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3:rumia◆l2:2020/01/17(金) 22:44

「キミ」

先輩が僕の方を向いてそう言う。
「もしこの屋上から出れなくなったらどう思う?」
僕は率直に答えた。
「イヤですね」

 突然吹いた風で足元の落ち葉が巻き上げられる。ちょっと目線を上げれば低い一軒家から突き出たビルやマンションが生い茂る。
ここは僕の通う高校の屋上だった。

「なんだ……つまらない奴だなぁキミは」
 よほど僕の答えがつまらなかったのだろう。先輩は唇を尖らすとそのまま自分の居場所(スペース)へと逃げ帰ってゆく。

その背中に僕はテキトーに言葉を投げつけた。
「あいにく、人に語れるほどの夢や理想は持ち合わせていないものでして」
「嘘でもいいから持ちあわせておきたまえ。その年で夢に飢えているなど見るに堪えん」
「自分は見世物ではありませんが?」
 ガタン、と強引にイーゼルから椅子を引きはがして座る先輩。
自分もまたイーゼルに乗せられたキャンバスにHBの鉛筆を振るう作業を再開した。

 その場にまた静寂が訪れる。
僕と先輩、それぞれにこの屋上から見える景色を写し取る作業に没頭してゆく。
 個々の世界に閉じこもり、目の前のキャンバスを見つめていると、ふと何か周囲の空気が気になる。
流石に言いすぎたか。そう思った僕は静寂に向かってこう付け足しておいた。
「……まあ、その言葉はありがたく受け取っておきます」
「あぁ。そうしてくれたまえ」
 先輩も特に感情を込めずにそう返す。
会話の後処理を終えた僕はまた作業に没頭しようとして、
「で、さっきの話なんだが」
 引き戻された。先輩はそのまま作業に没頭してくれなかった。

「私はここに閉じ込められるなら本望だと思っているよ」
「そうですか」
 特に思うことの無い言葉が僕の口から漏れる。
「だってほら、こんな空を見ていられるなら。ずっと見ていられるなら。ここに居てもいいとは思ないかい? キミ」

 たしかに今日は素晴らしい青空だ。
地平線から物々しく入道雲が沸き上がり、そのすそから山々の緑が顔を覗かせている。
だが、
「こんな良い天気ばかりじゃないでしょう」
 僕はそんな見本のような景色に嫌気が差してすぐ目を逸らした。
「惹かれる気持ちは分かりますが、ただ空が綺麗だからといってここに閉じこもるというのはあまりに考え無しでは?」
 幼い頃から可愛げが無いと言われた僕の憎まれ口が炸裂する。
腹が立っているというわけでは無いが、そういう希望論は正直聞き飽きてうんざりしていたところなのだ。しかし、僕の発言を気にも留めずに先輩は続けた。
「雨の日だっていいじゃないか、それはそれで趣がある」
 天に向かって手を伸ばす。
「夜だって寒くないさ。案外夜空を見上げていると熱意が沸いてくるものだ」
 日の光で温まった手を胸に当て、まるで演劇さながらの演技を見せる先輩に半ば呆れながら僕はデッサン用の鉛筆を走らせた。
「食事はどうするんですか? まさか」
「はは、案外空から降ってくるかもなあ」

 何を言っているんだか。
僕はどうでもよくなって社交辞令的に言葉を並べることにした。
「はあ。空からですか」
「あぁ、こんなに巨大な空間が頭上に広がっているんだ! 何が降って来てもおかしくないだろう?」
 相変わらず場の空気を読む気が無いのか、それと読めないのか声高らかに叫ぶ先輩。
正直作業の邪魔なので、暗(あん)に黙ってくれという意味合いを込めて言葉を放り投げた。
「自分ならそんなものを待つよりかは下のコンビニでパン買ってきますけどね。その方が文字通り地に足のついた考えでしょうし」
 憎たらしい物言いだとは分かっていたが、考える余地もなく放たれた僕の言葉。
それに答えたのは強引に引きずられた先輩の椅子の音だった。

「地に、足をつけて答えが見つかると思うか」


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