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1:伊168:2018/12/24(月) 13:42

第1話:蜀


蜀道の難きは青天に上るよりも難し……
有名な李白の詩の一節だ。男は、李白の詩を呟きながら蜀の桟道に向かっていった。ひたすらに黒々とした道を超えて。
男は中国の出身ではない。一人で海を渡ってきたのである。男は学だけはそこそこにある。だから、船頭も地図もないが、海を−−過去、日本海と言われていた地を渡れたのだ。
見よ、この道を。訳もわからんネジや金属片が散らばっている。男はそれを踏みつけて、桟道を目指す。
崔嵬たる山々を眺めて、男はため息をつく。

「居ないか……」

見ゆるのはただ木と岩の影。ひどく蕭々としている。
都会人達ならば、

「これは寛げる」

と言っただろう。だが、常に淋しい男にとってはただただ虚しい。
道路で大の字になっても、線路内で踊り狂っても、誰も叱らない。
昔ならば、どうだったろう。すぐに引き摺り出されただろう。
都会はうるさかった。エンジン音、人の歓声、電車や飛行機もうるさかった。虫の音どころか鳥の囀りも聞こえないほどうるさかった。
だが今は、鳥の囀りも聞こえない。そのせいか、これほどの弱風でも風の哭く声が聞こえる。やけに淋しげだ。それが男を苛立たせる。
男はついに耐えきれなくなり、「えい!」と叫んで石を投げた。
コンッという音がする。都会ならば叱られたろうに、ここでは誰も叱らない。
ただただ淋しい。何をしても淋しい。
毎日旅行しているが、どこへ行っても淋しい。
日本列島も朝鮮半島も静まり返っている。遼東も遼寧も静まり返っている。
北海艦隊はもういない。海上自衛隊も海の藻屑か。朝鮮半島も破片の山であった。
豫州、揚州、司隷、徐州、荊州と、どこもさびしい。葉の揺れる音すらしない。

「ここもつまらないな……」

男は涙を流して益州の地を後にした。

2:伊168:2018/12/24(月) 18:21

感想お待ちしております

3:伊168:2018/12/24(月) 19:23

投稿は不定期です

4:伊168:2018/12/25(火) 01:38

第2話:西へ

男は歩き続けた。万丈の山、千仞の谷も軽々と、散歩をするように超えていった。男は止まらなかった。ただ淋しさが男を突き動かしていた。
ついに大ヒマラヤの峰を臨んだ。流石にここを登る気は無い。男は、ここならば綺麗かもしれないという希望を持って態々立ち止まったのだ。
だが、どうだ。山は墨を垂らしたように、出来の悪い水墨画のようではないか。当てが外れた。
ただ寒さのみが男に語りかけた。この辺りはやけに寒くなっている。

「ああ、冷たい……」

男は歯の隙間からつぶやいた。体が萎んでいく。こんな寒さなんて、淋しさを掻き立てるだけだ。
男はヒマラヤの地を後にした。

男はインドを横断した。10数億もの人がいたとは思えない。国も人も山河さえも破ってしまったか。
男は崩れた民家をあさった。すぐに液体の入った瓶が出てきた。男には読めない文字だが、懐かしくて思わず泣く。
文字は分からなくても人が作ったという温かさを感じたのだ。
だが、表のシールを見ると、男は表情を醜く歪ませ、瓶を思い切り地面に叩きつけた。表面には有名企業のロゴマークがあった。
ガシャンという音が千里に届く。そして、すぐに静寂が戻る。
地面に血のように貼りついた液体を見て、男は後悔する。

「中身は生きてた……機械だけが作ったのではなかった……嗚呼、惜しいことを……」

男は地に伏せって泣いた。一晩中も。

朝になって男は小アジアを目指して歩いた。あの急速に発展していたトルコの地なら、なんとかなるかも知れない。
男は道中で、路傍に横たわる機械の類を蹴り飛ばす。原型を留めているものに至っては親の仇かのように、何度も踏みつけた。
男は機械の壊れる音を一頻り聞いて、天を仰ぐと、

「ははは……お前たちは良い。お前たちは俺が何かしないと反応しないんだからな! ただ待つのみ……だが、俺は……誰も相手してくれん。俺からお前たちに語りかけないと、何もしてくれん! 細菌でもウイルスでもなんでもいい……誰か俺に語りかけてくれ!」

男は叫ぶとともに嘔吐した。男はその吐瀉物を抱きしめて、口に含んだ。


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