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1:匿名 hoge:2020/09/25(金) 22:07

内容はない。思い付き駄文。妄想の延長線。補助線。閲覧禁止。乱入禁止。hoge進行。長文が目立たない&迷惑ととられにくいという考えより、小説板にたてています。注意・ご指摘のある場合のみレスを許可します。

2:匿名 hoge:2020/09/25(金) 22:41

彼は、小さく、美しく、儚く、艶やかで、それでいて少年であった。150と6センチ、40少しの身体。小さな顔には猫目の三白眼、長い睫毛、ツンと上向く鼻、桜色の唇、全てが綺麗におさまっていた。元来、癖毛のその髪をストレートにおろし、前髪を切り揃え、後ろは肩程のおかっぱ。素っ気ないその髪型が、細く柔らかい髪にはよく合っている。透き通るように白い肌は日焼けには弱かった。細く長い指は器用だった。いくらか小さいその耳には穴がいくつかあいていた。フランス生まれの彼は幼い頃からピアスをつけていた。完璧でどこか日本人形を思わせる風体に対して、実際彼は拍子抜けするほど明るかった。口を開いて大きく笑うことこそなかったが、小さく満足げな笑みをよく浮かべていた。帰国子女で敬語が苦手だった。それでも可愛がられていたのは、彼がとても純粋で真っ白であるからだろう。若干、皮肉を言うところもあったが、それは彼の頭の回転の良さを表していて、トークがうまかった。只々、先輩のことを尊敬し、兄のように慕うその姿をみると甘やかしたくなってしまう。彼は、人よりいくらか小さく、いくらか身体が弱く、いくらか耳が聴こえづらく、いくらか目が悪かった。しかし、誰よりも美しく輝くその姿はまるで桜のようであった。

3:匿名 hoge:2020/09/25(金) 23:04

誰もその幼い少年に期待していなかった。その姿をみた瞬間、満足だった。また、別の者は顔だけだと思った。また、別の者は話題性で使われた、気の毒にと思った。しかし彼は、裏切った。勝手な憶測を、勝手な上限、勝手な同情を、全て裏切った。それはもう潔く。やはり彼は、桜のようだと思った。音もなく息をすい、次に音が発されたときには会場の空気が変わっていた。否、変わった、などというものではなかった。そこはもう彼の支配する世界であった。流れてくるのは彼の音だけ。耳の悪い彼が、選択したアカペラという手段。あぁ、神はなんて無慈悲なのでしょう。それはその美貌だけでは飽き足らず、美声までをも手にした彼を妬む気持ちからのものなのか……。はたまた、ここまで美しい彼が他の人よりもハンデを背負っていることを惜しむ気持ちからのものなのか……。気持ちいいまでに潔く、全ての人を裏切った彼は、どこか寂しげで哀しげで。夏の桜を思い出す。

4:匿名 hoge:2020/09/26(土) 15:11

遅かった。彼の携帯がなり、彼が出て行ったのは、もう15分も前だった。丁寧な彼のこと。長くなりそうならうまく切り上げるか、はたまた一言遅くなる旨を伝えに戻ってくるはずだ。だがしかし、彼もまだ中学生。久しぶりの家族からの電話だったなら、我を忘れて楽しんでいるのかもしれない。また、同好会のメンバーからでも然り。そこに水をさすのはいかがなものか。そもそも電話がかかってきた時点で彼が、周りに気をつかい、後でかけ直すので大丈夫です、と切ろうとしたのを引き止めたのだった。日本からなら時差もあるためなかなかゆっくり電話をする機会もないだろうから。彼ならば、誰かの姿を目にすると我に返り、電話を切ってしまいかねない。そのうえ謝罪の一言も述べるだろう。そんなことを考えている内に時間は淡々と過ぎていく。打ち入りという名はついているものの、大変わらない食事会も終盤に差し掛かろうとしている。こちら側としては、彼には息抜きもしっかりとしてほしいので、このまま食事会を終えても構わない。しかし、彼は食事会、それも打ち入りの締めに座長が出られなかったとなれば、ひどく自分を責めるだろう。申し訳なく思いながらも、少し様子をみに行くことにした。

5:匿名 hoge:2020/09/26(土) 15:30

せめてもの配慮として、彼と特に仲の良い、兄的存在のりょーたが様子をみに行くことになった。いつもの場より何倍も重いフランスの扉を開ける。恐らく、防音のしっかりとしたこの部屋からそう遠くは離れていないはず。思ったとおり、彼は、扉を出てすぐの廊下にいた。が、その様子はいつもの彼とは違っていた。携帯を耳にあて、誰かと電話をしていることに変わりはない。しかし、先程まで思い描いていた彼の様子とは似ても似つかなかった。壁に身体を預けるようにもたれかかり、今にも崩れ落ちそうだった。項垂れているせいで表情までは分からない。美しく毅然といている彼とはまるで別人のようだった。彼が、弱みをみせたことは今まで一度だってない。また、電話をしているはずなのに彼は一言も声を発さない。おかしい、と気づくまでに時間は必要なかった。それでも、急いで駆け寄ろうとした瞬間―――、間に合わなかった。彼は、崩れ落ちた。立っていることすら出来なくなり、その場で蹲る。が、携帯は耳に押し当てたまま。一言も話さなかった彼から、今は変な呼吸音が聴こえてくる。聞いたことはあった。彼が、昔喘息もちで、身体が弱く、入退院を繰り返していたことを。今、自分は身ひとつだ。何も出来ない。急いで部屋に戻り、声をあげる。「過呼吸だ!!紙袋!!あとちかの鞄は?!」焦っていた。咄嗟に出した指示はめちゃくちゃだった。主語もなければ述語もない。それでも伝わった。適当な紙袋をもったけんけんが急いで廊下に飛び出すのと、かとうが彼の鞄をもって飛び出すのとは、ほぼ同時だった。

6:匿名 hoge:2020/09/26(土) 15:46

「っちか!」その場で未だ蹲る彼の小さな背に手をあて擦る。項垂れていた顔をあげ、うまく息の吸えていない小さな口に紙袋をあてる。が、良くなるどころか呼吸はどんどん荒くなる。ついには、もうすっかり治ったと思われていた喘息のような症状まで出始めた。心配して皆が彼を取り囲む中、握りしめられた携帯に目敏く気づいたのは頭のキレるかとうだった。そっと、もう力の入っていない手から携帯を抜き取り、耳にあてる。流れてくるのは、知っている声ではなかった。彼の母にも兄にも会ったことはあるうえに、よく世話になっている。間違えるはずがない。かといって、面識のない同好会のメンバーかと言われればそうではない気がする。耳から携帯を離し画面をみるとそこには「母さん」の文字。しかし、そこから流れてくるのは男の声。気持ちの悪い反吐が出そうな、そんな声。あの少し抜けているけれど、とても優しい彼の母とは違う。「おい、何してんだ。もうこっちは終わったよ♪帰ってくるのが楽しみだね。きいてるのかな?」何の話をしているのか分からない。だが、遠くから赤ん坊の泣き声が聞こえる気がする。只事ではない。何かが起こっている。皆から少し離れ、携帯の通話録音ボタンをタップする。そして、再び耳にあてる。彼のことは大丈夫。皆がついている。鞄の中には薬も入っているし、医務室の設備は非常に良いはず。だから、流れてくる声に集中した。「あぁ、なんだ。嬉しさのあまり泣いてるの?鬱陶しい奴らが消えて。それともあれかな?責めてるんだ。自分が悪いんだって。そうだよ。ぜーんぶ君が悪い。そうだよね。分かってるでしょ?かしこ〜い君なら。あ、そうだ。一人残しといたよ。可哀想に。君のせいでこの子は一生苦しみながら生きるよ?優しい君は自分も後を追う?それか、この子のことも消して全てなかったことにする?」

7:匿名 hoge:2020/09/26(土) 15:59

胸騒ぎがする。ここはフランス。急いで彼の家の近くの警察署に電話する。彼の携帯からは相変わらず気持ちの悪い声。ミュートにしたためこちらの声は聞こえていないにも関わらず、ひとりで愉しそうに喋っている。少しして電話が繋がった。急いで彼の家に向かうように伝える。詳しいことは分からないし、証拠も何もなかったが、その切羽詰まった声からか直ぐに動いてくれた。彼の携帯からは未だ声が聞こえてくる。「あれれ〜?そんなに嬉しかった?ショックだった?それとももう死んじゃった?そっか〜残念だなぁ♪まだまだこれからだったのにね。可哀想に。全部君のせいだよ。じゃあばいばい。良い夢みてね♪もう少し愉しめると思ったのになぁ、残念残念♪ ブチッ……ツー――ツー――……」ついに電話が切れた。呆然としつつ、彼のもとへ戻る。まだおさまらないらしく。苦しそうな呼吸音を繰り返している。喘息の薬も投与したらしいが、効いていないようだった。仕方がない。あまり動かない方が良いだろうがここでは何も出来ない。海外に行くにあたり、強めの薬をいくつか持ってきて、医務室に置いてあるはずだった。「医務室行くぞ……」小さな彼を抱き上げる。紙袋は意味を成しておらず、彼の鞄だけをりょーたがもって、部長と3人で彼を連れて行く。他の人たちは誰からともなく部屋へ引き返していく。大勢いても何もできず、かえって症状の悪化につながる可能性まであるのだと思ったらしかった。

8:匿名 hoge:2020/09/26(土) 16:14

あまり振動を与えないように急ぐ。先にりょーたが走っていき、医務室の準備は出来ているはず。思ったとおり医務室につく頃にはベッドと薬が用意されていた。薬は酸素マスクのような形で投与するタイプらしい。医務室の先生が手際良くつけてくれる。もう既に意識が朦朧としている彼はされるがままになっている。しばらく、苦しそうな呼吸を繰り返していた彼だったが、少しすると落ち着いてきた様だった。そのまま眠ってしまったらしく、静かな寝息が聴こえる。未だ汗の浮かぶ額を拭いてやり、布団をかける。パニックに陥ったまま寝入ったので、目覚めたときにもパニックを起こす可能性が高いらしい。りょーたがそこに残りふたりは医務室をあとにした。

9:匿名 hoge:2020/09/26(土) 16:23

うまく呼吸が出来ず、パニックに陥ってしまい、体力を激しく消耗したらしい。全く目を覚まさなかった。穏やかに眠る彼の顔をみて、考える。あんなに苦しそうだったのに、その美しい顔には涙の筋がひとつもなかった。汗こそ沢山かいていたものの涙は流していなかった。何があったのか分からない。電話をしていて、たまたま昔の症状がぶり返したのか。海外に来て、長旅で疲れたから、と言われれば可能性はあるかもしれない。しかし、彼は幼い頃からその症状と付き合ってきたはず。これほど悪化するまで助けを呼ばない、対応しないのはおかしくないか。では電話相手に何か言われ、パニックに陥って、過呼吸、喘息を引き起こしたのか。考えにくい。彼は電話が、かかってきたとき自ら切ろうとしたが、そう申すとき、悲し気な顔をしていた気がする。思うに、母や兄弟からだったのではなかろうか。出たい気持ちは山々なのに出て良い状況ではなかったから、切ろうとした。それを知って、皆は電話を切ることをとめたのだと思う。だとしたら理由がない。謎ばかりが浮かんでくる。彼が目覚めたとき、どうすれば良い?彼は何か話してくれるのか?……かとうさんは何も知らないのか?

10:匿名 hoge:2020/09/26(土) 16:39

野生の勘が良いあいつなら疑っているだろうな。かとうはそう思っていた。年齢が近く一番気を遣わなくて良いだろう、と適当な理由をつけてりょーたを残してきた。自分は警察からの連絡があるかもしれないし、情報収集をしなければならない。部屋に残る皆のことは部長に任せて、ニュースを探る。もし何かあったなら……。電話してから30分ほどたった。折り返されるならそろそろ。現場について状況把握が終わるのはもう少しだろう。まだ、ニュースにそれらしきことはあがっていなかった。と、丁度そのタイミングで電話がきた。番号を確認するとやはり、折り返しだ。深呼吸をして、部屋から出る。りょーたからの電話だと思ったのか声をかけてくる人はいなかった。「……はい。」「こちら✕✕警察署の〇〇です。先程通報を受けて伺った家ですが、6人の遺体が発見されました。また、犯人と思われる男ひとり、1歳ほどとみられる子供は無事なようです。現在詳しいことは調査中です。少し事情聴取させて頂きたいのですが✕✕警察署まで来ていただくことは可能ですか?」思わず声をあげそうになったが堪える。言われたことを理解できない。入ってきた言葉は全てただの記号のようにぐるぐると頭の中をまわり続ける。かろうじて質問には応えることができた。「いえ……。今、海外にいまして……。通報するきっかけとなった証拠の音声もあるので聴取には応えたいのですが……。あとその場にいた者が他にも数名いるので……。」「分かりました。では電話による聴取と、証拠が音声データであるのならば送ってくださるようお願いします。詳しいことが分かり次第、お伝えさせていただきます。今から聴取させていただいてもよろしいですか?」「すみません。少しお待ち下さい。10分ほどしましたらかけ直します。データも準備しておきますね。」「分かりました。では準備でき次第よろしくお願いします。」

11:匿名 hoge:2020/09/26(土) 17:02

ニュースにはすぐ流れた。速報です、と繰り返し伝える無機質な声を一度とめ、医務室へと向かう。りょーたを呼び、かわりに部長についてもらう。りょーたはすぐに察してくれたようで黙ってついてきてくれた。誰もいない談話室でさっきのニュースを流す。りょーたは不思議そうな顔をして、画面を見ていたが、流れてくる被害者の情報と、その名前をきいた途端、顔つきがかわり、それでも最後まで静かに見続けた。「お伝えします。東京都✕✕区で刃物と銃をもった男によって、男3人と女3人が死亡、男児1人が重症を負う事件があったようです。詳しくお伝えします。被害にあったのは東京都✕✕区の成瀬さん一家。成瀬太郎さん、妻の成瀬華さんと4人の子供が犠牲となったようです。何者かの通報により、警察が駆けつけた頃には既に殺されており、犯人とみられる男がいた、ということです。現在男の身柄を確保、詳しい状況を調べています。」りょーたは何も言わず、こちらをみる。「……。ちかが発作をおこしたとき、携帯を持ったままだということに気付いた。りょーたやけんたが処置してくれているあいだに携帯をとり、まだ電話が繋がっていることを不思議に思った。画面には『母さん』と記されていたのに聴こえてくるのは知らない男の声で。もう消した、一人だけ残した、お前のせいだ、永遠に繰り返してて……。只事じゃないと思って、録音し始めた。子供の泣き声も聴こえるし、ちかの家の近くの警察署に連絡した。すぐに動いてくれて、調べてくれたらしい……。」りょーたは黙ってきいていた。話し終えると漸く口を開いた。「……じゃ、今から事情聴取か。俺もだよな。早く終わらせよう。」分かっているのか分かっていないのか、いつもと大して変わらなかった。

12:匿名 hoge:2020/09/26(土) 17:13

質問にひとつひとつ応えていく。彼のことも勿論きかれた。そこで分かったことがまたニュースに流れていく。証拠を提出して、漸く終わった。どうしたらいいか分からなかった。彼が、いつ目覚めるのか、どう伝えたらいいのか。彼の幼い弟と年の離れた兄は無事だった。兄は当時不在だった。大学に行っていたそうだ。また、犯人の男はその兄の友達で家も近く、よく遊びに来ては小さい子の面倒もみてくれていた。とても良い人だった。動機はまだわかっていないらしい。まだ、兄とは連絡がとれていないそうだ。これだけニュースで流れていたらそれも時間の問題だろう。『東京都』『成瀬』『子供が4+1+2=8の大家族』といった点から、Twitterでは成瀬千翔の家ではないかと噂が絶えなかった。子供の名前は出されておらず、年齢も出されていないため、彼の生死を心配する声も出ている。フランスに来て1日も経っていない。フランスにいることを知っている人はファンの中にはいない。色々な憶測が飛び交う中、ここにいる皆にバレるのは時間の問題。どうすることも出来なかった。

13:匿名 hoge:2020/09/26(土) 20:50

「ちかが、……起きた。」嬉しいはずのその言葉に素直に喜ぶことが出来なかった。部長からの電話。声のトーンからして部長も知っているのだろう。が、そんなこと言ってられない。どちらからともなく医務室へと走り出した。扉を開く。焦点の合わない目が空を彷徨っている。寝起き、まだ思考回路がうまく繋がっていないようだ。となると、それが繋がったとき、パニックは起こる。考えている間にマスクを付けられたその小さな口から声漏れる。「あ……。ごっ、……ん……。っごめ、んな……ぁいっ。ゆ、る……して……。ごめ、んなぁいっ…ごめぇ…。ち……か、が……わっ…る…かっあ……。」未だ焦点の定まらまい目のまま、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。どうやら、それは無意識のようで、まだ意識は戻ってきていない。またうまく息を吸えていない。起こしてやった方が良さそうだ。「ちか、起きろ。ちか……。」3人で代わる代わる声をかけている内に段々と焦点が定まってきて、漸く目があった。そして「……Où est Ici……?」桜色の唇が紡いだのはフランス語だった。「……Qui êtes… vous……? …Pourquoi suis-je …ici……?」不安げにこちらを見つめる大きな瞳、透き通るような美声。マスクのせいで少し話しにくそうだが彼の話すそれは、日本語ではなかった。幼い頃より、フランスでの生活が圧倒的に長かったにしろ、彼はもう日本語をマスターしているはずだ。何を言っているのかも分からず、医務室の先生へと目をやる。先生は「……パニックで使い慣れたフランス語が出てきたのか、それとも……、一時的な記憶障害……。」とまるで独り言かのように言った。「……Qu'est-ce… que tu racontes…? …Quelqu'un s'il ……vous plaît répondez-moi…….」先程よりもはっきりと話すが、何を伝えたいのか分からない。しばらくの沈黙のあと、声を発したのはかとうだった。

14:匿名 hoge:2020/09/26(土) 21:13

「……Chica, this is the…… medical office. You were a little…… sick and rested…….」彼が発したのは英語。そう、フランス時代まで記憶が戻っているのならば英語も通じるはずだった。彼はフランスにいた頃、イギリスの大きな病院に通っていた。入院することも多く、英語に触れる機会が多かった。だから、英語も話せるようになったという。「…Is that so……. Why…… do you know ……my name…?」読みはあたっていた。彼も英語で返してきたようだ。「That is…….」「But why……? I have just been discharged from the hospital……?」かとうが口籠っているあたり、どうやら会話が噛み合わないらしい。彼もそれを分かってか、取り敢えず起き上がろうとした。が、起き上がったもののすぐに口もとを抑えて「……About to …vomit……!」その言葉を耳にした途端、かとうはそばにより背中をさすり始めた。英語の話せないふたりにはよく分からない。「……!…Are you okay? Going to vomit? ……Can you move?」どうやら調子が悪いらしい。背中を擦っているあたりから察するに、気分が悪いのであろう。「……Yup. I can…… move somehow…….」「……Then grab me. The toilet is attached to this room.」何やら言葉をかわすと、彼は動き出した。驚いたふたりだったが、かとうが支えに入っているのをみて、同意のうえで、だと分かった。しかし、かとうに掴まって立ったは良いが、その支えがないと倒れてしまいまそうな程である。かとうはそれをみて歩くことが難しそうだと判断すると、「I'll hold you. Is it okay?」と短く発すると彼を抱き上げた。そして、彼のつけているマスクから伸びるチューブが繋がっている薬のボックスをキャスターごと引きずりトイレへと向かった。

15:匿名 hoge:2020/09/26(土) 21:27

「It is useless……. Can't vomit…….」マスクを外し、かがみ込む彼はまた、苦しそうに言葉を漏らす。「…Go back?」見兼ねて声をかけるが「……Have to vomit. I… have to ……vomit even if I ……force myself!!」彼はまた蹲ってしまった。「That's strange……. It should…… have been easier …in the past…….」使命感にかられているような、はたまたノルマをかせられているような、何かに追い立てられるかのように彼は呟いていた。このままでは体力を消費するだけだ、と思った。「Let's go back and talk.」半強制的に小柄な彼を抱き上げる。彼には抵抗する体力すらなかったようで、おとなしくされている。ベッドに戻り、背中をさすり続けてやると、ポツリポツリと話しだしてくれた。

16:匿名 hoge:2020/09/26(土) 21:44

(日本語訳ver.)
「僕はね、昔から入院ばっかり。家に帰ってきたと思ったら、またしんどくなって、気付けば病院にいる。病院の人たちは良い人ばっかり。だけどね、やっぱり家にいたい。わがままだよね。母さんは優しい。姉さんは怖いけど、でも強くてかっこいい。兄さんはやんちゃだけど、僕に色々教えてくれるよ。父さんは……あんまり覚えてないけど、時々帰ってきたら僕といっぱい遊んでくれるし、いっぱい歌ってくれる。ちょっぴり下手くそだけどね。」記憶が戻っているからか、どこかいつもより幼い話し方だった。「看護師さんも優しくて、野菜ちゃんと食べたらご褒美、っておやつくれる。今日はチョコレートだったよ。ひとみばあちゃんはなんでも知ってるよ。絵を教えてくれるし英語も日本語も教えてくれるんだ。ひとみばあちゃんはいつも僕を褒めてくれる。でも、野菜残したりすると、怒るんだ。とっても怖いけど、でもひとみばあちゃんの言ってることはいつだって正しい。憧れちゃうな。」彼は楽しそうに、でもどこか悲しそうに話す。「あれ、そういえば今日は母さんまだ来てないな。来るって言ったのに。忙しいんだ、きっと。母さんは皆から人気だからね。でも、遅いなぁ、母さん。姉さんも兄さんも来ないや。どうしたんだろ。僕なにかしたのかな。皆怒ってるのかな。母さん姉さん兄さん父さん……。」話している内にだんだん家族の話が出てくる。そのあたりから、彼は息苦しそうにし始めた。もしかして、記憶が戻りかけているのでは。そう思ったとき。「…っか、ぁさ…ん……、ね……さん…、……とぉ…さ…ん……、に…ぃ……、ひっ……かぅ…、…か…ぉう……、つ…ばさぁ……、っそ…ら……っ!!」「ご、め……なさ…い……。ごめ……ぁい。っち、か……のせぃ……で…。」再び荒くなる呼吸。彼が話しているのは日本語。

17:匿名 hoge:2020/09/26(土) 21:55

何かに縋るように手を伸ばす彼。何も掴めず落ちていく手。聞き取れない程途切れ途切れの声。次第に荒くなる呼吸。とめないと、誰かがとめないといけないのに。「ちかちゃん……!」扉がいきなり開いた。入ってきたのはれん。その手を救ったのもれん。意識が朦朧として掴んだその手にいくつもの傷を残していく彼。それでも手を強く握り返すれん。「れんちゃん……!」「ごめん…来るの遅くなって。」もう一度マスクをつけ直し薬を投与する。次第に落ち着き、今度は眠らなかった。「すず…つ…きさ…ん……。かと……さ…ん。りょー……にぃ…。ぶ、ちょ……。」ひとりひとり確かめるように声に出す。そして漸く焦点のあった目をこちらに向けた。「僕のせいで……。皆死んだよ。僕が殺した。ねぇ、はやく捕まえて?」小さな桜を思い出させる唇を僅かに歪めて彼は笑った。

18:匿名 hoge:2020/09/26(土) 22:04

彼とともに舞台に上がった初めての日。彼の美しさを知った。「前の代には勝てっこない。」「どんな奴がきてもあの役は務まらない。」「新キャストみた?」「みた!かっこよかったね。」「でも顔だけでしょ?」「それな〜」「中学生らしいぜ」「耳もきこえないんだって」「えーなにそれww話題づくりかよ〜」好き放題言う奴ら。集まらない客。全員に後悔させた。全員を裏切った。顔だけだと言われた。話題づくりだと言われた。お涙頂戴だと言われた。その全てを裏切った。彼は、美しかった。次の日には満員御礼だった。たった一言で、一音で、一動で、全てを変えた。

19: hoge:2020/09/27(日) 20:13

変わらなかったのは彼と、彼を信じ続けた僕らだけだった。最初、彼がきたとき。主役校のキャストは変わる予定はなかった。その他が全て新しくなる。しかし、座長は人気絶頂、仕事が忙しくなり、度重なる地方公演は厳しいものとなった。そして、卒業を決意した。過去になかった程の人気を博した代であり、それ故に悲しむ声も多かった。「彼がいなきゃ面白くない。」「彼の代わりを務められる奴なんていない。」「もうみに行く気もないよ。」「ファンクラブ抜けようかな。」色々な声が飛び交った。勿論、他の主役校キャストも人気は高く、その続行に喜ぶものもいた。しかし、座長の人気は比べ物にならない程高かった。急に決まった卒業、オーディションも急いで行われた。彼の代わりを務められる存在なんているのか。この短期間でみつけられるのか。製作者側にはそんな不安ばかりが積み上がる。ダメ元で駅前でチラシを配り続け、芸能会社には思いつく限りお願いに行った。もともと、この世界の登竜門、と言われているだけあって、更に前座長が空前の大ヒットを巻き起こしただけあって、オーディション参加者の数はこれまでにない程になった。だが、どれだけ参加者が多くても、たったひとつ、輝く星をみつけられなければ意味がない。まずは書類審査だ。送られてきた顔写真と経歴、自己アピールに目を通す。膨大な数だけあって、じっくり読んでなどいられない。勿論、これだけの数があれば、顔が良いやつなど山のようにいる。かなりの数に絞られたがそれでもまだ数百人残っていた。次は実際に参加者にきてもらう、面接だった。面接、とはいっても数百人を相手しなければならない。そのため何人かをまとめて部屋に入れ、名前とオーディション番号、特技等を言ってもらうだけだ。写真でみるのと実際に会ったのとでは大分印象が違う。ここでほとんどの者が落とされる。とはいっても、残りは50人弱。まだまだであった。次は、歌唱力、演技力、ダンス力、アクロバット等のチェックだった。元来、歌、踊り、大きな動きを売りにしているこの舞台。オーディションを受けに来るのはそれらに自身がある者のみだ。5人ほどずつ、一斉にチェックする。皆うまいとはいえ、やはり違う。一気に絞られ残り10人となった。最終選考は実際、本番に使用する舞台での実演だった。歌、踊り、セリフ、全てが詰まった5分程のシーンを舞台上でひとり、演じてもらう。全てが終わった。ひとりに絞られた。1万人弱のなかから選ばれたたったひとり。それは13の少年だった。

20:匿名 hoge:2020/09/27(日) 20:30

たった13の少年。満場一致での決定だった。前座長なみの、否、それ以上の者。――――成瀬千翔。舞台経験なし、事務所無所属、中学1年生。ある意味信じられない経歴の持ち主であった。一次選考、書類審査。送られてきたのは経歴部分がほとんど真っ白の履歴書。中学1年生。備考――耳が悪いですが補聴器をつけているので問題ありません。お涙頂戴か。同情買いか。あと何人分あると思っている、ふざけるな。思ったような収穫がなく、苛立ちを隠しきれず、ついそんなことを思う。だが、一応仕事だ。写真にも目を通す。手が止まった。目を離せない。多くのものが宣材写真、ばっちばちに決めた写真を添付するなか、その写真はあまりにも浮いていた。学生服を身にまとい、形の良い唇を僅かに歪めて微笑んでいる。恐らく友達と撮った写真なのだろう。誰かの肩が見切れている。桜の写真。今は夏。このために準備したものではないらしい。猫目の三白眼がキツすぎないのは、縁が長い睫毛に囲われているからか。白い肌、ツンとした主張しすぎない鼻、小さな耳、細い首。美しかった。加工は禁止としていてもライトを極限まであてた奴、メイクを施し顔を作り上げている奴、そんな者はたくさんいた。しかし、これはそんなものではない。どこかからパクった人の写真を使い、書類審査に通っても実際面接に来ない奴も近頃多い。これもそのパターンかもしれない。が、会ってみたいと思った。実際にいるなら、会ってみたい。乱雑に扱っていたそれを、大切に合格のボックスに入れた。

21:匿名 hoge:2020/09/27(日) 20:50

二次選考のときがきた。そこそこ大きな会社には、数百人の男が集まっていた。一次選考を突破した100分の1程だった。場馴れしている者、緊張している者、初心者とみられる者。色々な人がいた。今日も何度かそのパターンを喰らった。果たして彼は、来るのか。やはり会ってみると印象は大分違い、審査表には多くのバツ印がついている。時間がない、と次の書類に手を伸ばす。どうやら次は彼のいるチームの番だった。10人の男が入ってくる。少しでも印象をあげようと、丁寧にひとりひとり挨拶をして部屋に踏み入る。その最後尾。失礼します、とその声は他の物のように大きく張ってはいないのに、何故かよく通り驚いて顔をあげる。他の審査員も同じようで鉛筆の音が一瞬、消える。小柄な者の多いこのオーディションのなかでも一際小さい。学生服に身を包み、軽く、それでもしっかりとした礼は流れるような動作だった。顔があがる。そこにはあの写真の彼がいた。とはいえ、これは仕事。他の者の審査もある。ひとりひとり挨拶する様子をじっくり観察する。駄目、駄目、もう少しかなぁ、駄目だ、全然駄目、あがってるな、場馴れしてるけど違う――――。書類に思ったことを書き込んでいく。二次選考からは、落ちたものにアドバイスの書かれた紙を送るのがこのオーディションのきまりだった。そして、彼の番がきた。他の審査員も入ってきたときから、注目していたようで顔があがり、音が消える。「成瀬千翔、オーディション番号9306、事務所無所属、13歳、よろしくお願いします。」お決まりの言葉。台本通り。何度もきいてきた内容。美しかった。只々、美しかった。桜色の小さな唇から紡がれる言葉。心地のよい、通る声。はっきりとした少し冷たい口調。丸を描く鉛筆の音が一斉になった。

22:匿名 hoge:2020/09/27(日) 20:59

彼は、毅然とした態度でそこに立っていた。黒い学生服に身を包み、周りから少し浮いている。一際小さな細身の身体。緩くウェーブのかかった葉桜を思わせる暗い、肩ほどまで伸びる髪を前髪とまとめて無造作にハーフアップにしている。が、清潔感があり、彼にはよく似合っていた。写真では確認出来なかった、形のいいおでこが丸出しになっている。大きな猫目は三白眼、しかし、それを縁取る長い睫毛によってキツくはみえない。ツンとした鼻は主張しすぎない。桜色の小さな唇。肌は透き通るように白かった。小さな耳には備考どおり黒い何かが嵌められていた。一見、少女のような彼。誰もが美しい、と思っただろう。満場一致で三次選考へコマを進めた。

23:匿名 hoge:2020/09/27(日) 21:09

「収穫ありました?」きいてきたのは別グループの審査員だった。3つの審査室に分かれていて、数百人の参加者は10人ずつのグループにされ、3つに振り分けられる。故に、みている者は違う。そのきき方からして、恐らく彼の部屋ではあまりこれといった収穫がなかったのであろう。勿論、その次の歌などで実力を発揮する者も多く、初めてのオーディションで実力を出せていない者もいるため、ここで手応えを感じないこともなくはない。その問に対し、僕と同じ部屋の審査員のひとりが「ひとり、いたな。」とこたえる。同じ意見だった。「へぇ、どんな方ですか?」ときき返してくるのに今度は別の審査員が「ん〜、第一印象としては最高。一瞬で人を惹き付ける。でも経験が無いみたいだから、次の審査ではどうだかな。」と答える。最後の一文にその場にいた皆が、あ〜、と唸る。なんとしてでも次の星をみつけなければならない身として、苦しいところだった。三次選考は50人程に絞られて行う為、部屋はひとつだった。5人グループに分けて、歌、演技、ダンス、身体能力をチェックする。大方出来る奴が集まっているはずだが、差が出るのはここで、一気に絞られる。不安を抱えたまま三次選考を迎えた。

24:匿名 hoge:2020/09/27(日) 21:20

動く、ということもあり、以前よりラフな格好をした者が再び会社に集まっていた。前より大分人が少ない。彼は、オーディション番号が遅いため、最後の組のようだった。流石、1万人のなかから選べれただけあって、やってくるのは目を惹く者ばかりだった。歌もうまく、ダンスも一流、演技力の高い奴もいて、選り取り見取りであった。前より頭を悩ませながらメモをとる。最後の組がきた。話題にのぼった彼がいることもあり、その場の審査員が顔をあげる。因みに以前3室に別れていたときの審査員が各部屋より5名中経験豊富な3名ずつがこの場にはいる。5名のグループに対し9名の審査員は多い方だった。やはり気持ちの良い挨拶をして皆入ってくる。輝いている者が多く、流石三次選考といった感じだ。今回も最後尾の彼は、前と同様、短く挨拶をする。学生服ではなく、学校ジャージのようだった。選考が始まった。まずは歌だった。あらかじめ提示していたこの舞台定番の曲のCメロからラスサビを歌ってもらう。音源なし、アカペラ、マイクもない。もろに実力が試される。歌はあとから強化出来るので、そこまでうまくない者のにとおった者も過去にはいた。今日もお世辞にもうまいとは言えない者もいた。このグループはなかなかにレベルが高く、力強かった。悩みながらメモをとる。彼の番がきた。

25:匿名 hoge:2020/09/27(日) 21:47

「じゃあ次、準備出来たらどうぞ。」鉛筆の音が再び消えた。皆が期待して顔をあげる。そのことを全く気にせず、彼は準備にはいる。立ち上がり、水を飲む。ひとつ息をつくと、「よろしくお願いします。」準備が整ったようだ。音のない静まり返った部屋の中、耳を澄ます。飛び込んできたのは、彼の音。大きくはないのにとおる声、癖のない歌い方、欲しい音がくる、Cメロ、難しいパート、静かなパート、丁寧な言葉、伝わる気持ち、ラスサビ、盛り上がる、心地よい、目が離せない、美しい、輝いている。息をのんだ。しかし仕事。次の審査にうつる。演技だった。グループの5人で事前に決めてある役で台本どおり演じる。歌同様、レベルが高かった。彼が演じるのは、少し子供っぽいところもあるが心優しい純粋な少年。幼馴染が集まり夏の夜を過ごしているがそれぞれ別々の場所へ旅立つ前日、というよくある設定。二次選考でみた彼とは違う印象の役。舞台経験なし。台本は今渡した。設定や配役でさえ参加者は今知った。つまりぶっつけ本番なのが難しいところ。慣れているものでもつまづきやすい。緊張がはしる。楽しそうに皆で選考花火をしているシーンから少し悲し気な雰囲気へとうつる。ここからが彼の役の見せ所だ。彼のセリフがきた。しゃがんだまま彼は、少し俯いて声を発する。「僕はね、東京に行ったら、もっと大きな花火をあげるんだ。僕の夢は皆を笑顔にすること。大切な人を笑顔にすること。花火はどこからでも見えるでしょ?大きいのをあげれば、世界中の人が笑顔になる。その笑顔をつくるのは僕。」ゆっくりそう言うとおもむろに立ち上がり皆に背を向ける。「僕が好きなのは笑顔。さいっこうの笑った顔。だから、ね。そんな顔しないで。笑ってよ。」振り向いた彼の目からは、一筋の涙。「僕が笑顔の魔法を届けるまで、必死で働けば良いよ。辛かったら泣いても良い。」涙が溢れるのを必死で我慢しながら、震える声で強がって言葉を紡ぐ。「だけど、今は笑って?ね、ほら、楽しいなら笑おうよ。」我慢しきれなかった大粒の涙が頬に筋を残すなか、口角をあげ、顔いっぱいの笑みをつくる。息をするのも忘れるくらい、美しかった。他の役の見せ場のときも関心するところは多かったが、メモをとる手がぴったりとまり、音がなくなったのは初めてだった。審査員は全員顔をあげている。長いような短いような間があって、次のセリフを役者が読み上げる。気付けば、演技審査が終わっていた。

26:匿名 hoge:2020/09/27(日) 21:59

演技審査が終わり次はダンスだった。あらかじめ教えられていた曲に合わせて決められたフリで踊る。これは5人一斉に審査する。演技審査では役になりきるので少し時間をあけ全員が準備出来たら、始める。たった5分の演技審査のなかで大粒の涙を零していた彼だったが、終わった途端、少し乱雑にジャージの袖で雫を拭い、水を一口あおると、すぐにダンス審査への姿勢に入った。さっきまでの純粋な子供っぽさは一気に抜け落ち、彼独特の少し冷たいような、それでいて優しいような雰囲気をまとい出す。全員が準備を終え、曲がかかる。サビパートのみの審査で、Bメロから流しているため、それぞれリズムをとってサビに備えている。サビがきた。一斉に踊りだす。やはり、皆キレが良かった。彼に目をやる。決して難しくはない。むしろ遠くの客にもみえるよう、わかりやすいフリは少しダサく感じるものも多かった。しかし、彼が舞うと美しい。ひとつひとつの動作がかっこいい。華がある。目を惹くダンスだった。次は流れでアクロバット。正直、この役はあまりアクロバットを披露しないが、出来て損はない。バック転、バック宙、できる限りの技をそれぞれが決めていく。彼は、これまた軽やかにバック転、バック宙、前宙を決めた。また、ひとつ、最終選考にコマを進めた。

27:匿名 hoge:2020/09/27(日) 22:04

「これはとんでもない奴がいたもんだな。」「あぁ、予想以上だった。」「なんか、ほんとに経験なしかよ、って感じ。」「あの演技は凄い。今すぐ事務所に入るべき。」「なぁ、あんな涙、流せないよな。」「綺麗な粒で、あんなジャストタイミングで。しかも我慢しきれず零れたっていうの、ありゃ天才だな。」「最後の笑顔な。あんな涙零してて、あんな綺麗に笑えるか?」「あんだけ役に入ってたのに、終わった途端、変り身はやかったな。」「あんな純粋に笑ってたのに、袖で拭うとか、水一口あおいだだけで次にいけるとか信じられない。」最終選考が楽しみになるばかりだった。

28:匿名 hoge:2020/09/28(月) 09:52

最終選考。1万人弱集まっただけあって、なかなかの良株ばかりが残った。残るは10人。本番に使用する舞台を貸し切って、審査する。舞台に携わる主要製作者らが集まり、今までにない規模のオーディションとなった。たった5分。それで自分の今後の人生が変わる。いくら場馴れしている者が多くとも、皆緊張の面持ちに包まれている。三次選考のときと同様、動ける格好をして、アップに励んでいる。彼は舞台経験どころかオーディション経験もない。正直三次選考とは訳が違う。アップのときから審査は始まっている。慣れているものなら知っているだろう。皆、真剣な面持ちで身体を解すなり、声出しをするなりしている。そんななか彼は、演技開始直前まで机に突っ伏していた。一人目の演技が始まる。明らかに場馴れしているその者は、完璧に決めた。流石に今までのオーディションとレベルが違う様だった。二人目も堂々としている。淡々と進んでいくオーディション。人生をかけて皆、やり切っている。彼の番がきた。先程まで机に突っ伏していた彼。アップなど出来ていないだろう。そもそも舞台にあがったことがないから、よく分かっていないのかもしれない。舞台は声が響く。反響する。客が遠い。見えづらい。それを全て踏まえた上で演じなければならない。初心者には分からない。いくら素晴らしくてもここで躓く初心者は多かった。この審査はマイクなしで行う。発声法がよく分かる。5分。最後までやり切るペース配分も大切だ。始めはセリフから入る。生意気な役柄。登場の仕方から注目される。ポケットに手を突っ込んで、チャームポイントの帽子を目深に被りうつむきがちにスタスタと歩いてくる。イメージにはピッタリだ。顔があがった。少し気怠気な表情をしている。近くからは分かるが遠くには伝わらない。しかし、その姿勢からシャキっとはしていないことが十分に伝わっていた。帽子を少しあげる。顔が現れる。美しい。光が当たっている。声を発した。気怠気な姿勢で大きい声は出しにくい。が、彼の声は通る。響く。声で演じている。怠そうな、しかしやる気がないわけではない。はっきりとして聞き取りやすい。曲がかかる。気怠気な感じと打って変わって大きく動く。踊りながら歌うのは容易くない。しかし、彼は相変わらずの美声を保ち続けている。息継ぎのポイントが完璧だ。曲が終わってからのセリフ。息切れなどしていない。5分が終わる。帽子を外す。役から抜ける。ありがとうございました、形の良い唇を僅かに歪めて笑う。素晴らしい。美しい。誰もが思った。星をみつけた、と。

29:匿名 hoge:2020/09/28(月) 09:58

審査が終わり、各々片付けに入る。このとき、イメージを掴むために、参加者に話しかける。彼のもとに行く。「お疲れ様。手応えはどう?」彼はこちらを見上げ、形の良い唇を僅かに歪めて笑う。「とても楽しかったです。あんな大きな舞台で、歌えるなんて思ってもみませんでしたから。佐藤さん?」名前を呼ばれて驚いたが、ちらと彼は視線を下に送る。そこには名札がついていた。なるほど。頭がキレるらしい。「そうか。中学生だよね?東京なの?」「はい。✕✕区の学校に通ってます。」なかなか礼儀正しい。受け答えがはやく物怖じしない。頭もキレる。トークもうまそうだった。仕事、と思い出し、他の参加者のもとへ向かった。

30:匿名 hoge:2020/09/28(月) 19:46

結果は満場一致で彼だった。勿論不安もあった。13という年齢、耳が聴こえづらい、身体が弱いという点。でも、それでも彼しかいないと思った。数日後、合否判定を最終選考参加者に送り、その更に数日後、合格者には会社に来てもらう。顔合わせはその1週間後。主人校は彼以外メンバーは変わらない。しかし他のキャストは全て新しくなる。役の学校ごとに3時間、食事会という名の顔合わせを行う。地方公演も多いこの舞台ではキャストの仲をいち早く深める必要があった。

31:匿名 hoge:2020/09/28(月) 20:28

数日後、彼が会社にやって来た。待ち受けるのは監督、制作主要者、計5名。事務所に入っておらず、経験のない彼だったので、詳しい説明をするために保護者には別に説明の場を設けた。尤も、彼はしっかりしており、全てこなしてしまいそうな気がするが。彼は相変わらず学生服で来た。スーツ等あるはずもなく、それが正装なのだ。今回は、ゆっくりと彼のことについて訊き、今後のことを話し合う。事務所無所属なので、普段より大変であった。おはようございます。失礼します、と入ってきた彼は学生鞄を持っているところ以外、いつもと変わらない。5人、お偉いさんが並んでいるのに物怖じた様子はなかった。が、礼儀はなっているようですすめられて席に座る。過去のほぼ真っ白な履歴書をみながら話を進める。「学校は抜けることが多くなると思うけど大丈夫?こういった場合、芸能系の学校に転校する子もいるけど。」取り敢えず、学生、それもまだ中学生なので、きいておく。ひっかかっていたことのひとつだ。「大丈夫です。僕の通っている学校は単位制なので、授業に出てなくてもテストで抑えてたら問題ないです。」けろりとした顔で彼は答える。高校ならまだしも中学で?(注…実際はまだありません。)「珍しいね。どこの学校?」流石、監督。ズバズバと訊いていく。「△△附属▽▽中です。」ん?▽▽中と言えば確か、全国1の偏差値を誇る超進学校だったような。皆が知っている。「進学校だよね?だとしたら尚更キープは難しいんじゃない?高校もエスカレーター式でもテストとかあるでしょ?」そのとおりだよ、監督。この余裕はよく分かってないだけなのか、でも彼ならば本当に超余裕な成績なのかもしれない。「そうですね。でも、大丈夫です。」だから一体その自信はどこから湧いてくるんだ。「一応、今後のこともあるから、学校に電話させてもらっても良いかい?」「はい、勿論です。今の時間なら繋がると思いますが……。」「そうか、なら今から電話しても良いね。」そういうなり監督は電話をかけはじめた。自由が過ぎる。コールが鳴り始めスピーカーモードにすると机に放り出し、「あ、そういえば担任の先生の名前は?」「1−Z佐田ですが、まだ3年目なのでまずは校長の方へ通した方が良いと思います。」相変わらずはっきりとしている。少し生意気、ととられるかもしれないが、礼儀がなっていて、トークのうまさも相まって、嫌われるタイプではない。むしろ、可愛がられるタイプだ。コールがきれ、無機質な女の声が響く。

32:匿名 hoge:2020/09/28(月) 20:28

「はい、こちら、△△附属▽▽中学でございます。」「こちらXXカンパニーの橋爪と申します。少し要件がありまして、校長の方まで通していただけますか?」「確認してまいります。少々お待ち下さい。」流石、名門校、取材などの類には慣れているのであろう。話は、簡単に進んだ。「はい、校長の鷹上です。」「急なお電話、申し訳ありません。XXカンパニーの橋爪と申します。今回は1−Zの成瀬千翔さんのことでお電話させていただきました。」流石、手慣れている。「おぉ、成瀬君のことか。」どうやら、知っているらしかった。進学校、生徒も多いはずだが、まぁ、これだけのなりをしていれば知っている者も多そうだ。「はい。当方――という舞台の制作を手掛けておりまして、この度、主演オーディションを行いました。1万人弱という参加者のなかから是非成瀬さんに、ということに決定したのですが……。」「おぉ、それは凄いな。確かに成瀬君には人を惹き付ける力がある。」校長は上機嫌らしい。「この舞台は人気がありまして、地方公演が多く、体力づくり合宿や準備期間が長い、ということもありまして学校に通う時間が大幅に削られてしまいます。単位制なので大丈夫、と伺ったのですがいかがでしょうか。」「成瀬君なら大丈夫だろう。彼はこの学校でもトップクラスの成績だ。入試でもトップ通過、ほぼ満点、特進クラスの奨学生だ。問題ない。いやはや、素晴らしいな彼は。」うん。思っていたよりも大丈夫だ。その余裕は当たり前のものだった。「彼ならやると決めたことはやり遂げるさ。」「ありがとうございます。こちらに成瀬さんも同席しているのですが……。」「おぉ、それはすまなかった。話し込んでしまったな。成瀬君、改めておめでとう。」「ありがとうございます。あまり個人情報を流出させないようにしてくださいね。」「すまなかったよ。気をつける。」あ、会話のテンポ、握られてる。主導権は誰がどう見ても彼にある。強い。「本当にありがとうございました。またお電話させていただく機会があるかもしれませんがよろしくお願いします。」がちゃ。監督も強い。

33:匿名 hoge:2020/09/28(月) 20:47

「入試トップ通過、殆ど満点で、かぁ。小学校も附属校とかに通ってたの?」「いえ、ふつうの学校ですね。僕中学にあがるまで、フランスに住んでたんですよ。」え?帰国子女?ハイスペック?「へぇ。じゃあフランス語話せるんだ。強いな。にしても日本語うまいね。」「両親が日本人なので家では日本語、外ではフランス語でしたから。だから敬語には慣れてなくて暫く日本語学校に通ってましたよ。」なるほど、バイリンガル。「おぉ、じゃあフランス語と日本語2カ国語ペラペラなんだ。」「そうですね、あと英語。僕、小学校に半分も行ってなくて。」そういえば身体が弱くて入退院繰り返してた、って履歴書に書いてあったな。今は落ち着いたみたいだけど。「身体弱くて、結構大きなイギリスの病院に入院することもしょっちゅうだったので、自然と喋れるようになりましたね。」おぉ、ハイスペック。「今はもう大丈夫なの?」「そうですね。喘息とか、治りましたし。難聴は生まれつきですけど、もう進行もとまってます。視力もコンタクトで全然カバーできる範囲です。薬はまだ飲んでますけど、万全ですね。」なるほど、もう粗方治ったんだ。不安要素が大分減ったな。「で、ずっと訊きたかったことなんだけど、その髪は地毛?あとカラコン入れてる?」確かにどちらも不思議な色をしている。天然にしては見事なウェーブのかかった髪は細く、フランス人形みたいだ。しかし、金髪でも茶髪でもなく、新緑でところどころ桜色がかってみえる。まるで葉桜だ。大きな瞳も、見事な深い桜色だ。見たことがない色だった。「はい、勿論です。生まれつき酷い天然パーマで……。母方の祖母が純フランス人でその血が入ってるんだと思います。」まぁ、進学校でこれが許されるかと言えばそうではなく、そう考えるともともとのようだった。肌が透き通るように白いのも、はっきりとした顔立ちもそのせいだろう。そこからしばらく、話をして今日はお開きとなった。

34:匿名 hoge:2020/09/30(水) 17:59

顔合わせの日。主人校メンバーで集まるが、新キャストは彼だけ。更に現主人校キャストは最年少でも19歳、最年長で25歳とかなり年上だった。製作者サイドは心配していなかったわけではない。前座長は20歳であり、比較的年齢の近い者が集まっていた。そのなかに急に入って舞台の雰囲気が変わるのではないか。よくある話だった。キャストによって雰囲気は大分変わる。良くも悪くも一人の演者で客層がガラリと変わった、なんてケースもざらじゃない。が、主人校キャストの性格をよく知っていたし、彼の性格もそれなりに把握したうえで大丈夫だ、と確信した。まず、主人校キャストは圧倒的人気を誇った座長の周りで人気がでる前後、態度が変わった様子はなかった。普通、それだけ人気が集中すると、知らず知らずのうちにどこか変わってしまうものだ。しかし、それがなかった。稽古中も、プライベートでも。勿論、座長の人柄もあったが、基本的に現主人校キャストはそういった性格であるし、だからこそこの青少年役に抜擢されているのだ。きっと、彼のことも弟のように可愛がってくれるだろう。また、彼自身、可愛がられる性格をしている。話してみてわかった。年の離れた兄姉がいるからか。基本、ハキハキしていて頭がキレるから話は面白い。少し生意気にとられるかもしれないが、礼儀はなっているし、大人びているようでどこか抜けている。時々みせる笑顔が最高に可愛い。どこか甘えたな雰囲気を醸し出しているのもポイントのひとつだろう。まぁ、つまり彼らは最高のチームになるだろう、ということだ。

35:匿名 hoge:2020/09/30(水) 18:13

もう他の主人校キャストは集まっている。仲のいい彼ら。顔合わせと題したお食事会となっては、早々に集合したのだった。新キャストがひとりだけだったため、監督と共に顔合わせのための部屋へ向かう。防音室なのか少し重い扉を開く。彼は相変わらずの挨拶だった。失礼します……、というよく通る声は次々にとんでくる声に掻き消された。「主役さんのおでましだよ!」「ほら、ちょっと片付けて。」「うぁやっべ。なにもついてないよね」「大丈夫、大丈夫。というより落ち着け。困ってるよ、彼」少し驚いた様子の彼に苦笑いを投げかけたあと、うるさい皆を一掃する。「おい、いつまで騒いでる。」「うぁ監督。おはようございます!」「うぁとはなんだ、うぁとは……」「こちら、新座長の成瀬千翔君だ。よろしく。」まだ少し引いている彼に挨拶を促す。「おはようございます。事務所無所属、13歳、新座長の成瀬千翔です。よろしくお願いします。」やっとうるさい者たちが静かになった。おおよそ新座長のびっくらこいてるのか。「よろしくお願いします!」まぁ、しっかりと挨拶には応えたあたり、流石だ。「お互い、訊きたいこともあるだろうし、詳しい自己紹介もしないといけない。3時間ゆっくり楽しめ。じゃ。」監督はさっさと部屋から出ていった。「取り敢えずどうぞどうぞ。」そう言って席を進める現キャストに彼は若干引きつつも、腰をおろすのだった。

36:匿名 hoge:2020/10/01(木) 20:39

軽く各々自己紹介が終わり、一段落つく。大分空気が和んできた。思っていた以上に若い主役に驚いていたが、彼のその雰囲気からカリスマ性は感じていた。「あ、そうだ。無所属だったよね?じゃ、なんでこのオーディション受けようと思ったのはなんで?」「幼い頃から音楽は好きだったんですけど、耳悪いし、正直それは趣味止まりだったんですよね。でもあるとき、駅前でチラシ配ってる青野さんに出会って。」「青野さんって制作会社のお偉いさんだよね。なんでチラシ配りしてんだろ。」「そら座長決めんのなんて一大イベントだからだろ。」「あ、そっか。僕ら事務所通してだから知らないんだ。」ほのぼのと会話が続けられる。「そのとき、僕は学校の友達3人と一緒に下校中だったんですよ。したら、その友達3人に青野さんがこのオーディションのチラシ渡して。『いやぁ、いいよ。若さ溢れる爽やかさ!是非挑戦してくれ。』って。んで、僕の方に向かっては、『お嬢ちゃん、お嬢ちゃんはこっちだな。うん、ピッタリだ。まだこっちは少し先だけど、興味あったら電話してくれ。』って名刺と別のチラシもらって。その舞台、÷÷(女子向け戦隊少女)ですよ。」「まじかよ。青野さん〜。」「まぁ、可愛いからね、ちかちゃん。」「そのへんで見かけたら美少女、だな。」「で、なんでこのオーディション受けたの?」「あぁ、もともと音楽好きなこと知ってた僕の友人が、興味あんだろ、やってみたら、ってチラシまわしてくれて。趣味止まりで受ける気なかったんですけど、そのチラシみかけた兄と母が強く勧めてくれて。じゃ、やってもいいのかな、って。」「まって、めっちゃいい話。」「おじさん泣きそうだ。」「いいなぁ、いいなぁ、泣けるぜ……。」相変わらずのテンションだ。「っていうか、兄ちゃんいんだな。」「はい。大家族で姉さんと兄さん、双子の弟妹、妹、弟。7人兄弟の9人家族。」「うぉ?!すごいな。賑やかだな。」「お兄さんとかお姉さんはこういう関係のことしてないの?」「そうですね。姉はもう美容系の会社で働いてて、兄は大学に通ってます。」「へぇ、じゃあ結構離れてるんだ。」「そうなんですよ。だから勉強とか教えてくれて。」「あ、ちかちゃん中学生だよな。どこ中?どこ中?」「ねぇ、ガキじゃないんだからさぁ。訊いてどうすんの。」「あ、それが僕、鷹見さんの後輩なんですよ。▽▽中で。」「え、あ、マジ?!賢いじゃん。」「え、俺先輩?まじかぁ、すご。」「え、じゃあちかちゃんに勉強教えてたお兄さんも凄いね。」「兄さんも昔▽▽中通ってたので。」「あれ、じゃあ俺知ってるかも。俺も今大学だし……。」「そうですね、時期的にぴったりですね。」「うぁぁぁ、思い出した!ていうか思い出したもクソもねぇ!成瀬って、あの成瀬?ちかちゃんのお兄さんもしかしなくても、成瀬祥?!」

37:匿名 hoge:2020/10/01(木) 21:23

「はい。そうですね。なるせしょう、ご存知でしたか?」「え、なに鷹見知ってんの?」「知ってるどころじゃねぇ!俺中学から大学までずっと一緒だし、っていうか同じ部活だったし、サークルも同じだし、っていうか寧ろずっと一緒なんだけど!」「なにそれ〜超仲良しじゃん。」「というか鷹見と大学一緒ってあの超一流難関大じゃん。」「うぁぁかっけぇぇぇ。」「あれ、じゃあ俺昔ちかちゃんに会ってるわ。」「え?マジ?」「そうそう、俺が中1で、だからちかちゃんは5歳?」「僕、覚えてないですね。」「祥はずっと日本でフランス行くってなったときも寮がある▽▽中に入って1人残ったんだよな。そんで、久しぶりに皆帰ってくるって、中1の冬休みに言ってて、俺そんとき祥ん家行ったんだ。」「へ〜、凄いじゃん。奇跡奇跡!」「あんとき、ちかちゃんにあって、『あれ妹?祥弟って言ったじゃん』って言っちゃって、祥に怒られたな。」「お前も間違えたのかよww」「いや、めっちゃ可愛かったんだって。天使みたいだった。」「え、僕全然覚えてないです。5歳の頃かぁ……。」「これで主人校キャストは頭脳派2人になったな。」「俺たち賢くなったな。」「いや、別に俺たち賢くなってないからな。」ほのぼのと時間が過ぎていく。「あ、ねえねえ、ずっと思ってたんだけどちかちゃんってハーフ?」「ね、色素薄いからそう思ってた。」「でも祥はザ・日本人って感じだぞ。」「あぁ、クォーターなんです。4分の1フランスですね。僕はその血が濃かったみたいで。」「なるほどね。やっぱ違うんだな、兄弟でも。」「ね、兄弟7人もいて仲良いの?」「確かに。ここのメンバーひとりっ子多いよね。いても2人兄弟だ。」「だからこんなに俺らマイペースなんだなぁ。」「そうだね。憧れるなお兄さんとか。」「割と仲良いと思いますよ。年が離れてるから、っていうのもあると思うんですけど……。」「やっぱ年近いと喧嘩すんのかな。」「兄さんは勉強教えてくれるし、忙しくてなかなか帰ってこない父さんの代わりみたいな。姉さんは、怖いけどなんやかんや言って面倒みれくれる。母さんよりしっかりしてるしね。双子'sは基本静かだし、その下は4歳と1歳にもなってないチビちゃんですから。」「へぇいいなぁ。弟ほしいな。」「いい家族だな。泣けてくるよ。」「涙腺ゆるゆるだな。今日は。」「だな。盛り上がっていくぜ。」ゆるりゆるりとときが過ぎていく。

38:匿名:2020/10/04(日) 19:33

そのときの制作会社には、ここに割ける金がなかった。理由は簡単。あの人気絶頂の座長が卒業したからだ。スポンサーは一気に離れた。元々、大きくはないこの会社。スポンサーがとんだダメージは大きかった。財源がない、しかし今までに劣らない、否、それ以上の演出をしないと客は集まらない。地方公演、大勢のキャスト、割ける金など僅かだ。そもそも、新キャストお披露目はいつも都、東京都の大舞台で行うが、今回はそこを借りる金すら危うく、客入りが見込めない今、そこを借りるのはリスクが高すぎる、というより貸してもらえなかった。絶対に成功する自信はあった。だが、現実問題不可能だった。だから、新キャストお披露目は異例の地方公演となった。この舞台では、ビジュアルを事前公開しない。勿論、客を募るため、キャスト名等は発表する。だが、ビジュアルはお披露目後の公開だ。新座長は、言ってしまえば素人。名前を公開したところで誰も知らない。しかも、事務所無所属、13歳。これは話題集めだな、とその情報をみて冷めた客も少なからずいた。色々話したが、今は地方公演に向けての移動中である。キャストだけでもざっと30名。かなり遠方なので車、バスは無理、飛行機も金がかかりすぎる、となると残された移動手段はフェリーだった。それも2等席。所謂、雑魚寝、絨毯だけがひかれた空間だ。いくら人気の前座長がいないと言っても、前代から引き続きのキャストの顔は知っている者が多い。変装し、バレないようにわざとばらけて、くつろげやしない。多い荷物も自己管理。顔のしれていない彼だったが、これだけの美貌で目立たぬはずがないし、カリスマオーラが出ている。何人かで彼の周りをかため、彼には窓側を向いて勉強している風(実際しているのだが)を装ってもらう。滑り出しは最悪だった。

39:匿名:2020/10/09(金) 20:21

長い長い船旅は終わり、地に着く。まともに寝れやしない、寧ろ気を張りっぱなしの6時間だった。しかし、流石、彼らの体力は並じゃない。夜は深く、しばらく休憩、というわけにいかない。10分程の短い休憩の後、一台の古いバンが来た。これで宿まで行く。因みに、今までなら二人部屋のホテルだったが、そんな金はない。学生の所謂合宿向けの舞台近くの宿。つまり格安。大部屋を3つ貸りてキャストの役学校ごとに泊まる。雑魚寝だ。バンも体格の良い者が多いのでかなりキツい。ここから2時間の下道。流石に10時間を超える気を張りっぱなしの長旅で疲れている。ぎゅうぎゅう詰めのなか、寝る。特に座長はまだ13歳。舞台上で役柄的に部長の者にもたれかかっている。部長はそんな彼が可愛いのだろう。彼持参の毛布がずり落ちそうになったのをとめ、肩までかけ直してやっている。と、車の動きが止まった。暫くして運転手の控えめな声がきこえる。恐らく寝ている者に気を使っているのだろう。「積雪が凄くてなかなか進めそうにないです。前方で車が雪崩に巻き込まれて。その後ろも雪で進めないみたいです。こんな時間ですし、まだ時間かかりそうです。」同乗していた制作スタッフが急いでその旨を宿に告げる。無理をいってこんな深夜にチェックインを許してもらった。尤も、宿の方はとても優しく、頑張ってくださいね、舞台見に行きます、とまで言ってくださったが。いっこうに進む様子のない車。予定の時間はとうに超えている。気温は大分低く、寒い。古いこのバン、暖房はついているもののエンジンをくうので、今はエンジンを切っている。異変に気付いた者が、次々に目を覚ます。

40:匿名 hoge:2020/10/09(金) 20:40

座長は寒さで目を覚ましたようだった。まだ寝ぼけているのか、いつもより少しあどけない、年相応といった顔で部長の顔を見上げている。「雪が凄くてな。予想より大分遅れそうなんだ。」寝起き、情報処理の速度が遅いらしい。数度その大きな瞳を瞬かせて、ふーん、と言う。やはり、低体温気味の彼には寒いらしく、毛布を引っ張り上げる。かれこれ出発して2時間半は経った。動く気配はない。もう、皆起きたらしかった。流石に寒かったようだ。皆、はおりものを布団のようにかけて、もぞもぞ動いている。まだ寝起きで会話をする気力はないらしい。が、その寒さに寝付けない者ばかりで、次第に意識が覚醒した。「あったかいの、飲む?」このメンバー内で母的存在の者が声をかける。どうやら、先程の10分休憩の間に魔法瓶にお湯を入れ、ココアを作っていたらしかった。気が利く。寒さに凍えていた皆はすぐに反応し、彼に感謝する。千翔もコップに注いでもらったココアを大切そうに両手で持ち、少しずつ飲んでいる。鼻は真っ赤だ。時間をかけてココアを飲み干すと、彼はごそごそと動き鞄からスマホを取り出した。概ね、情報収集でもするのだろう。彼はゲーム好き、情報収集はお手の物。が、流石に指がかじかんで動かないらしい。手袋をつけてはいるがそんなもの最早意味がないらしい。手を握ったり開いたりを繰り返している彼に声がかかる。「カイロつかうか?」声の主は、頼れる兄ちゃん的存在の者だった。素直に、うん、と頷いた彼に袋を破りカイロを寄越す。いつもの覇気がないのは寒さと眠さのせいだろう。会話が、ぽつりぽつりと増えていく。もうすっかり目は覚めたらしい。いつものテンションに戻っていく。「どう?動きそう?」「ん、まだかな。大分雪かき進んだらしいけど、ここまであと30分はかかるみたいですね。」「舞台の方は雪降らないんだろ?」「そうそう。山越えてるからね。」

41:匿名 hoge:2020/10/20(火) 21:16

まだ暫くは動かないということで近くのコンビニに向かうことにした。幸い、山を下った付近でありコンビニが一軒だけあったのだ。全員で行くのは幾分多いので、2手に分かれて代わる代わる行く。最少年の彼は先のグループ。コンビニまで歩くこと10分弱。気温の低い山中を歩き凍えた身体を温めようと急いで入店する。これまた代わる代わるに雉を打ちに行き、温かい飲み物やカイロを購入する。彼は寒さに弱く、鼻を真っ赤にしている。急いで車内に戻り、同乗していた制作スタッフ、運転手及び後半グループがコンビニへ向かった。寒さで深夜なのに眠気など感じられず、冷えた車内で時を過ごす。予定していたよりも遅く、30分が過ぎようとしているが、連絡は一切ない。情報収集していた彼も新しい情報が入らなくなったようでスマホをしまった。「おい、大丈夫か?」カイロに温かい飲み物で復活してきた者も多いなか、まだ鼻や指先を真っ赤にして凍えている彼に誰からともなく声をかけた。「んー、だいじょばないかも。取り敢えず、そろそろ薬の時間。」不安をあおる回答だったがどうすることも出来ない。もぞもぞとバックパックから薬の入ったケースを取り出す。常備薬と現状に合わせたいくつかの錠剤を飲む。「席変わるか?」当初、打ち合わせに楽だから、と制作スタッフに近い前方に座っていた彼に一番後ろの長席を勧める。一番後ろならシートを倒せるし、最悪小柄な彼なら横になれる。素直な彼はありがたくそれを受け取り移動する。「ありがとうございます。」シートを倒し、毛布を引っ張りあげる。あくまで持ち運び用の小さく薄手の毛布をみて、運転手さんがバンに常備してあるひざ掛けを出してくださった。クリーニングしてあるから大丈夫だよ、人数分もないけどごめんね、とあるだけ渡してくれた。自分たちには少し小さいが彼はぴったりおさまってしまうぐらいだった。毛布の上からかけてやるが、寝る体制に入ったのか、はたまたしんどいだけなのか、彼から反応はなかった。


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