暖かい春風が吹き、周りは村人の笑い声に包まれている。怒声は一切聞こえてこないし、事件らしい事件も全く起きない。それがあたしの住むアラダ村。一言で表すなら、“超平和”だ。……こんなの、こんなのさ……
「つまんない!」
天井に向かって、一人そう叫ぶ。
変化のない毎日。平和な方がいいって大人は言うけど、それじゃ面白みの欠片も無い。あたしはつまんないのは嫌い。ここまでつまんないと、人生何もしないで過ごしている気分。現に今も、何も無さすぎてベッドの上でぼーっとしてるだけだし。……いっそのことさ、
「抜け出してみたり、なんて」
つまんないものに囚われる人生、無駄すぎて笑えてくる。……いいよね、あたしの人生なんだもん。人様に迷惑かけないなら、自分の生き方くらいは好きにしてもいいよね。
抜け出してから一瞬で死んじゃうのもアリ、めんどくさい事に巻き込まれたりするのもアリ、誰かに捕まって牢屋に入れられるのもアリ。とにかく、変化が欲しい。……そう思ったら、早速行動に移さないと。
カーテンを開けて、それから窓も開けた。荷物? そんなの要らない。ノープランの方が楽しいし。さ、窓から身を乗り出して……ゴーアウト!
「―――グッドバイ、アラダ村」
「……さすがに、手ぶらはキツいね」
まさか、森に迷い込むとは思ってもいなかった。いつの間にか周りは暗くなっていて、何も見えない。お腹はすいたし、喉もかわいた。水は湧き水があるからどうにかなるとして、食料。あと寝床。あ、替えの服も欲しかったかも。
「ま、こういうのもアリかな」
色々とハードモードだけど、家でダラダラしてた時よりは刺激があって楽しいかな、うん。もしこのまま餓死したりしても、それはそれでいいんじゃない?
そんなことを思いながら、あたしはひたすら前に進む。力尽きるまで、進むつもり。もしかしたらここから抜け出せるかもしれないし、あるいは何か面白いことがあるかもしれない。
「……あ」
あたしは、目の前が少しだけ明るくなっていることに気付く。それから、前を進めば進むほど明るくなって、暫く歩いた時にそれは光だと確信した。……ということは。
「この先に、何かあるかも?」
気がつけばそう確信していて、その“何か”を見つけるために、あたしは動かなくなってきた足を引っ張りながら、まだまだ前進していく……。
「うっわ……」
もう本当に近いみたいで、思わずそんな声を漏らしてしまうほどの眩しい光だった。服も破けてきたしお腹はすいたし足は痛い。前言撤回、こんなのちっともアリじゃない。
「今更戻れないよねー……」
それでも、仕方ないので進む。今がどんな状態でも別に構わない。何も行動を起こさずにじっとしているよりは、マシになる……はず。
そんなことを考えている時だった。
「……えっ?」
―――突然、辺りが明るくなったのだ。
夜明け……なわけない。本当に突然だったから。しかも空だけは真っ暗で、余計に不気味に感じてしまう。あたしは、何がどうなってるのか分からなくて、その場に突っ立っているだけだった。
その時。さっきまで光の見えてた方向から、ガサゴソと音が聞こえてくる。音はどんどん大きくなってきて、耳をすませば呼吸音も聞こえてきた。……誰か、来るね。
「あ、やっぱり人いたんだ」
近づいてきていた人物は、ようやくあたしの目の前に姿を見せて、そう言った。その人物は……あたしと同い年くらいの、奇妙な格好をした少年だった。
「……誰?」
真顔でこちらを見つめてくる少年に尋ねる。こんなに見られるの、あんまり気分良くないし。
「ん? ああ、俺はメナー。落ちぶれ勇者ってところさ」
少年もといメナーは、寂しそうに笑いながらそう答えた。
落ちぶれ勇者の話なら聞いた事ある。ラクア王国の現勇者がそう呼ばれてるらしい。……ということは、メナーは……
「え、ラクア王国の……」
「その通りでございます」
真相を確かめるために尋ねようとすると、彼は恥ずかしそうな顔をしながら遮ってきた。これは相当自分でも情けないと思っているんだろう、なんて失礼なことを考えてみる。
「……そういう君の名前は?」
あたしの思考が顔に出てしまっていたのだろう。彼が話を逸らすようにしてあたしの名前を尋ねてきたので、あたしは素直に「ラズだよー」と名乗った。
「ラズ、ね。オッケー。服ボロボロだけど何してんの? あと今夜中だし」
「つまんない世界から逃げたの。今は人生ハードモード……なんちゃって」
メナーの質問に笑いながら答えると、彼は呆れたような表情をしてため息をついた。……「やれやれ」というポーズ付きで。そのしぐさがわざとらしくて若干イラッとしたのは内緒。
「とりあえず……」
「ん?」
彼の小さな呟きにあたしは聞き返す。彼はあたしの顔を少し見たあと、背負っていたバックのチャックを開けて中を漁りだした。
「はい、上着。宿までこれで我慢して」
……え、宿?
「どうせ行く宛も無いんだろ。手伝ってくれない?」
あたしの動揺を察したのか、彼はリュックを背負い直しながら言う。……えーと、めんどくさい事になっちゃったね。まあ面白そうだし別にいいんだけど。
「じゃ、こっち」
「あ、待って」
歩きだそうとするメナーを引き留める。まだ聞いてなかったことがあったのだ。
「ね、あの光なんだったの? メナーが来たところから出てたけど」
「光……ああ、あれは導きの呪文。近くにいる人間を唱えた本人の元に導く」
メナーはあたしの言葉に対し、一瞬不思議そうな表情をしていたけど、すぐに思い出したようにして答えた。……導く、ね。もしかして……
あの時無意識に光を追ってたのも、あたしが呪文に操られてたから?
詳しく聞いてみたかったけど、敢えて聞かないことにした。答えを知らない方が面白そうだしね。
「……ま、そういうことさ。じゃ、行こうか」
「うん。楽しませてねー」
あたしのふざけた言葉に、彼はまたため息をつく。……こうして、あたし達は森の中から出るために、動き出した。
「はぁ……はぁ……着いた?」
「ん。夜明け前で良かったな」
それから、どれくらいだろう……体感時間的に1時間は歩いたような気がする。とにかく、結構な時間をかけてあたしとメナーは森から出た。
そして辿り着いたのが、『ネロ城下町』。人の少なかったアラダ村とは違って人が多く、この時間でも何人か人が彷徨いていたのが印象的だった。
「とりあえず、宿入ろうぜ。服は宿主がくれるはずだし」
「うん」
わざわざ名前も知らない人に服くれるなんて優しい宿主さんだねー。
あたしはそう思いつつメナーの後ろをついていく。アラダ村は結構そういうとこ警戒してたから、旅人とか追い返してたんだよね。
そうして少しの間歩いていると、あるオシャレな雰囲気の建物の前でメナーが立ち止まった。建物の入口の前に置いてある看板を見てみると、『アスミの宿』と書いてある。
「……よっと」
メナーが重たそうな扉を開けて中に入るので、あたしも彼について行く。……大丈夫なのかな、こういうの。ほら、もうこんな時間だし、宿主さんも寝てるんじゃないの?
あたしが困惑しているのにも構わず、メナーはどんどん先に進む。
「……」
すると、彼は受け付けらしき場所で立ち止まり、天井から下げられたベルを鳴らした。奥の方から、ガタガタと音が聞こえてくる。
「―――いらっしゃい。こんな夜遅くに、珍しいね」
……どうやら、あたしの心配は杞憂に終わったみたい。、