行くほど、下位に下がれば下がるほど待遇の差は扇のように広がっていく。

最も優秀とされているSクラスは、図書室や自習室の優先権、良質な設備を持つ寮の使用、希望参考書の購入など数々の特権を付与され、鬼に金棒という具合である。
それに対し、成績不振者が集められたDクラスの待遇はというと、自習室や図書室の使用が認められていないだけに留まらず、休み時間や放課後に掃除や雑務を課せられる。

設備も十分ではない。
雨漏りが絶えない天井、歩けば軋む床、鼠色の塗装が剥がれた壁。
とても集中できるような環境ではない。
雑務によって勉強時間の確保は難しくなり、ますます成績が下がる。
Dクラスに落ちるというのは蟻地獄に落ちると同義で、もう落ちた時点で終わりなのだ。
後はただ、間引き対象にならないようDクラス内でどんぐりの背比べをするだけ。


「先週の『生存試験』の間引き対象者を発表する!」

生存試験による"間引き"。
そもそも生存試験というのは、人口の爆発的な増加により、食糧、資源が不足したこの世界で導入されつつある全国模試のことである。
3ヶ月に1度、国が出す生存模試を受け、トータルスコアが低かった者から5名は学力のない無能とみなされ、資源の浪費を抑えるために殺されてしまう。
これが2035年代を騒がす『人類間引き計画』である。

5:風李 蘭:2018/11/26(月) 23:18

固唾を飲んで祈る者、ガタガタは震えて俯く者、泣き出す者。
伊賀理零もそのうちの一人で、5月中旬の昼下がりと、さほど寒くもないのに奥歯をカタカタ小刻みに震わせていた。

ピンと張り詰めた緊張の中、男性教師は真顔で教卓に手をつき、ピシャリと言い放った。

「出席番号2番、浅田美咲!」

クラス中の眼球が、ギロりと一斉に窓際の方へ向かった。
憐れむような、蔑むような、そして安堵するような、目。

「いっ……や、い、いや……ゐぃやあぁぁぁあっ!」

青ざめた顔面で阿鼻叫喚する彼女を、いつの間にか出入りしていた警備員が二人がかりで取り押さえる。
激しく蹴ったり叩いたり噛み付いたり、とにかく拘束から逃れようと死に物狂いで暴れている。
その細い手首に不釣り合いなほど重く錆びた手錠が嵌められてもなお、彼女は破壊をやめない。
机が蹴り飛ばされ、分厚い教科書が勢いよく床に散乱した。

「じにだくない! 死にたぐない゛ぃぃいっ! やめて! 離して、離してゑぇっ!」

警備員が慣れた手つきで彼女の口に布を当てると、彼女は抵抗をやめ、ぐったり力なくその場に崩れ落ちた。
先程までの暴動なんてなかったような、穏やかな寝顔だ。
浅く肩を上下させながら呼吸し、人形のように項垂れる。

それを見るクラスメートも2年間経験していれば慣れてきたようで、怯えつつも入学当初のような悲鳴はあげなかった。

鉛のように重い雰囲気の中、強面の教師は淡々と名前を読み流していく。

「出席番号12番、木村 勲」
「……はい」

「出席番号25番、野村 真波」
「そんな……そんな……っ」

浅田美咲のように悲鳴をあげて最後まで抵抗する者、覚悟していたのかすんなりと受け入れる者、諦めたように項垂れて涙を流す者。
いつ死んでもいいよう、事前に遺書を書いておく生徒もちらほらいる。

どんなに訴えても、もがいても、抗っても、行き着く先は皆同じ。
学院の地下、厳重に施錠された『抹殺室』。
そこでの殺害方法は秘密裏に隠されているが、命を奪われることに代わりはないのだ。
そして空いた分の席には、代わりの人間が絶えず補充される。
Cクラス辺りから落第してきた生徒かもしれないし、編入テストが振るわなかった生徒の場合もある。

次に命を奪われるのは自分かもしれない。
そんな恐怖に身を震わせながら、死刑宣告を受けた人の背中を見送るのだ。
こうして計5人の命が、今月も消えていく。


「今回残った者もかなり危ないぞ。油断はするな!」

昨日までクラスメートだった子が、友人が、取り押さえられ、連行されていく。
そして次の日には見知らぬ人が座っている。
そんなことが当たり前になったこの世界で、少年、少女達は今日も生きていかねばならない。

6:風李 蘭:2018/12/02(日) 19:34


「伊賀、ちょっと職員室へついてこい」
「……ゑ?」
「五分程度で終わるから、掃除はそれから行け」

テスト返却が終わり、理零がDクラスの日課である放課後の校内掃除へ向かおうとした刹那だった。
担任の教師からの唐突な職員室への呼び出し。
教師の少し急ぎ目の大きな歩幅に合わせるよう、理零もちょこちょこと小幅ながらも着いていく。

職員室に来い、というのは呪いのフレーズだとしばし思う。
教師はその一言を放つだけで、生徒を凍てつかせることが可能だ。
当然理零は凍てついた。

思い当たる節が、多すぎる。
社会のテストとか社会のテストとか社会のテストとか。
まともな返事もできずに固まっていると、彼女の考えていることを察したのか男性教師は言い放つ。

「固くなるな。悪い話じゃない」
「そう、ですか」

無表情のまま言われても信用できるはずもなく、職員室へ到着する頃には不安と緊張で彼女の心臓はバクバクと暴れていた。

Dクラスの証である白のリボン。
王井学院では制服でクラスの色が分かるようになっており、Dクラスのそれを付けるということは、「私は馬鹿です」という看板を下げて歩いているようなものなのだ。
この時代、馬鹿は嫌われる。
リボンの色で察したのか、職員室中の視線が怜悧になった。
理零にとっては非常に居心地が悪く、一刻でも早く抜け出したくて歯がゆい面持ちになる。

「まぁ、そこにかけてくれ」
「はぁ……」

ただ間抜けな声で返答することしかできない。
理零が教師のデスクのすぐ横に予め用意されていたパイプ椅子に腰かけると、パイプ椅子はギシッと不吉な音をたてながら軋んだ。
ところどころ錆びついており、少し鉄の臭いが漂った。
クッション部分も破れて穴が開いており、黄色いスポンジがはみ出している。
理零は落ち着きなく黄色いスポンジを握ったりつまんだりを繰り返す。

教師は自身のデスクの引き出しを開けて分厚い茶封筒を取ると、そのまま理零に手渡した。

「あの、これは……?」
「まぁ開けてみろ」

理零は言われた通り、糊付けされた封を丁寧に剥がす。
すると『δクラス 年間授業予定表』と印字された紙と、十数枚程度の書類が顔を出した。
なにやら小難しい単語が何行にも渡って並んでおり、読む気が失せる。

「急で悪いが、お前は明日からDクラスから異動してδクラスで授業を受けてもらう」
「クラス異動……ですか!? どうして私が? そもそもδクラスって……?」

思わず理零は質問攻めになるが、それも無理はない。
そもそもδクラスなんてクラスは王井学院には存在していない。
何度も言うように王井学院中等部のクラスは成績順に上からS、A、B、C、そしてD。
ギリシャ文字のクラスなんて怪しい、実に怪しすぎるクラスである。

「δクラスというのは……成績不振だが特定の科目のみ優秀な生徒を集めたクラス。今回お前は理科枠としてδクラスに選ばれた。δクラスに関する情報は明日の全校集会で生徒会から発表される事項だから知らなくて当然だ」

そんな理零の反応も想定内だったのだろう、予め用意していたと思われるようなほど流暢な説明だ。


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