宮廷靴磨き 〜シューシャンボーイ〜

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5:にしき:2018/05/04(金) 00:58

 暫く俯いて地面に視線を向けていると、大きな人影が俺を覆った。
 思わずバッと勢いよく上を見れば、ニヤリといたずらっ子みたいな笑みを浮かべたおっさんが俺を覗き込んでいる。
「よぉ少年、元気にしてたか」
「……パスコーの爺さんじゃねぇか。驚かせんなよ」
 パスコー・ド・ニューリョック公爵。
 帝王の側近として代々仕えている名門貴族、ニューリョック家の出身だ。
 パスコーはニューリョック家の当主で、現在は大臣を務めている。
 
 親父の代からの常連客で、随分と贔屓にしてもらっている。

「今日はどうする?汚れ落として艶出し?」
「おぉ、それで頼むよ」
 パスコーは勝手知ったる木製椅子に腰かけ、いそいそと脚を差し出した。
 今日も今日とて彼は上質な茶色の革ブーツを履いていた。

 まるで樹木の幹を思わせるような深い品のある茶色。
 ふくらはぎまで届くほどの丈で、つま先が鋭くカーブしている。
 踵のヒール部分は太い直方体になっていて足場もグラつかず歩きやすそうだ。
 中央はいくつか穴があけられていて、その穴に黒い紐が通されている。
 紐を通す穴の数でサイズを幾分か調整できる仕組みのようだった。
 
「これは……有名ブランド『ブレークジョーマエ』の新作か」
 革靴の質感とデザインの既視感で分かった。
 一流の素材と有名デザイナーの起用で評判の高い高級ブランド、ブレークジョーマエ。
 庶民には手が届かず、高嶺の花……もとい高値の靴だ。滅多にお目にかかれないシロモノ。

「さすがロック、ご名答。よく見抜いたな」
「ブレークジョーマエの靴を磨くのは三度目さ。こんな立派な靴を磨けるとは光栄だぜ」
 久々に巡り合えた上等な靴に興奮しつつも、浮足立つ鼓動を押さえつけた。
 古びた木箱から汚れ落としとクロス、ブラシ、靴墨などの商売道具を取り出し、準備に取り掛かかった。

 


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