頭いいと思われるのが辛い

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1:匿名希望:2022/11/16(水) 23:13

みんなに頭がいいと思われるのが辛いです。
現在中2です。
私は確かにテストの点数を取れますが、それは私の思う頭がいいではないんです。
私は作文がすごく苦手で、教えるのも下手で、コミュニケーションも苦手です。
本当に頭がいい人はこういうことができる人だと思います。
まあ勉強面の頭はいいとして、そこにプレッシャーをかけられるのが嫌です。
そもそも私は地頭?がいいのか、他の人より勉強しなくても覚えられます。
なので頑張ってるから頭がいい!と言えないのも、自分より頑張ってる人の成績が上がらないのがもうしわけなくて辛いです。
「今回も○○は90点なんだろうなー。」
「地頭がいいっていいよね」
↑を否定しないと
「はー、だるいだるい。」
「勉強してないのに私より点数高いとかウザ。」
みたいな感じです。(からかってる感も少しあります)

テストの前はいつもプレッシャーで押しつぶされそうになって、
勉強しないといけないのにあまりしない→すごく後悔する→結局いい点が取れる
のループです。なぜかしてるときにいつもより悪く、してないときにいつもよりいいことが多いです。
もうぐちゃぐちゃで何をしたらいいかわかりません。
友達に言われても大体笑ってます。
友達も結構イラついてきてるのが伝わってます。

なんで返せばいいですか?やっぱり勉強をもっとしなければいけないでしょうか?

長文失礼しました。

2:マコ:2022/11/17(木) 00:29

いきなり何の話かと思うかもしれませんが、そもそも「勉強」とは何でしょうか?

「物事を覚えるための作業」でしょうか?

確かにそれも間違ってはいません。しかし、それは本質ではありません。

「勉強」とは「物事を覚えられる環境に身を置くこと」なのです。

例えば、あなたは日本語の読み書きは普通にできていますよね。
少なくとも外国人が日本語を習得する上で難しいと感じること(「は」と「が」の違いとか)は、いとも簡単に使いこなすことができます。

我々の感覚からすればこれらのことは「いつの間にか」「勝手に」身に付いていたものです。

なぜなら、我々は生まれたときから日本に住んでいて、そこから何年も日本語しか使わない環境にいるわけですから、身に付いていて当たり前です。

当たり前すぎて勉強をしたという感覚さえありません。

しかし、それはその感覚がないというだけで、我々は日本語を習得するためのあらゆる経験をたくさん積んできているのです。

本を読んだり、テレビを見たり、人と話したり、起きている時間のほぼ全てを日本語と共に過ごしてきたのです。

これって無意識なだけで、よくよく考えてみれば途方もない修行だとは思いませんか?

つまり、あなたの地頭の良さというのは、あなたは既に学校での学びを記憶できる何らかのルーティーンに身を置いているのであって、勉強はきちんとできているのです。

ただあなた自身もそれが何なのか気づいていないだけなのです。

それが何なのかは私にも分かりませんが、それを「地頭が良い」とか「才能」だとかで片付けてしまうのは、そのご友人の単なる分析不足なのです。

実は脳にとてもよい食事や睡眠が「無意識に」できているのかもしれない。
脳科学的に記憶に定着しやすい何らかの思考作業を「そうだと知らずに」授業中にできてしまっているのかもしれない。

考えようと思えばいくらでも考えられることです。


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