柚子葉は簡単に気が逸れるから、なんとかして気を逸せばいい。
何を言う?「柚子葉、最近太った?」ダメだ、あの子包丁で肉を削ぎ落とそうとするから。「柚子葉、一緒に朝食作ろう」これもパス。日向夏の火傷の跡を見て救急車を呼ばなければいけない。時間はとれない。
あ。いいこと思いついた。
「柚子葉」
「何、光。いいから早くそこをどいて」
「あのさ、130個のお願い、決まった?」
その言葉の後、柚子葉の目が少し逸れる。
すぐ焦点が僕の顔へと定まり、笑みが零れた。
「うん、決まった!えっとね、1個目が光が料理を食べさせてくれて、2個目が光が、3個めは・・・」
「柚子葉。僕以外にないの?」
「うん!」
朗らかに言われた。
「そうか。じゃあ、ちょっと待ってね。トイレ行ってくる。ついでに、シャワーも浴びてくる」
「なんで?」
「服が、スープで汚れちゃったから」
柚子葉がふーんと上を見て呟くと、
「あいつのせいで光の服が汚れちゃったんだ。後であいつが動けないように縛っておくから」
と言われた。
「いや、別にそこまでは良いんだ。とにかく、行ってくる。柚子葉、ご飯よろしく」
「はーい!」
柚子葉の元気な返事を聞いて、僕は風呂場に急ぐ。
風呂場では、日向夏が服の上から冷水を浴びて、火傷を冷やしていた。
ちゃんとこういう知識もあるんだ。
火傷をしたときは、むやみに服を剥がさず、その上から水を流して冷やす。
服を剥がすと、服だけじゃなく、火傷した皮膚もおまけとなってついてくるから、余計に怪我の範囲が広がり、酷くなってしまう。
「日向夏。火傷、大丈夫?」
僕が問いかけても、日向夏は黙ったままだった。
「救急車、呼ぼうか」
まだ返事はない。
一旦風呂場から出て、119番に通報する。
もう一回風呂場に戻って、日向夏と対話を試みた。
「日向夏が柚子葉を嫌うのはよく分かるよ。でも、柚子葉だって、元々あんな風だったんじゃないでしょ?」
そこまで言うと、日向夏がとても小さい声で呟いた。
「ねぇ。なんで僕だけこんな目に合わないといけないのさ」
日向夏がゆっくりと振り返る。
顔もびしゃびしゃで、それが涙なのか水なのかわからない。
「僕のクラスの人たちは、皆お父さんとお母さんがいて幸せなのに。お姉ちゃんもお兄ちゃんも、弟も妹も性格は破綻していないのに」
ずっと心に溜め込んできた、まだ幼い小学4年生の叫び。
「先生も信用できない。結局何もしてくれない。僕は、ちゃんと僕っていう存在を認識してくれて、僕を人間として扱ってくれる、そんな普通の家庭で良いのに。高望みなんて全くしてないのに」
耳に、救急車のサイレンが聞こえ始める。
「ねぇ、光お兄ちゃん。どうして」
4年ぶりのその名称は、最後に呼んでくれた時よりも嗚咽が混じっていて。
「どうして僕は幸せになれないの?」
純粋な疑問だった。
しかし、普通に生きている者には絶対に頭の中に浮かばない疑問。
日向夏の目から確実に涙が零れて、水と同化し、服に吸収された。
僕は、何も答えられなかった。
あら、なぜか途中の書き込みが。
無視して、>>22を見てください。