『ヒナタ』
雨降る夢の中に、君が出てきた。
君はびしょ濡れで、私もびしょ濡れだった。
君は険しい顔で、私の目をまっすぐに見つめていた。
──どうしてそんなに悲しそうな顔してるの。
いつも、太陽みたいな笑顔を浮かべているのに。
そう訊ねたつもりなのに、声が出ない。
『落ち着いて聞いてほしい』
君は私の手を握った。
その手は小さく震えていて。
君を安心させたい。
君に笑ってほしい。
そう想いを込めながら、握られた手をぎゅっと握り返した。
雨の音と、早い鼓動の音が交わって耳に響く。
『ヒナタはもうすぐ───
死ぬんだ』
呼吸が止まった。
どうして?
なんで君はそんなこと言うの。
気づけば頬には涙が伝っていて、雨に溶けながら滴り落ちていった。
そしてまた気づけば、君はいなくて。
雨が降る夜に、なぜかぽっかりと浮かぶ満月が私を照らしていた。
──そんな夢を見た。
起きたら汗だくで、鼓動が速くて、そして、
泣いていた。
さっきの光景が、まるで体感したかのようにリプレイされる。
涙がとめどなく溢れてくる。
さっきのは、夢。
ただの夢だ。
だって、雨が降る夜に満月なんか出てるわけないじゃない。
だから大丈夫。きっと大丈夫。
そう何度も言い聞かせても、なかなか動悸はおさまらない。
死ぬなんて、嘘だって。
そんな、夢で見たことを真に受ける私がおかしいのだ。
私は昔からそうだ。
なんでも真に受けてしまう。
『あっ、UFOだよ!』
そんな明らかな冗談にも、とっさに反応してしまうのだ。
だから、昔は『冗談の通じない面白くない子』というようなレッテルを貼り付けられてしまい、周りからは煙たがられていた。
でも、幼馴染みである光の、私に対しての明るい無垢な笑顔によって、その隔たりは徐々に消えていった。
そう…さっき、光が夢の中に出てきたのだ。
『ヒナタはもうすぐ──死ぬんだ』
壊れたビデオのように、さっきの光の声と、表情が頭の中で繰り返し再生される。
私に限って、“死ぬ”なんて…
ありえない。
拳を握りしめたが、力が入らない。
起きたばっかりだから、きっと寝ぼけているだけ。
少し震える足で立ち上がり、空色のカーテンを開けた。
「雨月の目って、ちょっと金色っぽいよね。綺麗」
瞳をきらきらさせながら人懐っこい笑顔で話しかけてきたのは、親友の依吹(いぶき)。
ぱっつん前髪に少し高めの位置のツインテールがよく似合う、可愛らしい子だ。
わたしはそんな彼女のことを「イブ」と呼んでいる。
「うらやましい〜」
ぴょんぴょん跳ねながらそう言う彼女はすごく愛らしかった。
その依吹に笑みがこぼれる。
───私の目が金色がかっているのには、理由がある。
私は昔から電気を通しやすい、というよく分からない体質であり、コンセントを指す際にちょっとしたミスで体に電気が走ってしまったのだ。
そして、なぜか黒目が金目になってしまった。
理由がくだらないといえばくだらないので、誰にも話せていない。
『カラコン入れてんの?』
という率直な疑問を投げかけられることもあれば、
『もしかして、雷に打たれたとか!?』
というファンタジックな質問をされることも多々ある。
私はその期待まじりの質問に曖昧に笑うことしかできなかった。
「ヒナター!!」
どうして朝からこんな元気な声を出せるのだろう、と疑問に思いながら、その声の持ち主の方へと目を向ける。
しかも、発音違うし……
『ひなたぼっこ』の方の発音なのに、『小日向』とかの方の発音になっている。
まあ、そんなことは別にいいけど。
クラスのみんなは、光と私の仲がいいことに慣れてくれているっぽい。
だから、光が私を大きな声で呼ぶのにも特に疑問は抱いてないそうだ。
光は昔から、私のことを苗字で呼ぶのだ。
ヒナタ──、『日向』は私の苗字。
下の名前は、『雨月』で『れむ』と読む。
『珍しい読み方だね』
という言葉も、随分と言われ慣れている。
なぜ『雨月』で『れむ』と読むのか気になって、お母さんに訪ねてみたことがあった。
『雨』は英語で『レイニー』、『月』は『ムーン』。
2つの頭文字を取って、
“れむ”だそうだ。
だけど、光は私のことをヒナタと呼ぶ。
私は未だにその理由を聞けていない。
「ヒナター?」
気づくと、目の前には首を傾げた光がいた。
「…おはよ」
夢の中に出てきた光と姿が重なり、うまく笑えなかった。
光はそんな私を不思議そうに見つめながら、口を開いた。
「ヒナタって、ほんと綺麗な顔してるよね」
お世辞にも程があるだろう。
「もう……光は冗談ばっか言うんだから」
光はいつも私をからかう。
「ね?イブ」
窓にもたれかかっていた依吹に声をかける。
「んー…事実だったりして?」
少し首を傾げてから、いたずらっぽく笑った。
「はいはい」と頭を撫でてやると、依吹は頬をほころばせた。
まるで仔猫のようだ。
「ヒナタは可愛いよ、少なくとも俺は思う」
くひひ、と笑う光は、窓からこぼれる太陽の光に照らされてすごく眩しかった。
「……嘘つき」
と呆れた素振りを見せ、そっぽを向いた。
ほんとは少し嬉しかったなんて、言えない。