「だって……人の名前とか紛らわしいし、戦争とか事件名の年号もたくさんあって覚えられないし……暗記帳とか見てもあんま頭入らないし」
三・一独立運動? 五四運動?
徳川家康? 徳川家光? 徳川吉宗? 徳川慶喜?
藤原家や徳川家に至っては誰が何をやったのか混乱するし、五・四運動や三・一独立運動は同時期に起きてるからどちらがどこで起こったのか混同してしまう。
名前は覚えているが、それが一体なんなのか、誰なのかまでは頭に入れることができない。
「もう、歴史なんて嫌い……っ!」
フィードバックした赤い雨に苛立ちを覚え、理零は自身の太ももに拳を打ち付けた。
ギッと音をたて、錆びたパイプ椅子が軋む。
「歴史ってさ」
少年はぽつりと小さく呟き、仰向けにしていた顔をベッドサイドの理零の方へ向けた。
俯いていた理零も、曇ったままの顔をやおら上げた。
「過去と今を繋ぐ、すっげぇ学問だって思うんだ」
「過去と……今……」
「だってすげぇじゃん! 1000年も2000年も前の人たちが何をして、どうやって生きていたのかが分かるんだ。今の俺達を創った先人達が積み上げてきたものを一つ一つ拾い上げて、噛みしめていく。歴史って、そんな学問だろ?」
歴史を学ぶ意味なんて考えたことのない理零にとって、彼の言葉はストンと心におっこちきた。
それは、ただ学校で強制的にやらされていた学問に意義を見出せなかった彼女の穴に丁度はまったのだった。
つい先刻まで腹痛でしかめっ面だった少年の顔は、いつの間にかほころんでいた。