色褪せる前に.   

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1:   聖織。   ◆.wmpFy.Zyhxio:2017/06/27(火) 21:17


ずっと前から解っていた、この気持ち。

でも私は、“ソレ”から逃げていた。

恐い。無理。出来ない。

そう思っているうちに、だんだん想いは消え失せる。

それが嫌なら。

だったら、勇気を振り絞って。

消え失せる前に。想いが色褪せてしまう前に____。

____想いよ、伝われ!


                     >>2

2:   聖織。   ◆.wmpFy.Zyhxio:2017/06/27(火) 21:21


聖織と言います。小説書いてみたいと思います。


✔荒らし、なりすましは厳禁です
✔アドバイス、感想等は遠慮無くどうぞ.辛口でも大丈夫です
✔更新は不定期です
✔登場人物の紹介はありません.また、「///」や✩、♪等の使用はしません.苦手な方はバック推奨です

よろしくお願いします、

3:   聖織。   ◆.wmpFy.Zyhxio:2017/06/27(火) 22:04


ミーンミンミンミーン………。

校庭の周りにずらーっと植えられた樹木から、耳を劈くほど威勢の良い蝉の大合唱が聞こえてくる。
暑い。
最高気温32度予想の今日。
ただでさえ暑いのに、この蝉たちのせいで私の体感温度は猛暑日である。

たった3日前ほど、気象庁から日本列島梅雨明けが発表された。
それを待ちわびていたかのように、次の日からミンミン蝉が鳴くようになったのだ。
あれほど雨が降って、心地よい風が吹くことだってあったのに、つい3日前までのことはなんだったのだろうか。

暑い。

私の脳内には、そのふた文字がぐるぐると廻っていた。

こんなに暑く、蝉は大合唱をし、しかも席が窓側というトリプル攻撃で、私は授業に全く身が入らない。
それはきっと、みんなもそう。
だったらクーラーでもつければ良いという話なのだが、ここはど田舎。
クーラーごときに金が使えるか!
で却下されてしまうのだ。

幸いにも教室の後ろの壁に一台の小さな扇風機がついているのだが、密集したこの部屋を涼しくしてくれるほどの
威力はない。
虚しいほど弱い風が少し吹くだけのことである。

言うまでもなく、窓は全開だが、風など一筋も入ってこない。

そんな暑い教室の中、一人涼しい顔をする人がいる。

私たちのクラスの家庭科担当教師、『ヒヤムギ先生』だ。
本名は、葛西( かさい )綾( あや )という。
どんなに暑い日でも颯爽と校内を歩き、年がら年中冷たい麦茶を愛飲していることからヒヤムギ先生と呼ばれて
いる。

そうそう、私の名前は芹澤( せりざわ )ひよりという。
ここ、常盤中学校に通う14歳、中学2年生だ。

隣の奴が、私の肩をポンポンと突いた。
   

4:   聖織。   ◆.wmpFy.Zyhxio hoge:2017/06/28(水) 19:39


「見ろよこれ、」

隣の席の榎下( えのもと )朝陽( あさひ )が、笑いを堪えながら家庭科の教科書を指差した。
そこには一つの挿絵があった。

「ひっ…ふっ…何これ…ふふふっ…!」

私は堪らず爆笑しそうになる。
それをぐっと堪えたが、腹筋崩壊レベルだった。

榎下もクスクス笑いだす。

「だろ?に、似すぎだよなこれ…!ふっ!」

だってそこには____、うちの学校の教頭先生みたいに厳つい人が描かれていたから。
教頭先生は昔からジム通いをしていて、筋肉の量が半端ではないのだ。
生徒からは、筋肉マン先生と密かに呼ばれている。

あんまり面白かったものだから、顔がにやけていたらしい。
ヒヤムギ先生に注意された。

「そこ、芹澤さんと榎下君。何笑ってるの、しっかり授業に集中しなさい。」

ヒヤムギ先生の圧倒的な涼しさに、私たちは一瞬で虜にされた。
先ほどまでの笑いなど吹き飛ばされ、背筋はシュッと伸びる。

それ以降、その挿絵を見てもなんとも思わなくなった。
ヒヤムギ先生は何か超能力でも持っているのだろうか。


休み時間、親友の柳瀬( やなせ )玲衣( れい )に聞かれた。

「ひよちゃん、榎下と何笑ってたの?」

ひよちゃんというのは、私のあだ名である。

「え?だって教科書の挿絵の人が筋肉マン先生そっくりだったから。ほんとに似てたよ。思わず
笑っちゃった。」

と言いつつも私は、特に笑っていなかった。ヒヤムギ先生の超能力のおかげだ。

「へぇ、それでかぁ。」

れいちゃんは納得したように頷いた。

5:  聖織。  ◆.wmpFy.Zyhxio:2017/06/30(金) 19:28


だいぶ紹介が遅れたが、うちの担任は沢入( さわいり )隆弥( たかや )という。
しかし、生徒たちからは「鼻ビック先生」と呼ばれている。
その理由は、簡単にというかそのまま言うと、鼻が人並みにデカい、ということだ。

鼻ビック先生は社会科の日本史担当だ。
歳の頃は45歳ぐらいと思えるが、本当のことはわからない。
まぁ、中年のおじさんということだ。

「ね、次鼻ビックの授業じゃない?」

れいちゃんが伸びをしながら言った。
確かにそうだ。ヒヤムギ先生の家庭科次は鼻ビックの日本史だった。

「そうじゃん。鼻ビック嫌いじゃないけど、話し方がイマイチだな〜。やたらと『え____』っていうのが多い
じゃん。」

私もれいちゃんと一緒に伸びをしながら呟いた。

「それわかるわー。『え____』って耳障りだよな。」

後ろから声がした。榎下だ。
榎下はよく私たちのお喋りに口を挟む。
言うまでもない。れいちゃんのことが好きなのだ。きっと。

「榎下もそう思う?やっぱ鼻ビック苦手だな。」

れいちゃんも同意する。
やっぱり鼻ビックはちょっと変わっている。
例えば、変に気分が変わりやすいのだ。

すごく機嫌が良かったり、そう思ったらいきなり機嫌が悪くなって雷を落としたりと、簡単にいえば気まぐれ
なのだ。それだから、妙に機嫌が良いとヒヤヒヤする。
大抵、機嫌が良かったあとに何故かキレるのだ。

「おーい。授業始めるぞー!」

鼻ビックが教卓で呼びかけた。

6:  聖織。  ◆ESlA:2017/07/01(土) 12:17


そんな平凡でいつもと変わらない今日も、部活の時間になった。

「ひーよーちゃん!部活行こ!」

れいちゃんが私を呼ぶ。

「うんっ!」

私は答えながられいちゃんに駆け寄った。
榎下も近づいてきた。

「俺も行こー。」

全く、どれだけれいちゃんのことが好きなんだろうか。

私たち____私と榎下とれいちゃん____は、陸上部。
れいちゃんは中学になって初めて同じクラスになって、仲良くなった。

榎下とは小学校6年間ずっと同じクラスで、割と仲の良い男子だ。
委員会やクラブも結構同じになっていた。

れいちゃんは、私たちとは違う小学校だ。
でも、すぐに打ち解けた。

前々から、陸上大会とかで顔を合わせたこともあった。

更衣室で体操服に着替え、運動場に出る。
相変わらず真夏の日差しが照りつけ、蝉もミンミン鳴いている。

9月の大会で、先輩の3年生は引退となる。
私はその大会で、女子200メートルをやる予定だ。
榎下は80メートルハードル、れいちゃんは女子100メートルだ。

「今日はまず100メートル一本走るぞー!」

顧問の古谷( ふるたに )絢斗( けんと )先生は、鼻ビックと違ってイケメンで若い先生だ。
元気が良くて、生徒からも人気である。

いよいよ私の番が来た。

「位置について、よーいスタート!」

絢斗先生の声で勢いよく地面を蹴った____はずだった。
私の足は運動場のロープに引っかかり、そのまま転んだ。

「っ!」

痛みを堪えながら、なんとか走りきった。

「大丈夫か、ひより。」

既に走り終えて、汗だらけの榎下が私を見つめる。
その目は真剣で、私は恥ずかしくなった。
榎下の目の中に、私が写っている。

「うん。多分大丈夫。」

そう言いながらも痛みは強かった。
擦り傷とか、目立った外傷はない。けれど、じんじんと痛みが押し寄せてくる。

「ひより、お前保健室行ってこい。」

絢斗先生が私を見た。

「はい。」

重たい足を引きずって、私は保健室へ向かった。
そのあと、どうやらよくないらしくて病院に連れていかれた。

結果は捻挫。全治1ヶ月。重度の捻挫だという。
これでは大会に出れるか曖昧だ。どうしよう。

翌日から私は、車で送迎されることになった。

「ひより、どうだった?」

開口一番、榎下が言った。

「捻挫だって。全治1ヶ月。」

「え⁉ひよちゃん大丈夫⁉」

榎下よりもれいちゃんが早く反応する。

「うん、大会出れるかわかんないけど、頑張って治す!」

れいちゃんは頷いた。

「頑張って!」

そう言って自分の席に戻っていった。

「無理すんなよ。」

榎下が寂しげに呟いた。

7:  聖織。  ◆ESlA:2017/07/01(土) 18:57


その日から、私は体育、部活禁止になった。
当たり前のことだけど、悔しかった。走りたい。

それどころか、移動教室だって大変なのだ。
歩くのが一苦労のため、れいちゃんにいつも迷惑をかけてしまう。
れいちゃんは優しいから、のろい私と一緒に移動してくれる。ありがたい。

その度に榎下から声をかけられる。

「歩くの頑張れよー。」

まるで私が歩くのにもやっとな運動音痴の人のような言い方だ。
私は陸上部で、しかも体育の成績は最高なのに。

なんだか榎下がうざったく思えてきた。

車で送迎されるため、そこは楽だった。
れいちゃんとは方向が真逆で、いつも一緒に帰っていなかった。
その点では迷惑をかけない。
私の場合は、一人か、時々榎下がいる。
なんだか知らないけど、横で一緒になって自転車をおしているのだ。

「じゃあれいちゃん、また明日ね。」

車に乗り込みながら、私は手を振った。
視界の中には榎下もいて、なんだか変な感じだった。

「うん。ひよちゃんバイバイ。」

れいちゃんも手を振ってくれた。
そのすぐそばで、榎下もよっ、と手を振った。

田舎道を通って、家に着いた。
既に帰っていた小学生の妹、菜奈( なな )に、

「おかえり、お姉ちゃん。」

と言われた。
時々はうざい妹でも、血の繋がっている妹だ。
そう言われると嬉しい。

8:匿名:2017/07/01(土) 19:13

一通り読ませていだたきました。

まず第一に感じたのは“若い”ということです。
主人公の視点、文から現役学生の等身大の姿が伝わります。

つぎに思ったのは、続きを読ませる力が弱いということ。

次の展開を予測できる用に作られているのはわざとだとわかるのですが、次の話を読もうと思わせる力が足りません。
話の切り方も、続きが楽しみになるように工夫してはいかがでしょうか。
長く書くと疲れてしまうのもわかりますが、例えば>>7の終わりもおかえりと声をかけてきたのは誰なのか…。と言うような疑問を残すなど工夫ができると思います。

上から目線で申し訳ございません。気に入らなければどう言っていただいても構いませんので。
最後に、この小説が完結することを願っています。
微妙な長文、駄文失礼いたしました。

9:  聖織。  ◆ESlA:2017/07/01(土) 20:32


>>8   匿名さん

レスありがとうございます.

現役学生ですか…、自分小学生なんで中学校生活とか詳しくないのでほぼほぼ空想で書いております。
部活の感じとかもきっとこういうことやってるんだろうなと思って書いています。

なるほど…、細かいご指摘ありがとうございます、参考になります.

確かに読み返してみるとキリが良くないですね。
小説書いていると、何処で切って良いのかわからなくなるんですよね、難しいです。
本のページならやりやすいと思うんですが、どうしても切らないといけないので…。

とんでもないです、とっても参考になりました!
完結できるように頑張ります!

ありがとうございました.

10:  聖織。  ◆ESlA:2017/07/02(日) 11:20


それから約1ヶ月間、私は運動というものを殆どしなかった。
なにもせずにただ勉強して、ただ駄弁って、ただ帰ってきて、ただ宿題して。
つまらなかった。
私にとって運動っていうものは、部活っていうものは、すごく大切なんだ。
そう思った。

ようやく足の調子も良くなってきて、お医者さんからも運動許可がおりた。
久しぶりに見るグラウンド。
あの日から相変わらず、蝉は鳴き叫んでいる。

「ひより、もう大丈夫なのか?」

絢斗先生から声をかけられた。

「はいっ、大丈夫です!」

張り切って返事をした。

もうみんな、それぞれの種目練習に入っていて、私も200メートルの練習場所に行く。
ギリギリだけど、大会に出られるかもしれない。
いや、出たい。私は大会に、出たい。

そう思って練習しようとした時。

「ごめんひより、君は大会には出ないことになったんだ。」

絢斗先生だった。

「え…?」

絢斗先生は、真顔で私を見下ろす。
どういうこと?
だってまだ大会まで、1ヶ月ある。頑張れば、出れるのに。

「確かにひよりは大会で重要な選手だけど、足怪我してるし…」

「でも先生、私もう完璧に治って…」

絢斗先生は、今までに見たことのないような顔つきだった。

「はっきり言ったら、ひよりがいなくても大丈夫そうなんだよ。今のメンバーから優勝が出ると思うしね。」

「そんな…。でも…私は…」

口ごもった。そのあとに続く言葉が出なかった。
逃げたしたかった。いたたまれなかった。
逃げたい。消えたい。此処から全て。

みんなの記憶から、私を消し去りたい。

「だからひよりは先輩として、1年にコツとか教えてやってよ、な。」

私の見上げた絢斗先生は、いつも通りの爽やかな笑顔だった。

「わかり、ました…」

私を見るみんなの顔が、怖かった。

帰り道、久しぶりに田舎道を自転車で走る。
頬を撫でる風が生暖かくて、変な気分だった。

『ひよりがいなくても大丈夫そうなんだよ。』

そっか、先生。私はもう、必要ないね。
彼処にいる意味もないね。

涙が溢れてきた。
努力したのに。大会に出たくて、頑張って治してきたのに。

絢斗先生なんて、大っ嫌いだ。

「ひより?」
   

11:  羽。  ◆ESlA:2017/07/02(日) 19:05


後ろから声がした。
見なくてもわかる。榎下だ。
泣いてるところを見られたくなかった。
だけど、無視するのもなんだか悪かった。

「ひより!聞こえてんの?」

榎下の声が、どんどん近づいてくる。
聞こえてる。聞こえてるけど。

振り向けない。

やがて坂道になったから、しょうがなく自転車をおす。
どうしよう。顔がひどいのに。

止めたいのに、涙は止まらない。どんどん溢れてアスファルトに落ちる。

「____ひよりっ!」

腕を掴まれた。
涙でぐしょぐしょの顔なんか見せられない。
榎下だけには。榎下には、ずっと強がってきた。

小学校の時から、榎下だけには弱いところを見られたくなくて、ずっと意地を張っていた。
テストだって、いつも競り合っていた。

「煩いなぁ、もう!」

不意に言葉が出た。それと同時に振り向いていた。

「ひより?」

「____あっ……」

遅かった。涙だらけの顔が、榎下の目の中にあった。
榎下が話し始める。

「ひよりは、頑張ってた。」

え、なに?

「陸上部の練習と同じくらい、治すために頑張ってた。」

榎下が、じっと見つめてくる。

「先生はそれを知らない。だけど俺は知ってる。陸上部の誰よりも治すことを頑張ってた。」

止まっていた涙が、どわっと出てくる。
瞬きしてしまったら、溢れて頬を伝う。
頑張って目に溜めておいた。

「先生はなにも知らない。努力してたって。だけど俺は、ひよりの頑張りを全部知ってる。」

「だからなんなの?」

言葉が飛び出した。

「先生に頼んでくるから。大会出させてあげてって。それまで待ってろ。」

榎下は最後にちょっと笑った。
ついに瞬いてしまった。頬を大量の涙が伝う。

「ありがとう。……ごめんね。」

涙を拭いながら呟いた。
ありがとう。
榎下は優しいんだ。ずっと意地を張ってた私を助けてくれる。

「もう泣くなよ。らしくないから。ひよりは、笑ってた方が似合う。」

似合うってなによ。
涙のせいと、今の言葉のせいで、私は耳まで真っ赤になっていた。

「頑張れよ。」
   

12:  羽。  ◆ESlA:2017/07/04(火) 22:16


そう言った榎下がなんとなく上から目線に思えて、思わず反発した。

「そんなこと、榎下に言われなくたってわかってるし!」

なんでだろう。榎下は私を助けてくれたのに。
“ありがとう”ってもう一回、言っても良いはずなのに。
素直になれない。

「なんだよ。怒ってんの?あ、さては照れてた?」

榎下がニヤッと口角をあげた。
図星だ。恥ずかしい。

「そ、そんなわけないじゃん。」

ああ、またこれだ。
意地を張ってる。強がってるんだ、私。

「はいはい、好きに言っててくださいよ。」

榎下が空を仰いだ。真っ青な空。雲ひとつない。
直後、榎下が立ち止まった私を追い抜かして自転車をおし始めた。


____なんかさっきから榎下、私のこと馬鹿にしてる?
まぁ、そうだよね。
私が変なんだ。ずっと意地張ってるから。

お礼だって、一回言っただけ。榎下は私のためにしてくれようとしてるのに。

「____榎下!」

少し先を歩く、白いシャツを見ながら言った。
6年生のときは、私と同じくらいの身長だったのに、いつの間にか頭一個分ほど大きくなっていた。
肩幅も広い。

「今度はなに?」

榎下が振り返った。

「あの……、私も一緒に、先生に頼みに行く。自分のことなのに、榎下に任せっきりだから。」

言った。自分の気持ち。
自分のことなんだから、自分からちゃんと絢斗先生にお願いしないと。

榎下が笑った。

「ふぅん。」

私はしっかりと、榎下の目を見た。
さっきの榎下みたいに。

「ついさっきまで意地張ってたくせに、コロッと変わっちゃうんだね。ひより、面白い。」

____やっぱり、馬鹿にしてる。

ていうか榎下ってこんなにズルかったっけ?
普通だったのに。

榎下は変わってるんだ。
大人になろうとしている。

私はまだ、子供だ。
意地を張って、強がって。

身長だけじゃない。私は、榎下にどんどん抜かされている。

それはとても悔しいことだった。

13:  羽。  ◆ESlA:2017/07/06(木) 21:25


そして、思った。変わっていっているのは、成長していっているのは、榎下だけじゃない。
れいちゃんだってそうだ。しばしば感じていたのだ。
他のみんなだってそうだ。

変わってないのは、私だけ。

ずっと意地を張って、強がって、やりたい放題やりっぱなしで。
なんて幼いんだろう。どうして私はこうなんだろう。

心臓がドキドキしているのを抑えながら、自転車をおした。
榎下は既に、20メートル程離れたところを歩いている。

これ以上、距離を縮めたくなかった。
何となく、大人の榎下の世界には、近づけない気がした。
だからわざとゆっくり自転車をおす。
榎下がどんどん先に行ってくれるように。もっと距離が離れるように。


家に帰ると、おばあちゃんがいた。

「あら、お帰りなさい、ひより。今日から部活できたんでしょう。大会には出れるようになったの?」

おばあちゃんはソファに座って、まったりと緑茶を口にしていた。

「それがね、おばあちゃん。私は大会出られないんだって。もう人足りてるみたいだから。」

榎下のことは言わないようにした。おばあちゃんは榎下を知っているけれど。
家が近くということもあり、おばあちゃん同士、仲が良いのだ。

「あらそう、残念だったねぇ。でもひより、」

おばあちゃんがはっきりと、私の目を見た。

「希望を無くしちゃいけないよ。ひよりは大会に出れないけれど、ずっと頑張って怪我を治していたでしょう。
それはひよりが希望を無くさなかったから。大会に出られないけど、陸上、これからも頑張りなさい。
おばあちゃん、楽しみにしてるのよ。」

おばあちゃんの言葉には、真実が滲み出ていた。
今まで何回も辛い目にあってきたんだ。長く生きている分、そういうこともたくさん体験しているんだ。

「うん。私、頑張る。来年の大会は、絶対出る!」

そう言いながらも、榎下のことが引っかかった。
もしかしたら大会に出られるかもしれない。
それを、言った方が良いんだろうか。

でも、そう言って出れなかったら。
きっと、出れない確率の方が高い。

決まってから、ちゃんと言おう。
家族のみんなに。

それから、榎下に心の底から“ありがとう”って伝えるんだ。

14:  羽。  ◆ESlA:2017/07/07(金) 19:47


次の朝、私は隣の席の榎下を真正面から見て、言った。

「榎下、絢斗先生のとこ、行こう!」

榎下の顔は、ハテナで覆い尽くされた。

「昨日言ったでしょ!私も先生にお願いに行く。ね、だから早く行こっ!」

私は、榎下の手首を掴んだ。
榎下の顔は相変わらず、ハテナのままだった。

「お前が自分で行くなら、俺が行く必要、なくね?」

榎下が冷ややかな顔で言った。
確かにそうかもしれない。
私が行くんだったら、榎下が行く必要ってないよね……。
でも、一人でいく勇気なんかない。

だけど、榎下についてきてほしいという理由がない。

「わかった。一人で行く。」

そう言って一人で職員室に向かった。


職員室は天国だ。
夏は涼しく、冬は暖かい。
先生たちは金が使えるかと言って冷房をつけない。
そう言いながらも先生たちは涼んでいるのだ。

「失礼します」

そう言って職員室の引き戸を開けた瞬間、冷風が身体にまとわりついた。
涼しい。涼しすぎる。

私は迷わず絢斗先生の机に向かった。

「絢斗先生。」

後ろから呼びかけた。
絢斗先生は少しビクッとする。

「あぁひよりか。どうした?」

先生、察してください。
どうしたもくそもない!

「先生、大会に出させてください。私、出たいです。その気持ちは誰にも負けてないと思うんです。絢斗先生、
お願いだから、出させてください!」

言いたいことは全て言ったつもりだ。
でも絢斗先生は、意見を変えなかった。

「ひより、諦めろ。先生は、ひよりは出なくて良いという判断にしたんだ。それを変えようとは思わない。」

なんで。先生なんか何にもわかってないのに!

「でも先生……」

「先生の意見に従うのが生徒の役目だろう。先生に言われたら大人しくそれには従いなさい!」

先生はすごい剣幕で私を遮った。

なんで。先生の言うことに全部従わないといけないの?
そんなの矛盾している。嫌だ。おかしいのに。

拳を作ったその時、後ろから声がした。

「先生、それってどうなんすか。先生は外側しか見てないのにそんなこと言い切れるんすか?」

15:  羽。  ◆ESlA:2017/07/08(土) 21:40


榎下だった。
なんだよもう。来ないって言ったくせに。

「榎下……?おまえ、いつから此処に…。」

確かに。榎下、いつからいたんだろう。
私と絢斗先生が気づかなかっただけで、後ろに立ってのかな。

「ずっと前からいましたけど、」

やっぱりそうなんだ……。
ムキになりすぎて気づかなかったんだ、きっと。

「それより先生。さっき、ひよりに先生に従うのが生徒の役目って言いましたよね?」

榎下はあくまでも冷静だった。
絢斗先生は、少し慌てているみたいだった。

「お、おう。言ったぞ……だからなんなんだ。」

榎下は、絢斗先生を上から見下ろした。

「先生はひよりを外側でしか見てない。怪我をして、治すのに1ヶ月かかったことしか知らない。だけど、
ひよりは大会に出るために必死になってリハビリしてたんすよ。リハビリだけじゃない。治っても身体が
鈍っている恐れがあるから、そのための対策トレもしていた。」

榎下、知ってたんだ……。
私は確かに、必死だった。
この1ヶ月、リハビリと対策トレしかしていなくて、その間は飛ぶように過ぎ去っていった。

必死に、大会に出たいという一心でずっと、治してきた。

「ああそうか。でも、それがなんなんだ。」

先生……。

榎下は続けた。

「それぐらい大会に出たかったのに、人が足りているという理由で出させないなんて理不尽ですよ。ひよりの
努力も知らないくせに。何が判断だ。何が先生に従うのが生徒の役目だ!なにもわかってないのは絢斗先生、」

榎下は最後に、目つきを強くした。

「あんたなんだよ!」

絢斗先生は、息を呑んだ。
榎下の声で、職員室全体も静かになる。

最後に私は、言った。

「先生、大会に出させてください!」

言いながら、深々と頭を下げた。

「古谷先生、こんなに二人が言っているんだから、出させてあげたらどうなんですか。芹澤は頑張って
ましたよ。」

鼻ビックだった。
続いて、筋肉マン先生こと教頭先生も言った。

「先生の判断だと言っても、見えてない部分だってあるでしょう。保健の先生に聞いたら、あの捻挫で1ヶ月で
治るなんて珍しいと言ってましたよ。それぐらい、芹澤さんは頑張ったんでしょう。芹澤さん、頭をあげて
ください。」

鼻ビックも、筋肉マン先生も、そして、榎下も、私のことを見ていてくれたんだ。

涙が溢れそうになった。
絢斗先生が立ち上がって、私に謝った。

「すまない、ひより。先生はなにもわかっていなかったな。ひよりは頑張ったし、今はもう万全だよな。予定
通り、やっぱり大会に出てもらっても良いかな。」

私は絢斗先生を見た。

「わかりました。絶対、優勝してみせますよ!」

そして、笑った。
あぁ、久しぶりだなぁ。こんなに、心の底から笑ったの。

16:  羽。  ◆ESlA:2017/07/09(日) 09:40


職員室を出て、私と榎下は廊下を歩き始めた。

今だ。ちゃんと伝えなきゃ。
恥ずかしがってる場合じゃない。自分の気持ちを伝えるんだ。

「榎下……、その、ありがとう。」

よし、言えた!
“ありがとう”って言っただけなのに。
あぁ、なんだか顔が熱いな。

いつからこんなに、恥ずかしがり屋になってたんだろう。

榎下は、相変わらず前を見たまま呟くように言った。

「別に。」

……榎下じゃない。これは榎下じゃない。
なんでこんなに違和感があるんだろう。
榎下は成長したっていうだけなのに。

私が知っている榎下は、もっと明るくて、面白くて、モノマネが上手な榎下。
嫌なことを吹き飛ばせるようなことをしてくれる榎下。

だけど____。

なんだろう。このもやもやは。
いつもの榎下は、何処に行ってしまったんだろう。

心のもやもやを吹き飛ばしたくて、言葉を発した。

「あのさ、榎下。なんかこの頃、急に大人っぽくなってきたよね……?クールな榎下も良いけど、やっぱり
私は、」

榎下の目を、しっかり見た。

「普通の、元気でモノマネ上手な榎下が良いな!」

そう言って笑った。なんか、言いたいことが言えて、自然と笑顔が溢れていた。

「うっせ。イメチェンだよイメチェン!」

榎下が必死になって講義する。
イメチェンって……何それ!
榎下は、やっぱり面白いなぁ。

半ば笑いながら、半ば苦笑しながら言った。

「イメチェンなんかしなくたって良いじゃん。イメチェンした榎下は違和感ありすぎて逆に怖い。」

「なんだよ。俺だって変わりたいっつうの。」

「変わんなくて良いんだって!そのままの榎下が一番だから!」

私がそう言うと、榎下は何故か赤くなった。
そんな榎下が滑稽で、思わず笑ってしまった。

「何照れてんの!」

「うっせーんだよ!」

やっぱり榎下は、こうじゃないと。
戻ってくれて良かった。いつもの榎下に。

17:  羽。  ◆ESlA:2017/07/09(日) 21:45


「ひよちゃんっ‼」

運動場に出るなやれいちゃんに抱きつかれた。

「わっ!どうしたの、れいちゃん。」

びっくりしてれいちゃんを見ると、何故かれいちゃんは涙目になっていた。
それで、もっと驚いた。どうしたんだろう。

「おめでとう!大会出られるって聞いたよ!200メートル、優勝目指して頑張ってね。私も100メートル、
精一杯走るからね!」

なんだ、そういうことだったんだ。

「ありがとう、れいちゃん!私頑張る。怪我した分、たくさん練習して優勝するから!」

私は、れいちゃんを抱きしめた。
友達って最高だ。本当に。
友情は、大切に育んで行かないとだめなんだ。

「俺、女子同士じゃれ合ってんの見るの好きじゃないから先行くわ。」

不意に榎下が言った。
は⁉
今のはれっきとした“友情”ですけど⁉

「ちょっと榎下ー!完全に勘違いしてるんだけど。」

私は数メートル先を歩く榎下を追いかけた。
れいちゃんもそのあとを続く。

「今のは友情だから。友達同士の絆だからね⁉そういう男子だってよくじゃれ合ってるくせに!」

息を荒くしながら榎下に大声で言ってやった。

「そう言って本当は……」

「だから違うっつってんの!何回言ったらわかるの。榎下理解力低すぎ。」

あ、まただ。また榎下が大人になっていく。
だめだ。馬鹿にしないで。クールにならないで。

「はいはいわかりました。ていうかひより、おまえのほうが理解してないだろ。朝からクールになったとか
言ってるけどそれ全部俺のからかいだから。おまえどんだけ純粋なんだよ。」

榎下が苦笑した。

は?え?からかい?
……何それ……。
じゃああれは、“面白い榎下のからかい”であって、“クールな榎下に変わり始めた”わけではなかったってこと⁉
あぁ……無念……。

全部からかわれてたんだ。それなのになんかムキになってたし……。
恥ずかしい。なんで私はこんな性格なんだろう。

「まぁまぁひよちゃん、そんな落ち込まなくても。単に榎下が悪いっていうだけだから。ひよちゃんは何にも
悪くないし、そのままで良いんだよ。」

あぁれいちゃん……女神だ。

そうこうしてる間に練習が始まった。
いつも通りの毎日だ。
ここ1ヶ月、色々なことがありすぎておかしくなってた。
だけどもう大丈夫だ。
前と変わらない、いつもの日々。

「れいちゃーん!頑張れー!」

颯爽とグラウンドを駆け抜けるれいちゃんに、私は声援を送った。

18:  爽。  ◆ESlA:2017/07/11(火) 19:55


早いもので、いよいよ大会の日がやってきた。
私たちは、常盤中学校のユニフォームを着て、隣町の陸上競技場にバスで向かった。
もちろん学校のみんなも応援に来てくれる。

「今日はいよいよ大会だ。みんな頑張れよー!」

絢斗先生が、バスの中で声を張り上げた。
私はあの事件があってから、絢斗先生とはあまり顔を合わせたくなかった。
と言っても、毎日部活で会っていたのだけれど。

私はバスの座席で、れいちゃんに話していた。

「ねぇれいちゃん、れいちゃんは絢斗先生のこと、どう思う?」

あの事件の後からずっと、絢斗先生はどういう人なのか気になっていた。
れいちゃんは、どう思っているのだろう。

「んー。私は、熱血でプラス思考で良いと思うよ。まぁただ、思い込みが激しいっていうのはあるかもしれない
けど。」

れいちゃんはそう言った。多分、本音を言ってくれたのだと思う。

「そっかぁ……。私はね、別に嫌いじゃないんだけどね。でもなんとなく、合わないっていうか…?プラス
思考なのも嫌いじゃないし。だけどなんか…。さっきれいちゃんが言ったように、思い込みが激しいっていう
のもあると思うし、後は生徒の役目を勘違いしてると思う。」

すぐ前に絢斗先生がいるというのに、なんとなく本音を吐き出してしまった。
私は絢斗先生が嫌いなのだろうか。それとも、好きなのだろうか。

「ひよちゃん、なんかすっごい真面目な話になってきてるけど、大丈夫?絢斗先生のことについて、そんなに
思い詰めなくても良いんだよ。合う合わない、好き嫌いは誰にでもあることだから、ひよちゃんの気持ちを
大切にしなきゃ!」

れいちゃんは私の目を見てしっかり話してくれた。

そうだ、そうだよね。
絢斗先生のことを嫌いだと思うなら嫌いで良いんだ。
自分の気持ち。それが自分の気持ち。

私は絢斗先生が嫌いだ。

だけど顧問の先生なんだから、いつものように接していれば良いんだ。
気にしなくたって良い。

れいちゃんに向かって、お礼を言った。

「ありがとう、れいちゃん!私、自分の気持ち大切にする!」

れいちゃんの言葉のおかげで、大会、頑張れそうだ。

19:  爽。  ◆ESlA:2017/07/14(金) 20:24


そして、隣町の陸上競技場に着いた。
心臓がドキドキする。

絶対、優勝する。

絢斗先生のためにも、れいちゃんのためにも、そして榎下のためにも。
みんな、私のために頑張ってきてくれた。
だからその恩を、優勝で返したいんだ。

れいちゃんの女子100メートルはあっという間に終わり、れいちゃんは華々しく準優勝となった。
れいちゃんは悔やんでいたけれど、私にとっては準優勝だってかっこいいと思う。
だって、頑張ってきたのは同じだから。

榎下の80メートルハードルも、本当にあっという間だった。
榎下はもともと、入賞でもできれば良い方だった。
しかし、今年からそれが急変し、一気にタイムを上げたのだ。
そしてなんと、優勝してしまった。
榎下のタイムは自己新記録で、前回の優勝者を大きく離してしまったのだ。

榎下が優勝した。れいちゃんは準優勝だった。
ここで私が優勝しないわけにいかない。
もともと走るのは得意だったし、運動会も持久走大会もたくさん賞をもらってきた。
その実力を信じれば、絶対優勝できると思う。

「ひよちゃん、頑張ってね!」

「頑張れよ、ひより!」

れいちゃんと榎下の言葉を胸に、私は走り出した。

20:越後:2017/07/15(土) 22:25

こちらに失礼致します、越後です。読ませていただきました。
個人的にはこの作品は全体的にハイティーンタイプの少女マンガ辺りを参考にされているような印象を受けました。
主人公の感情の書き方が細かくて、その点についての評価は高め。
ただ、今のところ物語が端的過ぎるように感じます。
問題そのものは起きているけれども、そこから解決にいくまでの展開と描写が少なすぎるというか。
とは言え、まだ物語の全貌が全く見えていない、とのことだったので、期待させて頂きたいと感じました。

ここまで少々辛口に度が過ぎたよう感じましたが、とても小学生の文章力とは思えない作品でした。
自信をもって、さらに技術を磨けば輝く才能だと思います。これからも頑張って下さい。

少々上から目線となってしまいましたかね(

21:  爽。  ◆ESlA:2017/07/16(日) 20:13



>>20   越後さん

レスありがとうございます.

この小説のネタを思いついた時ちょうど少女漫画にはまっていました.
それなのでそう感じたのかもしれませんね()

主人公の感情は大切にしたいのでばばばばばっと書くようにしています.
評価ありがとうございます.

そうなんですよね…….読み返して思ったんですけど、なんというかよくわかりませんよね()
怪我して治るまでに至ったは良いものの、ごちゃごちゃというか…….

本当ですか…….!普段から文章書くのは好きなんですがそこまで言われたことはなかったので
嬉しいです.ありがとうございます.

多分ですけど近いうちに予定している問題が起きるはずなので暖かく見守ってやってください((

ありがとうございました.

22:  爽。  ◆ESlA:2017/07/17(月) 20:23


スタートダッシュ。

うん、良い具合だ。私にとっては結構行けている方。

200メートルは持久力も必要となる。最初から突っ走って後からゼイゼイなんてやっていたら大変なこと
になってしまう。

私は2番目を走っていた。前は、昨年優勝者の浅川( あさかわ )さんだ。
さすがというか、緊張なんて1ミリも感じていないように走っている。

浅川さんとの距離は、30センチもない。
抜かせる。
抜かすんだ。
私を応援してくれている人たちのために!

ゴールまであと3メートル。
最後の力を振り絞って、私は地面を蹴った。
浅川さんを抜かし、差をつけるために警察から逃げる泥棒の気分になって走った。

あとちょっと。

もう少し。

背後で、浅川さんの荒い息が聞こえた。
すぐそこまで来ている。

速く。

もっと速く走るの!

ゴールは目の前だった。

私は勢い良くゴールテープを切った。

そのすぐ後、浅川さんがゴールした。

私もしかして、勝った?
記録はどうなんだろう。優勝できるんだろうか。

23:  爽。  ◆ESlA hoge:2017/07/20(木) 21:18


ドキドキしながら結果発表を待った。

あと3分。3分後には結果がわかるんだ。
怯えちゃだめだ。きっと大丈夫。

「第3位、渡瀬( わたせ )悠菜( ゆうな )。」

まだ呼ばれない。

「第2位、浅川( あさかわ )未央( みお )。」

浅川さんが呼ばれた。
____ということは、もしかして?

「第1位、芹澤ひより。」

言葉が、出なかった。
無言のまま、表彰台に向かう。

なんなんだろう。賞状とトロフィーを貰っても、現実なのか夢なのかはっきりしない。
賞状の髪質も、トロフィーの重さも、全部わかっている。
だけど、信じられなかった。

常盤中学の応援席に戻っていく。
れいちゃんも榎下も絢斗先生もみんなも、おめでとう、と言葉をかけてくれる。
なんか、立ってる感覚がない。あれ?
私は本当に優勝したんだろうか。

確かめるには、あいつに聞くしかない。

「ねぇ、私本当に優勝したの?夢じゃないよね、これ。なんか、信じられない。わかんない。」

座って私に拍手を送る榎下に、思ったことを打ち明けた。
なんとなく、頭に浮かんだのは榎下だった。

2ヶ月前、足を捻挫してから今までが、本当に現実だったんだろうか。
色々ありすぎて混乱している。
もしかしたら、長い長い夢を見ているのかもしれない。

自分の考えに唖然とする私の頬に、痛みが走った。

「痛い?」

榎下だった。榎下が私の頬を引っ張っていた。

「ひょ、ひょっとふぁにしふぇんの⁉( ちょ、ちょっとなにしてんの⁉ )」

頬を引っ張られた私は、喋り方がままならない。
あたふためく私とは裏腹に、榎下は冷静そのものだった。

「痛いんなら、夢じゃないでしょ。おまえは、本当に優勝したんだよ。」

そう言うと同時に、私の頬を引っ張っていた手を離した。
引っ張られていた頬は、まだヒリヒリしている。

突っ立ったままの私を見て、榎下が少し笑った。

「おめでと。」

私はヒリヒリした頬を撫でながら答えた。

「ありがと。榎下のおかげだね。」

24:  爽。  ◆ESlA:2017/07/22(土) 10:53



それは、さらっと出た言葉だった。
私にとっては普通の感じで言ったはずが、榎下は何故かぽかんと口を開けたままで静止。

「なにしてんの、榎下。」

それを見ていたれいちゃんが突っ込む。
私もれいちゃんに賛同した。

「なんか意識飛んじゃった人みたい。変なの。」

私たちは顔を見合わせて、ねーと言い合う。
榎下はまだ口を開けたままだった。

「まぁ良いや。それよりひよちゃん、優勝ほんとにおめでとう!」

ぱぱっとれいちゃんが話を切り替える。

「ありがとう!でもれいちゃんだって準優勝でしょ。すごいじゃん。」

「そんなことないよー。でもお互い走り切れたから、それに変わりはないもんね。私たちどっちもすごいよ!」

「うん、そうだよね!私たちすごいもんね!」

れいちゃんと手を取り合って喜んだ。
親友って良いな。こういうときにれいちゃんがいてくれて、本当に良かった。
榎下も………まぁそうだよね。

私たちが喜び合っている間も、榎下は静止したままだった。
なにやってるんだろう、あいつは。

「おーい、榎下!しっかりしろ!」

榎下の肩をぐらぐら揺らす。
榎下はそれで、やっと我に返ったらしい。
あれ、俺今までなにしてたんだ、と榎下は私に問いかけた。

「さぁね?」

私はとぼける榎下を馬鹿にしてやった。


帰りのバスの中、私は疲れて眠ってしまったらしい。
れいちゃんに揺り起こされる。

「ひーよーちゃん!学校着いたよ。」

そこで私はハッとして目を醒ました。

「私、寝てた?」

「寝てた寝てた。ぐっすり気持ち良さそうだったよー。」

れいちゃんがくすっと笑った。

「うそ、記憶がない。」

私はわざととぼけて、れいちゃんと笑い合った。

学校に着き、絢斗先生からの褒めの言葉を貰うと、解散ということになった。
れいちゃんとバイバイして、自転車に乗る。

榎下は何処にいるのかな。さっきは変にとぼけてたけど、ちゃんとお礼を言いたいから。
榎下を見ないまま、坂道まで来た。
ここまでくると同級生は榎下ぐらいしかいない。
でも榎下は見当たらない。仕方ない、明日にしよう。

何故か知らない間に、自転車をおす足をゆっくり目にしていた。
私、榎下を待ってるのかな。
心の何処かで。

今まであんなやつって思って意地を張っていた私は何処に行ってしまったんだろう。
素直にお礼が言えるような私じゃなかった。
榎下なんかに。

私も大人になってるのかな。
____榎下みたいに。

ふと背後で、自転車を漕ぐ音が聞こえた気がした。

25:  泪。  ◆ESlA:2017/07/23(日) 14:02


榎下かもしれない。

なんとなく頭に浮かんだ。
後ろにいるのが榎下かもしれない。

そっと、後ろを振り返ってみた。

「____榎下。」

榎下だった。
坂道をじっと登ってきたのだろう。榎下は息が荒かった。

榎下が何も言わないので、仕方なく私から話し出すことにした。

「あの、ありがとう、榎下。私、榎下が先生にああやって言ってくれて、大会出れたし、優勝できた。
本当に、ありがとう。」

ちゃんと言えたと思う。少なくともさっきよりは。
でもそれで、また榎下が固まってしまったらどうしようという心配もした。

「あぁ、まぁ、良いよ。ひより頑張ってたから。だから優勝できたんじゃないの。」

今度は固まらずに、はっきりと、淡々と榎下は答えた。
話が続かない。なんとなく、気まずかった。

榎下が、私を追い越した。
慌てて後を追いかける。

「前さ、俺が大人になったとか、クールになったとか言ってたじゃん。」

いきなり榎下が話し始めた。
私は、

「あぁ………、そんなことあったね。」

と言いつつも、さっきからそのことを思い浮かべていた。

「そん時はおまえも子供だったと思うけどさ、今はだいぶ大人びたんじゃねぇの。前まで俺に向かって
ありがとうなんて言ったことねぇだろ。」

榎下は至って冷静だった。

榎下が、私が大人になったって、認めた……?
途端になんとなく嬉しくなった。

「そ、そうかな……。」

本当はありがとうってまた言っても良かった。
だけどなんとなく此処では、そういう風に言えなかった。

26:  泪。  ◆ESlA:2017/07/24(月) 20:18


「まぁ、取り敢えずおめでとうだな。」

榎下は言いながら腕で汗を拭った。

「ありがとう……。榎下も優勝おめでとう!」

私は笑った。榎下の方が、頑張ってきたと思う。
私よりもずっと長く頑張ってきたんだ。

「別に。まぁどっちも優勝したから良いんじゃねぇの。ハッピーエンドってことで。」

ハッピーエンド……か。
まぁ私も榎下も頑張れたからそれで良いんだ。
絢斗先生のこともあったけど、でも全部良い方向に進んで、それで良い風に終われたから。

家に帰り、今日の結果を伝えると、誰よりも喜んでくれたのはおばあちゃんだった。
あの時、頑張りなさい、希望を忘れてはだめと言ってくれたおばあちゃん。

「本当におめでとうね。良かったねぇ。」

おばあちゃんの笑顔は、柔らかかった。

27:  泪。  ◆ESlA:2017/07/30(日) 18:50


大会が終わった数日後、私はいつものようにれいちゃんと駄弁っていた。
大会が終わってから、毎日は飛ぶように過ぎていく。
季節はもう秋。10月へ移り変わっていく頃だ。

「おまえらいっつも喋ってんよな。よくそんなに話題尽きないな。」

榎下だ。れいちゃんへの恋は相変わらず続いているらしい。
多分だけど。だけど。

なんとなく、続いて欲しくないような、変な気分になる。
なんでだろう。別に、榎下のことなんてどう思ってもないのに。

「良いでしょ。女子には色々話すことがあるんだって。夏音( かのん )ちゃんと谷澤( たにざわ )君の恋愛状況とか、
前田( まえだ )先輩の彼女噂とか。」

れいちゃんはつんとして言う。

「そうそう。まぁ、榎下には関係ないことだけどね。」

私もそっぽを向いて言う。
榎下は、あっそと言って自分の席へ戻っていった。

「そういうひよちゃんこそさ、榎下とどうなの?」

「どうなの?って何が?」

れいちゃんはぽかん、とした顔になった。

「何がも何もないでしょ。榎下、絶対ひよちゃんのこと好きだって。」

れいちゃんはさらっと涼しい顔で言った。
何を言っているのだろう。榎下はれいちゃんのことが好きなのではないの?

「は⁉何言ってんのれいちゃん!そんなわけないでしょ。榎下なんて、恋なんかに鈍感そうじゃん。」

そうかなぁ、とれいちゃんは、自分の考えを変えなかった。

28:  るい。  ◆ESlA:2017/08/06(日) 10:06


れいちゃんにいじられながら自分の席に戻る。
隣には榎下がいる。
れいちゃんの言っていたことは本当なんだろうか?
もちろんれいちゃんの方が私よりも遥かに女の子っぽい。女子力だって高い。
だから本当のこと……なのかもしれない。
本当だったところで、私はどういう反応をすれば良いんだろう……。
重い気持ちのまま机に突っ伏す。

私、何やってんだろう……。

外からは涼しい秋の風が吹き込んでくる。
制服は、半袖だと少し肌寒い。もうすぐ中間服に変える頃だ。

「なに落ち込んでんの、ひより。」

隣から声が降ってきた。
榎下のことを考えていたとき、本人から声をかけられるなんて、それほどの恐怖はない。

「いや……別になんでもないけど。」

私は向こうを向いたまま答えた。榎下の顔を見たくなかった。

「ふぅん。」

機嫌が悪いのかと榎下は察しとったみたいで、それ以上は話しかけてこなかった。

榎下がもし私のことを好きだとしても、私はどうなんだろう。
私って、榎下のことどう思ってるのかな。
そりゃあ嫌いじゃない。でもそれは、友達として好きってことなんだと思う。
榎下を男子として見たことって、ないのかもしれない。
榎下は、あくまで友達。そういう認識だ。

じゃあ私は、榎下のこと……好きってこと?
友達として、だけで。


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