ドアノブに手をかけドアを開けると、やや耳障りな音がした。
視界に入ったのは、グレーの壁で囲まれた無機質な部屋だった。
小さな机と向かい合う2つの椅子しかない。
窓は無く、蛍光灯だけでは少し薄暗かった。
しかし、それらよりも目に留まったのは、2つのうち1つの椅子に座っている髪を2つ結びにし、眼鏡をかけている制服姿の女子だった。
俯いている彼女の名前を俺は呼んだ。
「萩野」
俺の声に気付いたのか、彼女は、
「あ……来てくれたんだね」
と声を漏らした。
萩野はクラスメイトであり、俺の恋人でもある大切な存在だ。
彼女の目は隈ができており、髪はボサボサだった。
無理もない。
あんな事件が起きたのだから。
「大丈夫か?寝てないだろ」
「大丈夫だよ。それに、そっちも寝てないでしょ?」
苦笑いを浮かべながら、答える萩野。
その顔を見ると、胸が締め付けられた。
側にいた警察官に促され、俺はもう一方の椅子に座った。
俺と彼女は警察署にて、取り調べを受けることになった。
あの事件の関係者、または生き残りとして。
お互い別々の場所で取り調べを行っていたが、彼女からの希望で、数時間後に二人で会うことが出来た。
正確に言えば、この部屋には一人警察官がいるが。
しかし、こうしてゆっくりと話し合える時間を取ってくれた警察には、むしろ感謝をしなければならない。
それに、警察署の外には事件を聞き付けた報道陣がいるらしく、しばらくは外に出られないだろう。
「あのね……警察に二人で会うことを要求したのはね、聞きたいことがあったの」
「聞きたいこと?」
俺がそう言うと、萩野は少し申し訳なさを含んだ困り顔をしながら、口を開いた。
「私……事件のこと、あまりよく覚えてないの」
その言葉に、俺は目を見開いた。
「……本当か?」
「うん。思い出そうとするけど、霧がかかったみたいにモヤモヤしちゃって……」
きっと、事件のショックで記憶が失われてしまったのだろう。
それほど、この出来事が彼女にとって苦痛だったと思うと、こちらが辛くなってしまった。
「だから、私と同じ生存者から話を聞けば、記憶を取り戻せるかな、って思ったの」
彼女は理解したが、俺はなかなか首を縦に振ることが出来なかった。
あの出来事を話して、萩野が全てを思い出してしまったら、彼女はさらに悲しむに違いない。
酷ければ、心を壊してしまうかもしれない。
困惑する俺に、彼女は察したような顔で言った。
「私は全てを受け入れるって決めたから、正直に話して。記憶が曖昧なまま、皆の死を見届けられないの」
彼女は真っ直ぐな瞳で俺を見つめると、俺は溜め息をつき、決心したように口を開いた。
「……わかった。全部話すよ。まずあの時、俺らは夜の学校の教室にいたんだ」