きみのための物語

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219:◆Qc :2022/08/04(木) 01:56

『妖幻の月族-1』


────月。
4代目の月の巫女が死んでから、時は経っていない。そう、丁度斬月が行動を起こす前の時である。
「······来客?」
『月族』の族長の一人である徊月は、『兎』による報告に首を傾げた。
「そうです。何でも『自分のことを覚えている奴が居るはず』とか言って······それ以外の事は何も喋りません」
「敵意は······ない?」
「少なくとも、表面上は」
「······そうか。ありがとう。とりあえず会ってみよう」
忙しいのにも関わらず、不思議な来客と会うという徊月。······これには、この月という場所にも関係している。
当然ながら空気もない、その上ここにある月族の建物には外部からは視認を含めた一切の干渉が出来ないようになっているのだ。どの道、それらを突破してここに来るというのは尋常ではない。
『月面大結界』維持の応援に行っている者や、地球に降りて次代の『月の巫女』を探し回っている者が粗方出払っている今、月族の地区はほとんど無人と言っても良かった。
今ここに残っている者は、待機することを命月から強制された者────徊月とその他数名しかいない。

やがて徊月は簡素な建物に足を踏み入れた。そこは、普段は『天人』や『兎』の有力者が会議前に待機をする場所として使われているのである。
たが今────ここは異質な女性の為に占領されていた。
「······」
灰色の髪をした彼女は目を閉じている。瞑想でもしているのかと思い、少しだけ動くのを躊躇われた徊月。
······しかし、ふと彼の脳裏に電流が走った。この女性の存在を、記憶の大海から拾い上げたからである。
「······張月。久しぶりだな」
女性はそこで初めて目を開いた。暗い、くすんだ目であったが······目許が少しだけ笑っていた。
「ほら、やっぱり覚えてたか······と言ってもお前だけだろうな。······徊月」
女性の名前は張月といった。そこから分かる通り、月族の一員である。
「何年ぶりだ······?月族が体系化された時に一回顔を出して以来だよな。思えばその時も······それまでの話を聞きそびれてた」
「はは······何せその時代は中国より日本が面白そうだったから」
張月は他の月族とは違い中国に行っていたらしいのである。そう言われてみれば、その格好も道家的な趣がある。
「······古参の特権だよな」
「そうだな。徊月······流石にお前には劣るが。······あぁ、折角だし土産話をしてやろう。······三国志は好きか?」


◆Qc :2022/08/04(木) 02:34 [返信]

『妖幻の月族-2』


「······三国志?······まあ一般教養の範疇なら」
「なら流石に黄巾は知ってるか。······さて、なぞなぞだ。私は『張月』。何か気付くことは?」
張、という字を机になぞってまで強調する彼女であった。向かい合う徊月はしばらく悩んでいたようだったが、改めて張月の格好を眺めてようやく思い至る。
「張······って、黄巾の首謀者の苗字も同じ······何かやっただろ」
「ご明察。······って程でもないがまあいいさ。つまりだな······まあ何というか······儒家思想を道教思想、というか単純な欲望で破壊するのは楽しかったよ」
「··················うわぁ」
ようやく察した徊月である。
「それにしても弟達も凄かったが張角は凄い奴だったな。本当に幻術とか妖術使いこなしてるし······率いた物にもう少し頭があれば天下狙えただろうに」
「会ったのか······頭、というと?」
そう言われると色々と聞いてみたい徊月。しかし相手を優先し、最低限の相槌に留めていた。
「やっぱり賊だからか頭脳は弱いな。首領は悪くないが下が悪すぎる······お陰で簡単に取り入ることが出来た。父親の忘れ形見とか何とか言ってな」
「······で、そこで何を······?」
「幻術とか妖術とかを習った」
「は?え、陰謀とかは?」
「期待してたのか?」
純粋な興味だけで動いている人間とは恐ろしいものである。張月は確かに時代の証人にはなったようだが······時代は動かさなかったようである。

「······で、結局は?」
「どうもこうも。本拠地陥落したから雷雨に乗じて逃げてやった」
「その雷雨は······ってそれはともかく。······それだけじゃなさそうだな」
「ああ。五斗米道は知ってるか?」
「何となく。今でも続いているらしいから嫌でも耳に入る······ってまさかここでも何かやったのか······?」
一、二回で慣れる、ということはない。暫くはこのままの驚きが続くであろう。
「いや。ある役人に賄賂を払って取り入った辺りで漢中が落ちた。······まあ別にその後もついて行っても良かったんだが」
徊月は頭を抱えるのと同時に、畏怖に似た感情を覚えた。
幻や妖の術に精通するとなると、時間が無限に近い月族の身でも苦労は多い。ましてやそのような異能を持っていないのであれば。
ともかく、彼はその後の話は聞き飛ばした。道教発展に一枚噛んだとか、一時期日本に渡って陰陽道を学んだとか、その辺の話は脳が受け付けなかったのである。
「······とりあえずこれからはしばらく月でのんびりしようと思うよ。この時代でも今まで学んできた術が機能するか試してみたいんだ」
「······まぁ、気取られないようにな」
結局徊月はそれしか言えなかった。ただ、唯一彼が冷静だったのは、起こった事を命月に報告することを忘れなかった事である。
このお陰で、張月の特異性は、月中に有名となるのであった。


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