短いの
2:◆w6 hoge:2023/07/06(木) 06:26 1 g
目が覚めた。青年は自分がどこにいるのか一瞬わからなかった。肌に触れる親密なあたたかさと遠くのほうから届く鳥の声と川のせせらぎだけが意識を包んでいた。また少し目を閉じ、今度はすぐに目を開け、自分のいる場所を思い出す。そこは彼が自宅からあてもなく歩きたどり着いた、人工の森林に囲まれた公園にあるベンチの上だった。ここが目に止まって吸い寄せられた、というより歩き疲れて休もうとした折にちょうど立ち止まった場所がここだったのだ。
腕時計の針を見ると20分ほどが知らず経過していた。青年はここ数日の間ろくに眠れていなかった。時間の経過を知ると、特にやることもないが何かに急かされるように立ち上がった。血の気が引いて軽い目眩がする。視界の隅には老人が1人川のほとりに立ち、妙に小さな手帳を手になにかを熱心に書き込んでいた。青年はふらふらとした足取りのまま手近な自販機の前に行きペットボトルのコーラを買って飲んだ。普段より炭酸が強く感じられたが、喉が渇いていたので一気に三分の二ほど飲んだ。意識が明晰になるにつれ全身の倦怠感がより気にかかるようになる。青年はため息をつき、咳払いをひとつした。なんだか聞き慣れないようなよそよそしい声だった。
ふいに、森の道に続く木陰に1匹の猫がいることに気づいた。黒と白と茶がそれぞれくっきりと縁取られた小さな三毛猫で、目は微かに緑がかっていた。首を斜めにかしげ、青年の中身を見定めるような視線で見つめていた。青年は少し後ろめたいような気分になって身じろぎをし、しかし他にすることも見当たらなかったので三毛猫の下に寄ってみることにした。青年がほとんど目の前に立っても猫は動じる様子もなく、視線を上げて青年の目をまっすぐ覗き込んでいた。珍しいことだ、と青年は思った。猫というものは自分が寄ると大抵の場合どこかに逃げ去ってしまうのだ。おそらく近寄る際のコツなようなものがあるか人間的な資質の問題なのだろう。けれどとにかく三毛猫はそこに留まっていた。三毛猫の様子から警戒心のようなものがないとわかると青年は身をかがめるようにして猫の頭に触れ、耳、喉、腹と順番に撫でていった。人目をはばからずにこういうことをするのは青年にとっても珍しいことだったが、いくらか弾んだ気持ちが自意識を薄れさせていた。彼は神経質であると同時に単純な性格でもある。三毛猫は退屈そうに目を細めたり、鳥のさえずりに呼応するように短く声を上げたりしていた。猫もまた寝不足のようにも見えた。
緩慢な空気の中で無為に時間を過ごしていると、向こう側の道から2人の人影が見えた。はじめに目についたのは小学校低学年くらいの少年の方で、軽く口を開けていて、しかし両目は閉じられて白杖をついている。隣では母親と思しき髪の長い女性が子供の左手を引いてこちらを眺めていた。青年がばつが悪そうにしていると、母親の方が微笑み、こんにちは、と言った。青年も挨拶を返した。彼女は何か声をかけるか迷ったような仕草を見せたが、軽く会釈をし、三毛猫を手招きしたあと子供と一緒に道を過ぎていった。盲目の子供が居る家庭で飼われている猫というのは人への警戒心が薄くなるものなのだろうか?と青年は思った。短絡で直感的な思いつきに過ぎないが、しかしそれはもっともらしいことのようにも思えた。青年はウエストポーチからコーラのペットボトルを出して残った液体を飲み干した。炭酸はもう気にならない程度の強さになっていた。
2 b
彼女は鏡にうつった自分を見ていた。戸惑ったような目をしていた。大きな目だった。不安定さを感じる目だった。瞳孔も虹彩もまるで純粋な液体が一時的な間に合わせとしてその形を模して自主的に寄り集まっているだけ、といった質感が感じられた。髪が濡れていた。頬が濡れていた。身体が濡れていた。肩の引っ掻き傷だけが肌色の中で喘ぐような存在感を示していた。シャワールームの中では栓がしめきられていないシャワーヘッドから滴り落ちる水の音だけが空しく響いていた。
彼女は数回まばたきをしてみた。次に現れた自分に幼い頃の自分を見た。少女は唇だけを動かして声にならない声で何かを言った。彼女は少女の言わんとしていることの意味を理解していた。小さく頷き、目を閉じてもう一度開くと今の自分だけが鏡に映っていた。彼女は髪と体を拭いてシャワールームを出て寝室へ戻りベッドに腰かけた。照明を切った室内は月が窓から淡い光を投げかけているだけだった。彼女はいくつかのことを思う。失ってきた人々のこと、取りこぼしてきた言葉のこと、捨ててきた夢のこと、自分で選んだパジャマのこと、自分で選んだシーツのこと、自分で選んだスタンドライトのこと、自分で選んだ目覚まし時計のこと、自分で選んだブレスレットのこと、自分で選んだ居場所のこと、自分で選んだ人間のこと。すべては紙の切れ端に書かれてインクの滲んだ文字のように曖昧なものだった。しかしそのすべては注意深くかき集めてしっかりと両手に抱いて進んでいかなければならないものだった。たとえそれがこのでたらめな流れの水流のようになった魂にひとつの波紋も残さなかったとしてもだ。自分の浅い呼吸を感じる。腹部から小さな胎動を感じる。時計の針がたえず時間を刻み続ける。眠りはもう彼女にとって怖いものではなくなっていた。
3h
その男は蝶の群れに顔をいじくられた、その男はタイムズスクエアで全身をぐるぐる巻きにされた、その男は足跡を尾けられてイエティに捕食された、その男はレントゲンが世界中に知れ渡った、その男は舞踏会で天井に張り付いていた、その男はインベーダーゲームの液晶に吸い込まれた、その男は痩せた男に告発された、その男は霊媒師に嘘を見破られた、その男ははじけたビーズを一つ残らず見失った、その男は望遠鏡を法外な値で買わされた、その男は歌謡ショーのサブリミナル効果に使用された、その男は畑で降ろされた、その男は音楽を心臓に移植された、その男は古代人の逆鱗に触れた、その男は妖精に耳栓を詰められた、その男は狐が見せた幻に恋に落ちた、その男は映写機のフィルムを巻き上げる音が脳裏から離れなくなった、その男は大きな力に磔にされた、その男はスプレー落書きの冤罪にあった、その男は岸辺に運ばれた、その男は冷たい床に頭を擦り付けた。
かわいそうな男
私はベンチに座って紙パックのリプトンを喉に流し込んで息をついた。あつかった。雲一つない晴天だった。クリーム色の薄手のブラウスにうっすらと汗が滲んでいた。
今日は休暇を利用して友人と地元の市中心部にあるテーマパークに来ていた。こじんまりとしてこれといった見所もないが、開設されたのはわりと最近のことで全体的に小綺麗な雰囲気があったし、人が混みあっていないことも気に入っていた。この時期にはハイビスカスやトケイソウやユリといった夏の花が円形花壇をカラフルに彩り、どことなく静かな印象を場に与えていた。
園内には人々の話し声やどこかのアトラクションから流れるBGMや女性のアナウンスの声が絶え間なく空間を流れていたが、それらは私の中の心象風景みたいなものとして留まって現実感を薄れさせている。
友達がこの後の予定について話をしてきたので、ん、そうだね、と言って会話に応じた。彼女はとても感情豊かな子で、いつも自分の感じたことを余さず一生懸命伝えようとしている。私はそんな彼女のちょっとした表情の変化、気分の揺れみたいなものを見るのが好きだった。それは自分にはおそらく欠けているもので、愛おしく感じさせた。私たちはこれから近くのコーヒーショップで昼食をとるということになったようだった。
彼女はトイレで化粧を直してくることを告げて早足で歩いていった。その背中を少し眺めたあと、立ち上がって伸びをした。肩にかけたイエローのナップサックの重みを感じた。私はパーキングブロックの上に立ってバランスを取りながら手で顔を扇いだ。暑い。なんでこんなに暑いんだろう。
私は気散じに周囲を散策した。着ぐるみが風船をくばっていた。このテーマパークの顔、薄青い狐みたいな姿をしたマスコットキャラ。なに君だっけ。ピなんとかちゃんっていうピンクの女の子の方もいたはずだ。前にここの売店でそのキャラクターのキーホルダーを買った気がするけどどうしても名前が思い出せなかった。私は思っていたより少し疲れていたのかもしれなかった。
5b
夜風が生ぬるかった。大きめのよれたシャツが風になびいた。自分の影がゆらゆら揺れていた。夜明け前の車道を走る車がヘッドライトの光を散らかしていった。少女はその行方を想像する。マンションの窓からいくつかの薄ぼけた光が見えた。彼女はその一つ一つの暮らしを想像する。塀や電柱を触りながらこの世界に息づく自分を意識しながら歩いた。カーブミラーに映る自分の姿を見た。何度か身をよじってその角度を変えてみた。道の傍らを流れる川の音に意識を傾けた。水生の生き物たちがふいごのような呼吸を繰り返す姿を想像する。水中で弾ける泡は何度でも蘇生する。遠くにはうっすらと海岸線が見えた。列車が過ぎていく地響きが聞こえた。そして彼女がずいぶん遠回りをしてたどり着いたのは自分の家だった。その家の門扉と窓と壁をしばらく見つめた。自分の手のひらを見つめた。辺りは静寂に包まれていた。白みはじめた空が夜明けを示していた。自分は16歳で、季節は夏で、拠り所とするべきものは何もなかった。一つの破綻といくつかの予感をぴりぴりと肌に感じながら彼女はドアを開いた。
6s
光と音に吸い寄せられるように入った。まるで蛾みたいだった。時刻は夜だったけれど、いくつも並んだ提灯が雑踏を明るく照らしている。少年はそんな祭りの喧騒の中に身を置いているとぶるぶると身震いがした。まるで風邪を引いているみたいだった。誰かの会話の断片を反芻するようにしながらふらふらと歩いていた。大学生ふうのグループの一人と肩がぶつかった。少年は声にならない声で謝り、彼らが行ってしまうと所在なげに前髪を触った。漫然とふらついているのもなんだか落ち着かなかったので、目についたイカ焼きの屋台でイカ焼きを買った。少年は千円札が2枚と小銭の入った、へんな小銭入れから金を渡した。そして比較的人のすいている広葉樹が庇のようになっている場所でそれをかじって食べた。ハッピを着た小さな子供達が目の前を走っていった。イカ焼きは思っていたよりも大きく途中で飽きてしまったが、処理をするのも面倒だったので無理やり胃に押し込んだ。立ち上がると腰のあたりが痛んだ。呼吸も浅くなっていた。蒸し暑かった。少年は結局花火が始まる前に帰ってしまった。
7y
髪を金髪したいんだよね、保育園の中をちりとりで掃きたいんだよね、プラレールっていくらくらいで買えるのかな?なるべく本格的なやつがいいな、わたし怪盗だけど体術も結構イケるんだよ!全身が泡立つような惑星の中にいたいんだw自動で洗ってくれて身も心もいつでも新鮮な空気に溢れていて、それは強烈な光に網膜が焼かれてもすべてが見渡せるくらいに満ち足りていて、お父さんとかお母さんとかお兄さんとか妹とかも存在しなくて、ああでも走るの早いから褒めてくれる人はいた方がいいな、水飲み場で水飲んでる人をバカにしたくなるよね、空港でハンバーガー食べてたら熱出るよね、エスカレーターで友達に会えたら最高だよね、ケロロ軍曹のアニメに出たいなあ、触診と読唇術とマジックとマインクラフトが得意です!将来の夢は映画監督になることです!飽き性なのが欠点です!怖いものは交通事故です!前の学校では、学校に行っていませんでしたwqもしよかったら、仲良くしましょう!一年間よろしくお願いします!
8e
部屋が水びたしになって涼しくなる夢を見た。自分の両肩をつかんで震えていた。あ、と口から声が出る。自然に息を吐いて音を伸ばしてみる。悲しくなった。部屋の中をきょろきょろと見回してみた。そんな自分を外からイメージして惨めになった。テレビの液晶がゲームの待機画面を映していた。何の音もなかった。自分の呼吸が乱れてることに気づいた。けれどそんな不自由さは一瞬のことで、本当はどうでもよかった。どうでもいいと思っていた。頭痛の奥が自分の知らない世界を見せてくれるような気がした。そんな偏執的な思考にすがりついている自分がいた。隙間をみつけようと必死で足掻いていた。外では月が出て虫が鳴いているんだと思う。自分が部屋にいる間はずっとそうだと思っているから。シャツが汗で湿っていた。ざらざらとしたものに触れたかった。喉が渇いていた。落下する感覚を味わいたかった。体が怠かった。視界を自分と全く接点のないもので覆いたかった。体が重かった。
9a
時計の針は2時を回っていた。保健室のベッドの上で、シーツを首の下までひっぱり上げる。仰向けになってガラス細工の青くて尾の黄色い熱帯魚を眺めていた。なんだってそんなものを自分が持っているのか、どこで誰に貰ったのか思い出せなかった。外からは強い雨音と時折雷の唸りが聞こえて、意識を傾けていると頭がぼーっとしてくる。腰の辺りに鈍い痛みを感じた。手足が寒かった。気持ち悪い。大多数の例に漏れず2日目が一番きついのだ。さっきまで見ていた短い夢のことを考えた。馴染みのない玄関、無機質な光、虫のように落ちてくる何枚もの手紙、薄情な態度を取ったこと。これといって何の含みも啓示もないような内容だった。その無内容さは今自分が置かれている現実に似ていた。瞼が腫れてるような感覚があった。こんなところにいても回復するわけでもない。はやく家に帰ってしまおうと思った。それにしても、ああ…………………………………………………
10aaaaaa
囁きみたいな小雨が降っていた。持ち主のいない庭で全身を濡らしながら空を見ていた。頭の中には薄い眠たさが腰を下ろしていた。実体の見えないものに髪を撫でられるような、少し浮いた心地がした。心音は一定のリズムを保っていた。世界はひと回り小さくなってその象徴性だけを強調させているみたいだった。辺りを見回すとそこら中に何かがさまよっていた。それは目を凝らすようにしなければ見えなかった。それでも線は曖昧で、その人物像や表情まで読み取ることはできない。何かを幻視して手を伸ばしてるようなのもいたし、半身だけ液晶が切れたようになった小さな存在の手を引く母親みたいなのもいたし、地の底の酷薄な風みたいな呼吸をしながら立ち尽くしているのもいた。それらは自分にとって繰り返しの夢みたいだった。何度も同じ夢を見て、その度に細かな違いをみつけて別の視点を得る。そこでは自分という主体性は取るに足らない無力なものだった。巻き戻され早送りされている画面の中の登場人物がそのことに気づくことがないように。
11a
がらがらがしゃん!って凄い音なったからめちゃくちゃビビったよ。ばたばた…って余韻みたいなのもあった。このスマホのキーボード夜間モードにしたら左下の言語切り替えの「あ」がUberEATSみたいな緑色になるのね。で、音にびっくりした勢いでスマホを落としちゃって夜間モードに切り替わったんだよね。かっこいい桐箱出てきたから指でこつこつ叩いてたらレベル上がった。レベルが上がったから動けるようになったよ。足が生えた。まだ生えたてだから引きずりながらだけどね。何にもよらず傷一つない真新しい状態っていうのは良いですね。なんかこうカジノのディーラーみたいな気分だよ。まあ、がらがらがしゃんって音を立てて崩れたのは私のせいじゃないんだけどね。勝手にだよ。でもやっぱ気まずい感じするから目の焦点斜めにあげて変な顔しながら帰りました。今思えばくるべき時がきたらがしゃんってなるような仕掛けだったんじゃないかな?ともあれ無事に帰れてよかった。これで解決ですね。
どこに目を逸らしても月があって殺されると思った。怠くて舌が痺れて、濡れた草の匂いに胸が締めつけられそうだった。体中に透明のガラス片が埋め込まれて、それは細胞のちょっとした変化に応じて突き刺さったり震えたり、時には熱くなったりした。虫の声が時間の流れにあるべき境目を引っ掻き続けていた。街灯の光がひどく眩しく感じた。手術室で向けられるライトみたいに無愛想な光だった。電線は夜闇の中で濃く際立ち、人々の生活を縛りつけるために自生した独立した存在であるようだった。強い吐き気を感じた。誇張された自分の影が落ちていた。それは今にも輪郭を失って蟻みたいに散り散りに動き始めそうな気がした。ついさっき途中で見るのをやめたつまらない映画のことを思い出した。頭が痛い。目が痛い。耳が痛い。喉が痛い。肩が痛い。胃が痛い。腰が痛い。ひどい有様だった。帰ったらシャワーを浴びよう。歯を磨こう。服を着替えよう。寝よう。
14:匿名 hoge:2023/08/06(日) 00:29ツンドラオオカミ犬みたいだった。でも犬よりかっこいいよ。目も知的だしさ、キバも尖ってるし、警戒心とか全然解かなくて。戯れて耳丸めたりしてるけどいつ噛まれるかわかんないんだよ。とぼとぼ歩いてて何もない場所でぎゅるぎゅる唸ったりして、めっちゃいかしてるね。めっちゃ寒かった。一緒に白い息はあはあ上げてお姉ちゃんの家まで行ったんだ。喘息出てしばらく木陰でダウンしてたからずいぶん遅れちゃったんだけどね。どうしてこのへんに君の仲間はいないんだろうね。それとも実はいて会ったりしてるのかな?深夜とかにさ。起きてないからわからないな。藁みたいな家あるよ。かっこ悪いね。喋り続けて疲れてくる。でも癖だからやめられない。もっと暖かい場所に行きたいね。今友達でいる子とかも巡り合わせだし、もっと人がいるところならふさわしい人を見つけられると思うんだよね。体が弱いのだって治るかもしれないし。てか日が沈んだら、寒いし、うち泊まった方がいいよ笑。飼うよ。どうぞ。
15:匿名 hoge:2023/08/08(火) 00:19夏はーぁいいよもういいよー、ってその人も言っていた。でもきみは一日中冷房の効いた部屋でゲーミングチェアに座っているから、いいじゃないかと思った。気分が嫌なんだって。人も死ぬし。きみの部屋には美少女アニメとかジャンプ漫画とか車とかてんとう虫とかスライムとかのポスターがべたべた貼ってあって、飲みかけのマグカップがいくつかあって、脱ぎ散らかされた服があって、緑の折り紙があって、レモングミのパウチ袋があって、病院みたいな無骨なベッドがあって、おしゃれなデスクトップパソコンとモニターがあった。きみはフローリングの床に仰向けになっていた。寝息みたいな息をして時折うめき声を上げているけど寝ていなくて、何か話しかけると言葉が返ってくる。ふと思いついたみたいに立ち上がってふらふらとした足取りで冷房の温度を少し上げて、ベッドに座っている自分の体になだれ込んでくる。脱力しきっているせいでひどく重く感じた。きみはいつも体温が高かった。全身が震えていた。
16:匿名 hoge:2023/08/09(水) 15:44今日という日は概ね平熱を保って進んでいるらしかった。泡みたいに濃い白の噴水がばちゃばちゃと疲弊したような音を立てていた。真下の水は透明でタイルの水玉模様から石盤の色合いまでがはっきり見て取れた。まじり気のない青空に飛行機雲がうっすらと引かれている。その線は何かしら生きた感触のするものを連想させた。体は軽くもなく重くもなくごく自然な成り立ちをとってそこに存在していた。思考は濁った感じはしないけどとくに澄み切っているというわけでもなく、断片的な情報が浮かんでは消えていった。自分が何を考えているのかは認められなかったが、その手触りからそれが自分にとって差し迫ったテーマのものではないということはわかった。地面で横向きになって少しへこんでいるコカコーラの缶が時折風に押されて乾いた音を立てていた。展望台に続く石段にまばらに人がいた。自分のすぐ側に古そうな自転車があった。向かいの車道で行き交う車が普段より遅く見えた。日が傾き始めていた。
17:匿名 hoge:2023/08/09(水) 15:45オリオン星雲、星のゆりかご、瞬き、昨日のこと、ばしゃばしゃ水かけるよ、繭の中にいるみたい、ちり大好き。合わねー、アニメとかでさあ宇宙空間に人の顔が透過してるシーン、目とか閉じてね、全然格好つかないよね。人間のせいじゃなくて宇宙の方が悪いんだよ。光合成すら習った覚えがないよ。退屈な講義だなあ。箇条書き、ネックレス、つむじ、放送スピーカー。長机が体に馴染まない。可愛げのない部類の下手なイラスト。ペットボトルに滑り止めみたいなの付けてる人何?立ち位置が大げさに変わる。説明が上手いのかどうかよくわからない。みんな同じように見えるし。顔を見飽きてうんざりしてきた。30分刻みで別の人がするようにすればいいのに。話に耳を傾けるのに顔を見る必要はないのかもしれなかったけれど今さら見ないようにするとそれはそれで落ち着かない心地がした。先生の私生活を想像した。ろくなことをしていなそうだった。頭の中が反抗的な色で占められてくる。とりあえずじっとしてくれないかなあいらいらするから。
18:匿名 hoge:2023/08/10(木) 07:56何の目的でこんな雪原に居るのかわからなかった。そこに居るのが誰なのかもわからなかった。年齢も性別すらも。とにかくその昏睡して鉛のように重くなった体を引きずっていた。息をしているのかも定かではなかった。けれどそうする他に自分がなすべきことは無いように感じられた。指先がかじかんで感覚はとっくに麻痺していた。何度も手を離してしまってそのたびにその腕をつかみ直す。肺に送り込んだ空気はひとつ残らず痛みに変わっていった。カメラのシャッターのような瞬間的な光が意識の底で瞬いていた。頭上では朝と夜が断続的に切り替わっているらしかった。傍らを狼やツバメといった生き物たちが無機質に通り過ぎて行き、暫くすると霧散した。あらゆる情景は象徴に過ぎないようだった。けれどそこにある痛覚と火照りは少なくとも本物だった。全身から力が抜けてその誰かにもたれるように倒れ込んだ。なぜだか家のソファと同じ匂いがした。そして意識は徐々に泥のような眠気の中に沈んでいった。
19:匿名 hoge:2023/08/16(水) 17:22その頃の低い目線で世界を見ていた。その日は自分の誕生日みたいだった。それがどういうイベントなのかも、自分が主役に据えられていることも正確には理解していなかった。4歳の時の自分は感情というものの存在意義も感情表現の使い方すら不慣れで、それは人工的な玩具か何かかと思っていたのだった。だからその時の自分も周りを真似て笑ってみたり、隣り合わせて笑っている母親の顔を覗き込んで首を傾げてみたりしていた。ゆったりしたサイズのクリーム色のワンピースから壁に飾られた色褪せた賞状の下にある葉の薄い観葉植物から灰色のカーペットの少し濡れたような感触からテレビで流れていたコマーシャルの中身にいたるまで、それらの光景は鮮やかに思い出すことができた。ただそこには音というものがなかった。そのことがかえって実際に自分が通過した現実よりも生々しく、リアリティを増幅させ、けれどリアリティで満ちて不透明さを失った空間はやはり現実らしくなく、それが夢だということを確信しながら現実で寝ている自分は静かな呼吸を繰り返していた。
20:匿名 hoge:2023/08/16(水) 17:23金切り声とも機械音ともつかない音が速いリズムで鳴り響いていた。それは脳髄に張り付いて強制的に内部から思考のシステムを切り替えるような音だった。初めに目の辺りに引っかかるような違和感を感じた。たぶん目隠しをされているんだろうと思った。それから全身の一つ一つに意識を向けてみた。不安定な椅子に座っていた。手足には特に制約はなかった。けれどそう悠長に状況を把握している暇は無いということをその露悪的なリズムが言外に示していた。それは何の前触れもない囁きだった。中性的で蕩けるような声がした。それを合図として目隠しがそっと、やはり悪意を含んだ手触りで外される。強烈な光が飛び込んできた。眼球が傷つく感覚がした。目を瞑ろうとしても瞑れなかった。そこに輪郭のぼやけた誰かがいた。目と目が合うのが分かった。瞬きをすると相手も瞬きをした。私は肩の力を抜くように努めた。斜向かいに視線を逸らすとパネルの鮮やかな緑が浮遊するように漂っていた。屋内駐車場のような薄暗い空間に一陣の風が舞うのが目に見えた。心臓が速く硬い音を立てていた。
21:匿名 hoge:2023/08/16(水) 17:23小さく手を振っていた。降り注ぐ秋の光が眩しかった。奥底では冷めきった気分でいた。心臓が林檎の芯になってしまったみたいだった。自分の半身すらも消失したような感覚がして右手で左肩に触れた。けれどそれはそこにあった。同時に行き場のない重みを抱えた自分が不相応で不自然な存在に思えた。こんなところにいる自分に羞恥さえ感じた。交差点を渡っている人は誰もいなかった。歩道橋が今にも崩れそうなくらい脆く見えた。目にうつるものすべてが奥行きを失っていた。ただ状況に押されるように、操り糸に引かれるように、磁力に従うように足を運んでいた。全身の力が抜けていた。そのせいで足がもつれそうになる。でも別に転んだって構わないと思った。動いてることこそが自分にとっては窮屈でそれを奪われた方が自由になれそうに感じた。足を進めるたびに自分が何に向かって働きかけていたかという認識がだんだん薄れていった。気づいた時には自分は無力な子供でしかなくそこには迷子が1人いるだけだった。
22:匿名 hoge:2023/08/18(金) 10:59私は胸に分厚い本を抱えていた。無人の礼拝堂の中はいつもより広く見えた。外からは書類がぱさぱさと崩れ落ちるような音と雀の鳴き声が聞こえてくる。涼しくて澄んだ空気が肌に心地よかった。球状のステンドガラスが窓から射し込む淡い陽光を受けて秘密めいた雰囲気を湛え、2つのステンドガラスの間にある十字架は対照的に無機物さを強調させていた。その空間の下に暗示的な陰影ができていた。それらの一種母性のような気配は私をいたずらをしに来た幼い子供のような気分にさせ、いくらか落ち着かなくさせた。咳払いを一つした。いつもの自分の声だった。それから私は自分の輪郭をイメージするために目を瞑った。自分の心臓の音を感じた。そのうちに何かに背中を押されたような感触がした。目を開けて後ろを振り返ってみてもそこには誰もいなかった。ただ純白で真新しい壁があるだけだった。どうやら無意識のうちにふらふらと足を動かしていたみたいだった。バランス感覚が乱れている。けれどこれといった不調は感じられなかったし、むしろ体は軽かった。私は私用を済ませてそこを出た。
23:匿名 hoge:2023/08/18(金) 21:13蔦やら潅木やらがまとわり付いてうざったかった。僕の腕や足や顔にはあちこちに切り傷ができていた。靴の中は泥水の重い感触で占められていた。枯れた色味の深い崖が切り立っていた。時々偏屈な魔女が喘息で苦しんでいるような音が聞こえたり、どこから発生したか分からない強い風が僕の上半身をちょうど巻き上げるみたいに吹き抜けていったりした。それらは何かしらの警告かあるいは直接押し留めるみたいに粘着質にまとわり付いていた。僕は口を軽く押さえて上空から見た自分の姿を想像した。雰囲気に飲まれないために。それは確かに現実の延長にある道としての秩序を失った無意味な空間に過ぎなかった。ただ深い闇と静寂に感化された僕の脳が即時的な反応のイメージを作り出しているだけだ。何度も自分にそう言い聞かせて信じ込もうとしていた。とにかく僕は日が昇るまでにこのわけのわからない森からどうしても抜け出さなければいけなかった。たとえ世界がこのどうしようもない一つの場所に収束しようとしていても。
24:匿名 hoge:2023/08/21(月) 11:39グリーンの入場券の受付みたいな小さな建物に一日中居させてくれ〜って思いながらゲーセンの中何周も歩いてたらケロロ軍曹のメダルゲームの待機画面の音が耳から離れなくなってクリスマスイブみたいな気持ちになった。プリクラって1人でも入れるんだっけなあ店員に遠慮されるみたいな描写を何かで、見た気がするんだけれど。でもそんなわけないよな、なんだったんだろうあれって地元ローカル?やれやれ風情がないなって思ったからちかちかと、というほど頻繁にではないけど、とにかく薄暗く点滅して人を舐めたホットドッグの自動販売機をジト目で見た。こんな場所にジト目で見るべきものなんて他に何もなかったからだ。本当は、弟をジト目で見たかった。どうしようもなく風情がなくてくしゃくしゃした気持ちだった。今押し倒されたらそのままアメンボやらヒルやらが潜む深い泥濘に沈んでいくんじゃないかってくらいに原初的でリアリスティックなイメージで脳内が覆われていた。そこらへんにある電飾もアニメボイスもそれにふさわしい没入感は与えてくれなくてNHKにようこそを連想した。
25:匿名 hoge:2023/08/22(火) 09:57子供の指で瞼を触られて目を強引に見開かされていた引っ掻き傷が痛ましかった、虫食いが空虚だった。顔に大粒の汗が浮かんでいた。怯えている自分をはっきり認識した。袖口が濡れて、その因果のなさが致命的と言わんばかりに忽ちのうちに無垢な光の反射の空白から記憶が流れ込んでサイケデリックに改変されて悪意の色に染まって一瞬で透き通って知能を持たない魚になって、うっすらと張り付いた怯えだけが今の自我のすべてだった声を上げて助けを呼びたかった、その声ももうなかった口をぱくぱくとさせているだけだった。イメージの中では微熱にやられてくらくらする意識で階段を踏み外さないようにゆっくり上っていた体は疲弊しきっていて空気はだんだん薄くなっていたけど気持ちは満ち足りていて、純粋なうれしさに笑みが浮かんでいた。悲痛な喘ぎと無為の福音が同居して、それは矛盾を孕まない存在として、それは夢と現実の二元論でもなく、痛みが快楽で、より正確に言うのなら報いこそが快楽だとその来るべき終着点に向けて時を経た魂がはじめて整合性を持とうとしていた。
26:匿名 sage:2023/09/02(土) 02:41葉先についた露を喉に流し込んだ。頭の中心が痺れるみたいになっていくつかの切れ切れの思考が流れ星のように脳裏を過ぎていった。腹部の傷口が疼いだ。止血に使用したガーゼが朝の光の下で青みを帯びて見えた。自分の命があることの照れ隠しをどうすればいいのか分からずにいた。目に見えるわかりやすい道があればそれを辿ってもよかった。この先が行き止まりで、断崖であることは知っていたから。でもそんなものはない。送ってくれる車もない。オーロラ1つ見えない退屈な夜を過ごした。視界を覆う炎の揺れだけをじっと見ていた。何度も荷物を開けて中身を見た。だけどそこに大切なものは何も入っていなかった。留め具が壊れかけていた。冬が終われば水浴びをするのも悪くなかった。あまり馴染みのない動物を何匹か見た。彼らは彼らの中にある小さく綺麗に完結した世界で移動を続けていた。それは比喩的な意味合いでない死に続く移動だった。彼らは彼らの生まれ持った謎を謎のままとして次の世代に遺していく。あと少し虚ろになれさえすれば自分も一員としてその列に並べるはずだった。
27:匿名 hoge:2023/09/05(火) 23:23空に星はなかった。雲の間から月の輪郭が微かに滲んでいるだけだった。体に力を入れたり抜いたりしてみた。胸のあたりに鈍い痛みを感じた。これは、どのくらいの加減で沈んでしまうものなのだろうと思う。直感的な命の軽さに触れて何も面白くなくなった。退屈だった。口の中で小さくて硬い飴玉を転がしていたかった。けれどそんなものはない。ポケットの中を探っても何も入っていなかった。体を起こして沖の方に目を向けるとシャッターを切るみたいに瞬く光が見えた。それは本当に誰かがカメラのシャッターを切っている光なのかもしれなかった。だとすれば自分がここにいるのは幾分か前後の状況に沿っていない気がした。あるいはどれもこれも舞台のセットに過ぎなくて、自分はそこに紛れ込んだ台本も持たない人間であり、そこに込められた意図やメッセージ性といったものを読み取ることができるわけもなく、かえってその哀れさを切り取るための存在としてのキャストがあの光の前にいるのだと考えた方がよっぽど自然だった。世界一屈辱的で気持ち悪い夢だった。
28:匿名 hoge:2023/09/05(火) 23:242階の部屋の窓の外を時々へんな生き物が横切っていった。薄い白のカーテン越しにうつるその輪郭は様々だった。私は布団の隙間からなるべく感情を込めないように見つめていた。なにかすごく怖いことに巻き込まれるんじゃないかって怖くてドキドキして楽しかった。頭の中を占めるトラウマの容量というものがあるのなら今この場でそれを満たしてもらいたかった。今を幸せに過ごすことは怖くて大人になってから不幸になることが怖かった。体が離れていく気がしたから自分の吐く息を感じた。ベッドに体を押し付けてその感触を縛り付けていた。きょろきょろと移動する自分の目の動きを抑えることができなかった。その目はあるいは薄闇の中に食料を探していたのかもしれない。あるいは変化に対する純粋な脊髄反射だったのかもしれない。なんにしてもそれは潮の満ち干きみたいに原初的で人為を介さない動きだった。急にくだらなくなって立ち上がって照明をつけた。読みかけの雑誌がカーペットの上に落ちていた。重力が戻って体が怠かった。耳鳴りが始まった。窓の外にはもう何の気配もなかった。
29:匿名 hoge:2023/09/27(水) 20:04あ
30:匿名 hoge:2023/09/27(水) 20:52つながれた手。誰かの気配を感じた。薄い息づかいを感じた。それが誰なのかわからなかった。その手は、あるいは僕の手は震えている。その存在を認めて受け入れるには僕はいくらか疲れ過ぎていた。目をつぶると淡い青の夢の残骸をそこに見つけることができた。その中で僕は嘘を貫いていた。繋ぎ止めるための言葉を探していた。窓をたたく雨の音で世界との距離を測ろうとしていた。薄い仕切りの内側で点滅する光から何かの暗示を読み取ろうとしている。意識を途切れさせるわけにはいかなかった。もう二度と同じシーンはやってこないから。視認性を欠いた覆うものの正体をつかみたかった。それは時間を費やすにつれて元の柔軟さと自主性を失ってただの僕の妄想の産物として死んでいく。夢の中の自分は常に喘ぎ苦しんでいた。胸を抑えて何か緊急性を要するものを手探りで求めていた。半分意識はなく口の端から唾液が滲んでいる。そんな自分に嫌気がさしていた。古びた身体を手放したかった。ローラーで塗り替えられたかった。自分には大袈裟すぎる曲が耳から離れなかった。現実はとうの昔に蓋をされていたみたいだった。
31:匿名 hoge:2023/09/28(木) 22:19ビニール袋を下に敷いてのたうつと音がするから、音に気を取られて目を覚ましたという口実ができる。対象は何でもよかった。風切り音でもいいし、その鋭さに頬を切られてもいいと思った。閉鎖された工場の奥に進むにつれて肩の辺りが夜の温度に没していった。そこには何かが息付く気配があって空調の効いた部屋に通じている気がした。でもそれは僕の反射的な反応が断片の要素だけを連想させているに過ぎない。ほんとうはなんだってよかった。雲の切れ間からどんな嫌な記憶が降ってこようがそれは僕の与り知る領域ではないしどこにも導いてはくれない。一貫性というテーマの中で喘ぎ続けるしかなかった。僕が寒気を感じていても僕は僕自身の寒気についてしか語ることができない。代わりをつとめてくれるはずのものにはとっくに愛想をつかれて手元から離れてしまった。足をとめた瞬間に煙みたいに透き通った微細な虫の群れ僕という存在を侵し尽くそうとしていた。身を守るために必要なパスワードはここに来るまでに失ってしまった。そして僕は損なわれていく。
32:匿名 hoge:2023/09/29(金) 22:57リノリウムの床でゆれる銀の月は水分の塊みたいに見えた。果物の一種みたいだった。それは未来の暗示を含んでいた。少なくとも僕にはそう感じられる。薄い耳鳴りが現実と非現実との均衡を取るように続いていた。視線を平行に戻すと無人の観覧席が静寂を保って並んでいる。僕は首を上げてそこから上の様子を見たかったけれど叶わなかった。奥行きのないドット絵みたいに僕の認識できる範囲はごく限られたものだった。視界に収まるすべては意識に刻み込まなければすぐに霧散してしまうような取り留めがなく朧げなものだった。その中で自分の生命としての活動の音だけが確かに感じられた。?あ!呼び鈴が鳴った。
33:匿名 hoge:2023/10/01(日) 03:29強い力で首を絞められていた。頚椎の生々しい存在を感じた。ひんやりとした風が脳を渡った。玄関のチャイムが急かすように鳴り続けていた。彼の目を真っ直ぐ見ることができなかった。力が入らなかった。僕はただ罪悪感を感じていた。彼は深い困惑と怯えの中にいるみたいだった。自分より背が高いその男あるいは女は無知で臆病で、外の世界と関わるにはまだ準備が不足しているといった観を呈していた。そこでは何もかもが手遅れで、幼い線で単純化されて境界を失っている。僕はその人間といくつかの記憶を共有していたような気がする。それは少なくとも不快を呼び起こす類のものではなかった。ただそのことは何の支えにも助けにも免罪符にもならなかった。何もかもは手遅れで、僕の世界は虚しく消えていく。部屋を照らす橙の照明がなつかしく感じた。今自由にさえなれば僕は彼もしくは彼女を抱きしめることができるし、そこからどうとでもやり直せる気がしていた。けれどそれは意味の無い仮定だった。僕は終息という前提を元にそのキャパシティを手に入れていた。僕は自分にかけられた操り糸を自分の力で切ろうとしていた。その糸は体中至るところにあった。目の前にいる彼あるいは彼女も実はその一部で、自律性はすでに剥ぎ取られていて僕の眠気や彩度をつかさどる器官に過ぎないという気がした。息づく存在はもはや消え去っていた。結局僕は謝ることも許してもらうことも叶わなかったのだ。
34:匿名 hoge:2023/10/01(日) 22:16手のひらに収まるくらいの小さな鼓動を感じていたかった。薄いタオルケットを被せられて眠りたかった。吸い込んだ空気はどこか別の空間に送られていく。自分という存在を媒介にしないために、独立性を打ち立てるために呼吸をし続けている。傷が膿む前に会わなければいけなかった。恐怖している。身が竦む。言葉が出ない。けれど確かに伝えなければいけなかった。口を開くまで何も言ってくれない。そこには規律とオリジナルの軸があった。素肌に触れられる直前のような緊張を感じた。誰かが誤った選択を囁く。僕にはその声のする方向を見定めることもできない。僕は正面玄関から入ってその部屋に足を踏み入れたはずだった。けれどそこは目的地ではなくて何かの途中に過ぎなかった。その部屋を横切って僕がどこに辿りつこうとしていたのか思い出すことができなかった。思考する自分も足を動かす自分もあらかじめ誰かの意思によって操られているみたいだった。現実に引き戻す手は冷たくてよそよそしかった。僕らは同じ夢を共有しそれぞれの思惑を知ることで自らを矮小化させ二度とすり合わせることのできない状況に追いやっていた。けれど無意識の中で選び取れるものは初めから何もなかったのだ。
35:匿名 hoge:2023/10/03(火) 01:08目眩がしてよろめいた。傷口の疼きに声を抑えられなかった。倒れ込める場所を見渡してもそんなものはなかった。川の水が無関心に流れ続けている。色褪せた案内板が意味ありげに右に傾いている。喉がかわいていた。自分を世界に馴染ませるように息を吐く。僕の探していたものあるいは人々はすでにここから立ち去っていたみたいだった。ここには何かから見切りをつけられた痕跡がいくつも見て取れた。機を逃した僕は身の丈にあった持ち場を見つけたみたいにここに留まっている。からかう声が聞こえる。背中に何かのメッセージのようなものを感じる。振り返っても何もない。誰もいない。彼らは幸せになったんだろうか?僕は彼らが、垢抜けたカーキ色のキャンピングカーみたいなものに乗って静寂を保ちながらそれぞれの思惑に浸り、新しい場所に移動している様子を想像する。もちろんその中に僕は含まれていなかった。凍てつくような風を感じた。でたらめに並んだ秒数がきっちりとした間隔で減っていくような感じがした。
36:匿名 hoge:2023/10/04(水) 00:32口の中でざらざらした隕石の表面みたいな味がした。どこまで歩いても枯れ木や枯れ草が続いているだけだった。地面を踏む感触は後に何も手掛かりを残さず移動している実感もない。薄くかかった雲の向こうに月の気配が微かに感じられた。それは息をひそめて蜻蛉の目みたいに無感情にじっと様子を見ているみたいだった。僕は閉塞感をいくらか感じて息を吐き出した。そして身体の奥に溜まった震えの予兆みたいなものを消すように努めた。その場所からは何の息づかいも感じ取ることができなかった。自分さえもその匿名性に侵食されたただの銀色の塊になってしまった気がした。視界に入り込んだ窓枠も近くの塀や何かの破片に重なってぶれてそれが何の機能を果たすものなのか分からなかった。原型はあって確かに構造上の意味は成しているが、そこには奥行きというものがなく自分が何かの行動を起こしてもそれに相当する反応は返ってこなかった。ただひたすらに空疎さだけが一面に広がって浸かっていた。けれどそこには同時にバランス感のなさと危うさを感じた。それは夢みたいに脆く支えがなく一つの水滴がはじければすべてが塗り変わってしまうような不安定さだった。だから必ずということはない。外に出るための扉が脈絡なくぽつんと現れても不思議ではなかった。空疎さとは得てして同時に希望を含むことだった。
37:匿名 hoge:2023/10/04(水) 23:22手を引かれて奥へ奥へと連れていかれた。肌にひんやりとした風を感じる。彼女は急いでるみたいで、何かに苛立ってるようにも見えた。抗う気力も術も持たない僕はそんな彼女の顔を眺めていた。外を歩きなれていない彼女は小さな段差や地面の窪みに何度も躓きそうになっていた。等身大を見た方がいいのかなあ。結局この人は僕をどこにも連れていってくれないんだという気がした。ペースに飲まれて心を壊死させているだけだった。そんな繰り返されたシチュエーションに僕はいくらかうんざりしていた。きっと自分で決めるべきなんだろう。僕は足を止めた。少し遅れて彼女も足を止めた。そして不思議そうに僕を見る。きっと彼女は今では声を取り戻しているし、好きな場所に自由に行くことができるはずだった。それを最後妨げていたのが僕だった。継ぎ接ぎのずさんな幻に過ぎなかった。その正体を正確に捉えることはついに叶わなかった。もっと話をシンプルにするなら僕は忘れてしまっていた。それはもう二度と戻ってくるあてのない損失だった。僕は1人で道を引き返した。元々そこには他に誰もいなかった。
38:匿名 hoge:2023/10/07(土) 02:44鋭い爪が網膜を引っ掻き回す感触に浸っていた。そこにはもう引き返せないということに加えて一種の解放があった。匿名性を纏ったその存在に怯える必要はどこにもなかった。僕には何も選んで手にすることはできなかったのだ、結局のところ。本当はもっと素直な輝きに酔っていたかったけれど、仕方ない。誰もが目を閉じて一日を終えようとしていた。すべては僕の関与しないところで起こって終わったことだった。あとは受付で料金を払ってロビーで待って元いた場所に帰るだけだった。帰らされるだけだった。それは人の手によって作られた状況で、ただの成り行き上の手続きで、僕はその流れに組み込まれた歯車の一つに過ぎなかった。体はどこまでも弛緩して呼吸は穏やかで、悪意も善意もない無垢な人肌を側に感じていた。もうなにも語りかけてはくれなかった。それは機会を失い、僕は資格を失っていた。一切が混濁した水の中に沈んでいく。それでもまだ幾ばくかの時間は残っていた。目の中の疼きが遠ざかっていくなかで僕はその間にできることをぼんやりと考え続けていた。
39:匿名 hoge:2023/10/08(日) 22:32散々なことをしてきたからそれにふさわしい罰を受けなければいけなかった。その人は口を噤んでただ僕の様子を見ていた。僕がどんなふうに呼吸をして、どんなタイミングでまばたきをして、どこに視線を巡らせるかを仔細に、あくまで事務的にうかがっていた。逆に僕はその人のパーソナルな部分、たとえば身につけている服や靴やネックレスや表情の変化などについて必要以上に考えを及ばせる事は暗黙の了解として禁じられていた。僕は半永久的に過程に留まっていた。肩に子供1人分くらいの重みを常に感じていた。足を運ばせることのできる範囲はごく限られたものだった。このままずっと枷が外れることはないのかもしれない。それはあるいは年月を経る度に増加していく仕組みになっているのかもしれなかった。もうどんな言葉も語りかけてくれない。ひび割れたイメージの欠片すらも与えてくれない。観察者と被観察者として強固な壁で隔てられていた。その壁は僕の感じた息苦しさによる喘ぎ一つ通さない。そして僕はその状況に理不尽さや白々しさを感じないように努めなければいけなかった。その時間だけが次に進むための必要なプロセスなのだから。
40:匿名 hoge:2023/10/10(火) 10:17ばーん、頭の中が涼しいから空中に漂う冷気を叩きたくなった。その前に部屋にある機能性を持つ物を叩き壊さないといけなかった。咳したら肘をうってサイドテーブルから目覚まし時計が落ちた。ビジネスホテルにあるようなテレビ、誰かから貰ったものだった。喋っていることがわからなかった。なるべくわからないように努めていた。外に押しやることで自分だけが基準になれるから。さっきまで使用人が倒れ伏していたみたいな不吉さを感じた。それも外に押しやった。肺の空気を吐き出した。不健康そうな軋みを感じた。そじっと待っていた。それは転換と言うには前向きで停止と後ろ向きなことだった。訪れるあてのようなものはなかった。とにかく気配を押し殺して待つことだけが正解のような気がした。時々脈を計って枕の位置を直してコップに飲み物を注いだ。気が乗れば鏡を見た。時間が経つごとに気持ちが白けていった。そして手持ちがなくなったら眠る。繰り返しだった。自分の体と目に映る物に常に媚びを売っていないといけなかった。そこに期待の余地が生じることはなかった。
41:匿名 hoge:2023/10/11(水) 04:42等間隔に並んだ窓から無数の視線を感じた。その中に1人悪人が潜んでいた。月が青みを増して蝶の輪郭を孕んでいる。鱗粉はここまで届いて私の意識を鈍くさせた。思考が怪しい熱を持って破滅的な衝動に向かわせようとしていた。目を閉じる、ストライプの車が庭先を横切る、ばらばらに裁断されたタオルケットが空から落ちる、新種の病原菌が甲高く声を上げる、生死が点滅する、何かの列に並んでいた、特定し切れない感情が迫ってきていた、それはいくつかの濾過を経て安らぎに変容するはずだった、無力なままで画面を見つめる、一生懸命目を凝らす、間抜けなその様を絵に描かれる、鏡を見ても腑に落ちない、自我をなくして劇に紛れた、手すりを掴んでいた、体温計を回収する、そのどれもに4つ足の虫が張り付いている、「僕」が責任を負わされる、身なりのいいアコモデータがくぐもった声を出す、内通者として矢面に立たされる、知らない間にずいぶんかけ離れた場所に飛ばされたらしかった、本を閉じて眠った、口の中に磁気を感じた、人工の甘い味がした、夢は微細に震えて終わることを誰も知らなかった。
42:匿名 hoge:2023/10/15(日) 04:39応接室で先生を待っている間僕らは別々のことをしていた。その人はいつも知らない曲を聴いていた。そのことが楽しかった。僕は今のその人と大人になったその人の姿を同時に重ねて見ることができた。欠けた部分を互いに補い合うみたいにその境界は曖昧だった。僕にとってはこれがたった一つの夢だった。もしかしたらその感触だけを支えにこれから先の無惨な人生を生きていくこともできるかもしれないと真剣に考えていた。装わずに言い聞かせずにただ素直にそこにあるものを受け入れることができる。ことさらにネガティブな感情や不幸な想像を並べ立てなくても人前に立っていられる。それが思い込みかどうかは大した問題ではなく、そこに質感を感じられるかがすべてに共通する基準だった。妄想に耽っているとよくうるさいと言われた。そして椅子の向きを戻して時間軸の正確な僕と話し始めた。心を開いて無垢な微笑みを向けている。その人もまた同時に2つの僕を見ていた。結局のところ救いにたどり着くことはなかったけれど、その人の言葉によって今の自分と過去の自分が明確に切り離されている状態に僕は安らぎを感じていた。疲労が少しでも軽くなることを願った。
43:匿名 hoge:2023/10/17(火) 17:10夜半に見違えた姿をみた、求心力、コアがひび割れる、禊を終えるまでの時間にいくつかの顛末があった、盗作の援用、そのコピー、繰り返し、夢が外側に押し出される、喉の渇きは痛みに変わる、熱を失ってすぐに見せかけの楽園が築かれる、笑い声が届くたびに感覚が遠ざかっていく、震えるような日だまりに自身の末路を見る、呻きがあり叫びがあった、糸が切れるのを怖れていた、焦がれていた、意識を透かしてみた客観視より少し主体的なもの、無粋な存在としてすでに忘れ去られていた、人々は崇拝するもののために一生懸命だった、代理人を立てる必要があった、手遅れの弾劾裁判、口を噤み続ける、その厳粛な空気に身を委ねた、童話のような話だった、滑稽にも見えた、何度もリピートされる、映像の違いを目を凝らして見つけようとしていた、それも用意されただの余興に過ぎなかった、脚色され起承転結のつけられた余興だった、その終わりが近づいているのを感じ取ることができる、彼が伝えたかったことはとっくにその本意を剥奪され元の虚無に消えた。
44:匿名 hoge:2023/10/19(木) 21:39シーツを裁断していたら停電してすぐに復旧した。頭に浮かんでいた言葉が弾け飛んだ。早くここを出ないといけないと思う。窓の外では細かい雨がしつこく降り注いでいた。端から意味なんかない、切り捨てるのは簡単だった。視線を落とした先の液晶は薄青く点滅している。体中の骨がかくばっているような感覚がした。整合性が取れない。メーターが折れてごみになっていた。目の奥が眩しかった。出口から出るにもそこから動けなかった。夢はその入口だけを鮮やかなディテールで装飾していて他はすべて疎かにしていた。付箋を残しておく必要があった。肩に手をかけられる気がした。そうならないように机に向かって熱中してるふうを装う。ここでは感じたことが実際に起こるから。熱が引くのを待っていた。だんだんピントが滅茶苦茶になっていった。薬品のきつい匂いがした。誰かが撤収するための準備を整えているみたいだった。その姿はじきにあらわれて僕は追い出される。彼はそこにいて壁時計の針を見ていた。つられて僕も目をやった。
45:匿名 hoge:2023/11/14(火) 10:25彼は僕がポケットに忍ばせていた便箋をビリビリに破いた。僕は口の中で舌の動きを確認していた。その男は昨日まで僕と同じ職場で親しく働いていた同僚だった。片耳に黒いインカムのようなものを付けている。そしてひどく眠そうな顔をしていた。僕も眠かったし、それに身体中が軋むように痛かった。それは僕がいつか見た夢の続きだった。すべては予定調和のように滞りなくけれど緩やかに進行していく。彼はこの瞬間に至るまでの工程を思ってうんざりしているような表情をしていた。僕は目を閉じて思考を止めた。闇の中で斑に似た模様が淡く輪郭を作った。夢には誰の意図も介在することはなかった。おそらくこのシナリオにおける僕という要素もほとんど意味を持たないものなのだろうと思う。なんと言っても意味を見出すには無駄なものが多すぎた。しかし現実にしても結局のところそれは同じことだった。抵抗の術はなく、鏡は魂までは映してくれない。僕はこのまま夜が明けるまで無為に待つつもりだった。残骸のような文脈の中から抜け出して目を覚ますために。
46:匿名 hoge:2023/11/15(水) 10:51眠気を訴えたら本棚にぶつかった。それは橙に輝く本棚だった。僕は行き場を失った気分になる。試験会場で人を探している途中だったのだ。僕は裏口の外からその声に導かれた。気づけば周囲を取り巻く誰もが劇の小道具になってしまったみたいだった。確かに認識できる音も失われそこには何かが滴る気配のようなものだけが残った。僕はふいにその人に、というよりはその声に、いくつかの疑問を呈したかったことを思い出した。けれど肝心の内容は巨大な影に覆われにでもするように姿をくらまし、会話をするという段になると自分がしばらく眠っていないということを伝えるぐらいのことしかできなかった。能無しだと思われたかもしれない。全身からは力が抜けていてひどく怠かった。駐車場まで戻って迎えを待ちたかった。一息つくための場所で白々しく突っ立っていたかった。何かに与するというのはそれだけで事故なのだ。記憶が中心地を求めてさまよっていた。しかしそれはどこかのみすぼらしい川の流れに遮られて霧散するのだろう。いつもと同じだ。
47:匿名 hoge:2023/11/17(金) 12:56箱の中みたいな店の中みたいな空間で呼吸を失った。波が袖からでた肌をくすぐっているような感触がした。僕が手にしていた持ち駒は少なかった。おそらく多少強引にでもそれを増やしていく必要があった。別の空間に通じる壁を手探りで探してみた。けれどそこに辿りつくことはできなかった。非現実性の中でも許容される非現実性と許容されない非現実性がある。あるいは僕の自由意思なんて端から排除されているのかもしれない。誰かの視線が欲しかった。第三者の存在をもってして徹底して閉塞した空間の破調を作りたかった。姿は見えない。声は届かない。ポケットの中には何もない。置いてけぼりにしてきた喪失した記憶の予感のようなものさえない。そしてふと気付くと僕はその空間を抜け出して自分の足で歩いていた。見慣れた町の見慣れた住宅地だった。たった今まで包まれていた景色が断末魔を上げるように僕の頭痛となって僕の頭を締め付けた。けれどそれも一瞬のことですぐに治まる。すでに僕の体と心はすっかりこの世界に馴染んでいた。
48:匿名 hoge:2023/11/22(水) 13:44胸部だけ剥がれて心臓を出された。それは夏の匂いがした。僕の中にあった日照りは暗闇を強く求めていた。それは僕の意図しない領域で区切りまでの逆算を始めていた。浮遊感が怖かった。地面に足をつきたかった。そこが泥濘でもいいと思った。鮮やかすぎる輝きは往々にして短い時間で腐臭を滴らせるただの塊に変わる。塊ですらなかった。とうに散らかっていた。規模の感覚を失った僕の頭はその1つ1つを正しく認識することができない。息をついた。白い天井が今にも崩れ落ちそうに見えた。時間を刻む針の音が聞こえる。その音に意識を集中させていると自分の瞼が震えているのを感じた。疲れているのだ。僕は布団を首元まで被って剥き出しになった心臓を見ないようにした。そしてこの日に誰も訪ねてこないことを願った。目を瞑っていた。ずいぶん長い間目を瞑っていた。今の自分には時間の経過によってしか変化を期待できなかった。明日の自分にもそうすることしかできないことがわかっていた。トランクを閉められたあとの旅行ケースみたいな気分だった。何の意図もなく、気分を持つ権利さえなく、誰かの作りだしたシチュエーションの中で役割を与えられているだけの存在だった。僕にはもう夢を見ることさえ自分ではできない。
49:匿名 hoge:2023/12/08(金) 04:48彼は灯りから核心だけを取り上げる。それを舌の上で転がして痺れを感じた。けれどそこに浮かんだ構造を正確に見通すことができなかった。頭が引っ張られる。ねじ曲がる。磁気で靴が壊れる。次の用紙を手に取る。目眩がした。喉にゼリーを流し込んだ。場面が転換する。支度中に鍵をかける。秒針に振動を与える。世界中の軸が客体に侵されていく。誰の声も何の意味も含んでいなかった。およそすべての撓みが隣へと伝播し水浸しになっていった。空白に置かれたランプが回り続けていた。薄いカーテンに隔てられたその中で双子が成長を続けていた。付け足され引き抜かれる。リズムが失われ甘い匂いに覆われる。欲が血管の下をくぐり抜ける。それは鏡越しだと自分自身の破片に見えた。やがて辻褄を合わせるために閉じていく。可能性の側に放置され進み得ない時間の中で朽ちていく。それは正しく収まるべき場所を求めて反射的な喘ぎを繰り返していた。客体から主体に軸がぶれる。ピントが絞られる。姿形が明るみにでる前に気配が白々しく希薄になっていく。彼は輪郭だけを残したまま意図をその場から剥ぎ取っていった。
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