>>184
まるで泥に沈んだかのような眠りだった。
言おうとしていた、叫ぼうとしていた言葉は言えずに、逆に喉に何か空気とは違うものが挟まるのを感じた。
言おうとしていた言葉。何だったっけ?
ああ、そうだ。
あとは、
あとは、あとは──
「······状態に、······っ!ゴホっ······!」
······休憩室の最奥。まるで戦場のような病院の中、一番上等なベッドや布団があるというのは専らの噂である。
そこにエルは横たわっていた。······どうやら倒れた時にここまで運ばれたらしい。
患者はどうなっただろうか。······丁度メモ帳を手に持っている時に倒れた為、気の利いた医者が居れば何とかなるだろう。
それよりも問題なのはあの後に控えていた3件のオペだが······と、そこまで思考を回した時、研修医が入ってきた。
「あ。ちょっといい?」
先程の手術の時には当然居なかった顔である。
「は······はい、なんでしょうか」
少々怯える彼の様子を無視して、エルは質問を始めた。
「私がここに運ばれてきたのは何時くらい?」
「分かりませんが······19時に僕が来た時······休憩室に沢山の先生が詰めかけていたのは覚えてます」
エルは時計を見た。······現在時刻は4時。つまりざっと9時間くらいは寝た、というより気絶していたことになる。
「そっか······オペはどうなったかわかる?」
「えっと······先生含めて院内総出で行った緊急オペのことですか?」
「そうそれ。穿通性頭部外傷の方」
「先生が倒れた後、シマダ先生が他の方々をまとめて無事に完了させたそうです。いつ容態が急変してもおかしくないので今はICUに入れてるみたいです」
その報告を聞くと、エルはほっとしたような表情を浮かべた。ただそれも一瞬のことで、次には不敵な笑みを浮かべる。
「へぇ、シマダ先生がねぇ······他のオペは?」
「移植手術でもないですし······どれも緊急性はないので保留にしてありますが」
「患者に説明は?」
「しました。エル先生が過労で倒れたと言ったらどなたも口を揃えて『待ちます』と······」
「······結局私がやるんだね。まあいいけど······」
布団を整えながらエルは呟く。······9時間も眠ったおかげか、目の奥に油汚れのようにこびりついていた疲労が多少消えた気がする。
「報告ありがとね。オペは明日中に全部やるから······今はあの患者に集中するよ」
「わかりました。伝えておきますね」
そう言って研修医は駆け出していく。
その後ろ姿を見送りながら、エルは『輪廻族』としての記憶を少しずつ紐解いていく。
······彼女が今まで出会ったことのある輪廻族は10人を優に越している。······が、同じ世界に、同じタイミングで転生した人数はこの世界の3人より多かったことはない。
勿論一つの人生で出会える人の数から言って、そんなものはほとんど参考にならないことは承知している。
だが──どうしても信じられなかった。
あの重症を負った患者──夜村夢花といった──が、輪廻族であるらしいということが。