僕は重い足取りで所々ひび割れた歩道を歩く。
今朝の出来事は一体何だったんだろう。普通の金縛りにしては異常だ。
それに鳴り止まない目覚まし時計も僕の恐怖心を煽り、外に出る事が死ぬほど怖く感じた。
僕の横を自転車で通り抜けるカップルを横目に見ながら曲がり角を曲がった。
その時背後から「よぉ。」と聞き慣れた声が聞こえ、振り返ると褐色の顔が家の角から現れる。
「あ、猿。」
猿と呼ばれた男は家の陰からひょっこり出てきてニッと笑った。
そして僕に近寄ると急にギョッとした表情を浮かべ、
「なんかお前顔色悪くねぇ?」
そう言われ自分はそんなに疲れているのだろうか、と近くにある家の窓ガラスで自分の顔を見た。
確かに少しやつれているような気がする。目の下にはうっすらクマがあった。
「本当だ…」
よく通らない声で呟くと猿は茶化すような口調で
「どうせ夜中までネットサーフィンしてたんだろ?」
「いや、別に。猿には関係ないし。」
なるべく顔を見ないようにして急な坂道を登る。
素っ気なく返されたのが癪だったのか猿は
「あっそ…」
と言ったきりそのよく喋る口を閉ざした。
途中北校舎がフェンスから見えた。
北校舎の周りにはボロボロの柵がたててあって昼でも化け物が出てきそうな禍々しい雰囲気が漂っている。
すると急に猿が
「あ……」
と掠れて何かに怯えるような声色で呟いた。
不思議に思い振り返って
「どうした、さ…」
と言いかけ息を呑んだ。
さっきまで居たはずの猿の姿が見当たらないのだ。
「猿…?」
と呼ぶと突然自分の顔面に凄まじい突風が襲ってきた。
『猿』…猿渡空は春の風とともにその姿を消してしまったのである。