ストーリー☆
庶民ながら私立冬星学院に通う夏城赤奈は、生徒会長の冬星蒼を助けるために初代学長の像を壊してしまう。
像の弁償に必要な2000万を補填する為、腹黒生徒会長に"雑用係兼専属SP"としてコキを使われる羽目に……
キャラクター☆
夏城赤奈(なつじょう せきな) 雑用係兼専属SP
空手が得意で怪力がヤバい節約女子。
バイトを掛け持ちしており、料理や接客の経験は豊富。
冬星蒼(ふゆほし そう) 生徒会
冬星財閥の息子にして勉学・スポーツ万能な爽やか王子。
実態は口が悪く短気な男。
秋堀勇黄(あきほり ゆうき) 副生徒会長
蒼の幼馴染で有力議員の息子。
IQ500を誇る頭脳を持ち、生徒会の参謀役で蒼の右腕。
お調子者で熱血漢だが空気の読めない言動をする。
秋掘洸黄(あきほり こうき) 会計
勇黄の双子の弟。
兄と比べて卑屈な陰キャになっているが、そこそこハイスペック。
赤奈の扱いの酷さに同情し、優しくする唯一の良心。
垂春桃音(しだれはる ももね) 書記
有名ブランド・MOMOの社長を父に、スーパーモデルの母を持つ美人。
人気読者モデルを務め、親しみやすい性格だが自分より下と見た人間には冷たい。
私立冬星学院東京校。
数々の有名企業社長のご子息や政治家のご令嬢が通われる、漫画かよってツッコミたくなるくらいの金持ち学院だ。
そんな夢みたいな学校の上澄みの上澄み、生徒会。
これまた漫画みたいだけど顔良し頭良しスポーツ良しのスーパーエリートが君臨している。
え?私はお嬢様なのかって?
残念だけど私こと夏城赤奈は超ド庶民で、生徒会に勝てるのは握力くらいしかない。
じゃあなんでこんな超金持ち高校にいるのかというと、それは語れば長くなるので後ほど。
「あーあ、私も大企業とまではいかなくても普通の青春したかった〜」
うちは庶民の中でも貧乏寄りで、弟の学費を貯めるために放課後はバイトをかけもちしている。
登校前にランニングがてら新聞配達、昼休みはこっそり造花の内職、放課後はファミレスのウェイトレス、休みの日は空手教室のバイト。
スポ根漫画みたいにインターハイ目指して一致団結!とか友達と帰り道で買い食いとかカラオケとかしてみたかった……まぁ金持ち校じゃどの道ムリか……。
「はー……今日もバイトか……」
なんてブルーな気分で渡り廊下を歩いているときだった。
「きゃ〜っ、冬星様危ない!」
「へっ?」
女子生徒の悲鳴に目を向けると、男子生徒の頭上に大きな影がぐらついていた。
補修中だった初代学長のガラス像が落ちかけている。
「わっ、わっ、そこの人、危ない!」
――ガシャーン。
思わずとっさに体が反応して、男子生徒の前へと飛び出でる。
反射的に落ちてくる銅像を殴り飛ばし、危なかった男子生徒を突き飛ばし、私はその場にすっ転んだ。
「ったぁ〜……あわぁぁぁぁ!」
幸い転んだのは芝生の上でガラス片も刺さらなかったけど、ガラス像は見事に粉々。
ただのガラスではなく、高級水晶を使った学院の宝である像だ。
水晶玉のようにつるつるだったハゲ頭も見事にひび割れてしまっている。
「大丈夫? 怪我はない?」
意気消沈して芝生に突っ伏している私に手を差し伸べたのは――。
「せ、生徒会長……!」
冬星の天使、奇跡の王子、神の傑作。
とてつもない二つ名を総なめする生徒会長、冬星蒼。
冬星学院理事長の息子にして勉学・スポーツ万能、華道や茶道もこなす超絶爽やかイケメンエリート!
「危ないところだったよ、ありがとう。一応手当をしたいから保健室に行こうか。歩ける?」
「いえ、結構ですっ!見ての通り擦り傷のひとつもありませんから!」
「うちの大事な生徒に何かあったら申し訳がないよ、念の為に行こう」
「ひぇぇ〜」
半ば強引に手を引かれ、保健室へと連れていかれる。
周りの女の子のまなざしが怖いよ………。
「……で? 像を壊した責任、どうしてくれんだよ」
「……はい?」
人気のない校舎裏、鋭い目付きの会長。
構図は完全にカツアゲだ。
「だから、像を壊した責任。あの像いくらすると思ってんの?」
「はぁぁぁぁ!? いやいやいや、あれは不可抗力ですって! あのままだったら会長ケガしてましたよ!?」
「あれくらい手で受け止めて元に戻せたのにお前が余計なことしたから面倒なことになった」
「はぁ〜〜〜〜〜?」
「ガラス片で怪我人出たら責任とれんの? 有名企業の息子とかいるんだぞ? 学校の評判ガタ落ちさせる気かよ。ほんと考え無しの能無しだな。マジ最悪」
はぁーっと深いため息をつき、舌打ちをする会長。
爽やか王子の面影はなく、あるのはただの口が悪く態度のでかい男。
「来週までに4000万。小切手でも現金でもいいから早く持ってこい」
「いやいやいやいやいやいやゐや」
なんかもう一周まわって面白くなってしまい、私は笑いながら手を横に振った。
「無理に決まってるじゃないですか〜そんな大金」
「……大金 」
「4000万は大金ですから、庶民にとっては」
「……庶民」
そう言うと会長は小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「はっ、まともな判断力もない上に金もない。終わってんな」
軽蔑したような言い方に、思わず手に拳を握る。
だめだ、こんなお坊ちゃん殴ったらお母さんに迷惑が――。
お母さん……? まずい、この4000万弁償しなきゃいけないの?
そんなことになったらお母さんが、弟が、家が――。
「ゔっ……うぅぅ……お母さん……ごめんなさい、ごめんなさい……」
「たかが4000万で泣くことな……お前怪我! 傷ないっつったじゃねーか!」
手のひらで顔を覆うと、いつの間にか開いていた手の甲の傷口に気がついた会長が、目を見開いている。
「クソッ、手間かけさせやがって! 保健室に……」
「うるさい、それどころじゃないっ! 4000万分なんでもするし返せるまで働くから、お願いします……! お母さんには連絡しないで! また働きすぎて倒れちゃう……っ」
"あの男"と離婚してから、お母さんは女手一つで私たちを育ててくれている。
収入を稼ぐために夜勤を何連続も入れていて、前に一度倒れそうになるまで仕事をしていたからすごく恐怖心を抱いている。
4000万の弁償代を払って下さいなんて知られたら今度こそショックで倒れてしまう。
「……まぁ、あの補修業者にも少なからず……というか責任はかなりある。そこも加味して半額の2000万の弁償で済むよう理事長に掛け合ってやる」
「半額! そいつはお得だな!……ってそうじゃないよ〜! 2000万でも即支払いは無理! お願いします来週と言わずに20……否10年待ってください! それか臓器を売るとかマグロ漁船に乗るとか……」
マグロ漁船……生きて帰ってこられないとか噂はあるけど手っ取り早く稼ぐなら乗るしかねぇか……?
腎臓ひとつくらいならまぁどうにかなるでしょ!
と色々考えあぐねていると、
「はー……もう馬鹿馬鹿しくて怒る気にもなれねぇ」
会長は吐き捨てるように怒鳴ると、こちらを見据えて言った。
「丁度いい、俺のSPが育児休暇をとった。生徒会も一人抜けて人手不足だ。その間に生徒会の雑用係兼俺の専属SPとして3年間働け、馬車馬のように」
「!」
うわ、どうしよう神様みたいに見える……。
いやいや、元はと言えばこいつを助けたからこうなったし補修業者の監督不行届だし私なんも悪いことしてなくない?!騙されるな!
でも会長も4000万を2000万に値切って理事長と掛け合ってくれる(?)ように説得してくれるみたいだし割と良い奴??
いやいや騙されるな!
良い奴?
騙されるな!
良い奴?
騙され――うわぁぁぁぁもう!!!!
「う……うおおぉぉぉ! ありがとうございます! そんなんでいいんですか? 時給換算すると3500円オーバーの超高額案件になりますが!?」
「金の計算はっや…………ほんとうるせぇなこいつ……」
――翌日。
「……というわけで、新しく生徒会に"なんでも係"として夏城赤奈さんを迎えることになりました。学院での困り事があったら彼女になんでも相談してくださいね」
月に一度の生徒会主催全校集会。
爽やかな笑みでマイクを握る会長こと冬星に震えが止まらない。
教会か?とツッコミたくなるような無駄に広い講堂に立たされ、私は全校生徒の前に晒されている。
表向きはなんでも係、実態は雑用兼SP。
「えーっ! 羨ましい!」
「あの生徒会に入れるなんて……何が秀でている方なのかしら?」
「親が有力な財閥とか?」
すみません、何も秀でてないし"親"はすごく立派で患者に優しいけど普通の看護師なんです。
「そういえば夏城赤奈って、入学時の寄付金ランキング入ってたよな」
「夏城とか聞いたことない名前だけど、財力あるんだ?」
「いやーでもバイト掛け持ちしてるって噂だし……」
「どういうこと???」
ふと耳が拾った噂に、自然と歯の奥をギリッと噛んでいた。
"あの男"の話はもう思い出したくなかった。
私の父親は――。
「それでは夏城さん、みなさんに一言意気込みを」
「えっ、あ……!」
横を向くと、爽やか王子スマイルで威圧をかける会長。
やばい完全に意識トんでた……。
意気込みとか聞いてないんですけど!?
お前はただ間抜け面晒して突っ立ってろって言いましたよね?!
うわ全校生徒に見られてるし何か言わなきゃ……!
「はじめまして、1年C組の夏城赤奈です! 皆さんの困り事をお助けしたいと思って生徒会に入りました!(ウソ) 先生も生徒の皆さんもお気軽にご相談ください!(ウソ) ドーンと赤奈にお任せあれ〜!」
……ってあれ?
なんかシーンとしてるような……?
「ふふふ、とても熱心な方なのねぇ」
「つーか悩みなんて全部執事が解決してくれるのに、必要ある?」
「あんなに叫んで……品のない」
お、思ってた反応と違う……。
もっとこう、うぉぉぉ生徒会メンバー爆誕!頑張れー!とかそういうの期待してた……。
「あ、まぁ……そういうことなんで……」
若干尻すぼみになりながら、とぼとぼと舞台袖へ向かう。
なんかもう駄目そうかも〜〜〜学園生活〜〜。
全校集会後、私に向けられる好奇の視線は増えていく。
庶民なのにこの学院に入れた時点でも珍しいのに、生徒会に入るなんてますます目立つ。
羨ましいという視線半分、なにこの庶民という視線半分。
とりあえず放課後になると、視線から逃げるように生徒会室へと直行した。
「うひゃぁぁ……これが……生徒会室……!」
高級ブランドMOMOのソファやカーペットに大画面シアタースクリーン、冷蔵庫、シャワー室erc……。
生徒会のみが入室を許可されており、普段は会長が鍵を握っているので開かずの間となっている。
私の部屋よりも快適で綺麗だな……そりゃそうか……。
「放棄せずに来たようだな」
「そりゃまぁ……ね」
本当は逃げたいけど、日本トップの財力を誇る冬星を敵に回したらたとえ地球の裏側ブラジルに逃げたって連れ戻されるのがオチだ。
ド庶民で丸腰宿無しジャジャジャジャーンな私は従うしかないのだ、くわばらくわばら。
「よー蒼!待ったか?」
「お疲れ様です……」
「おはよ〜ってもう午後かぁ」
会長と話していると、ぞろぞろと3人の男女が入ってくる。
うわ、本物の生徒会だ……ファンに囲まれて滅多に見られないから有名芸能人にでも遭遇した気分になる。
「あ、こいつが今日の集会で言ってた"なんでも係"の……」
「はっ、はじめまして、夏城赤奈です!」
副生徒会長で全国模試トップ連続記録保持者の秋堀勇黄さん。
身長180cmに見下ろされながら、90度に腰を曲げる。
「まぁ"なんでも係"は表向きで、初代学長の像2000万の補填として"生徒会雑用兼専属SP"として使うことになった」
「えーっ、なになに?初代学長の像割ったの君なんだぁ? 度胸あるぅー」
「度胸って……わ、わざとじゃないんです!」
超人気読者モデルで書記の垂春桃音さんがこちらを覗き込むようにして笑っている。
今をときめく人気アイドルに引けを取らない顔立ち、読者モデルなのがもったいないよパリコレに出られる美貌とスタイルだよ……。
「災難だったね……」
そう小声で励ましてくれたのは、他3人の影で隠れがちだがバイオリンコンクールやピアノコンテストで優勝をかっさらっている秋堀洸黄さんだ。
卑屈で陰キャ(失礼)だが、地味に隠れファンが多い。
「つーか雑用係は分かるにしても、なんでSP? こんなヒョロっちいの役に立つ?」
「ヒョロっちいって……!」
勇黄さんが私を指さし、ヘラヘラと笑っている。
一応これでも空手の有段者だ。
まぁ確かにチンピラの相手くらいならなんとかなるかもしれないけど、命狙ってくるような輩の護衛には荷が重すぎる。
「一応こいつ見かけによらず握力学年1位のゴリラだし、吹っ飛んだ時の受け身の取り方からして格闘技経験者だと思った。なによりあのガラス像を素手で殴って傷一つで済んでるしな。SPといっても学園内のお遊びだし、危険人物と遭遇するなんてたかが知れてるだろ」
「ゴリラは余計じゃないかな???」
私が本気を出したらお前の腕の一本くらい簡単に潰せるんやで??
と言いたいのをこらえる。
「あたしたちの自己紹介はいいよね? 知ってるでしょ〜?」
「存じておりますとも……」
桃音さんは気さくな態度で接してくれた。
「あの、それで今日は……」
「じゃっ、この書類のまとめよろしく!」
「え?」
桃音さんは広辞苑か?ってくらいの紙の束を私に手渡すと、鞄を持って出口へと向かう。
「え、待ってください! 生徒会の仕事するんじゃ……」
「君雑用係なんでしょ〜? だったら私の代わりに書記やってよ」
「そうか、雑用係ってことは俺の仕事も受けてくれるってことだな! じゃあ副生徒会の仕事も頼む!」
「生徒会長の仕事も頼むわ。俺クルージング行ってくる」
「えーあたしも行っていい? 今日撮影もなくて暇でさ〜」
桃音さん、勇黄さん、そして冬星蒼の野郎も私に紙の束を渡して出口へ向かってしまう。
「お前も来いよ!」
「わ、兄さん?! 酷いだろ、彼女戸惑ってるだろ!」
助け舟を出してくれた洸黄さんに便乗し、私も何とか訴える。
「そうですよ、私今日来たばっかりでなんも分からないんですが???」
「ハンコ押してサインして目通して分かりやすいように纏めて」
ピシャリ。
頼みの綱だった洸黄さんも勇黄さんに引っ張られ、クルージングへと向かってしまう。
追いかけてくるなと言わんばかりに扉を強く閉められ、引き止めることもできずに立ち尽くすしか無かった。
「うわぁぁぁどうしよう!」
とりあえずハンコ押せるとこは押して、サインって?
これ偽造にならない??
適当に目を通してって言われてもこの資料フランス語なんですがどういうこと??
なんで生徒会の資料にフランス語なんかあるの???
なんてぐるぐる考えていた時だった。
「なんでも係さんいらっしゃいます〜?」
生徒会室をノックする声と共に、わらわらと生徒が長蛇の列を作る。
「廊下が汚くて困っています」
「学食のスイーツは飽きたのよ、何とかしてちょうだい」
「バスケ部のゴールが壊れたから治して〜」
「湯豆腐が食べたいですわ〜」
「ぎぇぇぇぇ!なにこれぇ?!」
ただでさえパニック状態なのに、追い打ちをかけるようになんでも係への依頼。
初日ということもあって興味本位でクッソどうでもいい悩みを依頼してくる。
特に最後のなんやねん湯豆腐が食べたいって。
「なんでも係は困ったらなんでも相談していいんじゃないんですかー?」
「こま……困ったらって……そういうのは執事さんや清掃員の仕事で……」
どう考えても掃除は学園が雇ってる清掃員の仕事だし、スイーツは自分で食べに行けばいいし、バスケ部のゴールも業者にやらさればいいし、湯豆腐は執事にでも頼めばいい、困り事でもなんでもない。
「生徒会も大したことないな」
「口だけなのね、所詮」
断ろうとすると生徒会を悪く言われてしまう。
このままでは明日辺りに会長に知られて
――やっぱりクビ、臓器売れ。
なんて言われるーーー!!
「わ、分かりました分かりました! やってやりますよこの私がぁぁぁ!!!」
まずは廊下掃除。
黒ずんだ床にはオキシクリーンを希釈して軽くブラシで擦る!
更に濡らした新聞紙を床に巻けばホコリを舞わせず掃除可能!
「す、すごい、一瞬で床がピカピカに……」
「掃除のバイトしてたことあるので」
次に学食のスイーツに飽きたお嬢様。
ケーキやパフェ類が充実したメニューだから、ここは一つフルーツピザを!
フワフワで少し甘いハート型の生地に酸味のあるフルーツにビターチョコソースで甘すぎない!
さらにカフェラテの3Dアートでインスタ映えも意識!
「まぁ、可愛らしいカフェラテに……これはフルーツのピザ……? 甘すぎずカフェにもピッタリだわ!」
「メイド喫茶でバイトしてたことあるので」
次はバスケットゴールの修理!
ドライバーでネジを外して錆びた金具を入れ替え!
錆止めを塗ってついでに保護剤を塗布して補強!ゴールネットのほつれも修繕!
「なっ、新品より綺麗に……」
「自転車屋の修理でバイトしてたことあるので」
最後は湯豆腐!
絹ごしと木綿で温度を分けて!ふわっと浮いたら食べ頃のサイン!
鍋は土鍋で、出汁は利尻昆布を1枚投入!
「あの料亭で食べた味を思い出します……」
「和食のファミレスでバイトしてたことあるので」
依頼を終えたら書類仕事!
会計の書記のメモはExcelを使って見やすく纏める!
フランス語の資料は翻訳アプリを使って八割解読!
会長の筆跡を真似して急いでサイン、ハンコは朱肉をたっぷり付けて一気に押印!
「うぉぉおぉおおぉぉぉっ! できたぁぁぁぁぁあ!!!」
生徒会の仕事と依頼人の仕事を全て2時間以内に捌き切ると、ギリギリになりそうなバイト先へと走って向かった。
蒼side
「昨日帰っちゃって良かったのか? 彼女、生徒会の仕事全然分からないのに……」
「こっちは金払ってるんだからそのくらいの仕事してもらわなきゃ割に合わねぇだろ」
心配そうにする洸黄に呆れながら、昨日のことを思い出す。
夏城赤奈。
一通り軽く身辺調査をしたが、まぁ平々凡々な家庭だ。
毎日バイトにあけくれて成績も平均、空手と身体能力自体は高いが球技やスポーツセンスはからっきし、芸術点も壊滅的。
とりあえず憂さ晴らしに仕事を押し付けてみたが、今日あたりにわんわん泣いて辞めたいと言い出すに決まっている。
そうしたらまぁ2000万円分うちの経営する会社の下っ端としてコキ使ってやるか、なんて考えながら校門をくぐっていると。
「なんだ? あの騒ぎ……」
やけに人だかりができていて、その中心には夏城赤奈がいた。
「はーい押さなーい、フルーツピザはまだあるんでー。私に学食一食分奢ってくれるならあげちゃいまーす」
「きゃー!ハート型、可愛い!」
「ラテアートもすごい!」
群がる女子生徒にパック詰めされたフルーツピザとラテアートされたコーヒーを渡し、代わりに学食を奢ってもらうという商売を始めている。
「うちの別荘も掃除してくれる?」
「学校外のことは業者さんに頼んでください……オススメの業者紹介するんで」
「家にあるサッカーゴールの方も修繕頼めますか?」
「私のバイト先紹介するんでそこで頼んでください」
「湯豆腐! 湯豆腐が食べたいわ!」
「レシピ教えるんでコックさんにでも頼んで貰えます? あぁこれ私のクックパッドアカウントです」
昨日の冷めたような生徒の反応から打って変わり、俺をも凌ぐレベルの人気者になっていた。
「おいおい、昨日の一日で何があったんだよ……」
少し遅れてやって来た勇黄と桃音も戸惑っている。
普段周りにいた俺達のファンが根こそぎアイツ……夏城赤奈に持っていかれている。
「あら、会長! 新入りの夏城さん素晴らしいですね! あんなに可愛いスイーツを作れるなんて!」
「廊下が一瞬でピカピカに……!」
「会長が夏城さんを生徒会に入れた意味が分かりましたわ! さすが人を見る目がありますわ」
やっと人が来たかと思えばこれも夏城赤奈の話でもちきり。
当の本人はボケーっとだらしない顔をしながら「湯豆腐はもう作りません」とか訳の分からないことをぼさいている。
「お、冬星に垂春! 昨日の書類なんだが……」
ちょうど校舎前を通った教師に呼び止められ、俺たち3人は振り向いた。
どうせ昨日適当に押し付けた書類に不備があったのだろう。
なにかあれば夏城のせいにでもするか、なんて思っていたら。
「いつもより見やすくデータもしっかり記載されたレポートになっているな! 君たちも生徒会入りしてまだ日は短いが、ここまで上達するとは。特に垂春の資料は前回より確実に良くなっている」
「なっ、昨日の資料は……!」
桃音は一瞬悔しげな顔をしたが、すぐに表情を整えて「ありがとうございます」と一礼した。
勇黄はへらへらと笑っている。
「へー、あの雑用係やるじゃん」
「うっざ。ちょっと庶民が雑用したらチヤホヤされて……調子づいてるだけでしょ」
「……ちょっとじゃ、ねぇだろ」
自然と拳に力が入る。
「昨日の資料は俺達4人が3日かけて出来る量を放課後全て的確に終わらせた。それに終わらず校内で謎のスイーツ&カフェラテブームを作り出してちゃっかり学食を奢ってもらって、黒ずんだ床を甦らせ、おまけにそれをバイト先の宣伝に繋げやがった。雑用を自分の利益にしやがった、アイツ」
悔しい、ただただ悔しかった。
俺はアイツより勉強ができる。スポーツもできる。芸術センスがある……けどそれが何かを生み出したり、人の役にたったことなんて一度もない。あそこまで学院を賑わせるなんて出来ない。
経験の差が、出た。
「おい、夏城赤奈」
教室へ向かう道中を歩いていると、こそこそと夏城が周りを警戒しながら不審な動きをしていた。
大方SPの真似事だとは思うが、それにしても不審者すぎる。
「お前完全に不審者だぞ、なにやってんだ」
「いやぁ、一応SPも兼任してるし、なにか危険がないか警戒を……あ」
なにかに気がついた夏城は上の方を見上げた。
視線を追うと、校舎前に体長3cm超の巨大な蜂が往来を飛んでいるのが目に入った。
周囲に悲鳴がどよめく中、蜂は俺の方へと向かってくる。
「冬星様〜! 逃げてください!」
「おい、なんでこっちに……あークソッ、早く業者を……」
「えい」
パ――――ン
「えっ」
「え?」
「え???」
夏城が石を軽く投げると、それは弾丸の如く蜂を撃ち落とした。
更に彼女は地に叩きつけられて羽をばたつかせている蜂を躊躇なく摘み上げると、「山へ還りたまへ」と山の王のような風格で蜂を校門から逃がす。
「あっ、冬星会長、今度はボールが……っ」
あっけにとられていると、次は俺目掛けて野球ボールが時速100kmで飛び込んでくる。
「危なーい!! うぉりゃぁぁぁぁ!!!」
そしてすかさず夏城は俺の前に庇うように立ちはだかると、素手で超豪速球を受け止める。
夏城の手から白い煙が立ち上る。
「会長、怪我は?!」
「それはこっちのセリフなんだが???」
「私は無傷だよ〜。バッティングセンターでバイトしてたことあるから」
「そうはならんやろ」
バッティングセンターでバイトしてるからって豪速球を受け止められるのとは全く関係ないだろと心でツッコミを入れる。
「お前、なんでそこまで……壊したのはお前とはいえ、借金を課した張本人を体張ってまで庇うのかよ」
「いやほら、一応お金もらってるからSPとしての責務は果たさなきゃなと……」
彼女はこともなげに言ってみせると、野球ボールを朝練していた野球部員の方へと投げ返した。
その球は時速100kmで弧を描き、野球部員のグローブへと収まった。
「なにこいつこわ…………」
俺、もしかしてとんでもない女を手に入れた……?
逆境とは、と聞かれたら、俺は"乗り越えるもの"と答える。
けれど彼女は違った。
「よっしゃー! これで当分昼飯代浮くわ〜助かる〜」
昼食の学食。
女子生徒の間でフルーツピザが話題になり、その恩恵で学食を奢ってもらっている。
金銭だと教師に見つかって退学処分を食らう可能性があるため、学食を交換条件に選んだ点も抜かりない。
「この際滅多に食えないステーキを!って恐る恐るリクエストしたらあっさり奢ってくれたし、それだけでいいの?と言われたので厚かましくデザートも頼んだらこれまたあっさり。貴族こわ」
「学内で勝手に商売しやがって……」
「まぁまぁ、金銭発生してないし〜これで道端の草を食べずに済むなぁ」
「マジでどういうこと??」
「よもぎの天ぷらで3日間凌いだ」
彼女曰く、母と弟にはちゃんとしたご飯を作るけど、彼女自身はそんな感じだったりする。
先に食べちゃったと言って誤魔化せば案外バレないらしい。
「酢飯に醤油とワサビでネタのない寿司食ったり、茹でたパスタにポン酢だけかけた貧乏飯とか、なんかもうずっとそんな感じ。肉とか久々すぎて泣く」
俺なら銀座の大トロ5枚乗せでも高級イタリアンパスタでも食おうと思えばいつでも食えるのに、こいつと来たら道端の草を天ぷらにして……。
確か夏城の母親は看護師で多忙、弟は留学が夢で遅くまで英会話教室に通っている。
父親に関しての情報は得られなかったが、養育費の支援もロクにしないのだから大した父親ではないのだろう。
「お前、自分の人生恨んだりしねぇの?」
「……は?」
夏城はステーキを飲み込みながら驚いた顔をしている。
「だからっ、自分の人生恨んだりしねぇのかって言ってんだよ。毎日色んなとこで働いて取り分は家族に渡して、残飯みたいな飯食って……! よくそんな状況でへらへらしてられんな。信じらんねー」
悔しかった。
金に困らない、趣味に時間もさける、恵まれた環境にいるのに敗北感を覚えたのが悔しくて、つい嫌味な言い方をしてしまっていた。
彼女はステーキを切る手を止めると、ぽつりと話し始める。
「私さ……餃子焼くのめっちゃ上手いんだよね」
「……は?」
脈絡のない話題に、結んでいた口がぽかんと開く。
餃子なんて今までの会話に一度も出なかった単語を出してきて、一体何が言いたいんだと怪訝に思っていると、彼女は続けた。
「バイトの経験のおかげで自転車も直せるしラテアートだってできるし、新聞配達で鍛えてるから足も速いし、料理も掃除も害虫駆除もプロ並み。私、昔は自転車壊しても直せなくて、お腹が空いたら泣いてお母さんに知らせて餃子作ってもらって、虫が出たらギャン泣きして大騒ぎ……でも今は全部自分でできちゃうんだよ、解決」
そう真っ直ぐ見据えられた夏城の瞳に、反射して俺が映った。
自転車も直せない、料理もできない、虫も触れない、何も出来ない情けない俺の姿が。
「私の人生マジでゴミだけど、逆境は乗り越えるものじゃない。利用するものだからね、私は! だから人生これで〜いいのだ〜♪」
いつの間にかデザートまで平らげていて、彼女は軽い足取りで皿を下げる。
突然目の間に現れた彼女の存在は、眩しすぎた。
赤奈side
放課後、思い足取りで生徒会室へ向かう。
今日も色々と雑用やらされるのかなーと思うと自然とため息がでる。
「こんにちはー……ってアレ?」
生徒会室の扉を開けると、冬星含め既に他のメンバーはパソコンや書類に向かって仕事をしており、私が入っても一瞥しただけでその手を止めずに続けている。
「みなさん今日はお仕事されるんですか?」
「ちょいちょい、あたしがいつもサボってると思わないでよね! あんたより的確に素早く終わらせられるんだから」
「え? あぁ、すみません……?」
確かに皮肉めいた失礼な言い方になってしまい、桃音さんの逆鱗に触れたらしい。
「気にすんな夏城! 昨日お前が作った資料がいつもより良いって先生に褒められて対抗心燃やしてるだけだからな!」
「勇黄、余計なこと言わないで!」
「え? あ、昨日の資料大丈夫だったんですか。私フランス語とか全然分からないからすごく心配で……」
冬星財団は日本だけでなく世界各地に姉妹校を設立して交流をしており、フランスはその中の一つ。
昨日の資料は交換留学の案内だったらしい。
「えー? フランス語も分からないとか終わってなーい? 海外の社交界では必須スキルだよ? まぁ所詮看護師の娘だから仕方ないかぁー」
「……所詮看護師?」
私はカバンを置く手を止め、何事も無かったかのようにパソコンを操作する桃音さんを見た。
キーボード音だけが響く。
「おい桃音!」
「なに洸黄、ムキになっちゃって〜事実言っただけじゃん。誰でもなれる仕事で給料だって大したことないし。あたしのパパとママは世界で知らない人はいないんだよ?」
桃音さんは綺麗な唇に弧を描いて、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
私は拳を桃音さんに向けたい気持ちを抑え、何とか力の行き場を壁へと向けた。
ドン、と鈍い音が響く。
「確かに貴方のお母様とお父様は、たくさんの人に夢を見せる素敵なお仕事してます。でも、私のお母さんだって命を救ってるんです! 夢を守っているんです! どっちも素敵な仕事、でいいじゃないですか!」
「えー何? 雑用係の癖に説教するんだ? 昨日ちょっと褒められたからってちょづいてんでしょ〜? 壁ドンなんかしちゃって、野蛮でウケる」
「雑用とか関係ない!」
桃音さんはフレンドリーで親しみやすくて人気者。
だけど自分より下と見た人間に対しては何を言っても何をやらせてもいいと思っている。
だから底知れない怖さがある。
「はーもう、蒼〜、早くこいつ追い出してよ。気分悪〜い」
「……そうだな、俺もすこぶる気分が悪い」
「でしょでしょ?」
「そんな、会長まで……」
冬星は無表情でパソコンのキーボードを打ち込むと、高そうなカップに入ったコーヒーを啜った。
「つーわけで、出ていけ」
「おっ、そうこなくちゃ」
助けるためとはいえ私の負った借金を半額まで減額しようとしてくれたり私の事心配(?)してくれて、悪い奴じゃないかなって思ったのに!
冬星までそんなこと思うんだ……。
「……分かった、出ていく」
「それはないだろ蒼! 今のは完全に桃音が……」
「ありがとう洸黄さん……でも、もういいや」
洸黄さんが立ち上がって心配そうにしてくれているけど、私はふっきれた。
こんなとこでコイツの下につくくらいなら、臓器でも売った方が――。
「おい待て、なに出ていこうとしてんだ。サボる気か?」
「なっ……あんたが出ていけって言ったから……!」
こいつ自分が出ていけって言ったのに何言ってるの……!?
「俺は桃音に言ったんだよ、早とちりすんな」
「「……はぁぁぁぁ?!」」
私と桃音さんは、同時に声を上げた。
「看護師は少なくとも3年の大学入籍と国家試験をパスしなきゃなれない仕事だ。誰でもできるわけじゃない。つーか全国の看護師に謝れ」
「なにそれ……っ、蒼まで雑用係の味方するつもり?!」
「会長……」
うぉぉぉやっぱり我らが会長!
というか主語ちゃんと言えよな!!!紛らわしいわ!!
「追い出すなら不快だと思った方を追い出すに決まってんだろ」
「……もういい、あたしが出ていく。あたしの分の仕事やっといて。あんたの方が上手らしいし」
「わ、桃音さんー!?」
桃音さんはスクールバッグをひっ掴むと、早足で生徒会室をあとにした。
ガシャンとドアを力任せに占める音が響く。
「おーこわ。蒼〜怒らせちまったな? 後々面倒だぜ?」
「別に。別に間違ったことは言ってない。だろ?」
「そう、だけど……」
冬星に視線を向けられ、私は曖昧ながらに頷いた。
まさか冬星が味方してくれたなんて正直嬉しいけど、桃音さんと険悪な空気のままでは今後の生徒会の仕事に支障が出る気がしてならない。
「……私やっぱり桃音さんと話してくる!」
「ふん、今行っても逆上して拗れるだけだぞ」
「うるせー!!!話してみなきゃ分かんないでしょ!」
「おい! って足はやっ」
「桃音さん!」
私の脚力があれば女子高生1人付け回すくらい容易いのだ(犯罪)。
桃音さんは中庭の噴水の裏で座り込んでいた。
「なに? 嫌味でも言いに来たの〜? よかったじゃん、蒼に味方してもらえて」
「いやーアレを擁護する人はいないと思いますよ……」
「うるさいなぁ、もう! ほっといてよ!」
「ぐえっ」
桃音さんは私の顔面にスクールバッグを押し付ける。
窒息しそうだ。
「ぽっと出の新人と癖にあたしより良い資料作って日向先生に褒められやがって! 庶民の癖に、庶民の癖に〜〜〜っ」
「……日向先生……?」
聞き慣れない人名に首をかしげていると、桃音さんは痺れを切らしたように叫んだ。
「生徒会の顧問で学年主任の日向芽吹先生! 全校集会でいつも話してるじゃん!知らないの?」
「あーそういえばいた……ような……?」
「いたような? じゃないでしょ! 一目見たら忘れないでしょうよあんなカッコイイ人!」
「はぁ……」
つまりはあれだ。
ははーん、桃音さん、好きな先生が私の資料を褒めたから嫉妬してるんだな?
超人気読者モデルも一人の恋する乙女ってわけだ。
正直あの金持ち校にしては熱血でうるさくて野球部顧問みたいな教師の良さが私にはよく分からないけれど。
「日向先生が好きなんですか?」
「そーよ悪い? 将来あたしのパリコレを1番近くで見てくれるって約束したんだから!」
「い、いいと思います……」
「というわけで、貴方はもう今後一切日向先生に色目使わないで!」
「色目使うどころか会話もしたことないんですケド……」
日向先生には申し訳ないけど、つい最近まで存在すら忘れていた。
「あとあれ、別に本気でバカにした訳じゃないから。気に触ったなら悪いと思う。ただ私の方があなたより立場が上ってことは変わらないから、そこんとこよろしく」
桃音さんは言うだけ言うと、スクールバッグを持ってスタスタと行ってしまった。
「とりあえず日向先生に近づかなければ問題はナシ……か」
「遅いぞ」
生徒会室に戻ると、冬星が不機嫌そうにキーボードを叩いていた。
まぁ職務をほったらかしにしちゃったし、騒ぎも起こしたからそれはそうか……。
「あの……さっきはありがとう」
「別に。あいつとは話せたのか」
「うん。和解……とまではいかないけど、まぁ謝罪(?)はしてくれたから良かった」
「あの桃音に謝罪させるとかすごいな〜夏城」
勇黄さんは感心したように笑っている。
「これ、お前宛ての雑用の依頼。それと……」
冬星はいつの間に用意したのか依頼箱から紙を取りだし、それともう1枚別にバインダーを手渡した。
「これは?」
「来月から交換留学でフランス校の生徒が来る。その歓迎会のプランをお前に任せる」
「へ……? ええええぇ?! そんな、そんな大役を私が!?」
交換留学生のパーティーといえば、日本校のレベルを見せつける絶好の機会として盛大に行われている。
今まで散々私を無能だのバカ扱いしてきた冬星が私にそんな責任重大な役を押し付けるなんて!
「いやいやいや、むりむりむり!これは雑用の域を出てる! 今まで散々バカにしてきたのになんで……っ」
「うるせー!俺が雑用って言ったら雑用なんだよ!」
「横暴だーー!」
雑用係なんて所詮お茶汲みとか書類の整理とかそんな窓際のOLみたいな仕事しかないでしょって思ってたのに!
「いやー夏城お前大変な役に任命されちまったな」
「夏城さん、俺もできる限り相談に乗るから……」
他人事だと思って呑気に笑う勇黄さんと、哀れみの目で見る洸黄さんに両側から肩を叩かれた。
絶対に私に恥かかせて笑う気だこの人……。
「……言っておくが。面倒だから押し付けているわけじゃない。接客やもてなしの経験が俺より豊富で適任そうだから企画を任せた。これが成功した暁には、本来卒業までの雑用のところを2ヶ月早めてやる」
「え……」
意外にも冬星の指名は、意地悪ではなく私の能力を認めて期待してのものだったらしい。
恥かかせようとしてたなんて思ってごめんなさい……。
「まぁ失敗したらしたで笑い話になるからいいけどな」
前言撤回、やっぱ嫌だコイツ。
「……とはいってもなぁ」
フランスからの交換留学生への歓迎会の企画。
ここは無難に外国人向けに寿司パーティーとかでも喜ばれるとは思うけど、冬星がわざわざ私に頼むってことは"ありきたり"な案じゃダメなんだろうな……。
というか金持ち校の割に予算も多くはないし……!
「うーん……」
「おー夏城さん悩み事?」
「へ?」
居酒屋バイトの閉店間際、テーブルを片付けていると常連のお客さんに声をかけられた。
フランス人で留学に来たレオさんで、ここのたこわさを気に入って頻繁に来店している。
実際にフランスから留学した人に聞けばフランスの方が喜びそうなおもてなしが分かるかも!
「あの、確かレオさんフランスから来られたんですよね?」
「そうだよ〜」
「どうして日本に留学しようと思ったか聞いてもいいですか?」
勤務時間中ではあるが、業務に支障が出ないレベルであればお客様との雑談は店長も推奨している。
レオさんはうーんと頬杖をつきながら思案していた。
「別に日本の文化が大好き!とかそういうのはないんだよね僕。ただなんとなく日本って経済的に重要な国ってイメージあるから学んどいて損は無いかなって……たまにアニメを観るくらいかな」
「な、なるほど……」
交換留学生もみんながみんな日本が好きで来るってわけじゃない。
第二言語でたまたま選んだとか、希望した授業に落ちて仕方なく、とかそういう人もいる。
日本が好きってわけじゃない人でも楽しめるもの、かつ日本校でしかできないようなものにしないと……うーん……。
「あっ、でも日本のファッションには興味あるかな!」
「ファッション……ですか?」
「うん。例えば和柄とか原宿系とかロリータとか……あと制服とかね。クラシカルで上品なデザインも多いし、セーラー服なんてアニメでは定番だからとても人気だよ」
そういえば読んだ資料では、フランス校では入学式や卒業式などの行事以外ではあまり制服を着ていないらしい。
他の国の分校でもあったりなかったりとまちまちだ。
冬星学院は日本では京都、大阪、北海道等にもあるけど、実は地域によって制服が異なるのでバリエーションも広い。
大正時代に設立された当時は袴スタイルだったり学ランにマントがついていたりしていたらしいし、制服紹介とかしたら面白いかも!
「これだぁーーーっ!」
「へ?」
「ありがとうございますレオさん! おかげでいいアイデアが思い浮かびましたっ!」
「そう? ならよかったけど……」
私は頭の中で色々と考えながら、大急ぎでテーブルの片付けをした。
「「「ファッションショー?」」
「「しかも制服で?」」
「は、はいっ!」
翌日の生徒会。
4人集まったところで早速企画を発表すると、まぁ案の定怪訝そうな反応が返ってきた。
冬星の反応は神妙で、眉ひとつ動かさずに企画書を眺めている。
「着物や浴衣ならともかく! 制服とか誰得なわけ〜?」
「着付けも考えたんですけど……予算が足りなさそうなのと、着物は学校じゃなくても体験できますし、日本の学校でしか出来ない物の方がいいかなって。フランスで学生服は珍しいと聞いたので、きっと気に入ってくれると思うんです! 予算に余裕があれば試着イベントしたり、ネクタイやリボンをお土産に持ち帰って貰えればと」
どのみち留学生のサイズは東京校の制服着用で事前にサイズを集計するのでその辺も大丈夫なはずだ。
私がそう力説すると、桃音さんはふーんと興味なさそうに返してそれ以上は何も言わなかった。
「でも制服って言っても男女合わせて2つだけだろ?そんなのすぐ終わっちゃわね?」
「いや……全国の冬星の制服を合わせれば12にはなる。ジャージも加算すればそれなりに尺は稼げるだろ」
「それにですね、設立当初は袴とマント付きの学ランの制服もあったんですよ! 完全再現とまではいかなくても、ある程度再現したものを作って出したいです!」
「なるほどな……」
勇黄さんの疑問にも、私の意図を理解した冬星がフォローするように先回りして答えてくれた。
「レオさんに聞いたんですけど、アニメとかの影響で制服って結構人気らしいです!京都校のセーラー服とか学ランなんかは特に!」
「レオ? ……誰だそれ」
「あ、バイト先の居酒屋の常連さん。フランスから留学してる大学生で、昨日参考程度に話を聞いたの」
「あっそ」
「ひどっ」
冬星の方から話を振ってきたのに、返ってきたのは不機嫌な一言だけだ。
なんだよ興味無いなら最初から聞くな!
「けどランウェイはどうするの? ステージでやるとなると魅せ方が限られるし……」
「固定した机を並べてその上を歩いてもらおうと思ってます」
「へぇ、学生服のアピールにはピッタリだな」
洸黄君の疑問に対してもきっちり対策済みだ。
桃音さんはあくびをしながら面倒くさそうにしている。
「ま、頑張れー。期待してないけど。じゃ」
「それで、やっぱり最後のトリは桃音さんにキメてもらおうと思って」
「……はぁっ?!」
自分の名前が出てさすがに無視できなくなったのか、目を見開いてこちらを見た。
そしてドン、と高そうな机を躊躇なく叩く。
私だったらまた弁償物だよ……。
「あたしを巻き込むつもり?!」
「生徒会主催って書いてあるんで、てっきり桃音さんも出てくれるのかと……」
「嘘でしょ?! 聞いてないんだけど、ちょっと蒼!」
「こいつには企画を任せたってだけで、実行は俺達もやるに決まってんだろ。さすがに仕事しねーと教師から評価下がる」
「けど……っ、よりによってファッションショーとか……無理!」
桃音さんは頑なに出場を拒み続ける。
ファッションショー形式にしたのは、桃音さんを活躍させたら日向先生が桃音さんを褒めてくれるんじゃないかという下心もあった。
あわよくば『あなたのおかげだわ! これからは仲良くしましょう!』って感じに円満解決を狙ってたんだけど……現実はそう上手くはいかないらしい。
「日向先生にも見てもらいたんです。ランウェイで歩く桃音さんを、一番近くで」
「じょーだんじゃない! あたしが見て欲しいのはパリコレみたいな大舞台で輝くあたしだけ! こんなちっぽけで地味なステージを歩くあたしなんて見られたくない!」
「桃音さん……」
やっぱりこんな金持ち校で制服のファッションショーなんて地味でちっぽけなんだな……と落ち込んでいると。
「制服っていうのは、その学校の生徒であるという証明と誇りだ。一着一着大切にデザインされ、生地を選び抜いて作られ、歴史を重ねた最高傑作。それをアピールするのは、恥ずべきことでもなんでもない」
それまで興味なさげだった冬星が、擁護するように力強く言ってくれた。
やっぱり冬星はただ意地悪してるだけじゃなかったんだ!
「ふん、所詮制服は制服でしょ!」
しかし桃音さんはやっぱり納得していない様子だった。
結局企画は一応保留になり、その日の会議は終わった。
保留とはいってもモデルの割り当ても既に決められて話が進み、実質決定みたいなものだけど。
私は名古屋校のセーラー服を、冬星が学ランを、勇黄さんは大阪校の制服を担当。
残りは有志で集めたモデルに割振ろうということになった。
「洸黄さんは……」
「あぁ、俺はモデル不参加で。裏方でBGM担当するよ」
「コイツ人前に出るの嫌いだから」
洸黄さんもイケメンなのに勿体ないなと思いつつ、強要するのも気の毒なのでBGMを担当してもらうことにした。
最悪桃音さんも裏方で参加してもらえれば満場一致で企画が通るかもしれない。
本当はモデル経験の豊富な桃音さんの協力が得られれば大きいんだけど、本人がどうしても嫌なら仕方ない。
――どうしても嫌なら、だけど。
「お前、明日予定あるか?」
桃音さんのことを考えていると、唐突に冬星が尋ねた。
「明日? 午前中はバイト入ってるけど、13時からなら……」
「じゃあ家まで迎えに行く。時間通りに待ってろよ」
「えっ、なに? どういうこと???? 休日出勤???」
ついバカ正直に答えちゃったけど、どういうつもりなのだろうか。
休日まで雑用を押し付けようと言うのか冬星蒼……恐ろしいやつ!
翌日。
行き先を告げられていないので、どういう服を着ていけばいいのか分からない。
冬星のことだし、ドレスコードがあるような所だったらな……と悩みに悩んで結局青いワンピースにした。
弟が私の誕生日にお小遣いを貯めて買ってくれたものだ。
長い髪もアップにして、靴もヒールは低いけどパンプスを選んだ。
「もうすぐ13時だけど……」
玄関先でそわそわしながら待っていると、およそ住宅街には不釣り合いな黒光りしたリムジンが目の前に停まった。
うわ本当に来たよ……うちの住所バレてるし。
高級車で来るだろうなとは思ったけどリムジンとは、ほんと期待を裏切らないよ冬星。
「待たせたな。さっさと乗れ」
「……おじゃまします……」
ウィーンと開かれた窓から見知った顔が覗く。
執事らしき人が車のドアを開け、私はおずおずと震えながら足を踏み入れた。
土足で踏むのが躊躇われるほどふかふかな絨毯が敷かれている。
「この道狭すぎだろ、リムジンが通らねぇ」
「住宅街はバスやリムジンが通ることを想定していないよ……」
住宅が密集するこの地域は道が入り組んでいて、通れる道も限られている。
ヒヤヒヤしながらも、さすがプロ、大通りまで車を傷つけることなく抜け出した。
「それで、今日はどこに……」
冬星の服装を見る限りワイシャツにジャケット、ループタイと結構格式高そうだけど、冬星の場合はお坊ちゃんだからいつもこんな感じなのかもしれない。
「あれを観に行く」
冬星は窓の外に視線をやった。
目線の先には、ビルの巨大モニターに映し出された――桃音さん。
「MOMO's スプリングコレクション……?」
「桃音の親が経営するブランド、MOMOのファッションショーだ。丁度いいから歓迎会の参考しろ」
なるほど、本物のファッションショーを見て学べということか。
企画の押しつけは結構強引だったけど、ちゃんとフォローとサポートをしてくれる辺り割と良い奴かもしれない。
「桃音さんも出るの?」
「当たり前だろ。なんなら今回の主役と言ってもいい」
ファッション雑誌やおしゃれに疎い私でも名前は聞いたことがあるほど有名なモデル。
インスタのフォロワーは10万超えで、テレビにもちょくちょく出演している。
やっぱり学校の知り合いがそんな大物だなんて実感がわかない……。
「とりあえず控え室行くか」
「えっ、入れるの?」
「花を届けるって大義名分があれば平気だろ。それに俺はスポンサーだ」
いつの間に到着したのか、冬星はサラッととんでもないことを言いながら花束を持って車を下りた。
「……で。スポンサーの冬星はともかく! なんで貴方までいるわけぇ?」
控え室に行くと、スタイリストに髪をセットしてもらっている桃音さんがいた。
春らしい桃色の可愛いドレスに身を包み、胸元には桜のブローチが輝いている。
「SPを連れてくるのは当たり前だろ。問題でも?」
「学校限定のSPもどきでしょ! 休日まで引っ付いてる必要ある?」
「ほんとそうですよね。休日出勤分は弁償代を引いて欲しいです……」
「文句言うな、一般人は入れないショーに招待してやったんだぞ」
不満を言うと冬星に睨まれた。
何も言わずいきなり連れてきたくせに"招待してやった"という上から目線、やっぱコイツ好きになれねぇ。
「花置いたらさっさと出てってよね。本番前に来られると気が散る」
「すみません……。でも、本当に綺麗です。桃音さんが着てるからですかね」
背筋がピンと伸びていて姿勢がよく、お茶を飲む所作の一つにしても品がある。
だから服が綺麗に見える。
「当たり前でしょ? 主役はモデルじゃなくて、あくまで服なんだから。服を綺麗に魅せるのが、あたしの仕事」
そう不敵な笑みを浮かべる桃音さんは、"プロの顔"をしていた。
開始10分前になり、私と冬星は会場へ入った。
会場は観客で賑わっており、VIP席には有名デザイナーやブランド経営者がずらりと出席している。
一般席のシートとは違って、これまたMOMO手がける高級そうなソファが用意されていた。
「すっ、すごいVIP席……! 座っていいの?」
「お前はこれ」
「へ?」
そう言って冬星は、ソファの隣にひっそり置かれた、スポンジのはみ出たパイプ椅子を指した。
豪奢なソファとの対比が際立つみずぼらしさ。
「はぁぁぁぁ?!」
「なに当たり前にSPが同じ席に座れると思ってんだ。お前の資産なら一般席以下だ」
「いいじゃん席くらい……」
「やめろ、絶対に隣に来るな! 俺に近寄るな!」
冬星は私が隣に行こうとすると、顔を真っ赤にして頑なに拒み続けた。
どうやら怒りが湧くほど庶民の近くにいたくないらしい。
彼の庶民への扱いは分かっていたけど、こうも見下されるとその綺麗な顔面が崩れるほどぶん殴りたくなる。
「はいはい分かりましたよ……」
そうこうしている内に会場の照明が暗くなり、ランウェイだけが照らされ、英語や中国語(?)のアナウンスと共に春らしいクラシックのBGMが流れた。
明るさの中に少し別れの寂しさもある短調がバックで流れていて、春のファッションを体現している。
「すごい、音楽のおかげでテーマが分かりやすくなってる……選曲も考えなきゃなぁ。アナウンスはフランス語も入れてみよう」
「まぁ選曲は洸黄がやってくれんだろ。音楽に関してはあいつに任せれば間違いはない」
「そっか、バイオリンもピアノも作曲もできるもんね……」
洸黄さんは音楽に関しての才能があり、全校集会でも度々表彰されていた。
海外のコンクールでの優勝もあるのに、勉強のできる兄と比べて卑屈になっているのか根暗だと言われてしまっている。
今回のイベントは洸黄さんの凄さも周囲に伝えられたらいいな。
「わ、始まった……あの人テレビで見た事ある!」
「MOMOの威信をかけたショーだ、下手な新人や無名モデルは使わねぇ。桃音以外も有名所で固めてんだろ」
初っ端から有名モデルや俳優が入れ代わり立ち代わりランウェイを闊歩する。
高いヒールや厚底ブーツでも重心をブレさせることなく真っ直ぐに突き進み、スカートや裾のヒラヒラ捌きも美しい。
アナウンスではデザインの特徴や意味、製作者の想いが解説されるので退屈しない。
しかし、どのモデルさんも人形のように無表情だ。
「みんな無表情だね……」
「モデルは言わば"動くマネキン"。モデルが笑えば服ではなくモデル自身に視線がいってしまう。だからずっと無表情を貫いている」
「なるほど……」
無表情って、簡単なようでいて実は難しい。
確かに感情を出しちゃダメだけど、だからと言ってブスッとした感じになれば不機嫌にも見えてしまう。
無表情でありながらも服のイメージを下げないのがプロなんだ。
「そろそろ桃音の番か」
「え、もう?!」
ショーに魅入っていると時間はあっという間で、終わりの時間も忘れてしまうくらいだった。
「そして最後はやはり春の女王、垂春桃音!」
アナウンスと共にランウェイへ足を踏み入れる桃音さん。
カツカツとヒールで規則的なリズムを刻む。
折り返し地点で数秒ポーズを取った後、優雅にターンを決めてドレスを翻す。
「すごい……」
ただの桃色のドレスのはずなのに、まるでその身に桃の花を纏っているように錯覚してしまった。
「やっぱり私、桃音さんに制服を着てランウェイを歩いて欲しい……学院の誇りを背負う服だから、桃音さんに」
冬星は何も言わず、こちらを向くこともない。
相変わらずその無駄に良すぎる頭で何を考えているのか分からないけど、私をここに連れてきた意味は私にも分かった。
「桃音さんに恩を売ろうとか、平和な学園生活の為にとか、そういう打算をしていた自分が恥ずかしいと思うくらい、心からそう思ったの」
「ふん、さっさと帰る支度しろ」
相変わらず冬星のことは好きになれないが、嫌いじゃなくなったよ、多分。
ショー終了後、私と冬星は桃音さんに会うため控え室へ向かった。
片付けに追われるスタッフを横目に桃音さんを探す。
桃音さんは既に私服へ着替え終わり、荷物をまとめて帰る準備をしているところだった。
「桃音さん!」
「げっ」
声をかけると案の定嫌そうな顔をされたけど、それどころじゃない。
「あの……すごく綺麗で感動しました!」
「ありきたりな感想。媚び売って適当に言ってんでしょ」
「いやいやいや、本当に綺麗だと思ったんです! ドレスのひらひらが歩く度に舞い上がって、桃の花弁みたいに見えて……なんか上手く伝わらなくてすみません……」
本当はもっと綺麗だったのに、言葉で言い表そうとすると訳分からないことを口走ってしまう。
桃音さんは一瞬だけ、少し驚いたような顔をした。
「……あのドレス、パパがあたしの誕生日にデザインした物なの。桃の花をイメージして作った、って。私情だから表向きの理由は伏せてたのに、よく分かったね。ちゃんと見てたんだ」
いつもと口調は変わらないけど、声色から棘はなくなっていた。
「もちろんですよ! 会長は一瞬寝たりしてましたけど、私はちゃんとこの目に焼き付けてました!」
「おい言うな!」
「冬星あんたねぇ〜」
「うるせぇ、眠れてなかったんだから仕方ねぇだろ」
そういえば冬星の目の下に薄らとクマができている。
やっぱり御曹司って色々と忙しいんだろうな……。
「それより! お前、桃音に言うことあるんじゃねーの?」
「あ、そうだ、あの、桃音さん……」
話を逸らしやがったなと思ったが喉に飲み込んで、桃音さんの方を向いた。
「幕末の春に設立された冬星学院の制服は、桃色の矢羽模様の袴でした。今日のショーみたいに何千人の観客はいないし、ランウェイも机だし、大舞台じゃないけど……初代の制服は春の女王、桃音さんにお願いしたいです。お願いします!」
深く頭を下げる。目の前には床。
打算も策略も全て捨てた、心からの願い。
「あーもう、分かった分かった! あたしがやるよ、歓迎会のトリ。100年前の冬星の制服、まぁ着てやらんこともないわ」
「ほ、ほんとに……よかったぁぁぁ!」
願いが届いたのだろう、桃音さんは諦めたように笑った。
「んじゃ……話も纏まったし、さっさと帰るか」
「あたしもかーえろ」
眠そうに欠伸をする冬星と桃音さんは、さっさと控え室を出ていった。
それを追いかけて廊下に出ると、ふと一枚のポスターが目に入って――。
「あ、あのポスター……ッ」
"あの男"がいた。
一瞬、呼吸の仕方が分からなくなる。
鼓動が暴れて、脂汗が額に滲み出た。
「ポスター? あぁ、緋川左巻(ひかわさまき)主演のハリウッド映画ね」
「サマー、俺すげーファンなんだよな。なに、お前もファンなわけ?」
冬星に尋ねられたけど、喉が震えて上手く話せない。
ずっとずっと避けてきた"あの男"と不意に出くわしてしまって、気が動転していた。
有名人なんだから、うっかり目に入ることは珍しくないって分かっていたのに――。
「おい、どうしたんだよ」
「……ううん、前観た映画に出てる人だったから……」
最悪だ、最悪だ、変なもん見た。
もう見たくないと思って逃げてきたのに。
――私が恋をできなくなった原因の、あの男を。
「本当になんでもない。帰ろう」
ようやく普段の鼓動を取り戻して、私は廊下を歩いた。
それからというもの、ショーの準備やバイト、雑用に追われてあの男の事を考える暇はなかった。
校内から有志のモデルを集めたり予算の明細や領収書のファイリングなど大忙しで、余計なことを考えなくていいので少し助かった。
ほとんどの生徒が下校し、夕日が生徒会室を染める。
残っているのは私と冬星だけになった。
「あの、会長」
「あ?」
今日も歓迎会までの準備を終えたところで生徒会室に戻り、冬星に声をかけた。
相変わらず生徒会室では……というか私の前では口が悪く、いつも不機嫌そうな顔をしている。
「フランス語って話せたりする……?」
「当たり前だろ。国連の公用語にもなってんだぞ。親の付き添いで半年滞在してたこともある。それがどうした」
「えっと……日常会話とかフランスの文化を教えて貰いたくて。本で読んでも発音はよく分からないし……」
ネットの動画などを参考に自分で発音してみたり試しているのだが、それが本当に通じるのかはよく分からない。
分かる人に聞いてもらったり対話したりするのが一番だろうけど、身近にフランス語が分かりそうな人もいないと悩んでいたところに冬星がいた。
幼い頃から外国を飛び回っていたと聞いて、もしかしたらと思って声をかけたのだ。
「交換留学生は日本語クラスだ。日常会話程度は不自由しないだろ。文化の違いがあることも理解している」
「そういう問題じゃないよ! おもてなしするんだから、歩み寄りが大事って言うか……こっちも相手のことを知ろうと努力しなきゃ!」
「相手のことを知る……か」
冬星はそう言うと、私の方をじっと見た。
こんなに顔を真剣に見られたことがないので、どうしていいかわからなくなる。
えっ、なに、どういうつもり???
「いいだろう、教えてやる。しかしタダじゃない」
「なっ、金とんのか?!」
「こっちは金に不自由してねぇんだよ。欲しいのはお前の持つ情報だ」
「へ?」
庶民が聞いたら怒り狂いそうな一言は置いといて、こいつまた訳の分からないことを言い出した
「私の……情報???」
「お前が言ったんだろ。相手のことを知る努力をしろって」
「確かに言ったけど……え?」
「お前のことが知りたい」
少女漫画顔負けのセリフだったけどパニックで全然ときめかない。
おもてなしされるような人じゃないけど、と反論しようとする前に、冬星の方から答えが出た。
「お前ほど意味不明な女は取扱説明書がいるだろ。大方身辺調査で調べさせたけど、住所とか家族構成とか表面的なものに過ぎないし」
「な、なにそれいつの間に……っ」
ギリギリ犯罪なのでは?と疑いたくなるような暴挙をさらっと言ってみせた。
というか取扱説明書ってなに、西野○ナじゃねぇのよ。
「一問一答形式だ。テンポよく応えろ」
「えっ、もう?!」
冬星は眼鏡をかけると、私の情報が印字された紙を見ながら質問を始めた。
「空手を始めた動機は」
「戦隊ヒーローに憧れて……」
「現在やってるバイトは?」
「新聞配達とファミレスと居酒屋、遊園地の着ぐるみ、たまに空手道場の手伝い」
「持っている資格は?」
「空手二段と簿記2級、お好み焼き検定上級」
「……真面目に答えろ」
「いや、めちゃくちゃ真面目だよ」
なんだか面接みたいだな、と思いつつ受け答えをしていく。