小話

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1:999:2019/12/28(土) 18:08

別サイトにちょこちょこ載せている小話をポトポトと
感想はあると喜びますが別になくとも
自己満足でありますし、性癖にも偏りがありますのでご注意ください

因みに僕は腐っています
製造ラインが腐っています
……苦手な人は、お気を付けて

2:999:2019/12/28(土) 18:19

一つ目

テーマを頂いて書いたお話

登場人物は【駒崎海知】
頭に入れておく必要のある最低限のことは、
・彼がハーフの獣人であること
・これは獣人が排斥される、現代社会的な世界観での話であること
・駒崎海知は両親を亡くしていること

キャラシは小話が終わった後に

3:999:2019/12/28(土) 18:19

海知の愛。獣人の愛。人としての恋心とか。否定できない獣性とか。
人の心と獣としての身。釣り合いの難しい言葉。
その状態で愛を語るのは、とてもとても、本当に、難しい。そしてその難しさというものは口にした言葉を相手に正しく受け取ってもらうときに、再び露見する。バイアスというものは厳しい。人間同士なら大した苦労もない意思疎通も、段差が少々生じるだけで、すぐ難しくなってしまう。だから海知は隠す。相手がどんなに優しくとも、言葉にしない。
溢れそうになる言葉を押し隠す。どんなに言いたいことがあっても、心ごと抱き締めて黙っておく。それは海知のしなくてはならないこと。どんなに苦しくても為さねばいけないこと。……口にしたかったものを黙って留めておく。そのせいで海知は笑うことばかり上手くなってしまった。
知らなくて良いこと、口にしたくないこと、褒めたいこと、隠したいこと、黙り通すために。いつまでも無垢で居るために、純粋で在るために。
「うん、そっか」
大変だったね、と海知は相手を抱き締める。人との触れ合い、それで確かめるのだ。自分が人である、と。
「大丈夫、大丈夫。……いつか、全部分かって、寄り添ってくれる人が現れるよ」
獣としての生を選べる海知は、誰かの隣を自分で選ぶつもりがなかった。それを自分の誠実さにしていた。逃げ道を、少ないなりに確保しているなら、その傍らに誰かを愛すことなど出来はしない。
そんな風に考えていたから。
「ん、僕? 僕、は……だめだよ。君のことは、好きだけど。……もう居なくなるから。もうすぐ、居なくなるからさ」
愛し合える人を探してね、といつも言う。海知の内に在る愛は博愛に近いもの。それに気付いて欲しいから、海知は何度でも。……相手を傷付けるとしても、口にする。
博愛というのは難しい。誰でも愛して、誰も一番にしない。根からそうであるなら楽だったろうけど、海知はそうでなかったから。……自分で選んだことなのに、毎夜のごとく孤独を感じてしまう。
笑おう、と言い、ふわり、と笑う。
それが海知なりの、言葉の代替品。口にしないで飲み込んだものの変換先。
人間よりも遙かに敏感な耳へと届く鼓動が救いだった。優しく脈打つ心音が大切だった。一人であろうが独りではない。そう信じられる音が、最高の宝だった。
どこに行っても、それが救済だった。

4:999:2019/12/28(土) 18:19

海知の生活は、時に単色が過ぎることもあった。呆然としてそれに沈むことがなかった、とも言えない。人としては精神が頑健な方ではあって、だからこそ友人を一人も連絡先に残さず転々とする暮らしなんてものを出来るのであって。
フラッシュバックが起こるのは稀だから、まだ我慢できている。父と母。相次いで喪った大切な二人。あの二人の笑い合う姿を、海知は時たま、人の内に見てしまう。重なる光景に、二人が口にしていた言葉に、ああ、と嘆息して。既視感を排さなければ。忘れてしまわないように。
「それが、君のこたえなんだね」
自分以外の誰かを目覚めさせて、海知は一人になる。自分以外を選ぶ人たち。皆、皆、みんな好きだった。でも選ばせたくなかった。自分を。
誰も知らない海知のこと。一人で泣くことも一人で吼えることもある。思うばかりの言葉をいつまでも抱き締めて、海知はずっと、変わらない。変わらないままで居る。
変われないままで。
そうしたら、あと数十年したら、きっと、泡沫のように消えられるから。壊れないまま、どこかで、そっと。
……見境のないことを言ってしまえるのなら、見境泣く真実を伝えても良いのなら、海知には吐き出してしまいたいことなんていくらでもある。
自分が獣人のハーフであると。誰かの隣に在りたいと。誰かに自分を選んでもらいたいと。愛し愛される夢を抱いてみたい、と。
カリ、と喉を掻く。血が出ない程度。ほんの少しだけ。
口にしたい想いは、いつだって、重苦しいほど張り詰めている。仕方ないことだ。だって、
「……僕は、獣人だからね」
世間に受け入れられない。世界中に、あるかも分からない居場所を探しに行かなければいけない。愛を叫んでも、言葉をいくら重ねてと、問い掛けて答えを待つという行程を飛ばすことができない。そしてその答えが、欲しい返答が、受け取れないとすれば。……海知は誰にも知られないように心を殺さなければいけなくなる。
悲鳴のように笑わなくてはいけない。意識せず考慮せず、紡ごうとする前に溢れさせて落として、どこか違うところに気持ちを預けようとして、躊躇って。
「僕が何か、分かる?」
「え……そりゃ、人だろ。俺が嫌いな」
「うん、そうだね。君と同じ、“人”だね」
誰か、分かってくれないか。そんな淡い願いを、海知は自ら殺していく。自分で殺してしまわないといけない。
だって口にしたら二度と戻れないことを分かっているから。口にしてはもう生きていけなくなることを感じているから。
“獣人”という種族に与えられた枷から海知は逃れることが出来ない。逃げるだけの強さを、海知は持てなかった。
「……誰かの心臓になれたら、いいのにね」
海知は自分の意味を、誰かから与えてもらいたかった。

5:999:2019/12/28(土) 18:20

「愛、か」
海知は両親からの愛を深く受けた身だ。愛は分かる。愛とは好くこと、尽くすこと、死ぬこと、そして生きること。誰かのために何かを為すこと。誰かのために笑うこと。誰かの痛みを自分のものとして涙すること。
海知が愛を抱くとき、そこには必ず両親の残光がある。人間であった母と、純血の獣人であった父。馴れ初めを聞いたのは、いつのことだったか。

──“駒崎”の名字は、無戸籍児の扱いであった父が母と結婚するために、どうにかこうにか手に入れた名字、だったらしい。母が早くに死に、ひどく憔悴した父は、それでも笑って海知に語った。
本来俺は、お前という子どもを生むつもりがなかったんだ、と。
『俺たち獣人は迫害される。世間がそう定めたからだ。だから子を作ることを、俺の家は避けていた。俺も尤もだと思っていた。苦しむくらいなら、迫害されるくらいなら、……生まれない方が良いと』
海里には酷な話だろうから黙ってきたけれど、と呟いてから、父はひどく明るく笑った。それを海知は、良く覚えている。頭を撫でた手は少し骨張っていたかもしれない。……人間不信に陥る直前の辺りのはずだ。
墓を建ててもあまり意味がないから、と言いつつも父は骨の大半を母の実家に送り、墓に入れたらしい。ほんの少しの遺灰だけを小瓶に入れて、チェーンに通して、ずっと身に付けていた。片時も手放さなかった。
そして彼は海知を連れて街を変えた。海知が信用できる、と思った人間に、自分のことを話したせいだった。
半ば夜逃げのように街を変えた。
その時処分したものの中には、父が受け継いだという家の記録も……あったように、思う。
『──俺と海里はな、同じ茶店で働いてたんだよ』
俺がバイトの店員で、海里はそこを経営してた家の長女、と父は話していた。一目惚れだったと言っていた。自分の手で掴んではいけない“運命”だと分かっていたんだ、と呟いていた。
父が泣いた姿を、海知はその時の、ただ一度しか知らない。
父が自分以上に母を愛していたことは、母が自分以上に父を愛していたことと同様に、海知は知っていた。けれど父がそれでも海知を母に重ねず愛してくれていたことも、きちんと理解していた。
それがだから、父がくれた愛が、海知にとっての愛だった。
海知を食べさせるために自分は食事を疎かにして、家賃をきっちりと払い続けるために土木系の日雇い仕事ばかりを受けて。中々人が引き受けない仕事を二つ返事で重ねて負って、月に一度だけ、倒れるように休む。
そういう姿が、海知にとっての愛の形。自己犠牲こそが。
『一人ってのは、孤独っていうものは。……“あいて”を知ると、辛いもんなんだぞ』
だから俺はお前のためにも生き続けるんだよ、と笑った父は。

……獣人排斥派とか言う下らない人間たちに殺されたんだと、海知は信じている。感じている。
だから人間不信から抜け出した今でも拭い去れない諦念に、言葉を付けないままでいる。

6:999:2019/12/28(土) 18:21

母が父のことを語ることは少なかった。母は語るよりも前に、海知と父のことを一番に考えていた。二年、もしくは三年に一度のペースで街を変える父のために教員免許を取ったという彼女。体のコントロールがまだあやふやだった海知のために医学も学んだという、優しい母親。愛に、真っ直ぐな人だった。
『お父さん……智明はね、今でこそ良く笑うし喋るけど、私が出会ったときは無口でぶっきらぼうで……でもね、勘違いしちゃダメよ。智明は、今も昔も変わらず優しいんだから』
母が時たま父を語るとき、そこには言葉にも出来ないほどの深い優しさがあった。獣人の血が流れる故に身体的成長が早かった海知。彼女が死ぬ直前にはもう膝に収まりきらなくなっていたけれど、母は海知を膝に乗せて、高くなった頭を撫でていた。
いつも笑っていた。海知の記憶の中の彼女には、そんな記憶しかない。
……父はくすんだ焦げ茶の髪と、キラキラ光る茶色の瞳を持っていた。母は風に映える黒の髪と、深くも柔らかい藍色の瞳を持っていた。二人の色が海知は大好きで、今も忘れられない。同じ色彩であるだけで、目で追ってしまう。道行く人を目で追い掛けてしまう。
それはつめり、いつだって彼らのことを忘れることがないということで。
『私の両親は典型的な、獣人排斥派だったわ』
幼かった海知に、母は一度だけ語ったことがある。
『人間として振る舞っていた智明を両親は好意的に見ていたけれど、客人に獣人がいた、と気付いたら、すぐにでも通報していた。……私にはひどく、醜く思えたわ』
世間を恨んだのはその時が初めて、と母は苦く笑っていた。
……『お父さんには秘密よ』と言って、母が肩を見せてくれたことがあった。深く歯形が付いていた。海知はそれを痛そう、と思うと同時に「羨ましい」と感じていた。その時初めて、本能というものに向き合ったのだと思う。
理解できない感情に目を白黒させていた海知に、母はからころと鈴を転がすように笑っていた。
獣としての愛。相手を傷付けてしまうほど激しい感情。御しきれないような獣性。人としての理性と共存させられるのか。海知は分からなくて、怖かった。けれど母の言葉に、今は怖くても良いのだと教えられた。
『私はこれを疎まないわ。私はこれを受け入れたもの。私は、智明の愛を受け止められるの。だからこれで、良いのよ』
今の海知はそれを尤もだと思っているし、自分が持つそういう愛の形を受け入れてもらえることはきっとない、と感じている。だって海知の愛を、信用を、本当に返してくれるような人が居るなら、人間不信になることだって、本当はなかったろうから。
先に死んだ母を父が追うことはないと海知は感じていた。少なくとも、自分が心に巣喰わせてしまっていた人間への不信感との折り合いを多少つけなければ、どんなに大変だろうと父が海知を置いて逝くことはない、と。
『私は智明を愛しているわ。でも海知、あなたのことだって愛しているの。忘れてはいけないことよ。私たちの優先順位の一番は、あなた。選ばなければいけない時が来れば、私も、智明も、互いのことは諦めて、あなただけを一番に選ぶのよ』
……そんな母の言葉を抱いて生きてきた。生きてきたのに。
「……なんで?」
海知は知っていた。知っているだけだった。だから守られるだけの状態に甘んじたのだろう。
それを悔やんでももう遅くて、父が死んで、海知は一人になってしまったのだった。

7:999:2019/12/28(土) 18:21

背負いきれなかったものが多いのだ。背負わされてしまったものがあまりにも多いのだ。手放したもの、手放さざるをえなかったものは全て刃のようなものに転じて、変じて、海知を傷付けてきた。痛みはだから、もう、海知を引き留めるものにはなれなかった。多少刺されたって、多少殴られたって、どうせ獣人だ。傷はすぐ治る。痕も残らない。だから傷付くということを忌避する理由がなくて、気に掛けることが難しい。
何度か笑った。馬鹿にされて、罵られて、笑うしかなかった。何度も目を伏せた。他者を突き放す自分に、誰かに隠し事をする現状に、ただ笑っていた。哀しくて、楽しくて、何も言えない。分かち合うだけの共通点を見付けるような努力をしても、いずれは別れるだけのものだと、虚しくて。半ば放棄した投げ遣りな気持ちを隠すしかなかった。
人として過ごすのは楽しかった。けれど人間としてのものではない飢えに苦しんで、人間では感じるようなものではない痛みに苛まれて、悲しい記憶を呼び起こす曇天に、泣いた。
「……忘れて、ないね」
心の中から無くすことがないと分かっている想い。それを喜びと表現することがあるのなら、忘れたいほどに苦しいこの感情すらも自分のものだからと、手放してはいけないのだと優しく頭を撫でてくれた彼らの言葉を、海知はどうすれば良いのだろう? 見ない振りをする?
それだけはできない。両親に背くことになるから、できない。
それは海知がどうしても愛せなかった世間の仕組みに従うということだから、できない。

世界を愛したいから、それだけは自分に許せない。

どうやっても生きるのが辛いこの世界。それでも父が生かしてくれたから、それでも母が生み落としてくれたから、海知は一人でも生きていく。どう転んでも悩むことになる獣人としての生。獣としての命を選ぶことも出来たはずだった。国外の、適当な草原で獣の姿になって、人としての言葉を棄ててしまえば、獣に成ることもできた。出来たはずなのだ。
けれど両親が人として育て愛してくれたから。
気付かれることのない獣人としての苦しみ。だったら明かしてしまえ。苦しむくらいなら口にしてから苦しめば良いと。そんな風に悩むこともあった。
明言はしなくとも、生きることが辛いと言うだけで良かったかもしれない。
……ああでも、そしたら、心優しい人たちに迷惑を掛けてしまうかもしれない。余計な荷物を負わせてしまうかもしれない。
人は時に優しく、時に残酷だ。だからこそ海知は人に期待して、傷付いて、諦めて、笑って、また優しくする。……そうして繋いで切り落とした縁の糸。
友人関係は、今、どれだけ残っているのだろう。
合いたいと思ってくれる人は、果たして居るのだろうか?
海知は獣人で、誰よりも“人”だ。人を愛し、愛して、愛し抜いて、どこかで愛されることを求めている。……けれど口にはできなくて、黙っていて、笑って、笑って、笑って。やがて何も言わず、何も言えず、姿を消すのだ。
誰よりも痛みを受け入れて生きていく。誰かに見付けて欲しいと願いながら生きていく。
「おはよう!」
人を愛す心があるから、海知はまだ、生きていける。

8:999:2019/12/28(土) 18:22

名前を呼ばれたかった。引き止めて欲しかった。人でなくても良いと、獣人で在りきれなくとも良いと許されたかった。
街を移ることがあれば、獣人の数人と知り合うこともあった。混血の引け目があったから要求なんて出来なかった。ただ優しくされたかっただけだった。
名前を呼ばれて抱き締められたかった。行かないでくれと肩に歯を立て愛して欲しかった。好かれることは多くて、愛すことも多くて、でも、その腕に全てを明け渡しても良いと思える人は居なかった。
そこまで求められることがなかった。そこまで求めさせることがなかった。自分の中にあった人間としてのものではない欲求を、海知は誰かに受け入れて欲しいと思いながらも明らかにしなかった。
口付けられて、首筋を噛まれて、隣に居ても良いと言われたかった。
口に出来ない願いだった。
呼んでさえくれたら選んでさえくれたらきっと海知は一も二もなく飛びついていた、と思う。けれどそうしたくなかったから呼ばせなかった。そうなりたくなかったから選ばせなかった。
「苦しむくらいなら生まない方がいい」
「苦しむくらいなら二人にならない方が良い」
「苦しむよりは、耐える方が良い」
父の言葉をわざと曲解して、海知は言葉を溜め込んでいった。有り余る感情すら笑顔に偽ってしまって、そのまま息をした。
生き続けようとした。生きるためだった。
苦しさというものは痛みよりも重い荷物だったけれど、愛された事実を残すためには生きるしかなかった。注がれた愛を失わないように必死だった。自分でも気付かない内に、海知は必死になっていた。
だからもしも、もしも海知が誰かを愛すことがあるとしたら。
「僕が生きた時間を全部、受け止められないと」
海知は笑う。両親が死んだときのことを事細かに話すだけで泣きそうになってしまっていた相手を宥めて、首を振りながら。
「君には、僕を預けられないよ」
突き放すと言うよりは線を引いた。
「……ごめんね、もう行かないと」
また、何回も、もう一度、何度も。
笑って、泣いて、静かに、優しく。

さようならの一言を、吐いていった。

9:999:2019/12/28(土) 18:23

【monologue】

10:999:2019/12/28(土) 18:23

僕は母さんが好きだった。僕は父さんが好きだった。僕は人を、諦めを抱きながらも愛していた。二人が愛していたから。二人を愛していたから。人を愛してきた。……これからもきっと、本当に憎んでしまうことは出来ないのだろうと思う。例えそれで死ぬことになっても。
僕は苦労してきた方だと思う。僕は人を恨んでしまってもおかしくなかったと思う。今すぐに死を選んだとしてと言い訳が出来るくらい、十分傷付いてきたと思う。けれど僕は世界に背きたくなくて、人を愛していたくて生きている。愛されたから生きてきた。
愛されたい。愛したい。……自分だけの何かが欲しかった。父さんと母さんにとってのそれは互いと僕だった。きっとそう。だから、途中で死に別れることになったのは気の毒なことだったと思う。まあ今は天国で二人揃っているだろうから良いんだけどさ。
──遺品の整理をする。もうすぐ、街を変える時期だから。
父さんの骨は、唯一遺されていた親族の墓のものらしい住所を辿って、押し込んだ。見知らぬ名前に、聞き覚えのない文字列に、これが親族だったりするのだろうかと思いつつ、理由を見付けられないまま大枚をはたいて、父さんの名前を刻んだ。憎いほど暗い、雨の日だった。
良く覚えてる。忘れることは多分ない。
……遺灰を少しだけ、母さんの小瓶に入れた。これで、僕の手元でも二人は一緒になれる。
ずっと父さんが身に付けていたものだから僕が身に付けるつもりはない。でも、お墓参りに行けることは未来永劫ないだろうからと二人の命日、誕生日、結婚記念日、ついでに僕の誕生日の、計六回。年に六回だけ表に出して、花を供えておく。……それだけは、忘れないように。
数少ない私物を更に整理して、処分して、僕は自ら一人を選んでる。高校時代の甘酸っぱい空気。尊いものだけれど、大半は棄てなければ。アルバムとノートと卒業証書、ボール以外は……うん、基本リサイクルショップへ。ああバスケ部は楽しかったな、とか考えながら売られてくものを見詰める。ばいばい。
「ばいばい」
もうこの街に戻ることなんてない。きっと再会はない。
……ここの人たちに愛されることも、きっともうない。好きと言ってくれた人たちに僕は、何も言わずに居なくなるから。これが僕の別れ。ただ引き裂く。
また引き裂く。
ああ、こんな僕を。……こんな薄情な僕を、追い掛けて引き止めて愛してくれる人が、誰か。
「いないかな」

……なんて、高望みか。

11:999:2019/12/28(土) 18:23

-fin

12:999:2019/12/28(土) 18:27

【キャラクターシート】

名前:駒崎海知(コマザキカイチ)
年齢:19
性別:男
種族:獣人(豹)
性格:優しく、また温かい。少しだけ融通の利かないこともあるが、それは自分の信念だったり誰かを守りたいが為だったりするときのみ。基本は他人の話に耳を傾け、その上で判断を下す性格。獣人であるが故に少しばかり言葉に敏感で、正体を隠している。バレてしまうと地位も持ち物も棄てて遠くに逃げる。
容姿:ショートの黒髪をオーハルバックにしており、目は瞳を隠すために糸目。瞳は金色で、瞳孔が縦に長い。肌の色は浅く焼けた茶色。
獣人化すると尻尾と耳、牙が生え、無意識下で完全に獣化することは無いが豹に近い姿になる。因みに完全に獣化すると毛並みと体の形が美しい豹の姿になる。
服装:基本的に青いジーンズに白いシャツ、青の運動靴。
職業:学生、アルバイター
その他:親とは早くに死別しており、現在は狭いマンションに一人暮らし。金の節約のためにシェアハウスも考えたが、自分の種族のことを考えて諦めた。
獣化は大体コントロールできるが、感情が大きく揺れると抑え切れなくなってしまう。
他人には分け隔てなく、裏表なく接する。大体にこにこ笑っていて、質問や頼まれごとには誠意を持って対応する。ただその代わりなのか陰口や仲間外れ、自傷や自暴自棄というある一定方向へのベクトルを持つ物事に関してはひどく敏感に毛嫌いしている。
趣味はバスケ、散歩。
台詞:「ん? ああ、確かに僕が海知だよ」「僕に何か用かな?」「っ見るんじゃ無い!」
一言:『まあ、宜しくね』

13:999◆4. hoge:2019/12/28(土) 18:34

トリップを一応
それではまた

14:999◆4.:2019/12/29(日) 15:28

二つ目

感情を缶詰にしたお話

登場人物は【白崎幸葵】
頭に入れておく必要のある最低限のことは、
・狂愛ものであること
・直接表現はないにしろ腐った話であること

キャラシは省略

15:999◆4.:2019/12/29(日) 15:28

『こんなせかいはこわしてしまえ』

16:999◆4.:2019/12/29(日) 15:29

俺には壊したい物が沢山在る。



どいつもこいつも愚物ばかり。そんな奴らを全員壊してしまいたい。

どこもかしこも称讃ばかり。そんな言葉を全部ぶち壊してしまいたい。

誰も彼もが盲目だ。俺には彼しか要らないのに。俺には、それだけで良いのに。

俺に必要なのはただ一つの言葉とただ一人の瞳。それさえあれば何でも出来る。それさえあるなら俺は生きていける。俺は、それだけで良いのに。俺にはそれだけで充分なのに。



どうして叶わないのだろう。

17:999◆4.:2019/12/29(日) 15:29

「それはね、幸葵。私たちのようなことを考える人間があまりにも世界を知らないからなのよ」
「母さんは、俺のことを盲目だと言うんですか」
「ええ、言うわ。……私も盲目だもの。私も、貴方も、盲目なのよ。ねえ、……どうか、分かってちょうだい」

「……俺には無理です、母さん。貴女もそれを分かった上で俺に言っているのでしょう? ……大概、貴女は意地が悪い。俺は俺の考えでしか動けない。貴女がそうであるのと同じ様に」

18:999◆4.:2019/12/29(日) 15:29

俺は大罪に手を染めている。
人間が生まれた時から染めている原罪とは別に、俺は傲慢、強欲、色欲に手を染めている。
俺は彼の瞳を求めた。
俺は、ただ彼から見てもらうことを求めた。それだけで生きていけると感じたから。

この世界はひどく生きにくい。俺にとって世界はただの檻で、枷で、ただただ俺を苦しめるものでしかなかった。
その中で一筋の光を見付けて、その中で生きる希望を見出して、その中でようやく息をさせてくれる存在を見付けた。
だから俺は狭い世界を壊してしまいたい。この世界を壊すことで俺は彼と二人だけの世界を造り上げることが出来る。世界を新しく造り上げられる。彼が居るなら、俺は何でも出来る。なんでも、本当になんでも。
……だから俺には彼が必要だ。俺から奪わせない。彼をこの世界に、この世界に居る誰かに、奪われるわけにはいかない。

俺のことを狂ってる、と母さんは表現した。俺はそんなことはないと思う。ただ、母さん自身が狂った人間であるから、俺は否が応でもその言葉に重みを感じないでは居られない。
俺は、ただただ彼のことだけを考えて生きていたい。そしてそれが難しいと言うことも嫌と言うほど教えられてきた。信じられないし、信じたくない。けれど母さんは俺のことを狂っていると表現しながらも、天才だとも評価した。
母さん自身は天才だ。だからその言葉にも重みが在る。
それが嫌だった。

俺は自分のことを唯一の存在だと感じていたいのに、母さんはそんな俺の事を易々と凌駕してくる。それが嫌だった。
俺は彼にとっての特別になりたいのに、母さんはそれは不可能なのだと言い聞かせてくる。それがどうしようもなく嫌だった。

「私のこと、殺したい?」
「……ええ、俺は貴方のことを殺したい」
「でもできないのね。臆病な子」
「……貴女こそ、俺のことを殺したいのでしょう? 本当は」
「そうよ、私も貴方のことは殺してしまいたいわ」
「……貴女なんか、大嫌いだ」
「奇遇ね、私も、実は貴方のことが嫌いなのよ」

実の子にそんな事を言う俺の母さんは、やはり狂っていると思う。しかもそれを自覚しているというのだからタチが悪い。しかもその全てを笑顔で口にするのだからどうしようもなく空恐ろしい。

俺は自己矛盾と母さんへのコンプレックスの塊。好きだと思うのに俺は彼を殺したい。殺して自分の物にしてしまいたい。それが大きな罪。俺の罪。自己矛盾の根源。

19:999◆4.:2019/12/29(日) 15:30




「はあ」

20:999◆4.:2019/12/29(日) 15:30

好きだと伝えたかった。好きだと伝えた。けれど気持ちを結ぶことは阻まれた。
俺の想いはどこにも行き着くことが出来ないまま、俺自身の体は俺の精神を置いて行って大人になってしまった。
俺は責任を知ってしまった。
俺は自分のことを知ってしまった。
何も知らないあの時代に戻りたいと願ってしまったと同時に、俺は大人になってしまった。

「……こんなセカイは、壊してしまえ」
「そんな勇気もない癖に、口にしてはいけないわ」
「煩いですよ……貴女も同じ事を考えたくせに」
「あら、本当に貴方は私に似てくるわねえ」
「止めて下さい、嬉しくありません」
「可愛くないわぁ」

俺は彼のことが好きだった。
今でも俺は彼のことが好きだった。
一度抱いてしまった感情は俺の精神を侵して、俺の思考回路を18年前のその時に留めている。それが怖くて、怖くて、仕方がない。
好きにならないで居るという選択肢が現れないのもまた怖いことで、俺は18年前から一部分を全く成長させられていない。自覚があるのが嫌なところで、母さんはそこを指摘してくるからどうしようもない。

21:999◆4.:2019/12/29(日) 15:31

好きだ。
好き。
愛してる。
だから、俺のことも愛して。

気付いて欲しいんだ、この愛に。
受け取ってほしいんだ、この好意を。

好きだ、好きだ、好きだ。

22:999◆4.:2019/12/29(日) 15:31

すときを繋げたら、何か変わるのだろうか。

23:999◆4.:2019/12/29(日) 15:31

好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ

24:999◆4.:2019/12/29(日) 15:32

好き、だったんだ。

25:999◆4.:2019/12/29(日) 15:32

好きで好きで堪らない。どうしても好きで、それを隠すことも偽ることも出来なくて、俺は大人になった。
俺は大人になってしまった。

俺は何時まで経っても狂った子供のままで、手に入らないものを求めるままに壊れていく存在でしかない。
唯一の存在にはなれているのだろう。けれどそのために、俺は何も無いような振りをしなければいけない存在になってしまった。



好きで好きで好きで、堪らない。

犯してでも壊してでも殺してでも、手に入れたい。

殺しても良い、消しても良い、忘れてもいい。ただただ彼が、ほしい。

ほしいんだ、たまらなく、たまらなく、渇くように飢えるように求めてしまう。



それを異常だと断じることは簡単だし俺自身異常だともう知ってしまったから二進も三進もいかない。
俺は異常だ。俺は狂っている。俺は壊れている。
けれどそうなる以外に俺にはどんな道があったのだろうか。母さんは、母親は俺のことを嫌いだと言い、何度でも叩き潰した。肉親の情を感じたことは、実は一度もないのかもしれない。
そんな親から俺は何を受けたのだろうか、常識観と取って付けたようなオマケの愛情だろうか。
母親は俺の父親に強く強く執着している。本当は俺のことを望んでいなかった。だから、俺はそれを感じ取ってしまった。
俺は俺だけの愛がほしかった。

……ただ、愛してほしかった。

26:999◆4.:2019/12/29(日) 15:33

俺を愛さない世界なんて、壊してしまえ。

27:999◆4.:2019/12/29(日) 15:33

-fin

28:999◆4. hoge:2019/12/29(日) 15:42

反映遅いんですね
それではまた

29:999◆4.:2019/12/30(月) 13:35

三つ目

テーマを頂いて書いたお話

登場人物は【大城戸櫂】
頭に入れておく必要のある最低限のことは、
・彼は関西の人間ではないが、幼少期に関西で育っていたこと
・彼の初恋は男性だったこと
・彼は生まれ付き、仕草や目線などからある程度人の心が読めたこと

キャラシは小話が終わった後に

30:999◆4.:2019/12/30(月) 13:36

他者に、言葉に、夢に、想いに、意味なんてあるのだろうか。これまでそれらに価値はあったのだろうか。他者に価値を見出せない。だからこそ櫂は櫂だった。まるで味気のない塩をぶちまけたようなスープ。それがイメージ。まるで空虚な嘆願。だからそれを拒絶して逆さにしたところで、何かしら不利益があるのだろうか? 櫂の身に? 誰よりも聡い櫂の処に?
「なして分からんの。なして理解せえへんの」
低俗だ、と断じる。だってそれが一番相応しい。心が読めなくとも人の愚かさなんて見えるものだ。だから言ってしまうなら、それが分からない者は誰しも間抜けだ。
その考え方は櫂にも適用されるから、櫂は何事にも手を抜かない。“馬鹿のフリ”も、“素直なフリ”も、“優しいフリ”も。偽善だって構わない。やらないよりは余程マシだ。
何もしない誰かさんよりも、そうすればマシ。他者よりも一段階上に居られる。そうすれば、周りを低俗だと軽視しても許される。自分自身が自分のルールの中で許される。
甘ったるいような声で誘われても、蕩けたような温度で触れられても、気乗りした装いを見せることもないのはそうやって見下しているから。誰も彼も無意味。自己保身の嘘。嫌いだ。
反吐が出る、反吐が出る。吐き捨てたくなる。嫌いだと言わせて欲しい。
「堪忍してぇな」
飲み込む。飲み下す。吐き戻せない。噛み締めてそのまま砕く。噛み砕く。そうしてなくなる。腹の底で騒ぐものは、表に出ないなら無いのと同じ。ならば出すな。表に出すな。
押さえ付けた嫌悪を偽って、もしも自分以上に無価値なものへ変えられたなら、それで良い。もしもその虚言で誰かを騙せたなら、きっともう、それで良い。誰も理解してくれないだけだ。誰にも理解させないだけだ。
低俗な他者だから仕方ない。分からない方が悪い。その無知から不幸になるとして、その無力さ故に不幸になったとして、それは櫂の心を動かすほどのものにはならないから、どうでも良い。
「他人の不幸を喜ぶほど、わしは人間終っとらんわ」
ただ、他人の枠にすら入らない愚かな周囲に関しては“その他大勢”としての愚行をしてもらおう。そのテンポのずれた喜劇を横目に、一人何食わぬ顔で笑ってやるから。
……はて、こんな人でなしになってしまったのはいつからだろうか?
──いや、人でなしではない。
自分と同等かそれ以上でなければ、正直なところ櫂には人間にすら思えないから。器を満たす子供らしさを、櫂は持ち合わせられなかったから。

31:999◆4.:2019/12/30(月) 13:37

『いつかは大人に』
『正しく在れ』
『偽るな』
『愛さなければいけない』
『人として』
『人間として』
『優しく』
『強く』
『明るく』
『笑顔を絶やさず』
とか、煩かった。嫌だった。
だから目を逸らした。矛盾するくらいなら最初から考えなければ良いのに、どうしてか人はそう言う形を認めない。

いつかは大人になる。分かっている。
正義を求めた方が良い。そんなこと言うまでもない。
偽りは疎まれる。けれどその“偽り”の基準はどこなのだろう。
愛が必要。
何故。

人間に生まれたいと願ったわけでもなく、才能が欲しいと叫んだわけでもなく。なのに、どうして。
「んー? 何もあらへんで? どないした?」
“普通”を装う以上、鬱屈も軽蔑も心の中の汚泥も何もかも、隠さなければ。“普通の人間”になるためには、殺さなければ。なくさなければ。本当はいけないのに。
そうでないと“いけない”と言われてしまう。だから隠した。人が人である以上皆無には出来ないと悟っていたけれど。そこらの大人よりもずっと早く、櫂は悟っていたけれど。幼くとも分かってしまった。子供だけれど察していた。
早熟したから、背負った。
その結果としての猫被り。あからさまな偽証。何も考えていない人間なんて居るはずもないのに、モデルだけがあったからトレースした。どうしてと疑問を抱く前に飲み込んだ。だから自分とそれ以外が不自然に混ざり合ってしまった。自我がハッキリしていたから、それすらも認識してしまった。
嫌だった。拒みたかった。けれど“その姿”。求められるから、何度だって掃き溜めに洗い流すようなそれをまた、何度も何度も己の手の平になすりつける。
まるで無意味。まるで無価値。
そのくせ歓迎されるから、そのくせにどうしようもないくらい喜ばれるから、どうしよう。空虚なくせに?
どうせ誰も見抜けない。どうして誰も見抜けない。
「ド阿呆。その程度でわそを出し抜こ思うたんか? 頭が足りてへんな」
低俗。低級。無駄で馬鹿で屑で糞な他者へ。拝啓野垂れ死に野郎へ。親愛なる脳内真っピンク殿へ。そのまま折り重なって犬にでも喰われてしまえば幸いです。
影を落としたフリして笑う、そんな人間の正面で。馬鹿を見る目を心配そうなものに装い直して、内心嘲笑う。嗤っているというのに。
折り重なった集団心理の中で、どうしてか声だけが大きくなるから、いつまでもいつまでも低脳だというのに。
「はぁ……」
溜め息に意味すら乗せられないくせに。

32:999◆4.:2019/12/30(月) 13:38

純粋であれば認められるのか。従順な姿を見せれば守られるのか。損しても良いと言う人間こそが報われるのか。そんなことはあり得ない。
だって、本当にそうならあの青年は? 明るくて優しくて、時に自分を省みない程にしっかりとした芯を持っていたあの人は。本当に損をしても笑っていたあの人は。櫂が恋したあの人は。櫂が尊敬し、模倣するあの人は。
どうして死ななければいけなかった? 一体どうして? どうして死んだ? どうして自ら命を絶った? 櫂に禁じた自殺を、どうしてあの人は選ばなければいけなかったのだろう?
『自分から死んでは、いけないよ。悼む人が居る。一人でも、それはありがたいことなんだから。……自分から死ぬのだとすれば、そこに意味を持たせなければいけない。死ぬとするなら、後悔しちゃいけない。絶望しちゃいけない。ね、櫂。今は分からなくても良いよ。でもね、死は一つの道なんだ。覚えておくんだよ。……約束だ』
自ら死ぬな、とあの青年はずっと櫂に教えていた。死を終着点の一つとして見据えていた彼は、ずっと教えてくれていた。けれど今の櫂は、どうなのだろう。それを遵守しているのだろうか。覚えているだけで良いと言われたから、それは守っているけれど。
死にたがることは、少ないか。けれど心は半分、死んでいるかもしれない。今もこうして、痛みが鈍いから。
「あんちゃん」
櫂は呼ぶ。
「兄ちゃん」
呟いてみる。
違うよと笑いながらおどけてくれた人は、兄ではないと苦笑したあの人は、もう居ない。明るく否定したあの声は、もう亡い。
あの人は今頃泣いているのだろうか? 自分の信念にまっすぐだったあの人は、櫂の在り方に泣いているかもしれない。自分のことを常に改善していこうとしていたあの人は、自分が間違えたと泣いているかもしれない。
認められない。
認めたい。
櫂はそう思う。あの人の言葉が、表情が、温度が、もういつになっても櫂を満たしてくれないから。きっと今の櫂をあの人が“正しい”と言うことはなくて、けれど自分がなぞる彼の言葉には未だ温もりが残るような気がするから、なぞる。棄てられない。
忘れたくない。
「公平ですよね、先輩は」
「さよか?」
そう言われて悪い気はしない。だって、そう見せているつもりなのだから。
けれど、それが良いこととは言えない。
「ほなトレーニングに気ぃ入れ。わしは褒められても手を抜かへんで」
どうして気付かないんだ。どうして分からないんだ。何故、なぜ、探そうともしないんだ。こんなに苦痛が付きまとうのに、それを必死に押し隠しているのに、なんとか歯を食い縛っているというのに。
人間はどいつもこいつも愚かで、それは櫂自身も同じで、櫂こそ愚か極まりないというのに、どうして。
詰まるところ、人間は全員盲目なのだろう。

33:999◆4.:2019/12/30(月) 13:38

は、として目覚める。飛び起きる。ぱたり、ぽたりとシミを作るものを拭って、首筋を蝕む汗を見ないフリをした。それがいつものこと。同じ夢。同じこと。同じこと。思い出したくない景色。記憶。忘れたくない光景。頭を侵す情報量。心を損なう深層心理。本人たちですら自覚していないかもしれないものを、醜いものを、櫂は一度見てしまえば忘れない。永遠に棄てられない。そして夢はまた重苦しくなる。
昔から見続ける夢は今も同じで、また同じで、けれど色と質を変えている。同じ事を繰り返してくる。分かっている。知っている。あの手この手で知らせなくとも良い。それは櫂の根底だから。
低俗、低脳、無知、愚かな害悪。そこに在るだけで道を塞いで、そこに在るだけで何もしない。何も成さない。何にも為れない。それなら嫌悪される以外にないだろう。櫂に見下されても仕方が無い。だってそれは彼らの自業自得なのだ。そう振る舞う彼ら自身に責任があるのだから。
「この……ッ、人でなし!!!!」
「何言うとるん? ……今更やで、無能が」
とっくの昔に知っている。とっくのとうに知っている。
嫌悪して、見下して、嗤うのは。馬鹿にして、無視をして、肩を竦めるのは。
自分自身にも適用されるその基準。ずっとずっと自分以上の“誰か”を求めて、己の心の穴を埋められる“人”を求めて、けれど、見付けたくないとも思うから。隠しながらも拒絶したかったから。
その結果が人でなしというか、人間らしくないというか、そんな櫂を形作った。人間として生きるためにはあまりにも上手くない本性を抱える羽目になってしまった。仕方が無かった。
本性を現してしまえば、そこらの低脳よりもずっと無力になると知っていたから。何も出来なくなると分かっていたから。その上で己を象ったから。
装っても装ってもどうしようもない自分を作ることで、待ち侘びながら拒みたかった。心待ちにしながら拒絶した。
そんな自分の矛盾なんて、そんな自分の歪みようなんて、言われなくても分かっている。だって自分自身だ。
分かった上でこのままなのだから、放っておいて欲しい。罵れば良い。恨めば良い。憎めば良い。好きにすれば良い。
ただ、それは結果として櫂の唯一の敬愛を否定することにも繋がるから、容赦なく叩き潰していくけれど。それは仕方ないけれど。
でも、わかってはいるのだ。

34:999◆4.:2019/12/30(月) 13:38

名前を知らなかった。今も知らない。その名前を呼んだことが、ない。……それでも好いていたから。それでも好きでいられて、愛していられたから。純朴とは言えないけれど、善人で。天才とは言えないけれど、頭が良くて。人に好かれていた人だった。人が好きな人だった。
いっそ清々しいくらい自分の信念に従って、人を愛した人だった。
けれど最期には自分の道を逸れた人でもあった。だから櫂は模倣する。最後の最後に自分を曲げたあの人を、今度は自分が引き継ぐ。今度こそあの人を曲げない。あの人が踏んだ轍を踏まない。一貫させる。
……いや、気を付けてはいても、気を付けているフリをして、ただ贅沢な死に方を選び取ろうとしているだけかもしれないけれど。もしそうだとしたら、人間には自覚出来ないことはないはずだから、見ないことにしているだけだろうけれど。
それでも、そういう在り方を己に課したのだから仕方がないのだ。
認めたい、そう考えたい。彼は間違えなかった。彼の最期の選択にも誤りはなかった。そうでないと彼が死んだ意味が、櫂が生きて模倣している価値が。……どこかに行ってしまう。なくなってしまう。見失いかねない。
それは嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。だから、見ない。
あの人が『未だ生きていたかった』とか夢の中でも言ったなら、櫂は月並みな言葉しか言えなくなる。
そんなことは言いたくない。痛い、痛い。嫌だ。だから見ない。見ない。

分からないままでいたい。
分からないままで、痛い。

櫂は無知を望んでいた。
どうして分からないのだろう。どうして?
櫂は分かっているのに。痛いほど感じているのに。どこまでも息が出来ないくらいに、こんなにも、こんなにも。
“生きている”だけで苦しいのだ。“分かる”というだけで辛いのだ。脚を切り裂くくらいには追い詰められていて、涙を涙だと認められないくらいには強がっているのだ。けれど心のどこかが麻痺したままだから、自覚できない。自覚していない振りをする。見ないことにする。そうしないと、己の在り方が危なくなるから。
不安定なことを気付けないくらいに心が死んでしまったから、今、こうして自分のものではあり得ない振る舞いを許している。
櫂は己の愚かさを認めている。櫂はあの人を自分と同列に並べられないままでいる。
櫂は、櫂は、「わしは」。
ずっと分かっていながら、目を逸らし続けている。
『忘れたら、あかんよ。僕との約束。……ええね?』
気を遣って基本は標準語で話していてくれた彼は、大切なことを言うときは必ず、櫂の手を握ってくれていた。
でもその感触も、今は亡い。

35:999◆4.:2019/12/30(月) 13:38

それでも生きていくのだ。分かっていて目を逸らしているけれど。……それでもいいのか。
いつまでも囚われたまま。いつまでも心を腐らせたまま。誰も認められない。過去を抱くだけ。いつまでも、いつまでも。
櫂は認めない。自分も、他者も、この先も。
あの人とは違うとか抱き続ける。そうやって区別して差別して。……何も変わらない。何も変えない。
だけど分かっている。だからこそ分かっている。誰に言われずとも分かっている。誰かに教わらなくとも、己の身に刻まれた傷のように残るから。人の心を自然と知れたのと同じように、分かっている。
「……わすれない」
忘れられないとは言わない。忘れられないことを、自ら忘れないという形に納めるのだ。
あの景色が瞼に焼き付いているように。心ない言葉をいつまでも忘れられないように。
愚かで、不器用で、本当の意味での“正解”を手に入れられなかった櫂は、櫂には、ずっと痛みが付きまとうのだ。
それこそ一生。それこそこれから先ずっと。

例えこの記憶全てを失ったとしても、痛みだけは消えないのだ。

36:999◆4.:2019/12/30(月) 13:39

【monologue】


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