西暦2035年。
急激な人口爆発により、食糧不足や資源の欠乏が問題となった未来の世界。
日本政府は資源を確保するべく、使えない人材を切り捨てるために"人類間引き計画"を強行。
中学高校において、国が定期的に行うようになった"生存試験"は、問題を解いて『解魔』という怪物を倒すことで点数が入る特殊な試験。
トータル点数によって生徒はランク分けされ、上位は優遇、下位は冷遇される。
そして学年下位5名は不要な人材として"殺される"。
いらない人間に与える資源はない。
冷酷非道で残虐無道な間引きが始まった。
そんな中、とある中学校に一人の問題児が転入してきた。
>>02 登場人物
「そういえば、あなたの名前聞いてないんだけど……」
「おい、お前ら!」
理零が少年の名前を尋ねようとしたところを、低い男性の声が遮った。
一斉に声のする方に振り向くと、長身で気だるげな表情を浮かべた男性が立っていた。
くたびれた紺色の背広に身を包み、長い足をクロスさせている。
「悪いが自己紹介は後だ。まぁ後もなにも、お前らにはこれから行われる全校集会で新設されたδクラスの生徒としてステージで自己紹介してもらう」
「ステージに出るんですか……!?」
「聞いとらんで、んなこと!」
理零と萌李は難色を示した。
「聞いてなかったのか? まぁお前らは前に出て一言発表するだけでいい、緊張すんな」
「せやけど……!」
「いいじゃん萌李。ステージなんて初めて! ワクワクしちゃう!」
抗議しようとする萌李を宥めるように、横からバターが躍り出た。
人前に出ることを苦としていないのか、口角も上がって随分と楽しげな様子だ。
「てなわけで、さっさと講堂に移動だ。転入生は迷子になんないよう他の奴らについてけよ〜」
背広を着た男性に促され、4人は急ぎ足で講堂に向かう。
他のクラスの生徒も移動を始めており、少し混雑していた。
「さっきの男の人、2年前に1年Sクラスの担任してた先生ちゃう?」
渡り廊下を一列になって歩く途中、ふと萌李が思い出したように言った。
「Yes,私も見覚えあるわ。でも確か途中でやめたわよね?」
「なんだっけ、数学の先生だった気が……」
中等部一年時から在籍していたバターと理零は記憶にあるものの、Sクラスの生徒ではなかったためさほど濃く印象には残っていないようだった。
Sクラスの教師とは、集会で見かけたり廊下ですれ違うくらいしか接点がない。
それにしてもなぜ元Sクラスの担任が……?という疑問が3人の中に渦巻く。
そんな疑問符を打ち消すように割って入ったのが、娼年の一言だった。
「あー悪い、そこのトイレ行ってきていいか?」
少年が指さしたのは、渡り廊下の突き当たりに設置されてある男子トイレだった。
「but,タイムリミットはあと2分よ」
「せや、うちら先行ったらアンタ講堂まで辿り着けへんやろ」
バターと萌李が言うように、転入生の少年はまだ校内の地理に明るくない。
だから先程の男も3人と共に行動するよう促したのだ。
しかし、少年の顔色は青い。
「な、なんとかならないかなぁ?」
「ゔぅ……でも我慢できねぇよ〜! すぐそこにあるから行っときたいんだ! 確かここ渡って階段降りてけばすぐ見つかるんだよな!?」
「そうだけど、心配だよ」
昨日のフユサンゴの件と言い、少年は考えずに突っ走っていくきらいがある。
トラブルメーカーになりつつある少年を一人にするのは、理零としても気がかりだった。
「しゃーない、ステージで漏らされるよりマシやからな……ほな、行っとき」
萌李は呆れて苦いため息をひとつ落とすと、顎をしゃくって男子トイレを指し示した。
「ありがとよ! すぐ行っから!」
別行動をとることになった少女達は急ぎ足で講堂に向かい、少年は男子トイレに駆け込んだ。
「大丈夫かな……」
「ま、うちらが壇上に上がる頃には戻るやろ。校長の話長いし」
女子3人は無事チャイム前にステージ袖で待機できたが──。
「やっべぇ〜! 誰もいなくなってる!」
少年が用を足してトイレから出る頃には、廊下の人影はすっかり消え失せていた。
1人でも講堂へ向かう生徒がいればあとを付けて行くことが出来たのだが、1人もいないとなると厳しい。
「講堂って……? あぁ、ここは食堂? てかここ何階だ?! 下の階だったよな……?」
とりあえず階段を下るものの、膨大な部屋の数にパニックに陥る。
国立王井学院が誇る設備は大学規模で、体育館やトレーニングジム、広い食堂など約50以上の部屋がある。
手当たり次第に一つ一つ確認するも、何処もガランとしたもぬけの殻。
1人でも人がいれば講堂の場所を聞けるのだが、あいにく教師を含めたほとんどの人間が出払っているらしい。
「ん〜、この階じゃねーのかなぁ……?」
やがて少年はもう一段下り、一階から地下室へと迷い込んだ。
「うっわ、ここ絶対違ぇよな……」
窓がひとつも無いため、外界から遮断されたような錯覚に陥る。
灯りはところどころ天井に備え付けられた古い蛍光灯のみ。
その蛍光灯も長い間替えられていないのか消えているものやゆっくり点滅しているものが多く、蛾が舞うところも多々あった。
道路の途中にあるトンネルのように、静寂の中自分の足音だけがコツ、コツと響く。
長い廊下を少し進んだところで少年は怖くなり、引き返そうと背を向けた瞬間だった。
「いっ……ゐやぁあ! いやぁ! 助け、助けてゑぇえゞ」
「ぎゃぁあ゛、いやだ、やめてぇ!」
耳を劈くような激しい慟哭に、少年は足を止める。
額から脂汗が滲み出た。
声のする場所は近い。
「は……っ!? なんだよ、この悲鳴……!」
振り返ると、数メートル先に木製のドアが見えた。
声の源は恐らくその部屋だろう。
「何が起きてんだよ……!」
逃げ出したい気持ちもあったが、扉の向こうを確かめたいという好奇心の方が大きかった。
切り裂くような悲鳴に何があったのか確かめようと、少年が恐る恐る歩み寄ろうとした、その刹那に。
「──君、こんなところで何をしているんだ?」
「ぎゃあ゛あ゛あぁあっ!?」
突如ぽんっと軽く肩に手を乗せられ、少年は驚きのあまり、部屋から聞こえる悲鳴をかき消すような大声をあげた。
トンネルのように反響する空間だから余計にうるさい。
少年の悲鳴はこだまし、二重、三重となって耳に跳ね返る。
落ち着きを取り戻してよく見ると、話しかけてきたのはただの男性だった。
50歳ほどだろうか、白髪の交じった黒髪をしているが肩幅は広くて背も高く、体格はしっかりとしている。
先程の若い男性教師と違って、きっちりアイロンがけされたYシャツのボタンは白蝶貝。
スーツもそれなりに上等そうで、貫禄がある。
薄暗い中だったが、なんとなく身分がやんごとないのは伺えた。
「こっ、講堂探してたら、迷っちゃいまして……! お、俺転入生なんで……」
震える声は小さかったが、十分響き渡った。
カタカタと足を小刻みに震わせてなんとかそれだけ言うと、男性から少し後ずさった。
男性はというと、眉を少し下げて苦笑している。
「そうか、ならば私が案内しよう」
「あっあっあっあっ、ありがとうございます!」
少年は裏返った声で礼を述べた。
男性はこっちだ、と反対方向を向くと、着いてくるよう促す。
足音が二人分響いた。
「にしても随分と校舎端まで来たね。講堂は反対だから、少し歩くよ」
「は、ははっ……」
少年は苦笑いを浮かべた。
ひとまず階段をのぼり、2人は地下室を後にする。
窓から差し込む日光が、なんとも言えない安心感を生み、少年はほっと胸を撫で下ろした。
地下にいたのはたった数分だが、10年ぶりに地上に還ってきた気がする。
少年は静かにそう思った。
少し歩いて中庭に足を踏み入れる。
丸い石畳の硬い感触が、上履き越しに伝わる。
「あのっ、あの、さっきのってまさか……」
「見てしまったか」
男性は呆れとも諦めともつかないような苦笑いを浮かべた。
「あれは"抹殺室"。成績不振で役に立たない人材を葬る、馬鹿の墓場さ」
「やっぱりあれが……!」
「普段地下は立ち入り禁止で停学処分なんだがね。まぁ君はまだ説明を受けていなかったみたいだし、見逃してあげよう」
抹殺室、という単語を聞いて、少年は眉間に皺を寄せて男性を見上げた。
それを見て男性がどんな表情をしたのか、少年は分からない。
逆光が、眩しい。
「怖い顔だね。君も間引きが怖いか」
「いーや、怖くなんかないね。俺はあいつとの約束……この学校の間引きを止めるために転入したんだ。」
「ほう? どうやって?」
小馬鹿にしたような笑みに、ムカついたが、少年は負けじと口角をつり上げ不敵な笑みを浮かべた。
「この学院はクラス対抗で校内戦をして、勝たったら条件を飲ませることが出来るって聞いた。教師も例外じゃねぇ。だから理事長の座を奪って、間引き指定校から外す」
「ほぉ〜、理事長の座を……ねぇ。この時代にこれほど大きな夢を持つ若者がいるとは」
男性は感嘆の声を漏らすと、ぱちぱちと小さく拍手した。
「君、クラスは?」
「デルタだ!」
「ほう、じゃあ有久(ゆうく)の言っていた社会科枠の転入生とは君か。これは面白い」
中庭を通って校舎内に入ると、逆光が消え失せて男性の横顔が明瞭になる。
少年は聞いたことのない有久(ゆうく)という名前に疑問を覚えて尋ねようとしたが、男性は続けた。
「理事長を倒すのは、不可能だよ」
微笑を浮かべていたものの、その声は低くて怜悧で。
少年の鳥肌がたったのは、その冷たく寒い声のせいか。
「え、どうして「さぁ、ここが講堂だ」
男は少年の言葉を遮ると、身長を遥かに超えるほど大きな扉の前で立ち止まる。
「早く行ったほうがいいんじゃないか? 確かデルタクラスは登壇と聞いた」
「いっけねぇ、そうだった!」
すっかり頭から抜け落ちていたのだろう、焦燥を滲ませながら扉のノブに手をかける。
男性は壁に寄りかかって腕を組み、一向に動こうとしなかった。
「入らないんですか?」
「私はまだやることがあってね」
「そうですか……あの、ありがとうございました! じゃ、行ってきます!」
少年は一礼してから扉を勢いよく開けると、堂々と歩き出した。
少年が案内を受けていた一方、理零、萌李、バターの3人はステージ袖で焦りを感じていた。
見渡す限り生徒が並ぶ講堂に、自然と手に汗を握る。
「緊張するなぁ……講堂のステージなんて登ったことないよ」
「ウチもやで。そもそもこんな自己紹介いらんとちゃう? クラスだけ発表したらええのに」
「まぁまぁ、二人ともrelax(リラックス)! あげぽよで行きまショー!」
「あ、あげぽよ……」
覚えたてのギャル語を使いたいのか、あげぽよを強調させるバターに萌李と理零は不思議なものを見るような目で見た。
硬くなっている理零と萌李と対象的に、バターの笑顔は崩れない。
「それにしても遅いなぁ、あの人……そろそろ校長の話終わるのに」
「絶対迷ったで。やっぱウチが待っときゃ良かったんや……」
「続いて、連絡事項。δクラスの四人は壇上へ上がってください」
「Oh,もう登壇みたい!」
男性のアナウンスがしたかと思うと、先程の男性──担任(仮)がマイクスタンドの前でだるそうに進行させていた。
「とりあえず、うちらだけでも行かんとな」
「そうだね」
「YES♡゚」
3人は事前に渡されたマイクを握り、ステージに登って行った。