明水堂に清流

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1:脆弱プッチンプリン:2019/09/10(火) 19:43

あらすじ
「ようこそ、明水堂へ。大したものは置いてないが、ゆっくりしていってくれたまえ」
 世界一の古本街と謳われる神田神保町には、変わり者の若い店主が切り盛りする古書店が存在する。店主は名を「雨原美宇」といい、その書店は「明水堂」といった。目立たない場所で経営している弊害なのか、毎日の客は常連の中年が数人ほど。
 そして、猛暑が続く夏の昼下がり。閑古鳥が鳴こうとした明水堂に、期末レポートを書くにあたり参考資料を探し回っていた大学生の星野龍聖が足を踏み入れた――

10:脆弱フ。ッチンフ。リン:2019/09/15(日) 19:16

>>9
ワッッありがとうございます!
特に参考にしている作家さんはいないんですけど、志賀直哉とか辻村深月みたいな文章が書きたいな〜とはよく思います

11:脆弱ブッヂンブリン:2019/09/15(日) 22:35

「おや、いらっしゃい」
 頬杖をついていた店主が龍聖たちの存在に気づき、顔を上げた。絹のような黒髪に、少し大きめの黒縁メガネ。そして胸元に緑色の糸で「きいろ」と刺繍された赤色のエプロン姿――やはり変わり者のようだ。店内を一通り見渡した時点でここの店主はさぞかし変わった奴なのだろうと龍聖は予想していたが、間違っていなかったようだ。
「ご無沙汰してます! あ、この美人が例のりゅーちゃんですよ」
 美人、という言葉に不覚にも龍聖はドキリとした。癪に障ったわけではない。むしろ嬉しいのだが、さらっと口に出されると何だか恥ずかしいのだ。再び横髪に手がいった。
「なんと……! 君が?」
「え、ええ、りゅーちゃんですが……」
 ――るーちゃん、いつの間に俺のこと喋ったの?と、龍聖は小声で瑠美に耳打ちした。対して瑠美は「だってだって、超仲の良い友達のことは何だか誰かに自慢したくなっちゃうじゃん!」と頬を膨らませた。
「なるほど……ふむ……」
 店主は立ち上がり、ぐいっと龍聖に顔を近付けた。もう少し距離が詰まれば、唇が重なるくらいの距離である。龍聖は少し仰け反っただけで、顔を赤らめて照れることも、店主を引き剥がすこともしなかった。近くでは瑠美が「きゃっ!」と声を上げて掌で目元を覆っていたが、やはり成り行きが気になるのか、その指の隙間から二人の近すぎる間合いをじっと見つめている。

 数分経ったところで、龍聖の方から「あの、店主さん」と切り出した。
「な、何かね、りゅーちゃん?」
「顔真っ赤ですよ」
 龍聖が店主をそっと引き剥がすと、店主の頬はすっかり紅潮していた。食べ頃の桃のような色だ。
「す、すまないね! にらめっこは得意な方なんだが、瑠美から聞いた通りお前さんの顔があまりにも整っていて不覚にも何だか恥ずかしくなってしまったんだ、許してたもれ! ちなみにこの行為に特に深い意味はない!」
 必死に弁解する店主に対して龍聖はただ一言「そうですか」と言った。そしてすぐ「褒められたってことでいいんですかね?」と確認した。
「ああ、そりゃもう褒めちぎりたくなるような美形だ! 男とも女ともとれるような顔立ち、高い鼻、ぷるんっぷるんの唇、なっがいバサバサ睫毛、そして何よりその……髪型! 似合いすぎててムカついてきたぞ。お前さん何者だ?」
「……しがない男子大学生です」

12:脆弱プッチンプリン:2019/09/21(土) 00:43

 本日二回目の「しがない男子大学生」という肩書が龍聖の唇を突き破った。何者だ、と問われたらこう返すようにしている。稀に「嘘つけ女だろ」と疑われることもあるが、然るべき生殖器が付いているので龍聖は男性だ。
 龍聖には自分の顔立ちが整っているという自覚が大いにある。あるからこそ両耳にいくつものピアスを付けてきらびやかに飾ってみたり、毎晩欠かさずリップクリームを塗ったり、胸まで伸びている横髪を美しく見せるために毎朝アイロンで丁寧に整えている。これは龍聖の美意識であると同時に、染み付いた習慣である。
「そうかい、そうかい……ハッ、君の前世もしかして蘭陵王なんじゃないか? それか平重衡とか、あとはそうだな……平敦盛、常磐御前……楊貴妃……」
「これまた美男美女の名前ばかり挙げますね」
 全て聞いたことのある人名だ。この中だったら陵王が好きかな――などと考えながら、明水堂に来た本来の目的をようやく思い出した。

「なるほど、『御伽草子』ねぇ」
 龍聖の話を聞いた美宇は少し考える素振りを見せてからスタスタと早足で歩いていき、すぐに「室町期の古典はこの辺だ、おいで」と、背の高い本棚の前に龍聖を手招きした。ついでに今日は特に用事のない瑠美も付いていく。
「すごい……高い本棚ですね」
 自分より何倍も背の高い本棚を龍聖は見上げた。同時に、地元で唯一今でも仲の良い友人のことを思い出した。彼は170センチの龍聖より背が高く、いつも見上げるような姿勢になる。ちらりと横を見ると、瑠美も「ひょお……」と感嘆しながら本棚を見上げていた。
「上の方にあるのはまあ、気にするな。御伽草子なら愛読者も多い方だから、手に取りやすい中段に配置したはずだ……ああ、この辺がそうだね」
 トントンと、指で軽く本の背表紙を突く音が聞こえた。見ると、御伽草子の全集からそれに関する論考、解説書まで何でも並んでいる。
「とんでもない品揃えですね」
「まあね〜」
 美宇が自慢気に眼鏡の位置を正すのを横目に、龍聖は本棚に目を通した。隣にいる瑠美も「りゅーちゃんどうしよ、あたしも御伽草子で書こうかな……」と、溢れ出る好奇心を抑えられないようである。

「あっ」
 唐突に美宇が声を発した。本棚に釘付けになっていた龍聖と瑠美が同時に美宇の方へ視線を移すと、美宇は「そんな大したことじゃないんだが……」と続け、そしてこう言った。
「名乗るのを忘れていたぞ、蘭陵王。私は雨原美宇。明水堂書店の店長だ――よろしく」

13:脆弱プッチンプリン:2019/09/25(水) 23:45

 どうやら美宇は、龍聖の前世をすっかり蘭陵王だと思っているらしい。それはそれで嬉しかったので、龍聖は何も突っ込まず「お世話になります」と返事をした。続けて「星野龍聖です」と名乗った。
「ほ……ほしの、りゅうせい?」
「ええ」
 龍聖が頷くと、美宇はカウンターの上に放置していたホワイトボートをサッと手に取り、ペンのキャップを勢いよく開けて、あの独特の鼻をつく臭いとともにキュッキュと音を立てながらボードの上でペンを滑らせた。そしてすぐに龍聖に見せたのは、「星野流星」の四文字である。
「その……漢字の当て方は、こうなのかね? 誤変換だったらすまないが、何だか……お星様サンドイッチみたいだな?」
 星野流星。どうやら美宇は龍聖のフルネームをこのように変換したらしい。これまで二十年間生きてきて「流星」と書き間違えられたことは何度かあったが、それを「お星様サンドイッチ」と比喩されたのは初めてで、無意識のうちに龍聖の口元は綻んでいた。
「星野はそれでいいんですけど、“りゅうせい”が違くて、聖なる龍って書きます。ちなみに“りゅう”は難しい方です」
 美宇の小さな手からそっとペンを取り上げ、横線を引いて「龍聖」と訂正した。美宇の速く書くことを意識してかなり崩された字に対し、龍聖の字は所々癖の混じっているものの比較的丁寧な字である。それを見た瑠美は「りゅーちゃんの字、かわいいね」と呟いた。講義の板書を写させてもらうときなど様々な場面で目にしているが、改めて集中して見てみると可愛らしさのようなものが見出されたのだ。
「ほう、確かに女っぽい字だな……なるほど、これで“りゅうせい”か。美しい」
 龍聖の容姿と名前を交互に見ながら、美宇は感心しているようだった。
「りゅーちゃんってとにかく綺麗だよね。見た目もそうだけど、佇まいとか仕草とか言葉遣いとか」
「全然しがなくないな」

 二人が龍聖の持つ「美」について話している間に、龍聖は並べられている何冊かの本に目をつけていた。参考文献として引用するには十分な資料である。数冊手に取ってみてその重さを感じたとき、この本に収められているこれだけの知識と考察を自分は今抱えているのだ――という自覚が芽生えた。そう思うと、まるで赤子を抱いているときのような慈しみに近い何かも同時に内から湧いてきた。
「美宇さん、これお願いします」
 この日、龍聖は『御伽草子』に関する本を三冊購入した。うち二冊は解説書で、一冊は全集である。先程龍聖は大学図書館で『御伽草子』の全集を借りていたが、収録されている話がそれとは異なるものを手元に置くことにしたのである。落ち着いた緑色のハードカバーの背表紙には『室町物語集』と印字されているが、これも『御伽草子』の一種である。
「なかなかいい目を持っているじゃないか。この解説書を書いている研究者はおすすめだぞ」
 勘定しながら美宇は嬉しそうに言う。同じような感性を持つ読書家を前にして、いささか気分が高揚しているようである。
「もしかして美宇さん、りゅーちゃんのことだいぶ気に入りましたね?」
 龍聖の後ろからひょこっと出てきた瑠美が、龍聖の腕を指で突きながら美宇の様子を伺っている。
「うん、気に入ったぞ。ところでずっと気になっていたんだが、君たち付き合ってるのかね?」
「え?」
「は?」

14:脆弱プッチンプリン:2019/09/26(木) 00:42

 龍聖と瑠美は同時に素っ頓狂な声を出した。お互い全くそんなことは意識していなかったのである。
「りゅ……りゅーちゃん?」
 先に瑠美が龍聖を見上げた。冷静な龍聖もさすがに動揺しているようで、「うん……」と弱弱しく返事をした。互いに特異な気質を持った男女の、この特殊ともいえるような二人の関係を何と表現し説明すればいいのか迷っているのである。
「ほーう? そうなのかね? そういうことなのかね君たち?」
 本を紙袋に詰めながら、美宇はニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべて二人の挙動に注目している。
「美宇さんあのね、前にも話したと思うけど、あたし男の子ちょっと怖いの」
 薄い桃色に染め上げた髪の毛先を指で弄びながら、瑠美は口を開いた。
「だがヤツは男だぞ」
「そうなんだけど、りゅーちゃんは本当にすごく優しくて……見た目が中性的だからあんまり怖くないっていうのもあるかもしれないけど」
 ちらちらと龍聖の方に視線を移しながら、瑠美は続けた。
 瑠美は、若干の男性恐怖症である。高校時代、同級生の男子に人生で初めて想いの丈を手紙と口頭で伝えられたこと、その熱心さに惹かれるとともに自分のことを好いてくれたということがたまらなく嬉しくて、素性を疑うことなく交際を始めたのである。
 ――しかしどうだろう。交際し始めてから数か月経った頃、奴の素性がとんでもなく腐敗したどうしようもない人間であることを、凌辱されることによって思い知ってしまったのである。この出来事は瑠美にしっかりとトラウマとして植え付けられ、「もう絶対に恋愛的なお付き合いなんてしない」という確固たる意志を持つきっかけとなったのだった。

「まあ俺も女の子はちょっと苦手なところあるし、お互い様じゃないかな」
「エッ、蘭陵王……? 君も? 君もワケありなのか?」
「ええ。そのうち話します」
 龍聖は美宇が興味津々にカウンターから身を乗り出しているのを軽く受け流しながら、「るーちゃん、嫌なこと思い出しちゃったんじゃない? 大丈夫?」と瑠美を心配した。
「うん、平気!……ていうかそもそもりゅーちゃん好きな人いるから、あたしたちが付き合ってるわけないんだよなぁ〜! あはは! 美宇さん、期待させてごめんね!」
「ハァーッ!?」
 気を取り直した瑠美が笑いながら放った、実質「あたしたち付き合ってないです!」という意味の言葉に、今度は美宇が素っ頓狂な声を出した。それも、書店中に響き渡るような声量で。そして龍聖に「そうなの蘭陵王……?」と問うような視線を向けた。
「ええ、るーちゃんは気の置けない大事な友達です」
 龍聖は満面の笑みで視線に答えた。そして同時に「こんなに頬の筋肉を使ったのは、正月に帰省したとき好きな人と二人きりで過ごしたあの夜以来かもしれない」と感じていた。
「ウ、ウソだろ? 君たちやけに距離近いじゃないか、本当に……本当に友達という関係なのか?」
 美宇は龍聖と瑠美が恋人同士でないことを未だに信じられないようで、何度も瞬きをしながら二人を交互に見ている。
「逆に聞かせてください。どうして付き合っているように見えたんですか?」
 龍聖が聞くと、美宇は素直に「君たちの距離が近かったからなのだが、話を聞くにこれは先入観だったようだ。すまない……」と白状した。龍聖はてっきり言い訳がましいことを言われるかと身構えていたが、美宇の態度を見て「そうだったんですね」と普段の柔らかな口調で答えた。

「りゅーちゃん、あたしたちってすっご〜く仲の良いお友達だよね?」
 瑠美が首をかしげながら龍聖に尋ねた。龍聖にも女に対して苦手意識を持つところはあるが、「蒼井瑠美」という特定の人物であれば素直に「可愛い」と思うことはある。もちろん、好きと可愛いは全くの別物だ。
「うん、俺もそう思ってる」
 だよね!と笑い合う学生二人を見て、美宇はすっかり撃沈したようだった。紙袋を龍聖に手渡しながら「今度は君の話も聞かせてもらうから覚悟してくれたまえよ!」と言った。
「分かりました。それなら、美宇さんのことも教えてくださいね」
「ああ、いいとも! 鬱陶しく聞かせてやる!」


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