「―――次の方、お願いします」
……来た!
私の、番。
「みさき はるな! 11歳です!夢は、みんなを元気にできるアイドルになることです!」
これから始まるんだ。アイドルへの、道が―――
アイドルガールズ 〜トップアイドルを目指して〜
―――私は、アイドルになりたかった。
女の子の誰もが、一度は夢見るアイドルに。
でも、普通ならオーディションなんて受けずに、夢を見るだけで終っちゃうと思う。
だって、「アイドルになれる」なんてそう簡単に思えないもん。
私がオーディションを受けたのには理由がある。
「春菜、アイドルにならない?」
「えっ!?」
ある日、私は突然お母さんにそう言われた。
アイドルにはなりたかったけれど、私みたいな普通の女の子がなれるとは思わなかったから……
「ならなくていいよ……」
だから、そう言って断った。
だけど、お母さんは諦めなかった。
「春菜、アイドルになりたかったんでしょ? ほら、これ見て!」
お母さんはそう言って紙を差し出す
「えーと、アイドル募集……?」
その紙には、『アイドル募集』と書いてある。
お母さんが目で「下まで見て」とうったえるので、私は紙を最後まで見てみることにした。
○○事務所、○月○日土曜日、12時よりオーディション開始。
中学生以下、特に小学生を募集しています……!?
「あなたはまだ小学生。アイドルになれるチャンスはあるのよ。夢を捨てないで」
ここの事務所でなら、私はアイドルに……!
「お母さん……
私、アイドルになるよ!」
自分でもよく考えてなかったって思うけど、私はお母さんの言葉でアイドルになることを決めて、このオーディションを受けたのだ―――――
「はるなさん、ですね。始めましょうか」
「よろしくお願いします!」
オーディションは、意気込みを言ったり自己PRをしたり、面接をすることだった。
「……みんなを元気にできるアイドル、ですか。具体的に、説明できますか?」
「はい、出来ます!」
……こういうことを聞かれても、ちゃんと答えられるように考えてきた。
「歌番組とか見てると、とっても元気になって明るくなるんです。そんな思いを、今度は私が他の人に届けたいんです!」
「そうですか。とてもいい目標だと思います」
「ありがとうございます!」
私の思い、認めてもらえたのかな……?
―――その後も色んな話をして、時間はすぐに過ぎていく。
「はい。この辺で終わりにしましょう。合格発表は後日、郵送させていただきます」
「ありがとうございました!」
オーディションが終わった。
私は頭を下げておじぎをすると、面接室をあとにした。
……やれるだけのこと、やったよね?
参加してる女の子たちはたくさんいたけど、どれくらいの人数が合格するんだろう……。
「じゃあね、はるなちゃん!」
「うん、バイバイ!」
私は家の玄関の前で、友達に手を振って別れた。
……どうにかやりきった。
今日はオーディションが終わって三日後。まだ結果の連絡はきていない。
オーディションの結果が気になりすぎて全く授業が頭にはいらなかったけど、友達にはいつもの私でいることは出来た。
……今日こそは、合格発表きてるかな。
私はそんな期待を抱いて、家の中へと入った。
「ただいま!」
私はリビングに入って掃除をしていたお母さんにそう言う。
お母さんは「おかえりなさい」と言って振り向いた。
けれど、いつもと全然雰囲気がちがう。
「……お母さん? どうしたの?」
私は気になってそう尋ねた。
「来たのよ」
すると、お母さんはニヤニヤしながら言う。
……来た? 何が?
「ちょっと待ってなさい」
そう尋ねる前に、お母さんは掃除をしている手を止めて、玄関の方へと歩き出す。
少し時間が経って、お母さんが戻ってきた。
「これ」
お母さんは私に封筒みたいなのを差し出す。
「……もしかして」
「そう、そのもしかしてよ。お母さん、春菜が帰ってくるまで開けるの我慢していたのよ」
ああ、それでお母さんいつもとちがったんだ……
私はそう思いつつ、封筒を開け……ようとした。
「ああ! やっぱり無理っ!」
開けようとした。開けようとしたんだけど……
緊張して手が震えて開けられなかった。
「あら? お母さんが開けてもいいの?」
「だ、だめっ!」
私は封筒に伸ばされたお母さんの手を払う。
お母さんは「酷いなー」とか言ってるけど、気にしない。
「…………」
私は手が震えるのをどうにか耐えながら封筒を開ける。
封筒の中には、畳んである紙がはいっていた。
これを開けたら、合格かどうかがわかるんだ……!
「うぅ……」
そう考えるとさらに緊張して、へんな声が出る。
私は覚悟を決めて、紙を開いた。
そして、恐る恐る結果が書いてある部分をみる。
「……っやったあ!!」
『美咲 春菜
あなたは○月○日に行われたアイドル選考オーディションに合格しました』
紙には、そう書いてあった。
ということは、合格……!
「春菜、おめでとう!」
お母さんも私と同じで紙にくいついている。
私は大喜びのお母さんに、「ありがとう!」と笑顔で言った。
「あ、続きがあるみたいよ」
すると、お母さんが突然紙の下らへんを指さしながらそう言う。
私はお母さんの指さしたところを見た。
『貴方には、スカウトを受けたアイドルとユニットを組んでもらいます。○月○日 日曜日 事務所にて顔合わせを行います』
……えっ!?
……そして、顔合わせの日曜日。
私は、これからお世話になる芸能事務所を訪れていた。
「ここが……」
大原プロダクションと入り口に書かれた、立派な建物。
芸能事務所っぽさはしっかりあった。
「スカウトされたアイドルかぁ……どんな子なんだろ?」
ユニットを組むなら、仲良くなりたいな。そんなことを思いながら、
私は事務所のドアを開けた……。
「え……!?」
がらがら……この光景には、そんな言葉似合うと思う。
誰も、いない。
早く着きすぎた学校みたいに……。
「どうしよう……」
10分くらい待っても、誰もこない。
……これ、帰った方がいいのかなぁ。
私はそう思って、事務所のドアを開ける。
「待った!!」
「えっ!?」
そして、事務所から出ようとすると、後ろから大きな声が聞こえてきた。
私はあわてて振り返る。
「やあ、待たせたようだな。私はこの事務所の社長だ」
えっ社長さん……!?
えっと……とにかく、謝らないと。
「帰ろうとしてごめんなさい!」
私が頭を下げてそう言うと、社長さんは愉快そうに笑った。
「大丈夫だよ、謝らなくて。そもそも、私が遅れたのだからな。はっはっは!」
……社長さんが遅刻!?
だ、大丈夫かなこの事務所……
「そ、そんな目で見ないでくれたまえ。とにかく、社長室へ移動する。着いてきてくれ」
社長さんは、私の顔をみて苦笑いしながらそう言った。
私、そんなに怖い顔してたかなぁ。
少し気を付けよう。
そう思いながら、私は社長室へと向かった。
「ここだ。とにかく、そこのソファに腰掛けてくれ」
「は、はい!」
私は案内された社長室に入り、ソファに座る。
こんな所で社長さんと二人きりなんて、緊張する。
「オホン、この事務所の方針は年少アイドルの育成―――」
社長さんは事務所の方針、目標などを説明し始めた。
「―――まあ、それくらいだ。君ともう1人、スカウトがいるが……」
……そうだ!
「スカウトされた女の子は、どこですか?」
私は目的を思い出して、そう尋ねる。
「うっ……」
すると、社長さんは苦い表情をした。
なんでだろう……?
「ああ、それはだな―――――」
「……実を言うと、まだ見つかっていないのだ」
「え」
見つかってない……?用紙にも、もうひとりと会うって書いてたのに。
大丈夫かなぁ。
「し、心配するな。今現在急ピッチで、うちのプロデューサーが探しに行っている」
「ここの、プロデューサー?」
そうだ。アイドルになるなら、プロデューサーとかマネージャーが居るはず。
よく考えたら、事務所に来てからそれっぽい人と会ってない。どんな人なんだろう?
「―――俺のことだよ」
「えっ?」
後ろからの声に振り向くと、スーツを着た男の人が立っていた。
顔には、かなりの量の汗がついている。
「ここのプロデューサー……大和だ。これから、よろしく頼む」
「やまとさん……。美咲春菜です、よろしくお願いします!」
やまとと名乗ったプロデューサーさんは、体格がスラッとしていて
何だか顔もかっこいい。 この人のほうがアイドルなんじゃないかって思うくらい。
「大和君……成果は?」
「ああ、そのことなんだが……」
そう言うと大和さんは、自分の後ろに向けて手首を回し、手招きみたいなことをする。
「え……」
誰か居るのかな、と思ってたら……
私と、同い年くらいの女の子が現れた。
「紹介しよう。君とユニットを組む……」
「……たかぎなつき」
大和さんが言い終わる前に、なつきという女の子は自分から自己紹介をした。
「私、美咲春菜!よろしくね、たかぎさん」
「……」
「あれ……?」
たかぎさんは、私に返事をすることなく別の方向を向いていた。
私、無視されてる……?これからユニットを組む人なのにな
「ふう……ようやく揃ったな。では、春菜君には説明しておいたがもう一度、ここの事務所の方針を教えておこう」
「まず、年少アイドルの育成だ。日本には13歳以下のアイドルが極めて少ないからだ」
社長さんは私に言ったことをまた説明し始める。
「あと、社長の趣味……」
プロデューサーが苦笑いでつけたす。
趣味……?
社長さんのこと、少し怖くなってきた。
私はそんな思いで社長さんを見る。
社長さんは、気まずそうな顔で「オホン」と咳払いするだけだった。
「……次に、事務所の名を知られるように、だ。まあ、これは言わずもがなだな」
「商売のためにあたしをスカウトしたの?」
社長の説明にたかぎさんが口を挟む。
間違ってはない。間違ってはないよ……
だけど、はっきり言い過ぎじゃないかなあ。
これにはさすがに社長さんも苦笑いしてるだけ。
「ま、まあ間違ってはないな、うん。
とりあえず、事務所の方針はこんな感じだ。次はユニット名だが……プロデューサー、説明よろしく」
ユニット名……なんだろう?
「はい、分かりました。
君たちのユニット名は“ノルン”。意味は“3人の女神”だ。北欧神話から引用した」
「ノルン……」
3人の女神……ん?
「あの、3人もいないんですけど……」
今、ここにいるのは私とたかぎさんだけ。
3人目がいないけど……ユニット名、それでいいの?
「ああ、まあそれは後々わかるだろう。残り1人が来るまでは君たち2人はレッスンってことで」
レッスン……ま、まあこれもアイドルになるために必要なことだよね!
「まあ、とにかくよろしくな。2人とも!」
「は、はい」
「……」
たかぎさんのこととか、不安なことはあるけれど……
これから、私は“ノルン”としてアイドル生活を送るんだ……!
―――その後は、明日からの簡単な打ち合わせをして、今日は帰ることになった。
「こういうときは何ていうんだっけ……あ、そうだ。失礼しまーす!」
私は、ガラガラで人が一人しかいない受付にお辞儀をして事務所を出る。
受付のお姉さんも、笑顔で返してくれた。
「お母さんに、事務所のこととか話さなきゃね……ん?」
このまままっすぐ家に帰ろうとしていると、後ろ……事務所の自動ドアが開く。
「あ……」
「たかぎさん!」
事務所から出てきたのは、高木菜月さんだった。
「美咲春菜……だったよね?」
「うん!」
よかった。名前、覚えててくれたんだ……。
「あなたは……」
「……ん?」
「……なんで、アイドルになろうと思ったの?」
高木さんからも、同じ質問が来るなんて……。
でも、何だか言葉に重みを感じて、一瞬だけ戸惑ってしまった。
「あ、えーと……」
軽く深呼吸をして、気持ちを整える。
「ファンのみんなに、笑顔を届けたいから……かな」
「ふぅん……」
また、そっけない態度で返された。いや、話は聞いてくれてると思うんだけど……
「あたしには、わからないな……」
そう言い残して、高木さんは逆の道を帰っていった。
わからない……どういうことなんだろう?
高木さんの「わからない」も気になったけど……
とにかく、今日はレッスン初日。
今日も高木さんと会うんだし、その時聞けばいいよね。
「おはようございます!」
私は事務所に入って大きな声で挨拶をする。
すると、受付のお姉さんが笑顔で頭を下げてくれた。
あの人、優しそうだなぁ。
のんきにそう思いながら、ジャージに着替えるために、昨日案内された更衣室へと向かう。
そのまま歩いていると、一人の女の子らしき人物が更衣室から出てきた。
「……高木さん」
「あ、美咲さん」
想像通り、それは高木さんだった。
「…………」
高木さんは私から思いっきり目を逸らしながらレッスンルームの方へと歩いていく。
名前は覚えてたし、話は聞いてくれてたけど……嫌われてたのかなぁ。
私はそんなことを思いながらジャージに着替えたのだった。
「失礼します!」
私はそう言いながらレッスンルームに入る。
中には、めんどくさそうな顔をした高木さんと女の人――たぶん、トレーナーさんだと思う――がいた。
「これで揃いましたね」
トレーナーさんはにこりと笑って言う。
……厳しそうな人じゃなくて、少し安心しちゃった。
「じゃあ、まずは軽いステップから!」
そして、トレーナーさんは私たちに背中を向けて、一通りのステップを踏んだ。
「今のステップを真似してくださいね!」
……なるほど。
でも、トレーナーさんの動きは結構激しかったし、難しそう。
「じゃあ行きますよ!
ワン、ツー、スリー、フォー、ワン、ツー、スリーフォー」
少し不安に思いながらも、私はトレーナーさんの掛け声に合わせてどうにかステップを踏んだ。
「た、高木さん! 凄いですね!」
私がそうして頑張っていると、そんな声が聞こえてくる。
ちらりと高木さんの方を見てみると……
「…………」
澄ました顔で、綺麗なステップを踏んでいた。
……しかも、自分でアレンジしてターンまで。
私は思わず見入って、ステップを踏む足を止める。
暫く見ていると、高木さんは満足が行ったようで、ステップを踏む足を止めた。
「なに……?」
そして、相変わらずの素っ気ない表情で私を見る。
私は思わず「ご、ごめんなさい!」と言いながら、目をそらした。
「は、はい! とにかく、次はターンも入れてみましょう!」
トレーナーさんは暫く呆然と高木さんの方を見ていたけど、それをやめて言う。
ターン……難しいなぁ。
「まずは私がターンを決めてみます」
トレーナーさんはそう言って、くるっと綺麗なターンを決めてみせた。
やっぱり、さすが……。
「では、私のさっきの動きを真似してくださ……」
「……よっと」
すると、高木さんはトレーナーさんが言い切る前に綺麗なターンを決めてしまった。
トレーナーさんはまた呆然とした表情をする。
「うわぁ!」
……一方の私は、どれだけターンをしても転んでばっかり。
なんだかみじめだ。
「はい、そろそろ終わりますよ!
水分補給は忘れないようにしてくださいね!」
しばらくターンの練習をしていると、トレーナーさんが手を叩いて言った。
結局、ターンはあんまり決められなかったなぁ……
「はぁい……」
私は残念な気持ちでレッスンルームから出て行った。
それから、私は着替えるために更衣室へと歩く。
「つかれたぁ」
隣に並んでいる高木さんはそんな事を言っているけど、全く疲れたようには見えない。
今も澄ました顔のままだ。
……やっぱり、すごいなぁ。
「……ねえ」
更衣室に着いて着替えていると、後ろから高木さんが話しかけてきた。
「な、なに……?」
なんだか少し怖くて、ちゃんと返事を返せなかった。
こ、これから私何言われるの……?
「なんで、出来ないの?」
……えっ!?
高木さんが言った言葉が、私の心に刺さる。
悪気はない……のかな。でも、高木さんの言葉は、失敗ばかりしてしまった私を傷つけるのには十分なものだった。
涙が出そうなのを、ぐっとこらえる。
「そんなこと言わないで……?」
気がつくと、私の口からはそんな言葉が出ていた。
ハッとして口を閉じたけど、もうおそい。
「なんで?」
すると、高木さんは私が思ってもない言葉を返してくる。
なんで、って……
「傷つくから、だよ……」
ショックで固まりそうになるのをこらえながら、私は言葉をふりしぼって言う。
高木さんはさらに不思議そうな顔をした。
「傷つく? あたしにはそんな気持ちわからないな。ついでに、昨日あなたが言った笑顔を届けたいから、ってのも」
それで昨日わからないって言ったんだ……
「……じゃ、あたし帰るから」
そして、高木さんはそう言い捨てて更衣室から出て行った。
『なんで出来ないの?』
その言葉が、今でも頭から離れない。
「帰ろう……」
……このままここにいてもみじめになるだけ。
私はそう思い、とぼとぼと更衣室を出た。
「……失礼します」
昨日は、元気に挨拶できた。でも今日は……
私はさっきのことがあって、かなり落ち込んでいた。
「はーい。次のレッスンまで、しっかり休んでくださいね」
「はい……」
受付のお姉さんはいつも笑顔だな……見習いたい。
「よっ、今帰りか?」
「あ……プロデューサーさん」
事務所を出ようとする私に話しかけてきたのは、大和プロデューサーだった。
「ユニット結成。そしてレッスン初日。どうだ?」
「どうだ……って言われても」
なんだか大雑把すぎて、返事に困ってしまう。
「そうか、ちょっと答えづらかったな。……楽しいか?」
「たのしい……ですか」
私は、さっきのことを思い出す。あんなことがあるんじゃ、楽しいなんて……
「………楽しく、無いです」
言えるはずなかった。
「ほう?オーディションの資料を読ませてもらったが、君はすごくアイドルに憧れていた。だが、入ったらこうなった。なぜだ?」
「実は……」
……プロデューサーさんに、レッスンでの出来事を話した。
「なんで出来ないの、か。中々ストレートだな」
少なくとも、良い方には受け取ってもらえたらしい。
「私、あんなふうに言われてつらくて……でも、同じユニットの仲間だし……」
「高木のこと、悪くは思ってないんだな?」
「……はい」
同じユニットの仲間だし、それにあっちが全部悪いってわけじゃない。
私にも……
「出来ないこと、出来るようになりたいか?」
「え……?」
出来るように……あの綺麗なターンを………
「私には、無理だと思います」
そう。あれは、自分には真似できない。それくらい、すごい……。
「……じゃあ、他のことで見返してやれ」
「あ……」
無理って否定したから、それをくつがえすような言葉が来ると思ってた。
でも違った。
「自分だけのこと、何かあるだろ?」
「わたし、だけの……?」
私にしか出来ないこと……
あんなターンは出来ないけど、他になにか―――
「……そうだ、プロデューサーさん。聞きたいことがあるんです」
「なんだ?」
あんまり気にしてなかったことだけど、今更気になりだしたから……聞いてみよう。
「オーディションには、もっと大勢の女の子がいました。でも、合格したのは私だけ。なんでですか?」
―――参加してる女の子たちはたくさんいたけど、どれくらいの人数が……
「……うちの事務所、二人しか雇う余裕が無いんだよ」
「へ?」
結構予想外の返事だった。それはつまり、貧乏……
「社長が突然、事務所を休業しちまってな。俺含めて一部のスタッフ以外は、自主的にやめてもらった。所属アイドルもだ」
「休業って、なんで……」
「さあな。何も言わずに、だ。期間は三年ほどだった。最近再開したは良いが、また無名事務所からやり直しだ。
資金援助も中々受けられない」
芸能事務所って、大変なんだな……と思った。
こんな事務所で大丈夫なのかな……とも。
「心配するな。俺が二人を全力で売り出してやるから」
「は、はい……」
……そうして、大和プロデューサーと別れた私は、家に帰るのだった。
家に帰って、夜になっても私は考えていた。
私だけのもの……高木さんになくて、私にあるもの……
「…………」
ふと、部屋にある鏡を見る。
さえない表情だなぁ、私。
……表情?
私は“表情”という言葉に何か引っかかって、鏡の前に立ってみる。
そして、にこりと笑顔を作った。
―――気分もあって少しぎこちないけど、これは……!
「私、笑顔がいいってむかしから……」
昔言われてたことを突然思い出し、ボソリと呟く。
今、笑ってみせても少しピンときたし、周りからも言われてきた。
そして、こんなこと思っちゃいけないと思うんだけど……高木さんは、笑顔がない。
いや、少ない、のかな?
まあ、どっちでもいい。でも、笑顔なら高木さんよりは……ううん、他の人にも負けないと思う。
「やった……!」
プロデューサーさんの言ってた通り、私だけのものってあったんだ!
そう思って、少し心が軽くなる。
正直、次のレッスンには行きたくないって思ってたけど、少し自信を持てた。
だから、次のレッスンで……トレーナーさん、そして、高木さんさんにも私の笑顔を見せるんだ!
私はそう決心して、部屋の明かりを消した。
今日は色々あって疲れたのか、意識はすぐになくなった――――
「行ってきまーす!」
そう言って私は、家を出た。
レッスンの前には、ちゃんと学校がある。
もっと大変になるだろうけど、頑張らないと……。
「……あれ? なんだろ……」
赤信号の先の歩道に、誰かいる。
同い年くらいの女の子だけど……見たことない。
キョロキョロと、何かを探してるように見える。
「……よし」
困ってそうなら、助ける。
そう思った私は、青になった信号を渡って、その女の子のもとに行った。
「あのー……どうしたの?」
「わ!……あ、驚いちゃって、ごめん」
いやいや、驚かせたのは私の方だと思うけど。
「うちね、よつば小学校に行きたいんよ。場所知ってる?」
私と同じ小学校……転校生なのかな?
「私、そこに通ってるんだ!一緒に行こ」
「ええの?助かるわぁ……」
ところどころ、言葉がなまってる。別の県のひと……?
「うち、りりしろまや!よろしく!」
「私、みさきはるな!」
なんだか不思議な子、まやさんと一緒に学校に向かうことになった。
「うちね、今日からの転入生。よろしく頼むわ」
「そうだったんだ!嬉しいなぁ……」
やった!学校生活ではじめての転入生!
……待てよ?クラスが同じじゃなかったら―――
そんな疑問も、三歩で薄れてしまった。
「……着いた!」
壁にかかった時計を見ると、まだ八時。靴箱にも、靴は殆どなかった。
「早く着き過ぎちゃったね……」
「ええんよ。適当にトイレにでもこもっとくし」
え、トイレ……?
「ありがとうね、みさき!……あ、本当は職員室に、挨拶に行くの」
そういうと、りりしろさんは行ってしまった。
「あ、ちょっと……」
何組か、聞いてない……。
「教室行こ……」
日直でも何でも無いけど、今日は早めに教室に上がることにした。
りりしろさん、また会えると良いな。
おはようとか、おはよとか、クラスメイトたちの声が賑わってきた。
それは、私達が着いてから十分後のことである。
「……聞いた?転校生の話」
「聞いた聞いた。お嬢様なんだって」
―――え?
「お嬢様……?」
周りから聞こえてくる転校生の話題は、私が知っていることとは少しずれていた。
まやさんの事じゃない……なんとなくそう思う私だった。
「はいはいみんな、席について!」
ガラガラと音を立てて開いたドアから、担任の先生が入ってくる。
「今日は、このクラスの新しいお友達を紹介します!」
「……おおぉー!!」
クラス中が、さっきよりも賑わっている。
「……」
そんな中私は、違和感を感じていた。
「じゃあ、入ってきて」
先生が手招きすると、別の足音が聞こえてくる。
転校生の足音……
「……!?」
教室の中にまでそれが伝わってきた途端、空気が変わった。
「え……あれは―――」
「……じゃあ、自己紹介をしてね」
「はい……」
教室全体が、前に注目している。
もちろん私もだ。
転入生だから、じゃない。
その子に……見惚れているから。
「凛々代真夜(りりしろまや)です。今日から、よろしくお願いしますわ」
「ま、まやさん……?」
……確かに、まやさんだった。
でも、何だろう。 雰囲気も、言葉遣いも違う……。
―――お嬢様
まやさんの雰囲気は、そんな風に見えた。
「かわいい……」
「きれい……」
あちこちから、そんな声が聞こえる。
「……あ、美咲さんの隣が空いてるわね」
「え!?」
私の隣とか、まやさんの周りに漂ってる空気に、押しつぶされそう……!
「失礼。」
「あ……」
わけのわからない想像をしてる間に、まやさんは私の隣りに座っていた。
「……固くならなくてええんよ」
まやさんが、小声で話しかけてきた。
その瞬間、漂っていた空気が一気に消え去る。
「え?」
―――言葉遣いが、さっきと同じ?
聞き返したけど、まやさんはそそくさと準備を始めていて、私の声は届いてないようだった。
授業が始まると、まやさんの目立ちっぷりはすごかった。
「これで、よろしいですか?」
「……すごい、正解です!」
おおー!と、クラス中が感心してるのは、まやさんがスラスラと式を書いていったからだ。
「……すごい」
私も、そんな言葉が漏れていた。
最初に会った時、元気で良い子だなって思ってたけど……勉強もすっごく出来るなんて。
―――休み時間になって、私はまやさんに呼び出された。
「みさき、驚いたやろ?言葉遣い全然ちゃうし」
「う、うん……」
廊下の片隅でしゃべるまやさんは、今朝の言葉遣いに戻っていて、
私はそれに困惑するばかり。
「うちな、詳しくは言われへんけど、毎日あの口調で行けって言われとるの」
「え、言葉遣いを変えるって……大変じゃない?」
「昔からやってきたことやし、全然平気よ」
どんな事情かはわからないけど、そんなことを言われてそれに慣れているまやさんが
私はすごいと思った。
「あれ?それなら……」
同時に、私はとあることを考える。
「どうしたん?」
「それなら……今朝とか今とか、なんで私にはそういう喋り方なの?」
一日中って言われてるなら、私にも今朝の時点でそうしていたはずだ。
「……なんでやろな?」
「なんでって―――」
気になることを言われた瞬間、チャイムの音がなった。
「では、戻りましょうか」
「あ……うん」
口調が戻ったまやさんに驚きつつも、私達は教室に戻った……。
「帰りのあいさつをします。さようなら」
「さようなら!」
先生の声に続いて、私たちはいっせいに挨拶をした。
口調が変わったり、実はお嬢様だったまやさんに驚いているうちに、今日も一日が終わる。
「あ、あの、りりしろさん……」
「はい、なんでしょう?」
まやさんは早速クラスの子達に声をかけられている。
「こ、この後一緒に遊ぶのは……無理ですか?」
……うん、さすがに緊張するよね。お嬢様を遊びに誘うなんて。
一方のまやさんは、少し困ったような表情をしている。
「申し訳ありません。わたくし、用事で早く帰らないといけませんので……」
そして、申し訳なさそうな表情をして断った。
「そうですか……。ごめんなさい、忙しいのに呼び止めちゃって」
「いいえ、大丈夫ですわよ」
頭を下げるクラスの子に、まやさんは微笑みながらそう言って教室から出ていった。
……あ。
「レッスン、いかないと……」
ふと、思い出す。
今日も、レッスンの日だ。
高木さんに会うのはちょっと怖いけど……
笑顔は、ちゃんと見せれるよね。
決めたんだもん。
「はるなちゃん、じゃあね!」
「うん、バイバイ!」
そんなわけで、私はクラスの子と別れて、事務所に行くのだった―――――
「失礼しまーす……」
学校から少し歩いて、事務所に着いた。
私は挨拶をしながら中に入る。
受付のお姉さんは相変わらず笑顔だなぁ……
そう思いながらお姉さんに頭を下げて、私は更衣室に向かった。
「…………」
「あ……」
更衣室に入ると、高木さんがいた。
挨拶をしようと思ったけど、やっぱり怖くて出来ない。
そうして迷っているうちに、高木さんは着替え終わって、更衣室から出ていく。
私はただ頭を下げることしか出来なかった。
「あと5分……いそごう」
……とにかく、レッスンの時間に遅刻しないようにしないと。
私はそう思い、ジャージに着替えた。
「今日はまたダンスレッスンですが……今回は、表情や動き等にオリジナリティを入れてみましょう!」
オリジナリティ……
こせい、ってことかな。
それなら、私には笑顔がある。
「ステップ、ターン、決めポーズ。この順番でいきます」
トレーナーさんがホワイトボードに書きながら説明する。
笑顔は……決めポーズのときでいいかな。
「まずは高木さんから!」
「……はーい」
トレーナーさんがそう合図して、高木さんは面倒くさそうに立ち上がる。
高木さんは、そのまま綺麗なステップを踏んで……
「ほいっ」
なんて軽い言葉を出しながら、華麗なターンを決めたあとに……
ウィンクをして、決めポーズをしたんだ。
なんていうか、その綺麗な顔に似合っている。
「はい、良かったですよ!
次、美咲さん!」
いよいよ、私の番……。
私は立ち上がって、トレーナーさんの前に立つ。
「はっ……はっ……」
息もきれて、ぐちゃぐちゃなステップ。
足がもつれそうになって、それでもどうにか転ばなかったターン。
そして、最後に―――
―――にこりと、笑顔を見せたんだ。
トレーナーさんは、少し驚いたような表情をする。
高木さんは興味無さそうな顔で髪をいじってたけど、それでも一応私を見てくれた。
「はぁ……疲れたぁ」
「表情が個性……美咲さん、凄いです!」
「えっ!?」
疲れきって座り込んだとき、トレーナーさんか私の手を握って褒めてくれた。
びっくりして変な声が出てしまう。
「高木さん、これです!」
「はぁ?」
そして、トレーナーさんが高木さんの方を見て、大きな声でそう言う。
高木さんはしばらく不思議そうな顔をしていたけど……
「ああ、ね。うん、分かった」
なにかに、気付いたみたいだった。
「今日は少し暗くなるのが早いので解散にします。しっかり休んでくださいね!」
「はい!」
「……はい」
それから少し柔軟をして、レッスンが終わった。
私はタオルで汗をふいて、更衣室に行った。
「……」
「……」
更衣室に入って、高木さんと二人きり。
更衣室に入るたびに気まずくなるのは、気のせいかなぁ……
そんなことを思いながら、私はジャージを脱ぐ。
「……ねえ」
「は、はいっ!」
その時、高木さんが声をかけてきた。
私は思わず大きい声で返事をしてしまう。
「悪くはなかったよ、アレ」
高木さんは、そっぽを向きながらそう言った。
こ、これってもしかして……
ほ、ほめられてる?
「えっ!? あ、ありがとう……!」
そう思うと、なんだか嬉しくなった。
「あたしはさ……100点満点の中の100点」
私が喜んでいると、高木さんが話しだす。
……私の目をまっすぐみながら。
「あなたはね……30+50」
「え?」
高木さんの言っていることがよく分からなくて、聞き返してしまう。
「技術は30。オリジナリティ、つまり個性は50点」
「え? ……え?」
高木さんが説明っぽいことをしてくれたけど、余計分からなくなった。
「技術はね、練習すればいつか100点になるの。でもね、個性の点数はさ……自分にしかないの」
「……!」
今度は、今度こそは分かった。
「あたしは高い技術で踊ることしか出来ない。だから100点。5年経っても10年経っても100点のまま。でもね、あなたは……」
高木さんはそこで一回言葉を切る。
何言われるんだろ、ってすこし緊張した。
「技術さえ上がれば、150点だって取れるわけ」
……分かった。
私、認められてる……と思う。
「成長出来ないあたしは美咲さん以下。そゆこと。トレーナーさんの言葉もあたしはそう取った」
でも、でも……!
「それは、違うよ!」
私は自分の気持ちを叫んだ。
「は?」
高木さんは、目をまんまるにして驚く。
「高木さんのステップ、ターン、決めポーズ……高木さんにとっては、技術。
だけどね……私にとっては、高木さんにしかできないね。高木さんにしかない事だとおもう!」
こんなこと言うのも私らしくないかもだけど、そういう時だって、きっとある。
「……なるほど」
また、冷たい表情で「は?」って言われると思ったけど、高木さんは納得したような表情をした。
「プロデューサーに怒られたの」
え、怒られた?
「『なんで出来ないの』って言ったこと。あたしは最初なんで怒られたのか理解出来なかった。分からないこと、きいて何が悪いの?」
高木さんは困ったような表情をしながらこっちを向いた。
「あ、あはは……」
私は苦笑いすることしか出来なかった。
「プロデューサーはこう言ったの。
『一人一人、才能も違うんだ。だから、美咲とお前も違う。自分の中の“当たり前”を押し付けんな』って。そして、美咲さんの言葉でも気付けた。いくら模範解答通りでも、あたしはあたしだって」
プロデューサーさん、そんなこと言ってたんだ……。
「……なんか、前は酷いこと言っちゃってごめんね。とにかく、あたしはあなたを見直したってわけ。じゃあね」
私が呆然としていると、高木さんはそう言って更衣室を出て行こうとした。
「ま、まって!」
私はあわてて止める。
高木さんは「なに?」って感じで振り返る。
「私こそ、ごめん! 勝手に高木さんが悪口言ってたんだって思ってた!」
私は、誤解していたことを謝って……
「と、友達に、なってくれますか!」
分かり合えたら言いたかったことを、伝えた。
「……別に、いいよ」
すると、高木さんは照れくさそうな顔をして、そう言う。
……ほんとは、普通の女の子だったのかな。
「ありがとう!
じゃあ、これからよろしく! なつきちゃん!」
私がそう言って握手をしようと手を出すと、高木さん……ううん、なつきちゃんはそっぽを向いて立ち去ってしまった。
やっぱり、なつきちゃんはなつきちゃん、なんだなぁ。
少しショックを受けたけど、悲しい気持ちにはならなかった。
そのあと、私は更衣室を出て、受付のところまで歩いた。
「さようなら!」
そして、笑顔で受付のお姉さんに挨拶をした。
お姉さんも笑顔で返してくれる。
今日は、前と違って笑顔で事務所を出ることが出来た。
そして、今日は、前と違ってなつきちゃんとしっかり話すことが出来た。
それが、私にとって、とても嬉しかった。
「……二人とも、悪くない関係になってきたな」
春奈と菜月のレッスンを、ひそかに観察していた人物がいた。
……プロデューサーの大和である。
大和は、二人が出てくるより先に観察をやめて、社長室に出向いた。
「―――そうか。なら、大丈夫そうだな」
二人の様子を大和から聞いた大原は、一枚の用紙を取り出す。
「社長、これは?」
「近々開催される、新人向けのダンスステージだ。今の二人なら、通用できるだろう」
「……」
確かに、今の彼女たちならコンビネーションは大丈夫だろう。
しかし大和の中には、ぬぐい切れない違和感があった。
「……そのステージ、受けましょう」
「大和君、よく言ってくれた!すぐに申し込んでおこう」
だが、二人ならそれが乗り越えられると信じて―――
「……みさき、今日は機嫌ええな」
「え、そんなふうに見える?」
「うん」
次の日の学校。
まやさんに言われたとおり、私は機嫌が良かった。
「昨日ね……」
アイドルになったことは話さない。それだけを隠して、友達が出来たことを話した。
「へぇ、仲良くなれたんか。そんな話聞いてると、うちもごっつ嬉しくなるわ」
「まやさん……」
聞き上手だな。と、私は思った。なんでも包み込んでくれそうな感じで、なんでも話せそう。
「りりしろさん!折り紙って出来ますか……?」
話していると、女子数人が割って入ってきた。
「……ええ、それなりに折れますわ」
一瞬で口調を変えた!すごいなぁ……。
しかも、なまった口調がばれないように小声だったのに、すぐに普通の音量で話している。
「じゃあ、手伝ってください!」
「あ、ちょっと……」
手を引かれ、まやさんは連行されてしまった。
うーん、そんなときでも優雅。
優雅なお嬢様、か……みんなが噂してることしか知らないし、まやさんも全部は話さない。
こんな事言うのもあれだけど、何者なんだろう……?
「わたくし、今日も早く帰らないといけませんので。失礼します」
今日も、まやさんはクラスの子達からの誘いを断って教室から出て行く。
「あ、私も帰るね。バイバイ!」
「じゃあね、はるなちゃん」
そんな姿を見ながら、私も教室から出て行こうとしたんだけど……
「そういえば、はるなちゃん最近帰るの早くない?」
「あんまり遊ばなくなったよね」
後ろからそう聞こえてきて、思わず立ち止まってしまった。
「ちょ、ちょっと忙しいからね!」
だから、アイドルになったことは言わずに、それだけ言って、私は教室から出ていった。
……いつか、説明しないといけないよね。
そう覚悟しながら、私は事務所に向かった。
「失礼します!」
私は大きな声で挨拶をしながら事務所に入る。
もう、これもすっかり慣れちゃったな。
「こんにちは、美咲」
「あ、プロデューサーさん!」
受付の少し先に、プロデューサーさんが立っていた。
挨拶をされたので、私も返す。
「ちょっと聞きたいんだが」
「なんですか?」
すると、プロデューサーさんは少し困ったような顔をしてそう言ってきた。
「高木を見なかったか?」
え、なつきちゃん?
「み、見なかったです」
私は少し嫌な予感がしながらもそう返す。
「はぁ、今日は2人に知らせがあるのに……どうしたものか」
プロデューサーさんがそう頭を抱えていると、事務所のドアがバタンと勢いよく開く。
私とプロデューサーさんは、びっくりして振り返った。
「すみません、うちの娘が!」
「はぁ……」
振り返ったところには、お母さんと同じくらいの綺麗な女の人と、その女の人に手を握られているなつきちゃんがいた。
「もう、のんびり支度しないで早く行くの! 迷惑かけるでしょうが!……すみません、騒がしくして」
「い、いえ」
女の人はなつきちゃんにそう言いながら、私たちに頭を下げて事務所から出て行く。
「うるさいなぁもう……」
なつきちゃんは女の人の後ろ姿を見ながら、頬を膨らませてつぶやく。
「高木、今の人は?」
「……うちのママ」
確かに少し似てたかも。
私はそんなことを思いながら、2人の話を聞く。
「あっ!」
すると、プロデューサーさんが思いついたようにそう叫ぶ。
「2人に話があるんだ。今日はレッスン無しな。じゃ、会議室に行くぞ!」
そういえば、プロデューサーさん言ってたね。
「はい!」
「はーい……」
そんなわけで、私となつきちゃんは会議室に向かった。
「―――――ステージでライブ?」
「ああ、お前らもそこそこ仲良くなったみたいだし、そろそろかと思ってさ」
会議室で話されたのは、初めての仕事のことだった。
「え、でもまだ少し早いと思うんですけど……」
私は、不安に思いながらそう言う。
だって私、ステップすらろくに出来てないし……
「え、じゃあやらないのか?」
そんな私の言葉に、プロデューサーさんがからかうように言う。
「そ、そんなことは言ってません!」
私は、慌ててそう答える。
せっかく取ってきてくれた……それも、初めての仕事を断るなんてことは出来ない。
「で、いつ?」
すると、さっきまで黙っていたなつきちゃんが、肘をつきながらそう尋ねる。
「ああ、1ヶ月後を予定している」
プロデューサーさんは、来月のカレンダーを指さしながら答えた。
1ヶ月……それなら、沢山時間があるし、どうにかなるかも。
「ライブに向けてのレッスンは……明後日から。明日は休みにする」
やった! 久しぶりの休み。
「以上だ。わかったか?」
「はい!」
プロデューサーさんの言葉に、私は大きな声で返事をする。
「はぁい……」
隣に座るなつきちゃんも、小さな声で返事した。
「じゃあ、今日は解散だ。気をつけて帰れよ」
「はい。失礼します!」
そして、話が終わって、私となつきちゃんは事務所から出た。
……お母さんにも、仕事のこと伝えないと!
「今夜はカレーね」
ライブイベントに出る。親に話したら、最初の返事がこれだった。
「……春菜の、アイドルとしての初ステージよ!」
「うぉぉぉ!」
「は、はは……」
カレー鍋を囲んでお父さんとお母さんが喜ぶ中で、私は苦笑い。
そりゃ嬉しいけど、ここまで盛り上がられると……
「お父さん、お母さん、成功するかもわかんないのに今こんなに喜ばないでよ……」
「何いってんだ春奈!我が娘の晴れ舞台、喜ばない訳にはいかないだろう!」
お父さんったら……でも、優しさはちゃんと伝わってくる。
だからその分、あとのことが不安なのだ。
「マイナスな話をするより、食べましょ!」
―――その後、不安だった分たくさん食べた。三杯くらい。
やけ食いってやつだろうか。
「……ふう。お腹いっぱい。よし……」
食事が終わって、自分の部屋に戻る。
そして私は、お古のノートパソコンを開いた。
「ダンス映像……っと」
調べたのは、動画サイト。
ステージまでに、ダンスの動きを少しでも練習しておきたいからだ。
「さいせい……」
動画をクリックして、再生が始まる。
それを見ながら、私も体を動かす。
「ここのステップがこうで……きゃっ」
足がもつれた。そして、ぼふっという音とともにベッドに倒れ込む。
床じゃなくてよかったと、少し安心した。
「むー……」
こんな調子じゃダメだ。もっと練習しなきゃ……
―――そして、時間の許す限り、私はダンスの練習をした。
「はい、今日は歌のレッスンをしますよ!」
うわぁ……って、心の中で思っちゃった。
だって、ダンスの練習を必死にやったのに、今日は歌のレッスンだったから。
……まあ、そんなこと言ってられないし、とにかく頑張ろう!
「じゃあ、まずはこの曲を歌ってみてください」
トレーナーさんに貰ったのは、音楽の教科書で見た事のある曲の楽譜。
「じゃあ……高木さんからで、」
な、なつきちゃんからか。
なつきちゃん、歌も上手そうだなあ。
そんなことを思っている時、曲が流れ出した。
頑張れ、なつきちゃん!
「……ふう」
なつきちゃんは、歌い終わってからため息をつく。
なんだか少し疲れている様子だ。
「声は綺麗ですけど……少し、声量が足りませんでしたね。発声練習を重ねてみましょう!」
「……はーい」
珍しく、トレーナーさんからも注意されてた。
なつきちゃんにも、苦手なことはあるんだね。
そういうところは私と同じで、少し安心した。
「次、美咲さん!」
「は、はい!」
わ、私も歌わなくちゃいけないんだった……
慌てて準備をしていると、曲が流れ出した。
私は、焦ってて少し落ち着かない様子で歌い出した―――――
「はい、良かったですよ! あと少し音程を合わせたら完璧ですね!」
「ありがとうございます!」
やっぱり、歌うのは好き。
ダンスのレッスンはダメダメでも、歌のレッスンは上手くいった。
「美咲さんって、歌上手かったんだ……」
隣にいるなつきちゃんは、疲れた様子でそう言う。
私は、なつきちゃんの言葉に少し頬を膨らませた。
「……どうしたの?」
そんな私に、なつきちゃんが不思議そうに尋ねる。
「だ、だって……名前で呼んでくれないから……」
友達になったのに、まだ苗字呼び。
それが、他人みたいで少し嫌だった。
「えー……
じゃあ、はるな?」
なつきちゃんは、少し嫌そうな顔をしたけど、仕方がなさそうに言った。
「うん、それでいいよ!」
私は満足してそう言う。
「じゃあ、今日は発声練習をして終わりましょうか」
トレーナーさんは、私たちの会話を笑顔で聞きながらそう言う。
「あ、え、い、お、う、が順番です。口の開く大きさが大きいのと、声が明るい順に並んでいます」
へえ、そうだったんだ。
音楽の授業でいつもしてたけど、それは知らなかった。
「では、行きましょう。あ、え、い、お、う―――――」
そんな感じで発声練習をして、今日のレッスンは終わった。
「あー……あー……あー……」
次の日、私は通学路で、昨日の続きみたいに一人で発声練習をしていた。
「なんか、しっくりこないなぁ」
上手。そう思える声が中々出ない。
……菜月ちゃんはすごいなと、心の中で少し羨ましく思った。
「るー……るー……」
「……え?」
近くだ。なんか、きれいな歌声が聞こえてくる。
どこから聞こえるんだろう?
「小鳥がチュンチュン鳴いてて、こっちも歌いたくなるなぁ……なつき」
「あ―――」
眼の前に現れたのは、まやさんだった。
どうも、まやさんが声の主らしい。
「まやさん、おはよう!」
「おはようさん!……ちょっとまってな?」
「ん?」
まやさんは、自分の手で静止の振りをすると、きょろきょろと周りを見渡し始める。
「……大丈夫やな」
……何かを、確認してた?
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない。行こか」
軽い態度で話を流された……ちょっと気になるなぁ。
「なんで、歌ってたの?」
私は、歩きながらまやさんにそう尋ねる。
「いや、小鳥が鳴いてて、うちも歌いたくなったんや」
まやさんは、さっき言ってた事と同じ事を言っていた。
「そ、そうなんだ」
これ以上聞いても別の答えは返ってこなさそう。
私はそう思ったので、聞くのをやめてそう言った。
「歌、上手だね」
そして、思ったことをそのまま伝える。
「へ? ……ありがとう」
すると、まやさんは少し照れくさそうな顔をして言った。
まやさんでも、こんな表情するんだなぁ。
そんなふうに話していると、学校が見えてきた。
「着きましたわね」
「え、あ、うん……」
学校の門を抜けた瞬間、まやさんの口調が変わる。
いい加減、慣れなくちゃなぁ……。
そう思いながら、私はまやさんと校舎の中に入った。