>>6続き
「剣を抜けよ。クロにとって俺を殺すことなんて簡単でしょ!?」
「ビャクヤ……」
クロガネがちらりとこちらに視線を送った。「どうにかしてくれ」とすがるような目。私もどうしてよいか解らず、曖昧に目をそらした。
ビャクヤがこんなことを言い出すことは、何となく予想していた。殺すことは生きることであると教えられてきた私達にとって、殺せないことは死に直結する。
彼は、殺してでも生きることを恐れてしまっていたのだ。
「クロは俺のこと殺せないの? 仲間、だから?」
「違う……! 仲間意識で殺せないわけじゃ、ない……!」
冷たい声色で問うビャクヤの目には、失望さえ伺えた。殺人機の様に育てられてきたクロガネが、殺すことを躊躇しているからだろう。
私も、軽く嘆息する。クロガネが情に流されて人を殺せないなんて。ビャクヤの善くも悪くも人間らしい所に感化されたのか。
私達、アサシンは“殺すことや死ぬことを恐れてはいけない。他人の言葉を信じてはいけない。情に流されてはいけない。ただ依頼に従って作業的に殺せ。人間性を捨てされ。殺すことは生きることだと言うことを忘れるなかれ。”
ビャクヤの様に恐れることも、クロガネの様に情にほだされることも、アサシンにとっては不要なこと。アサシンには相応しくないこと。なのに。
「クロが殺せないならグレース。俺を殺してよ」
うつ向いて表情の伺えないクロガネを、静かに見据えたまま、私にそう言った。
ケットシー族の血が混じったビャクヤの猫目には、僅かな恐怖が携えられていた。
嗚呼、この子は私が殺すことを信じて疑わないのだろう。人間性を捨てきれないビャクヤは、勝手に私を信用しているのだ。
私の口から「それは出来ないわ」と告げられることなんて、予想もしていないのだろう。
「…………え?」
「勘違いしないでね。私はあんたを殺す正式な依頼でもない限り、殺そうとは思わない。それだけよ」
それを聞くと、ビャクヤは自嘲気味に笑って言う。
「優しくしちゃダメ、殺し続けなくてはいけない、人を信用しないって、俺には難しいよ。」
「それはあんたが弱いから……」
「クロにも出来なかった。人間性を捨てきるなんて出来ない。そうしたら、壊れてしまいそうで……恐いよ」
それから、ビャクヤは困ったように笑って私を見た。私の、一番嫌いな目で。
「クロもグレースも、取り乱してごめんね。部屋戻ろう」
ビャクヤがそういったので、私も彼も、各々の部屋に足を進めた。
ベッドと仕事道具が有るだけの部屋で、ビャクヤの困ったような顔を思い出す。苛立ちと共に。
あの目に込められていたのは、同情。アイツは、私に同情したのだ。
どういう意味だ。同情するのはこちらの方だ。恐怖を捨てきれなくて、殺す度に自分に怯えるような奴。アサシンになりきれないビャクヤの方が滑稽なのに。
ベッドに腰かけて、苛立ちを押さえようと枕を殴り付けた。ぼふっと音をたてて、少し埃が舞う。
「…………………………」
人間性を捨てきれない二人を考えて思う。それを失っている、私の方がおかしいのかも知れない。作業的に人を殺して、何も感じなくなってしまった私が。きっと仲間のアサシンを殺しても、何も感じない私が。誰よりも異端だったのか。
そんな考えが頭を余儀って、足先が僅かに震えた。