まず豚の毛から作られたブラシで念入りに靴の塵や埃を払う。
スッと柔らかい刷毛がなめらかに靴上を滑り、革に張り付いた塵を落としていく。
編み込みの入り組んだ隙間まで抜かりなく撫でる。
泥や砂は、革の劣化を早めてしまう恐れもあるのだ。
緩く弧を描いた皺が、くるぶし辺りに密集していた。
皺の深さからしてまだそれほど履き潰しているわけではないらしい。
何度か靴墨を塗った形跡があるため、ある程度自分で手入れはしているだろう
「そういやロック、お前さんここ一週間ずっと店開いてなかっただろう?それにいつも店を切り盛りしてる両親はどうした?」
不意にパスコーが思い出したように訊いたため、思わずブラシを動かす手を止めてしまった。
ブラシを握った手が暑い。じわじわとブラシの柄が手汗に塗れていくのが分かった。
脳裏に焼き付いた゛あの時のこと゛を思い出し、急に頭に血が上って、行き場のない怒りが手に集中した。
握りしめた手のひらにブラシの毛が強く刺さる。拳が小刻みに震えた。
「おい、どうしたロック」
黙りこくった俺を不審がったパスコーが、俺の顔を覗き込んだ。
そしてぎょっとしてヒッと情けない声をあげながら後ずさった。
カタンと木製の椅子が音をたてる。
さぞかし俺の顔が憎悪に浸食されていたんだろう、パスコーは恐ろしいものを見たように怯えた。
「親父は……連れてかれて、殺された」
「なっ……!?殺されただって!?一体なぜ、誰にだ!?それは本当か!?」
パスコーは目を大きく見開いて取り乱し、俺の肩を強く掴んで揺さぶった。
「……あれは一週間前のことさ」
俺は憎き男のことを思い出しながら、瞼を閉じた。