小さな山の頂にひっそりと佇む、静寂を待つ家。青年、環は今日もそこへ向かった。
今はもう、使われているのは唯一となってしまった部屋。そのドアをスライドし入室する。
「お兄さん!」
ぼうっと窓を眺めていた少女、奏多は環に気付くと、ぱっと輝かせた丸い瞳を彼に見せた。
「元気かい?」
「うん、今日もげんき!」
「それは良かったよ」
ほぅと息を吐いた環は、手に持っていた紙袋を小さなテーブルに置いた。
「今日は何もってきたの?」
「大体はいつもと変わらないけどね、今日はこんなものを持って来たんだ」
そう言って環は、ビニール袋に包まれた、花のついた枝を取り出した。
「お花?」
「そう。銀木犀と言うんだ」
ピリ、と袋を破いて奏多のもとへ枝をやる。
「いいにおい、する!」
すんすんと鼻を動かした奏多は、笑顔を咲かせた。環は微笑みながら、窓辺で光を受けている空色の花瓶にそれを挿した。照らされて、きらりと銀色の香りが輝いた。
「ほんとに、いつもありがとう」
奏多は寂しそうに笑い、瞳を伏せた。
「構わないよ、僕が好きでやっていることさ。君に寂しい思いなんてさせたくないよ」
「ありがとう……もうみんな、いなくなっちゃったからね」
「ほら、顔をあげて。君は大丈夫だよ、きっと」
伏せられた二つの琥珀色をじっと見据え、手をとりながら。しっかりと彼女に言い聞かせるように。
「……うん。お兄さんが言うなら大丈夫だよね」
「そうだよ」
二対の光が交わった。まるで時が止まったようだった。
沈黙を破ったのは、環のスマートフォンだった。
「ああ……すまないね、また来るよ。また明日」
「うん」
すっと静かにドアが閉じられ、部屋には静けさが訪れた。前までと違うのは、仄かな秋の香りが満ちていたことだった。 (1)
【お知らせです。>>2は作者の都合により一時休止とさせて頂きます。一応、必ず完結はさせます】