スレイブ・ヒーロー

葉っぱ天国 > 小説 > スレ一覧キーワード▼下へ
1:ジイカ (;`・ω・)つdice3:2019/07/18(木) 11:27

ダーリンドール・サーカスの招待状をお受け取りの皆様、こんばんは。
この度は裏演目のお披露目会へようこそ!
裏演目では好きな奴隷に金を賭け、勝ち負けに応じて配当を得ることが出来る競人も行っております。
虎と同じ檻に閉じ込めたり、ピラニアの餌食にしたり、殺し合いに発展することも。
いやぁ、人間の本性は面白いですね。

少々グロテスクな場面もございますが──Are you ready?

YES→>>02
No→出口へどうぞ

2:ジイカ ( -.-)ノ ・゚゚・。dice1:2019/07/18(木) 11:32

《ダーリンドール・サーカス》
表向きは普通のサーカス団体だが、裏では人身売買や人間を使った危険な裏演目、賭博などを行っている。
借金が返済できない人間を奴隷として使う。

【志賀葉 美渦(しがは みうず)】(28)
人の上に立ちたいという思いから勉強し、若くして課長に上り詰めたキャリアウーマン。
彼氏に裏切られ、サーカス団へと奴隷として売り飛ばされた。
殺し合いから生き残るため、奔走する。

【童条 雅一(どうじょう がいち)】(30)
姉に借金の連帯保証人にされてしまい、サーカスへ売り飛ばされた。
マジックの腕を買われてマジシャンとしてサーカスで活動しており、奴隷の中でも待遇は良い。

【兵王院 飛直(ひょうおういん ひすぐ)】(48)
兵王院金融の会長にしてダーリンドール・サーカスの団長、"皇帝"として君臨する男。
苦しむ人間をいびることに喜びを見出し、サーカスの裏演目を始める。
納豆が嫌いで、見ることすら嫌がる。

【天河 桃夜(あまがわ ももよ)】(21)
地下アイドル"もよも"として活動していたが、資金難のため借金。
期日までに返済できず、サーカス団に奴隷として売られた。
親は車の整備士で、機械いじりが得意。

【看守のおじさん】
年齢や名前は不詳だが、推定20代の青年。
奴隷の管理を任されており、美渦達に手を貸すことも。
ダーリンドール・サーカスについて深く知っているらしい。

【宮内 大我(みやうち たいが)】(24)
美渦と交際していた青年。
金を持っていて男慣れしていない美渦を騙し、5000万の借金をした。

3:ジイカ:2019/07/19(金) 00:41

「あ、お疲れ様です志賀葉《しがは》課長」
「お疲れ様。私はこれで失礼させて頂くわ」

カツカツとヒールを高らかに鳴らし、颯爽と歩く姿は注目の的になる。
給湯室でヒソヒソと耳打ちする男性社員を横目に、私は先を急いだ。

「志賀葉《しがは》課長、いつもは残業するのに今日帰り早いな。デートとか?」
「それはないっしょ。絶対彼氏いねぇって」
「美人だけど、怖いし近寄りがてぇもんなぁ。俺ならもっと可愛げのある三好さんの方がいいや」

いいわよ、こっちだって貴方達みたいな男願い下げよ。
仕事は遅いし気も利かない、営業はヘタクソ噂話は一人前。
軽く舌打ちしたが、繁華街の喧騒の中、誰の耳にも届くことは無い。

それに私が今日急いでいるのは他でもない、早く帰ってくる彼氏だ。
いるのよ。彼氏、私にだって。

4:ジイカ:2019/07/19(金) 07:41


「ただいま〜」

ダークグレーのスーツジャケットを脱いでハンガーにかけると、一気に肩の力が抜ける。
匂いに釣られてリビングへ向かうと、エプロンを纏った彼氏が忙しそうに配膳していた。

ゴロゴロと大ぶりに切られた野菜が浮かぶ豚汁に、骨まで柔らかくなる程くたくたに煮込まれた鰯の甘露煮。
まだ柔らかな湯気が微かに立ち上っていて、温かい。
取引先や上司のセクハラ、後輩の嫌味、しつこいクレーマーの攻撃で参っていた私を癒してくれる──。

「お仕事お疲れ様!ビール買っておいたよ〜」
「いつもありがとう、大我《たいが》君」

パチンコ・スロットの経営をする会社に務めて早5年。
自分で言うのもなんだが、三十路前に課長のポストにまで上り詰めたやり手のキャリアウーマン。
しかし勉強や仕事以外の事はからっきしで生活能力が低く、見かねた大我君が同棲を申し出てくれたのがきっかけで、生活を共にしている。

5:ジイカ:2019/07/19(金) 10:40

「俺が誕生日にあげた簪(かんざし)、使ってくれてるんだね」

ふいに、大我君がご飯を咀嚼しながら優しい声で言った。

「えぇ。シンプルだから使いやすいし、夏場は助かるわ」

大我君から貰った、小さな桜のガラス細工が揺れる簪。
去年の誕生日プレゼントで、髪が結べるほど伸びたし、夏場が近づいたのでまとめた髪に刺している。

「そういえば明日は大我君の誕生日だったわよね。明日も仕事早めに切り上げるから」
「ありがとう、楽しみ!」

大我君の無邪気な笑顔を、ずっと隣で見られればいいと思っていた。

6:ジイカ:2019/07/19(金) 17:06


〜♪

設定しておいたスマホのアラームがぼんやりと、覚醒しきれていない耳に入る。
気だるさを残しつつスマホを操作して起床すると、ふと大きな虚無感に包まれた。

「大我君……?」

いつもなら私より遅く出勤するためギリギリまで隣で寝ているはずの大我君がいなかった。
パジャマと布団はは綺麗に畳まれ、シワの寄ったシーツはもう冷たい。

「こんな朝早くに用事……? 言ってくれればよかったのに」

少し寂しさを抱くものの、私もゆっくりとしていられなかったので着替ようとクローゼットに手をかけた時だった。

「志賀葉さん、いらっしゃいますか?」
「は、はい!」

インターホンが鳴ったかと思うと、聞き覚えのない男性の声がドア越しに響く。
少なくとも大我君が戻った訳ではなさそうだ。
まだ午前6時、配達の類やセールスマンの線も薄い。

すっぴんで部屋着(『君の瞳に聴牌《テンパイ》!』と筆字でプリントされたTシャツにハーフパンツ)なのが憚られるが、あまり相手を待たせる訳にもいかず、せめてTシャツの文字だけでも隠そうと薄手の青いカーディガンを羽織ってドアを開けた。

「えっと……?」

勝手に1人だと思い込んでいた私は、玄関を取り囲む黒いスーツを纏った5人の男にたじろいだ。
アニメやドラマに出てくる、いわゆる黒服。
金持ちがSPとして雇っているような、厳ついおじさん達(年齢不詳)。

「志賀葉様でいらっしゃいますよね?」
「えぇ……そうですけ、ど……?」

威圧感に抗えず、失礼だと思いつつも後ずさりしてしまう。
黒服の一人がそれを詰めるようにして、やおら歩み寄る。

「兵王院《ひょうおういん》金融の者です。宮内大我様の借金5000万の担保として、あなたの回収に参りました」
「……ヱ?」

カーディガンを抑えていた手を思わず下ろしてしまい、『君の瞳に聴牌《テンパイ》!』がご開帳したが、黒服のおじさん(お兄さん?)はそれでも顔色一つ変えずに淡々と続けた。

「兵王院金融に5000万円を昨日までに返済とのことで契約致しておりました。支払い期限が過ぎたため、担保として志賀葉様、貴方の身柄の拘束を頂きます」

目の高さにに掲げられた借用書には、確かにゼロが7つ。
宮内大我という滲んだ走り書きのサインもある。

「ごっ、ごせんま……んっ!? ちょっと待って、そんな……そんな、ありえない! 大我君がそんな……っ」

黒服の男から借用書をひったくるように奪って目を通すと、赤字で書かれた一文の下に身に覚えのない拇印が押されていた。

──志賀葉 美渦は借金が期日までに返済できない場合、担保として兵王院金融に身柄を引き渡すことを承諾する。

見覚えのある筆跡──。
少し右上がりで丸みを帯びている特徴的な筆跡に、目頭が熱くなった。
信じたくない、でもこのタイミングで消えた彼を信じられるど、私は馬鹿じゃなかった。
寝ている隙にでも拇印を押したのだろう。
同棲していれば、チャンスはいくらでもある──。

「身柄を引き渡すって一体どういう……」
「ちょっとした労働です。少し手荒な真似にはなりますが──」
「な、えっ、なによ……!?」

両脇が動かなくなったかと思うと黒服の男達に拘束されていて、すっと口にハンカチが当てられる。
ツンと鼻を刺すような臭いがして、吸い込まないよう息を止めるも限界は早かった。
どっと瞼が重くなり、私はそのまま意識を手放した。

7:ジイカ:2019/07/19(金) 17:10


「んっ……」

重い瞼をこじ開ける。
朧げな意識のまましばらくぼーっとしていたが、見慣れない天井に驚いて飛び起きた。

冷たく硬い床の感触、鼻腔を刺激する生ゴミの臭い、どこからか聞こえる『クソ野郎!』と汚い罵倒。
そして目の前には、自分の腕ほどの太さがある鉄棒が縦横に組まれた鉄格子。
もう少し鉄格子の向こう側を見ようと立ち上がった時初めて、自分の両手に噛み付く手錠に気がついた。
ところどころ赤錆に侵食され、血を彷彿させるような鉄の臭い。

「なによここ……刑務所!?」

ダメ元で鉄格子を揺すったり叩いたりしてみたが、案の定手が錆臭くなるだけだった。
ジャラジャラと手錠の鎖が金属音をたてて揺れる。
なんで私がこんな目に、と俯いていると。

──靴音が響いて、止まった。

「くくっ……君の瞳に聴牌《テンパイ》、か。変なTシャツだな。麻雀《マージャン》打つのか? 志賀葉美渦さん」
「そりゃ〜もう、昔は"雀荘荒らしのみうちゃん"なんて呼ばれて──えっ?」

思わずTシャツの柄を庇うように両手で隠す。
見上げてみると、鞭のようなものを持った看守が笑いをこらえていた。
帽子を深く被っていてその目は見えないが、声などからして私より少し若い青年のようだ。

「かれこれ3年ここに居るけど……お前さんみたいな服装でここに連れてこられた奴は初めてだ」
「ねっ、寝起きのところを拉致されたのよ……! それより、あなた誰?」

彼の顔を見ようと覗き込むも、帽子をさらに深くかぶられてしまった。
どうやら顔を見られるのが嫌らしい。

「俺はダーリンドール・サーカスの裏演目奴隷管理者だ。平たく言えば看守ってとこだな」
「ダーリンドール・サーカス……?」

当たりを見回せば、すぐ目の前にも女性が捕えられて収容されているのが鉄格子越しに目に入る。
遠くから聞こえる『出せこの野郎!』という罵倒から、収容はもっと奥の方にまで及んでいるようだった。

「お前さんは売られたんだよ。このダーリンドール・サーカスの裏演目を盛り上げる奴隷としてね」
「どういうこと……裏演目の奴隷ってなにするの……?」
「まぁ簡単に言えば……」

8:ジイカ:2019/07/19(金) 23:18

──その時だ。

「おい、21番!」

看守が言いかけたところで、タイミング悪く数人の黒服がぞろぞろと私の檻の前へやって来た。
看守はため息をついてポケットから鍵を取り出すと、慣れた手つきで錠前に差し込む。

「21番って……私のこと?」
「そう。あの黒いおじさん達の言うことは従った方がいい。大丈夫、殺しはしないさ。手出して」

大人しく繋がれた手を差し出すと、看守のおじさんは小さい鍵で私の手錠を解除した。

「"殺しは"って……」
「ボサッとしてるな21番! 着いてこい」

痛いことはされるかもしれないじゃない。
しかし刃向かって力で叶う相手じゃないので、警戒しつつも渋々従った。

9:ジイカ:2019/07/20(土) 13:24

「これに着替えてこい」

そう言って渡されたのは、雑巾よろしく麻布のボロきれのような服だった。
ところどころ赤いシミ(血?)はあるし穴はあるし、ほつれは酷い。

「なんで私が……っ」
「早くしろ!」

半ば強引に狭い部屋へ通され、気は進まないが麻布の服に着替えた。
肌触りは悪くて着心地は良くないし、なぜか灯油のような、なんとも言えない臭いがする。

それから黒服にされるがまま部屋に連れられ、今度は椅子に座らせたかと思うと、また手足を拘束された。
せっかく手錠を外してもらったのに、今度は足まで自由が利かない。

「外しなさいよ! 一体何するつもりよ!」

とにかく暴れて抵抗するも、椅子すらびくともしなかった。
ただジャラジャラと虚しい金属音が鳴るだけ。

しばらくすると、黒服の内の一人がなにかを手に持って私の前へ立った。
その手に握られたものに戦慄する。

パッと見自撮り棒のような棒だが、おっかない黒服のおじさんがそんな物を持っているはずがなかった。
棒の先っぽは印鑑のようになっており、そこからジューッとかパチパチとか、もんじゃ焼きの鉄板みたいな音がする。
つまりは──焼印。

「今からナンバーを付ける。暴れると他のところも火傷するから大人しくしとけ」
「ナンバーってまさか……!」

その先を告げる前に、複数人の男が私の腕をがっちりと掴み、棒を持った男の方へ差し出す。
大して腕力のない細い腕では、とうてい振り切ることなんかできなかった。

印は刻々と近づいて、二の腕あたりに熱気が刺さる。
ヤカンを少し触っただけでも激痛がするのに、ヤカンより遥かに熱い鉄を数秒間押し付けるなんて正気の沙汰じゃない。
想像もできない痛みに怯えながら、強く双眸を閉じた。

10:ジイカ:2019/07/20(土) 17:01


「ぃああ゛あぁあ゛ぁあゝっ──!」

溶ける、腕が溶ける。
時間にして僅か数秒くらいだが、私には落ちたばかりの葉が化石になるほどの年月みたいに長く感じられた。
熱は皮膚を通り越し、奥まで蝕み、数万の細胞を無慈悲に殺していく。

「ゐっ、や……ぃあ゛ぁっ!」

ようやく腕から焼印が離れた時、冷気との温度差も手伝って、さらに酷い激痛が走った。
一体なんの印を付けられたのか恐る恐る二の腕に目を向ける。
皮膚の色が変わったそれは、小さく書かれた番号と──。

「っはぁ……はぁ……なに、これ……バーコード……?」

細い縦線が並び、長方形を作っている。
そしてその下には『2019080821』──今日の日付と、恐らく私のナンバーである21が小さく刻まれている。

「なんでこんなことするのよ……っ!」
「商品にバーコードを付けるのは当然だろう」
「……え?」

11:ジイカ:2019/07/20(土) 20:20

ちょうどその時、ギィッと扉の軋む音がしたかと思うと、一人の男が立っていた。
黒服とは違って派手な赤色のスーツを纏っており、髪はオールバックにしている中年男性。
肌は少し小麦色に焼けており、どことなく若々しさがある。

「ひょっ、兵王院様!」

黒服達は驚いたようにそう叫ぶと、素早く敬礼をして跪いた。
おっかない黒服を一瞬で従事させたこの男こそ──。

「兵王院金融の……」
「そう、私が兵王院金融の社長兼ダーリンドール・サーカスの団長……兵王院飛直さ」

ダーリンドール・サーカス。
看守の人が言っていた、奴隷を使った裏演目があるという謎のサーカス。
そんなサーカスの団長で、しかも人を担保にするような怪しげな金融の社長なんて絶対に只者じゃない。

「これが昨日連れてきた奴隷か……おい、調査書寄越せ」
「こちらになります」

兵王院は黒服から一枚の紙を受け取ると、一瞥してからふーんと軽く呟いた。

「志賀葉美渦28歳独身、パチスロメーカー"Kujou"の課長、出身は神奈川県秦野市、父親を亡くしている。趣味は麻雀と特撮鑑賞……おっさん臭いのかガキ臭いのかよく分からん女だな」
「なっ……お、面白いじゃない、麻雀も特撮ヒーローも! 麻雀はおじさんがするもの、特撮は子供が観るもの、なんて固定観念は捨てないよ!──ん゛ぅゔっ!?」
「……奴隷が私に命令するな」

唇に硬い感触がしたと思ったら、兵王院に顔を靴で潰されていた。
ただ押し付けるだけではなく、グリッと口内をえぐるように捩じ込んでくる。
少し高い踵が口の奥まで支配し、靴墨の少し油っぽい味がした。
でも靴底に泥の味はしなくて、あぁ、自分の足で外の地を歩かないような身分なんだなと冷静に思った。

「虫唾が走るほど嫌いなものが三つある。一つ納豆、一つ偽善。そして一つ……命令されることだ!」
「がはっ……!」

やっと靴が口から離され、私は空気を貪るように吸った。
まだゴムと靴墨の混じった不快な味が微かに残る。

12:ジイカ:2019/07/20(土) 20:25




世の中にはそういうサディスティック的嗜好を持つ人がいるとは知っていたが、それを目にする日がくるとは。
AVやらアニメやらの都市伝説だと思っていたけど──何が楽しいんだろう。

「……あなたの好きなものを当ててあげるわ」
「外したら靴を舐めて貰おうか」
「いいわ、単純だもの。あなたの好きな物、それは……人の苦しむ顔。合ってるわよね?」

ニヤッと口角を上げて尋ねれば、相手も口角を上げ返して不敵に笑った。

「ご名答。人の苦しむ顔は実に良いものだァ……苦しみが極限まで圧迫した時、人は本性を表すからな」

その言葉の意味をまだ理解できなかった私は、なにも言えず、ただ兵王院を見上げた。
けれどその数時間後、私はその言葉の意味を、身を持って知ることになる。

「それってどういう……」
「知りたきゃ実際に苦しめ。おい、こいつを今夜の裏演目に使うから舞台へ連れて行け! 演目はそうだな……"エサやり"だ」
「……エ サ や り ?」

拘束が外れて手足が軽くなる。
黒服が慌ただしく準備するのを、私はただ痛む二の腕を抑えながら見ていることしか出来なかった。

──デスゲーム幕開けの鐘が鳴る。

13:ジイカ:2019/07/21(日) 12:52

「とりあえず夜まで時間はある。食事を済ませたら食堂で待機していろ」

まず黒服の男に連れてこられたのは、ボロいという以外何の変哲もない食堂だ。
私以外にもボロきれを纏った男女が大勢いて、二の腕には例の焼印──バーコードが付けられている。
顔や体に傷を負った者、痩せ細った者、やつれている者。
私と同じ、"商品"として連れてこられた債務者達だろう。

学校の給食よりも少ない量で、茶碗一杯の納豆ご飯とアジの開きのみ、飲み物は水。
野菜は一切無く、栄養バランスも偏っている。
ちょうど隣で食事をとっていた、痩せ細った男性二人の会話が耳に入る。

「俺、飯三日ぶりだわ……」
「マジかよ、俺は昨日食ってなかったけど」
「久々にネズミ以外の物食ったよ……」

会話を聞く限り、どうやら満足に食事もとらせてもらえないらしい。
まだそれほど空腹ではないため、私は食事を受け取って地べたに座ると、アジの開きをポケットに入れた。
下手をすれば一週間食事抜き……なんて拷問もありうるかもしれないのだ。
まだ腹六分目の今、無理に食べることはない。
食中毒に気をつけつつ、食料を貯蓄しておくのも一つの手だ。

「納豆は持ち帰れないし、今食べておくしかないわね……」

そういえば兵王院の嫌いもの三つの中に納豆が入っているのを思い出し、憎たらしい男の顔が脳裏をよぎって不快感が押し寄せてくる。
裏演目に不安を馳せながら、辛子もタレもついていない納豆を咀嚼した。

14:ジイカ:2019/07/21(日) 15:32

「"エサやり"の時間だ! 全員速やかに集合しろ!」

ちょうど納豆を食べ終えて食器を片付けていると、黒服がずかずかと入って招集を呼びかけた。
何人かの人々はため息をつき、また何人かは泣き出す。
その目は虚ろで濁り切っている。
裏演目に待ち構える悪魔を知らない私は、ただ不安を抱きながら従う他なかった。


年齢や性別もバラバラな奴隷6、7人が集められ、ステージに登壇した。
まだ幕は降ろされており、スポットライトが六畳ほどの大きな檻を照らしている。
サーカスというからには、幕の向こう側に観客がいるのだろう。

「早く入れ!」

黒服に急かされ、私達は巨大な檻へと収容された。

「なにすんだコノヤロウ!」

私のように大人しく入る者もいれば、蹴ったり殴ったりと暴れて抗う者もいる。
結局は黒服に鎮圧されてしまい、全員仲良く檻の中だ。
全員入ったことが確認されると、ガシャンと施錠され、黒服はどこかへ行ってしまった。

「出しやがれ!」
「なにすんだ! クズ! 非道!」

ガタイのいい男性が必死の抵抗で、鍵を壊そうと檻に殴りかかる。

15:ジイカ:2019/07/21(日) 19:05



「たっちゃん、怖いよ〜っ」
「大丈夫だ美紀、お前のことは絶対に俺が守ってやるからな!」
「うぅ……死ぬ時は一緒だよ、たっちゃん……っ」

可哀想に、カップルで閉じ込められた人もいるらしい。
檻の端っこの方で若い男女が肩を寄せ合い、互いの涙を拭いながら慰めあっている。

私も、気を緩めたらとめどなく涙が溢れてしまいそうだ。
どうして私がこんな目に、課長という築き上げてきた地位はどうなるの、私はずっとこのままなの?
大我君に復讐してやりたい、殺してしまいたい、でもここから出られない。
スクランブルエッグみたいにかき混ぜられた感情はぐちゃぐちゃになって、私を押し潰す。

目の裏に溜まった熱い涙を今すぐにでも出してしまいたい。
けれどそれじゃ、あの男に負けた気がする。
苦しむ顔を見せてしまえば、あのサディスティック団長を悦ばせてしまう。

「お待たせしました、それでは裏演目……エサやりのスタート!」

軽快な音楽と共に、女性のアナウンスがが流れる。
目の前に垂らされた幕がゆっくりと上がっていく。

「ダーリンドール・サーカス……一体何をしようっていうの……!?」

涙腺を引き締め、上がっていく幕の向こう側を睨みつけた。

16:ジイカ:2019/07/21(日) 22:51

「ようこそVIPの皆さん、こんばんは」

コツ、コツ、と靴音がしたかと思うと、憎たらしい声が会場の奥まで響く。
派手な赤いスーツが目に痛い。

「兵王院……!」

理性を失った獣のように檻に飛びついて、刺すように睨みつける。
兵王院はそんな私の姿を認めると、フッと涼し気な笑みを浮かべてあしらい、司会を続けた。

「今夜の裏演目は"エサやり"。みなさん事前にお買い求めになった人券はお持ちですか?」
「私は200万を10番に賭けたわ」
「うちは21番に300万」
「私は6番と2番に100万ずつ」

ステージに座る紳士淑女は、薄暗くてよく見えないが気持ち悪い笑みを貼り付けてそんな会話をしている。
なんとなく察せたが、どうやら私達は競馬の馬のように、賭けの対象にされているらしい。

「ご存知の通り、"エサやり"とは奴隷達に我がサーカスのアイドルタイガー"アクルックスちゃん"の餌となってもらうゲーム! 皆さんには誰が最後に生き残るか予想してもらいます!」
「ゑ……餌ぁ!?」

私たちが、虎の餌になるっていうの!?

驚愕のあまり唖然としていると、背後から低い唸り声が聞こえた。

「ゥウヴゥ……ヴァウッ!」

そこには、白い毛並みを持った大きな虎……ホワイトタイガーが鎖に繋がれていた。
首に繋がれた太い鎖を今にも引きちぎりそうな勢いで咆哮している。
唾液がボタリと床へ落ちた。

17:ジイカ:2019/07/21(日) 23:13


「アクルックスちゃんは三日間何も食べさせていない空腹の状態です。獲物を見つけ次第すぐに捕食しにかかるでしょう」
「ふざけんじゃねぇ! 悪魔! 死神ィ!」
「出して、ここから出してぇぇ! ゔぁあ゛ーっ!」

もちろん檻の中は大荒れで、ひたすら檻を叩いて脱出を懇願した。
劈くような慟哭が会場中にこだまする。

「奴隷の皆さん落ち着いて。救済処置は用意してありますから」

いけしゃあしゃあと宣うと、アクルックスの首元を指して続けた。

「アクルックスちゃんの首輪に、この檻の鍵を付けました。その首輪を見事アクルックスちゃんから奪い取ることができれば、この檻から脱出することが可能です」
「く、首輪に鍵だって……?」

確かに、アクルックスの首輪には錆びた鍵がぶら下がっている。
ナスカンのような物で繋ぎ止められており、アクルックスが歩く度に左右に揺れた。

「悪趣味なやつね! 無理に決まってるでしょ、そんなの!」

セーラー服で猛獣から逃げるような珍獣ハンターならともかく、つい昨日までOLだった私が虎相手に取っ組み合いで勝てるわけがない。
いくら鍵が用意されているとはいえ、ほぼ100%死ぬ。

「皆さんに全員死なれた方が賭け金丸儲けでこちらとしては上手い話ですが、そうなると誰も賭けてくれませんからね。犠牲にすればいいんですよ、他人を」

悪魔のような発言に、ハッと周りの人達の目が変わった。
互いの顔を睨み合う。

「そうだ……そうだよ、他の奴らに喰らいついてる隙を狙って……」
「嫌よ、私は嫌!」
「てめぇみてぇなブス生きる価値ねぇだろ! お前が囮だ!」
「そうよ、若い子の肉の方が美味しいから虎も夢中になるわ!」
「おばさんこそもう先は長くないんだし、死んだら!?」

他人を出し抜くことばかり考え、胸ぐらを掴み合い髪を掴み合い──。

「たった一言で、奴隷達の敵意が兵王院から他の奴隷に変わった……」

みんな、兵王院の一言に踊らされているんだ。
この場を支配するその余裕は団長というより、まさに皇帝。

18:ジイカ:2019/07/22(月) 07:53

「噛み付かれたってすぐに死ぬことができるわけじゃない……血が抜けるか、脳天食われるまでもがき苦しむしかない……」

誰かがぽつりと零した。
いくら真実でも、不安を煽るようなことを言わないで欲しいと少し苛立つ。
そういう発言をするからさらに囮の押し付け合いが激化するんだ。

「たっちゃん、たっちゃん、守ってくれるよね……? 私のこと守ってくれるって言ってたもん、ね……?」
「あ……あぁ……ま、守る! 俺はお前が守ってやるって!」

先程まで肩を寄せあっていた男女に目を向ければ、やはりというか、男の方の決意が揺らぎ始めていた。
つい5分前まで女を守ると意気込んでいたのが嘘のようだ。
ずっと闇に隠していた人の本性を丸裸にする、末恐ろしいゲーム。

このゲームを実行する兵王院も兵王院だが、観客も観客である。
倫理、良心、正義感。
一切合切抜け落ちたやつらがここにいる。
紳士淑女は格好だけか。

「所詮は他人事……自分が儲けて楽しめればそれでいいってわけね……!」

兵王院の同類みたいなのが観客席中にいると思うと、乱射事件の一件でも起こしたくなる。

「それでは、アクルックスちゃんの投入!」

兵王院の高らかな宣言を口火に、観客席からは拍手の嵐が、檻からは断末魔の叫びが渦巻き、とてつもない熱量を産んだ。

19:ジイカ:2019/07/22(月) 15:16

「ゥガアァウ゛ゥゥ……ァアア゛ッ」
「いやっ、いやぁ! 来ないでぇゑっ」
「やゃあ゛だぁぁあ゛っ!」

檻の狭い扉が開かれ、鎖を外された虎がゆっくりと歩み寄る。
黄ばんだ鋭い歯を向けながら、炯々とした視線を獲物に向けている。
足が小刻みに震えて、変な痙攣が止まらない。

「あんたが行きなさいよ!」
「ふざけじゃねぇ! やめろぉおぁあ゛っ!」
「ぃ、いあぁっ! いやあぁ──っ!」

予想通り押し付け合いが始まり、他の人を盾にしようと人間同士で取っ組み合いが始まる。
組んず解れつ縺れ合い、髪を毟り合う。
そして一目散に檻の端へ逃げ、とにかく虎から距離を置こうと抗う。

が、私は一か八か、下手に動かずにじっと虎と向き合うように立ちはだかった。
それから後ろを向かず、ゆっくりと適度に距離をとる。

「動いたら死ぬ……動いたら獲物と認識されてしまう……背を向けたら襲われる……!」

虎は動くものを獲物と認識し、背を向けた獲物を襲うという習性がある。
小学校の頃、昼休みに暇潰しで読んだ図書室の図鑑で得た知識だから信憑性は薄い。

「いやぁぁっ! 来ないで、あ゛ぁ!」

やはり読みが合っていたのか、虎は私の方を少し睨んだが素通りし、後ろの方で震えている人間の集団に突進していった。
私は少し安堵して胸を撫で下ろしたが、そう悠長にもしていられない。
阿鼻叫喚の渦を見れば、人々は中心から怯えるように離れ、ドーナツ状に並ぶ。
その真ん中にいたのは──。

「あれは……!」
「い゛ぃやああぁあ゛! 痛ゐ! ア゛ァアア──ッ!」

腕を噛み付かれていたのは、先程のカップルの片割れ、女の方。
しかも後ろには女を盾にするようにして差し出す男……彼氏の方が、鼻水を垂らしながら小刻みに震えていた。

「守る゛っで言ったじゃな゛い゛ぃっ! 」

噛み付かれた女は長い髪を振りかざして暴れ、貞子も恐怖に凍てつくほどの形相で彼氏に叫ぶ。

「誰がお前みてぇなブスなんが命懸けるってんだよ、ははっ……ははっ!」
「はぁぁあ!? あんたいつもそう! 車道側私に歩かせるし! 気利かないし……! 所詮あんだなんかキープの男よお゛ぉっ!」
「ブスのくせにお姫様気取りか! お前だって俺の金でブランド物買い漁りやがってクソ女っ!」
「死んねェエエェエ!」

女は残った片腕で男を掴むと、虎の口へと男の頭を突っ込む。

「い゛っ! あ゛ぁぁ!何すんだァでめぇ!」
「死ぬ時は一緒だって約束したでしょ……あんたも道連れだよ!」

ついさっきまで固い絆を誓い合った仲とは思えないような罵り合い、殺し合い。
本性。これが本性。
硬い蟹の殻をスルッと向くように、兵王院のゲームは人の閉ざされた本性をいとも簡単に丸裸にしてしまう。
踊る、踊らされている、彼の、掌の上で。

「ははっ、いくら恋人とはいえ所詮は赤の他人ですから、ねぇ?」

兵王院がマイクを握って微笑みながらそう言うと、観客は何が面白いのかドッと笑い出す。
檻に閉じ込められた地獄絵図を、まるでコメディ映画でも見るみたいに。

「あー6番は恋人に守られて生き延びると思って100万賭けたんですがねぇ」
「所詮こんなもんですよぉ、恋愛は」

全てが起こっているのは檻の中であり、自分達の元には来ないという安心感があるからそんなことが言えてしまう。

「人一人目の前で死んだって言うのに、なんて呑気なの……!」

ここは狂気のダーリンドール・サーカス。
人の命も屑同然となる、一夜の悪夢が踊る場所。

「負けてられない……生き残らなきゃ……生き残らなきゃ……!」

20:まい:2019/07/22(月) 18:53

スリリングな展開ですごく楽しみです!
感想とかってここに書き込んでも大丈夫ですか?
ダメでしたらすみません!><


続きを読む 全部 次100> 最新30 ▲上へ
名前 メモ
画像お絵かき長文/一行モード自動更新