〜アタシは“城ヶ崎莉嘉”だから〜
「お姉ちゃん!」
「はいはい、莉嘉」
アタシはいつだって、お姉ちゃんの背中を追いかけてきた。
だって、お姉ちゃんはカッコよくてアタシの憧れで……何より、お姉ちゃんの事が大好きだから。
……でも、少し考え方が変わってきた。
『お姉ちゃんみたいなカッコいいカリスマJKになりたい』から、『お姉ちゃんよりも凄いアイドルになりたい』……って。
そして、自分らしさを見つけたい、見て欲しいって。
お姉ちゃんの背中を追いかけるんじゃなくて、お姉ちゃんの背中を追い越したいって思ったんだ。
つまり、お姉ちゃんを目指すのを辞めるってこと。
だけど、アタシはお姉ちゃんを目指してこれまでやってきた。
アイドルになったのも、お姉ちゃんみたいになりたかったから。
セクシーなお仕事がしたいのも、お姉ちゃんみたいになりたかったから。
「アタシ、お姉ちゃん目指すの辞める!」
だから、少しテイコウがあったけど、結局お姉ちゃんと二人で話せる時にそう言った。
当然、お姉ちゃんに理由を聞かれた。
「アタシね―――――」
アタシはその時、自分の思ってることをぜーんぶ言った。
そしたら、謝られた。「気づいてあげられなくてゴメンね」って。アタシが勝手に決めたことなのに。
アタシが勝手に決めたことで、お姉ちゃんに悲しい顔をさせちゃった。
でも、アタシはこれだけは譲らなかった。
みくちゃんみたいに、自分を曲げないで……っていうのはちょっと違うかな。ゴメンね、みくちゃん。
そして、呼ばれ方も。
「妹ヶ崎」じゃなくて、「莉嘉ちゃん」とか、「莉嘉」って呼ばれたい。
“お姉ちゃんを目指すアタシ”じゃなくて、“城ヶ崎莉嘉”を見て欲しかった。
……って、その時は思ってた。
ある時、お姉ちゃんが出るライブのチケットを貰った。
当然、お姉ちゃんのカッコいい姿は見たかったから、見に行った。
「美嘉ー!」
お姉ちゃんは、ファンの人達みんなに名前を呼ばれて、やっぱりキラキラしてた。
そんなお姉ちゃんを見て、「やっぱりお姉ちゃんは凄い」、「お姉ちゃんには追いつけない」って思った。
そして、「お姉ちゃんを目指す」ってもう一度思ったの。
「やっぱりお姉ちゃんを目指さないの、やめた!」
って言った日には、お姉ちゃん、すっごい安心してたなー。
……だから。
「ねえ、Pくん。アタシね、“お姉ちゃんを目指しながら”“アタシらしさ”を見つけたいの! 」
あたしは一ノ瀬志希、18歳の高校三年生。
346プロのアイドルで、デビューしたばっかりだからまだソロ。よく分かんないけど、女子人気が高いらしい。
「志希。ユニットを組んでくれないか?」
……このまま、ずっとソロだったら良かったんだけどね。
「いやいや。プロデューサーもあたしがそういうの向いてないの知ってるでしょ?」
「ああ、十分に分かってるさ。だが、これは事務所側からの依頼だから……頼んだ」
げっ、プロデューサーが組ませようとしたんじゃないの? プロデューサーが組ませようとしたのなら断れたんだけど……
「……はいはい、りょーかい」
断ったらどうなるか分からないし、承諾するしかなかった。
「ありがとう。ちなみに、ユニット相手と顔合わせは明日だ」
「早くない? で、それ誰?」
「内緒」
ケチだなー。
ま、これは明日のお楽しみってやつかな。気は乗らないけど、ちょっと気になるし明日は時間通りに来てやろう。
「急に呼び止めてすまなかった。じゃ、気をつけて帰れよ」
「はーい」
……相手、どんな子かな。
「アタシ宮本フレデリカ! よろしくシルブプレ!」
これでもかと言うほど輝いている金髪が揺れた。
「……一ノ瀬志希。よろしくー」
対して、若干引き気味なあたし。
だってさ、普通思わないでしょ。まさか相手がこんなにキャラ濃い子だったなんて。
流石のあたしでも、ちょっと面食らってしまった。
「アタシはねー、19歳! 短大生! ……シキちゃんはー?」
「えっと、18歳。高校三年生」
いきなり自己紹介をしたかと思えば、年齢を言ってあたしに尋ねてくる。
表情も行動も、面白いほどに変わる子だ。
……でも、まさか年上だとは思わなかったな。
「わー、JKだ! JK!」
楽しそうな表情をしながら彼女は言う。正直、あたしには何がそこまで楽しいのかが理解できない。
……ま、これも彼女の性質なんだろうけど。
ともかく、そんなふうに仲良く? 話していると、プロデューサーに資料みたいなのを配られた。
「ユニット名は……レイジー・レイジー?」
フレデリカちゃんが紙とにらめっこしながら尋ねる。
「ああ、そうだ。意味は……」
「だらけている、とかそのへんでしょ?」
あたしはプロデューサーの説明に口を挟む。
普通に話聞いてるだけって、なんか面白くないし。
「……正解」
プロデューサーは「やられた」って顔をしながら言う。
「わーお、シキちゃん頭いい〜」
「そーでもないよ」
フレデリカちゃんが褒めてくる。なんかむず痒い。
「……お前達、仲いいな
「でしょでしょ? ねー、シキちゃん」
「ぐえっ」
プロデューサーが言うと、フレデリカちゃんがあたしの首に手を回しながら言う。首しまるって……
ていうか、どう見たって一方的なやり取りだけど、プロデューサーにはこれが仲良く見えるんだ。
「とにかく、上手く行きそうで良かったよ。明日からレッスン、よろしくな」
「はーい」
「……はいはい」
なんか全く上手くいく気がしないんだけど。……何日目になるのかな。あたしがこの子の顔から笑顔を消してしまうのは。
「シキちゃん考え中?」
「んーん、違うよー」
想像していたことが顔にも出てたみたいで、フレデリカちゃんに気を遣われてしまった。……あたしも、まだ落ちぶれてないんだな。表情に出るなんて。
「じゃ、話し終わったっぽいしあたし帰っていい?」
「ああ、いいぞ」
なんか居づらかったから、あたしはプロデューサーから許可をもらってその場をあとにした。
……このままこの子といたら、調子狂いそう。
「失礼しまーす……」
「おお一ノ瀬。珍しいな、お前が時間通りにここに来るなんて」
げっ、今日ベテラントレーナーさんなんだ……。
「まあ、うん……」
何となく遅刻しちゃいけないような匂いがして、珍しく時間通りにレッスンルームに来た。
「シキちゃん今日からよろしく〜」
「……よろしく」
どうせ、振り付けとか歌とかすぐ覚えちゃうし……面倒臭いけど、どうにか乗り切ろう。
あたしはそう思いつつ、配られた振り付け表を見ながらお手本通りのダンスを踊る。
「一ノ瀬は相変わらずだな。宮本も線は悪くないし、その調子でいけ」
「はぁい……」
「はーい♪」
レッスン中も、フレデリカちゃんはテンションが高かった。あたしからしたら、なんでこんな面倒臭いことを楽しそうにできるのかが理解できない。
なんて失礼なことを思いつつ、あたしは今日のレッスンをこなした。
「はぁ……はぁ……」
技術は高いとはいえ、あたしはアイドルになる前までずっと部屋に篭もって研究していた。運動なんて無縁だったから、体力がない。
「一ノ瀬は技術は十分だが、体力をつける必要があるな。宮本は……とりあえず、オリジナルの振り付け考えるのやめろ」
「え〜、いいと思ったんだけどな。まあ、いいや!」
……うん、もう最早振り付けの原型留めてなかったしね。でも、これもいい個性なのかもしれない。多分。
「じゃ、レッスン終了だ。水分補給忘れるなよ」
そして、ベテラントレーナーさんはそう言ってからレッスンルームを出た。
「疲れた〜……」
あたしは疲労のあまりその場にへたり込む。レッスン真面目に受けるの、久しぶりだったから。
「はい、シキちゃん。ドリンク!」
すると、フレデリカちゃんがあたしにドリンクを差し出しながら話しかけてきた。
……優しい。
「ありがと。……フレデリカちゃん」
「フレちゃんでいいよ〜」
一応礼を言うと、そんな言葉が返ってきた。
「フレ、ちゃん?」
「うん、フレちゃん♪」
フレちゃんね。フレちゃん……悪くは無い、かも。
「じゃ、帰ろ?」
「……うん」
体を起こされて、あたしはフレちゃんと一緒にレッスンルームを出る。
……その時、気付いた。
フレちゃんの匂いが、あたしのママに似てる、いい香りだったことに。
ママの香りは心地よかった。安心した。大好きだった。……なのに、あたしは無意識に拒否してた。
その理由は……もう、戻ってこないものだったから。ママはもういない。ママの匂いはない。どれだけ似た匂いがあろうと、ママは存在しない。
ないものに変な快感を味わうくらいだったら、もう忘れたかったの。
……だから。
「シキちゃん、なんでそんなにフレちゃんから離れるの?」
「……べーつに」
レッスン前。
事務所の中で、あたし達はそんなやり取りをする。
……ママの匂いを発してるこの子には、近づけない。
離れてたら嫌われる。この子に嫌われるのは嫌だったけど、ママの匂いを思い出しちゃうのはもっと嫌だったから。
「……ねえ、シキちゃんアタシの事嫌い?」
なのに
「アタシ、なんか悪いことをしちゃった?」
……なのに
「えっとごめ……」
「フレちゃんには関係ない!」
「シキ……ちゃん?」
なんでこの子は、こんなにあたしに寄り添ってくれるのだろうか。
それで勝手にイライラしちゃって、あたしは思わずフレちゃんに大声で怒鳴ってしまった。
ああ、あたしバカだ。友達なんてどうだって良かったのに、独りだって平気だったのに、なんで。なんでこんなにこの子に対して必死になってるの。
「……ごめん」
フレちゃんが悲しそうな顔をした所で、あたしは我に返った。……その悲しそうな表情見て、心が痛くなった。いたたまれなくなった。
「あっ、シキちゃん……」
「……頭、冷やしてくる」
困惑したような表情のフレちゃんに、あたしは一言そう告げて事務所から出た。
……失踪、かな。久しぶりの。
―――――雨が降っていた。
ぺトリコールの匂いが鼻を突く。それと同時に感じたのは、雨の冷たさと虚しさ。「なんでこんなとこにいるんだろ」って感じ。
「ヤバいよあの子」
「傘もささないでさ……」
コンビニの前でフラフラしてると、そんな声が聞こえてくる。
……雨に濡れたから、今のあたしの髪はまるで海藻。だから、驚くのも無理はないよね。
「…………」
ああ、居心地が悪い。かと言って事務所に戻るのもなんかばつが悪い。
そんな時だった。
「シキちゃーん!」
「フレちゃん……?」
彼女が、あたしの元へ来たのは。
「なん、で……」
「もー傘もささないでこんなとこに! 風邪ひくよ!」
フレちゃんはちょっと怒ったような表情をしながらあたしの頭を拭く。優しい手つきとタオルの感触が心地よい。
「さ、戻ろ?」
「……ん」
そして、彼女はあたしの手を引いて、歩き出した。
……さっきまで拒絶していた筈なのに、あたしはそれを黙って受け入れていた。
「志希! ったくレッスン前に突然失踪なんて……」
げっ、プロデューサー……
「トレーナーさん達カンカンだぞ」
「にゃ、にゃははー、そうなんだー」
プロデューサーの言葉に、あたしはふざけながら答える。
そんなあたしの様子を見て、プロデューサーは更にため息をついた。
「シキちゃん、アタシも着いていくからトレーナーさんに謝りに行こ?」
「……はーい」
適当に流そうと思ってたのに。
やっぱり、フレちゃんに言われると、断ることは出来ない。
「一ノ瀬! 急にレッスンをサボるんじゃない!」
……そして、あたしはたっぷりと叱られたのであった。
「あの、フレちゃん……」
「シキちゃん、なぁに?」
それから説教が終わって、事務所の中。
あたしは、フレちゃんにしなきゃいけないことがあった。
「……ごめんなさい」
そう、それは謝罪。あんなに一方的に怒鳴っちゃって、しかも失踪した時に探す手間をかけちゃって、もう謝ることしかなくて。
「……アタシは大丈夫だよ」
本来なら絶交されてもおかしくないのに、フレちゃんは笑って許してくれる。
……なんで、そんなに優しいの。なんで、あたしの傍にいてくれるの。なんで、なんで……
“君は、ママみたいにいい匂いなの”
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
色んな感情が溢れ出して、あたしは涙を流しながら同じ言葉を繰り返す。
「大丈夫……大丈夫だよ、シキちゃん」
そんなあたしを、フレちゃんは優しく抱きしめてくれる。
―――ああ、これが愛なんだ。
ダッドの傍に居たかったから留学して、それでも貰えなかったもの。
幼い頃にママが病気で亡くなって、貰えなくなったもの。
それが、今あたしの心を包み込んでいる。
周りと同じじゃない、そんなあたしはいつも独りであたしの方も人を信用しようとしていなかった。……だっていい匂いがしなかったから。
それでも、働いていい匂いを出してるプロデューサー。ママみたいないい匂いを出してるフレちゃん。二人がいたから。二人となら……
『高垣楓さんの“こいかぜ”、でしたー』
ステージ裏。そんな声と、沢山の人の歓声が聞こえてくる。
……こんなステージで、あたしは歌うんだ。
「緊張、してる?」
隣からそんな声が聞こえてくる。
あたしは、何も言わずにその方向を見た。
「アタシはしてるよ〜、シキちゃんは?」
……緊張、してる。トラブルがあって震えちゃってた、初めてのライブの時みたいに。
だけど、何となくそう言いたくなくて、あたしは黙っていた。
「シキちゃんってホント顔に出ないね〜」
すると、フレちゃんはそう言いながら笑った。
「……別に」
あたしは目を逸らしながら言う。
その時、あたしの手にふわりとした感触がした。
「大丈夫、いっしょだよ」
そして、フレちゃんはまるで太陽のような笑顔で言った。
「……ありがと」
その時、感じた。あたしの心に触れていくのを。あたしの心からあたたかいものが広がって行くのを。
「出番、だね」
「うん」
もうすぐ、か。
あたしが少し表情を強ばらせると、フレちゃんの手を握る力が強まる。
まるで、「大丈夫だよ」と語りかけるように。
『レイジー・レイジーの二人です!』
司会の人の声が聞こえる。
ステージの歓声も、ここまで聞こえてくる。
「シキちゃん、行こ?」
「……うん」
お互い、またぎゅっと手を握る力を強めながら歩き出す。
大丈夫、フレちゃんとなら……
「はーい、一ノ瀬志希でーす♪」
「宮本フレデリカ! らびゅー♪」
最高のステージに、出来るから―――――