元の世界に帰還するには…
一、魔法学者として自分で研究する。
二、専門家に金銭を投じて依頼する。
三、かの魔王の持つ書物を獲得する。
四、エトセトラ かつ アンノウン
非才・凡庸・無勇気・潔癖、
そんな俺にとって、この世界は憂鬱だ。だから、俺は必ず元の世界に帰ってみせる。
もしも手伝ってくれるなら、相応の金を支払おう。
…あれは誇張表現じゃ…
…とにかく、分かった。なら俺が雇っている間は、正当防衛以外の殺人は禁止だ。お前の能力は悪辣で趣味が悪すぎるし。分かったな?
分かったよ。いちおー依頼は依頼だし飲んでやる。
おれだって別に殺戮趣味じゃねーからな、壁でもなんとでも使ってくれよ。
あぁ。
( 酒場の爺さんが運ばれてゆくのを見て、席につき )
で、俺の素性だったな。俺は元の世界に帰りたいだけのただの小金持ちだ。おわり、そんだけ。
なんか質問あるか?
元の世界だと?なんだ、まるで別世界から来たみたいな言い分だな。
22:チゼル:2021/03/06(土) 18:12
別世界はある。知らないか?召喚勇者ってやつ。
俺は頼んでもないのに王族の召喚士にこの世界に連れてこられた。勇者として、魔物討伐に命を賭けろだってさ。
( 酒 )
俺以外の連れてこられたヤツらはみんな笑ってたよ。これから、さぞ楽しい異世界生活を期待してたんだろうな。なろう連中どもめ。
( グビグビ )
でも、俺はそう思わないから言った。「帰りたい」って。それだけなのに、やれ神の冒涜だ、だの、やれ勇者としての品格がない、だの好き勝手言いやがる。それで、クソバカ王族の庇護下から追放されたってわけだ。
( おいしい )
だから、帰る方法を探してる。
それで今、使えそうなヤツ雇うところ。
一人目がお前ってわけ。理解できたか?人殺し。
は?なにが人殺しやねんボケ。
どうせあのジジイは死に体だろ、殺してなにが悪い?
まあお前の事情は分かったわ。
おれが使えるかどうかは別として、帰る手立てはあんの?
クソ王族から追放されたんだろ。
いやそれがな、魔術師?魔導士?よく分からんけど、その道の専門家に話を聞いたら、どれも曖昧で物騒な話ばっかでな。魔王の書物にあるかもしれない〜とか、特定の魔物魔女が知ってるかも〜とか、特にこれといって確証のある話はない。だがまあ、共通するのは、人間に敵対する魔の者たちに会わなくちゃいけないってことだ。
だからまあ、争い事は避けられないだろうな…。最近、宗教戦争、魔女狩りも頻発してるらしいし。
人殺し、お前の方がそこんところは詳しいんじゃないのか?俺よりもこの世界の住民やってんだろ。
あー、それな。じゃあ教えとくわ。
基本この世界はガチガチの資本主義だ。
どいつもこいつも金が欲しいからホラでもなんでも吹きやがる。
魔女って大元はハッキリしてるけどな。
なぜかって、この世界を牛耳ってるのはクソ最悪な魔女だからさ。
詳しく聞きたいか?チップ上積みで。
(金くれ、のジェスチャーで手のひらを差し出す)
資本主義かよ、やだな全く。
( 懐から、小さな袋を出してやや乱雑にテーブルに乗っけた。窓の外が暗くなってきた。酒場には男女が溢れてくる )
ほらよ。
うひょ〜〜金は最高だぜ!
ははは、じゃあ話してやるよ。
(素早く金を懐にしまうとチゼルに向き合う)
さっきも言ったように、世界の支配者は魔女だ。
俺みたいに異能を持った奴は魔女の使徒って言われてる。
まあとにかく、支配者が魔女なら当然国を治めんのも魔女なわけ。
その魔女が…ヤバいくらい金に汚い奴で、税金絞りまくるからこうなってんだよ。
いやもう勘弁ってやつなんだけど、こっから新事実。
おれは魔女に会ったことがある。
( 俺は召喚勇者だから、いまいち、魔女のヤバさが実感できない。まあ、話を聞く限りだと、魔女に国家支配者もいるぐらいだから、ヤバいんだろうな )
… それで?
おれは路上生活者だった。
クソ魔女のせいで廃れた貧民街に、二個下の弟と住んで草を食ったりしてたよ。
死なずに生き延びれたのはこの力んおかげだ。
でも、ある日。
盗みがバレて、オッサンに殺されかけた時。
おれは干渉の力を操作できなかったから、代わりに…
思い出したくねぇが、弟はおれのせいで死んだ。
そっからだ。
枯れるくらい泣いたおれんところに『あれ』が来たのは。
( 意外と気の毒な過去を持つんだな。
人殺しとはいえど、完璧悪ってわけじゃなさそうだ)
あれってのはアレか?魔女か?
そう、最悪の魔女さ。
魔女は弟の亡骸を見て言った。
『金を供物として捧げれば弟を生き返らせてやる』と。
もちろんおれは従った。
だから金を集めなきゃいけない。
…そういうわけだ、願いを叶えてほしいなら魔女が一番の近道。
ただし…魔女は聞いての通り気まぐれな存在。
神出鬼没だし、願いを叶えるっつってもそのあとになにするか分からんしな。
おい、その魔女に会えないのか?
神出鬼没って言ったが、金を渡さなくちゃいけないんだろ。 …なら、会えるんじゃないのか?
……
実のところ、会える。
そしておれは居所を知ってる。
ほんとか!なら、会わせろ。
金なら、はずんでやる。
( 予想外。魔女に会うことができれば、願いを叶えてもらえるかもしれない。そうでなくとも、何か大きな手がかりとなるものが掴めるかもしれない。
これはチャンスだ。流すわけにはいかない。
そうして、再び、金の袋をテーブル上に乗せた )
へへへ、交渉成立だな。
最高だぜ旦那。
じゃあおれについてきな!
(袋を懐に、勢いよく席を立つ。
やや血痕が残る床の上を歩いて扉へ向かった。)
いや血ぃ!床、誰か拭けよ。
返り血浴びた冒険者もいるから、みんなあんま気にしてないのか…潔癖だからああいうの無理
( 人殺しの後をついていく。外はもう夜。
相変わらず、一見すると綺麗な街並みだが、実際のところ、貧困が多い。道中、ホームレスに銀貨を投げ )
そういえば、人殺し、お前名前なんていうんだ?
俺はチゼルだ。人殺しじゃ、呼びにくいから教えろ。
名前?
ああ…ないんだよな。おれ親の顔も見たことねーし。
まあ好きに呼んでくれよ。
(石造りの街を先導して歩いていく。淡い光が辺りを照らす街頭の下、物欲しそうにこちらを見つめるホームレスには視線もくれない。)
じゃあ便宜上、ナナシって呼ぶわ。
まあ俺も不粋なこと聞いた。そもそも、名前なんて知る必要ないんだよな。
( 場合によっては邪魔になることもある )
まだつかないのか?そこそこ歩いてる気がするんだが。
…
そろそろだ。
(街から外れ、鬱蒼とした森に足を踏み入れる。)
遠すぎだ。
( 森の中に入ると、先を進むナナシの音を頼りにして進む )
暗すぎだ。
…ついた。
そこで待ってろ。
(暗い森の最果てに辿り着く。足元の草だけが音を立てる中、静かに声を発した。)
おい、クソ魔女。
出てこい。
… 了解
( 腰に巻かれた短剣を確認し )
どんな物騒なやつが出てくんだ?
……やっとつれてきたのか、大馬鹿者。
(静かに、静かに、それは姿を現す。
辺りの暗闇よりも更に深い闇色、声だけが響く。)
…なんだこの声。
( 思わず耳を塞ぎたくなるような音。
低音周波の不協和音。不快な声だ )
うっせぇーよボケ。
つれてきてやったんだから感謝しろや。
…はぁ、あのさーチゼルの旦那。
おれ、お前に謝んなきゃいけないことがある。
(がさり。草の音がする。)
は?なんだよ
( ああ、嫌な予感がする )
言ったろ。
どんな奴でもさ、金の為ならホラでも吹くって。
(草が、木々が、森が揺れる。風ではない。
…揺らしているのは間違いなく魔女のうごめきだ。)
ごめんな。信じてもらったのに。
でもおれだってこうしなくちゃ救えないんだ。
せめてあの世で…許してくれ。
(――魔女が、迫る。)
(命を食む。)
(魔女は大口を開き、『謎の空間』へと繋がる胃の中に、チゼルを放り込もうと向かう。)
…… ふざけんなよ。
( 短剣を抜き )
どいつもこいつも人を道具みたいに利用しやがって。
気持ち悪いんだよ魔女!気持ち悪いんだよ名無し野郎!
( 向かってきた魔女の真横をすり抜け、その瞬間に刃を腹部目掛けて、つんざく )
(暗闇から姿を現したのは、形のない漆黒の塊。
突如開いた穴が向かいくる刃を飲み込む。
そのまま腕をとらえ、侵食を始めた。)
……おい、名無し野郎。
( 侵食されゆく中で )
この魔女はお前の弟を本当に救ってくれんのか?
お前という存在があれば、いくらでも利用できる。だから、お前との約束は、この魔女にとって守る価値のないものなんだよ!違うのか?
どうなんだ!答えろよ!俺ぁ、弱肉強者が嫌いだ。それは人間をやめてんのと同じだ。この魔女みたいになんなよ!クソがクソが!
( 意に反して、侵食は容赦なく進む )
やめろ、やめろよ!!!
じゃあ一体誰が救ってくれんだよ!!
あのゴミ箱みてぇな街で生きて、なんも変わらなかったよ!
神も悪魔も助けてくれねぇなら、魔女にでもすがるしか…ない、だろ。
(ぽつり、と草むらに雫が落ちた。
逸らした目の先でチゼルが侵食されていく。)
(…やがて、怒号は魔女の胃袋へと消えた。)
(暗闇と静寂に満たされる世界。)
金さえあれば…調べ……可能……性があ……
( 侵食した半身から、もう半身にかけての侵食にそう時間はいらなかった。ーー命が捕食される。最後、茂みに残ったのは手袋のみ。
光さえ届かない深海のような場所で、底無し沼に沈んでいく感覚だけがこの体に纏わりつく。ありもしなかった異次元空間に引力されて、心までもが引きずり込まれる。それは魔女の意の成すがまま、諦念に向かって。
ーー っ!ーー ろーー
諦めゆくこの体に感覚はいらない。だから、自然と、全身の力は抜け去り、瞼は閉じる。耳は音をキャッチするも横から横へ受け流す。これであとは待つだけ……
おにーーーん!ーーーろー !
ただ、死を待つだけでよかった…
おにいちゃんのばかやろー!
あぁ、脳に染み付いた妹の声だ。
諦めるってのは、最愛の妹がいなければの話だ。
真夏の夜の病室。チヅルは仕事帰りの姿のまま、医療ベットに向かい合うようにして椅子に腰掛けた。ベットには、建物の光に照らされる最愛の妹が、今も眠り続けている。
言うまでもなく神は無慈悲だ。未来ある若い少女の、重病に苦しめられる姿を見ても何の奇跡を起こさない。今ごろ、妹は青春を謳歌しているはずだったのに、闘病生活をおくっている。その上、彼女を現実的にサポートできるのは俺しかいない )
…大丈夫だ。何があっても、俺だけはーーの幸せのために尽力する。ーーが困った時は、俺がそばにいる。一人にはしないさ。
( 今や病院通いも日課となった。仕事に行き、病院に行き、そしてまた仕事に行くというお決まりのルーティン。だがそのルーティンも、もうじき終わる。昇進が決まったからだ。自らの地位を利用して、出勤時間の短縮が認められた。つまり、これで妹を一人にする時間を少なくできる。)
兄ちゃん、もっと頑張るからな。
( 一瞬、妹の表情が和らいだ気がした。その表情を見て自分もどこかほっとしたのか、缶コーヒーを一口啜った後に、深く目を閉ざす。今日も一日が終わる。今日も乗り越えられた。今日も妹は生きててくれた。
ーーどうすればよかった?
目をずっと瞑ってればよかった?
次に目を開けた瞬間、わずかな希望が、大きな絶望へと転じる。赤い眼の少年。目の前に広がる神々しい神殿。チヅルにとっての新たな始まり。異世界転生。異世界絶望生活の始まりだった。
でも、ずっと悒悒としているわけにはいかない。現実的な意味で元の世界に帰る。ここに来たあの時から、そう決めたんだ。 )
今のアイツには俺しかいない。
他人は所詮、他人だ。家族でさえもクズはいくらでもいる。誰も助けてくれない。アイツには俺しかいないんだ !! だからッ
( 全身に力を入れて起き上がる。しかし、魔女の命への執念たるや、起きあがろうとするこの体に、いつまでも忌々しくへばり付く。
関係ない。
チヅルはこの身を奮い立たせる。それは意地だ。骨が軋んで、水道管が破裂するみたいに、体のアチコチから血が噴出した。
関係ない。
邪魔をするのであれば誰であろうと ころす。
だから、この手で、魔女の臓物にピタリと、触れる )
帰るんだ ッ!こっちは6年間、いや9年間、妹のために帰宅部してきんだ。なめんじゃねぇぇ!!
( そこは手袋のみが残る無変哲な茂みだった。しかし、嵐の前の静けさに匹敵する前触れを差し置き、突如、それは起こった。
大爆発である。それも無変哲な空間の。
しかし、火炎も黒煙も出てこない。
出てきたのは、金と金と金と大金。金の雨。金の塵。金の山。ナナシの体すら容易く包み込む金の津波。そして、あまりの量に必然的に金と金とが弾き合う爽快な音。「コングラッチュレーション」誰もがその状況から連想するであろう言葉。チヅルが見たら、パチスロ店を連想するであろう騒音。黄金と騒音に満たされた世界。ーーその状況が続いて数分の時。
完成した金の海から、一本の腕が突き出る。
金の海から、その一本の腕を支えに体も出す。それは意外と簡単な作業に見えるが、集合した金は想像以上に重い。老人が下敷きになったらその命よりも重いのかもしれないほどだ )
… はぁ っ、はぁ…なんとか、助かったが、なんで、こんな金の量。…名無しの野郎とあの不気味な魔女は、金に埋もれて死んだのか ?
…ぐっ
( 謎の魔手。原理は未だ分からないが、触れられる凡そのモノを金に変換する力。チゼル自身が持つ能力。
同時に、使えば使うほど、体に相応の異変が起こる力。
例えば、「肌」
軽鎧と厚着で隠しいた肌には、金閣寺の金箔のようなものが浮かび上がる。今、その金箔の面積がチヅルの手先、アゴにまで広がり、隠せないレベルにまで達した。
例えば、「左手」
左手はもともと魔手ではなかった。なのに、魔手のように触れると、微量ながら金へと変換してしまうようになった。
例えば、「記憶」
使えば使うほど記憶が抜けかけている。それは忘れていいものだけじゃない。決定的な記憶すら失ってしまう。チゼルがなぜそれを知っているのか、存在は覚えていても、名前を忘れてしまったものがあるからだ )
だが、ここまでの金の量は始めてだ。
あの泥のみたいな空間で魔女の臓物のようなものに触れた気がするが、なぜこんな金が出たのか不思議でならない。ーーこの力は、そのモノの金の価値に変換する力なのか?
――眼前に迫る大量の金を前にして、走馬灯のようななにかが
追憶のごとく脳内にあふれ出た。
「…弟を救いたきゃ金を出しな」
金が必要だった。
救いを得るためには何もかもに。
まるでコインの裏表みたいにハッキリしていた。
そんな人生だった。
……
…………
耳の横で大木が倒れる。
『干渉』のせいだ。
こんなになっても、唯一の希望が絶たれても。
おれは生きなければいけない。
なんのために? 幸せとはなんだ?
魔女は朽ち、弟の命を繋ぎ止めるものは消失したのに。
(森全体を埋め尽くす黄金の間から、開ける視界とともにゆっくり顔を出す。)
……絶望って感じの表情だな。
(ヤツが顔を出した地点。そこは、チゼルが、月の光を遮断する形で仁王立ちする、ちょうど真下だった)
はは、そりゃそうか。
お前の大事な弟の死を、気分次第で生に変換してくれる魔女の存在を、「俺の力」で金の海に換えちまった。ここら一体に続く金の山々は、お前の弟への希望の価値表示なのかもしれないなァ。こんな量見たことないぜ。
………それにしても皮肉なもんだ。おそらくお前が欲してた量以上の金は目の前に広がってるのに、弟の死を覆せたかもしれないアイツは多分だが、もういない。だから、そんな、世界で一番不幸なんですって感じの表情してんだろ?
( どうしてそんな表情をするのか、チゼルはよく知っていた。過去は変えられないから、今ある現実は変えられないという自覚。今ある現実が 詰んでる と感じる胸騒ぎ。
だから、その双眸は実現できなかった遥か彼方の遠い遠い未来景色を覗こうとして、虚色になるのだろう。
だが、その未来はただの妄想であると、自分が生きているこの世界が残酷に告げてくる。今、全身が感じるであろう冷たい空気が、耳に勝手に入ってくるノイズが、己が目に映るこの景色が、何より自分がこの世界の実在しているというずっとあった感覚が「これが現実なんだ」と告げてくる。 チゼルは知っていた。
だからこそ、問う )
で、お前はこれからどうする ?
…お前を騙したんだ。
あの魔女の目的は金じゃない。
命そのものだからさ。
目的のためなら手段を選ばない。
そういう欺瞞だらけの世界なんだよ。
だが、金…そう、あの時。
「金がなければ視れない。弟を救いたきゃ――」
クソみたいなハゲ医者に渡す金があれば。
未来は変わっていただろう。お前のその力がおれにあるならな。
…
おれは一体なんのために生きている?
魔女の傀儡から解放されても世界は何一つ変わらねぇ。
世界こそ魔女に操られてるんだ。
クソったれの、黄金の中で…
(月光を遮る正体も、何もかも。
視界に移る全てが意味をなさず目の中に消えていく。
そこにあるのはただ一つの未来だけ。)
…どうするって、おれが聞きてぇわ。
お前のその力があればいずれ『然るべき魔女』に辿り着くだろう。
そこにおれというピースが必要か、お前が決めろ。
命を脅かした最低の詐欺師でもいいならな。
そして、おれは決めたよ。いいや、分かった。
自分のすべきことが。
…おれは混乱の使者になる。
もう魔女の傀儡にはならない。
弟を死なせたこの世界を、世界を変わらせた魔女を。
この手で殺してやるだけだ。
だから、そうだな。どうせなら賢い奴の操り人形になるほうがいい。
どのみち最後の魔女に辿り着くために邂逅以外の方法はないはずだ。
いま一度言うぞ。
(積もった黄金が音を立て、ナナシは体躯を金の海から起こして立ち上がった。
仁王立ちするチゼルと視線が交差する。)
おれを雇え。
金はいらない。
…っ !
(右足をわずかに振り上げ、名無し野郎の顔をサッカーボールのように蹴る。そして )
そっか。………お前にはもう、何もないんだよな。
生きていくのが辛いから、生きていく理由がないから、だからその理由付けとして、死なない言い訳として、「 復讐者 」の役を選んだ。
(チゼルの目は、何か醜悪なモノを見るような眼差しで)
弟を諦めるのは自己欺瞞で、ただの臆病者だ。
今のお前は雇う価値がない。
ただ、金なら全部やる。
魔女の話は参考になったしな。
(振り上げられた足を避けずに立ち尽くす。
頬を強い衝撃と痛みが襲う。頭までジンジン傷んだ。)
…これが痛みか。
覚えておくぜ。金輪際味わうことがないからな。
もうなにも痛くないんだ。
ありがとうよ旦那。そこだけは感謝してやる。
痛みってのは、生きてる証だと思う。
それを感じないんじゃ…死んでるも同然なんだよ。
だからおれは屍として生きる。
奴らを地獄へ引きずり込む死者として。
(諦念ではない絶望と、復讐心を宿した瞳を伏せて力なく笑う。
そこに生気は感じられない。)
…だが、本当に現実を受け入れて生きるのか?
おれという手札を捨てて大望を叶えられるとは到底思えない。
たしかにお前には財がある。
しかしそれは裏を返せば金での関係しか築けないということだ。
…言っただろう。金ならいらないと。
おれは他の奴とは違うぞ。
どうなんだよ、チゼル。
いい加減にしろ ォ !!!
( チゼルの怒りが乗った蹴りが金を散らす)
最初、お前になんとなく、境遇の近さを感じていたが、ガッカリだな。
全然違う。……俺は諦めないバカで、お前は諦めかけているただの臆病者だ。
俺はな、元の世界に帰るつもりだ。俺にも弟ではないが、世界一可愛い天使みたいな最愛の妹がいる。それも彼女は、俺がいなくちゃいけない。俺がいなきゃ、かなりヤバいんだよ、命に関わるレベルで。だから帰るんだ。
だけどな………
元の世界に帰るには?って専門家に尋ねると、どの専門家も異口同音として、一番初めにこう言う。「無理だ、ほぼ不可能だろう」ってね。………… それで、その次に魔物関連に携われば何かヒントがあるかもしれない程度だと付け加えて言う。
だから、俺がやってることは、限りない不可能への挑戦なんだよ。
だが、お前の弟だって、同じだ。もしかしたら生き返らせる方法はあるかもしれない。これだけ魔法が発達して、訳の分からない異能があって、訳の分からない奴らが跋扈してる世界なんだから。この世界は常に、魅力的な可能性に満ち満ちてる。
なのに、お前は諦めるだけ。そのまま復讐を言い訳に生き続けるだけ。あるいは………
諦めたらな、僅かなその可能性すら消滅させてしまう。
つまりだ ! 弟が生き返るかもしれないその僅かな未来を、可能性を、お前自身で殺しているんだ。いや、弟を完全殺人しているのはお前だ !復讐と称して、お前が ! お前こそが ッ! 弟に完膚なきまでのトドメを刺しているんだよ!!
俺にはお前が、弟を救うための過程で味わう苦痛と恐怖が怖いだけにしか見えないな。そりゃ、死にたくなるぐらい辛いだろう。何度も何度も絶望に衝突するだろう。朝起きても何も変わらない現実に、吐きそうになるだろう。
だが俺は、自分よりも妹の方が大事だ。
だから、不可能を可能に変えるんだ。
元の世界に絶対帰るんだ。
もっとも、お前は違うらしいがな。残念だよ。
そのままクソの集まりの「特典教」にでも入っちまえ。
[ その頃、別地点にて ]
ニンゲンくん共の嫌いなところ、そのいち〜〜!
( 宇宙色の瞳に、肩まで伸ばした、黒の絵の具で強く強く塗り潰したような濃厚な髪は、火花を乗せた風と一緒になびく。その顔は、横に丸顔で鼻がツンと高く、まだまだ幼い印象を抱かせる。けれど、)
まず、ニンゲンくんはさァ!生きてからずっーーと死ぬまで現実逃避してるところだよね。この世に生まれた時点で「不幸」なんだから っ 、その現実を受け入れて、自然の摂理の下で生きていけばいいのに っ!
国家なんていう、「みんな一緒に効率よく現実逃避しましょ?」なーんて歪な人工装置作っちゃってさァ。ほんッと、きもちわるいよねー。
( この言動、子どもの死体をサンダルの底で踏みつけるこの振る舞い、そして何より目の前に夥しい「死体なり掛けの人々」がいるのにも関わらず、彼らの前で堂々と凶悪な笑みを浮かべるその様は、明らかに子どものそれではない )
でも、そういうニンゲンくん共に現実を突きつけるのって楽しいなァ !! ふふ あはははははは ! ! !
楽しい!楽しい!低脳でいてくれてありがとうね!
現実逃避いっぱいしてくれてありがとうね!生きて死んでくれてありがとうね !
>>63
…俺の欲しいもん、みんな…
この指の間をすり抜けていっちまう。
水みてぇに。
(痩せ細った自身の両手を広げ、指の間、その下の金に目線を落とす。)
もうたくさんだ。
お前の賭け事は愚かだよ。
見返りを求めてそのたびに裏切られてみろ。
希望なんかじゃない、絶望しかやってこないんだ。
妹を救いたいなら勝手にすればいい。
それがどんなに細い糸の先にあるものでもな。
おれはごめんさ。より確実なのは魔女を根絶やしにすること。
これは復讐でもない…正義なんだよ。
宗教なんて微塵も興味ない。
言っただろ? 「混乱の使者」だって。
おれは必ずこの腐った世界に革命をもたらすぜ。
>>63
最後に賭けをしよう。
お前とおれの、だ。
(黄金の上、諦念以外の感情すべてを燃やすチゼルと相対する。)
おれはもちろん全ての魔女をぶっ潰す。
そしてお前は魔女の権能に頼るために邂逅する。
妹を救いたきゃおれを止めてみろ。
そして最後に、この首を取れ。
(手で銃を形作りこめかみに当てる。
ほどけた指の間で力なく笑った。)
……名前はないと言ったな。
生まれてきた意味がないなんて可哀想だろ?
だからおれはたった今、この世に証を残す。
始まりさ。
おれはカオスだ。
…初めましてだなぁ、チゼルの旦那。
>>64
ひっ……
(民家の陰で息をひそめる少女が一人。見た目は年端もいかないはずの人物が死体を踏みつける様を見て、思わず悲鳴を漏らす。)