コハクのコクハク!

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1:まきま:2019/11/06(水) 08:20

ローズクォーツ、アメジスト、トパーズ、トルマリン、ラピスラズリ──

何千年も前から眠り、育ち、そして起こされた石達。
色とりどり、形様々な個性がある。

そんな石の魅力を引き出すアクセサリーを作るのが、私の仕事だ。

>>02 人物

2:まきま:2019/11/06(水) 08:24

玉枝 琥珀(たまえだ こはく)
高校二年生。
バイト先のアクセサリー雑貨店『ベステンダンク』でアクセサリーを作っている。
石を削って形を変えず、どんなに歪でも天然のまま使う。
作者名は『シュタイン』


宝田 磨(たからだ みがき)
と同じクラスのイケメン男子。
有名ジュエリーブランド『カラット』の御曹司で、企業モデルも務めている。
美しく磨かれた宝石しか認めず、天然の石を見下している節がある。


宝田社長
磨の父で、カラットの代表取締役会長。
息子の磨を"美しく研磨した最高傑作"として溺愛しているが……


サンゴさん
琥珀のバイト先のオーナーを務める女性。
世界中から面白い石を集める趣味が高じて店を始めた。

3:まきま:2019/11/06(水) 21:45


「わ〜! このラピスラズリのペンダントかわい〜 石川県みたいな形してる!」
「そちらは"シュタイン"の作品ですね。いわれてみれば、そこのギザギザが能登半島っぽいかも……」
「やっぱ店員さんもそう思います!?」

レジで待機していると、展示ブースでオーナーと女子高生の弾んだ会話が聞こえてきた。
能登半島っぽいラピスラズリってなんだよ、と心の中で突っ込みつつも笑ってしまう。
あの石を加工したのは私だけど、言われるまで全く気が付かなかった。


アクセサリー雑貨店"ベステンダンク"。
私は高校入学直後に、ここのお店でレジ打ち兼アクセサリー制作をしている。
元々趣味でハンドメイド作品をインターネットに出品していた経験もあり、オーナーのサンゴさんに気に入られて商品を出させて頂いている。

石は普通、研磨したり削ったりして丸などの形に整えてからアクセサリーに加工する。
けれど私は石の形を変えずにそのまま使うアクセサリーを作っている。
もちろん研磨する肯定を省いてコスト削減というのもあるけど、もっと大きな理由がある。

歪な形はこの世に同じものは存在しない、唯一無二。
そして石を持つ人によって、形の解釈が変わる。
例えばある人は石川県に見えるし、ある人にとってはスパナに見える。
持つ人によって味方が変わるなんて、磨かれた宝石じゃできないことだ。

「石川県に住んでる彼氏のプレゼントにしようかな。私これ買います!」

女子高生は壊れ物を扱うような感じで、大切にペンダントを持ってレジへと向かう。

「お会計お願いします。あ、ギフトで!」
「ありがとうございます。一点で900円となります。化粧箱に入れさせて頂きますね」

赤いビロードの敷き詰められた正方形の箱にペンダントを仕舞うと、なんだかいつも──娘を嫁にやる父のような気持ちになる。
私の手で生まれたペンダントが、綺麗な箱に詰められて人様の手元へ渡るのは、何度経験しても嬉しいものだ。
少し寂しい気も心の奥底にはあるけれど、私は笑顔で送りだす。

紙袋へ入れて手渡すと、彼女はもじもじと俯いて、上擦った声で言った。

「あ、あの……このペンダント作ったシュタインさんに、ありがとうございますって、伝えて貰えませんか?」
「……へ?」
「すごく、気に入ったんで! もう、彼氏に渡すの惜しいくらい」

彼女は本当に嬉しくてたまらない、みたいな笑みを浮かべた。
深いえくぼが微笑ましい。

「……そう言って頂けて嬉しいです。きっと喜ぶと思います。"シュタインさん"も」

なんだか彼女を騙しているようでチクリと胸に刺さったが、自らをシュタインだと名乗ることもできず、私なりに感謝の意を述べたけど──なんだか足りなくてもどかしい。
本当はもっと嬉しそうな顔をしたいのに。




「Besten Dunk!(ありがとうございました)」

4:まきま:2019/11/08(金) 15:08

「なーんで隠してるのよ。シュタインは自分ですって言っちゃえばいいのに」

お客様を見送った後、ガラリとした店内でサンゴさんが煙草を吹かしながら呟いた。
バニラ混じりの副流煙が鼻をかすめる。

「親にバレたらかなわないんで」
「あぁ、そうだったわね」

私の両親は高級アクセサリーブランド『カラット』の社員だ。
共に宝石大好き・光り物大好きなバブル時代が抜けきれないみたいな感じで、素朴な天然石はあまり好まない。
きっと私が天然石でアクセサリーを作っていることを知ったら、ここを辞めさせられてしまうだろう。

しかも私の学業成績に期待して医者だの弁護士だのを目指すように促す。
私はそれに逆らえず、文理選択も決められずに彷徨していた。
別に人の命にも法律にも、興味なんかないのに。

息苦しくて詰まりそうな私の日々は、どんよりとしたねずみ色の雲のようだった。

5:まきま:2019/11/09(土) 11:24

「お疲れ様でした」
「気をつけて帰ってね」

バイトを終えた午後7時。
澱んでいた雲はとうとう雨を降らせ、私はスクールバッグから黒い折り畳み傘を取り出した。
思っていたより土砂降りになっていた。
アスファルトの窪みに溜まった雨水を蹴散らして帰路を急げば、ローファーの中までびしょりと濡れる。

大通りの至る所に『カラット』の広告が張り巡らされていて、気分が悪い。
街頭テレビ、ポスター、ポケットティッシュ。
会長の息子兼イメージモデルを務めている宝田磨が、作ったような笑みで目を合わせてくる広告が嫌いだ。


あぁ、早く帰らなきゃ両親に怒られる。




近道の路地裏を通り抜けようと足を踏み入れようとして、私は一歩退いた。

「えっ……」

──人が、いるのだ。

別に、ただ立っているだけであれば気にせず通る。
しかし……ゴミ箱を背もたれに、捨てられた人形のごとく雨に打たれているのだからそうはいかない。

無視して引き返すのもなんだか後味が悪くて、私はその人と距離を保ちながらも、震える声で尋ねた。

「あの……」

6:まきま:2019/11/09(土) 23:25

私が声をかけると、その男性はゆっくりと頭を上げて、私の方へと顔を向けた。

濡れた前髪から覗くブルーアゲートのような碧眼、彫りの深い鎖骨、ツンと尖った高い鼻。
一本一本測りたくなるような長くて豊かなまつ毛から、雨水が滑り落ちた。
艶を含んだな流し目でちらりと一瞥されると、私は呪縛でもかけられたかのように動けなくなる。

まるで洋画のワンシーンと言われても納得してしまうような、異国風の整った顔立ち。
それは元々美しい原石をミスひとつなく磨きあげた宝石のようで。

磨…………?
そういえばこの顔誰かに似てるような──?

「って、た…………っ、宝田磨ぃ!?」
「……そうだけど何?」
「えっ、えっ? なんで? なんでなんでなんで?」

この驚き、宝田磨をあまり知らない人も想像してみて欲しい。
バイト帰り……学校帰りでもなんでもいい。
ふと路地裏を通り抜けようとしたら福士蒼汰……吉沢亮でもいい。
超有名人が濡れ鼠になって座り込んでいると想像して欲しい。
そして訳が分からなくなって欲しい。

7:まきま:2019/11/11(月) 00:59

彼は慌てふためく私を見て、面倒くさそうにため息をこぼした。

「なに、サイン? 書いてもいいけどこの雨じゃ滲むよ」
「いや、いらな……あ、でもちょっと欲しいかも? アホオクで売れそうだし……」
「守銭奴かよ」

悲惨な状況にしては思ったより口がきけるらしく、衰弱して動けないわけでも無いらしい。
心配して損した。
やっぱサインでお詫びして欲しい。

「えっと……撮影ですか……?」
「カメラ回ってないでしょ」
「じゃあ……口うるさいマネージャーをついカッとなって殺めて指名手配犯になって追われて家に帰れないとか……」
「当たらずとも遠からず」
「え゛っ?! 人殺したんですか!?」(退く)
「そこは違げぇよ! 家に帰れないってのは……まぁ当たり」

家に帰れないという割には悲観的でもなく、あっけからんとしている。
大富豪の息子だし自身の収入もあるだろうから、黒いカードの一枚や二枚所持しているだろう。
どこか適当にホテルにでも泊まればいい。

8:まきま:2019/11/11(月) 19:47


「へぇ……そ、そうなんですね……お気の毒です……」
「……で、あんた誰? 名前は?」

宝田磨は私を訝しげに見つめると、やおら立ち上がった。
あまり長居されるのも迷惑だろうと思い、そそくさと背を向けて立ち去る体制を整える。

「ただの通りすがりです……あ、もう行きます……」
「お前は俺の名前知ってるのに、俺がお前の名前知らないのはどう考えても不公平だ。名乗って」
「えぇ……(有名人なんだから知られて当たり前じゃん……)」
「Aさん? モブみたいな名前だなwww
苗字が通りすがりで名前がAwww通りすがりAさんww」
「っだぁーもう、琥珀です! 玉枝琥珀!」

そこには、テレビで見る、上品にアクセサリーを身に纏う紳士のような宝田磨(17)の姿はなく、あるのは男子中学生みたいに精神年齢の低い餓鬼だった。

メディアのイメージと実際の人柄は違うということくらい理解はしていたが、あまりの馬鹿らしさに驚き呆れるしかない。
と同時に、よくもまぁ素の男子中学生を微塵も感じさせない紳士の演技をバレずに続けられたなと感心した。

9:まきま:2019/11/15(金) 11:46

宝田磨はと言うと、自分から尋ねた割には興味なさげに流していた。

「なんかパッとしないな、琥珀って。地味だし。平たく言えば樹液の塊だろ? もっとダイヤとかルビーとかさぁ……」

その瞬間、私の中の内包物(インクルージョン)がぱんっと、音を立てて弾けた、気がする。

「それ……本当に言ってる?」

自分でも驚くぐらい、低い声がお腹の底から這い上がってきた。
宝田磨は、形のいいアーモンドアイを見開いてこちらを見ている。

単純に自分の名前を馬鹿にされただけじゃなくて、その根底にある"名付け親の想い"まで嘲笑われた気がして。

餓鬼相手に何本気で怒ってるんだろうと思ったけど遅くて、気がつけば私は彼の腕を引っ張って、つかつかと歩き出していた。

「えっ、あ? ちょっ、どこに連れてくつもりだ!?」
「うるさい。いいから黙って見てな」

私は高級腕時計で重くなっている彼の腕を引いて、すぐ近くの自宅へと歩幅を大きくして向かって行った。

10:まきま:2019/11/17(日) 12:57

──私の名付けに関して、一悶着あったらしい。

私の父は大亜(ダイア)、母は流美衣(ルビイ)にしようとそれぞれ案を出して意気込んでいたらしい。
前者なら前者で大東亜戦争みたいで嫌だし、後者なら後者で『どこの族の総長だ? あ゛ぁん?』とか訊かれそうだし、カタカナ表記にしても某スクールアイドルの姉、もしくは妹みたいになる。


そんな絶体絶命だった私がこの名前に落ち着いたのは、おばあちゃんのおかげだ。
父方の母で、厳格な人なので父も頭が上がらない。
当然ふざけた(本人は真剣のつもり)名前は却下され、代わりに琥珀と命名される。

「琥珀は化石でもあり宝石でもあるんだよ。何千万もの時を閉じ込めた、特別な宝石さ」

11:匿名さん:2019/12/03(火) 17:32

楽しく読んでます。視点が固定なので読みやすいです。続きが楽しみです。

12:まきま:2019/12/19(木) 23:11

>>11
ありがとうございます!


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