──国立アルテック学園 王族科
様々な国の王子王女のみが入学できる、帝王学専門学園。
そこはさながら"小さな世界"。
大国生徒が支配し、弱小国生徒は肩身を狭くしながら生きていく。
人種差別や政略結婚争いが渦巻くこの学園の中で、信念を貫く少女がいた──。
>>02 登場人物
T章 〜世界一最悪な入学式〜
──この世界は大きく分けて三つの大陸に別れている。
世界一の領土を持つアルテック帝国と、その他15の小国で編成されているイーストランド。
大国三つから成るサウスランド。
ひとつの大きな島で出来たノースランド。
私が生まれたのは、イーストランドから少し離れた小さな島国 ジュレース公国。
長らく大陸と隔離されていた為、大陸の国々とは異なる独自の文化や言語が特徴的だ。
100年ほど前からイーストランドの国々と交流を持つようになり、この島でもイーストランドの共通言語であるアルテック語を話す者も増えてきた。
私、アトナ・ジュレースも、幼い頃からジュレース語に加えてアルテック語を覚えさせられた。
ジュレース公国は一妻一夫制で、王室の跡継ぎは男の子が望ましいが、生まれない場合は女性が王位を継承することもある。
社交術、マナー、政治、文化、哲学、宗教……やることはいっぱいあったけど、王室の跡継ぎは私しかいないということが責任感に繋がり、熱心に打ち込んだ。
「アトナ。貴方は女の子ですが、男の子と同じくらい逞しく、賢い子です。どうか男の子のいない王室を支えて頂戴」
「はい、お母様!」
男の子を産めずに気に病んでいる母を少しでも元気付けたかったから、男の子以上に強く、賢くなろうと努力した。
そんな私も16歳になり、そろそろ国の管理を少しずつ任されるのだろうと淡い期待をしていた頃だった。
16歳の誕生日の夜、お父様──ジュレース公国の王に呼び出された。
「アトナ、座りなさい」
「……はい」
いくら身内と言えども、上下関係の厳しい王室だ。
お父様とは食事の時に食堂でお顔を合わせるくらいで、執務室に座るお父様にお会いするのは初めてだった。
綺麗に整理整頓された書類には、お父様がお書きになったであろうアルテック文字が踊っている。
外交の書類だろうか。
あまりジロジロ見るなんていけないとは思いつつ、気になって眼球を滑らせてしまう。
「今日で16歳か」
「はっ、はい!」
お父様は立派にたくわえた黒い顎髭をさすりながら仰った。
愚かにも書類に心を奪われていた私は、つい裏返った声で返答する。
「そうか。では、お前もそろそろ……」
あぁ、きっと今日から私はこの国の政治を任される!
国民を幸せに導き、他国ともっと良い関係を築いていきたい!
そしていつか最高最善の女王になってみせる!
──と、心を躍らせた直後だった。
「アルテック学園に入学してもらおう」
「…………えっ?」
思わずお父様に無礼な返答をしてしまう。
気難しい割に寛容なお父様は、気に留めていらっしゃらないようだった。
驚愕して動けない間に、いつの間に握らされていたのか黒い封筒を頂いていた。
シーリングワックスを丁寧に剥がすと、一枚の箔押しされたカードが顔を出す。
「生徒証……お父様、これって……」
「既に入学手続きは済ませてある。後で女中に荷造りさせなさい。来月までには到着していなければならないので急ぐように」
淡々とした口調で、事も無げにご説明なさった。
「そんな……どうして事前になにも仰って下さらなかったのですか!?」
ジュレース公国の暦では、あと五日で今月が終わる。
アルテック帝国へ船で行くには二日程かかるため、残された時間は実質三日。
突然すぎる宣言に、私は珍しくお父様を責めるような口調で叫んだ。
「あまり早く言ってしまえば、拒否して逃亡するかもしれん。お前は早くこの国を治めたがっていたからな」
「当たり前です! 良い君主になるには経験が必要です! お父様も16歳で即位されました。だから私も……」
──この国をお任せさせて頂けるかと。
知らず知らずの内に泣いていたらしい。
嗚咽で最後まで上手く言えなかった。
学園に通えなんて、まだお前は未熟だと言われたも同然だったし、突然故郷を離れなければならないのも重なり、久々に涙を流していた。
10年以上も勉強を続けて、国のことを学び、教養を身につけたのに、なぜ?
まだ未熟だから?
王位を譲りたくないから?
私が女だから?
私のことを少しもご覧になられなかった癖に。
お父様に対する敬意が、憎悪や不満でかき消されていた。
心の中の質問攻めを見透かされたのだろう、お父様は静かに言った。
「アトナ」
顔を上げると、お父様はこちらを見向きもせずに、忙しそうにペンを走らせていた。
私に対する興味なんて皆無だとばかりの態度に、歯ぎしりした。
「戦争を無くすには、どうすればいいと思う。お前ならどうする」
「戦争を……無くす……?」
唐突すぎる質問に、涙が引っ込む。
咄嗟に答えられずに沈黙が流れ、万年筆が机に叩きつけられる音だけが響く。
「えっと……それは……互いに歩み寄って……同盟を……」
「お前は、やはりまだ青い」
途切れ途切れになりながらなんとか言葉を紡ごうとするも、お父様にピシャリと遮られた。
もうこれ以上回答を聞く価値もないとでも言わんばかりの冷酷な視線。
「お前にはまだ国を任せられない。荷物をまとめて準備をしろ」
反論の余地もなく、私は使用人に取り囲まれて執務室を追い出されてしまった。