『ヒナタ』
雨降る夢の中に、君が出てきた。
君はびしょ濡れで、私もびしょ濡れだった。
君は険しい顔で、私の目をまっすぐに見つめていた。
──どうしてそんなに悲しそうな顔してるの。
いつも、太陽みたいな笑顔を浮かべているのに。
そう訊ねたつもりなのに、声が出ない。
『落ち着いて聞いてほしい』
君は私の手を握った。
その手は小さく震えていて。
君を安心させたい。
君に笑ってほしい。
そう想いを込めながら、握られた手をぎゅっと握り返した。
雨の音と、早い鼓動の音が交わって耳に響く。
『ヒナタはもうすぐ───
死ぬんだ』
呼吸が止まった。
どうして?
なんで君はそんなこと言うの。
気づけば頬には涙が伝っていて、雨に溶けながら滴り落ちていった。
そしてまた気づけば、君はいなくて。
雨が降る夜に、なぜかぽっかりと浮かぶ満月が私を照らしていた。
──そんな夢を見た。
起きたら汗だくで、鼓動が速くて、そして、
泣いていた。
さっきの光景が、まるで体感したかのようにリプレイされる。
涙がとめどなく溢れてくる。
さっきのは、夢。
ただの夢だ。
だって、雨が降る夜に満月なんか出てるわけないじゃない。
だから大丈夫。きっと大丈夫。
そう何度も言い聞かせても、なかなか動悸はおさまらない。
死ぬなんて、嘘だって。
そんな、夢で見たことを真に受ける私がおかしいのだ。
私は昔からそうだ。
なんでも真に受けてしまう。
『あっ、UFOだよ!』
そんな明らかな冗談にも、とっさに反応してしまうのだ。
だから、昔は『冗談の通じない面白くない子』というようなレッテルを貼り付けられてしまい、周りからは煙たがられていた。
でも、幼馴染みである光の、私に対しての明るい無垢な笑顔によって、その隔たりは徐々に消えていった。
そう…さっき、光が夢の中に出てきたのだ。
『ヒナタはもうすぐ──死ぬんだ』
壊れたビデオのように、さっきの光の声と、表情が頭の中で繰り返し再生される。
私に限って、“死ぬ”なんて…
ありえない。
拳を握りしめたが、力が入らない。
起きたばっかりだから、きっと寝ぼけているだけ。
少し震える足で立ち上がり、空色のカーテンを開けた。
「雨月の目って、ちょっと金色っぽいよね。綺麗」
瞳をきらきらさせながら人懐っこい笑顔で話しかけてきたのは、親友の依吹(いぶき)。
ぱっつん前髪に少し高めの位置のツインテールがよく似合う、可愛らしい子だ。
わたしはそんな彼女のことを「イブ」と呼んでいる。
「うらやましい〜」
ぴょんぴょん跳ねながらそう言う彼女はすごく愛らしかった。
その依吹に笑みがこぼれる。
───私の目が金色がかっているのには、理由がある。
私は昔から電気を通しやすい、というよく分からない体質であり、コンセントを指す際にちょっとしたミスで体に電気が走ってしまったのだ。
そして、なぜか黒目が金目になってしまった。
理由がくだらないといえばくだらないので、誰にも話せていない。
『カラコン入れてんの?』
という率直な疑問を投げかけられることもあれば、
『もしかして、雷に打たれたとか!?』
というファンタジックな質問をされることも多々ある。
私はその期待まじりの質問に曖昧に笑うことしかできなかった。
「ヒナター!!」
どうして朝からこんな元気な声を出せるのだろう、と疑問に思いながら、その声の持ち主の方へと目を向ける。
しかも、発音違うし……
『ひなたぼっこ』の方の発音なのに、『小日向』とかの方の発音になっている。
まあ、そんなことは別にいいけど。
クラスのみんなは、光と私の仲がいいことに慣れてくれているっぽい。
だから、光が私を大きな声で呼ぶのにも特に疑問は抱いてないそうだ。
光は昔から、私のことを苗字で呼ぶのだ。
ヒナタ──、『日向』は私の苗字。
下の名前は、『雨月』で『れむ』と読む。
『珍しい読み方だね』
という言葉も、随分と言われ慣れている。
なぜ『雨月』で『れむ』と読むのか気になって、お母さんに訪ねてみたことがあった。
『雨』は英語で『レイニー』、『月』は『ムーン』。
2つの頭文字を取って、
“れむ”だそうだ。
だけど、光は私のことをヒナタと呼ぶ。
私は未だにその理由を聞けていない。
「ヒナター?」
気づくと、目の前には首を傾げた光がいた。
「…おはよ」
夢の中に出てきた光と姿が重なり、うまく笑えなかった。
光はそんな私を不思議そうに見つめながら、口を開いた。
「ヒナタって、ほんと綺麗な顔してるよね」
お世辞にも程があるだろう。
「もう……光は冗談ばっか言うんだから」
光はいつも私をからかう。
「ね?イブ」
窓にもたれかかっていた依吹に声をかける。
「んー…事実だったりして?」
少し首を傾げてから、いたずらっぽく笑った。
「はいはい」と頭を撫でてやると、依吹は頬をほころばせた。
まるで仔猫のようだ。
「ヒナタは可愛いよ、少なくとも俺は思う」
くひひ、と笑う光は、窓からこぼれる太陽の光に照らされてすごく眩しかった。
「……嘘つき」
と呆れた素振りを見せ、そっぽを向いた。
ほんとは少し嬉しかったなんて、言えない。
『おい』
頭上から降ってくる、ぶっきらぼうな冷たい声。
私が、世界で一番大嫌いな人。
階段の踊り場で、足を止めた。
けれど、振り向かない。
振り向いたら、最後──。
『ねえ』
気づけば、すぐそばに、“悪魔”は降り立っていた。
背筋が凍るような緊張が体に走る。
決して目を合わせない。
合わせてしまったら───
一ヶ月以内に必ず死ぬ。
ただの、噂だと思ってたのに……
『あはっ、そんなんでかわせるとでも思ってんの?』
グイッと顔を持ち上げられ、強引に目を合わせられた。
紅い瞳。
その目には“呪”という文字が映っていた。
──そこで、私の意識は途切れた。
私は、私がこの世で一番大嫌いな人に呪われた。
あの“悪魔”は───
生前、私を殺しにかかってきた。
『キミ、今日から俺の隣の席なんだぁ。よろしく』
中学の入学式の後、指定された自分の席に腰掛けると、声をかけられた。
そして、地獄は始まった。
その時は、友達ができるか不安だったから、声をかけられたことに安心した。
『うん。よろしくね』
笑顔でそう応えた。
……それが、間違いだった。
『おれ、氷雨雷騎(ひさめらいき)。友達になろうよ』
その一言に、私は頷いてしまった。
ある日、私は雷騎に呼び出された。
『放課後、教室にいてね!』
突然そんなことを言われ、特に気にせず頷いた。
言われたとおり、夕陽の射し込む教室で窓の外を眺めながら待っていると、ぽんと肩を叩かれた。
びくっと肩が震える。
今……物音がしなかった。
全く聞こえなかった。
…ただの、気のせいかな。
『わー、ほんとに来てくれた!やっぱ雨月はやさしいな!』
『う、うん……えっと、何か用が……』
すると、突然手を引かれ、床に思い切り押し付けられた。
背中に激痛が走った。
『痛っ…!な、何するの?』
すると、雷騎は不敵な笑みを浮かべた。
『俺さぁ、雨月のこと好きなんだ』
唐突な告白は、ただの冗談にしか聞こえなかった。
私が口を開く前に、雷騎はこう言った。
『だから、大好きな雨月と一緒に死にたいな』
何を言ってるんだろう、この人は。
今まで、すこし変わった子だな、とは思ってたけど……
一緒に死のう、なんて。
『い、嫌だよ……死にたくない!』
『んー、悪い子だなぁ…』
私が叫ぶと、雷騎はそう呟いて、ある物を取り出した。
先の鋭く尖った、ナイフだった。
私は目を疑った。
なんでこんなもの持ち歩いてるの。
何者なんだ、この人は。
『今ここで死ぬのと、いつか死ぬの、どっちがいい?』
黒く微笑みながら、ナイフを首に突き付けてきた。
焦りと恐怖で、涙が滲んでくる。
『ふははっ、泣いちゃった?ちょっと可哀想だなぁ』
そう言って、雷騎はナイフをしまい、私に手を差し伸べた。
『ま、いつか殺してあげるから、楽しみにしててね』
その一週間後、雷騎はこつ然と消えた。
『雷騎…?誰それ』
周りの人に訊ねてみても、帰ってくるのはそんな答えばかり。
雷騎は、確かにいたはずなのに。
雷騎の席だったはずの私の左側には、当たり前のように違う子が座っていた。
私は──夢を見ていた?
……そんなはずない。
私はたしかに、雷騎と話した。
そして、雷騎がいなくなってしばらくすると、
ある噂が、流れ始めた。
『ねぇ、知ってる?この学校には悪魔がいるんだって。目が赤くて、呪って字が刻まれてるらしいよ』
悪魔。
そんなの、嘘に決まってるじゃない。
でも、なんでも信じ込んでしまいやすい私は、その噂を信じてしまった。
『旧校舎の東階段。夕方頃、あそこに悪魔が現れるんだって。目を合わせたら、いつか死んじゃうって』
行かないように、してたのに。
その時はすごく急いでいて、悪魔のことなんか頭になかった。
そして、近道である旧校舎の東階段に、足を踏み入れてしまったのだ。
普段は人がいないはずの旧校舎。
駆け下りている私の足音とは、また別の音が聞こえてきた。
壁を、爪でなぞる音。
『あ、あとね。悪魔が出るときには、壁を爪でひっかく音が聞こえるらしいよ』
明らかに、その噂の通りだった。
すぐさまこの場から離れたいのに、地面に貼り付けられたように足が動かなくなった。
『おい』
その声には、聞き覚えがあったのだ。
雷騎。
その声は紛れもなく雷騎の声だった。
なんで、どうして。
どうして、いなくなったはずの雷騎が。
もしかして、噂の悪魔は───
目を合わせたら、いつか死ぬ。
───死にたくない。
決して目を合わせないように、咄嗟に顔を伏せる。
『ねえ』
思い出したくなかったこんなこと。
その日、私は呪われた。
“悪魔”こと雷騎と目を合わせてしまった私の額には、バツ印のような傷跡が刻まれていた。
きっと、それが呪われたという証拠なのだろう。
そして、その日の夜に、あの悪夢を見たのだ。
「日向さんさ、もっと話そうよ」
「……ん?」
クラスメートの安曇くんと、たまたま帰り道に遭遇して、一緒に歩いている最中。
雨上がりの道や木々をぼーっと見つめていたら、急にそんなことを言われた。
「なんか、つまんない」
そう口を尖らせる安曇くんにむっとした。
「最初に言ったじゃん、『私つまんないけど、それでもいい?』って」
「言ったけどさ…」
そこで安曇くんは言葉を濁らせた。
「……日向さんと、一緒に帰ってみたかっただけ」
そっぽを向きながら、安曇くんは小さな声でそうつぶやいた。
「な……だ、だとしても、ちょっと傷ついたんだよ、私口下手だから……」
「ふぅん?」
安曇くんは偉そうにそう言った。
改めてよく見ると、くんは女の子のような顔立ちをしている。
髪の毛も普通の男子と比べたら長めだし、小柄だ。
入学当初、最初見たときは女の子だと思っていた。
「んで?五十嵐くんとは付き合ってるの?」
五十嵐というのは光の苗字だ。
「付き合ってないよ」
「ふぅん?」
彼はこの言葉が口癖のようだ。
「安曇くんは、好きな人いるの?」
そう訊ねると、安曇くんは少し顔を赤らめた。
「………いる」
「へぇ〜。野暮なこと聞くけど、誰?」
「言うわけ無いじゃん…俺、そんな口軽くないし」
女の子みたいな顔と声で『俺』と言われたら違和感しかない。
「じゃあ、ヒント!ヒントちょうだい!」
「……はぁ…じゃあ一つだけね。」
ため息をついて、明らかに呆れているような安曇くん。
「……いつも笑ってる」
「…はい、分かっちゃった〜」
いつも笑ってる。
その娘を私は知っている。
「ツインテールでぱっつんで可愛いあの娘でしょ?」
「そんなにニヤニヤしないでよ、気持ち悪い」
そう冷たく言われ、少し傷つく。
「ごめんごめん…」
そこで、忘れ物をしたことに気が付き、足を止めた。
「傘、忘れてきた」
「そう。取ってきなよ」
安曇くんは淡々んとしているから、一緒にいると気を使わなくて楽だ。
それは光も依吹も同じ。
「じゃあね」
と手を振ると、安曇くんは小さく振り返してくれた。
来た道を戻り、さっき飛び越えた水溜まりをもう一度飛び越える。
それを繰り返して、昇降口についた。
「ヒナタ!」
傘立てから傘を取ると、聞き慣れた無邪気な声が聞こえてきた。
「…光。やっほー」
君が、この間夢に出てきたんだよ。
悲しそうな顔で、私にあの事を告げたんだよ。
そんなことを知るはずもなく、光は無邪気に駆け寄ってきた。
そう。それでいいの。
光は、ずっとずっと笑っていればいい。
澄み渡った青空を、ずっと見ていればいいの。
曇った空は、見なくていいんだよ。
「一緒に帰ろ!」
「…うん。あ、ちょっと晴れてきたね」
「ほんとだ!」
そうやって、ずっと笑っていてほしい。
「イブ、今日はみつ編みにしたんだ。可愛いよ」
登校途中、前を歩いていた依吹に声をかける。
「あ、雨月!ありがと…もう、雨月は不意打ちで嬉しいこと言ってくるから、嬉しいなぁ〜」
そう言って本当に嬉しそうに笑う依吹。
そんな天使のような彼女に見惚れていると、後ろからタタタッという足音が聞こえてきた。
「光ー?驚かせようとしてるんだよね、バレバレだよ?」
そう大きめの声で言うと、光は「げっ、バレた!」という間抜けな声をもらした。
「さっすが雨月!天才だねぇ」
ニコニコとハイタッチを求めてくる依吹に元気よくハイタッチを返す。
「俺も俺も!」
すると、光が私達の間に割り込んできた。
「あー、依吹とタッチした手が……」
冗談半分でそう言うと、「なんでよ!」と期待していた反応が返ってきて思わず噴き出した。
「あははっ、光と雨月ってほんと面白いよね、尊敬する」
依吹が手を叩きながら言った。
「ダメだよ、尊敬しちゃ。こう見えて私こないだの数学のテスト7割だったから」
「えっ、7割ってすごくない?」
イブが目を丸くしながら言った。
「クソ〜!地味に自慢しやがって〜!」
光が悔しそうに喚いた。
なんだろう、この二人ってものすごく天然。
「あ、でもでも、俺体育の成績5だから!」
「ふふん!」とでもいうように腕を組んでいる光。
「私、家庭科は5だったよ!あと、英語は4だったよ!」
とニコニコしている依吹。
一見天然そうに見える彼女は、料理が上手くて、英語もよく喋れるのだ。
「私、美術5だから」
自慢げに言ってみると、
「…あ、そう」
「ハイ、おめでとう」
と二人が揃って塩対応なので、少しびっくりする。
「え、何、なんかごめん」
そんなこんなで、私たちはときどき、こうやって楽しく話しながら登校するのだ。
でも、この幸せな時間は、いつかなくなってしまう。
だって、私は近頃、死んでしまうのだから。
『キミさァ、あの五十嵐ってヤツのコト好きなの?』
それは一週間ほど前のこと。
人のほとんどいない、夕焼けが照りつける帰り道を歩いていると、突然後ろから声をかけられた。
『……なによ』
振り返らずにそう言い放つと、ぽんと肩を叩かれた。
心構えはしていたけれど、やはりそれでも少し驚いてしまう。
『五十嵐光だよ。イーガーラーシ』
『が?何?』
雷騎──いや、悪魔は地面に転がっていた石を蹴飛ばしながら口を開いた。
『好きなの?』
『はぁ……それ知ってどーすんの』
悪魔は『んー?』と首をひねると、近くに生い茂っていた低木から葉っぱを一枚ちぎりとった。
『雨月が五十嵐のコト好きなんだったら、イイ殺し方があるんだァ』
『…は?』
悪魔は瞳をギラギラさせながら、葉っぱを粉々に裂いた。
『フフフ、楽しみにしといてよ、日向雨月ちゃん』
少し風が起こったと思えば、悪魔の姿は消えていた。
なんなんだ、不気味だ。あの生き物は。
それにしても、今日の夕焼けは綺麗だ。
オレンジ色に染まる街を眺めながら、のんびりと家に帰った。
休み時間。
「ねぇ、今日花火大会だね!」
依吹がわくわくしたように笑顔で飛びついてきた。
「そうだね。一緒に行こ」
そう言うと、依吹は満面の笑みでうなずいた。
「え、ねぇねぇ、それ俺も一緒に行きたい!」
光が声を弾ませながら駆け寄ってきた。
さっきまで教室の反対側にいたのに。どんだけ耳良いの。
「どーする〜?」
依吹の問いかけに、私は困る。
去年もこのメンバーで一緒に行き、私が浴衣を着ていったときに光にありえないほど褒められてさんざんだった。
「光は、行きたいん……だよね」
私が言い終える前に、光は「うん!」と首がもげるくらいうなずいた。
まぁ…いっか。
「じゃあ、いいよ。一緒に行こ」
油断して微笑んでしまった。
「まじで!?っしゃあ!てゆーか何今の笑顔!ときめいた!」
「うるさいなぁ……」
と言いつつも、こうやって話しているのは楽しい。
私にまとわりついてくる光と、それを制する私。そして私達の様子をおかしそうに笑いながら見る依吹。
こんな楽しい日常が、ずっとずっと続けばいいのに。
ずっと、ずっと続いたら、良かったのに。
───幸せだったのに。
「あっ、イブ、光!」
待ち合わせ場所には、もう二人の姿があった。
二人の名前を呼ぶと、彼らは振り向いた瞬間目を丸くした。
「えっ、何……」
二人同時に走って私のもとへ来る。
「雨月!?ほんとに雨月!?うん、可愛すぎる!というより、綺麗……!!」
イブが目をキラキラさせながら言ってきた。
「え、ありがと……」
ほんとは、自覚したくなかったけれど、私はもうすぐ死ぬ。
だから、きっと私にとって最後の夏祭り。
私にとって、最後の思い出───。
だから、少し気合いを入れておしゃれをした。
浴衣を着て、髪を巻いてみただけなんだけど……
なんか、光がやばそうな気が……
「ヒナタ…………」
顔を伏せているから、光の顔は分からない。けど、なんかやばい気がする。
「誰のためにそんなおめかしを!?あ、俺!?嬉しい!!」
綺麗すぎる!好き!と叫びながら抱きつこうとしてくるので、慌てて逃げた。
「ちょ、人が見てるところで抱きつこうとしてこないで」
「断る!」
私はもう走るしかなかった。
体力と足の速さには自信がある。
人が少なくなってきたところで、足を止めた。
というより、人は私と光のくらいしかいない。
「やっぱヒナタ足はえーなー」
光が息を切らしながら歩いてきた。
「もう……光は夢中になると他のこと見えなくなるんだから、気をつけなよ」
と軽めに叱っても、光はまだニマニマしている。
「なによ」
「いやぁ〜、今の俺は無敵だから。だって俺のためにそんなおめかしを…」
私はため息をつき、光の頭を小突いた。
「いい加減目覚ませ」
「へっへっへ〜」
だめだこりゃ。
そう思い、私は話題を変えることにした。
「あっ、ねぇ、そろそろ会場行かない?もうすぐ花火が…」
『花火が始まるよ』と言いかけたとき、その言葉は光の言葉によって遮られた。
「ヒナタ、大事な話」
光に手を握られた。
「えっ…何……?」
心臓がドクンと揺れ動いた。
だって、このシチュエーションは、あの“悪夢”と似ているから。
場所も違くて、天気だって違う。
だけど……今の光と、夢の光の表情と雰囲気がそっくりなのだ。
まさか、正夢……?
花火開始のカウントダウンが遠く聞こえる。
「ヒナタ、
────好きだよ」
光の言葉と同時に、花火が打ち上がった。
花火の光と、夏祭りの屋台のちょうちんの光が、私たちを包み込んだ。
「……光、今…なんて……」
「俺はヒナタのことが好きだ。大好きだよ」
ずるい。
いっつもヘラヘラ笑って可愛いだの付き合って〜だの口説いてきたくせに………
こういうときだけ真剣になって、かっこよくなるのズルいよ。
「俺と、付き合ってください」
光が、恥ずかしそうにいい、握っていない片方の手で頭をかいた。
私は、
幸せだった。
「はい」
大きな花火が打ち上がった。
あまりにも、嬉しすぎて。
あまりにも、この瞬間が、幸せすぎて。
だから、私はもうすぐ、死んでしまうだろう。
「わっ……雨降ってきた!」
依吹と合流し、3人で屋台を回っていると、雨がポツポツと降ってきた。
「傘持ってる?」
「ごめん、持ってない」
依吹の問いかけに首を振る。
「どんどん強くなってきた、どっかの屋台入ろ」
そして、私たちは屋台の下で雨宿りすることにした。
降り止まない雨を眺めながら、一気に下がった温度に身を震わす。
雨はどんどん強くなってきて、一向に止まない。
せっかくの夏祭りなのに…とため息が洩れる。
「あれ?止んできた?」
しばらくして、依吹が声をあげた。
顔を上げると、さっきまで地面に打ち付けていた雨はさっきより遥かに弱まっていた。
「今のうちに、帰ろっか」
「そだね」
3人で歩き出すと、どんと誰かと肩がぶつかってしまった。
「あっ、ごめんなさい」
慌てて謝ると、フードをかぶったその下から、顔がちらりと見えた。
わ……天使みたいな子…。
透き通る金髪に緑がかった薄茶色の瞳。
ハーフさんかな。
「ごめんね」
鈴を転がしたような綺麗な声と共に、女の子はスタスタと歩いていった。
「雨月ー?」
依吹の声でハッと我に返る。
もう雨は完全にやんでいて、空気が洗われたような気がした。
「ごめん、行こっか」
そう言いながらも、さっきの女の子のことが頭から離れなかった。
あの女の子……
肩が、氷みたいに冷たかった…。
雨にうたれたからかな。だけど、そんな程度じゃない。
服の上からでも分かるくらいに冷たかった。
…気のせいか。
「うわっ、また降ってきた!」
光がそう叫んだ。
さっきやんだ雨が、また帰ってきた。
帰ってこなくていいのに。
そう思いながら、無意味に空をにらみつける。
「なんだよ〜、せっかくの祭りだったのに!」
光が嘆きながら走り出した。
慌てて私と依吹は後を追った。
「……え?ねぇ、あれってさぁ…」
ふいに、依吹が雨模様の空を指差しながらつぶやいた。
「ん?」
彼女が指差す方に目を向けると、そこには、
ぽっかりと満月が浮かんでいた。
どうして?
ドクンと、心臓が大きく音を立てた。
「雨が降ってるのに、満月なんて、おかしいね」
───それが、私が聞いた最後の言葉だった。
時雨さん、こんばんは。猫又と申します。
その夜、雨が降る。ここまで読ませていただきました。
読んでの感想としては、1つ1つの文章力やストーリー構成は素晴らしいものの、
やはり情景描写の不足が目につきました。
全体を通して、「いつ」のことなのかわからない部分が多いこともそうですが、
人物の描写に関しても、光の性別が >>4 の「俺」という発言で初めてわかるなど、
ちょっと全体的に説明不足かなと個人的に思いました。
物語を書いているとつい自分が分かっているので説明をはぶき読者に伝わらない現象が起こります。
なので「いつ」「どこで」「だれが」「なにを」「なぜ」「どうのように」「どうしたのか」
特に「いつ」「どこで」「だれが」の入れ方について、少しアドバイスさせていただきます。
〇「いつ」
これが無くなると物語が進んでいるのか戻っているのか分からなくなるので
シーンが移り変わるときに書かなくてはいけません。
「放課後の騒がしい時間」とか「朝の登校時間」
隠したいときには「いつか分からない」とかでもいいので、
書いておくと読者は安心します。
とりあえず、時間が変わったら書いておくことをお勧めします。
〇どこで
キャラクターたちがいる場所が変わったら書きましょう。
詳しく書く必要がないなら、
「『通学路』。私と〇〇は話しながら帰る」
とかでも大丈夫です。
物語は読者の脳内で進みます。
場所が変わったらきちんとお知らせしてイメージさせましょう。
〇だれが・どのように
だれがやったのか、主語が抜けてしまうと伝わらないのはもちろんですが、
初登場時に「だれの詳しい説明」(性別もそうですが、服装や表情などの第一印象の説明)のないキャラは読者をおおいに混乱させます。
第一印象は大切です。いつのまにか居た。みたいな書き方はしない方がキャラが立つと思います。
と長々書いてきましたが、
要するに、自分の頭の中にある物語をそのまま読者に伝えるのはテクニックがいるというお話です。
すぐに習得するのは難しいので、まずは「自分の物語を全く知らない人が見る」ということを意識して書いてみましょう。
表情やしぐさなど人物への文才は十分に感じる作品でしたので、
あとは説明するタイミングを少し考えてみるといいと思いました。
個人的な意見ですが、何か参考になればうれしいです。それでは〜