Prologue
朝。
東に太陽が昇り、ゆっくりと空は青さを取り戻す。
時計の方向は、長針が卯、短針は申近くを示していた。
はっきり言えば、午前8時15分頃だ。
その部屋にも時計はあって、目覚まし時計もご丁寧に枕元に置かれている。
ジリジリと目覚ましは大声を上げていた。もちろんこれは擬人法だ。
が――。
「ソラ!」
目覚ましから聞こえたこの声はそんなものじゃない。
もっと温かみのある肉声。丁度、声変わり前の少年のような。
「ソーラー、起きないと遅刻するよ!ソラ!おーい!!」
ソラ、というのは状況からして、気持ち良さ気に寝ているベッドの主だ。
耳の近くで響く声にはまったくの無反応。思わず耳が聞こえているのか疑ってしまうほどだ。
しかしその次の瞬間。
「ーーーっ!!」
音が止んだと思った瞬間、ベッドの主の腕はとてつもない速さで自らの体にストレートパンチを決めた。
それは見事に彼女に最もの衝撃を与えた。
思わず声にならない声で叫ぶほどだ。
「痛い。痛いよ、ヒカリ・・・」
少女は漸(ようや)く起きたようで、ストレートの決まった腹部を押さえ、体を起こす。
ヒカリ、と呼んだがその場に人影はない。というより、自分で殴ったのだからそんな存在ない筈なのだ。
「起きないソラが悪い」
そう返したのは先ほどの少年の声。
どうやらこの声がヒカリという存在らしい。
「現在8時19分、寮から学園中等部までは坂道156m、平坦(へいたん)な道234m、最高記録7分11秒。この時点で遅刻確定だね」
精密な数字を並べるヒカリ。嘘でしょ、と呟いてセーラー服に着替えるソラ。
髪に適当に櫛(くし)を入れ、鞄を掴み、腰にベルトを巻く。
はっきり言って、あまり制服とは合っていない代物だ。丁度つけると左側に麻袋のようなものがある。
「ヒカリどこ置いたっけ!?」
そう叫ぶと、机の上と返ってきた。ソラはゴチャゴチャの机の上から小瓶をとった。
高さは8センチ、底の直径が5センチくらいのつぼ型、中は蜂蜜のような琥珀色の液体が満たしてる。
それを麻袋につっこむとソラは駆け出した。
――今日もまた、一日が始まる。