終始声が小さかった。自分に自信がないのかな。見た目はそれはもう、「クールビューティー」がよく似合いそうな感じだけれど。
「お姉さん何してるの? 私は宿題してる」
「私? 私は……夏休み明けに研修があるから、そのお勉強かな」
「けんしゅー?」
「うん」
だんだんとお姉さんの声が大きくなった。なんだ、話してみればいい人か。私は少しほっとした。
「……けんしゅーって何するの?」
「将来小学校の先生になるために、実際に小学校で私がお勉強させてもらうんだよ。教え方とか、子どもたちとの接し方とか」
「へぇー」
とても頭の良い人なんだろうなぁ、と私は思った。そういえば終業式の日、先生が「2学期から少しの間、新しい先生がクラスに来るよ」なんて言っていたな。それと同じ感じなのかな。
「そういえば、その本だけど……」
「あ、これ? 話はよく分からないけど、見た目がきれいだから何となく持ってきちゃった」
「私、古典……昔の本大好きなんだ」
ああ、なるほど。だからさっき私の横に置いてある本を見てうめいてたのか。納得。
「へぇー……お姉さん何が好きなの?」
「うーん何でも好き……だけど、特に好きなのは源氏物語かな」
「何それ?」
聞いたことあるような、ないような。でも「源氏」がついているから、源頼朝とか、源義経とかのお話なのかな。
「光源氏っていう超イケメンが、お姫様たちとラブラブするお話だよ」
全然違った。誰だ光源氏って。頼朝の仲間?違うか……
「おもしろい?」
「おもしろいよ! 向こうの、子ども向けの本のコーナーにもあるから、気が向いたら読んでみてほしいな」
「うん、ありがと」
昔の本の話をしているときのお姉さんは、それまでとはうって変わって、まるで別人みたいに明るい顔をしていた。優しそうな人だ。少し前に「怪しい人?」と聞いたのをひどく後悔した。
そうしてお姉さんと話をしながら宿題を片付けていたら、図書館の閉まる時間に近くなっていた。そろそろ帰らないと。
「お姉さん、図書館閉まっちゃうよ」
「えっ? あ、ほんとだ……そろそろ出ないとね」
私は結局手元に置いておくだけで読みもできなかった本を名残惜しい気持ちで棚に戻し、お姉さんと一緒に図書館を出た。夏だから、まだ外は明るい。
「そういえばお姉さん、ここまで歩き? 自転車?」
「ううん、車」
「車!?」
「そう」
お姉さんは自慢気に、ポケットから車の鍵を取り出して、指に引っ掛けてチャリン、と揺らした。……か、かっこいい!さっきと全然人が違う!
「すごい……」
「18歳になったら免許取れるよ」
「わあ……」
うっとりする私にふふ、と微笑んで、お姉さんは「じゃあね、よかったら源氏物語読んでみてね」と言って、図書館を後にした。何だか乗っている車もかっこよく見える。本当に何者なんだあのお姉さんは。――大学生か。