Weltreisender

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1:ホタルユキ。◆OE:2022/12/02(金) 23:25

 或る暗闇。貴方のもとには……一匹の黒猫。黒猫がやって来ました。黒猫はくあぁとひとつ欠伸をしました。そして。
「瞬く間の悠久の時を、お楽しみに」
 呟きました。貴方はきっと困惑するでしょう。黒猫はそんな貴方を気にすることもなく、すらっとした尾で器用にポットを傾け、貴方の目の前にあるカップに何か注ぎました。それは日本茶かもしれないし、紅茶、珈琲かもしれません。貴方の好きなものです。
 それじゃと黒猫は一礼をして去って行きました。申し訳程度にニャンと鳴いて。
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・古今東西? 短編集
・多少の誤字はご愛嬌
・嫌なら見るな、文句拒否
・下手だとか拙いなんて言わないで。自分が一番よく分かってる
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*タイトルは「世界旅行者」
・多分バラバラなテーマで描く短編集となります。
チェックは勿論しますがそれでも気付けない誤字脱字もあります。
・私の作風などが気に入らなかった場合はすぐに閲覧を中止し見なかったことにして下さい。クレームなどは受け付け致しません。
・書くのは初めてではありませんがそこまで上手でも無いのでご了承下さい。
・生活の優先度の関係で投稿はスローペースの可能性が高いです。
・正直なところ、大体なんでも許せる方向けです。地雷でも許せる方向けです。

★長々と書きましたが最後に。稚拙な文章になる可能性が高くても大丈夫という方へ。楽しんで頂けると幸いです。

2:ホタルユキ。◆OE:2023/01/25(水) 23:52

小さな山の頂にひっそりと佇む、静寂を待つ家。青年、環は今日もそこへ向かった。
今はもう、使われているのは唯一となってしまった部屋。そのドアをスライドし入室する。
「お兄さん!」
ぼうっと窓を眺めていた少女、奏多は環に気付くと、ぱっと輝かせた丸い瞳を彼に見せた。
「元気かい?」
「うん、今日もげんき!」
「それは良かったよ」
ほぅと息を吐いた環は、手に持っていた紙袋を小さなテーブルに置いた。
「今日は何もってきたの?」
「大体はいつもと変わらないけどね、今日はこんなものを持って来たんだ」
そう言って環は、ビニール袋に包まれた、花のついた枝を取り出した。
「お花?」
「そう。銀木犀と言うんだ」
ピリ、と袋を破いて奏多のもとへ枝をやる。
「いいにおい、する!」
すんすんと鼻を動かした奏多は、笑顔を咲かせた。環は微笑みながら、窓辺で光を受けている空色の花瓶にそれを挿した。照らされて、きらりと銀色の香りが輝いた。
「ほんとに、いつもありがとう」
奏多は寂しそうに笑い、瞳を伏せた。
「構わないよ、僕が好きでやっていることさ。君に寂しい思いなんてさせたくないよ」
「ありがとう……もうみんな、いなくなっちゃったからね」
「ほら、顔をあげて。君は大丈夫だよ、きっと」
伏せられた二つの琥珀色をじっと見据え、手をとりながら。しっかりと彼女に言い聞かせるように。
「……うん。お兄さんが言うなら大丈夫だよね」
「そうだよ」
二対の光が交わった。まるで時が止まったようだった。
沈黙を破ったのは、環のスマートフォンだった。
「ああ……すまないね、また来るよ。また明日」
「うん」
すっと静かにドアが閉じられ、部屋には静けさが訪れた。前までと違うのは、仄かな秋の香りが満ちていたことだった。 (1)

3:ホタルユキ。◆OE hoge:2023/02/25(土) 22:43

【お知らせです。>>2は作者の都合により一時休止とさせて頂きます。一応、必ず完結はさせます】

4:ホタルユキ。◆OE hoge:2023/02/25(土) 22:45

【籠の夢】
段々坂を横切る道を自転車で駆け抜ける。風が心地好い。少し疲れたから休憩。視線斜め少し下、空き地には沢山の太陽が咲き誇っている。光を受けてきらきらと輝いている。視線まっ直ぐ、群青の青。青は一つじゃない。上、青。空色。微妙な線が二つの青を隔てている。家々の窓は碧い青を映していた。自転車再開、一番下まで下れば横断歩道との境目、暗い青。水溜まりは水鏡。
海の見える町。空の綺麗な町。向日葵のある段々坂。
胸一杯は噎せるだろう。目を閉じて少しだけ潮風を胸に宿す。
「……」
ゆっくりと目を開ければ、無機質な白が出迎えた。あの町、あの坂は夢だったらしい。見たことも無い癖に、やたらとリアルで鮮明だった。もう戻れはしないけれども、もう一度目を閉じて先の景色を蘇らせる。
……この目で確かめたい、あの景色を。そんな気持ちが芽生えた。尤も、この体で動くことなど不可能なのは僕が一番分かっていることだ。
無機質な白、窓の外は黙りこくった灰色。夜は果てしなく広がる真暗にチカチカと眩しい光の粒。僕はこれ以外の景色は知らない。精々絵本の中だけだ。無邪気にクレヨンで塗られた空、野原。
少しだけ、引っかかった。あの夢の坂はどんな絵本にも漫画にも小説にもテレビにも、何にも映ったことはなかった。記憶に残っていないだけかもしれないけれど、違う気がした。ピンとも来ない。
ずき、もう考える余裕は無いと言うように頭が痛んだ。動くことも無ければ何か考える他無い。なのに考えるにも限界が来てしまう。最悪な日々だ。せめて少しくらい動くことが出来たのなら。
ガラ、とドアが開いた。ここの人達とはもう顔見知りになっている。とは言え会話は殆ど無い。いつもなら会釈くらいはするのだけれど、あの坂ばかりが気になっていたから、俯いたままどうぞとだけ言う。
「おー、ここか」
無遠慮な声に思わず顔を上げる。知らない男の人が、本当に本当に無遠慮にこっちへ来た。よくよく考えてみれば普通はみんなドアもノックしていた。この人は絶対に変な人だ。
「おもしれー顔」
彼はそう小さく笑った。きっと表情に出ていたのだろう。
「……何の用ですか」
長らく大きな声を出していなかったからだろう、語勢を強めて言ってみたものの、出た声は威圧のいの字も無いものだった。
「んーと、まぁ、お前の望みを叶えに来たって感じだな」
「望み?」
彼は笑った。そうだとも、何だって叶えてやると高らかに宣言した。
「こんな狭っ苦しいトリカゴの中なんぞ嫌だろ?」
ああ、この人は全てを見透かしているんだ。彼にキツく当たるのも、意味を成さないんだろう。
ここが彼の言った「鳥籠」ならば、僕は傷付いた小鳥だ。大空を知らない、ボロボロの羽を抱えた小鳥。そのまま籠を開けられても飛び立てないような。
「さ、どっちを選ぶ。この真っ白な鳥籠の中で一生を過ごすか、安全も何も保証されていない大空に飛び立つか。オレはお前を尊重するが」
ぴし、と彼はブイの字と共に選択肢を突き出してきた。
鳥籠に、意味はあるのだろうか。例え待ち構えているだろう果てしなく広い空に危険が潜んでばかりであろうと、多少の延命にしかならない箱にいる意味など。
そういえば僕は今までずっと、この無機質な白から抜け出せなかった。逃げることなんて出来なかった。そんな想定もしなかった。空に憧れつつも、いざ飛び立つことは考えられなかった。先の夢から覚めた直後のように。
「さ、早く選べ」
「……お願い、します」
彼の双眸をしっかり見据える。
良い返事だと彼はまた笑った。よく笑うなぁ。僕とは大違いだ。
「決まりだ。お前を苦しみから解き放ってはやれないけれども、狭い狭い籠からは解き放ってやれる」
すっと彼は手を差し出した。僕はその手を取ってゆっくりと起き上がる。体の上げる悲鳴のような危険信号に知らない振りをする。彼は僕を引き寄せて、そのまま軽々と抱き上げた。
「さ、確り掴まるんだ。離れないように。今からオレが、お前を広い大空へ飛び立たせてやる」

5:ホタルユキ。◆OE hoge:2023/02/25(土) 22:45

彼は僕を抱いたまま、窓を開けて飛び出す。嘘でしょう。けれども衝撃は来ない。無意識にぎゅっと瞑っていた目をゆっくり開けると、彼は何も無いところを足場にしてぴょんぴょんと空を駆けていた。
「……あなたは、誰?」
「オレか? お前の思った通りだ。お前がそうだと思えば神でも天使でもある」
「魔法つかいかもしれない」
「新しいレパートリーが増えたなぁ……神に天使に、魔法使いか……良いなぁそれ!」
求めていた答えでは無いが、彼の笑い声には何だか僕を元気にする効果があるのかもしれない。そんな気さえしてきた。初対面なのに。彼はいとも簡単に僕の心に入り込んできて、軽やかに解す。
「夢じゃない?」
「現実さ」
記憶の中で初めての風。ビルの隙間を縫うのは、僕でなくてもきっと初めてだろう。
頬をつねってみると、痛かった。
真上の空色はかわいらしい雲が浮かんでいて、空を描いたどの絵よりも美しかった。
「僕、初めて幸せって思った。もういいかもしれないなぁ」
「そらぁ良いこった。でもまだ残ってるさ」
残っている? 残っているとは、どういう意味だろう。
「どういうこと?」
訊くと鼻で笑われた。訊くんじゃなかったと一瞬言おうとしたけどやめた。
「夢、見たんだろ」
「どこまで知ってるの?」
彼は僕のどこまで見透かしているのだろう。どこからどこまで、あの坂を知っているのだろう。
「全部だ」
さらりと言ってのける彼は一体誰なんだろうという疑問はもう捨てた。空を駆けている時点で人間などでは無いのだから。
全てを知っている。ふと浮かんだ質問は、してはならないと悟った。彼も彼で言葉を選んでいるのは何となく感じた。こんなこと聞いてしまっては、困らせてしまうだろう。それにもう僕も薄々気付いているから。
「……あなたは、僕を迎えに来たの?」
「……半分正解だな」
今までの軽さは全て溶け落ちた。自分まで重くなって地面に向かってしまうような気さえした。
「ま、明るく行こうぜ」
「僕もう気にしてないや」
長くないのなら精々。不思議と恐れはなかった。
視界を流れる景色は目まぐるしく変化するようになった。山、川、宅地、畑、田圃……この目で見るのは初めてだった。
「さ、もうすぐだ」
ゆっくりと降下して、僕たちはアスファルトに降り立った。ここから少し歩くらしい。意外と揺れる。僕の三半規管はすぐに音を上げた。
「大丈夫か?」
「う、ちょっと……」
「揺らさねぇように気ぃ付けるわ」
少し休憩して、また彼は歩き出した。今度はほとんど揺れなかった。暫くして、彼はここだと言った。
小さな小屋。ここだ、とはどういう意味だろうかと考えていると、小さなベンチに降ろされた。少し待っていろ、ということらしい。
夏の輝きにうとうとし始めた頃、彼は戻って来た。その横には自転車があった。
「僕、漕げないけど……」
「二ケツだ」
「にけつ?」
「あー……取り敢えずオレの後ろに乗れ」
自転車に跨った彼は自身の後ろを親指で示した。
「振り落とされねぇように掴まってろよ。ちょいと夢とは違うけど、良いだろ?」
振り落とされる。若干の恐怖を抱いたけれど、そんなものは無視して乗り込む。
どんどんと自転車は加速していく。頼もしい背中に阻まれて、残念ながら風は全く感じない。それに漕いでもないのに彼に掴まっているだけで疲れる。
「はぁ、はぁ……疲れた……」
「休憩するか?」
「うん……」
彼は準備が本当に良い。ペットボトルを受け取って、渇いた喉に流し込む。知らない味の水。同じ水のはずなのに全然味が違う。
「美味しい……」
「そら良かったよ。さ、もう少しだから」
促されてまた自転車に跨る。流れる景色を暫く眺めていると、金色に輝くものが見えた。
「わぁ……!」
向日葵だった。まるで地上に降り立った太陽みたいだ。綺麗だ、率直にそう思った。
視線を少し上げると、二つの青と境界線が見えた。近からず遠からずに見える海はちらちらと瞬いている。水分量の少なさそうなベタ塗りの空、山のような、彩り豊かな入道雲。

6:ホタルユキ。◆OE hoge:2023/02/25(土) 22:46

「下りるぞ」
きゅ、と左に曲がって下りていく。車が無いのを良い事に彼はブレーキなど効かせていない。やっと感じた風はかなり強風。あまりの速さに肝を冷やしていると、次第にゆっくりになった。一番下だ。水溜まりを覗き込めば僕達と空が鏡に映されていた。
「すごい」
「だろ? よし今度は……」
ニヤリ、彼が笑ったのが背中からでも何となく分かった。今度は僕が、彼の気分を何となく分かるようになったみたいだ。
どこへ行くのか。身を任せていると、潮の香りがした。
「ん……げほっげほっ」
「何噎せてんだ」
また、今度はからからと彼は笑った。
「……弱いから」
「わぁーってるよ」
ここからまた少し歩くらしい。さらさらの砂に苦戦していると見兼ねた彼がひょいと僕を抱き上げた。
ザーザーと波の音がする。時折、ミャーミャーとウミネコの鳴き声がする。千鳥が波と追いかけっこをしている。そんな湿った浜に降ろされた。足元を波が行き来している。
「さ、何か叫んでみろよ。楽しいぜ。こんな感じだ。楽しいー!」
彼の真似をしよう。噎せないように頑張って息を吸い込んで。今、僕は。僕は幸せだ。人生の中で初めて思った。幸せだ、と。
僕は海に向かって、僕なりに大きく叫んだ。
「僕って、幸せだなあ……!」 (完)

7:ホタルユキ。◆OE hoge:2023/08/24(木) 18:04

注)以下の作品は別サイトにて投稿した作品と同じものとなります
【泡沫の逢瀬】
 また会えたね、と手を振って駆け寄れば、彼はふっと微笑んだ。
「今日はどんな話を持って来たんだ?」
 彼は僕のつまらない話をいつも楽しげに聞いてくれる。今日は久し振りの外出の話をした。
「今日は久し振りに外に出たんだ」
 外に出た、その言葉を聞いて彼は嬉しそうにした。
「外に出たのか」
 彼は僕の身長に合わせてしゃがんだ。いつも話を聞いてくれる時にしてくれる体勢だ。
「鳥がいたんだよ」
「鳥か、どんなのだ? お前いつも図鑑見てるから分かるか?」
 えーと、と悩む。なんだったかな。必死に思い出していると、灰色の姿が浮かんだ。
「あ、鳩!」
「鳩か、良いな。オレは鳴き真似できるぞ」
 そう言って彼は鳩の鳴き真似をした。とても上手かった。僕も真似をしてみたけれどとても下手で、二人で目を合わせながら笑った。
 話に花を咲かせていると、ふと気付いたように彼は言った。
「そろそろ時間だな」
「うん……また会おうね!」
 バイバイ、と手を振って目を閉じる。
 目を開けると、無機質な白が出迎えた。この時いつも、もっと彼といたかったのにと思う。
 日中は好きではない。彼もいない。この体に出来ることが少なくて、することがない。精々折り紙を折ったり、歌を口ずさんだり、本を読んだりするくらいしかない。そして、それらも少しずつ出来る時間が短くなっていった。眠ることも出来ずにぼーっとしているだけの時間が増えた。
 この日も逢いに行った。彼はいつものように僕を待っていて、僕に気付くと優しく微笑んだ。
「今日も来てくれたんだな」
「大好きだから」
「オレがか?」
 うん、と肯定すると彼は嬉しそうな顔をした。しかし、同時に悲しそうにも見えた。
「どうしたの?」
 聞いても、なんでもねぇと言うだけだった。そういえば前も、僕の頭を撫でようと手を伸ばしかけて引っ込めた時があった。あの時もどうしてなのか聞いたのに、答えてくれなかった。
「頭、撫でて欲しい」
 唐突に言ったからか、彼は驚いた顔をした。
「それは駄目だ」
「……僕はあなたになら何をされても良い」
 何となく、近いと思った。そうしたら、もう逢えないかもしれない。一度だけで良いから、我儘で良いから、聞いてほしかった。
「本当に、良いのか?」
「僕は、あなたのことが好きだから。僕にはあなたしかいないんだ……」
 つうと流れた涙も気にせずに、思いをぶちまけた。そうかと彼は言って、僕に向かって恐る恐る手を伸ばした。その手に僕は頭を近付けた。僕よりずっと大きい手のひら。ゆっくりと手が動く。驚かれるのも気にせずにぎゅうと抱き着いた。満たされる感じがして、幸せだなあと思った。背中を手が優しくなぞる。そのリズムがとても気持ち良くて、離れたくないのに眠気が覆い被さってきた。
 ふっと目を開ける。体が燃えるように熱い。頭がガンガンと痛む。ぼーっとする思考は、騒がしいという現象だけを捉えた。喉からはひゅうと音が漏れ出た。思考回路はショートして、思ったより早かったな、なんて呑気な考え事をしていた。
 意識が薄れる中、ふと気が付いた。もう彼には逢えないのか、と。本当にあのお願いが最後なのかなぁ。もっと、もっと一緒にいたかった。抵抗しようとしても無駄だった。僕はゆっくりと目を閉じた。
「……あれ?」
 目の前には、彼がいた。
「あれで最後なんて言わせねぇぞ」
 初めて、彼の方から歩み寄ってきた。そして僕は温かさに包まれた。
「大好き」
「……ずっと一緒でも良いか?」
「勿論。ずっと一緒にいようよ」

8:ホタルユキ。◆OE hoge:2023/10/29(日) 07:06

別サイトに投稿しようと思ったら何故か弾かれたのでこちらで
【永遠と刹那】
 黒く湿った土から、くすんだ板がいくつも伸びている。一つだけ、読めない文字のようなものがあった。他も昔は文字があったが、消えている。朽ちかけているものさえもある。しゃがみ込んで、その内の文字のある一つを撫でる。また来ると呟いて、背を向けた。橙の夕陽が、水平線へと沈んでいく。眩しいと思いながらそれを見ていた。沈む直前、炎の星の輝きが緑を発した。それが現実なのか、はたまた夢なのか。
「いつもありがとう」 
 背中から聞こえた。また、夢かと思った。夢でなければ何か。混乱して声も出ない。掌に爪を立ててみても、痛みがするだけだった。目の前の現象は何か。緑閃の奇跡と言えば良いのか。信じても良いのか。堪らぬ喜びが湓れそうな程に込み上がってきて、何から話そうかと思案した。ごめんの声が放たれるまでは。
「ごめんね、これだけで。大丈夫、じきに次の僕が来るから。もう寂しくないよ」
 ふっと微笑んで、そう言った。待て、待ってくれ。そう伸ばした手は、何も掴めなかった。あの微笑みを思い出す。どうせ強がりだ。このお前は寂しがりの癖に。手元の灯りを頼りに、この場を後にした。

 光をたっぷりと浴びて新緑を咲かせている、永遠のような樅。その下へ迎えに行く。興味深そうに上を見上げる以外は同じ姿が、そこにあった。声を掛けると、すぐに反応があった。
「あ、あの……僕って、何代目ですか」
「最近は数えてねぇ」
 そんな事より早く行くぞと促した。替わっていく永遠の世話係の、変わらないいたいけな姿。わずかばかりの愛おしさと、分かりきった未来への苛立ちを抱えながら。

9:ホタルユキ。◆OE hoge:2023/10/29(日) 07:10

こちらは投稿済み
【掌で季節は巡る】

 天頂の方から送り込まれた光が、硝子を通って柔らかいベージュを泳いでいる。水色の影を作る瓶から生まれた雫が伝って、暖かいブラウンに模様を描いた。
 セミの覇権は、もうヒグラシに移った。
「ねぇ、もう夏が終わるよ」
 少年の言葉に呼応するように、太陽がぐるりと動く。青のキャンバスは橙に色替えをしたようだった。
「もうそんな季節か」
 青年は椅子に座ったまま背伸びをした。遠くで鈴のような音が聞こえる。まだ夜じゃねぇのに。そう言いながら笑った。
 赤みを帯びたベージュに、ひらりひらりと秋の影が落ちる。彼らが上を見上げると、硝子の先に葉がそっとあった。二人は目を合わせ、小さく笑った。
「そろそろ、秋も終わるね」
 赤い赤い太陽は静かに、且つ堂々とその姿を消した。黒という表現が一番しっくりくる黒ではない色が外を覆い尽くし、白を基調とした輝きが点々とそこにいた。
「暑いよりかはマシかもしれねぇ」
 小さなドーム内の灯りと星以外は闇。そんな中、光を受けて、ふわりと舞い降りるものがあった。それらは暗い地面にすぐ溶けていった。
「もうすぐ、暖かくなってくるね」
 太陽の沈んだ所とは真逆、山際がうっすらと白んできた。段々と空が明るくなり、光の球は上がってきた。外は地面も山も新緑が彩っていた。
「やっと春だな」
遠くに見える木の一部は薄桃の飾り付けがされている。草原は点描画になった。淡い空では鳥のオーケストラが開催されている。
春だと青年は笑った。春だねと少年も笑った。無邪気な笑い声が、硝子にやわく溶けていった。
そしてまた夏が、秋が、冬が、春が。来ては過ぎ去っていく。巡っていく。永遠に飽きない二人に、見守られながら。

10:ホタルユキ。◆OE hoge:2023/10/29(日) 07:11

こちらは反映待ち
【春の柱】
 遂に折れて、ひとつ雫が落ちる。それはずっと枯れ果てていた土に染み渡り、新緑が芽吹いた。ローラーで塗ったかのようにそれは広がり、点々と彩りが咲いた。またひとつ雫を落とせば、木々が生まれた。頭上に手を伸ばせば、灰の空を掻き分けた青が覗いた。白色かもしれない炎の球が遥か遠く、いや近くかもしれない。大地に光を届け始めた。
 己の笛に呼ばれ吹いた生ぬるい風のざわめき、枝に止まった鳥の囀り。それしか聞こえない。他は試しに踏んだステップが葉と擦れる音だけ。相手のいないペアダンスは、空気を掴むだけだ。押し付けられた痛みに立ち止まる。またひとつ、ひとつと雫が落ちた。湛えられた水は澄み、空と全く同じ色をしていた。それは皮肉にも思えた。使命と運命。手足に繋がるその糸の動きに抗うことは出来なかったのだ。
 記憶の遠くに映る影を、傍らに宿したいと何度願ったか。今は何をしているのだろう。そんなことも、何度考えたか。永遠からしてみれば、あの日々は一夜の夢のようである。かの名を音にしようとして、何度も躊躇い未遂に終わった。そしてついに諦めた。そういった経緯である。
役目が終わるまで、暫し眠ろう。夢の中だけでも会えるのなら。一縷の光を信じながら、緑とプラスアルファの絨毯に倒れ込んでそっと目を閉じた。

11:ホタルユキ。◆OE hoge:2023/11/13(月) 22:13

昨日の夜頃書いたものですね。今までと違う路線ですかね。少年ズという点では平常運転ですが
【水上想い出タクシー】
 晴天の下、少年はきょろきょろと辺りを見回しながら川辺を歩いていた。運転手はそれに気付いて車を降り、川を眺めて思考している少年に近付き声を掛けた。
「迷子かい?」
 運転手の声に少年は一瞬びくりとし、おどおどしながら答えた。
「川、渡りたいんです。でも、橋が見付からなくって……」
 運転手は笑って言う。橋は無いと。それを聞いた少年は驚いた。
「ここには橋が作れないのさ。だから舟があるだろう? まあ、見ての通り足りないみたいだ」
 これでは渡れないと少年は困った。しかしそんな少年のような者の為にこの運転手はいるようなものである。
「うちのタクシーに乗りなさい」
 少年はパッと顔を上げた後、また俯いた。
「でも僕、お金があまり……」
 そんな事かいと運転手は笑った。
「格安で送るさ、というか普段から格安なのさ。舟と同じ」
 さ、と少年を車に乗せて、川へと突っ込んだ。少年は、まさか川を渡るとは思わなかったのだろう。声変わりのしていない悲鳴が短く響いた。
「お客さん、言ってなかったね。このタクシーは水陸両用なのさ」
「先に言って下さいよう……」
 見た目より川幅が広いのか、対岸に着く気配はまだ無い。三度目の困り顔を作った少年を見て、運転手はカーナビのようなものを操作した。すると、少年の傍の窓から見える景色が変わった。まるで映像が貼り付いたかのように、川ではない景色が映った。
「えっ……」
 困り顔の次に少年に多いのは驚き顔らしい。尤も、驚いたのは少年だけではない。過去の客も皆、映像に驚き釘付けになったものだ。
「少し見せてもらっても良いかい?」
 はい、と少年が答える。現在映っているのは公園らしい。五歳くらいだろうか。幼い少年と、兄と思しき人物が笑い合っていた。それから度々公園での景色が映し出されていた。春の花見、夏の虫取り、秋の紅葉狩り、冬の雪遊び。暫くすれば学校と思われる建物が、一度変わりながら見えた。観ていく内に、共にいた人間は兄というより、幼馴染らしいと分かった。少年は、とっくに窓に釘付けになっている。桜が満開の頃、二人は筒を手にしていた。映像に夢中になっていた少年の瞳から、雫がぽろぽろと落ちる。正門の前で写真を撮られ、ずっと一緒と呟いた所で映像は途切れ、川が窓の外に映った。
 少年は、嗚咽を漏らしながら言った。また彼に会いたかったと。次はいつ会えるか、何十年か、百年か。過ごす時間の差異を考えると、苦しくて仕方がないと。でも。
「でも、僕は待ちます。決めました」
 そう言った少年の顔には、先程までの弱々しさは残っていなかった。
 対岸はもう近い。運転手は純白のハンカチーフを手渡した。少年はそれで目元を拭う。ゆっくりと、車が岸に上がる。少年はポケットから硬貨を取り出した。
「なんで、糸が通っているんですかね?」
「うーん……管理とかしやすいからかな?」
 成程と少年は笑った。駐車場までどうでも良い談笑をした。車が減速して、停止する。車を降りて、少年は一礼した。
「ありがとうございました」
 晴れた顔のまま、少年は遠くへと歩いていった。それを見届けながら、運転手は呟いた。
「辞めたくても辞められない。お客さん達とは違うからね。まあ、辞めるつもりも無いけど。やりがいがあるから」

12:ホタルユキ。◆OE hoge:2023/11/28(火) 23:44

90分かかりました。波の下にも都はございます。さぞ花々が美しいことでしょう
【花の都】(1/2)
 端的に言うと、少年は迷っていた。ここが何処なのか、何処から来たのか、向かう先は何処なのか、全て分からなかった。只々、歩いていた。いや、泳いでいたかもしれないし、飛んでいたかもしれない。そしてそれがいつからであるのかも分からず。希望も絶望も、そもそもの期待も、何もかもを何処かへ置いてきたようだった。だから、信じていた所に、でもなく諦めていた所に、でもなかった。森がゆっくりと開けるように、闇とも言える何処かからまるで自然に、光が差した。
 少年の視界に飛び込んできたものは、里のような風景だった。まるで昔話に出てくるような古民家と田畑が、転々と並んでいる。風は草木を撫で、透明な水は静かに流れ、そして若い緑に花々が広がっている、長閑な場所だった。
 五感で手に入れた情報を手に探索しようとした時、少年は後ろから声をかけられた。人の気配は感じられなかったが故に、少年は振り返ると同時に短く声を上げ飛び退いた。目の前にいたのは、人であった。顔を布で覆っている、それ以外は普通の人間であるように見える。
「あ、すみません……その、ここって、どこですか……?」
 少年はおどおどしながら布の者に訊いた。すると布の者は言う。都です、と。少年は驚き、みやこ、と言葉を反復した。
「花の都です」
 なるほど、と理解しきれぬまま少年は納得した。これ程花が豊かであれば、そう呼ばれるのも無理はないかもしれない、と。
「ああ。申し遅れました、私は都の語り部です」
 思い出したように布の者、語り部は身を明かした。
「ああっ、僕は……えーっと……」
 少年は言葉を詰まらせた。己の名を思い出せなかったのだ。慌てていると、語り部は名乗る必要などないと言った。
「さて、折角ですしご案内致しましょう」
 語り部に連れられ、少年は都を回った。見てみると、農耕だけでなく牧畜も行っているようで、動物も放牧されていた。
 そして奥まで進んだ時、少年は目を疑った。それまでの質素な家々とは全く違う、立派な建物が鎮座しているのが見えた。柱の細部にまで装飾が施されていて、瓦はヘマタイトのような鈍い輝きを放っている。全体はかの南西の城のように朱く纏められている。そしてそれは目前の池にも、その姿が寸分違わずに映されている。見蕩れている少年に、語り部は言った。
「この奥には帝がいらっしゃいます」
 帝という言い方に、少年は小さな疑問を持った。少年にとってこのような呼び方は、古文でしか見た事がなかった。
「帝はお休みになられています」
 そうですか、という無難な言葉しか、少年からは出てこなかった。
「どうされましたか?」
「あ、いえ。何でもないです」
 少年は考えた。この都は、所謂俗世から隔絶した場所なのではないのだろうかと。それは桃花源記に出てくるような。引っかかりを覚えながらも、そう結論付けた。
「少し、お話をしましょうか。それが私の仕事でありますし」

13:ホタルユキ。◆OE hoge:2023/11/28(火) 23:44

(2/2)
 曰く、遥か昔に民が戦乱から逃れてここへやってきて住み着いたらしい。まるで本を読み聞かせるかのように、そして少し懐かしむように語った。その話は少年の心に針を刺した。何も覚えがないが、重要なことであると直感した。
「大変でしたね」
 何かが、陽炎のようにゆらめいている。自然にその言葉が出てきた。
「ええ、でもここでの暮らしは良いものです」
「……ここは?」
「ここは、花の都です」
「違います、よね」
 少年は恐る恐る訊いた。知ってはならぬ。知らねばならぬ。本能が騒ぎ出す。ここは花の都などではないと何かが言っている。何が言っているのか、それは分からぬまま従った。語り部は黙った。そして空気が変わったのを少年は感じ取った。
「……半分です」
 語り部は、一言そう放った。風はざわめいて、川は水を増やした。どこからか、波の音が聞こえた。その音は少年に強い恐怖心を与えた。語り部は続ける。
「ここは、金青の下の都でございます。言われた通りでした。存在する、と」
 ざぷん、と大きな波が這う。足をとられて動いた視線の先、水縹の空がゆらゆらと揺れ始めた。
「……僕は」
「あなたは、きっと帰れるでしょう。上へ行けば、きっと。さあ、早く」 
 時間はなさそうだった。覚悟を決めて、少年は地面を蹴った。空だった水を掻き分けて昇ってゆく。光が段々と近くなってくる。あと少しだ、そう思った瞬間、光が少年を包み込んだ。

「……そうして、彼らは滅びました。きっと、本当に波の下に都はあったのでしょう。あ、僕は海は少し苦手です。溺れた事があるので」
 滅ぶことのない記憶を胸に、少年だった彼は教壇の上で言った。


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