書きたいものを好きなだけ書いていきます
近くにいたせいで、こんな感情が芽生えただとか。
そんな単純じゃない、思い。
君にとって、
重すぎる思いだと分かっていたはず。
毎日、毎日。
すぐ近くにいる権利のある僕。
一生、ずっと、
近くにいられない、僕。
_________、
「なに、菜知。…目ぇ真っ赤」
目も、鼻も、頬も真っ赤に腫らして帰ってきた君の寂しげな瞳に、
僕が映し出されることが酷くひどく嬉しくてたまらないと思う、最低な僕。
「……ッ、……男の人って、あんな人しかいないの?…もう嫌だ……ッ」
僕の顔を見るなり苦しそうに顔を歪めて、
その瞳から今の君に皮肉なほど綺麗な、涙が流れ始めた。
それと同時に、立ち尽くしている僕の横をスルリと通り抜けて部屋へと戻っていく。
君の世界に、
君の辿る道には、
男の人、っていう存在に僕が含まれることはない。
僕が、ずっと守ってきた。
可愛い、可愛い妹を不安にさせないでほしい。
「…ほんと、馬鹿」
気がついたら、電話をかけていた。
可愛い妹にお似合いの、かっこいい彼氏に。
_______、
ガチャリ、
扉が開いた音がする。
勉強する手を止めて、玄関まで行った。
すごく、すごく、幸せそうに微笑んで。
華奢な君じゃ持ちきれないほどの、花束を抱えて帰ってきた。
靴を静かに脱いで、僕の前までやってきて。
君は、少し照れたように下を向きながら
「勘違い、してた。彼がやましいことしてるんじゃないか、とか。
お兄ちゃんが、私のこと嫌いなんじゃないか、とか。
お兄ちゃんのおかげで、幸せ。
ありがとう。
私のお兄ちゃんで、ありがとう。」
笑って見せた君は、急に大人になったみたいだった。
「…馬鹿。僕が、嫌うわけない。
むしろ、愛してる、くらい。
とか、言ってみたりして。」
冗談っぽく笑えば、君も
「私も愛してるよー」
なんて、返してくれる。
「…手洗いうがいしてきな。ケーキ、冷蔵庫だから。」
その言葉に、目一杯顔を輝かせて、
「誕生日、良いこといっぱーい。
お兄ちゃん、重ね重ねありがとね!」
と丁寧にお礼を言いながら、
手を洗いに行った菜知。
へたり、と足の力が抜けて、
床に倒れこんでしまった。
「…愛してるって、そういう意味じゃない、のに。」
君の欲しい『愛してる』は、
あの、彼氏の口から発せられるものだけ。
「…昨日、電話しないほうが良かった…、…ことはないか。」
彼に電話して、後悔してないよ。
菜知の誕生日のためにヒソヒソとサプライズを考えていたのを、
やましいことしていたと勘違いされるなんて、どんな馬鹿野郎だ。
誠実で、優しい彼氏で。
そんな彼に馬鹿だなんて言う権利、僕は持ち合わせてない。
でも、僕は
一生、菜知のお兄ちゃんでいれる。
一生、菜知の幸せを見守っていられる。
_______、
『僕が菜知に本気で愛してるなんて言ったら、菜知は苦しむ。
でも、君が言えば、
安心するし、幸せに出来る。
僕の重い重い気持ちの分まで菜知を幸せに出来なかったら、
………、別に、怒るとかじゃなくて。
何回でも、菜知までつれ戻してやる。
今みたいに。
導いてやるから、だから、
幸せにしねぇと、だめ。』
>>2-3
愛よ、僕を導いてゆけ からの創造
…が いなくなるくらいなら…、
こんな世界なんて 、……いらない。
「…うっわッ、びっくりした、海蹴ってくんなって!」
「仕方ないでしょ?可愛い可愛い海果(うみか)ちゃんが、こうやって蹴り飛ばさないと起きないんだから!」
中学3年生、受験を控えた真夏の今。
夏休みというのに、毎日腐れ縁の幼馴染みに勉強会を設けられる。
「誠(まこと)のお母さんに頼まれてんの!お金も払わずに秀才の家庭教師雇えるってなかなか無いからね!?」
…、いつも通りの煩さの海にそう言われると、何も言い返せない。
海は、常に成績トップ。
俺は、成績上位ではあるけれど海ほどではないし。
それから、リビングへ行って用意されていたオムライスをもぐもぐと食べてからは勉強会が始まった。
腐れ縁で、生まれてからはほぼずっと一緒にいる海は美人。
何処かの男子が海を好きになる度に、
「宮野(みやの)、お願い!これ海果ちゃんに渡してきて!」
と、ラブレターを渡されてきた。
俺も俺で、まぁまぁモテる部類。
仲良くなったら奴等には、お前は顔だけだな、と言われるようになるくらい中身はアホだけど。
そしてそして、そのアホ具合は勉強にも影響してるっぽいです。
「あー、もうッ!さっき言ったでしょ馬鹿!代入するとこ違うの!」
「えー、ここに代入しても頑張れば何とかいける「わけないでしょ、やり直し!」
あぶない、海のイライラが爆発する前に正解にたどり着かなくては。
これからもこうやって、平凡で単調で、それでいて楽しい毎日を送っていくはずだった。
夏休みが終わり、学校が始まってからのある日のこと、幼馴染みに好きな人が出来る。
「どーしよう誠!今日、手紙渡しちゃったんだけど!」
「どうしようって言われても、俺はどうにも出来ないです、さーせん。」
「…もう、使えないな!」
放課後の海の部屋で延々と満更でもない笑みを浮かべる海。
ここで本来なら、そんな海を見て嫉妬するパターンが恋愛小説での王道。
だけど、ここで全くそんなことも思わない。まぁ、俺だから仕方ない。
某有名海賊王に俺はなる漫画を読みながらゴロゴロしていると、海が顔を赤くしながらスマホをイジっていた。
漫画を読もうにも、あまりに赤すぎる顔の海が視界に入ってどうも読みづらい。
「海どうした、顔赤すぎない?」
俺が視線だけをやりながら海に聞くと、待ってましたと言わんばかりに、
「圭くんがね、今から家に来て言いたいことがあるんだって!
メイクしないといけない!」
恋する乙女感満載で慌てて動き出した海を見て、
何ともいえない、妙な感じが心の内から広がってきた。
この感じ、知っていないのに、知っているような。
何処か遠くから、この光景を見たことがある気がする。
……、 が来ちゃう! ……急いで準備しないと、… …。
途切れ途切れの記憶が、俺をおかしくさせるみたいで。
チャイムの音が微かに聞こえてきて、
噂の圭って人が来たんだなーと思いながら、
気分転換に水を飲みにいこうと、部屋から出て階段を下りた。
俺の家も海の家もお互い出入り自由。
飲み物くらいなら勝手に飲んでも良いという暗黙の了解、というかなんというか。
きっと、玄関のところで話しているからと思い呑気にラフすぎる私服でリビングの扉をガラッと開けると、
「…ッ!ちょっと、誠!」
ソファに座ったままこちらをジロッと見て俺を見た途端小さく怒鳴る海と、
不思議そうな顔をする爽やかなイケメンの圭さんがこちらを見ていた。
「…すいませんでしたー。」
やや棒読みに告げてから、直接玄関に行き家を出た。
それからの日々は、まだ単調に進んでいた方なのか、俺の感覚が麻痺していたのか。
毎日“圭君”を追いかけて、熱烈なアプローチをする海のお手伝いをしていたり。
海の好きな人は俺ではないことが学校全体に知れわたったせいで、
怒涛の告白ラッシュが俺に降り注いだ。
「炉(ろい)ー、これどーしたらいい?」
ネタかと思うほどのラブレターが靴箱に詰められる毎朝。
開けた途端、バサバサバサと落ちてくる例のアレになってしまっている。
「…、自慢はやめてってば。俺だってわかんないよ、ラブレターなんてもらわないからね!?」
男友達の炉に助けを求めるけど、あまり使えない様子。使えないと言うと、またムキーッて怒りだすから言わないでおく。
炉、男なのに色白で可愛いからコアなファンいるのに、鈍感だから気づかないらしい。
「……あほどん。」
「あぁっ?誠、自分が頭良いからって、それは良くないぞ!俺だってな、毎日宿題真面目にして3ケタ…」
シュン…と項垂れる炉の頭をふわふわと撫でてから、席についた。
あほで鈍感だから、あほどん。
ぴったりじゃんか。
先生が教室に入ってくるのを横目に見ながら、窓の外をジィッと見つめるともう木々は寒そうにしている11月。
俺の心の中にひっそりと生えた木は、平凡でいて単調という名の葉を枯らし始めていた。
___________、
季節を越えて、3月。
俺も海も、志望校に合格出来た。
炉も、一生懸命頑張ったおかげで何とか合格を掴みとれて、泣きながら喜んでいた。
1番のニュースである、海と圭君が付き合ったという話は、
実は12月の出来事。
海が半端じゃない喜び加減で俺の家に報告しにきた時は、
何となく自分も嬉しくて、海の好きなお店のチョコケーキを買ってきて、おめでとうと手渡した。
地味に恥ずかしかったけど、姉のようで妹のようで、…お母さんのような海には感謝しかないから。
だけど俺は、家族みたいに大切な海から“大切”を奪ってしまう。
________、
卒業式前日。
海に借りた漫画を返そうと、いつかの日のようにラフな格好で海の家へ行った。
俺の両親も海の両親も同じ会社で、共働き。だから、休みの日でも親はいない。
寂しいかと言われたら寂しいけど、もうお互い気にしていないこと。
だから今日も、いつもみたいにうるさい海の声で「入ってーっ!」と迎えられるはず。
でも、今日は違ったらしい。
「……ま、こと…!………ぐす、…………、つらい、…」
インターフォンを通してではなく、ドアの向こうから聞こえる声。
俺は目を見開いて、急いで玄関を開けた。
靴を履いたまま、地べたで崩れ落ちて泣いている海。
こんな海は、幼い頃に見たくらいで。
その時は、お父さんとお母さんにあげたかったケーキを落としたとか、そんな些細な話。
今回は……、きっと違う。そんなことじゃない。
「…圭君関連?」
背中を擦りながら、小さく呟いて聞くと、うるんだ海の瞳が大きく揺れた。
「……そっか。」
どうしようも出来ない俺にむしゃくしゃする。
女の子なんて、海くらいしか仲良い人いないから。
何をするのが正解か、全く分からない。
「……………、ふ…っ、う…」
とめどなく溢れる海の涙を不器用にすくいとって、
____控えめに、抱き締めた。
彼氏がいる女の子に、そんなことしちゃダメなのは分かってた。
だけど、こうする以外どうしたら海を落ち着けられるかって、
そんなの、選択肢は無いに等しいから。
右手で背中を擦りながら、左手を海の首元に回す。
どうにか、落ち着いてほしい。
どうにか、元の海に戻ってほしい。
どうにか、
幸せだった海に、戻ってほしい。
急に抱き締めた俺に動揺しながら、
それでも泣き続ける海の耳元で
「…俺を、圭君だと思って。
落ち着いて、深呼吸して。
圭君は、海を見捨てたりしないから。
圭君は、海を大切にしてる…。」
そう、言い聞かせるように優しく嘆く。
どうして、海がこうなったかなんて分からない。
でも、幼馴染みを15年もやってたら海がこんなに弱る理由、少しくらい分かる。
海は、人が自分から離れていくことにめっぽう弱い。
だから、女友達も少ししかいない。
幼いころ、女子の裏切りにあってからはずっとそう。
圭君と喧嘩でもして、距離をおくことにでもなったか、一方的にどちらかが離れたか…。
「……落ち着いて、落ち着いて」
きっと無意識に手を伸ばしたであろう海の手を取って、俺の首へ回す。
圭君への罪悪感は少しなんてものじゃないけど、家族くらいに大きな存在の海の為にこうするしかできない。
「…俺は圭だから。…そう、圭。
離れていかないよ、絶対に。」
何とか少しずつ涙も引いてきた海。
ゆっくり深呼吸をし出して、冷静になったのだと悟る。
良かったと、海から離れようとしたその刹那、
__________、どうして
ガチャッ、
荒々しく開かれた玄関のドアから覗いたのは、
「……どうして、海果…。」
俺たちを見て立ち尽くした、
海の彼氏の、圭君。
彼の瞳は色をなしていないように黒が永遠に続くようで。
急いでお互い離れたけど、
当たり前のように手遅れだった。
「…海果の横には、いつも宮野さんがいるね。宮野さん、頭も良くて顔も良くて、俺なんかと大違いだ。」
絶望に染まる彼の心の内には、
間違いなく[宮野誠]という俺の名が深い闇を作る手助けをしてしまっている。
「圭、圭、あのね、私が悪いの。誠も悪いし、私も悪い。
圭が好きで…、「もういいかな。」
優しいような、呆れたような、諦めたような、声が響く。
「…俺ね、無理だ。海果みたいに魅力のある人は、俺の元にいちゃいけない。
俺とは、世界が違う。
宮野さん、ごめん。
海果……、ごめんな。」
泣きそうな瞳は、海と同じように揺れていた。きっと、心と同じ。