【https://ha10.net/novel/1607594102.html】
から一年後の話。
カタカタカタカタ。
「……うるさ」
カタカタカタカタ。
「……うるさいなぁ」
カタカタカタカタカタ……。
「うるさいっつってんだろ!」
私は思いっ切り壁を蹴り飛ばした。踵に鋭い痛みが走る。おかげで目が覚めてしまった。
「せっかく寝てたのによー……」
ぼさぼさの髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き毟りながらゆっくりと起き上がる。カーテンの隙間から真っ白な太陽の光が差し込んでくる。
「……朝かー」
ぼーっとしながら窓の外を眺める。
いつもこうだ。私は毎朝あの音を目覚まし代わりに起きている。
「お母さん、おはよー」
大きな欠伸をしながらリビングに出ると、お母さんがキッチンで目玉焼きを焼いていた。ベーコンの香ばしい匂いがリビング全体に広がっている。
「お腹空いたぁー」
そう呟きながら食卓に座ると、
「先に顔洗ってきなさい!」
すぐさまお母さんがそう叫ぶ。
「へいへい」
めんどくさいなぁ、と思いつつも、私は立ち上がって洗面所へ向かった。
顔を洗って化粧水と乳液を付けてリビングへ戻ると、お母さんが手招きしてくる。
「なに?」
「これ、お兄ちゃんの部屋まで運んでくれない?」
そう言って朝食が並べられたお盆を押し付けられる。
「はぁ?何で私が?」
「ね、お願い!昨日ちょっと口喧嘩しちゃってさぁ……。今日だけでいいから!」
「やだやだ絶対無理!キモイもん!」
「お兄ちゃんに向かってそんなこと言わないの!」
「お母さんだってあいつにうんざりだから口喧嘩なんかしたんでしょ!」
普段は絶対誰かと言い争ったりしない癖に!
「……いいから。ほら。手離すよ」
「わわ、っちょ」
私は反射的にお盆を持った。お母さんはほんとに手を離したから、あと少し遅れてたら床にご飯が散らばってたところだった。せっかくお母さんが作ったご飯なのに。あいつは自分で取りにすら来ないんだ。
「……分かったよ」
私は短い溜め息を吐いて、ぺたぺたと廊下を歩いた。
兄の部屋の前に立つと、あのカタカタと言う音がはっきりと聞こえてくる。
「入るよー」
ノックもせずに足でドアを開ける。すると途端にあの音は止まってしまった。
「うえ……」
ホコリ臭い空気が立ち込めた部屋に片足だけ突っ込む。
「朝ごはんだって。」
電気も付いてない、シャッターも開いていない真っ暗な部屋。ダンボールや漫画本などが散らばった床。その奥にはぼんやりと光を放つパソコンのモニターと、その前に座る猫背でストレートネックな醜い兄。
「ねぇ、聞いてんの?」
イライラする。私はわざとらしく足踏みをした。それでも兄はだんまりだった。
「お前さー、せめて自分で取りに来いよ!」
私はそう叫んでがちゃんと音を立てて床にお盆を置いた。
「さっさと出てけよクソゴミ野郎が」
私はそう吐き捨てて勢い良くドアを閉めた。
「きめーんだよ……」
部屋からは出てこないでほしいけど、うちからは出てってほしい。
まじでムカつく!
私の名前は美沢(みさわ)こころ。ごく普通の中学二年生だ。
別に普段からこんなに荒んだ性格をしているわけじゃない。これにはちゃんと原因があるのだ。
私の兄は、引きこもり――いわゆるニートだ。
中学生の頃からクラスで浮きまくりだった兄は、高校でも浮きまくり大学受験にも失敗した。そして就職活動もせず、高校を卒業してからはずっと部屋に閉じ籠っている。
毎日毎日、朝寝て夕方起きる生活。起きている間はどうやらオンラインゲームやネット掲示板に張り付いているらしい。兄と私の部屋は隣同士だから、嫌というほどキーボードを叩く音が聞こえてくる。
いじめられたせいか元々なのか知らないけど、兄は異常なほど他人を恐れている。さっきみたく私が部屋に入ったり部屋の前を通ったりすると途端にキーボードを叩くのをやめる。「遊んでませんよ」アピールなのかもしれないけどバレバレだ。四六時中パソコン弄ってるのが恥ずかしいって自覚があるならちょっとは離れろっての。てか就職しろし。
そして私が一番腹が立つのは、あいつは自分より弱いと見なした人に対しては強く出ようとするところだ。あいつはお母さんに対して明らかに当たりが強い。体格のいいお父さんと気の強い私からこそこそ隠れるストレスを全てお母さんにぶつけようとしてる。きっと昨日の口喧嘩の原因も、兄が暴言を吐いたからに違いない。
お母さんは「大丈夫」って顔をしてるけど、大丈夫なわけない。何で何も悪くない、むしろ迷惑掛けられてるお母さんが我慢しなくちゃいけないの?あいつが家から出てけば全て解決するのに!
「行ってきまーす」
お母さん特製の目玉焼きとトーストを平らげて歯を磨き、学生鞄を掴んだ。
「行ってらっしゃーい」
「今日も学校楽しみだなぁー」
私は兄の部屋の前を通る時、わざと大きな声でそう言ってやった。