人目を惹く派手な容姿、それに相応しない頭脳。
彼女はそれを持っていた。
「私、頭にはちょっと自信あるんだよねー」
なんて彼女は言っているが、12歳の知識は遥かに超えている。
本人的は、自分の頭脳を都合が良いとも悪いとも思っているらしいが。
「―――――がさ」
「志麻、それウケるー」
そんな並外れた存在を放っている彼女も、周りの“凡人”を心の中で見下しつつも普通の女子小学生らしく生活をしている。
しかし、天才が完璧に周りと同化することは不可能であり……
―――――志麻ちゃんの言ってることって、分かんなーい。
―――――志麻って、よく分からないよね。
なんて言葉を聞くこともしばしば。
志麻的には理解できる言葉で説明したつもりらしいが、相手は理解してくれない。
天才故に、そのような事に苛立ちを覚えることもあるのだ。
志麻の思う“普通”に話していると、目の前で男子と女子が「足踏んだか踏まなかったか」という足を踏まれてもスルーする志麻にとってはどうでもいい理由で喧嘩を始めた。
「……ふふー」
そんな“普通じゃない”彼女だからこそ、今、目の前で仲間達が喧嘩をしているのを見て楽しんでいる。
……人間の心情の変化は、彼女にとって計算式のように予測できるものでもなく、見ている分には楽しいらしいのだ。
これは、こんな風に喧嘩が勃発するクラスと、それを見て楽しむ天才の物語―――――――――
「誰だよ俺にぶつかったやつ!
……お前だろ!」
「えっ……僕、ぶつかってないです……」
「嘘つくな! てめえ、ツラ貸せ!」
そして、今日も喧嘩が始まる。
まだ4月の下旬で新学期が始まって間もないのに、このような感じで喧嘩が勃発しているのだ。
普通なら、このようなクラスは所謂「ハズレ」だろう。
だが、志麻はこのクラスを「アタリ」だと思っているのだ。
「またやってる〜」
「とか言いながら面白がってんでしょ……」
そう、志麻の親友の女子……椿が言うように、志麻は険悪な空気を面白がっているのだ。
寧ろ、本人的には仲良しこよしの方がNGだとか。
親友の椿は別として。
「おい、志麻。何笑ってんだよ!」
すると、ニヤニヤしている志麻に矛先が向く。
「くだらなくて何か面白いし」
しかし、志麻は隣にいた椿の顔が青ざめるのなんてお構い無しに、平然とそう言う。
その言葉に怒った男子は、志麻に殴りかかろうとした。
「暴力で解決するんだ。ふーん?
先生とかにバレたらそっちが怒られると思うけど。ただでさえ、問題起こしまくって信用無いくせに〜」
しかし、それでも志麻は動じず、怪しげな表情でそう言うだけであった。
「先生とか怖くねーし!」
男子も負けじとそう言う。
志麻はその言葉を聞いて、耐えきれないと言わんばかりに爆笑した。
「な、なんだよ……」
「いいの? 先生が親に電話して、ちびっちゃったりしない?」
困惑した男子に、志麻が続けて言う。
「……あー、もう! 分かったよ!」
男子は流石にもう勝てないと思ったのか、そう叫んで教室から出て行く。
「相変わらずだね……」
その光景を見て、椿は苦笑いをしながらそう言った。
「ま、そこそこ面白いし」
志麻はそんな椿に、表情を崩さずそう返す。
4月20日。天才は、今日も人の気持ちを弄んで楽しんだ。
【主人公設定】
大葉志麻(おおばしま)
基本、やれば何でもこなせる天才型
容姿は明るい茶髪など、結構派手
心理学を専攻している父がおり、それがきっかけで人の心に興味を持った
人の心を弄ぶのが好きで、よくクラスメイトを煽ったりからかったりしている
休日は時間関係なくふらふらしているなど、放浪癖がある
「ゴー!、はいっ!」
「良いぞー、いけいけ!」
5月に入り、ゴールデンウィークも明けて、運動会の練習が始まる。
今しているのは、リレーだ。
志麻のいるクラスは、勉強はともかくスポーツには力を入れている。だから、練習も本気だ。
「あー、もう! なんでバトン落とすの!?」
「おっせーんだよ!!
しかし、協調性の無い6年2組だ。
少し上手くいかないところがあると、すぐ揉めてしまう。
要領は良いが、体力が無く運動神経は普通な志麻は、それをひたすら傍観している。
こういう時、煽ったりからかったりすると、人数差で圧倒的に不利なのは志麻も分かっていたのだ。
「はいはい! 落ち着いて落ち着いて!」
そのまま言い合いがヒートアップしそうになった時、担任の藤吉は児童達を落ち着かせる。
「先生頼りないから黙ってて!」
……しかし、撃沈。
藤吉はいつも何かがあった時も、へらへら笑っているから頼りのない人物だと思われているのだ。
「うーん、私がこう言うのもなんだけど、言い合ってる暇があるなら練習しない?」
志麻はいつもの煽った風ではなく、割と真面目な風にそう言った。
児童達は、「でも……」とか、「まだ解決してないし……」などと言っていたが、クラスのリーダーの女子……庵が「志麻の言うとおりっしょ」と賛同したので、渋々と練習に戻った。
「ありがとさん、庵」
「志麻もナイス!」
志麻と庵はハイタッチしてそう言う。
それを見て、椿は「やっぱりこのクラスを支配するのはこの二人だろな……」と思って恐れていた。
5月7日、天才とボスが手を組み、クラスを支配した。
「紅組、勝つぞ!」
「オー!」
運動会当日、珍しく6年2組が所属する紅組がやる気のある様子を見せている。
……スポーツだからだが。
「いおりん、しまま! もうすぐ出番だよ!」
自分の種目が始まるまでテントの下で脱力しながら待機していた志麻と庵の元に、二人の親友の百合がやってきた。
志麻と庵は、短距離走の選手である。
「オッケー、ハチマキ」
「はい!」
二人は、百合からハチマキを受け取り、入場門へと歩いていく。
「志麻、ここで一位取らないとヤバいからね」
「分かってるって、庵」
……ここで一位を取らないとクラスからの圧力が凄いことになる。
二人は、それを察して本気で走ることにした。
「位置について」
短距離走担当の教師が、スターターピストルを構える。
「よーい、ドン!」
そして、スターターピストルを撃った。
最初に、一年生が走り出す。
「ゴー! はい!」
そして、二年、三年と続いていき……
「庵、次じゃない?」
「そうっぽい」
庵が走ってくる五年生からバトンを受け取る。
「志麻ー!」
そして、一周してから庵は志麻にバトンを渡す。
「ゴー! ……はい」
志麻は一周して、アンカーの男子にバトンを渡した。
「私、もう無理ー……」
「はいはい。お疲れ様、志麻」
体力の無い志麻は倒れる様に庵にもたれかかった。
―――――私が走ってた時は一位だったから、多分大丈夫……
志麻はそう思ったが、次の瞬間、“それ”が起こった。
「あああ!」
クラスメイトの男子の声が聞こえた。
志麻は振り向く。そこに見えたのは、倒れているアンカーの男子と、転がっているバトンだ。
転んでバトンを落とした。
つまり、リレーでの1位の可能性はもう無いのだ。
「何してんだよ!」
「あーあ、お前のせいで」
紅組の他のクラスは大して気にしてはいなかったが、当然6年2組一同はバトンを落としたアンカーの男子を責める。
「まーまー。まだ紅組が一番点数高いんだし」
志麻がそう言って、その場は一旦落ち着いたが、やはりクラスメイトのアンカー男子に対する視線には、怒りや憎しみが込められている。
―――――まあ、仕方ないよね。ここは我慢してもらわないと。
クラスメイトの思った以上に燃えている様子に、アンカー男子に対して志麻はそう思うことしか出来なかった。
『お昼ご飯の時間です。保護者の方と一緒に―――――』
リレーの次は昼食の時間だったが、6年2組の間ではそれどころではないと言わんばかりの空気になっている。
「……昼食、食べ終わったら鉄棒前に集合」
クラスのリーダー的存在の男子……祐樹がそう言って、一旦解散した。
「志麻!」
「あ……」
志麻は母親を探そうとしたが、その必要はなかった。
「場所は取ってあるから、食べよう?」
「うん」
志麻は母親について行き、日陰の所で昼食をとった。
まだ5月の中旬だが、気温は結構高い。
「じゃ、私行かないといけないから」
「行ってらっしゃい」
昼食が終わり、志麻は鉄棒の前へと歩き出した。
「みんな、集まったな」
昼食時間の終了10分前。
6年2組のメンバーが全員鉄棒前に集まった。
「過ぎたことは仕方ない。だが……
もう一度失敗したら……分かるよな?」
祐樹は物凄い目付きでそう言う。
例えるならば、獲物を見つけたライオンのような目付きだ。
これには、流石の志麻も身を震わせた。
「……じゃ、解散」
結局、これは失敗したアンカー男子を責める為のものでも何でもなく、ただの忠告であった。
「思ったより大したこと無かったよね」
内心恐怖しつつ、志麻はそう呟く。
志麻はもう自分の種目に出た為問題ないが、親友の百合は午後の部からある障害物競走に出る。
そのため、もし百合が失敗したら、祐樹の怒りの矛先が百合に向かうかもしれないのだ。
志麻はそこだけが気がかりであった。
『まもなく、昼食の時間を終了します。児童の皆さんは応援席に戻って待機しておいてください』
昼食の時間が終わりに迫り、放送が流れる。
「じゃあ、次は障害物競走。
……失敗はすんなよ?」
「分かってるって!」
再び目を鋭くさせる祐樹に、百合が笑顔でそう答える。
―――――これなら、大丈夫。
志麻は百合の様子を見て、安心するのであった。
障害物競走は6年生だけの種目。
だから、余計に責任を負うこととなる。
「じゃあ、行ってくるね!」
だが、百合は全く気にした様子がなかった。
『まもなく障害物競走が始まります。6年生は入場門に並んでください』
選手全員がユニフォームを着終えた時、放送が鳴る。
各クラス4人、クラスの数は5クラスで計20人が入場門に並ぶ。
「……」
志麻は、そんな様子を神妙な面持ちで見ていた。
「しーま、どうしたの?」
その様子を見て、庵がコソリと話しかける。
「いや……うちのクラスの選手、1人いなくない?」
志麻がそう答えた瞬間、6年2組の応援席は沸いた。
……悪い意味で。
「障害物競走が逃げたー!!!」
祐樹が、怒りを含んだ表情で叫ぶ。
――――また、めんどくさいことになったな。
と、志麻は心の中で呆れたのであった。
―――結局6年2組は未出場扱いとなり、障害物競走で紅組は負ける。
そして、そのあとの競技を調子が出らず、総合優勝を逃したのだ。
「まあいいじゃん。運動会くらい」
「そうそう。勝っても私らには何も無いよ?」
志麻や庵が最早洗脳的な宥めをしてクラスを落ち着かせたからか、大きな騒ぎにはならなかった。
……しかし、今度は別の問題が起こるのだった。
6月の半ば。
もう梅雨時で、天気は大雨。
そんな時、志麻達の通う小学校では授業参観が行われていた。
「えー、ここはどうなるかわかる人!」
藤吉は、問題文を読み上げて、児童たちに手を上げさせる。
保護者に対し、我が子の積極的な姿勢を見せるためだ。
「ちょっと!! うちの子の分かる問題にしなさいよ!!」
すると、保護者の一人……やけにセレブそうな女がそう叫んだ。
「……」
教室は静まり返る。それはそうだ。大の大人が訳の分からない理由で勝手に怒鳴り散らしているのだから。
「いいって、母さん……」
その女の息子、聡は母親を窘める。
「ちょっとアンタは黙ってなさい!
……先生、2人でお話しましょう」
その女は、聡の言葉を無視して、藤吉の腕を引っ張りながら出て行った。
「……」
教室は気まずい雰囲気で包まれる。
これが中学校での話ならともかく、ここは小学校。親が空気を悪くしたら、子供が責められてしまうこともあるのだ。
……そして、運悪く、聡もその責められてしまう子供の一人であった。
このあと、校長が来て授業は終わって解散になった。
周りの児童にとっては「早く終われてラッキー」だったが、聡はそれどころじゃなかった。教室に居づらくなった。
「聡クン、どんまい〜」
―――そんな時、彼に志麻が話しかけたのだった。
「うーん、典型的なモンペ。子供はたまったもんじゃないよね〜」
「う、うん……」
見た目はそこそこにチャラチャラしてて授業中はずっと寝てるくせにテストはいつも満点。おまけに、文句を言われたらすぐに煽って論破する。
そんな志麻は、聡にとって恐ろしくて関わりたくない存在であった。
「いつもあんな感じなの?」
「まあ、そうだね……」
志麻が尋ねてきたので、聡は答える。
この時、聡は内心「何言われるんだろう」と心配で仕方がなかった。
「ふーん。私の母親もちょっとアレだけど、あの人ほど酷くはないかなぁ」
「お、大葉さんの母さんってどういう人なの……?」
聡は、志麻の言葉を聞いて思わずそう尋ねた。彼女の境遇が気になったのだ。
「簡単に言うとね、度が過ぎた教育熱心」
そんな聡に対して、志麻は苦い表情をしながら答えた。その様子から、彼女は母親のことを好んでいないようだった。
「教育熱心?」
聡は、志麻の言葉だけでは彼女の母親の人物像が想像出来なかったので聞き返した。
一方の志麻は、「ま、別に知られても悪いことないし……」と言いながら、聡に更に接近する。
「ちょ、ちょっと近いって……」
突然のその行動に、聡は顔を赤らめながら後ずさりした。
志麻はそんな様子を気にもせず、唇を聡の耳元に近づけた。
「じゃ、見てみなよ。外でうちの親待ってるから、バレないようにこっそりと」
「じゃ、そこで隠れてて。見つかんないようにね」
「う、うん」
志麻は聡に駐車場の近くに隠れるよう指示し、母親と思われる茶髪が特徴的な女性に近づいた。
すると、女性は志麻に気付きその細い身体をを抱きしめる。
その時の聡から見た女性のイメージは、ただの過保護な親だった。
「志麻、お家に帰ったらちゃんと勉強するのよ。12時までね」
「えっ……?」
聡は、その女性の発言に耳を疑った。
現在午後の4時。日付の変わる12時まで勉強するなら、およそ8時間である。……しかも、12時は小学生が起きておく時間ではないのだ。
「……また?」
「毎日の習慣でしょう。あなたは頭が良いのだから、今のうちに育てないともったいないのよ」
その発言を聞いて、聡は「一瞬でもまともだと思った自分がバカだった」としか思えなかった。確かに少し自分の息子に不都合なことがあるだけで騒ぎ立てる自分の親よりはマシだったが、志麻の親もかなり酷かった。
「……」
志麻は、一瞬女性から目を逸らし、聡にウィンクをする。
まるで、「でしょ?」と言わんばかりに。
それから、志麻と女性は車に乗って帰って行った。
聡は、これから関わるはずのなかった志麻の秘密を知り、驚くのだった。
「ほら聡ちゃん。帰るわよ」
「……うん、母さん」
……そして、親とは厄介なものだと思った。
とてもスラスラ読めるので面白いです
更新楽しみにしてます
>>12
感想ありがとうございます!
楽しみにして頂けて嬉しいです。これからも更新頑張ります。