彼女の名を知る人はいない
7:Another:2021/08/09(月) 20:44
疑惑と興味の入り混じった視線に気付く。視界の真ん中で、白い体躯の猫と目が合った。けれども猫のまんまるい二つの点は動かず。どこか気品を漂わせる相貌を、負けじと睨み返すわけでもなく、ただ一心に興味だけを宿して見つめ。
「……初めて見た」
ぽつり、と呟いて、まっさらな毛の塊に向かって手を伸ばす。その仕草になんの畏怖もなく。
ーーピ ピ ピ
青年という言葉を聞くと、つい若い男子を妄想してしまう。でもこの青年は大人と子供の狭間の女子である。街外れもいい所、そんな若き青年が乾いた黒髪揺らして、有刺鉄線に塹壕に、毒ガス未だ残る鉄臭い大地を行ったり来たり。 やがて、お日様お月様が交代すること実に三〇回、その間、西行き東行き、あーでもない こーでもないと欲求不満だった足取りが、ついに止まる。
ーーピピピピピピピピ
時は輝かしい早朝。たとえ泥に、汗に、ヒルに塗れ全身疲労であっても、この体で目一杯表現したい。
「これで三万個…最後の地雷です!」
喜びを、両手上げた全身ピースを、朝日へ。
ーーピピピピピピピピピピピピピピピ
この騒音&振動とも今日でおさらば。青年の額、あらゆる爆弾を探知するブリキのツノ。この世に爆弾ある限り、このツノは無条件に煩わしく反応し続けると説明された記憶がある。かつて、青春放棄少女には使命があった。
「うれしい…やっと恋ができます」
地雷撤去完了。これで使命『爆弾なき世界』は成就し、音も消えるはず…。
ーー ピ ピ ピ
「な、なぜじゃい!!」
青空に響く青年の叫び。探知機人間は今日も元気に探知する。その音に導かれて、都市に向かったそうな。
>>9
『都市ルセット』
高く聳え立つ城壁に囲まれた、円形の城下町。外側には民家が立ち並び、奥には王城、中央広場手前には地下街へ続く石畳の道が広がっている。道の途中は二又に別れており、城下町の入口付近と繋がっているため、地下街まで直結で到達できるのだ。地下街とは、特に各国の流れ者が住み商いをする場所である。なんでも、昨今の王城と地下街の間には癒着と思われる関係があり、情報提供と資金をお互いの対価としているなど噂されている。それが真実かどうかは分からない。
記載・著:◼◼◼
訝しむような素振りはないが、留めるような素振りはある
…近付く手に向けてジャブが飛び、特に意味は含まない
軽々しい鳴き声がその場に響く。…幸い、爪は出てなかった
"__ニャア"
( __目の色は水色、真っ白けの毛玉の中に
じぃっと眺める2つの水晶。…猫の目 )
「…!」
驚いて、反射的に己の手を引っ込める。直後、耳朶に響くのは鈴を転がしたかのような鳴き声。触れずとも見つめ合う。互いの間に張りつめたような空気があった。
「……」
…少女は困ったように肩をすくめて、にらめっこに降参の合図を示した。かと思えば、記憶の補完をするように、また、小さな興味を潰すように、口を開く。
「君には 生きる理由 があるの? 私にはあるよ、みんなが願うこと」
素早い動きに、呑気な毛玉は突然警戒するように
身を竦めて目を見開く。…互いに争う気はないけれど
ちょっとの意志疎通が出来なくて、そのまま絡まって…
( …その場で足も地に付け、何時でも駆け出せる姿勢
けれど、少女は何やら動かないし …何かしそうな
気配もない …尻尾を左右に多少激しく振る、警戒の動き )
____そして …その言葉に対する答えは
"___ニャア"
……
…………
「ニャア、が生きる理由なんて、君はなかなかどうして変わっているんだね」
微動だにしない二つの丸い点と己の双眸が、まるで線で繋がれたかのように見つめ合ったまま、頬を崩して微笑みを作る。言葉のあと、再度白い毛玉に手を伸ばした。撫でる、という仕草をするために。
「私、お城に行かなくちゃいけないんだ。初めてのお外は嬉しいけど、それよりもっと、自分の意味を持てるのが嬉しいの」
…はからずとも 少女の優しげな声は少し、ばかり
お気に召したようだ。比較的低い鳴き声は警戒の証、
けれど 近よる手に対しては、鼻先を向けて…
" ぐるーぅるるる__"
( 手が、頭の上に到着し 初めて毛玉の触り心地に
ありつける時… ピンと立てた耳を畳んで、目を閉じる )
"___ゥー"
「 ーーガキ、それに触れるな 」
二つの存在の柔和なコミュニケーションに割り込んだのは、黒いペストマスクだった。マスクは街中で最も黒い外観、長細い全身は黒一色だ。ついでに背には無数の刃が360度円を描くように装着、さながら人間芝刈り機の有様だ。
……
「……誰?」
一言。またしても猫を撫でやることは叶わず、けれども、今度は白い毛玉を守るように。噴水から立ち上がり〖男〗に全身を向ける。背後に光る弧を描いた刃にも恐れをなさず。
_____
事の趣が変わる… そんな空気には誰しもが敏感だ
__再び尻尾を激しく振る毛玉もご同様。… 少女よりも
明らかに危険で やかましい存在へ警戒の眼差しを向ける
"_____"
(__いざ という時の為 既に足は駆け出す用意を)
「 ガキのくせに俺が怖くねェのか 」
微かな乱暴さを秘めた低い声。マスクは少女に相対する形で、腰をわずかに曲げた。天地な身長差もあいまって、客観的に見ると、少女ははるか崖の頂上を見ているような、そんな構図だ。そして、見下ろすマスクは再びあの声で
「その態度は嫌いじゃねェが、俺は害獣を駆除しにきた。これも仕事だよ。クソガキ。…あぁ、ガキっていいよなァ、働かなくてもいいもんなァ 」
片手を、背の剣まで持っていくと、誰もが予想するであろう次の動作。そう、もちろん、刃を引き抜く。独特な金属音が粒子を震わせながら、引き抜いた刃を地に垂らす形で握った。
「 俺は子猫が嫌いだ 」
害獣、ガキ、子猫、働。聞き慣れない単語で頭の中が埋め尽くされるのを処理するために、男の一連の動作をただ呆然と眺めていた。鋭利な刃が視界をゆっくりと横切る。
「 どうして? 」
けれども少女は、怖いも嫌いの意味も分からないまま問いを口にした。まるで幼児のように。地に触れそうな剣先には目もくれず、真っ黒な彼のマスクの先を見透かさんとばかりに見つめて。
ーーピ ピ ピ ピ ピ ピ
ツノ騒音、今日も揺れる黒髪、泥んこ軍服。そんな形容司る青年は立派に行進する。対して、青年の左右前後に点在する男軍人たちはヤレヤレとでも言いたげな素振り、また気怠げな歩きぶりだ。
しかし街の人々は班員のうち、歩く騒音、ツノ青年を発見次第、歓迎の声を。『あのツノは… この音は…… ピだ!』 の声を端に、
『軍人ピーさん、この花はボードレールと言って値段は』『ピピさん!髪の毛鼻先まで伸びてますよ!是非うちの店で切』『ピ様、このお肉は猫の』、など止まない勧誘歓迎!
人類史上、異例の数の爆弾撤去に成功、不発の英雄と呼ばれる青年『カフォン・ダヌ・アリアンロッド』は思わず笑う。自分の名を覚えてもらえてないことに。
「ま、この世界にある爆弾の全てが不発ならいいんです」
青年のそんな発言に、隣の男軍人は『バッカらしー、酒飲んでくるわ』と、開いた扉の中へ消えていく。芋づる的に周りの班員も酒場の賑わう中へ。最後の一人に至っては『夜の宿でな』と耳元でゾッとする言葉を残して行ってしまう。
ーー ピ ピ ピ ピ ピ ピ
ひとりぼっち。騒音だけ残る。でも、いつものことだと、建物から体を翻して、
「とりあえず、任務遂行にむかいます!」
壁に囲まれた広大な街、とはいえ青年は音を頼りに、一歩一歩着実に対象に近づいていた。
「バカガキ。鉄臭くて、汚ェ、…何より人間様を病にさせちまう、常識だ。」
そんな説明も束の間、マスクは剣を空中高く振り上げると、当然目の前には大きな黒影が、そして少女へ向かうあらゆる光は遮断される。狙いは猫。黒の存在は、「分かったらとっとと、どけ」と乱暴に言い放つ。
握りしめた刃。空気をつん裂く勢いで振り下ろす。猫を一刻も早く駆除する。いや、正直駆除できなくとも、この剣の威圧で消え去ればそれでいいのだ。
猫の静電気が、隣のもう1匹の子猫のーー得体の知れない少女紛いの爆弾装置に何かしら作用してはひとたまりも無い。
咄嗟に手を伸ばしていた。
「!」
三昼夜歩き続けた裸の足は傷だらけ。もつれて崩れて、転んでしまう。初めて見た猫、問に ニャア と鳴いた猫。理由は分からない。それでも、少女の瞳には猫が恐ろしい生物とは一片も映らなかった。
迫りくる鈍光の刃から猫を庇わんと、転んだままの姿勢でもう一度手を伸ばす。
"___シャーッ"
__少女の手、けれど白い毛玉は要らぬ世話とばかりに
迫る剣に威嚇 大いに胆を見せては身を翻し、噴水から
飛び降りて真っ直ぐに大きな黒い怪物と相対する…
"___"
( なんという豪胆さ。無謀さ!… 猫は勝ち目の
まるで見えない黒い怪物を前にして、毛を逆立て
丸い目の奥を光らせ、尚も逃げずに威嚇を続けたのだ )
"フーッ___"
…妙なことに、そのまま
少女から距離を離さない
ーーガッッッ !
破片が砕け散る、が、手答えはない。
剣を一振りした後の光景は手答え通り、「チッ」と舌打ちに値するもの。なんと言っても噴水を囲む大理石に刃が食い込んだだけで、元来そこにいた威嚇猫は、真下で転ぶ少女のそばへ移動したにすぎない。
「ゴミ猫、テメェも怖くねェのかよ」
妙だ。なぜ逃げない?普通の猫ならば…。
だが今は猫への疑問よりも、緊急だ。今まさに城前で、街中で、あまりに巨大で濃厚なバケモノリスクが目の前で蠢いているのだから。『この眼』で、少女の心部を直視すればするほどに、無理解な思考は増え、その分だけ高密度なリスクも膨張してゆく。まるで蛆虫が次から次に沸き出てきているみたいな感覚に、ただただ焦る。
さっきの斬撃音で人々の視線も集まってきた頃、刃に交替して、腰元のガラス瓶を手に取るや否や、地面へと叩きつけた。ーーパリン ッ
「少し、寝てろ」
闇色のガス。それは、少女の目的も、使命も、望まれる未来も、すべて知ったことかと、代わりに眠れ眠れと、少女の意識を闇へと誘い込む。
「──」
眼前から広がり己を囲む闇色の悪煙。海流に逆らうごとく両手で煙をかきわける。ところが徐々に瞼が下がり、必死の抵抗も虚しく──少女の意識はやがて完全な闇へと落ちてしまった。
闇色ガスを一度でも纏った少女からは、マスクマンに背負われ移動するごとに、ガスの臭気道が作られていく。その匂いをケモノが追えるとは知らずに、ひたすら移動。
現在、石畳製の地面、左右無表情な両壁、そんな地下への道をしばらく進むと、途中で足音が変わる。地面が 鉄骨製 に変わったからだ。同時に、左右の壁も途中で途絶え、以降はひたすら、遥か下に広がる、表情豊かな街を見渡せる。
この街は商人街とも、夜の街とも、浮浪街とも、違法街とも、あるいは、稀に機械の街とも呼ばれる。その所以は知る人ぞ知る。
やがて、鉄骨地面の坂を下り終え、ある建物に到着。準備は整った。あとはベットに横たわらせた少女が目を覚ますのを待つだけ。
「レントゲン、アンタは帰っていい。あとは全部アタシに任せとけ」
「いや、ここ俺の家なん」
「あー!あー!うっせーな、お前のせいで雰囲気、台無しだよ」
"____"
気が付けば
__其処に残るは残滓 僅かなる少女と化け物の匂い。
後には変わらない噴水の広場が残り 人々は離れて行き交う
"___ゥー___ゥゥゥ"
( … 気に入りの昼寝場所が壊された事を
後ろを振り向き、知った毛玉。… しばらく
何かの食べ残しでもないか、と地面を嗅ぎ回り)
___野へ駆るもの 全てが歩むは人の知れぬ闇の内
…白い毛玉はそれに乗り込み また 何処へと消えて行く…
レイヴン
________何かを見かけた(烏)は 徐々に空を滑り降りる
「……ん」
なんの前兆もなく、瞼が静かに開く。地下街に灯るわずかな明を脳が飲み込まんとするのとは反対に、少女は眩しそうに目を細めた。あの時と同じ。固い寝台の上、視界の中で光る、暗闇を照らせはしないほのかな色。あの場所で命が産み落とされた。その瞬間を一度だけ思い出して、すぐに忘れて、完全に開眼する。
「…ここは……どこ?」
「あっ 起きた!」
( イスから、はしゃぎ踊り出す女。一方、レントゲンと呼ばれたマスクマンは後ろで、刃を研ぐ手を止めて「うるっせェ!」と激昂。座る女。)
「大丈夫。アタシはアンタに何もしねーから安心しな……って、不安のカケラもねぇのな、アンタのカオ。ま、いいや。そうそう、ここがどこだって質問だっけ?」
( 女は「ここはーー…」と口籠る。何せ、感情が面に出やすい性分ゆえ、少女とは対照的にさっきから女の表情は変わるがわる豊かに動く。)
「えーーと…ここはァーー…」
( 目は閉ざされ、女の眉が限界まで下りた頃、パッと開眼。ニヤけ顔で)
「学校。君みたいな機械人間が集まる、学校だよ」
「おい!」
「あーあー!レントゲンは黙っとけって、事実だろ?」
「機械、人間……? 学校?」
首を傾げる。レントゲンと呼ばれた男と、目の前ではしゃぐ女の会話に理解が及ばない様子で。少女の機械的な『擬似脳』に浮かぶのは、ただひとつ命じられた生きる理由のみ。えてして、女と相対しても表情は変わらず。
「私はお城に行かなくちゃいけないの。それがみんなの望みだから」
繰り返される同じ言葉。固い寝床から上体を上げた少女の首元で、チョーカーに下がった白旗≠フ飾りが揺れる。
少女の言動にムッと頬が膨らむ。「可愛げのない子だなァ…」と自分の髪をぐしゃぐしゃに掻きながら、女は少し『嫉妬』した。ーービビビ ッ!
「いだッ」
火傷の痛みで涙目に。髪をぐしゃっていた指が、つい自分のツノに触れてしまったためだ。というのも、女の額からは二本のクワガタ的な角が。そして、その角同士の間にはビリビリ電流が常時ジグザグ線を描く。
「…いてて……お城 ォ?望みィ? つーか、みんなって誰だよ」
今度は女が首をかしげる番らしい。
額に二本の角が生えた女、その慌てる姿を見つめながらも、問に答える。
「みんなはみんなだよ。私が生まれた時からいるの。ご飯や絵本をくれたり、お世話してくれるの」
寝床の上で膝を曲げて、三角座りとやらをしては己の傷ついた足先を撫でつける。『みんな』のことを語る少女の顔には笑みが浮かんでいた。
「この子、すげェ病んでんな」
「俺に同意を求めるな」
その『みんな』と語る存在が、家族なのか、ファミリーなのか、名詞なき関係なのかは、不明。ただ一つ確かなのは、その少女が薄ら笑ってることだ。まじまじと見ると、純真な瞳に宿すものと言い、ぎこちない口角の動きといい、思うに、その不気味な笑みの正体は、闇そのものではないか? と、白旗の装飾を一瞥するマスクマンは結論する。が、その事にどれほど電気女は気付けるか…。
「旨いメシならあるし、絵本より面白いもん沢山あんぞ。それに君……って、…君…? …アレ?、そーいえば君、名前なんていうの?」
人に名前を聞くときはなんたらで「あっ アタシはライだ。ライ先生って呼んで。」と慌てて付け加えた。
「ライ、先生……」
先生、という単語に微かな反応を示し。新たな問への答えを記憶の中から探す。『みんな』に呼ばれていた名を。
「私は、『Another』。みんながそう呼んでる」
___機械に染まる町 …それとも町に染まる機械?
何れを疑問の答えに選べど ただただ異なる世界
…静けさと金属光 何処からか香る火薬のニオイは
いつまでも懐かしさを思わせた… __烏が舞い降りる
( __いびつに光輝く町の一欠片。… それは)
"___"
( 少女が連れ去られた …家、…そう呼ばれる場所
… 奇妙な事に 忘れ去られるような一羽の烏は
危険漂うその家へと滑り込む … 音の少ない羽根を用いて。)
"____"
「ふーーん、アナザー。んじゃあ、アナちゃんって呼ぶわ。ちょっと待ってて」
電気女はイスから尻を上げ、あくび付きの背伸びを一回、その後ベットの少女を一旦よそにシンクに向きあった。
ジャガイモの皮を剥く間、肉 野菜を包丁で切る間、鍋でグツグツ煮込む間、この電雷女は何を考えているのか。少女とはまた別の笑みを僅かに含む唇が次に発したのは、
「アナちゃん、今日から君はアタシの生徒。さっき、君はアタシのこと先生って言ったからな」
少女の元にトレーを置く。そこにあるのはスプーンにただのスープ。シンプルな汁料理なのに、「とりあえず食え。考えるのはその後だ。うまいぞ、スチューデントスープだかんな」と半ば強引に言葉で味付けしようとする。一方、
「ママごとやってる暇なんてあるかよ」
マスクマンはひたすら刃を研いだ。
「…?」
先生。その言葉がもたらす確約のようなものには気付かないまま。これから起こる未来になど予想もくれず、少女はライの姿を眺めていた。
少しして、『スチューデントスープ』とやらが目の前に運ばれる。少女の双眸が、ライの顔と料理を交互に一瞥したあと、幼い手はスプーンを取り。傍ではひたすら研石の音が聞こえていた。
「…『いただきます』?」
たどたどしく言う。その言葉のあとに、手に取った銀器でスープを口に運び、
「…………おいしい」
______
陰に潜み 決して快適とは言えない通り道を
少しずつ、少しずつ烏の足は机の下 物陰へ進み
また進み … 時を悪くすれば止まり …また、進む
"______"
( …特に 味の感じない匂いが胃袋の中に入ってくる
今、潜む物陰から出所を探れば … 見えた )
…少女 いたいけに今、経験を積む幼き少女
僅かに __ほんの僅かに求めていた"匂い"を
感じる ……最後の "匂い" を持つ少女
"______"
( …歓喜の声を抑え
暫く様子を眺める )
少女がスチューデントスープを口を啜る様子を、真横で両頬杖して見物する。「おいしい」と言われたことに、口元だけでなく頬までもが緩みかかる。そんな柔らかい表情で迎える、少女が口にスープを運び嚥下する瞬間ごとに「すげえすげえ」「いいぞもう一口!」「アタシのスープは最高だろ!?」と鬱陶しいほどの大げさな反応を見せた。
その反応は30連発ほど連続したところで、やっと終わった。少女の手元のトレーを、ベット横の壁掛け棚に置く。そこには、水滴まみれのスプーンに、空っぽな器。
「さてと…」そんな声を第一に、真面目な表情を取り戻した電雷女は少女の瞳を見る。
別に意味はない。人と人とが話す時は、目を見て話すのは当たり前だから、目を見た。たとえ機械人間と蔑まれようとも、我々はれっきとした「人」なのだから。
「それじゃあ、アナちゃんさ、事情を話して。もしかしたら力になれるかもしれないし、何よりアタシは生徒を助けたいんだ。先生ってのは、生徒を助けるためにもいる。……君はさ、その『みんな』のためにお城の前まで行ったわけだろ?君は、何しようとしてたんだ?」
小うるさい合いの手のあと、お腹いっぱい、己の膝を抱える。その最中、いつの間にかライの声が真面目なトーンに変わったのを察すると、声の方向へ目線を上げた。しかし、『みんな』と自分の目的を尋ねられれば合わせた両目を逸らしてしまう。まるで口封じでもされているかのように。
「……私、は」
しどろもどろになりながら。記憶を探って、
「お城に行ったら、『引き金』を引きなさいって……そうすれば、国の役に立てる、って、言われた」
辿々しく述べる。膝を抱えていた腕は自身の左胸に伸び、『それ』のシルエットを指先でなぞりながら。語る姿は弱々しく、けれどもようやく役に立てることを喜んでもいるような。二つの異なる感情が入り混じって、複雑な表情を作り出す。
「だから──」
【このことは誰にも言っちゃダメだよ】
「あ……」
思い出す。あの場所から外へ出る前、寂しくてしばらく立ち尽くしたままでいた時のこと。『先生』の一人が頭を撫でて言ってくれた。少女は自分がうっかり口を滑らせてしまったことを後悔して、途中の言葉を中断……──不意に、少女の首元で光る白旗から何者かの声が聞こえた。
『 少しお喋りがすぎたね 』
「引き金……国の役に……」
少女の口から出てきた言葉は、予想の範疇から概ね外れてはいない。だから驚きはしない。
が、少女の苦々しい表情からは、決定的な感情が汲み取れない。口角の優柔不断な上がり下がりが、悲しみとも喜びとも解釈できる余地を残している。しかも一秒一秒、その表情、仕草は微妙に変わる以上、少女の心がいかに複雑であるのは見て取れる。
しかし、その複雑性をより厄介にしたのは、少女の胸元で行われる不可解な動作。もう、すっかり、自称『先生』のツルツルの脳ミソ内は思考で爆発寸前、ライの表情には ムムム、と不審が立ち込める。
何があったかは全く知らない。聞いちゃいけないことだったのかもしれない。それでも眼前には、聞かれたことに答えようと、必死で迷う少女がいる。
不器用な自分には、寄り添いという行為がどれだけ似合わないかは自覚している。しかし今、アナには、寄り添いが必要なのではないか。たとえ自分の性に合わなくても、その少女の頭へ手を伸ばすのが道理だと信じ、手を伸ばして。
ライには知る由もないかつての『先生』が撫でた髪へ、人差し指が触れかける、その時だった。
「 うえぇッ!! … 声ェ!?」
ビビりからの、その声の主がどこだ どこだ と、目を泳がせて、
「不審だとさっきから思っていたが、どういう原理してやがんだァ… テメェは」
その存在を早期発見、早期警戒して立ち上がったのは、慌てるライ先生ではなく、レントゲンと呼ばれるマスクマンだった。
"_____"
(陰に伏せ …少女の空く時を待ち続ける)
適当な紙 適当な鉛筆 …翼や嘴を用い
急ぎなるべく正確なモノを書き込む …
_____あの匂いは最早逃せない
『ははは、いい反応だね。とっても嬉しいよ』
向けられた視線。白旗から響く、眼前の女を揶揄するような笑み。機械がかった声は高く、女性であることが伺えた。困惑し警戒する二人、そして一体の爆弾。三者三様の姿を見比べながら、満足したのか含み笑いを漏らし。そして、『姿を現す』。……掠れた映像式、粒子だけの姿で、彼女は白旗からこの地に降り立った。
『やあ、どうも』
乱雑に切り揃えられた肩までの白髪、薄汚れた白衣。挨拶する彼女の口元には絶えず笑みが浮かんでいるが、眼鏡の奥に開かれた両目はなんの感情も宿していない。その間、Anotherは記憶の点と点を結び付け、ようやく線になったその名を呟く。
「 パイチェ、先生……? 」
「…テメェら勝手な真似したら承知しねェぞ。そん鉄臭ェ、クソガキがバケモンじみた爆弾ってことァ、俺の『レントゲンの力』で分かってんだ…」
ライを「どけ」と横に除けぞり、研ぎに研いだ刃を怒気に従って引き抜いた。剣先は少女、否、バケモノリスクへ向く。このリスクはライにも、ケモノにも、誰にも理解できまい。
何しろ、この男だけが視認できる眼前の光景とは、極めて不快なもの。例えると、少女の心部から、まるでアチコチに銃が生え、銃という銃が全方位、市民一人一人の命を、まだか まだかと口を向けている。勿論、自分の命へもだ。ことは命に限らない。馴染み土地も 我が家も 思い出品々も 財産も 学校も店店も国会も城も 街も ぜ ん ぶ だ。ぜんぶへ爆散するよう、破壊の矢印が設定されているのだ。
だから少女との遭遇から、地平線に浮かぶドクロの煙こそが、この地の一寸先の未来だと、そこからくるストレスに刃を研いだ。研いで研いで耐えて耐えて、冷静保ち、ライのうざったい行動も許し『審議会』を待っていた。しかし、
「なあ、レントゲン? ちょっとさ、落ち着けって…スープ余ってる…」
「うるせェ!落ちこぼれ学生が、帰れよ。アアア!もう限界だァ!……白髪粒子クソ女。お前は話せ、一から十まで。テメェら何モンだ?目的はァ?」
このストレスには、もう付き合いきれない。技術発展の中枢場所にあっても、全く見たことのない技術、「謎の白髪女」という未知が一つ投下されたことで、このストレスはついに爆発。
『いやだな、どうしてそんなに怒るんだい。君はすごいね、その素晴らしい能力を誇るべきだ』
少女に剣先が向いてもなお、口元の笑みは消えず。それどころかレントゲンを讃頌してみせる。ベクトルのずれた言葉、互い違いの会話。人の心を理解できるだけの器量を持ち合わせていない。その事実が、言葉を交えるほどに少しずつ蓄積する。そのことに肝心の彼女だけが気付かないまま、ホログラムは擬似的な声を震わせた。
『君たちがいくら無知な存在であろうとも、目的を教えるわけにはいかない。もっとも、教えたところで無駄さ。その爆弾は僕の命令一つでいとも容易く引き金を引く』
「……」
爆弾少女は視線の行方を失って、あっちへこっちへ目を泳がせた。
白髪女が淡々と述べた脅迫紛い言葉は、マスクマンのメラメラ燃えるようなストレスの薪として焼べられ、ついに剣を真横に薙ぐという動作へ爆発した。
ーー真横、刃が女の姿をした白い悪魔の前髪をかすめて、壁へ急ぐ。壁掛け棚を薪割りに砕いて、刃は壁にめり込んだ。
「クソ女、いいか?よく聞けやァ、俺はな、クソガキの腕一本くらい、ちょん切ることくれェ、余裕でできんだ」
壁に刺さった鋼橋の下、散乱したスープの器も、スプーンも、木破片も、ライが困り顔で回収する。
その事には無遠慮に、機械を纏う情動は、人の姿をした徹底理性へ、接近。しゃがんだライの背に脚がぶつかってなお、不快な笑みを浮かべる顔にメンチを切った。なにニヤついてんだコイツ。近づけば近づくほど、吐き気がする。その思いはレンズの内側、この目に憎しみとして滲んでいる事は、マスク男が知る由もない。
「テメェの教え子の腕が、ハムみてェにチマチマ残酷に斬られるのは見たくねェだろ。やられたくなけりゃ、教えるんだな」
脅しには脅しで対抗する。とはいっても、どちらが優位で、どちらが劣位なのか、その差分は明らかだ。その事を嫌々とはいえ、理解するマスクマンは、白髪女の恐怖心に訴えることを選んだ。彼女に恐怖心があるという願望に縋って。
ーーピ ピ ピ
夜の宿に到着したのは、歩き始めて十一時間が経過した頃だった。青年はその場に尻をついて、脚をV の字に伸ばす。
「疲れました…しかし、懸命に探しました」
今日もやるだけやった。複雑に入り組んだ道をどんなに往来したことか、振り返るだけで疲弊した両脚はズキズキ痛む。靴を投げるように脱ぎ捨て、豆と傷だらけの足が露呈。でも、これは懸命に探した証だ。ーーこれならば。
「そっか、そっか。うんうん、頑張ったんだな。でもダメだ。今日も不合格」
らしい…。
「な、 なんでですか!…」
「お前は爆弾を見つけられなかった。爆弾の早期発見、撤去が存在価値であるお前は、今日も任務を果たせなかった。だから、上官としての罰を与えてやる」
同じ軍服を着た男は、脚をVの字に開く青年の前まで迫ると、しゃがみ込んだ。
ボサボサにあちこちに跳ねた長い黒髪頭から、豆だらけのつま先に至るまで、商品でも眺めるように冷たい色をした目で、じろじろ見物した。彼は気持ち悪い。特に見た目は全然普通の軍人なのに、その冷たい目つき。こっちを人間として見ていない目つきが本当に気持ち悪い。
怪訝に眉をひそめる男。それもそのはず、青年の鼻より上、顔半分は長く伸びた黒髪で、スキマこそあれ、全く見えづらい。
だから、と男はゴツい手を伸ばし、その髪を自分好みにかき分ける。すると、青年の震える瞳が、下唇を噛む薄い口が、男とも女とも取れるややこしい顔が露呈した。
スッキリしたように、男の口角は上がる。男はこの顔が好きなのだ。
「…よくないです。意地悪はひどいことなので、よくないことだと思います…」
しかし、青年の訴えは無言で棄却され、男は彼女の上半を押し倒した。青年は目を閉じて、口も閉じる。見たくない。唇を付けたくない。酒臭い。気持ち悪い。気持ち悪い。
ーーでも、今日は。
「ぼくは臭いはずです!泥だらけです、汗だくです、…髪の毛もパッサパサです、お風呂も三日入っていないです!…だから ッ!」
「だからなんだ? だから、お前を抱けないとでも?バカが。むしろ興奮する、最高だ。お前の小細工は全部、逆効果だ。だが一つ。『ぼく』という一人称は二度と使うな。女らしくしろ」
「…ぼくぼくぼくぼくぼくぼく!」
乾いた音が鳴る。目尻から頬へ涙が伝った。
「お前の上官は俺だ。しかもお前は機械であり人権はない。なのに、なぜ人間として扱われているのか、自分のルーツをよく考えたら、俺の命令には従えるはずだ。分かったか?」
わずかに頷くと上官は再開し出すのだ。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
ーー今日も始まる。
__時の流れを緩やかに感じる 平穏と、不変との合間に
…穏やかに流れていく空の色に、争いの色を薄くする街並み
"______"
前足の毛繕いを中断し …白い毛玉は空を走っていく
真っ白な飛行機を眺めていた ___少し前まで 人々は
どれだけあのようなシンボルを求めていただろう…
__白い鳥 …光を浴びれば銀に輝く 平穏を告げる白い鳥
"_______"
… 忘れ去られる定めにありながら しかし生きている
それだけ。… それだけの、…ただのネコは少しの間 …
流れていく白い鳥を眺めていたが…
( …それにも飽きてしまったのか
ゆっくりと毛繕いに戻った__ )
________私はそれを否定し だが生きざるを得なかった
>>46
レントゲンの言葉に、パイチェが微かに反応した。粒子のブレが残像となってその場に残る。前面から斬り掛かる個体に潜んだ、今にもこぼれ落ちそうな激情の一滴すらも汲み取らず、空間ごと別次元だと主張せんとばかりに笑う。反応したのはたった一言だけ。その一言へのアンサーを、淡々と紡ぐ。
『君は優しいね。でも、片腕なら切り落としてもかまわない』
レントゲンの半ば賭けのような思いとは裏腹に、女には恐怖心などというものが、いいや、感情らしきものが備わっていなかった。けれど、薄く一筋覗かせたものは、
『その片腕は僕に寄贈してもらえると嬉しい』
執着、恍惚、興奮。その全てが、かつて抱いた愛の成れの果て。
「 ………っ」
目の前の賭博結果は、マスク内側の男の表情をやかましく引き攣らせた。「狂ってやがる…」思わず、力ない声が漏れ出る。
怒り、というより単純な嫌悪感に呆然と立ち尽くすしかない。ペストの両レンズに浮かぶ嫌悪の対象は、やや赤ばむ面で恍惚の模様。
しかも質問には絶対に応じないらしい。ーーバケモノ爆弾への対処法も不明、このまま爆弾被害の届かないエリアまで逃げるか? いやいや、論外だ。俺には『審議会』まで責任があるーー
考えるうち、強く握っていたはずの手からも力が抜け、鋼の刃からスルリと離れた。
ーーどういう神経してるのか?
「テメェ、どういう神経してやがんだ?こっちが言えたことじゃねェけど…、自分の教え子ぐらい普通守るだろ!クソセンコーがよ!」
浮かんだ疑問で義憤に駆られたのは、マスクマンではない。頭に電気を宿す、一学生のライの高い声が沈黙を突き破った。
「アタシは、クソセンコーを毎日見てっからクズを知ってんだ。そこから言えることだがァー……アンタはクズ。クズ中のクズ!マジでクズ! …だから、アナをアンタに任せておいちゃ絶対ダメだ!」
ブリキのゴミ箱へ、怒りでもぶつけるみたいに木屑の山を投げ捨てた。そして、頭上のツノ-ツノ間には、ビリビリと、ライの嚇怒具合に応じた電気が威嚇する。
『酷いなぁ』
途端、凍てついた声が地下に響いた。隔たれた空間でも尚、粒子に ビリビリ と伝わる怒り。その塊に相対してパイチェの興味は失われていくばかり。歪な笑みを貼り付けた女の、仮面の下が垣間見えた。
『巣≠ノ潜り込んだラットが情報を盗んで逃げた。とっても大事な情報さ。そのラットの家が──この国にあるといったら?』
両目を覆う瓶底メガネの奥に、僅かな感情の揺れを見せた。
『僕の研究だ』
──消失の条件は、白旗の飾りを破壊すること。
──極北の少女の初恋は、山奥の死体でした
少女、雪に囲まれた森の深奥に建つ小屋にて生まれ育つ。少女の両親はなんの変哲もなく、毎日冷たい川下から水を組んでは持ち帰り、雉や猪が罠にかかれば鍋にかけ、たまに斧を持てば暖炉にくべる木を採伐する。そんな普通の家でした。けれども、少女は違いました。毎日雪山を駆け回って、新雪にもぐったり、リスを見かければ会話したりするような子供だったからです。そんな少女に両親が頭を悩ませていることも露知らず、10歳になった頃。学校の帰り、いつものように雪山を駆け回る少女は、小さなリスを一匹見つけて後を追います。小粒大の足跡を残す雪を踏みしめて、目いっぱいに枝を広げる木々の下を走り、やがて山小屋に辿り着きました。見失わないようにと見つめていたリスは、一点の雪の上で足を止めます。少女はその背にゆっくりと近付いて、リスの頭上に影を落とし……その時、少女は「あっ」と声をあげます。リスが留まる雪の下に、骨らしきものが埋もれているのを見つけたからでした。霜焼けて赤くなった両手の指で雪を掻き分けます。埋まっていたほんの一部分の全貌が露になりました。少女は目を奪われます。見つけたのは、深く目を閉ざした白骨前のミイラでした。それは死体だったのです。けれども少女は驚くでもなく、ただ単純に、真っ白な世界の冷たい空気の中で──熱い恋に落ちました。全ての始まりでした。
著:◼◼◼
[ピク]"_____"
…書き終え、何としても少女へ紙の言伝を与えるべく
隙を伺う烏は空気の変異を敏感に感じ取る。…これは…
__だがこれはまたとない機会、… 迷う暇があるか否か
( …怪物の男の意気消沈 … されど健在の1人と
異質な何かがひとつ、…烏の注目はあの異質な何か…
少女を制御する何かへと向く "目的" は何だ? )
_______それが望む方向と同じであるなら…
( 烏は翼に力を込める。… 化け物の男とも
妙な学生とも… 望みの為ならばやり合う事は安い )
1日1回絶対にどこかで出会う存在
56:名を捨てし者:2021/08/21(土) 19:32上げ
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