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1:ちゅ:2021/03/22(月) 21:32


https://ha10.net/novel/1607594102.html
から一年後の話。
 

2:ちゅ:2021/03/29(月) 21:23


カタカタカタカタ。
「……うるさ」
カタカタカタカタ。
「……うるさいなぁ」
カタカタカタカタカタ……。
「うるさいっつってんだろ!」
私は思いっ切り壁を蹴り飛ばした。踵に鋭い痛みが走る。おかげで目が覚めてしまった。
「せっかく寝てたのによー……」
ぼさぼさの髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き毟りながらゆっくりと起き上がる。カーテンの隙間から真っ白な太陽の光が差し込んでくる。
「……朝かー」
ぼーっとしながら窓の外を眺める。
いつもこうだ。私は毎朝あの音を目覚まし代わりに起きている。

「お母さん、おはよー」
大きな欠伸をしながらリビングに出ると、お母さんがキッチンで目玉焼きを焼いていた。ベーコンの香ばしい匂いがリビング全体に広がっている。
「お腹空いたぁー」
そう呟きながら食卓に座ると、
「先に顔洗ってきなさい!」
すぐさまお母さんがそう叫ぶ。
「へいへい」
めんどくさいなぁ、と思いつつも、私は立ち上がって洗面所へ向かった。

顔を洗って化粧水と乳液を付けてリビングへ戻ると、お母さんが手招きしてくる。
「なに?」
「これ、お兄ちゃんの部屋まで運んでくれない?」
そう言って朝食が並べられたお盆を押し付けられる。
「はぁ?何で私が?」
「ね、お願い!昨日ちょっと口喧嘩しちゃってさぁ……。今日だけでいいから!」
「やだやだ絶対無理!キモイもん!」
「お兄ちゃんに向かってそんなこと言わないの!」
「お母さんだってあいつにうんざりだから口喧嘩なんかしたんでしょ!」
普段は絶対誰かと言い争ったりしない癖に!
「……いいから。ほら。手離すよ」
「わわ、っちょ」
私は反射的にお盆を持った。お母さんはほんとに手を離したから、あと少し遅れてたら床にご飯が散らばってたところだった。せっかくお母さんが作ったご飯なのに。あいつは自分で取りにすら来ないんだ。
「……分かったよ」
私は短い溜め息を吐いて、ぺたぺたと廊下を歩いた。

兄の部屋の前に立つと、あのカタカタと言う音がはっきりと聞こえてくる。
「入るよー」
ノックもせずに足でドアを開ける。すると途端にあの音は止まってしまった。
「うえ……」
ホコリ臭い空気が立ち込めた部屋に片足だけ突っ込む。
「朝ごはんだって。」
電気も付いてない、シャッターも開いていない真っ暗な部屋。ダンボールや漫画本などが散らばった床。その奥にはぼんやりと光を放つパソコンのモニターと、その前に座る猫背でストレートネックな醜い兄。
「ねぇ、聞いてんの?」
イライラする。私はわざとらしく足踏みをした。それでも兄はだんまりだった。
「お前さー、せめて自分で取りに来いよ!」
私はそう叫んでがちゃんと音を立てて床にお盆を置いた。
「さっさと出てけよクソゴミ野郎が」
私はそう吐き捨てて勢い良くドアを閉めた。
「きめーんだよ……」
部屋からは出てこないでほしいけど、うちからは出てってほしい。
まじでムカつく!

3:ちゅ:2021/03/29(月) 21:23


私の名前は美沢(みさわ)こころ。ごく普通の中学二年生だ。
別に普段からこんなに荒んだ性格をしているわけじゃない。これにはちゃんと原因があるのだ。
私の兄は、引きこもり――いわゆるニートだ。
中学生の頃からクラスで浮きまくりだった兄は、高校でも浮きまくり大学受験にも失敗した。そして就職活動もせず、高校を卒業してからはずっと部屋に閉じ籠っている。
毎日毎日、朝寝て夕方起きる生活。起きている間はどうやらオンラインゲームやネット掲示板に張り付いているらしい。兄と私の部屋は隣同士だから、嫌というほどキーボードを叩く音が聞こえてくる。
いじめられたせいか元々なのか知らないけど、兄は異常なほど他人を恐れている。さっきみたく私が部屋に入ったり部屋の前を通ったりすると途端にキーボードを叩くのをやめる。「遊んでませんよ」アピールなのかもしれないけどバレバレだ。四六時中パソコン弄ってるのが恥ずかしいって自覚があるならちょっとは離れろっての。てか就職しろし。
そして私が一番腹が立つのは、あいつは自分より弱いと見なした人に対しては強く出ようとするところだ。あいつはお母さんに対して明らかに当たりが強い。体格のいいお父さんと気の強い私からこそこそ隠れるストレスを全てお母さんにぶつけようとしてる。きっと昨日の口喧嘩の原因も、兄が暴言を吐いたからに違いない。
お母さんは「大丈夫」って顔をしてるけど、大丈夫なわけない。何で何も悪くない、むしろ迷惑掛けられてるお母さんが我慢しなくちゃいけないの?あいつが家から出てけば全て解決するのに!

「行ってきまーす」
お母さん特製の目玉焼きとトーストを平らげて歯を磨き、学生鞄を掴んだ。
「行ってらっしゃーい」
「今日も学校楽しみだなぁー」
私は兄の部屋の前を通る時、わざと大きな声でそう言ってやった。

4:ちゅ:2021/04/05(月) 11:32


玄関を出てエントランスに出ると、管理人のおじさんが掃除をしていた。
「おはようございます」
そう言って軽く頭を下げると、おじさんは帽子の鍔をくいっと上げて、
「おはよう、行ってらっしゃい」
そう言ってにっこり笑ってくれた。
「行ってきまーす!」
私は自動ドアを出て階段を駆け下りた。

坂道を登って歩いていく。真っ白な朝日が道をてらてらと照らしている。私は横断歩道の前で立ち止まった。
「はぁ……」
そして大きな大きな溜め息を吐く。隣で腕時計を見ていたサラリーマンがちらりと私の方を見た。
「朝から疲れるなぁ……」
気分は最悪だった。ただでさえ学校に行くのが憂鬱なのに、朝っぱらから兄と顔を合わせるなんて最悪すぎる。まぁ『顔』は合わせてないんだけど。

兄への当て付けで「学校が楽しみだ」なんて言ったけど、本当はちっとも楽しみなんかじゃない。むしろ学校になんて行きたくないくらいだ。でももし本当に不登校になったら、兄と同類になってしまいそうで怖い。そんなプライドだけが毎日の糧だった。
私の学校は、まるで動物園だ。

「……」
無言でドアを開けて教室に入る。廊下にまで響き渡る猿みたいな笑い声がより一層大きくなる。耳を塞ぎたい気持ちを抑えて、自分の席まで歩いていく。
「あ、おはよー、こころん」
背中をつんつんとつつかれ、思わず肩がびくりと跳ね上がった。少しツンとした癖のある声。舌っ足らずな喋り方。私はロボットみたいにぎこちなく首を回して背後を見る。
「あーはいはい、おはよ」
机に突っ伏しながらにやにやと私を見上げるその子に苦笑いをする。
「あれー?あんま元気なくない?もしかして生理?」
気だるそうな横に長いたれ目で、まるで私の心の中を覗き込むように見上げてくる。
「違うっての」
私はそう言って椅子を動かしてそこに腰を下ろす。
「あー、もしかしてお兄ちゃんと何かあったでしょ」
ぎく、と体が硬直する。それと同時に、お腹の底から熱いものがふつふつと湧き上がってきた。
無言でおでこに皺を寄せていると、「あっちゃー」とわざとらしく呟いてから両手を合わせてきた。
「ごめーん、図星だった?」
バカにしてんの?私は心の中でそう叫びながら苦笑いした。
「別に」
私はそう言って体を前に向け、机に肘を着いた。

私の後ろの席のこいつは、宮下舞宵(みやしたまよい)。胸あたりまである内巻きの髪はいつもぼさぼさで、いつもふわふわした笑顔を浮かべている変な子だ。体育は一年中「生理です」って言ってサボってるし、授業中はいつも寝てるし不真面目な奴だ。
こいつは何かと私にちょっかいを掛けてくるけど、それには理由がある。
こいつは、私の兄のことを知っているのだ。
「こころん、お兄ちゃんは大切にしないとだめだぞぅ」
机に身を乗り出して私の耳元でそう囁く舞宵についイラッとしてしまう。周りをぐるりと見回すけど、みんな各々の談笑に夢中で聞こえてなかったみたいだ。ふぅっと溜め息を吐いて胸を撫で下ろす。
「誰かに聞かれたらどうすんのよ」
振り返ってぎろりと舞宵を睨み付ける。舞宵は「うわ、怖っ」と言ってわざとらしく口元を手で隠した。
「そんな睨まないでよ、聞こえないように小声で言ったんじゃん」
そう言って机に腕を投げ出しごろんとそこに寝そべる舞宵を見て、私は眉を顰めた。
確かに、舞宵は兄のことをいじってはくるけど、他の誰かにバラそうとはしてこない。むしろ誰かに聞かれたりしてバレそうになったら、私より先に誤魔化すくらいだ。
「…………」
口を猫みたいにして私を見上げる舞宵を見て、私は大きな溜め息を吐いた。
こいつ、ほんとに何がしたいの?

5:ちゅ:2021/04/13(火) 21:49


「そういえばさぁ、あの噂ってマジらしいよ」
給食の時間。各班が楽しそうに会話をしながら昼食を食べていると、斜め前に座っていたクラスメイトがふとそう呟いた。
「部活の先輩が言ってたんだけど、本当に去年この学校のあるクラスが失踪したんだって」
途端にざわざわとざわめく教室。私は無言でコッペパンを頬張りながらそれに耳を傾ける。

確かにそんな噂を聞いたことがある気がする。去年、この学校のとあるクラスのクラスメイトが全員不審死したって……。
私達は今年この中学に入った一年生だし、そのクラスと面識があったわけじゃない。その噂もただ先輩達が騒ぎ立ててるだけだし、信憑性も何もないからみんなが信じていることに驚いた。
「マジでー?」
そんな中一番大きな声を上げたのは、窓際の前から二番目の席に座っている一際目立つクラスメイトだった。
「あの噂って本当だったんだぁ」
その子はニヤニヤしながら牛乳のストローを噛んで笑う。椅子を傾けてまるでブランコを漕ぐようにギコギコと前後に揺らす。少し傷んだ脱ぎっぱなしの金髪がそれに合わせて靡いた。
彼女は伊東暁美(いとうあけみ)。いわゆるうちのクラスの『女王様』だ。
彼女はその見た目の通りかなりやんちゃな性格で、未成年飲酒、喫煙の常習犯だ。毎日近所の公園で、バイクを乗り回す高校生と夜遊びをしている。
そして一番厄介なのは、彼女は気に入らないクラスメイトが居るとすぐにみんなを巻き込んで排除しようとする所だ。暁美はその見た目から入学当初から恐れられていたから、誰も彼女には逆らえない。暁美の反感を買ったら終わりだ。その子はクラスメイト全員からハブられる羽目になる。
「まぢウケるんだけど」
暁美がそう言うと、クラスメイト達は「それな」と言って笑いの渦に包まれた。
「え〜、みんなそんな噂ほんとに信じてるのー?」
そんな中、気だるそうな声が教室を静寂に包み込んだ。私は首を左に捻って、隣の班で既に給食を食べ終えているその声の主を見た。思った通り、舞宵が虚ろな笑顔を浮かべながら机に肘をついていた。
「何、舞宵は信じてないの?」
首をぐるりと回して顔にかかった髪を退けながら、暁美は舞宵を見る。
「むしろあんなの信じてる方がびっくりなんですけどー」
舞宵はぷぷぷと笑いながらそう言った。
教室が再び静寂に包まれる。みんな冷や汗を流しながら黙って二人の会話を聞いている。
舞宵、何考えてんの?そんなこと言って暁美が怒ったらどうすんのよ。私はそう目で訴えたけど、舞宵は私の方なんて見てもいなかった。
「……ふーん。ノリ悪」
暁美がそう呟いた途端、教室中のみんなが「あーあ」という顔をした。暁美の機嫌が悪くなったのが目に見えて分かったからだ。
暁美は面白くなさそうにサラダをつつく。一方、舞宵は口を大きく開けて欠伸をしていた。

6:ちゅ:2021/04/18(日) 18:39


翌日、私は教室に入るのがいつも以上に憂鬱だった。いや、憂鬱というより、「怖い」って表現した方がしっくりくるかもしれない。
昨日の午後の授業は、クラスの雰囲気は最悪だった。不機嫌な暁美の舌打ちと溜め息が結構な頻度で教室に鳴り響いていたのだ。
たったそれだけ?と思われるかもしれないけど、このクラスのクラスメイトはきっと全員同じ気持ちだったと思う。考えただけで鳥肌が立つ。
ったく、舞宵ってば何クラスの雰囲気ぶち壊してくれてんのよ。ほんとに空気読めないんだから。
私は大きな溜め息を吐いて、ガラガラと教室のドアを開けた。

「こころおはよ!」
「あ、みっちゃんおはよー」
先に登校していた友達のみっちゃんに手を振って自分の席に座る。ちらりと後ろの席を見たけど、珍しく舞宵はまだ来ていなかった。
「ねねね、あの噂やばいよね!」
ささっと私の机までやって来て、そう言いながら私と目線が合うようにしゃがむみっちゃん。
内心「え、みっちゃんもあんな噂信じてんの?」って言いたくなったけど、それをぐっと堪えて、
「ね、まじで怖いよー」
怖がっとくフリをしておいた。
「この学校闇深いよね!」
目をキラキラと輝かせながらみっちゃんは視線を泳がせる。それにふと違和感を覚えたけど、一瞬だけとある方向で視線が止まったのを見逃さなかった。その方向を見ると、校則違反のはずなのにスマホを持ち込みそれを弄りながら椅子を漕いでいる暁美が目に入った。
――ああ、そういうことね。
私は目の前でわざとらしい大きな声で「あの噂超気になるー」と言うみっちゃんを見て軽く軽蔑した。

7:ちゅ:2021/05/27(木) 22:24


その日、舞宵は学校に来なかった。
でもそれは別に珍しいことでもない。舞宵はかなりの日数学校をサボっているから。そのせいか他のクラスメイトは誰も気にもしていなかった。
舞宵が学校に来なかったおかげなのか、教室の雰囲気もいつもと変わらなかったし。暁美の機嫌も良かったし。舞宵もたまには空気読めんじゃん。
そう思ってたけど、下校時間になって、私はふと違和感を覚えた。
下駄箱で上履きから運動靴に履き替えていると、舞宵の靴箱が目に入った。
「え……」
ぎょっとした。舞宵の靴箱は空っぽだった。上履きも運動靴も入っていなかったのだ。
「……」
ざわざわと胸騒ぎがした。私は見なかったことにして、逃げるように玄関から外に出ようとした。
「まぢであいつうざいんだけど」
すると、そんな声が下駄箱の後ろから聞こえてきた。それが合図かのように、途端に私の体は動きを止める。
「いつもサボってるし空気読めないし何なの?」
不機嫌そうな声がそう言った。暁美の声だった。
私は下駄箱にぴったりと背中を押し付け、息を押し殺してそれを聞いていた。陰口を盗み聞きするなんて、って思ったけど、何故か体が全く動かなかった。
「……それなぁ、喋り方とかも何か変だよね」
「うんうん、私もずっとそう思ってたぁ」
暁美の機嫌を伺っているのが見え見えなクラスメイト達が賛同の声を上げる。
「やっぱりみんなもそう思ってたよねー?
……あれ」
はっとして顔を上げると、目の前を通り過ぎようとしていた暁美達と目が合った。私は慌てて下駄箱から体を離す。
やばい、会話を聞くのに夢中で暁美達が歩いてきていたのに気付かなかった!だらだらと嫌な汗が吹き出してくる。
暁美がじっと私を見詰めている。取り巻きのクラスメイト達はにやにやしながら顔を見合わせている。
「……えー、こころちゃんもしかして聞いてた?」
その中の一人が何故か嬉しそうにそう言ってきた。……「盗み聞きしてたの?」とでも言いたいんだろうか。まぁ、ほんとにしてたんだから否定は出来ないんだけど。
「あー、ごめん、たまたま聞こえちゃってちょっと気になったから」
私は言われる前に自分から言ってやった。悪気があったわけじゃないんだし変に誤魔化したら逆に疑われるでしょ。
すると取り巻き達は「ふーん」とつまらなそうな顔をしたけど、暁美だけは嬉しそうに微笑んていた。
「へぇ、こころって舞宵と仲良いんだと思ってた」
明美は三白眼の黒目を上瞼にくっ付けて私を見た。その視線から逃れたくて私は目線を逸らす。そして愛想笑いを浮かべた。
「はは。別に仲良くはないよ。」
あっちが勝手に絡んでくるだけだし。
「ふーん。じゃあこころもあいつに絡むのやめなよ。」
「……あー、」
ああ、面倒くさいことになったな。ここで「うん」って言わなかったら私はどうなっちゃうんだろう。今度は私がハブにされる番?そんなのごめんだ。
「……そうだね」
私がそう言うと、暁美は満足そうな顔をして笑った。
「じゃあね。」
暁美はそれだけ言って私の横を通り過ぎていった。さらりと傷んだ金髪が靡く。それを追い掛けるようにパタパタと走っていく取り巻き達。
一人下駄箱に取り残された私は、吸い込まれるようにゴミ箱に走った。靴も脱がずに廊下に踏み込む。
そこを覗き込むと、思っていた通りだった。舞宵の上履きが放り込まれていた。
「……」
私はそれを確認した途端、今度は弾き出されるように校舎から飛び出した。

8:ちゅ:2021/05/27(木) 22:41


私は学校を飛び出した後、全力疾走で家路を駆け抜けた。家に着いた途端、鍵を開けて勢いよくドアを開き、力いっぱい引っ張って閉める。私は運動靴を脱ぎ散らかしてダダダと廊下を走った。
「こころ、おかえり」
ソファに座ってドラマを見ていたお母さんがそう言った。私は小さな声で「ただいま」と言い、自分の部屋へと駆け込んだ。
「……はぁぁぁ」
ながぁい溜め息を吐く。ドアに背中を付けてそのままずるずると座り込む。
「つっっっかれた」
息を一気に吐きながら一緒にそんな言葉も吐き出した。私はまた大きな溜め息を吐く。
「マジで何なの?」
天井を仰いで足をバタバタと動かす。
「めんどくせーんだよアイツら!暁美に媚び売ってんのまじきもい!暁美も暁美でめんどくせーし舞宵も逃げてんのか知らないけどほんとに空気読めっつーの……」
今にも消え入りそうな掠れ声でそう呟く。
「…………」
放心状態で項垂れていると、カタカタカタと微かにあの音が聞こえてくる。
アイツはいいよなぁ。他人との関わりがまずないからこういう悩みがなくて。惨めだし哀れだなと思ってたけど、こんなメリットがあったなんて。まぁ、心から軽蔑してるけど。
「……ずりーよ、私だって逃げたいのに」
ムカつく。私は思いっ切り兄の部屋に接している壁を殴った。途端にカタカタという音は鳴り止む。分かりやすいやつ。
「……そう言えば」
アイツも、学校で上手くいかなかったのが原因でこんな性格と生活になっちゃったんだっけ。
「……」
逃げ出したくなる気持ちは分かるけど、逃げっ放しは流石にダサすぎでしょ。
「てかお前がいじめられたのはその性格のせいだろ!」
私はわざと聞こえるような声量でそう言った。
私も、自分より弱い立場の兄に当たってストレスを発散しているんだ。
頭では分かってたけど、それを認められるほどの余裕はなかった。


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