spinner -紡ぐひと-

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2:宵:2020/05/04(月) 02:32

 網状のフェンスを登り、垂れ下がった有刺鉄線をラジオペンチで切る。拾い物のこれは切れ味が悪いが、他に代替品もないので仕方なく使っている。油まみれのサイドポケットにそれを突っ込んだあと、俺はフェンスの天辺から慎重に飛び降りた。
 フェンスの向こうには、鉛色の空の下、廃墟だらけの町が広がっていた。

 第8220地区というのが、この場所の名称である。
 政府指定の立ち入り禁止区域であるここは、本来であれば俺のような一般人、おまけに廃墟から盗みを働き、それを闇市で売り飛ばすような不届きものは見つかり次第すぐ拘束となるのだが、こういった辺境の地で役人を見ることはほとんどなかった。というか、見つけたところで拘束して入れておくところもないのだろう。そんなことを考えながら、町の中をぶらぶらと物色する。

「ま、さすがにもう目ぼしいものは何もないよなぁ」

 さて、この第8220地区というところは、俺たちのような行商人の中では割と名の知れた街だった。かつてこの国がこうして荒廃するまでは、研究都市として栄えていたからである。
 そんなわけで、この国がこんな風になったばかりのころの当初――荒廃の黎明期、なんて俺らより上の世代は呼んだりもする――は他所の人間で溢れかえり、そいつらによる略奪やら殺人やらが日常茶飯事に行われていたという。最悪なゴールドラッシュだ。
 見かねた政府が慌ててここを住民以外立ち入り禁止区域に指定し、徹底的に防衛を敷いたというがその頃には後の祭り、善良な住民は早々に荒れ果てた故郷を捨て、その他の住民は略奪を繰り返した末に故郷を捨て、得たものを他所で高く売り捌き、それなりの富を得たという。後には、遅すぎる対応をした政府への批判と、廃墟だけが残った。

 とはいえ、一切残っていないというわけではなく、目的不明の基盤とか銅線とか、そういったものも修理すれば需要はそれなりにあるのだ。「最悪使えなくても形になってさえいれば、コレクターなんかが買っていってくれたりもする。そういうのを覚えておいた方がいいぞ、知識は一番の財産になる」――と、先輩の行商人の談。だいぶ昔に栄養失調の末倒れ、それきり会っていないが。

 持参した頭陀袋の中に、ガラクタを詰め込んでいく。ふと顔を上げると、鉛色がたっぷりと空を覆いつくして、埃っぽい匂いが鼻腔に広がった。

 どうやら一雨振りそうである。俺は頭陀袋を肩にかけ、比較的丈夫そうな廃墟に足を踏み入れた。


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